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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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秋の章 「サンビタリア」side A

いくつだろう?多分俺とそんなに変わらないと思う。けどうっすら化粧をしてるところを見ると俺よりも少し歳上なのかもしれない。座る前に視界に入ったのは白いパンツ。今は座っているため上半身しか見えず、黒のTシャツ。そしてこんな暑い日にもかかわらず薄手とはいえ長袖のダンガリーシャツを羽織っていた。

「どうしたの?もしかして、テンパってたりする?笑」

彼女は不思議そうな顔で首を傾げたあと、俺を可笑しそうに見つめた。

バカを言ってはいけませんよ黒髪のお嬢さん。こちとらいろんな修羅場をくぐり抜け、今では駿河二中で国天の七尾と称される男ですよ?めっちゃテンパってるに決まってるじゃないですか。

「別に。テンパってるわけないですさ」

語尾を間違った。琉球かっ!

コーヒーを持とうとした手は震え、ソーサーとカップが振動でカタカタと鳴った。ソーサーとシーサーって、似てるよね。

「そりゃテンパるよね。ごめん。コーヒーでも飲んで少し落ち着いてよ」

黒髪の少女はそう言って自分もコーヒーの入ったマグカップを俺を見つめたままで唇に傾ける。そして

「食べる?」

とトレーの上にあるチョコ色したドーナツを俺に差し出した。

「さっき同じの食べたよ笑」

チョコのドーナツとコーヒー。俺と全く同じ。黒髪の少女はオーダーセンスがいいらしい。

「そう。じゃ、あ〜げないっ」

とドーナツを一口かじる。そして唇の両端についたチョコを小指でなぞるとペロリと舐めるその時も、ジッと俺を見つめたままだった。桃色の舌がとても色っぽく感じた。

艶やかな、緑色が混じったかのような綺麗な黒色の髪と、同じくらい黒色のガラス玉のような瞳。乃蒼のカラーが青なら彼女のカラーは間違いなく黒だと思った。

「ねぇ」

と彼女は小声で言った。

「私が食べ終わるまでいてくれないかな?」

その声がとても耳に響く。

「うん、ここにいる」

初めて会う同年代の少女と不自然に相席しているにも関わらずこの異常な状態を受け入れてしまっている。夢で不自然だと感じながらもそれに対して深く考えず話が先に進んでいくのと似ていた。

「彼女は、いるの?」

また一口ドーナツをかじる。

「いいや。いないよ」

「ホントに!?」

そう言って真っ直ぐ俺だけを見てマグカップに口をつける。が、飲もうとはしない。俺の答えを待っているかのようだった。

「本当に。俺、未だに好きっていう気持ちがどんなものかわからないんだ」

初対面の子に俺は何を言っているんだろう。そんなこと言われても困らせるだけなのに。けれど彼女は

「そうなんだ」

と言っただけでコーヒーを一口コクリと飲み、その事についての追求はされなかった。予想していなかった反応だったからだろうか?俺は夢の中にいるような感覚から急に現実の世界に戻った感じがした。なので、

「夏休みは?なにしてたの?」

という彼女の質問に、この子は初対面の相手とするべきコミュニケーションの順番は大丈夫なのか?と心配になった。先にもっと何か話さなければならない事があるんじゃないのか?けれどなんかそれすらどうでも良くなった。

「3日で宿題終わらせてばあちゃん家に泊まりに行ったよ。っていっても近くに住んでるんだけどね。そのあとは友達と電話したり、本を読んだり映画を観たり。先週は札幌に行ってきた。母親と2人で」

1つ1つうなづきながら俺の話を聞いてくれた。

「楽しかった?」

「うん。そうだね、楽しかった。結構充実した休みだったよ。キミは?」

すっかり名前を聞きそびれている。

「う〜ん、どうだろ?明日、夏休みで一番の思い出は?って誰かに聞かれたら今この時のことを話すよ」

その真意は、今とても楽しいと思っているのか、それとも今が1番の思い出になるくらいつまらない夏休みだったのか?どっちなんだろう?

