タケルの章 「カードの意味」
あの時の言葉は少しだけみんなといる時の俺の気持ちを楽にしてくれた。
羽生さんに相談していなかったらまだ悶々としていたかもしれない。
「佐伯、ちゃんと手伝えよ」
そんなことをボーッと考えていたらフラスコやビーカーの入ったダンボールを抱えた雪平に怒られてしまった。
「あ、ごめんごめん。使わないもの、生物室に置いていいんだよな?じゃ、これもいらないな」
「タケルっ!」
わぁお!なんだよ秋、急にデカイ声出して。
「それ、いる。使う」
「は?コレ?ガイコツじゃん笑。こんなのなんに使うんだよ?」
「ガイコツじゃない。ホネキチ。そいつがいたら確実に1人お客を呼べるからそこに置いといてくれ」
ホネキチ?
お前頭大丈夫か?笑
「ここにいなきゃホネキチの彼女が寂しがるんだ」
「おい秋、雪平がおかしなこと言ってるぅ!」
「なんもおかしくねぇよ?なぁ雪平、ホネキチに服着せようぜ!」
「お、いいなぁ。思いっきりチャラ男にしようか?」
「ネルシャツをインしてケミカルウォッシュ履かせるのは?」
「全身ベージュなのもいいな笑」
2人が俺を置いてけぼりにして楽しそうだ。
こういう時なんだよなぁ、ちょっと寂しくなるの。
「タケル〜、ちょっとこれ持ってよぉ〜」
そんな時いつも俺の心を救ってくれるのは彩綾だった。
「は〜い、今行く〜」
…今気付いた。
俺と彩綾が付き合ってから、まだ乃蒼と友達じゃなかったちょっとの間、秋は寂しかったんじゃないのかな?
ずっと3人でいたのに、俺と彩綾が『カップル』という特別な繋がりが出来た時、あいつはどんな気持ちで俺達2人といたのだろう?
少なくとも俺には寂しいとかいう気持ちを見せなかった。
もしかしたら本当に寂しくなかったのかもしれない、いやそんな訳ないか。
人一倍気を遣う奴だからそんな事ない。
だったら、…だったら何だろ?
まいっか、今はここまでで。
またちゃんと考えよう。
一緒の高校にはいけなくても、それでもまだ1年半一緒にいられる。
俺らにはまだ時間があるじゃないか。
羽生さんの言う1年の重みがこの時少しだけわかった気がした。
カーテンを暗幕に変えると一気に雰囲気が怪しくなる。
途端にワクワクするのは男だけなのかな?
「お〜な〜か〜す〜い〜とぅわ〜」
そろそろだと思っていたが乃蒼の電池が切れそうだ。
時計は12:10。そろそろお昼にしてもいい頃合いだ。
「また弁当でも買ってこようか」
「あ、待って雪平くん!今日はね、私と彩綾でお弁当作ってきたのだよ」
「ありがたく食べなさいよ」
雪平の顔は喜びを堪えられないと言った感じだった。
「何お前、そんな嬉しいの?」
や、確かに同級生から弁当作ってもらうなんて嬉しいだろうけど。
「あ…あぁ。嬉しいよ?作った人の顔を見ながら食べれるって嬉しいもんだろ?」
その場にいた雪平以外は『?』と頭の上に浮かんでいたが、当の雪平はその俺たちの疑問にすら気付かない。
雪平と雪平のお母さんとの関係なんて、いくら友達とはいえ聞きたくても簡単には聞くことなんて出来ない。
「というわけで今回のデザートは俺だ」
湿った感情を振り切るように俺は努めて明るく振る舞った。
「は?佐伯、料理できるの?」
「バカ言うなよ笑。これでも俺はなんでも出来るんだぞ!」
特出した能力はないがグラフ化したら満遍なく7.5だ。
「へぇ〜、いらない笑」
「あんだとコラ!」
「ねぇ〜食べよう。お腹空きすぎて胸がちっちゃくなっちゃうよ〜」
「大変だ!乃蒼のおっぱいがちっちゃくなっちゃう!早く食べよ!」
なんで秋がそんなに慌ててるんだ?
乃蒼のおっぱいはお前のじゃないぞ?
