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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
114/778

マナツの章 「散りゆく骨の数」

「で、あるからしてぇ人間の骨の数は子どもは206、大人になると骨同士がくっ付いて200に減るんですねぇ」


今の私は大人なのだろうか?子どもなのだろうか?私の今の骨の数は何本なんだろう?なんとなく203な気がした。大人でもなければ子どもでもない、とても中途半端な、そんな気がした。中学生なんて世間一般から見れば立派な子どもだ。私だって客観的に見ればそう思う。けど主観的に見れば、私は大人だと思いたい。大人だと言いたい。

そもそもそんな事考えている時点で、子どもなんだよなぁ。

色んなことがまだ出来ないくせに、色んなことができると思い込んでいる。出来ないのはそれをさせてくれないからだ、と社会のせいにする。ホントは違う。今もし選挙権を与えられたとして、果たして誰に投票すれば良いのかわからない。政治が何なのかなんて教科書でしか知らない。つまり私達は無知なのだ。何も知らない。総理大臣の頭を抱えたくなるような問題も、なぜ高齢化社会なのかも、格差社会の理由も、ミナトがなぜあんなに好きだった桜さんから違う人を好きになったのかも。私は何も知らない。


キーンコーンカーンコーン…


「それでは今日の授業はここまで。日直」

「きり〜つ、れ〜、ありがとうございました」

「「「「ありがと〜ござ〜ました〜」」」」

「お〜い高橋ぃ」

やばいっ。授業中ボーッとしてたのバレてた?

「骨格模型生物準備室に返しといてくれぇ」

「あ、はい」

良かった、とない胸を撫で下ろす。

なくない!自分で言うな!発展途上胸!

「マカちゃん」

2つ前の席から瀬戸さんが声をかけてくれた。

瀬戸 永澄ながすみさん、2年生にして水泳部のエース。ついたあだ名が『2本足の人魚』らしいけどどこで呼ばれているんだろう?笑

「一緒に行こっか?」

正直あの階の静けさはおしっこが出ちゃうかと思うくらいちょっと怖くて不気味だった。瀬戸さんと一緒なら心強い。

けどもしまたミナトがいたら…なんてね笑。もういるわけないじゃんね。さっきはたまたまだよ、たまたま。

「うん、助かる。瀬戸さん付き合って」

私は彼氏を大事に抱きかかえ、瀬戸さんと一緒に生物準備室へと向かった。



「あの〜、ちょっと聞いてもいいかな?」

「ん?どしたの突然改まって笑」

「あのぉ、…瀬戸さんと彼氏さんは、その、どっちから告白したのかなって」

瀬戸さんには同じ歳の彼氏がいる。今年になってこの街に転校してきた瀬戸さんは現在遠距離恋愛中なのだった。

「ん〜、ウチから笑」

「その〜、あの〜…」

「なに?笑。ズバーっ、と聞いてよ笑」

じゃあ遠慮なく。

「どうしてその彼氏さんと付き合おうと思ったの?この人だぁ!っていうのはいつどんな時にわかったの?」

私は知りたいのだ、好きなだけではダメな理由を。

私が想いを伝えるためのちゃんとした理由を。

遠くから見守るだけじゃ、いけない理由を知りたかった。

友達にもなれなかった私が、誰かの彼女になれるだなんて思ってはいないけど。

けれど無知な子どもなままなのが、嫌だった。

気持ちが抑えられないとか、そんなあやふやな理由じゃなくてちゃんとわかった上で告白したかった。

「そんな難しいこと聞かれても、わからんよ笑」

難しいの???

そうだね。人を好きになるってとっても難しいよね。

ミナト、あんたはそれを小2ですでに知ってたのかな?

「じゃあ、例えば、例えば、…瀬戸さんが彼氏のこと好きだったらクラス中から無視されても耐えられる?」

「イヤ!」

即答…なの?

「じゃあすっごい好きだけど気持ちを伝えられないまま何年も好きでいられる?」

「ムリ」

即答…なの?

「私はそんなのムリだよ笑。もしかしてマカちゃんそうだったの?」

「いや、違うけど…」

「なんだ、もしもの話か笑。そうだなぁ、もしそんな人がいたとしたら」

ごくり…

「ドMだね笑」

ミナト、あんたドMだってよ笑。

「じゃあまた『もしも』の話で聞いてね。そんな人がいたとして、クラス中から冷やかされたり無視されたりしながら6年近くも好きでいたとして、突然違う人と付き合う理由ってなんだろ?」

どうしてミナトは桜さんを諦めたんだろう?

