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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
121/778

雪平の章 「ずっと俺のターン」

「お前、七尾か…?」

桜さんに化粧を施された七尾は、未だに七尾のボディブローに苦しんでいる野島さんと同じくらい、いや、それ以上と言っていいほどの出来栄えだった。

「当たり前だろ?てか俺どうなってんの?鏡見たい」

七尾は桜さんの化粧道具が入った箱についている鏡で自分の顔を見ると

「やべぇ…可愛い!」

と自画自賛した。

つっこむことを憚られるほど、確かに七尾はその、なんていうか、認めたくはないが可愛らしかった。

ただ惜しむらくは首から下が男子の制服であることだ。

「野島さん」

七尾、言いたいことはわかる。

「それ脱げよ」

みぞおちを抑え苦しんでいる野島さんに向かってこれ以上ない侮蔑の眼差しで七尾はトドメを刺しに行く。

「あ…ぁぁぁっ、ああ」

「ああ?なんて言ってるかわからねぇよ!」

「ちょっと待って、今脱ぐからって言ってる」

すげぇ阿子さん!付き合ってたらそんなことまでわかるんだ?

でもどうしてだろう?野島さんが信じてた人に裏切られたみたいな顔をしている。

苦悶の表情でパン1になり、阿子さんのものであろうブレザーと赤い髪のウィッグを七尾に手渡すと、野島さんは自分のカバンから制服を出し呻きながらゆっくりとした動作で着始めた。

「さ、次は雪平くんの番」

桜さんに呼ばれて対面に座る。

桜さんの顔が真正面に、すぐ近くにある。

夏休みのあのミシィの2階の時よりももっとそばに桜さんがいた。

ドキン…ドキン

心臓が高鳴る。桜さんにバレやしないかとヒヤヒヤする。

いや、バレても別にいい。

けどどうせなら文化祭の時に気付いて欲しい。

俺が好きだっていうこと、ずっと好きだったっていうことを。

化粧をしながら、時折桜さんの手が俺の顔に触れる。

その手を掴めたらどんなに幸せだろう?

頭の中で描いたその言葉でマナツの事を思い出した。

あの手を掴めたら、今頃どんな未来があったんだろう?

『どっちも正しいよ』

瀬戸さんの言葉を思い出す。

そう、きっとどっちも正しい。

後悔は贅沢だ。選ばなかった選択肢を名残惜しんでるだけだ。

今までの俺を全て肯定してくれる、魔法のような言葉だと思った。

「やばい!3年生に声かけられた!」

しみじみとした俺の情緒ある心情シーンを七尾が打ち消した。

「え?誰に誰に?」

桜さんが手を止めてしまう。

「わかんない。女子の先輩に『赤い髪可愛いね。何組?』って!」

七尾の興奮が若干ウザい。

「きゃ〜っ!女子に声かけられたらホンモノだよ!さすが私!」

桜さんの興奮は可愛い。

「よし、雪平くんも可愛くするよ〜」

再び真剣な目で俺に化粧を施す。

俺は桜さんの顔をまじまじと見つめた。

すごい、こんなに整った眉してるんだ?

目、綺麗だな。

鼻も、阿子さんみたいに高いわけじゃないけどスッとしてる。

唇………触れてみたい。

どんな感触するんだろう?

あいつと…キス…したのかな?

不意に湧いた感情が俺をイラつかせる。

ここにあいつがいなくて良かった。

もしいたら、この感情をそのままぶつけていたかもしれない。

暴力という形で。

「ねぇ雪平くん?」

突然桜さんに名前を呼ばれた。

七尾達は未だにもんどり打っている野島さんをいじって遊んでいた。

「はい」

「雪平くんの初恋はいつ?」

小2です、と言っても構わなかった。けど

「小学校の時です」

と曖昧にして誤魔化した。

「やっぱみんな小学校の時に済ましちゃうもんなんだね笑」

「桜さんは違うんですか?」

あいつが初恋の相手だったら嫌だな、と思った。

「私もね〜、小学校の頃!」

もしそれが俺なら、どんなに幸せだっただろう?

