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ばあちゃんのサクラの木

作者: 祇園亜子

こんにちは、祇園亜子です!

今回初めて、いじめ以外を題材としたストーリーを描いてみました。

是非最後までお楽しみくださいませ。

プロローグ

 俺はばあちゃんが嫌いだった。大嫌いだった。

いつも口うるさいし、お節介なところが気に入らない。

だが、本当は誰よりも優しかった。

 そんなばあちゃんの、話をしよう。


 1、ばあちゃんのこと

 ばあちゃんの作ったぬか漬けは不味かった。

毎晩食卓に出てくるキュウリやにんじんは、味はよくしみ込んでいるのに、甘ったるい。

ばあちゃんは何かを続けることが苦手で、飽きるとすぐに投げ出してしまう。

だから、どうせぬか床も適当に世話していたのだろう。

 小さいころに両親が死んで独りぼっちだった俺を引き取ってくれたばあちゃんも、決して俺を甘やかしていたわけではない。

厳しく育てられたのだ、本当に。

食事中に行儀の悪い態度をとれば正座させられたし、学校から帰ってきてすぐに宿題をやらなければ、遊びになんて行かせてもらえなかった。

他の家庭とは、違っていた。


 2、ばあちゃんはホントは

ばあちゃんに言われたことは全て守らなければならなかった。

俺が大きくなってもいろいろな決まりはあるままだったから、俺は次第に、周りからノリの悪いやつに思われていった。

遊びに誘われても、断る。放課後喫茶店に行かないかと言われても、断る。

そんな奴、誰も誘ってこないのは当然だろう。俺は、中学でいじめられた。3年間、ずっと。

周りから弱いやつに見られたくなかった俺は、高校では目立つ格好をするようになった。

髪を染め、ズボンの裾を長くして、会うやつ会うやつを睨みつけた。

ばあちゃんは、そんな俺に対して何も言わなかった。諦めていたのだろう。

ただ、俺を深い目で見つめて、

「強く見えるやつも、本当は一番下におるだけかもしれんなぁ。」

と、言うだけだった。

憎らしかった。そんなのまるで、俺が弱い奴みたいじゃないか。そんなの、おかしい。

しかし、俺を一番思っていてくれたのは、ばあちゃんだった。

そのことを、俺は二年後に知ることになる。

ばあちゃんは、二年後、俺が大学に慣れ始めていた頃、認知症を発症した。


 3、ばあちゃんの異変

 大学2年、20歳。

ばあちゃんがボケたことに初めて気が付いたのは、ある晩、夕食をとっているときだった。

大学に入ってからは、もうふざけた格好をする必要がなくなった俺は、少しずつまともになっていて、ばあちゃんとも普通に口をきいていた。

そんな時だったのだ、あんなに甘かったぬか漬けがしょっぱくなっていることに気が付いたのは。

「ばあちゃん、漬物しょっぱいよ。」

俺は本気で言ったつもりだったのに、ばあちゃんには伝わっていないようだった。

「そんなことないよ、いつもの味だ。」

おかしいな、と思った。

今までに飽きるほど口にしてきたあの味を、間違えるはずがない。

まぁ、いいや。と、その時はあまり気に留めなかった。

しかし、そのようなことは次第に多くなっていった。

サークルの仲間に相談すると、それは認知症だ、と言われた。

一瞬、世界がモノクロになったような気がした。

認知症って、意外と身近にあるもんだなぁ、とも思った。

何とかして認知症を治すことができないだろうかと考えた。

医学の勉強をしていてよかったと、初めて思えた。


 4、わずかな時

 あの日は、ばあちゃんと縁側でお茶を飲んでいた。

認知症になったからには、もう後も長くないかもしれないし、残りの時間もゆっくりと過ごさせてあげたかったのだ。

昔の思い出話などを、長く話した。

前よりもさらにボケてきて、俺が世話をしなければならないことも増えてきていたが、楽しかったことなどの話となると、案外正確に、忘れずに、ちゃんと覚えてくれていた。

きっと、嫌だった思い出だけを、都合よく忘れてしまったのだろう。

よかったな、ほんと。


 5、サクラの木

 いろんな話をした。

俺を引き取った日のこと、俺をたくさん叱ったこと、そして、グレていた俺に冷たい一言を放ったこと…。

あの時は何も言い返せなかった。ばあちゃんが言ったことは本当のことだったから。

 ばあちゃんはぬか漬けの味なんてもう、忘れてしまったんだろうな。

がっかりしながらも話に付き合っていると、たくさんしゃべり過ぎて疲れてしまったからなのか、ばあちゃんはしばらく眠りについた。

 空が真っ赤に染まるころ、ばあちゃんが目を覚ました。

すると突然、

「サクラがきれいやねぇ。」

と言った。

嘘だ。庭にサクラの木なんてない。しかし、ばあちゃんがボケているようにはどうしても思えなかった。

だって、真剣そのものだったのだ、ばあちゃんの顔は。

本当に、感動していた。ありもしない大木を見つめて。

 サクラがきれいだ、という言葉が、ばあちゃんが最期に言った台詞だった。


 6、大切な木とひきかえに

 ばあちゃんの葬式には、大勢の人が来てくれた。

中には、死んだ両親の知り合いもいた。交通事故で亡くなった日の夜、会った人も。

みんな優しい人だった。ばあちゃんの死を、心から悔やんでくれていた。

 葬式が終わり、家に帰って遺品の整理をしていたら、昔一緒に食べたクッキーの箱に、ばあちゃんの日記があった。

何事も長続きしないばあちゃんは、たった一日しか日記を書いていなかった。日記には、こう書いてあった。

『◯月✖日

  夫が残してくれたサクラの木を切った。

 代わりに、孫の記念樹が植えられる。

 楽しみ。』

……何でだよ、何で…。

俺のために、サクラの木、切ったのかよ…

ばあちゃんが一番大切にしていたものを奪ったのは、俺だったんだ…。

ごめんな、ばあちゃん、ごめん…。

俺がいくら必死に謝っても、天国のばあちゃんに届くはずはなかった。

謝っても、もう遅い。


 エピローグ

 あれから、60年。

俺は今年、80歳を迎える。独身だ。

今でもまだ、ばあちゃんと暮らしたあの家で、静かに、暮らしている。



 














最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

いじめ以外の作品も書いてみたいと思い、書かせていただきました。

感想をお待ちしています!!


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