雪平の章 「旅立ちにいらない不安なら」
「それとも友達ができたから、かな?」
その言葉が痛い。
友達になってと言ったお前の手を掴めなかった。
小学校時代女子のヒエラルキーのトップにいた高橋真夏とボッチでいじめられっ子の俺が中学に入って仲良くしているなんて、それこそ同じ小学校の奴らから何を言われるかわかったもんじゃない。俺はまだいい。中学に入ったら勉強しかしないと決めていた。それに同じ校舎にはあの桜さんがいる。けどマナツは?何をどう考えても俺と友達になるメリットなんて存在しなかった。
そのマナツから「友達ができたから?」と聞かれるのは少々痛かった。
「お前せっかく私が友達になろって言ってんのに断りやがって!そのくせボッチでいるのかと思いきや楽しそうにしやがって!」
と罵ってくれた方がまだ返し方も色々あるだろうが、こうもストレートに言われると困ってしまう。どう返事をしてもマナツが嫌な思いをする答えしか俺は持ち合わせていなかった。
「マナツはどう思うかわからないけど、けど、面白い奴らなんだ。うるさくて変な奴らだけど」
傷つけるとわかっていながらも、マナツに答えなきゃならないと思った。
俺は壁に寄りかかりながらズルズルと廊下にしゃがむ。マナツも俺の隣、少し微妙な距離感で彼氏を胸に抱きながら隣に座った。
「リレー、見てたよ。相変わらず鬼っ速だね笑」
「マナツも速かったのに、リレー出なかったんだな」
「あの日は私、ちょっとあの日になっちゃって笑」
どの日なのかはわからなかったが、本能が追求するなとざわついたので尋ねることはしなかった。
「ねぇ、ミナト。ひとつ教えて欲しいんだけど」
言いづらいのかマナツは膝の上の彼氏を手踊りさせている。こうやってみるとなかなかこの彼氏も可愛らしく思えてきた。
「なに?」
「ミナトの恋は…その…変わったのかな?って思って」
変わっ、たよなやっぱり。見るだけの、見守るだけの恋じゃなくなった。きちんと伝えたいと思うようになった。アダムズの隣にいる桜さんを指を咥えて見ているくらいなら、ぶん殴ってでも奪う方が遥かにマシだと思える恋になった。
「あぁ、変わったよ」
昔よりも今の方が声を大にして言える。俺は桜さんが好きだ。
「どっち?」
「へ?」
「だから、どっちなのかなって」
どっちって何がだ?
「どっちって?マナツの言ってること、イマイチよく理解できないんだけど?」
「だから…その…鈴井さんなの?荒木さんなの?」
あ………そういやこいつ、そうだった。2人に宣戦布告してた。
ん?あれ?…あれあれ?じゃあ
「なぁマナツ!お前の好きな人って…もしかして…」
俺なのか!?!?!?
ボッチ目、いじめられっ子科、性悪属の代表と言っても差し支えない、この俺???
あの高橋真夏が?俺を?
「おしえな〜い笑」
彼氏が俺の肩をカシャンカシャンと叩く。
教えな〜いって…
「あのさ、お前何か勘違いしてるけど俺、、、」
「私、そろそろ教室戻るね。じゃね」
カシャンとマナツが立ち上がろうとする。
「ちょ、待て!お前誤解、、、」
立ち上がったマナツを見上げると、視界に赤色が飛び込んできた。
「きぃやぁぁぁっ!」
彼氏の左手の尺骨にマナツのスカートが引っかかり思いっきりめくり上がっていた。肌色の先にある赤色の布切れ…。
「ちょっと見た?今ミナト、私のパンツ見たでしょ?」
慌ててマナツに背を向ける。
「見て…ますん」
「こいつガキのくせに結構色っぽいパンツ履いてるなって思ったでしょ?」
「思って…ますん」
「可愛かった?」
「いや、見てないからわからない」
マナツは急に落ち着いた色気のある、それでいて恥ずかしさの混じった声で
「いいよミナト…。ミナトになら見られてもいいや」
と言った。スカートをまくる布が擦れた音がする。
「こっち///向いてよ…///」
ゆっくりとマナツの方を振り向くと両手を腰に当て蔑んだ目をして汚物を見るような目で俺を見下していた。
「さいてぇ…」
「てんめぇ!期待したじゃねぇか!」
「なんで私がそんな簡単にパンツ見せなきゃならないのよエッチ!」
「うるせぇ!ちっぱいのくせにセクシーなパンツ履きやがって!」
「ああぁぁぁぁぁ!!!バカにした!私のおっぱいバカにしたぁ!まだまだ成長中ですぅ〜」
「片鱗が見えねえよ!もう打ち止めなんじゃねぇか?」
「始まってもいないのに終わらせようとすんなこのベッチ!」
「ボッチとエッチを足して2で割る発音やめろ!」
なんだ、出来るじゃねぇかマナツとも。
あいつらとしか出来ないと思ってたけど、ちゃんとマナツとも会話出来てるじゃねぇか。
内容はともかく。
「ねぇミナト」
「あんだよ!パンツ見せろよ」
「見せないよ。ありがとね」
俺のセリフだバカ野郎。
「何がだよ!パンツ見せろよ」
「見せないってば!声かけてくれてありがとう」
お安い御用だバカ野郎。
「話ができて楽しかった」
うるせぇよバカ野郎。
「声が聞けて嬉しかったよ」
うっせぇ、バカ…。
「じゃあね、またね」
「あぁ。またな」
カシャンカシャンという音とともに高橋マナツは渡り廊下へ消えていった。
バカ野郎…、鈴井でも荒木でもねぇよ。
俺はずっと桜さんが好きなままなんだぞ。
だからお前の気持ちに応えられねぇんだぞ?
俺はその叶わない恋をする苦しさを感じながら生きてきたから、お前にそんなの感じて欲しくねぇんだよ。
お前もこんな苦い日々を送ってきたのか?
お前なら俺じゃない、もっと相応しい相手がいるだろうが。
あぁ、でも違うか。
苦いだけじゃなかったよな。
会えない日々も、話せない日常にも、ちゃんとほんのり甘いことだってあったよな。
マナツ、お前にもちゃんとあったか?
俺に心当たりはないけど、お前の思い出の中には苦さを耐えられるほどの何か甘い思い出があったか?
俺とお前は一緒だよ。
叶わない恋に痛い思いをしてる者同士だ。
いつか、もっと月日が経ったら、この話でお前と笑って話してみたい。
「あんたまだ桜さんのことが好きなの?笑」
「彼氏と別れるたびに俺のとこに愚痴こぼしに来るのやめろ」
そんなふうになっていたい。
こういう関係なんて言うんだっけ?
それを考える前に、先にやらなきゃいけないことがあるよな。
そうなれるように、まずはちゃんと頭を抱えないと。
先にそれをしなければ、思い描いた未来にはならない。
俺は頭が悪いからいっぺんにいろんなことはできない。
この先後悔が残らないように、1つ1つ終わらせていこう。