秋の章 「私の衣の中の消しゴム」
「ちょっとリップ塗って来ます!」
女子力の塊、桜さんが席を立つ。
「あ、私もぉ〜」
これまた女子力そのもの、阿子さんも桜さんに遅れて席を立つ。一瞬だけチラッと野島さんを見た、気がした。それに答えるかのようにあさっての方向を向いて指を3つ立てると阿子さんはうなづいて桜さんとともにトイレへ消えていった。何かの合図なのかな?
「あのぉ…」
タケルが申し訳なさそうに手をあげる。
「私めは何をしたら良いのでしょう?秋と雪平の下位互換に位置している私は、なにができるでしょう?」
桜さんの女装構想から漏れたタケルがすっかり卑屈になっていた。
「タケルにはコースケと厨房に入ってもらう」
役割を貰えたからかタケルはホッとしていた。しかし野島さんの表情は険しく、羽生さんは胃のあたりを押さえている。
「いいか?俺たちが花火を見ながら文化祭を終えるか警察の取り調べ室で終えるかはお前らにかかっているからな!模擬店の成功のカギどころか俺たちに犯罪歴がつくかどうかの大事な任務だ!中途半端な覚悟でやったら、アキレス腱どころじゃすまねぇんだからなっ!」
なぜか野島さんの口調が荒くなる。
警察の取り調べ室?なんで?
俺と雪平、そしてタケルはいまいちピンとこなかった。そんな中、乃蒼と彩綾は野島さんの真意を理解したのかとても難しい表情をしている。
「ごめん、彩綾…。思い出したらえ〜ってしそう…」
「ダメ!水飲んで耐えて乃蒼」
「いやあっ!」
彩綾が差し出したコップを振り払う乃蒼。一体、何があったんだ?さっきまで楽しく話していたじゃないか?
「乃蒼の様子を見てわかる通り、絶対に厨房に近づけては行けないやつがいる」
俺達はごくり、と唾を飲む。緊張が走る。
「桜だ」
野島さんの言葉に隣にいた羽生さんが頬に汗を垂らしながらうなづいていた。
「桜さん?」
あんな女子力の塊みたいな桜さんが厨房に近づけない理由って…なに?
「どうして桜さんはダメなんですか?」
雪平がテーブルの下に携帯を準備している。こいつ、桜さんの情報は全てメモるつもりなのか…。
「お前、舌を汚されたってこと、あるか?」
羽生さん真顔で何言ってるんだろう?気でも触れたのかな?
「秋、口を犯されたこと…ないでしょ?」
タケル!お前の彼女が人前でカミングアウトしてるけどいいの???
「タケル…っぷ…お願い…さくら…っぷさんを…止めて!」
吐きそうなの?どうしたの?みんなどうしちゃったんだよぉぉぉ!
「そんな大げさな笑」
と言ったタケルの頬に彩綾の手のひらが飛んだ。
「ふざけないでっ!」
ええええええ…………。
「やめろ彩綾。あの料理を口にしたことないヤツに何言っても無駄だ」
「野島さんっ!アレを料理って言わないでくださいっ!」
乃蒼が見たこともない表情で、怒っている。
「すまん乃蒼。そうだな、あれは『嫌悪』の具現化したヤツだ。料理じゃない」
規模がデカい。
「俺はかつて桜の作ったサンドイッチを食べたことがある」
羽生さん、自慢ですか?
雪平がずっと舌打ちしている。
「何かよくわからない…種が敷き詰められていた」
むむっ?
「俺も、前に桜の作ったメンチカツ食べたことあるよ」
雪平がメンチを切っている。
「中身が消しゴムだった」
ドジっ子!桜さんドジっ子!笑
「ちなみにこれ、笑えるやつしか言ってないからな?作って来るなって言ってもあいつ、空気読まないで作ってきちゃうんだよなぁ」
「ごめん、もうダメっ…っぷ」
「待て乃蒼!桜達が戻って来るまであと1分だ。その間に説明するから1分堪えろ!」
さっきのは、3分の合図だったのか!
「実際カレーを作るのは阿子、乃蒼、彩綾の3人。場合によってはタケルやコースケも手伝ってくれ。ただしお前らの最大の仕事は桜を調理室に入れないことだ!ウェイトレス役は俺、秋、雪平の3人。込み合った場合は桜にもやってもらう。以上だ。行け、乃蒼!」
野島さんのゴーを受け、乃蒼は脱兎のごとくトイレに駆け込んだ。
「おかえり」
阿子さんを労うように野島さんが声をかけ、ひっそりと親指を立てる。
「トイレ行っただけでおかえりとか笑」
と言いながらも阿子さんも親指を立てた。
「それから、これ結構大事なことなんだけど文化祭の当日は俺らのクラスもお前らのクラスも使えないから」
はぁ?マジで?