「映画はなにを観たの?」

「そりゃ、いま日本で1番話題のアニメ映画だよ笑」

あまりにも話題なので花さんが行きたがり、アレを親子2人で観に行った笑。

「私観てないんだよなぁ。観たかったなぁ」

不思議なことを言う。

「まだ上映中じゃない。行くといいよ」

「バカねぇ笑。一緒に行くような人がいないのよ」

会って10分もしない人からバカと言われてしまった。俺は女心がわかっていないらしい。

「俺なんて母親と一緒だよ?」

手のひらを開くシーンでは、隣で花さんが大号泣してた。

「もうっ、バカ。そういう時は『一緒に行く?』とか誘うもんなんだよ?笑。チャンスを1つ見逃したね」

片時も俺から目を離さない。逆に目が見えていないんじゃないかと思うくらい大胆に見つめてくる。さすがの俺でも、もしかしてこの人俺のこと好きなんじゃないだろうか?とさえ思ってしまう。我ながらなんてチョロい男だろう。

「この女、なんでこんなに席空いてるのにわざわざ俺と相席してんのだろう?映画に誘えと言わんばかりだし…。そりゃあこんな子と一緒に映画行けたらいいなって思うけど」」

「やめろ、心の中を読むな」

「いい線言ってた?」

「いい線もなにも…図星だよ笑」

きゃっきゃと黒髪少女は、確かにこの瞬間とても楽しそうだった。

「は〜あっ笑。楽しいっ」

本当に楽しそうに笑っている。けれどそれが本心かどうかまでわかるほど俺は彼女の日常を知らない。いや、そのもっともっと手前のことすら俺は知らない。

「ねぇ?」

「なぁに?」

「名前を教えてよ」

別に知らなくたって明日の俺に何の支障もないことだ。不思議な子だったな、で終わらせる事ができるだろう。明日の俺はね。けど今の俺は彼女の名前を知りたいと思った。

「名前?」

俺の前にトレーを置いて以降初めて彼女は俺の目から視線を外した。

「別に本名じゃなくていいよ。あだ名だって、偽名だって構わない。ただ俺がキミの事をキミと認識できる名詞なら何だっていい。けどどうせなら可愛らしいのがいいな」

思い出してふんわりするような、そんな感じの名前がいい。

「携帯もってる?」

しばらく目を伏せ考えるような仕草をし、再び視線を俺に戻すと彼女はそう聞いてきた。

「はい、どうぞ」

俺はロックを外した携帯電話を彼女に渡す。

「教えるんだな、私」

唇だけで笑う。

「え?なに?」

「何でもな〜い。はい、私の名前と電話番号。あとメールアドレス」

携帯が俺の手に帰ってくる。花さんからあまり教えちゃダメよと言われていた俺の携帯は連絡先が少しずつ増えていく。けど俺にとっては必要な人ばかりだ。多分サンタさんも。そして、この子も。

「ともり?」

「バカなの?笑。ユーリだよ」

「ユーリか。なんだかかっこいい名前だね」

可愛らしい名前じゃなく、このカッコいい名前が彼女を彼女と認識できる名詞となった。もちろんそれが彼女の本名ではないだろうけど。

「キミの、名は?」

ワザとなのかな?笑。

「もちろん本名じゃなくていいよ。私がキミをキミと認識できればそれでいい。できればカッコいい名前がいいな。思い出す時ドキドキするような、そんな偽名」

俺は画面の11桁の番号をタップすると彼女の胸から小さく鐘の音が流れた。

「七尾秋。七つの尾っぽに季節の秋」

彼女は自分の携帯に七尾秋と登録する。

「秋、か。洒落てるね。カッコいいというよりは可愛らしい名前だけど。けどキミっぽいよ」

そうだろうね。なにせ13年連れ添った名前だからね。

「出れる時は必ず出る。出れなければ必ず折り返す。だからいつでも、電話してきてよ」

困って誰かに相談したい時、楽しくて誰かに話したい時、孤独で誰かと繋がっていたい時。思わず視線が左の手首を向いてしまった。その視線にユーリが気付き、長袖のダンガリーシャツの裾をキュッと伸ばす。

