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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
120/778

雪平の章 「まだまだ俺のターン」

ピーンポーン

「はいは〜い、ちょっと待ってね〜」

花さんの大声が家の中から響いてくる。間も無く花さんが玄関のドアを開けてくれた。

「ミナト〜、おはよう」

「おはようございます花さん。こないだは晩御飯ありがとうございました」

ゲーン・マッサマン美味しかったです。

「私のご飯食べたくなったらいつでもおいで」

「じゃあ今度は七尾が絶賛しているビーフシチューをご馳走に、、、」

「来んなバカ。俺の食べる分減るだろが」

奥から憎まれ口を叩きながら七尾は玄関までやって来る。

「秋ぃ、こないだも食べ過ぎてえ〜ってしてたじゃん。いつも食べ過ぎだよ笑」

「だって…え〜してでも食べたいんだもん、花さんのビーフシチュー」

「秋…」

「花さん…」

抱き合う親子。俺は朝から何を見せられているんだろう?

「だから今日の晩御飯、ビーフシチューね」

「うん。わかった。いっぱい作って待ってるね」

花さん、言いたくないけど秋に甘すぎると思います。



ビーフシチュー♩ビーフシチュー♩

七尾が、うるさい。

「ビーフシチューでそんなにハッピーになれるなんて幸せなやつだな」

俺は嫌味のつもりで言ったのだが七尾は

「え?だってビーフシチューだぞ?俺がなりたい死因第1位がビーフシチューで溺死だ」

と満面の笑みで答える。なりたい死因てなんだ?

「ちなみに2位は?」

「エロ拷問死」

とたんに興味が湧いてきたぞ。

「3位は?」

「おっぱいで窒息死」

こいつ…。

「七尾!」

「なんだよ」

「わかる!!!」

「だろ?笑」

おっぱいで窒息死。

最高の死に方だ!

桜さんの胸の中で死ねるなんて、この世のありとあらゆる死因の中での最高峰、king of 死因じゃないだろうか?

けど桜さんは窒息するほどないしなぁ。

鈴井くらいあったらするのかな?

マナツだと窒息じゃなく打撲死だ。

…なんか俺、天落ちしてから楽に生きてる気がする笑。なりたかったはずの天がもしかしたら俺を生きづらくさせていたのだろうか?ただ単に健全な中2男子なだけなのかもな。

ところで七尾、エロ拷問死についてもう少し情報が欲しいのだが?



昨日の夜に俺と七尾宛に野島さんからLINEが来た。

「明日13:00に3年1組集合な」

それだけ言われても行く気になれない。

七尾が

「何するんですか?」

と送っても

「来てからのお楽しみだ」

としか野島さんから返ってこない。俺は理由なんてどうでも良かった。

「誰が来るんですか?」

そう送ると

「俺、阿子、桜。以上」

と返信があった。

「わかりました」

と送った。桜さんが来るのなら行かないわけがない。そこがたとえ地獄の果てでも、音速を超えて駆けつける。


3年生の教室が並ぶ廊下を七尾と2人で歩く。何人かの生徒が昨日の俺達のように文化祭の準備で登校しており、ジャージ姿の先輩が何人か作業をしている。こいつと来年こうしてココを歩くことがないかもしれないと思うと、今こうしていると少し感慨深いものがある。けどまだこいつはその事を知らない。俺だってどうなるかわからない。その中途半端な曖昧さが俺を不安にさせる。できる事なら来年もこうしてこの場所を歩きたいと思っている。小学校6年の頃、桜さんのいない学校はただの地獄だった。なんの意味も目的も理由もないものだった。来年、桜さんはこの学校を卒業していなくなる。それでもあの頃のような地獄ではない気がする。こいつらがいれば、桜さんのいない寂しさも少しは紛れると思えた。

「おい、野島さん達いないぞ?」

3年1組の教室はガランとしていて人っ子1人いなかった。

「誰もいない」

「野島の野郎!あいつ人のこと呼んどいていねぇってどういう事だよ!喉仏潰すぞ」

教室にかかっている時計を見ると12:05。

「ま、そのうち来るだろ?待ってよう」

俺はテキトーに座ると七尾も近くのイスに腰掛けた。

「やっぱり3年も俺らのクラスみたいにギスギスしてんのかなぁ?」

七尾はイスをゆらゆらさせながら空を見つめてそう言った。そう思うよな、やっぱり。

「こないだ来た時驚いたんだが、それが…超和気あいあいとした雰囲気だった」

マジで!?と俺の顔を見つける。

「ああ、マジで。信じらんねぇよな?」

「どうしてだ?うちらのクラスがおかしいのか、それとも3年がおかしいのか…」

「野島さんがいるからかなって俺は思った」

七尾は難しい表情をして

「そうかもなぁ。あいつホント、なんなんだろ?」

というや否や「あ!」と俺の後ろ、教室の入り口を凝視した。つられて俺も入口の方に目をやると、そこにはドアに半分隠れるようにして1人の少女が立っていた。

「すみません、ここ、先輩の席でしたか?」

彼女のブレザーのネクタイの色が赤色だったので3年生なのは間違いない。けど七尾、ここは特進だぞ?野島さん達以外でこんな休みの日にこの教室で用事がある人が果たしているだろうか?

