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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
104/778

黒髪少女の章 「知らない街」

知らない街に行きたかった。

気が付けば私は必要最低限のものをリュックに詰めて家を飛び出していた。

駅までの道を走る。

自動改札を通過してテキトーな電車に乗った。

どこ行きなのかもわからない。どこに止まるかなんてもっとわからない。

行き先は未定。

ただ私が知らない、私を知らない街に行ってみたかった。

ただそれだけ。

家出なんかじゃ決してない。

夜には家に帰って自分のベッドで眠る予定。

ただ持て余したエネルギーの使い方を間違ってるだけ。

あと、ほんのちょっと逃げてみたくなったんだ。



なんとなく。

本当になんとなくというただそれだけの理由で私は電車を降りた。

もっと遠くへ行きたかった気もするが、まぁ理由がなんとなくなので仕方がない。

改札を出ると私の住んでいるような都会でも、かといって田舎でもない、悪い表現でいうと中途半端な街だった。

そこそこの高層ビル、そこそこの喧騒、そこそこの人波。

多分きっと初めて来た街。

こんなところで何やってんだろう?という気持ちもある。

子どもじみたことをしてる、という自覚もある。

途端に知らない街に1人でいることが少しだけ不安になった。

けれどこの知らない街の中にも、見慣れた商業ビルに見慣れたチェーン店の看板、よく行くコーヒーショップに大型書店。

知らない街に知っている店があるというだけで「ここは日本。いつでもすぐに帰れる」という安心感がある。

そうか、私は安全に冒険をしたいのだ。

引っ込み思案な冒険家みたいだな、と思った。


見渡すと思ったよりも私と似たような年齢の人が街を歩いていることに気づいた。

今日は土日だったっけな?腕時計を確認すると「thu」とある。

あぁそうか、今は夏休みか。

普段あまり学校に行ってないからそういうことすらわからなくなっている。

私は学生の年齢にあって、学生らしいことをあまりしていない。例えば毎日ちゃんと学校に行くとか夜10時にはベッドに入るとか、宿題をするとか、恋をするとかそういったものとは無縁の生活をしている方が多い。

自分の意思でそうなってはいるけれど、やっぱりおかしいよな?と思う。

最後に学校に行ったのは、1ヶ月前だったかな?あの時は誰と話したっけ?今となっては何も思い出せなかった。

ふと鏡ばりになっているところに映る自分の顔を見て「あっ」と思った。

思いついた瞬間に家から飛び出て来たからスッピンのままだった。

まぁこの年齢だと普段スッピンなのが当たり前なんだけど、いつも化粧をしてそれが当たり前になると何だか裸のままで街を歩いているような気になる。

私は慌ててコーヒーショップに駆け込みアイスコーヒーを注文するとトイレに入ってリュックの中身を漁る。

必要最低限入れて来たリュックの中に必要最低限の化粧道具が入っていた。応急処置ばりのメイクをする。

薄っ!笑。

まぁいいや、あとは若さでカバーだ。

コーヒーを飲み終えて店の外に出るとモワッとした蒸し暑さを感じた。

少し歩いてみよう。

携帯を取り出しカシュー、カシューと何枚か写真を撮った。

私が初めて1人で来た街を何かに残しておきたくなった。

きっと誰かに見せてもありきたりな街の風景に見えるんだろうな。

いつか時間が経ったら私もそんなふうに感じちゃうのかな?

「ねぇ、1人?友達と一緒じゃないの?1人ならさ、カラオケ行かない?」

高校生らしき男の子が2人声をかけて来た。片方は今どき茶髪だ。

「可愛いよねぇ」

自覚しています。

そんなことを毎日言われるような環境に身を置いています。

というかこれくらいの年齢の女子は自分がどのレベルにカテゴライズされているかは冷静に自己判断できているものです。

『そんなことないよぉ〜。私なんて全然だよ〜』

そんなこと言う奴ぁ死ねばいい!

なのにそんな嘘っぱちの謙遜女子に大体の男の子はコロッと騙される。男子ってチョロいよなぁ…。

「ねぇねぇ彼氏いるの?」

なんで初対面の二言目にそんなデリケートなこと聞けるの?デリカシーないの?

さっき私のこと可愛いねって言ったじゃん。

可愛い子って大体もう彼氏いるものじゃない?

そんな私に彼氏いるか聞く?いねぇよチクショー!

「ねぇ、なんか喋ってよ」

喋ってよ、か。

いやだよっ!

「おい、無視すんなよ」

段々口調が荒くなってきた。

男の子って大体そう。

最初は猫なで声で近付いてきて自分の思うようにならなけりゃ恫喝して、挙げ句の果てに手をあげる。

男の子はみんなそうなのだろうか?

「おい!返事くらいしろよなっ」

そう怒鳴って私の腕を掴もうとした。思わず目を閉じてしゃがむ。

あの日の夜が頭の中によぎる。

フラッシュバックと同時に心臓が冷水を浴びたように縮んだ感じがした。



怖い…怖いよ…怖い、怖い、怖い!