「もしかして…見えた?」

「リストバンドか何かだったらいいな、と思ってたんだけどね…」

「気付いてたなら、引いてよ笑」

さっきまでの楽しげな笑顔は、今は苦痛を隠す笑顔になる。

「引かないよ」

彼女は少し困った顔になった。

「でもね、これは私の印象に関わる事だから訂正しておくけど断じてリストカットの痕なんかじゃないからね!」

「そうなの?良かったぁ」

ホッと胸をなでおろす。

「ちょっと、怪我してて。折れてはいなかったんだけど…」

俺は女心がわかってないなぁ。

「ごめん、良かったなんて言って」

「どうして?」

だって、あまりにも悲しそうな顔をするから。

「それは俺の気持ちだったから。その傷で痛むのはユーリなのに」

「なんか…なんていうか、変わってるね?」

よく言われるよ。

「ねぇ、さっきの続きだけど」

「さっきって?」

「言ったじゃ〜ん!いつでも電話してきていいって」

あぁ、その話ね。

「うん、いいよ。いつでも」

「その時、私めっちゃ泣いてるかもよ?」

彼女は悪戯っぽい表情を作る。

「いいよ。泣き止むまで電話は切らないであげる」

「逆にめっちゃキレてるかも?」

「落ち着くまで話を聞くよ」

「いいの?私にとってめっちゃ都合のいい人になってるよ?」

「いいよそれで。なんで?そんなに大変なこと?」

彼女はようやく少しだけ笑った。

「優しいじゃん」

だろ?よく言われるよ。

「けど覚えておいてね。キミの…じゃない、秋のその優しさはいつか誰かを傷つけるよ。そして自分自身も傷つける」

ユーリの視線はマグカップに向けられている。なぁ?それは俺のために言ってくれてるんだろ?だったらちゃんと俺を見て言えよ。

「知ってるよ」

「え?」

彼女が意外そうな表情で俺の目を見た。

「そんな事は、ずっと前から知ってる。まだその経験はないけど、いつかそうなるっていうのは知ってる」

花さんが言ってた。花さんが言うなら間違いなくそんな時は来る。だから誰も傷つけない優しさを探してた。けど、これは今の俺が出せる精一杯の答えだけど…

「俺のせいで誰かを傷つけるのは嫌だけど、俺自身が誰かのために何かをしてあげたくてそのために傷付いてしまうなら、それはしょうがない。した後悔よりしなかった後悔の方が、消えないと思うんだ」

唖然とした表情になる。驚きの表情にも似ていた。

「なにそれ?ていうか、めちゃめちゃカッコいいんですけど?」

だろ?それは初めて言われたよ笑

「やば〜いっ!好きになっちゃいそう!笑」

ならどうして爆笑してるんですかねぇ?

「惚れるのはお前の自由だけど見返りは求めるなよ?(キリッ)」

僕はキメ顔でそう言った。

「それって、イケメンにしか許されないセリフですけど?」

彼女はそう言いながら爆笑…してない!真顔だ!

「それは…あれだな?まるで俺がイケメンじゃないみたいじゃないか」

「・・・・・・・・・・・・」

「おい、目を合わせろ!何か言え!なんで半笑いなんだよ!なんだチミは!失礼じゃないか!」

キャッキャと彼女が笑い転げる。たったこれだけのことでこんなにも笑顔になるユーリは、笑いの沸点が低いのかもしれない。ただそれだけの理由であって欲しいと思った。

「ユーリ、これからの予定は?」

「ん〜〜〜、別にないかな。そもそも何か目的があ、、、」

「行こう」

彼女の話を途中で食った。勢いのまま言わなけりゃきっと言えないと思った。

「行こうって、どこに?笑」

「映画。俺と観に行こう!」

さっきチャンスを1つ見逃した。なら自分の力でチャンスを作るべきだ。イケメンならきっとそう考えるはずだ。

「だって秋、こないだ行ったばかりでしょ?」

キミと行きたいんだ、なんて言ったらまたイケメンがウンタラカンタラ言われるんだろうな笑。俺は今、らしくないことをしてみたい気分なんだよ。

「観たいんだ、もう1回。キミと」

わぁぁぁぁ!キミと、って言っちゃったぁぁぁぁ!

「うん…行く」

あ、やべ。ドキドキしてきた。

「やばいっ!コレってデートじゃない!?」

その言葉にボッと顔が熱くなる。なにか、なにか返さなきゃ!

「お…俺とじゃ…ダ、、、」

「噛まないで。噛むなら言わないで」

ユーリが笑っていなかった。

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