桜さんだったら、私はきっと素直に祝福できたのに。

桜さんじゃなかったから、私の気持ちは複雑なまま落ち着かないのだ。

「あ〜、それは簡単だよ笑」

瀬戸さんはその質問にも即答してくれた。

「好きだった人以上の人を見つけたからでしょ?」

私は思わず抱いていた彼氏を落としてしまった。

「あ〜、備品壊すと怒られるよ?」

「瀬戸さん!瀬戸さん!瀬戸さんってば!瀬戸さん!ねぇ瀬戸さん!瀬戸さん返事して!」

「返事をする隙間を下さい!」

「けどその人、6年も好きだったんだよ?いじめを耐えたのもその人が好きだったからなんだよ?なのにそんな急に違う人好きになったりするかな?」

私には想像できない。ミナトが桜さん以外を好きになるなんてこと。

「なるよ笑。だって人を好きになるのに理由も理屈もいらないもん。だから誰かと比べることも出来ないし突然誰かに恋に落ちるんだよ。恋に落ちるって表現すごいよね!『恋に遭う』でも『恋にぶつかる』でもなく、ある日突然ヒューって落ちるんだよ?すごいピッタリの表現だよね」

思わず彼氏に覆いかぶさるように四つん這いになった。目の前がクラクラした。確かに私は2度落ちたことがある。ぐちゃぐちゃの顔にギラギラしたあの目と、濡れた視界が開けた時に見えたあの無邪気な笑顔。それまでは特別な感情はなかったつもりだったし、諦めたつもりだった。なのにその穴は突然私の足元にやってきて恋の奈落に突き落とした。

「マカちゃん、欲求不満?笑」

目の前に彼氏がいる。ハタから見たら骨格模型を押し倒す危ない趣味の中学2年生にしか見えない。

「うん、ちょっとだけ」

パンパンと制服のスカートを払いながら立ち上がる。彼氏を乱暴に拾い上げた。

「そっか。雪平くんてそんな人だったんだ」

「…うん。そんな子だった」

私は中学に入って同じ小学校だった人と一緒にいる事をやめた。ミナトをいじめたからとか、そんな理由ではない。何となく、私を知らない人と関わり合いを持ちたかった。けど自分で気付いている。私は、醜かった小学校時代の自分を直視したくなくて私の知らない人と関わる事を選んだのだ。

「雪平くんのじゃないけど、鈴井さんと荒木さんの噂なら知ってるけど?」

「聞かないっ!」

私はもうそういう情報を耳に入れないことにした。私はミナトの桜さんへの想いを知りすぎてしまったせいで、芽生えた自分の感情を素直にぶつけることが出来なくなってしまった。好きな人の、ミナトの気持ちを優先するのならいつだって私は身を引かなければならない。だってミナトはきっと私のこと恨んでいるから。だからさっき声をかけてくれたのも、話をしてくれたのもミナトの一時の気まぐれだとしても私は本当に嬉しかった。嬉しくておしっこ漏れちゃうかと思った。

「頑固だねぇ笑。知っといた方が良いことだってあると思うよ?」

「いらないっ」

良い事を知ってしまったら調子に乗ってしまう。私はそういう性格だ。

「まかちゃん?」

「な〜に?」

「雪平くん彼女いないよ」

「へぇ〜。そうなんだ………ってなんで教えたぁぁぁぁ!!!!」

不意打ちはダメでしょ瀬戸さん!