やめて!お願いやめて!やめてください!お願いしますやめてください!お願いします、お願いします…助けて下さい助けて下さい助けて下さい…



「おいやめろ!」


きた〜♪───O(≧∇≦)O────♪

私のヒーロー!声がシブい!

しゃがんで身を閉じたまま私のヒーローに耳を傾ける。

「あ?なに?あんた誰?」

「テメェ忘れたのか。忘れたんだな?いい度胸してんじゃねぇかコノヤロー」

「あ…、あれ?もしかして…花崗みかげのお父さんスか?」

は?…お父さん?

目を開け見上げると逆光で顔は見えなかったが明らかに中年体型のオジさんが茶髪の腕を掴んでいた。

「お前、花崗から俺の職業がなにか聞いているか!」

「えっと、警察官とか」

「あんな下等生物と一緒にするな!腹立たしい」

下等…生物?

「だって花崗がそう言っ、、、」

「みぃ〜かぁ〜げぇ〜だぁ?」

「いえ、花崗さんでしたっ!花崗さんが、お父さんは警察官だと」

「あいつにはそう言ってるからな」

じゃあ聞いたそいつも警察官だと思いますってばマイヒーロー。

「じゃあ、ご職業は…?」

「今ここでお前ら2人を拉致して北朝鮮に放り投げても罪にはならない職業だ」

やっば〜い!悪の組織の方だったぁ〜!

「行くか?北朝鮮。冬は寒いぞぉ?笑」

「いえ、日本がいいです」

「ベーリング海にしとくか?波は荒れるぞぉ?笑」

「いえ、 陸地がいいです」

「別れるか?花崗と別れるか?」

「はい、カタギの娘さんがいいです」

「行け。2度と俺の前に顔出すな。次会ったら豊洲市場に埋めるからな」

移転はんた〜い!!!絶対お魚食べな〜い!!!

男の子2人はピュ〜っと効果音付きで逃げるように走り去っていった。

「お嬢ちゃん、もう大丈夫だよ」

逆にこわ〜い!一難去ってまた一難。むしろこっちの方が怖い。

「北朝鮮はイヤ…泣」

今日初めて発した言葉がこれなんて…。どんな日常だよ私ったら!

「わっはっは笑。ベーリング海にも連れてかねぇから安心しな」

おじさんが私に手を差し出す。それを恐る恐る握ると一気に私を引き起こしてくれた。

改めて顔を見ると普通のおじさんだった、髪の毛以外。

薄っ!髪の毛うっす!

なんかまばらに抜けている。むしられたのかな?

「逆に俺の方が感謝だ。お嬢ちゃんのおかげで娘が気にいらねぇ奴と別れそうだ笑。いやほんと、マジ感謝」

チャラい。見かけよりもだいぶんチャラい。

「あの…ありがとう…ございました」

「いや全然。けど気を付けないとな。お嬢ちゃん可愛いから」

はい、自覚しています。もちろん鼻にかけてるつもりはないです。

「じゃな」

「あ、すみません、名前。後でお礼をしたいので住所を…」

振り返ったおじさんは頭同様に眩しいくらい笑っていた。

「礼なんていらんいらん。むしろこっちがしたいくらいだ笑。名前は…そうだなぁ…三太郎。練生川三太郎だ」

絶対偽名だと思った。



大きな商業施設に入り帽子を物色する。

外は日差しが強いから、という理由もあるけれど1番は顔を隠したかった。

私可愛いからまたナンパされたら大変っ!なんていう思考回路に生まれたかったな。

とにかくさっきの出来事で顔を晒すのが怖くなってしまった。お気に入りのブランドには入りづらくて仕方なく隣の店舗に入ると店員は

「いらっしゃいませ」

と言ったっきり私を放置した。

かえってゆっくり選ぶことができ、あれこれと悩んだ末に黒のハットを購入した。

「あれ?もしかして」

「あ、被っていくのでそのままで。どうも」

口早に言い終え深々と帽子を被り店を後にした。

はぁっ、外あっちぃ。

上からよりも下からの照り返しがキツい。

これからどうしよう。とりあえずコーヒー飲も。


2階にあがり1人がけのチェアに座る。

目の前は大きなガラス張りになっていて、私の知らない街が広がっていた。

私、何から逃げてるんだっけ?

