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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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秋の章 「黒髪の少女」

夏休みも残すところ僅かという木曜日。天気も良いのに家でダラダラと過ごすのももったいない気がして俺は散歩に出かけた。札幌と比べやはり湿度が高いせいかじわじわと体に汗がまとわりつく。不快この上ない。

行き先も決めていない、目的もないただの散歩。運動が目的なら歩くことだけでも意味があるのだろうけど、今の俺にはこの歩行運動に全く何の理由もない。ただの暇つぶしだ。その暇つぶし自体が退屈で俺は家から500m歩いたあたりで飽きてしまった。俺はしばし立ち止まり考える。つまんない。このまま歩いていて何もイベントが起こることもなくただ1日が過ぎてしまうのは何か、こう、つまりは、つまんない。そう、イベントだ!今日で終わってしまうような単発的なイベント、もしくは2学期に続いていくような前フリみたいなものはないか?そんな出会いを求めてみよう。

俺は駅の方に向かって歩き始めた。その途中には乃蒼のあのモンスターマンションがある。そこで乃蒼にバッタリ会えばそれはそれで単発イベントの発生だ。が、そんな都合の良い事なんてある由もなくマンションの前に乃蒼の姿はなかった。

「こんにちは。今日も暑いですね」

俺が声をかけるとマンションの前で打ち水がわりにホースで水を撒いていた乃蒼の父親、コンシェルジュ父さんは

「久しぶりですね。元気でしたか?」

といつもの笑顔で返してくれた。

「はい、おかげさまで」

「花さんは?」

「はい、おかげさまで。いつも通りです笑」

そういえば俺は花さんが体調を崩した事を見た事がない。健康管理に気をつけているのか、それとも元々丈夫なのか?何れにせよ健康でいてくれるのは一緒に暮らす息子にとってそれだけでありがたい。

「それは良かった。ところで今日は乃蒼と約束でも?私聞いてなかったけど、あの子もついに親に内緒で男の子と遊ぶような年頃にでもなったのでしょうか?」

慌てて否定する。

「いえ!違います!たまたまこの前の道を通りがかっただけですよ!」

「そうなんですか。あの子さっき起きたみたいだし呼んで来ましょうか?あ、それよりも突然家に行ってみたらどうでしょう?絶対驚きますよ笑。秋くんも、あの子の寝起きに驚きますよ笑」


確か乃蒼は寝る時はノーブラ派だったよな?寝起きですぐにブラって付けるのかな?今行けば運が良かったらノーブラ乃蒼に会えるのかな?んで乃蒼が驚いて

『ぎゃぁぁぁ!ちょっと!突然来ないでよ!お父さん何勝手にドア開けてんのよ!ちょ、ちょっと待ってなさいよ!いい?勝手にこっち入って来ちゃダメだからね!絶対入んないでよ?絶対だからね!』

って言いながら本まみれの自分の部屋に入って部屋着からちゃんとした格好に着替えてすました顔で『お待たせ』とか言って出てくんのかな?で、俺は

『あぁ、ブラ付けたのか』

って思ったりするのかな?やばい笑、みなぎる笑。


「いえ、今日は遠慮しておきます笑。急だし手ぶらですし」

手ブラとか…、いいよね。

「そうですか。あとで秋くんが通ったよって伝えておきますよ。また遊びにおいで、手ぶらでいいから。私もイレーヌもいつでも歓迎だからね」

「はい、ありがとうございます。乃蒼にもイレーヌにもよろしくお伝えください。じゃ、失礼します」

コンシェルジュ父さんに負けないくらいに深々と綺麗な姿勢で頭を下げてその場を後にした。


なかなか楽しい時間だった。コンシェルジュ父さんに会うのも久しぶりだったし、乃蒼の手ブラという新しいジャンルも脳内にストックされたし、目的がなく始まった散歩はなかなか上々の滑り出しだった。

