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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
108/778

雪平の章 「お土産」

約ひと月の夏休みが明けた。健全な中学生のクラスならば1学期よりも日焼けした肌が目立ち、「ねぇ、休み中どこ言った?」などの会話がそこかしこから聞こえてくるのだろう。しかし残念ながら不健全な我が特進クラスの連中は1学期よりも白くなった肌が目立ち、問題集を解くカリカリカリといった音しか聞こえなかった。自分の席に着きカバンから教科書を机の中に入れ替えながら

「俺もこうなる可能性は十二分に秘めていたんだな。気持ち悪い。そんなんじゃ桜さんに振り向いてもらえる訳もねぇ。ましてやミシィでバッタリ会ったって気付かれもしないで素通りだったろうな」

と考えていたら思わず苦笑いが溢れた。カバンに突っ込んだ手に、しまっておいた紙袋が触れる。中には桜さんから借りたハンカチが入っている。一昨日まで借りたそのまま洗いはしなかった。もう桜さんの匂いはしなかったけど、なんだか勿体無い気がして夏休み中ずっと肌身離さず持っていた。しかしそのまま返すわけにはいかないと、一昨日まで泣く泣く自ら手洗いしアイロンをかけ、ちょっとしたプレゼントが入った紙袋にしまった。カバンから出さずそのまましまっておく。あとで3年の特進に届けに行かなきゃな。できればハンカチは返したくない!けどそれと引き換えに桜さんに会いに行く口実になるのはそれはそれで悪くない。俺はいつだって桜さんに会いに行きたい。

「おっす雪平」

「おはよ〜雪平くん」

「おはよ雪平」

「おいお前ら!俺を置いていくなよ。お、雪平おはよ〜さん」

やかましい連中が登校してきた。ま、そのやかましい連中のおかげで俺は桜さんへの気持ちが大きく変化したのは事実だ。ただひっそりと柱の陰から指をくわえて見ているだけの俺の恋が、今は必死に来るべく時に備え虎視眈々と爪を研いでいる。今に見ていろポチ!お前から桜さんを奪い取ってやるからな!

「ねぇ雪平、夏休みどっか行ったの?」

不健全なクラスで健全な会話。勉強しても一向に成績の上がらないこのカリカリうるさい連中は、自分達より成績の良い俺らのことをどんなふうに見ているんだろうな?少しだけ興味がある。

「あぁ。ちょっとドイツに」

「「「「「「「「ドイツぅ!!!」」」」」」」

おぉ、思った通りのアホヅラだ。

しかし何故お前らカリカリ君まで一斉に俺のことを見るんだ?勉強はどうした!手が止まってるぞ!こっちを見るな!

1人、2人とまたカリカリ君に戻る。

七尾がまだ驚いて俺を見ていた。

「お前こないだ何にも言ってなかったじゃねぇか!」

「言わねぇよ。聞かれてねぇし」

「何だよちくしょ〜、乃蒼がフランス行かないって言ってたから俺が1番遠くに行ったと思ってたのにっ!国境越えたら勝ち目ねぇだろうが」

本当に悔しそうだ。バカなんだな。

「なにを競ってんだよ、小学生かっ。札幌だっていい街じゃねぇか。ラーメンも寿司も美味かったんだろ?」

ドイツ料理よりそっちの方が好みだ。

「ところでなんでドイツなんだ?家族旅行か?」

コイツはいつになったら松葉杖が取れるんだろう?実はもう治ってるけどキャラ立ちのためにあえての小道具なのだろうか?

「ん…まぁ、ちょっとミュンヘンに用事があって」

「「「「「「「ミュンヘンに用事ぃ?」」」」」」」

おお、予想以上のバカヅラだ。

オイお前らもだ有象無象!普段協調性のカケラもないくせにこんな時だけ揃いやがって。劇団か!

「お前らにお土産買って来てやったからありがたく思えよ。…4つしかねぇよ!」

お前らにあるわけねぇだろ劇団員!オイなに露骨にガッカリしてんだよ。俺と接点ねぇだろが!なんでもらえると思ったんだよ!

「俺も札幌のお土産あるからお昼に渡すよ。ドイツ土産には負けるけどな…」

卑屈になるな七尾。お前は全て俺の下位互換だ、仕方ないだろ。と、佐伯の前でこの台詞を吐くのはいささか不憫に思えてならなかったので言わずにおいた。



最近の乱痴気ランチはとてもつまらない。最初の頃にあったパンチがなくなり、ただただダラダラとどこの誰だか知らない生徒が喋っている番組に成り下がった。たまに盛り上げようとする奴もいるのだが、かえって寒い結果になる。放送室にいては自分の渾身のジョークが受けているのかどうなのか知る由も無いので、ただひたすらに滑り続けていた。つまらん。どうにもつまらん。

「どう?雪平!」

荒木は期待と自信が混在した笑みでそう俺に感想を求めた。

「どうして俺に?そこは普通佐伯に聞くべきじゃないか?」

「だってタケルは私が作ったものなに食べても美味しいとしか言わないからつまんないんだもん。秋も昔の義理があるから美味しいとしか言わないし。だから率直な感想を述べよ!」

いつも食後の甘いお菓子は鈴井が作って来てくれていたのだが、今日は荒木がクッキーを作って来た。

「美味しいよ彩綾。ニガくないし」

「秋じゃないからね」

「凄いね、キツネ色してる!」

「そうだね、あんたじゃないからね」

そういうレベルの話なのか?