「どんな人、でした?」

「ん〜とね〜、顔が良かった」

桜さん…。

「シュッとしてかっこよくてーーー」

俺、ヌボーってしてたな…。

「背が高くてーーー」

俺、並ぶ時前の方だった…。

「優しくてーーー」

いっつもダメ出しされてた…。

「可愛かったなぁ」

その形容からかけ離れた次元に住んでた…。

あ〜!俺じゃなかったぁ〜〜!!!

誰だクソ!

同じクラスの人か!

くそっ!俺だって、一年早く生まれてたら!

生まれてたら…生まれてたら、なんだ?

何も変わらない。何にも変わらなかったと思う。

今同様、ただ憧れてただけなような気がした。

「病院でね、子どもながらに『わぁ、この人のお嫁さんになろっ!』って思ったの」

桜さんは心臓が悪くて手術をしている。

入院していた頃に出会ったのだろうか?

その人は今、元気なのだろうか?

どうしてかわからないけれど、何故か病気が治って元気になっていて欲しいと思った。

それが桜さんの初恋の相手だからだろうか?

あいつは嫌だけど、桜さんと似たような境遇の人ならば、俺は少し許せる気がした。

「初恋ってさぁ、叶わないって言うよね?雪平くんの初恋はどうだった?」

まさかまだあなたに恋してますとは言えないよな。

いや、言えるけど今じゃない。今じゃないんだ。

「俺の場合はーーー」

「おい雪平見てくれ!」

遮るように七尾が近づいてくる。

「おっぱい!」

胸をピンと張り、胸のあたりが確かに2つ膨らんでいる。

「風船入れてみたっ!」

こいつ…

「七尾、お前さぁ、、、」

「ん?」

「バカだろ?」

こんな奴が、二天だなんて…。

「はぁ?大事だろうが!おっぱい!」

バカデカい声でおっぱい連呼してんじゃねぇ!

「アホが」

「何だよ、せっかく触らせてやろうと思ったのに」

真性のバカだ。

と思っていたが、去り際に俺にだけわかるようにウィンクした。

聞いてたのか、俺と桜さんの話。

だからワザと…。

「秋ってホント可愛いよねぇ〜」

桜さんが微笑ましい目線を野島さんとじゃれ合う七尾に向けていた。

「そうですか?ああいうのが女心をくすぐるんですかねぇ?」

ちょっとだけ嫉妬する。

「そうだね。秋は母性本能をくすぐるよ」

そういう人が桜さんの好みなのか?

けどあいつはそれとはちょっと違うタイプの男だよな?

桜さんはどんな人が好みなんだろう?

「はい!出来た!鏡見ながらちょっと待っててね」

そういうと桜さんはカバンを持って教室から出ていった。

「お〜雪平くん!秋にも負けてないよ!」

「雪平、お前可愛…違うな、綺麗だぞ!」

「お…おえ〜、う…おえ〜」

野島さん、なんて言ってるかわかんないです。

「見てみなよ!ホラ!」

阿子さんがくるりと桜さんの箱を俺に向けた。

そこについている鏡には、見たことのない人が写っている。

「これが、俺?」

その言葉と同じタイミングで口が動く。

紛れもなく俺だった。見たことのない俺だった。

「タカと秋と雪平くん、3人とも超レベル高いよ!あとはもうその人の好みって感じだね!甲乙付けがたい!」

「え…うぇ〜」

「はいはい、タカも可愛い可愛い」

「…え〜」

「だからそれは見る人の好みだってばぁ笑」

「え〜………うぇえ〜」

「ん〜、そうだなぁ…やっぱ秋!笑」

「えええ〜、うぇぇぇ!」

「うそ笑、タカだよ」

か、…会話してるだと?

本当に俺の恋い焦がれている人が阿子さんじゃなくて良かった。

この2人の間には、入っていけない!

「お待たせ〜」

ジャージ姿の桜さんが手に制服を持って教室に入ってくる。

そしてその制服を俺に手渡した。

「はい、これ着てみて。男トイレで着替えるなら、出る時に気をつけてね笑」

さ、…さ、…桜さんの制服を着れるのか?

