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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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雪平の章 「3年特進組」

階段を降りた1階は特別教室の準備室が並ぶ。音楽準備室、社会科準備室、家庭科準備室、数学準備室…。言わば各教科ごとに使う教材の置き場所、物置小屋だ。3年1組は2年1組と違い普通科と同じ並びで教室がある。2年の特進だけがその他全クラスがある建物から離れた場所にあることになる。何故そのようにしたのかはわからない。2年から特進は他のクラスとは違う特別カリキュラムになるので1年間普通科から離れた場所に教室を置き勉強に集中できる環境を作るためとか、2年6組があった場所が現在物置部屋にすらなっていない開かずの間になっているからとか色々な憶測が飛び交っている。

ま、そんなことはどうでもいい。

俺には他のクラスに話すような奴はいないからどうだっていい。むしろ今の環境の方が好みだ。荒木なんかは時々去年仲の良かった友人と会えなくなったことを嘆いているが、正直俺にはその気持ちはわからない。お前らと離れて会えなくなれば、俺もその気持ちが少しはわかるのかな?と想像してみる。少しだけ荒木の気持ちがわかった気がした。

それにしても1階はもの凄く静かだ。

それもそうだろう。2階の特別教室自体あまり行くような機会がない上、1階の準備室などほぼほぼ用事などない。あるとすれば生徒が教科担任に命じられて必要物品を取りに来るくらいだ。それも年に1、2回あるかないか。そいつはよっぽど運がないんだろうな笑。


渡り廊下を突き当たると生徒達の声で騒がしかった。これほどうるさいのは久しぶりなのでイライラする。やっぱり俺には今の環境が適している。元々静かな場所を好む性格な俺は桜さんに用事がない限り2度と来ることはないだろうなと思った。

3年1組のドアの前に立つと開けるのを一瞬ためらった。さすがに違う学年の、しかも特進のクラスに単独乗り込むというのはいささか俺でも緊張する。大きくスーっと息を吸って意を決してドアを開けようとしたその時、目の前のドアがガラリと開いた。

「うぉわぁ!ビックリしたぁ!って、あれ?雪平くん?」

なんだこのいい匂いのする人は!

「あ、すみません阿子さん」

阿子さんが大声をあげたために3年特進組にいた生徒全員の視線が俺に注目した。

正直怖い…。

「久しぶり!ミシィ以来だね笑。アタマ大丈夫?」

アタマ大丈夫って、もっと違う聞き方ないですかね?

「頭痛が酷くて脳外科受診したら内部出血してました。もう治りましたけどね」

今の医学は凄いな。

「ほんと〜、なら良かった。で、今日はどしたの?タカならまだ放送室から帰ってきてないよ?」

「いえ、桜さんに借りてたハンカチを返しに」

「あぁ!」

阿子さんに俺が桜さんを好きなのがバレているのだろうか?その辺は定かではないが声を潜めて

「黙って貰っとけばいいのにぃ」

とズルい顔をしながら俺の腕をパンと叩いた。

阿子さん…






もっと早く言って下さいよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!





「いえ、借りてたものは返さなきゃ」

返したくない!もしくは一回返して違うのを貸して欲しい。なんなら月1で交換したい。初回は月額1980円のところを390円でお願いしたい。

「あら、真面目なんだから笑。ちょっと待っててね。お〜い、さくらぁ〜!お客さぁ〜ん!去り際にあんたにまた会いたくなる人来たよ〜!」




ちょっと阿子さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!

どデカイ声で叫ばないでぇぇぇぇ!!!!!




「阿子うるせぇ!笑」とか「早くトイレ行けよ!」とか、教室のアチコチから声が飛ぶ。クラスのほとんどの人達が俺や阿子さんを見て笑っていた。俺のクラスじゃ考えられない。ここの人達は特進にも関わらず仲が良さそうで、ピリピリしたムードなんて全くなかった。それがとても不思議だった。

