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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
110/778

雪平の章 「骨格模型を抱く女」


「それじゃ、帰ります」

「えぇ〜、もっとゆっくりしてきなよぉ」

阿子さん、俺もしこの世に桜さんも野島さんもいなけりゃあんたにベタ惚れしてたかもしれません。

「や、なんか笑、さすがに3年の特進は落ち着かなくて」

ここは本当に賑やかだ。昼休みにまでカリカリと勉強する奴もいない、みんな誰かと喋っているしみんな楽しそうに笑っている。なんでこうも和気藹々と出来るのだろう?もしかしたら…

「ん?なにジロジロ見てんだよ」

この人が全天だからだろうか?

他の人がどんなに頑張っても追いつけないほど圧倒的な差をつけているからか?

それともこの人がこんな性格だからなのか?

俺はたかだか三天止まりで口が悪く社交性のカケラもない奴だから、うちのクラスはあぁまでギスギスしてるのだろうか?

俺はこの人みたいにはなれないな。

この人は特別だ。同年代の誰もこの人よりすげぇ人なんていない。俺と七尾と鈴井に佐伯と荒木を足したとしても、この人の首元にも及ばない。あと少し何かが足りない。

「あ、そうだ雪平。お前予備校辞めたんだろ?じゃ暇だよな?」

「辞めても暇じゃないですよ。やる事沢山ありすぎて時間が足りません」

ドイツ語とか勉強したいし。

「そうなのか?けどお前らの中から誰か1人文化祭実行委員出してくれよ。3年は阿子がやる」

阿子さんか、揺らぐな笑。でも委員なんて面倒くさそうだ。七尾に押し付けよう。

「それからテスト終わったら一回集まって文化祭のミーティングするからな。お前も出ろよ?」

桜さんが出るならどこにだって馳せ参じますよ。それがたとえ地獄でも。

「わかりました」

「んじゃお土産ありがとな」

「ありがとね雪平くん」

「大事に使うね〜」

「ーーーーーーーーー」

最後の奴だけ俺の耳には届かない。鼓膜があいつの声を受け付けない。

「それじゃ、お邪魔しました」

ペコリと3人に頭を下げ立ち上がると

「お〜帰んのかぁ?また来いよ三天」

「野島の後輩ならお前も五天とれよ笑」

「ばいば〜い」

と初対面のはずの特進の人達から俺は声をかけられた。

驚いた。驚きすぎて声も出せなかった。深々と頭を下げた。

野島さんや阿子さん、そして桜さんが手を振って見送ってくれる。その隣の奴には脳内でモザイクをかけた。視界に入るな気持ち悪い。

3人に軽く頭を下げ俺は3年特進組の教室のドアを静かに閉めた。


不思議なクラスだった。俺のイメージとは180°逆だった。その分自分のクラスが情けなく思えた。今から何かをしたら、来年俺たちもあれくらい楽しく過ごすことができるのだろうか?けどそんなイメージが全然わかない。俺はやっぱりあのクラスに愛着がないんだろうなと改めて認識した。


渡り廊下を歩いていくと次第に先ほどの喧騒がみるみる遠ざかっていった。来た時とは逆で今はあの騒がしさが羨ましいと思っている。あたりが静かすぎて不気味だった。この建物自体に俺以外の誰1人としていないのではないかとさえ思えた。


ガタンっ


「うわぁっ!」

「きぃやぁあ!」

背後から突然音がして思わず声が出た。その俺の声に驚き音を出した張本人も悲鳴を上げる。音と悲鳴のした方を振り向くと理科準備室から人体の骨格模型を抱いた見知った顔の女子生徒がこれまた驚いた顔をしている。

「ビックリしたぁ。おしっこ出ちゃうかと思った」

骨格模型を抱きながら、小さな左胸に手を当てている。

「お前、中学2年にもなってまだおしっこ漏らしてんのかよ」

勢い余って声をかけたはいいが、どんな顔をしていいかわからなかった。

「雪…ひ…らくん?何してんのこんなとこで」

こいつと話すのはいつぶりだろう?去年同じクラスだったにも関わらず俺と彼女は1年間全く言葉を交わさなかった。

「何って………別に」

もう名前も思い出せないほど記憶の片隅に追いやられた女優は、今どこでなにをしているんだろう?

「別にって、沢尻エリカ?古いよ?」

そうだ、そんな名前の女優だった。

「変わんないね、あんたは。声を出しただけちょっとはマシか?」

骨格模型を抱いた高橋真夏は模型の腕をゆらゆらと動かしながら下を向いてそう言った。

「変わったよ、これでも。お前も変わったな。学校内で彼氏と抱き合うような、そんなフシダラな奴じゃなかったのに」

高橋真夏は一瞬考えたあと言葉の意味を理解し

「彼氏ちゃうわボケぇ!」ガシャン

とツッコミを入れながら骨格模型を壁にぶん投げた。そして拾う。

なら投げ捨てなきゃいいのに。あと彼氏と学校の備品は大切にしろよ。

「確かに雪平、変わったかもね。昔は長文喋る人でもボケるような人でもなかったのに」

小学生時代、殻に閉じこもっていた俺にとって自分を変えることができたという事実は嬉しいものだった。

けどできればお前には見せたくなかった。

見られたくはなかった。

「その心境の変化は、特進に行ったから?」

特進に行ったから変わったわけではないと思う。あんな無機質な奴らに囲まれてなにがどう変わるというのだ。あいつらを見てると昔の俺を思い出させ、無性に腹立たしく感じてしまう。

「それとも友達ができたから、かな?」

俺はそうであって欲しいと思っている。

俺が変われたのは誰かといるからだと思いたい。人によって自分は変われたのだと、誰かとのつながりを実感したい。

けどそれをお前にだけは言えない。

何をどう言っても、目の前にいる少女を傷つける答えしか俺は持っていなかった。



どうして俺はお前といた数年間で自分を変えることができなかったんだろう?

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