「荒木さんは佐伯くんと付き合ってる。鈴井さんは七尾くんといい感じだけどあそこは付き合ってない」

「だからぁ!どうして言っちゃうのよ!」

やばいダメだ!ホッとしてる自分がいる。怒ったふりしてないと、思わず笑ってしまいそうだ。

「ホッとしてるでしょ?」

「うぐっ…」

「安心したでしょ?彼女がいなくて」

「うぐぐっ…」

「雪平くんの好きな人までは知らないけど、少なくとも今現在はフリーだよ。ちゃ〜んす!笑」

そうか。そうだったんだ。でも

「好きな人はいるよ」

「さっき言ってた数年越しの恋君?」

「6年。6年間ずっとミナトは桜さんっていう人に恋をしてるの。冷やかされてもバカにされても無視されてもずっと桜さんの事だけで辛い小学校時代を送れたと思うの。私ね、体育祭でミナトに駆け寄ったあの2人のどっちかが彼女なんだと思ってた。その時の私、それはそれはショックだったよ。だって桜さんじゃない人とミナトが付き合うなんて想像もしてなかったんだから。もしこれが桜さんだったらショックはそこまで受けなかったと思う。ずっと好きだった人と付き合えてホントに良かったねって思えたと思うよ。だからね、今その2人と付き合ってないって聞いて私はホッとしたよ。と同時に絶望もした。私は、ミナトに6年も想い続けてたその恋を叶えて欲しいって思ってる。…あれ?おかしいな?笑。なんで泣いてるんだろう?」

まだそんなに悲しいっていう実感がないのに涙が出てきた。

「だってミナト、本当に桜さんのこと好きなんだもん。多分桜さんの人生でもう2度とこれ以上愛されることなんてないって私が思うくらいミナトは好きなんだもん。ミナトだって、きっとこれからの人生で桜さん以上誰かを好きになることなんてないよ。私が言うなって思うでしょ?でもホントなんだもん。ミナトはそれくらい桜さんのこと好きなんだよ。だったらミナトの恋が成就した方が幸せじゃない?私なんて、入る隙間なんてこれっぽっちも見当たらないよ!」

言葉がやっと気持ちに追い付いた。私はミナトを想うがあまり自分よりもミナトを大切にしてしまっていた。私の恋が叶う時は、ミナトの恋が叶わない時。そして私の掴んだ恋は、1番じゃない。私の恋はどっちに転んでも誰かを傷つけてしまう。

ピシッと瀬戸さんが私の頭に手刀を入れる。

「人の気持ちを勝手に決めつけてはいけません。雪平くんにしても桜さんって人にしても、これ以上ないなんてこと、誰にもわからないんだから。けど、当事者じゃないマカちゃんにここまで断言させるくらいなのはわかったよ。あとマカちゃんが雪平くんの事好きなのも、自分より大切にしちゃってる事もわかった。あのさ、残酷なこと今から言ってもいいかな?」

やめてぇぇぇ、私壊れちゃうぅぅぅぅぅ泣

「フラれておいで」

いやぁぁぁぁぁ!やっぱりぃぃぃぃ!泣

「女が泣いていいのは好きな男にフラれた時だけだよ?マカちゃん、あんたはまたフラれてないでしょ?」

「けど、けど、きっとミナトは私のこと恨んでると思う」

「事情はよくわからないからテキトーなこと言うけど、雪平くんてそんなに小ちゃい人じゃない気がするけどな?」

「それは…そうだけど。でも自信ないよ、全然」

「求めてすぐ手に入るような恋なんて、安物の恋だよ。まかちゃん雪平くんを見てきたならわかるでしょ?雪平くんの恋だって簡単に手に入るようなものじゃなかったんだよね?だったらまかちゃんの恋も雪平くんと同じようにきっと価値のあるものだよ」

「瀬戸さん…ありがとう」

「なんのなんの。友達ひとつ大事に出来んゆうたら、やまとなでしこの名折れじゃきん!!」

「え?どうしたの」

「ごめんちょっと酔っちゃった、自分に笑」

あはははと静かな廊下に笑った声が響いた。

苦しかった気持ちが少しだけ軽くなった。

「それにしても乱痴気ランチの時の勢いはどこ行っちゃったの?笑」

「あの時は妙にテンション上がっちゃって笑。リレーの直後だったからちょっと興奮冷めやらぬだったし」

あぁ、あの2人にもちゃんと謝らなきゃ。

「マカちゃん」

「はい」

「散っておいで」

「…うん」

「骨は拾ってあげる」

「きっとバラっバラだよ笑」

「一片残らず拾ってあげるよ」

「203個あると思う」

「3個なくしたら、ちょうど大人だね」


思った通りミナトには会えなかった。

けど寂しいとは思わなかった。

なんとなくだけど予感がする。

私のこの恋は、告白しただけじゃ終わらない。

きっともう少しだけ続くのだという、そんな予感がした。

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