「まぁ、あれだ、旨い」

正直な感想だ。

「まぁって何よ!まぁってまぁまぁのまぁよね?」

「アレだな?なんか飲み物があると味の良さが増すかも」

「あ、じゃあちょうど良かった」

と鈴井は自分のカバンから大きめの魔法瓶を出した。

「今日は彩綾が作るって言ってたから私コーヒー持ってきたの。ブラックだけど飲める?」

こういう心遣いって大事だよな。そこが荒木には足りない!

「気がきくよな、鈴井って。きっと良いお嫁さんになるよ」

「またまたぁ!雪平くんたらぁ!もぉ〜、そんなに褒めてもなんも出ないよ」

バンバンバンと照れ隠しをしたいのだろうけど、それがパーではなくグーで俺の肩よりちょっと下あたりを殴る。わざわざ机を乗り越えて。地味だけど派手に痛い。電柱で殴られた時の腫れはまだ完全には引いていない。鈴井は気が効くけれど事あるごとに暴力的だ。

コーヒーを飲んだ後、紅茶のクッキーを齧る。

「荒木」

「何よ!今さら美味しいとか言われても全然嬉しくないからね!だいたい飲み物ないと味が増さないお菓子なんて、、、、、」

「美味しい」

「だからっ///嬉しくないって///言ってるじゃないっのよ!///」

そんなに顔真っ赤にして怒らなくても良いじゃないか。褒めてるのに。

「なぁ?お土産、出してもいいか?雪平より先に出さないと見劣りしちゃうから…」

「お〜、出せ出せ!何かなぁ〜。白い恋人かなぁ?花畑牧場の生キャラメルかなぁ?ちょっと捻って三方六かな?」

佐伯、全部お菓子だな。

「1人ずつ配るね。まずは〜、彩綾!」

「やったぁ。わ〜い、ありがとう。開けてもいい?なんだろなぁ…お!これ生チョコ?やったぁ!」

ロイズの生チョコレートか、いいな。

「次は…はい乃蒼」

「わぁっ、すっごい大きい〜!なにこれ、しかもカタ〜い。ありがと〜。開けるね?なにかなぁなにかなぁ…私も美味しいのがいい、、、、おぉ!やっとぅわぁぁぁ!秋ありがとう!超嬉しい!」

見事なタラバガニだった…。

「次はタケル」

「お、おう。なんかちょっとだけ不安なんだが…」

「何でだよ笑。お前のお土産選んでる時に思い出したんだ。お前さ、昔ペットが欲しいって昔言ってただろ?丁度いいのがあったから買ってきてよ」

丸々とした、マリモだった…。佐伯が頭を抱え出した。

「どうして大事な場面でそんなことを思い出しちゃったかなぁ。お前の胸にしまっとけよ、一生…」

お気の毒だったな佐伯。次は俺の番か。不安しかない。

「・・・・・・・・・・・」

「よし。じゃあ次は俺の番だな。俺のは、、、」

「つっこめよ!『俺のは〜!』とかつっこめよな!」

いや、ラインナップを見たらもらわない方が幸せなお土産もこの世にあるんだなと思って。無いなら無いで構わない。

「俺はそんなつっこみ入れるようなキャラじゃない」

「つまんねぇ奴だなぁ。ホラ、お前の分。お前のが1番悩んだんだからな!」

大きさはソコソコ。ただ妙に薄い。触るとガサガサと音を立てる。

「開ける前に一応聞いておく。なんだ、コレは!」

「言ったらつまんねぇだろ笑。まぁ、バラしちゃうとTシャツだよ。お前はお菓子ひとつとっても好みがうるさそうだし、Tシャツなら気に入らなくても家で部屋着として着れるかなぁと思って」

なるほど。Tシャツね。まぁ確かにマリモよりは遥かに良い。デザインが気に入らなくても七尾の言う通り部屋着にすりゃ問題ない。

俺は幾分ホッとして包装紙を開けると、生きててこれまで一度も見たことがない白と黒のマダラ模様のTシャツが出てきた。

うわぁ、ダセェ…超ダッセェ!部屋着にもしたくない。

「開いてみろよ」

開く?