彼女は口に手をやり少し困った表情を浮かべていた。

「あの。先輩、このクラスの人ですか?」

俺がそうたずねると彼女はコクンとうなづくだけで何も言わない。

「あ、俺ら野島の後輩です。ここで待ち合わせしたんですけど…」

よそ者がこの教室にいる理由を説明しようと七尾はするが、ハタから聞いているとただの言い訳のようにしか聞こえない。

七尾の言葉にも彼女はただ困った顔をしている。

嘘みたいに綺麗な赤色の髪をした人だった。

「あの…」

俺が言いかけると彼女は半分だけ覗かせていた体を隠し、タッタッタッという足音だけを残して消えていった。

「なぁ雪平」

「ん?」

「お前に言っても響かないかもしれないんだけどさぁ」

「なんだ?言ってみろよ」

「今の人、綺麗だったな」

俺は桜さんひとすじだ。

けれどさっきの彼女はそんな俺から見てもとても綺麗な人だった。

「そうだな」

「え!?お前でもそう思うの?」

「俺だって一般的な美意識くらい普通に持ってるよ。好きになるかどうかは別にして綺麗な人は綺麗だと思うさ」

桜さんだろ?それに阿子さんにそしてさっきの彼女…。

なんてクラスだ3年1組!羨ましいぞ!

けど、昼休みにここに来た時、あんな綺麗な人はいなかったはずだ。

ましてや赤い髪をしているのなら目立つはず。

特進はよく登校拒否になる生徒が出てくるというしもしかしたらさっきの彼女も…。

「あ、秋、雪平くん、来てたんだ?」

いい匂いのする声がして振り向くとさっきまで彼女が立っていた場所に阿子さんがいた。

そして麗しき俺の姫君もその後ろに。

そしてその隣には先ほどの彼女がいた。

「あ、さっきの…」

彼女はペコリと1つ頭を下げる。

俺たち2人も一緒に頭を下げた。

桜さん達3人は揃って教室に入ってくる。

赤い髪の彼女も一緒に。

ジャージ姿の阿子さんは教壇の上に立つと

「今日は2人に化粧をしたいと思います。ぶっつけ本番でするよりあらかじめ知っておきたいしね」

と何となく予想していた今日呼び出された理由を俺たちに説明した。

「やるからにはこれくらいにはしないと私のプライドが許せません!」

その「コレくらい」というところで赤髪の彼女を指差す。

「あの…阿子さん…もしかして」

言うな七尾!俺だってまだ夢を見ていたい!

「その人、野島さん?」

赤髪の少女はその華麗な顔からは予想もつかないほど下品な声で

「あっはっは笑。ようやく気付いたかアホども。なにが『あの。先輩、このクラスの人ですか?』だ!笑。すっかり騙されやがって!」

汚点だ。桜さんという人がいながらこんな人を綺麗だと思ってしまった俺は恥ずかしくて穴があったら野島さんを埋めてしまいたい。

「はいっ!阿子さん」

「はい、七尾くん!」

「やってもいいですか?」

「ほどほどにどうぞっ」

彼女の許可を取り付けた七尾は赤髪の少女に牙を剥く。

「のじまぁ、覚悟は出来てんだろなぁ」

この戦いは七尾の連戦連勝と聞く。

しかし野島さんは

「バカ野郎。いつまでも調子に乗ってんじゃねぇ。この全天・野島がいつまでもお前にやられるわけねぇだろ!」

あぁ、声を聞かなければとても美しい人なのに。そう思っているのは俺だけではなかった。

「その顔にそんな声は聞きたくねぇ!もらうぞ、お前の喉仏!」

言うが早いか七尾が赤髪の少女に飛びかかる。

「テメェはワンパターンだな!こうすりゃテメェの親指も怖かねぇんだよ!」

そう言って野島さんは両手で自分の喉を抑えた。これでは七尾の親指は喉仏にかからない!

七尾は野島さんの前にいながら、攻撃の術をなくした、かに見えた。

ボクゥ!

殴った。

とても良い進入角度で肝臓のあたりを右の拳で打ち上げた。

「あっ…ああああ…ああっ」

瀕死の孫悟空みたいな声を出す野島さん。

すかさず左のショートアッパーでみぞおちを殴る七尾。

勝負はあった。

「阿子………え〜してくる」

「いってらっしゃ〜い」

体をくの字に折り曲げながら野島さんはトイレに行った。

俺は今の野島さんが男トイレに行くのか女トイレに行くのか、それだけが気がかりだった。

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