私は何からというより全部逃げている。

何1つ面と向かって戦ってない。

痛いなぁ…

左手首がズキズキと痛む。

包帯を外すとまだ左手首は赤黒く内出血していた。

男の子って、怖い。

元から男の子は苦手だ。

乱暴だしガサツだしデリカシーないし、私としては距離を置きたいのに向こうはおかまいなしにガツガツ来るし、バカだしガキだし良い印象がまるでない。

大人の男の人は苦手じゃないけど、同年代の男の子はどう接していいかわからなかった。

う〜ん…笑、私の場合差し当たってソレだよね。

私はもしかしたらこの街に何かを1つ捨てに来たのかもしれないと思った。

この左手首のこと1つとっても結構、いやかなりのトラウマだ。

すごく怖かったしいっぱい泣いた。

けど地球上には男と女しかいなくて、学校に行っていないとはいえ同年代の男の子と関わらないというのは今後の自分の人生には結構な障害だというのは薄々勘づいている。

アイディアが1つ浮かんだ。

そしてすぐに打ち消す。

出来るわけないじゃない!恥ずかしい!声をかけられたことはあってもかけたことなんて一度もないわよ!

ましてや生まれてこの方自分から男の子に声をかけたことなんて皆無よ!バカじゃないの私!イージーモードもクリアする前からいきなりエクストリーム選択するアホがどこにいるのよ!まだ超必殺技のコマンドすら知らないわよ!そもそもあんの?私に超必なんて。ないわよ!弱パンチ連打しか持ってないわよ!

そうやってまた私は逃げるための言い訳をしている。

この性格は一生治らないかもしれない。

寂しいなって思う。けどそれならそれで仕方ないかな、と私は諦めることにした。

せめてそれが前向きな諦めだったらいいのにな、と思った。

「帰ろう」

この街に来た事をいつか思い出すだろうか?

さっき撮った写真を見て懐かしむ日が来るだろうか?

そんな日は来ない、多分。

もしかしたらあの写真も「なにこれ?」といって消してしまうかもしれない。

つくづく自分がつまらない人間だな、と思った。


思い出さないかもしれない街に来た記念に何か一冊本を買おうと思った。

近くにあった大きな書店で新刊のコーナーを見たけれどこないだ近所の本屋に行った時と大して変わらなかった。

きっと読むことはないであろう『友情』という本を手に取りレジに並んでいると私と同じ歳くらいの男の子と一瞬目が合った。

男の子は隣接しているドーナツショップに入っていく。

本にカバーをつけてもらいしおりの色を選ぶ。

店員から受け取り本をリュックの中にしまった。

一度トイレに寄り化粧を直す。

服装をチェック。

今見ると今日の服装にさっき買った黒のハットは似合わないと思った。

リュックにハットをしまう。

髪型を整える。

うん、オッケー。可愛い、はず。

よし、帰ろう。

外に出るとより一層気温が上がった気がする。

帽子で遮られていた陽の光がモロに顔に当たる。

私は歩き出す。

あ〜、やばい。ま〜た怒られるなぁ。

そういや日焼け止め切れてたんだった。買って帰らなきゃ。

携帯で現在地を確かめるとこの先にドラッグストアがある。

そこで買って塗りたくって、そんで駅に行って自分の街へ帰ろう。

歩みを止め空を見上げる。

さすがに眩しくて目を閉じる。

顔いっぱいに陽の光があたって気持ちがいい。

太陽の光は悪い気を浄化してくれると何かで知った。私の後ろにモヤモヤと揺らめく悪い気が光でジリジリと焦げていくのをイメージする。

ぎゃ〜、とか声があった方がよりリアルかも笑。

たっぷり1分は空を見上げていた。

うん、よし!今度こそ帰ろう。

日焼け止め買ってコンビニでコーヒーと、お腹すいたから何か甘いものでも買って、電車に乗って『友情』読みながら私の街まで向かう。

電車を降りればそこはもう見慣れた場所だ。

きっと今朝よりもあの街が好きになっている、そんな気がする。

さ、帰ろう。

家に帰ってシャワーを浴びてストレッチしてご飯食べて歯磨きして、今日はいつもより早く寝るんだ。

よし、帰ろう。

「アメリカンとチョコリングひとつ」

さ〜て、明日は何しよう?

部屋の掃除でもしようかな?

って言ってもこないだしたばかりであんまり汚れてないんだよね笑。

いっそのこと家中の掃除をしようか?

それとも何かDVDを借りて来て観ようかな?

何か観たいやつあったっけなぁ?

新しいのもいいけど古い映画も悪くないんだよねぇ。

あ〜、今日は疲れたなぁ。初めての体験は私の体力を思ったよりも奪っていた。

早く帰ってベッドに横になって…、あぁその前に化粧落とさな


「ここ、いい?」


ぎゃーーーーーー!!!!

あたしナニしてんのぉぉぉぉぉぉ!!!!!

なに知らない男のに声かけてんのよ!

私はガラガラの店内にも関わらずさっきの男の子と相席した。

目の前の男の子はこの事実をまだ把握し切れていない様子だった。

それは私もだよ。

散々帰るっていったじゃん!

日焼け止め買ってコーヒーと甘いもの買って電車乗って帰るって言ってたじゃんよ!

なにしてんの?なにしてんの私!

その理由をあげるとすれば「何となく」。

そう自分に言い聞かせた。

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