足取りも軽く歩いているといつも通っている大きな書店の看板が見えた。下手に本屋に入るとかなりの時間をそこで過ごしてしまう。まあそれはそれで楽しいんだけど、なんか違う気がした。そうか、俺はせっかくの夏休みがあと少しで終わってしまうという事実に少しセンチメンタルな気分になっているのだとようやく気付いた。ばあちゃん家に行って泊まったり、お風呂女子会に止まらない鼻血に苦しみながら音声だけ参加したり、北海道旅行であんな大勢の前で挨拶したり美味しいもの食べたり観光したり、満喫した夏休みだったのに。いや、満喫した夏休みだったから終わるのが少し寂しいのかもしれない。

俺は大きな書店に隣接しているドーナツ屋に入り、いつものチョコドーナツとコーヒーを注文した。席に着いて周りを眺めたけれど、文芸同好会の先輩も彩綾もタケルもいなかった。そのメンバーでリレーの作戦会議をした席は3人の有閑マダムが座っていた。リレーか。あのリレーも楽しかったな。乃蒼も桜さんも楽しそうだった。あのリレーがきっかけで雪平と昼ごはん一緒に食べるくらいの仲になったんだよな。阿子さんも、お泊まり会に誘うくらい乃蒼と彩綾のことを可愛がってくれるようになった。タケルは未だに右足を引きずってるけど予後はどうなんだろ?あぁ、今思い出しても野島さんがゴールした時の興奮が蘇ってくる。あれはちょっとやそっとじゃ忘れられないくらいに強く覚えている。もしかしたらジジイになったタケルと縁側で煎餅食べながら

『あん時の野島しゃん、しゅごかったよにゃ〜』

『アホたれ!ワシャそん時アキレス腱ば切って病院おったじゃろうが。お前ボケたんか?入れ歯もあってないからフガフガしとるじゃろ?』

『お前しゃんの病院通い、しょの時から始まったのかにょう?ところでワシ、ご飯食べたじゃろうか?お〜い、母しゃん!ワシ今しぇんべえ食べれにゃい!」

と支離滅裂な会話を繰り広げているかもしれないな。その未来の俺とタケルはこれから来る文化祭の話もするだろうか?あれも楽しかったにゃあ、と笑っているだろうか?文化祭もやっぱり野島さんはヒーローになるのだろうか?考えただけでワクワクしてくる。そうだよ、2学期だって楽しいことが待ってるじゃん。これは予想じゃなく、確定した未来の話だ。あの人たちと何かデカイことをやって盛り上がらないわけがない。そう考えるとセンチメンタルになっているのがアホらしくなってきた。コーヒー飲み終わってブラッとまた少し遠回りして帰ろうと思ったその時だった。

俺の座るテーブルにカタンとトレーが置かれる。目の前には見ず知らずの女の子。キョロキョロと首を振り周りを見渡すが店内には空席がかなりある。というか人が座っている席の方が圧倒的に少ない。なにも俺と相席する理由はない。驚きと動揺が混ざり合う奇妙な感覚に陥った。

「ここ、いい?」

そう言って黒髪の少女は俺の返事を待たずに向かいの席に座った。

はっは〜ん!コレ観たことあるぞ。モニタリングだろ?知ってる知ってる。そうだなぁ、夏休み最後の思い出にテレビ出演するのも悪くない。となればオンエアされるくらい上手くやらなければ編集でカットされてしまう。どうやる?どうする俺?これはあれだな。状況に驚いでアワアワするのはきっといろんな人がとるリアクションだろう。薄い!弱いっ!ありきたり!それだとカットされる可能性が高い。となると、このあり得ない状況を普通に受け取る方がお茶の間の皆様にはウケるかもしれない。よし、ここはその方向でいこう。

「え?え?え?え?えぇぇ?ど…どちら様ですか???他にも席空いてますけど???え???どうして???」

何にでもなれるはずの俺は、俳優にだけはなれないと悟った。

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