「背面がオシャレなんだ笑」

お前…笑、白黒マダラをどう料理したってオシャレになんてなるわけねぇだろ笑。バカか。

仕方なくビニールからTシャツを取り出し開いてみる。七尾が『オシャレ』と豪語する背面を上にして机に乗せた。



I ♡ 乳牛



そうか、それでマダラ模様か!納得した。

納得した上で叫ぼう。

「テメェこら!誰が乳牛好きだ!」

「え?だってお前巨乳好きだろ?」

「巨乳と乳牛は似て非なるモノだろがっ!そもそも俺が巨乳好きなんだよ!」

「お前いつも言ってるじゃねぇか」

「いつどこでだよ!」

「顔が」

「どんなおしゃべりフェイスだコノヤロー!」

「じゃあ聞くけどお前巨乳と貧乳どっちが好きなんだよ」

「なんでそんな秘め事を公の場で晒さなきゃならねぇんだ。お前でもあるまいし」

「あああああ!!!てめぇ約束したじゃねぇか!契約不履行だぞ!」

「知るかボケ!あるなら契約書持ってこい」

「スタバ奢ったじゃねぇか!」

「『Mで(きりっ)』笑。スタバにMなんていうサイズねぇよ!」

「アゴ出てんぞゴラぁ!」

「すいませんね。バカにする時アゴ出ちゃうんですぅ〜」

俺なにやってんだ?

なんでコイツにつっこんでんだ?

いつからだ?

いつから俺はこんなつっこむキャラになっていたんだ?

「なぁ雪平ぁ。それ着ねぇなら俺のマリモと交換し、、、」

「家で大切に着るよ。ありがとう七尾!よし、じゃあ次は俺の番な」

カバンの中から同じ柄の小さな紙袋を4つ出して机の上に置いた。

「お好きなのをどうぞ」

「え?中身一緒?」

バカにするなよ鈴井。

「いいから、ひとつ選んで開けてみろ」

袋の中にはドイツで買ったシャープペンシルが入っている。

「モントブランク?」

アホ丸出しだな荒木。

「Mont Blanc (モンブラン)な」

「私聞いたことある。有名な万年筆のブランドだよね?」

さすがだな鈴井。

「あれ?なんか乃蒼の持ってるやつと俺やつ、ここに書いてある文字が違う」

よく気付いたなクソセンス。

「ただの色違いじゃ面白くないと思ってそれぞれ別のを彫ってもらったんだ。ちょっとしたおみくじだと思ってくれればいいよ」

七尾達4人は机の中央に自分たちのシャーペンを持ち寄る。

「これ、ドイツ語?」

「読めるのか?」

「ううん、わかんない。私のこれ、なんて書いてるの?」

鈴井のそれにはLiebeと彫ってある。

「それは日本語で愛って意味だ」

愛…と呟いて鈴井は愛おしそうに自分のシャーペンを見つめる。鈴井、お前に愛の祝福がありますように。

「俺のは?」

七尾のにはVerbindungと彫ってある。

「日本語だと縁だな」

えにし、と読めば良かった。その方がこいつにはしっくりくる。七尾、お前に無数の縁が結ばれますように。

「私は?」

「俺のも!」

荒木にはSchöne。

「美だな。お前にはピッタリじゃねぇか?」

両手で顔を隠しながら足をパタパタさせるな。俺結構それツボだからやめてくれ。荒木、お前が美に包まれますように。

「佐伯、お前のはこれ以上ないくらいお似合いの言葉だ」

「なんて書いてんだ?みんなのより長めだけど」

「ケガをしない」

もうアキレス腱切りませんように。

「実を言うとな、包装紙同じのにしちゃって中身がわからなくなったから、テキトーに選んでもらったあとで俺が渡したい人に配り直そうと思ってたんだよ。けどみんなドンズバで引き当てたな。こんな事ってあるんだなぁ。まぁ確率的にはそんなに低くはないけど」

これもまた偶然なのか、必然なのか、運命なのかなんなのか?運命的な必然性のある偶然、てことにしとこう。

「さて、俺ちょっと用事あるから出かけてくるわ」

「え?どこ行くんだよ?」

七尾、お前にクイズを出してやろう。

「例えば俺が定家だとしよう」

「あぁ、式子のところか」

お前そんな事まで知ってんのかよ。

「なら牛車で行けよ?」

「バカ言え。そこは乳牛だろ」

「しまったぁぁぁぁ!!!」

なんで悔しがってんだよ笑。

「ねぇシキコって誰?何組?」と佐伯に質問する荒木に佐伯は「知らない」と答えた。

「「いってらっしゃ〜い」」

式子が桜さんだと知る七尾と鈴井はそう言って俺に手を振る。それに手をあげるだけで応え、俺は教室から出て行った。

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