「おい、鈴井!この煮物旨いぞ!人参に味がしみて、それでいてちゃんと野菜本来の味も損なわれていない。それにこんにゃく!手ちぎりとは流石わかってるな!そして何よりこのシイタケ!はむ…こ、これもしかして…」
「…のとてまり」
「やっぱりかぁ!石川県奥能登及び輪島市など2市2町で生産している超高級ブランドじゃないかぁっ」
「雪平…くん?」
「荒木ぃ!このトンカツも超絶品じゃないかぁっ!もしかしてだが…この豚肉まさか…」
「…白金豚」
「キタコレぇ!プラチナポーーークっ!岩手県花巻市からのお取り寄せかぁ!しゃぶしゃぶは食べたことあるけどトンカツにするとは恐れ入ったぞ荒木ぃ!宮沢賢治も草葉の陰で喜んでるはずだぁ」
「雪平…?」
「ああああ!美味い!お前らホント、何者だあ!」
「「「「お前が何者だよっ!」」」」
…雪平が、壊れた。
あの知的でクールで口汚い雪平が、見る影もなくなっている。
「お前さぁ、体育祭の時もそうだけど大袈裟じゃね?」
ん?
「なに?お前体育祭の時も壊れたの?」
「あ、そっか。タケルあの時いなかったもんね」
彼女の発言とは思えない…。
「けどさぁ、キャラ崩壊させてまで作ったお弁当褒めてくれるなんて、嬉しいよねっ」
「そだね。ましてや普段あんな感じの雪平がこんなに壊れてくれるなんて笑。朝5:00起きして作った甲斐があったよ」
むぅ…。俺いつも彩綾の作ったものは美味しい美味しいって喜んで食べてるのに、たまに褒めるだけでこんなに喜ばれるなんて、なんか役損…。
「朝、5:00…。そっか。2人とも本当にありがとう」
雪平のキャラが違う方に壊れた。
「い、いいよっ。そんな丁寧にお礼言わないでよ。なんか調子狂うわ笑」
おいコラ雪平!お前のせいで俺の彩綾の調子が狂ったじゃねぇか。
「は?なんで?そんな早起きしてまでこんな美味いもの作ってくれたのに、お礼くらいちゃんと言わなきゃダメだろ」
「だけどそんなバカ丁寧にはいらないよ笑。かえって恐縮しちゃう」
恐縮するだなんて言葉を使えるなんて、さすがに乃蒼は大人だな。
「なぁ。お前さぁ、さっき作った人の顔見ながら食べるの嬉しいって言ってたよな?」
秋がそう言うと雪平は
「あぁ。俺はいつも家では1人で食べてるからな」
と自分のことを話し始めた。
「俺のところは小学校の頃に離婚してるんだよ。母親の仕事が忙しくて家に帰ってくるのは深夜だし家を出るのは早朝だから夫婦のすれ違いが凄まじくてな笑」
初めてそんなことを聞いた。
「俺が小5になる春休みに父親は出て行った。相変わらず母親の仕事は忙しくて、俺はばあさんに育てられたんだ。けど、ばあさんも3年前に死んじまった…」
すでに乃蒼が涙目だった。
秋も、自分に重なるところがあるのだろうか?少し鼻が赤くなっている。
「それ以降、母親が深夜に帰って来てから作ってくれた御飯を1人で食べる毎日だったよ。帰ってこれない時はコンビニで弁当買って食べたりしてな」
「だからお前、花さんが家に連絡しなくていいのか聞いた時もウチはそういうのいらないって言ってたのか!」
「ああ、だって家に誰もいないもんよ。母親の携帯にそんな内容の電話したら怒られるよ笑」
ああ、ヤバい。ちょっと俺も泣きそうだ。
「あのゲーン・マッサマン美味かったなぁ笑。作った人が目の前にいて、ちゃんと美味しいって言えるのはお前らにとっては当たり前でも俺にとって凄く幸せなことなんだ。それにお前らと親しくなって一緒に食べるようになってからのお昼も、それまでとはまるで違うしな」
「お昼は誰が作ってたの?」
と彩綾。
「昼の弁当は俺。たまにコンビニのパンで済ませちゃうけどな笑」
そうか…。そうだったのか…。
「俺さ、小学生の時に虐められてたんだ」
「「「「はぁぁぁぁぁ?????」」」」
信じられない…。
この雪平を虐めるなんて、あれか?ヤクザの子どもしか通わない学校か何かか?