「阿子うるせぇ。お前もこんなとこで何してんだよ。そこにいると邪魔」

俺達の世代とのギャップのデカさに驚いて真後ろに野島さんがいたのに気付かなかった。

「あ、野島さん。こないだはどうも。あと最近乱痴気ランチつまんないです」

「会って早々ご挨拶だな。なんなら昼休みお前拉致ってもいいんだぞ?」

断固拒否する。もしそうなったら七尾を生贄に捧げよう。

阿子さんはトイレに行き、俺は野島さんに連れられて3年の教室に入る。体育祭の時にも感じたが、やっぱここはアウェー感がハンパない。

「おい雪平。俺の彼女に向かって『去り際にまた会いたくなる人』とはどういう事か説明してもらおうか?」

「桜さん、あのコレありがとうございました」

俺は持って来ていたカバンの中から紙袋を桜さんに渡す。

「あれ?貸してたハンカチにしては紙袋大きいけど?重いし」

「おい桜、ハンカチってなんだ?なんでお前が雪平にハンカチ貸してんだよ」

「ちょっと用事があって夏休みドイツに行ってたんです。ハンカチのお礼とお土産も兼ねて」

「「ドイツ!?」」

桜さんは驚いた時の表情も一際美しいと思った。この人ならどんな時の顔も綺麗なんだろうな。

「開けていい?」

「どうぞどうぞ」

紙袋を開けまずハンカチを取り出す。「洗濯、ありがとね」と言って桜さんはそれを制服の胸ポケットに入れた。俺はこの時ほどハンカチになりたいと思ったことはなかった。

「あぁっ!タウトロッフェンのローズウォーターとボディスフレぇ!」

トイレ帰りの阿子さんが俺の肩の上から顔を出して叫んだ。トイレ帰りでもいい匂いだ。そして顔が近い!ちょっとだけ野島さんが羨ましい…。

「雪平くんコレ高いやつじゃん…」

桜さんが喜んでくれそうなものをミュンヘン中探しまわって買ったのだけれど、目の前の桜さんの顔は申し訳なさそうだった。

「今って1ユーロ125円くらいだろ?それの値段知らないけど日本で売る時にはドイツ国内輸送費用と日本への輸送費用、あと60%の関税がかかる上に販売元の利益も取らなきゃならないから日本での販売価格は高いかもな。けど現地で買えば半値までとはいかなくともかなり安く買えるんじゃね?うまくやったなぁ雪平ぁ笑」

野島さん、そっちのケはないけど今俺はアンタを抱きしめたいっ!俺と桜さん双方幸せになれる魔法の言葉です。今の一瞬で考えたんすよねぇ?アンタやっぱりすげぇ人だ。

「そなの?」

桜さんは少し表情が緩んだ。

「野島さん、余計なこと言わないでくださいよ笑」

「あ、わり〜わり〜笑」

アンタには感謝しかない!きっと俺の感謝もアンタはわかってくれてんだろうな。俺の恋のライバルがアンタじゃなくて良かった。野島さんに比べたらあんなポチ、犬だ。

「いいの?ホントにいいの?」

「良いですよ笑。返されても俺使いませんもん。それに野島さんがいうように、そんなに高価じゃなかったですから。遠慮なくどうぞ」

桜さんは俺のお土産2つを持ったまま座っていたイスからトコトコと歩き窓を全開に開け、

「やっっっっとぅわぁぁぁぁぁぁ!!!!」

と校庭に向かって全力で叫んだ。良かった、叫べるくらい病気良くなったんですね笑。

西野うるせぇ!笑、とまた教室のどこからか声がした。

違うんです先輩、うるさいのは僕なんです、決して桜さんじゃありません!

桜さんはピシャンと窓を閉めバタバタと走って俺のところまで来ると

「ありがとう雪平くんっ!私コレ、ずっと欲しかったヤツ!ていうか買おうと思ってお小遣い貯めてる最中のヤツ!ぅぅありがとぅおぉぉう!」

と俺の両手を握り真顔でお礼を言った。

手、握られてる。顔が近い…。あと10数センチでキ…キ…キス…。

「やめろ桜。近い」

ゴミが桜さんの襟首をつかんで俺から遠ざける。殺す。やっぱコイツはいつか絶対殺す。殺したあと解体して半分はトイレに流し半分は豚の餌にしてやる。そして一生俺は豚肉を食べない。

「はい、コレは阿子さんのお土産」

カバンから一回り小さめの紙袋を渡す。

「え?私にも?」

「お土産です」

箱の中身は桜さんに送った同じブランドの乳液が入っている。

阿子さんも俺の手を握り、

「ありがとう雪平くん。私もコレ欲しかったの」

と桜さんとは対照的に大人びた感じで言った。阿子さんも顔が近い。あと10センチで…キ…キ…キス…。

「良かったな阿子」

片手で頬杖をついてそう言う野島さんにはポチにはない余裕がある。もしも俺が同じ立場なら、やっぱタマみたいな行動を取ってしまうかもしれない。なんだろうこの余裕?もしかしたら野島さんと阿子さんには、桜さんとミケにはない何かがあるのかもしれないと思った。それはなんだろう?例えば…信頼、とか?もしそうならば、俺は夢を叶えたあとも、まだまだ道のりは長いのだと思った。この2人みたいになりたいと思った。

俺はまたカバンの中から小さい紙袋を2つ取り出しベリベリと中身を開ける。あ、これじゃない。もう片方を野島さんに渡す。

「野島さんの分です。これ、俺ら2年のお土産と一緒なんですけど」

帰国する日に忘れてて慌てて買い足した、とは言えないな笑。ましてやさっき助けられたのに。

「お〜、さんきゅ〜。シャーペンか。受験生だしピッタリだな。ん?………幸運?」

「…あんたドイツ語も読めるんですか。今すげぇあんたのこと嫌いになりました」

「読めねぇよ笑。何個か単語知ってるくらいだ。で、なんで幸運なんだ?」

あんたはどんな事でも自分の力で成し遂げられるじゃないですか。それが天賦の才能なのか努力はわからないけど何となく俺はそう思うんです。だからあんたが自力で得ることができないのは幸運くらいなもんでしょ?

なんて言わない。小っ恥ずかしい。

「何て彫ってもらったらいいか思いつかなかったからです」

野島さん、あんたのすげぇ才能に加えて天運が味方しますように。そしたら本当にあんたは無敵になっちゃいますね。

「おい雪平ぁ、俺にはぁ!まさか俺だけねぇとか言うんじゃないだろうなぁ!」

さっき開けたゴミ袋の中にシャーペンを入れ直し机に置く。本当はコイツに叩きつけてやりたいところだがグッと我慢する。俺は大人だから。

「へぇ〜、この単語って英語と同じスペルなのか。しかも笑…今の俺にはピッタリだよ。お前なんだかんだ言って可愛いヤツだな」

「それしか思い浮かばなかったので。俺もピッタリだと思います」


テメェのそれはドイツ語でも英語でもねぇ。『shine』、そのまま読めよ。

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