恐る恐る受け取って俺は男子トイレへと直行する。

個室に入り鍵を閉めると手に持っている制服を見つめる。

桜さんの制服。

抱きしめたい衝動にかられる。

桜さんを想像して、この制服を抱きしめたかった。

俺は全国の中2男子に問いたい。

ずっとずっと、物凄く好きな人がいて、その人から正式に制服を借りれたとして、誰もみてない個室でその制服を手にしていたとしたら、お前らはどうするのかと。

抱きしめるだろう?と、においをかぐだろう?と、問いたい!

そんなの、火を見るより明らかだ!

答えはもちろんYES!

しない奴なんているはずがない!

けれど、…俺はしなかった。

抱きしめることも、匂いを嗅ぐこともせず、普通に桜さんの制服を着た。

今、俺はこの制服を抱きしめたりしない。

俺が抱きしめたいのは制服じゃない!桜さん本人だ!

だから、しない。

俺はこの選択を絶対に後悔しない。

なぜなら、いつか必ず桜さんをこの腕で抱きしめるから今制服を抱きしめることなんかしなくてもいい。

神様見てるか?

俺はあんたに1つ貸しを作ったからな?

いつか必ず俺と桜さんを結びつけてくれ!

俺がもし孤独の縁で死ぬような未来を迎えたのなら、俺はその時あんたなんていなかったと呪ってやる。

その代わり、俺がもし桜さんに看取られながら死ぬのであれば、俺はあの世であんたを愛してやる。


歩くだけで桜さんの匂いがした。

頭がのぼせて倒れそうになるのを我慢しながら3年1組の教室にたどり着くと、まずこの制服の持ち主が

「綺麗〜。似合うよ雪平くん!」

と俺を褒めてくれた。

「雪平お前、なんで女に生まれて来なかったんだよ!」

バカ言うな。女だったら桜さんと結ばれねぇじゃねぇか!

「桜の腕も大したものだけど、3人ともベースがいいから映えるよねぇ」

「でしょ〜。私の目に狂いはなかったよ。タケルくんはちょっと男っぽすぎると言うか、カッコいい系だから化粧したらオネェ臭くなっちゃうんだよね。その点この3人は女の子よりの顔だから」

自分の顔が女の子よりだなんて初めて知った。

「なんか衣装考えようと思ったけど制服の方がいいかもね?」

「そだね。こっちの方がリアリティあっていいかも」

「乃蒼に制服貸してくれるか聞いてみます。彩綾だとタケルが嫌がるだろうから」

野島さんは阿子さんの着るだろ?七尾が鈴井の着るとして、となると桜さんのは俺が着ていいのかな?

というか七尾、お前さっきから俺にアシストバシバシ決めてくるな?

今度スタバ奢ってやるよ。


自分が思いのほか女装を気に入って気分を良くした俺らは、そのままの格好で試作品のカレーを試食した。

程よく辛いそのカレーを美味しいと感じたのは、自分が綺麗に変身できたからなのか、桜さんと食べたからなのか、信頼できる友達と先輩と一緒に食べたからなのかはわからなかった。

ただ、俺は今日過ごしたこの時間をとても大切に思えた。

携帯を持って来た七尾が女装した俺達の写真をとり、セルフタイマーで5人一緒の集合写真を撮った。

「夜にでも写真送るから」

家で今か今かと携帯を握りしめて待っていた。

フィーオっ

開くとそこには俺のピンショットと5人で写した写真があった。

俺、こんな顔して笑えるんだ…

小学校の時の写真はどれもこれもつまらなそうに世の中を嘆くかの如く悲しげな表情のものばかりだった。

それがこの5人で映る写真の俺は緊張も警戒もないとても無防備な笑顔だった。

今日もまた1人の夜が来る。

それでもこの写真を眺めていたら寂しさはない、と思っていた。

けれど、俺はこの場所から離れなければならないかもしれない。

そのことがひどく悲しく、鼻の奥に痛みを感じた。

今離れてしまえば、もう2度とあの合同特進組というふざけたところには戻れない。

何人かはいるとしても、9人が揃う場所には戻れない。

色んなことが変わってしまう。

今、なんだ。

今をきちんと今として認識し、それは不変ではなくいずれ形を変えることを知っていなければならない。

そうしなければ喪失したものに縛られて生き続けることになるかもしれない。

たとえ後悔が選ばなかった選択肢を名残惜しんでいるだけだとしても。

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