「給食も1人で食べてたし…婆さんが死んでからは朝晩ともいつも1人だった。どんな美味しいものでも1人で食べたら味気ないもんだよ」
あ〜…乃蒼が泣いた。
「お前さぁ、母親のこと…その…」
秋の前ではちょっと言いづらい。
「恨んだりしてねぇよ?仕方ない事だから。それでギャーギャー言うほど子どもじゃねぇよ」
ギャーギャーは言わないけど…、俺は少しだけ恨んでいる。
雪平ほどじゃないけどいつも親は家にいない。
下手したら3日間も顔を合わさない事だってザラにある。
そんなの親って言えるのかよ!と、誰にも言わないけどいつも心の中では思っている。
「だけど…」
雪平はチラッとだけ秋の顔を見た。
「なんだよ。いいよ、言えよ」
「………父親がいてくれたら、って思うことはよくあるよ」
あ〜痛ってぇ。胸が痛え。
「同じ男だから言えることや言いやすい事ってあると思うんだ。俺にはそういう人、いなかったから。お前は、そんなふうに考えた事、なかった?」
「俺には花さんがいたから…」
「そうだな。あの人みたいな母親なら…あ、いや、これは言っちゃダメなやつだな笑。I play with the cards I'm dealt …whatever that means. 」
「……そうだな」
「秋、『そうだな』じゃなくて俺にもわかるように訳してくれよ」
「元々はYou play with the cards you’re dealt …whatever that means. 」
乃蒼の発音は相変わらず綺麗だ。
英語の先生が乃蒼のこと苦手なのもわかる。
「配られたカードで勝負するしかないのさ…それがどういう意味であれ、っていう意味。もしも、とか、だったら、とかそういうのは嘆いてるだけで意味なんてないんだよ。ただその場で足踏みしてるだけだ。自分の持ってる全てで人生を勝負するしかないだろっていう格言みたいなもんだよ」
俺は持っているカード以上を求めてるだろうか?
そもそも、ちゃんと俺は自分の持っているカードを知っているのかすら怪しい。
秋や雪平はきっともう知っているんだろうな。
知った上でどう勝負するのかを考えているところまでいってるのかもしれない。
なぁアニキ、やっぱり人は勉強が出来る出来ないじゃないと思うよ。
もっと大事なことがあると思うんだ。
じゃあそれはなんだよ?って言うんだろ?
わかんねぇよ。
けど秋と雪平は知っているし、持っている気がする。
そしてそれは俺にはまだないものだ。
「食べよう」
乃蒼が言った。
「そうだな。わりぃな、なんかしんみりした話しちゃって。食べちゃおうぜ」
「ううん。そうじゃなくて、これからも、卒業するまでずっと、お昼一緒に食べよ」
真っ直ぐな目で雪平をみるもんだから、雪平も困った顔をしている。
「あ、あぁ。…そうだな。みんなで食べた方が、美味いよな…」
雪平が少し寂しそうに笑った。
どうして俺はこの時、雪平の寂しい笑顔の理由に気付かなかったのだろう?
あの後何度もこの時のことを思い出す。
けれど何度考えても、たとえここでその理由を知ったからといっても、どうすることも俺には出来なかったと思う。
いつだってこいつは、いつも俺の少し先を歩いている。
追記
どこかで携帯が震えるようなバイブ音がした。
「お前じゃねぇの?」
と雪平が秋に言うと
「あ、今日持ってきてたんだ」
とカバンの中をまさぐる。
「あ〜、学校に携帯持ってきちゃダメなんだよ〜」
乃蒼が秋にそう言うと
「今日は登校日じゃないからノーカウントだろ?笑。花さ、、、、、、」
言いかけた言葉を途中でやめ、かわりに携帯をお手玉しだした。
しっかり携帯を握り直すとワナワナしながら
「おい雪平…」
と助けを求めるような目で雪平を見ていた。
「あ?なんだよ」
「………来た」
「なにが?」
「だから、来たっ!電話、来た!」
2人のやりとりは俺たちにはさっぱりわからない。
「来たって、もしかして夏休みの?」
「そうっ!」
「ばか、早く出ろよっ!あ、ここじゃアレだ!どっか行け!」
「どっかって、どこへ?」
「いいからどっか行って電話出ろ!早く行けこのバカっ!」
秋は携帯をお手玉しながら生物準備室から出て行った。
「あれはぁ、女からですねぇ笑」
乃蒼が言った。
「でしょうねぇ。十中八九、女でしょうねぇ笑」
彩綾が言った。
「雪平くんが、何か知ってるようですよ?笑」
「雪平が、何か知ってるようですねぇ」
ニタニタと2人は雪平の顔を見やった。
「知らない、とは言わないが教えることは出来ねぇよ。さすがの俺でもこの件はノーコメントだ」
つまんねぇ。
「秋に女の子から電話がかかってくるのは別に不思議じゃないけど、その相手が誰なのかは全く想像つかないな。彩綾も乃蒼もここにいるし、あの様子じゃ花さんじゃなさそうだし」
「佐伯、そう言いながら俺の顔伺っても無駄だぞ?俺は言わん」
くそう!思ったよりも口が硬い。
「じゃあシナモンロールあげないからな!」
今日俺が作って来た自慢の一品だ。食わなきゃ損するぜ!
「佐伯…」
ほら来た笑。さあ吐け!シナモンロールに釣られてお前は友達を売るんだ!
「俺、シナモン嫌いなんだ。すまん」
こんのっ!ファッキンジャップメーンがっ!