タケルの章 「闇夜の月から」
日曜日、また俺達は休日にも関わらず学校に来て文化祭の準備を進めていた。
週に6or7日も学校に来るって、どんなブラックなスクールだよ!と思うが、人の少ない俺たちにとっては1日いっぱい作業できる貴重な時間だった。
野島さん達3年生は本日受験のための模試があるそうで今日は学校に来ていない。
それでもようやく終わりが見えて来ていて、今日これからやる生物準備室の飾り付けを残すだけとなった。
野島さんと羽生さんとのカウンター作りではとても勉強になった。
もちろんテストの点が良くなるとかそういうものではなく、なんというか考え方が大きく変わったという意味だ。
正直な話、俺は雪平が俺達のグループに加わってから劣等感が酷かった。
誤解のないよう言っておくけど、俺は雪平のことが好きだ。
口は悪いし俺を下位互換だと見下すけれど、2人っきりの時はそんな毒舌は影を潜めて普通の奴だった。
それになにより、俺の入院中ほぼ毎日病室に顔を出してくれたのが俺の中では1番大きい。
特進の授業スピードは早くそれに置いていかれるという心配をものすごくしていたが、雪平は毎日授業のノートを持って来てくれた。雪平先生オリジナルの赤ペンが書き込まれていてとてもわかりやすかった。
それでもわからないところは翌日に質問するとこれまたわかりやすく教えてくれる。
塾や家庭教師なんかよりもよっぽど頭に入った。
おかげで俺は2学期の実力テストもトップ10をキープできた。
雪平には感謝しかない。
けれど…。
秋は俺といるよりも雪平といることの方が多くなった。
俺から見てあの2人は水と油のように真逆なようで、実は同じ本質の人間だと思っている。
気が合うのもわかる。
秋はいい奴だが雪平もまたいい奴だ。
だからこそ、雪平じゃないが俺は2人の下位互換なのだと自分で感じていた。
まぁそれでもいい、別にそれでもいいんだ。
と思う反面、心がそれに追い付いて来ない。
嫉妬だと気付いた時は妙に納得できた。
俺は秋を雪平にとられて、雪平を秋にとられて嫉妬していたんだと思う。
「わかるよ、ちょっと前まで俺もそうだったから」
2人の時に羽生さんへ自分の気持ちを打ち明けた時、そう返って来た。
「え?だって野島さんの相方は羽生さんしかいないでしょ?」
「そう見えるか?笑。あいつの相方は阿子だろ笑」
いや、そりゃそうですけど!
「そうじゃなくて!なんていうか…」
「阿子じゃないとしても俺じゃないよ。あいつと肩並べるのは秋だと思う」
秋が?いや、確かに仲良いけど…。
「俺も今のお前とおんなじ気持ちをリレーの時まで感じてたよ。秋に嫉妬してた。もちろん秋は俺の可愛い後輩だ。けど俺の居場所や存在意義を奪われたって思った。歳下に追い抜かれたっていうのは結構堪えるぞ笑」
「リレーの時までっていう事は、今はもうそんなふうに思ってないんですか?」
「まるで思ってないっていえばちょっと嘘になるかな?あの2人がじゃれてるのを見たら少し寂しくもなるよ。けどそれは俺の弱い部分がそうさせてるんだ。だから耐えてる、ジッと。人間て慣れる動物だからさ、そうやって耐えてればいつか普通になれると思うんだ」
そうやって言う羽生さんは痛々しいけど決意のこもった笑顔を見せた。
きっとその笑顔の真意は他の人にはわからない。
けど、似たような俺にはなんとなく羽生さんの気持ちが少しだけ理解できるような、そんな気がした。
「羽生さんの気持ちの整理はどうやってつけたんですか?」
好きだけど嫉妬する、好きだから嫉妬するのかもしれない。
けど俺の雪平への気持ちに嫉妬はいらない。
感謝だけあればいい。
「それはお前が自分で答えを出せよ。俺が教えたところでお前の気持ちが整理できるかなんてわからないじゃないか」
ぐぅ…正論。
「けどヒントだけやるよ」
「お願いします」
「男が自分を語る時に、誰かの名前が出るなんて情けないじゃないか。自分を語るなら、自分の名前を並べろよ」
あれ?なにこの人、カッコいい!
「お前は秋でも雪平でもない、佐伯健流っていう男なんだ。俺は誰だ?俺は誰でもない、羽生宏介だよ。結局さ、それだけなんだと思うよ。それが全てでいいんじゃないか?男なんて」
いや、マジで、本格的にカッコいい。
「わかるか?」
「なんとなくですけど、わかる気がします」
「なんとなくでいいんだよ。はっきりわかったって、それで終わりじゃないんだ。そっからが大変だよ笑」
羽生さんは、出した答えを証明しようとしているところなのだろう。
数学じゃない、公式なんかない、ただ1つの答えを証明するために毎日を戦っているんだろうと思った。
「俺も一年経ったら羽生さんみたいになれんのかな?」
「なれねぇよ。お前はお前にしかなれない」
痺れてきた〜!
「彩綾を大切にしろよ?」
なぜ突然彩綾?
「してますよ?」
「ずっとって意味だよ。今だけじゃなくてこれから先も。悪いたとえになっちゃうけど、別れても大切にしろ」
「別れませんよっ!」
「わかってるって笑。けど万が一、分かり合えなかったりすれ違ったりしても大切にしろ。それって凄い難しい事だから…。だからそんなことが出来る男になればいい」
すごく良い言葉だけど、それよりも羽生さんと桜さんのことが心配になった。
上手くいってないのかな?
「お前らはいいよな〜」
突然天を仰ぎそう叫ぶ。
「何がですか?まだ受験生じゃないから?」
ははは、とさっきよりかは自然に笑う。
「それもある。けど、お前らまだ可能性があるじゃねぇか」
「羽生さんとは1年しか違わないじゃないですか」
「その1年はでかいぞ?それがまだお前にはわからないだろ?俺らの歳になるといろんな未来が狭まるよ」
なんで?たった1年でそんなにも変わるものかな?
「例えばもう少ししたら俺達は進路を決めなきゃならない。桜みたいに明確な将来が見えてるならいいけど、俺にはまだ見えない。けど志望校を決めなきゃならないんだ。そしてその志望校に行ったら僅かだけど未来が狭くなる。旧月高校に行ったら旧月の、千石に行ったら千石の未来がある。努力でその道はこじ開けられるかもしれないけど、やっぱり旧月から弁護士やパイロットになるのは極めて難しいだろうな」
旧月出身のパイロットの飛行機には乗りたくないし、旧月出身の弁護士に裁判での弁護は頼みたくない。
「たった1年だけどその1年あったら色んなことが変わるよ。だからちょっとお前らのことが羨ましい」
羽生さんは今度は誰にでもわかるように寂しい笑顔を俺に向けた。