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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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秋の章 「入学式当日」

あの日こそ花さんと少しギクシャクしてしまったけど寝て起きた翌朝はもういつもの関係に戻っていた。

俺はまだあの話を自分の中で整理をつけることができていない。整理をつける力すらないのが今の俺の現在地だ。ならばここから18歳の誕生日までにいろんなことを身につけたら良いだけだと思った。俺は幸いまだ何者でもない。だから花さんがいうように何者にでもなれる。誕生日のその日に俺が花さんに聞くかどうかは置いといて、俺はそういうことも視野に入れて成長していかなくてはならない。きっとそれは自分自身の未来にも必要だし、もしかしたら花さんの未来にも、将来の奥さんとなる人のためにも必要なものだと思う。


そんなことを考えながら数日を過ごすと、もう中学校の入学式の日になった。

小学校とは逆で今度はタケルが毎朝俺の家まで迎えに来た。佐伯 健流タケルとは小学校低学年からの付き合いで、まぁ恥ずかしげもなく言うとすれば親友という呼び名が相応しい。

お互い初めて見る制服姿で少し照れ臭かったが、男がそんな女々しいことを言うのは恥ずかしいような気がして2人でただニヤニヤしてお互いを見ていた。

「おはよう。うん、タケルも制服似合ってんじゃん。行ってらっしゃい。後で式には行くからね〜」

と花さんも玄関まで出て来て見送ってくれた。タケルはさっきとは違う意味でニヤニヤしていた。


昔、タケルは花さんに恋をしていた。


長く友達をやっていたらわかってくるものだ。最初は友達の初恋の相手が自分の母親なのが嬉しいと思ったけど、段々と「勘弁してくれよ」と思うようになった。多分これは正常な成長だ。だから絶対タケルには俺が気づいていることを悟られないようにしなければならないと思っている。タケル自身はどう思っているかわからないけど、もしも俺なら友達の母親が初恋の相手なんて黒歴史だ。

しかしその恋心も長く続かなかったのはタケルにも俺にも不幸中の幸いだった。タケルはその後すぐ身分相応の年も同年代の少女に恋をした。

「おはよう、てか遅い!もうちょっと早く来てよね」

その少女が公園の前で待っていた。荒木 彩綾さあやもタケル同様小学校低学年からの付き合いだった。彩綾も親友と呼べる仲だと思う。だがやっぱりそこは女の子なので少し距離感が難しい。なんてことは俺はあまり思わない。彩綾もタケルと同じだ。けどタケルは彩綾に恋をしている。何年か前にそれを打ち明けられたことがある。その時の俺は「いつか2人の仲を取り持たなければ」と子どもながらに思って、健気にもタケルがヤキモチを妬かない程度の距離を保っていたりする。

俺はこの2人を花さんと同じくらい信用している。だから小学校の時のように3人で同じクラスだったらいいなぁと考えながら中学の校門をくぐった。

しかし現実は上手くいかないもので、彩綾だけに非情な結果が待っていた。生徒玄関の前に貼られたクラス分けの紙を見て彩綾は愕然としガックリと肩を落としていた。そのまま

「なんで私だけ…。だったら3人ともバラバラでいいじゃない!」

と呪詛を唱えるかのように呟いていたのが横で見てて怖かった。


「あいつ1人で大丈夫かな?」

と、タケルが俺の席まで来て愛しき姫君を心配していた。

「子どもじゃないんだし大丈夫だろ。女なんだから絶対そのうち何人かでつるむようになるから笑」

だといいんだけど、とまだ保護者のように心配していた。

俺はクラスを見回した。初対面同士が微妙な距離感とタイミングで話しかけているのを見ると、この教室全体に期待と不安が入り混じっている空気が流れているようだった。俺はその空気感が落ち着かないようでいて、けれど好きだと思った。俺も彩綾のように1人だったらどうなっていただろう?ふわふわと浮き足立って誰かに話しかけたりしていたのかもしれない。やっぱり今のこの落ち着きは、タケルというアドバンテージがあるからだと内心タケルに感謝した。

そんな上滑りした空気の中で隣の席に座っている女の子だけが、まるで「私はここにはいません」と言うように静かに本を読んでいた。ブックカバーをしていたのでタイトルは見えなかった。見えないとなると無性に気になる。声をかけてみようかな?と思ったが、いきなり女子に話しかけるのもどうなの?と思って思いとどまった。俺は思いとどまったのにタケルが

「どうも〜。俺、佐伯。んでコイツは七尾。よろしくね〜」

とその子に声をかけたのだった。しかもハタから聞いててとてもチャラかった。一緒にされたくないなぁと心底思ったのでその子を見ながら頭だけ下げた。

「ア…はイ、ヨロしくオネガいしマス」

俺たちのどちらにも視線を向けず、本を閉じ下を向いたままカタコトの敬語でそう言うと突然立ち上がり、早足で教室から出ていってしまった。あ〜、これは関わりたくないと思われたかもしれない。

「なぁ秋、もしかしたらなんだけどさぁ」

張本人のタケルが真顔で俺を見ていた。

「あの子、俺のこと好きなのかなぁ?」

1度コイツとは血を見るまで真剣にやりあわなきゃならないな、と改めて思った。



新入生入場で俺が体育館に入ると、姿を探す前から花さんの居場所がわかった。どこから借りて来たのか本格的な一眼レフを両手に持ち、パシャンパシャンと連続のフラッシュが焚かれ、俺と視線が合うなりニッコリ笑って小さく手を振っている。この「小さく手を振っている」がここ数年での花さんの成長だと俺は認めている。だからもう少し成長するのを俺は心の底から待ち望んでいる。後から聞いたら彩綾にも同様のフラッシュ攻撃があったらしい。俺は少し恥ずかしかったけれど、逆に彩綾は嬉しかったと言っていた。しかし残念なことに家に帰ってカメラの再生を観るとタケルを撮った写真は2枚しかなかった。

「だって秋撮るので精一杯でしょ?同じクラスじゃなかったら、そりゃタケルのだっていっぱい撮ったよ」

すまんなタケル。俺と同じクラスだったばっかりに笑。


退屈な校長先生のありがたいお話と、退屈な新入生代表挨拶。かろうじて1学年の担任紹介だけは飽きずにいられた。入った初日で歌わされた校歌。あまり好きなメロディではなかった。体育の先生だけが目を閉じて熱唱しているのに目を奪われた。少しだけ斎藤先生を思い出させた。


入学式が終わったら先帰ってるね、とあらかじめ言われていた。花さんは帰ってこれから肉をコトコト煮込むのだろう。なにせ今日はめでたい日だ。今晩はきっとアレに違いない。

入学式の後、担任の先生が学校でのことを少し話しその日はそれで終わりとなった。

タケルに帰ろうと誘ったら

「ちょっとバスケ部見てくるから先帰っていいよ」

と言われた。そういえばタケルは中学入ったらバスケをやるって言っていたっけ?

「秋は何も部活やらないのか?」

俺は部活のことをまるで考えていなかった。入学案内に書かれているようなバスケサッカー野球卓球バレーボール体操テニス柔道剣道バドミントン水泳吹奏楽化学演劇美術書道、どれにも全く興味が惹かれない。俺の興味を引いたのはせいぜい端っこの方に小さく書かれた「文芸同好会」くらいだった。

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