「どうしてですか?」
タケルが問う。
「模擬店やるのに結構教室いじるだろ?机出したり看板立てかけたり。俺らんトコもお前らのトコも月曜日になったら他の生徒が補習で教室使うからダメなんだってよ」
なんで学校行事に出ないやつら優遇してんだよ。学校側もバカじゃねぇの?
「じゃあ私達どこでやるんですか?」
「さぁ、どこでやるでshow!」
あ、質問を質問で返された彩綾がイラっとしてる。
「待て彩綾。それはフォークだ。肉を切るための道具だ」
「間違ってませんけど?」
「いや、豚とかの肉を切るためのものだ」
「だから、間違って、ませんけど?」
「豚扱いかぁ…」
「喉、出してください」
「1発でしとめるやつだぁ…。段々と秋に似てきたなお前。わかったわかった。正解は…」
焦らす。
焦らす。
ジラフ。突然のキリン。
「生物準備室だ」
なんか嫌だぁぁぁぁぁ!
そんなところでカレー食べたくない!
なんか怪しい肉とか入ってそう!
カエルとか、マウスとか、カエルとか!
「仕方ねぇの、色々交渉したけどそこしか使えなかったんだから」
「けどさ〜?そんなところに模擬店出して人来るのかなぁ?」
桜さんの心配する気持ちもわかる。俺もナンダカンダ言ってどうせ女装するなら人に見られたい。
「来ねえだろな笑。ま、そうなったらそうなったでしゃあないでしょ。その時考えるよ」
乃蒼が嘔吐から帰ってきた。
「はぁ〜、いっぱい出たぁ」
ウンコかよ笑。はしたない。
「なぁ乃蒼、お前らのクラスのカラオケ大会、お前と秋で出るんだろ?」
「はい。3年は野島さんが出るんですよね?」
「ああ。去年は歌も上手くねぇ笑いも取れねぇ奴が出て一回戦負けだったからなぁ」
笑っている野島さんに対し
「悪かったなぁ」
とふてくされている羽生さん。
「お前歌上手いの?」
「普通…だと思います」
なんだよ普通かよ、と笑われてしまった。
歌なんて普通でいいじゃないか。
一般人だもの ななお
「じゃあ俺の標的は茂木だけだな」
全天の歌がどれほど凄いのか俺は密かに楽しみにしていた。もしかしたらあの茂木をも倒すのではないかと期待している。
「茂木くんも結構強敵だよねぇ、タカ勝てるの?」
と言う桜さんの顔も、
「大口叩いもいて負けたら恥ずかしいよ?笑」
と言う阿子さんの顔も
「お前も天城越え歌ってみろよ、あの振り付きで笑」
と言う羽生さんの顔も、先輩達のどの顔も野島さんの勝利を確信しているかのように余裕の笑みだった。
「ウチらは勝ちとか負けとか関係なしに楽しもうね笑」
盛り上がっている3年生をよそに乃蒼は慰めるように俺に言った。
「だな。乃蒼の足引っ張んないように頑張るよ」
2年生の良き思い出として。
そしておそらく俺らにとっても駿河二中で最後の文化祭の良い思い出になればいいなくらいに思ってた。
「ね、ね、秋」
ヒソヒソと彩綾が俺に耳打ちして来る。
「優勝狙おうよ、先輩達には内緒で」
バカ言うなよ。
「無理だって、ムリムリ。俺は歌うまくないもん」
「私だってそんなにうまくないよ?さすがに優勝はムリだってば」
彩綾につられるように俺も乃蒼も小声になる。
「狙うだけなら自由だろ。それに俺達2人のカンが正しかったら結構いいとこまで行くような気がするよ」
タケルのカンをどこまで信じていいか正直わからない。野島さんや雪平ほど説得力がない。ごめんタケル。お前は所詮、下位互換笑。
「おい、お前らなに隠れてヒソヒソ話してんだ?」
4人でヒソヒソはとても目立つ。隠しきれないほどに目立つ。
「「なんでもないで〜す」」
タケサヤは声を揃える。
お前ら一体なにを企んでいるんだ?
歌唱力が飛躍的に上がる秘薬でもあるのだろうか?秘薬なだけに。