表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不二幸助の排他的日常  作者: 改革開花
不二幸助の排他的日常
3/21

人生、生きたければ人を恨め

 翌日、朝の億劫な通学路を終え、いざ入らんと、スライド式の扉を開けた僕に襲い掛かったのは、朝の挨拶でも罵倒の言葉でも無く、ただただ純然たる拳だった。不意の脅威に僕の身体は回避反応を取る事も叶わず、拳は収まるべくして僕の顔にめり込み、運動エネルギーを一手に引き受けた僕は廊下の壁へと吹き飛んだ。

 殴られた、そう殴られた。拳が独りでに浮遊するなどありえないだろうから、ここがエキセントリックホラー空間でも無い限りあの拳は誰かしらの物であり、必然、僕は誰かに殴られたのだ。

 酷く痛み熱を帯びている鼻頭辺りを触ってみる。ぬめっとした物が手に付いた。見てみるにそれは真っ赤な液体、僕の鼻血だった。


「おい、てめえ。一体どういう了見だ」


 僕が入ろうとしていた教室内から、僕が開けた扉を抜けながら、声の主はこちらに歩いて来る。壁に背を預けて座り込んでいる物だから、必然声の主を僕は見上げる形になった。それにしたって「おい、てめえ」も「どういう了見だ」も僕が言いたい。しかし、声の方に向いた僕がそれを言う事は無かった。

 声の主の男、更に言うならば僕を殴った男は怒りの形相でこちらに迫っている。それだけではない。後ろからぞろぞろと、およそ十人ちょっとか、男女混合の後続部隊までも僕の方にやって来る。彼彼女らの顔にも怒りが見て取れ、明らかにその怒りは僕に向いていた。さしもの展開に唖然としてしまうのも無理無いだろう。

 ――はてさて、マジにどういう了見だ? 僕は慎ましく、地味に、適度に独りで学校生活を送っていた筈だ。こう、何て言うか? 恨みやら憎しみやら怒りやらの感情、つまりは僕に対する激しいまでの負の感情などを向けられる、そんな事になり得る筈が無いのだ。


「おいおい、穏やかじゃないね。『人違い』で人を殴っておいてその言い草は」


 よって、僕が出した結論は「勘違いの人違いだろう」だった。だってそうだろう? 原因に心当たりが無い以上、僕はきっと無実だ。二重人格や夢遊病辺りに焦点を当てた穿った物の見方でもすれば無実の結論も揺れ動くけれど、そんな事は考えるに値しない、数学的には零に等しい確立だろうさ。

 けれど、この場合は穿った見方でも採用すべきだったようで。どうやら彼彼女らは特段勘違いでも、人違いでも無く、明確に僕に対し怒りを向けているようだった。その証拠にとばかりに集団の先頭に居る、僕を殴った男が吠える。


「はっ、人違いだと! ふざけるのも大概にしやがれ! 俺はてめえに言ってんだよ、不二幸助」


 僕を殴った男は語気を荒くしながら、はっきりと僕の名前を告げた。どうやら本当に本当らしい。


「なるほど、僕に用があるのは分かったよ。分かり過ぎるくらいだ。でも、依然その目的、核心めいた部分が不明瞭だ。で、僕に一体全体如何様の御用で?」

「ふざけるのも大概にしろって言ってんだよ。気付いて無いとは言わせねえ。やっておいて知りませんは通じねえんだよ」


 気が付けば僕の周りには人が円周上に集まっていた。流石に後ろが壁だからその部分は途切れているけれど、寧ろ壁と協力するかのようにして僕を包囲していた。

壁に背を預け座りこむ男を包囲する人の群れ。

 やれやれ、これじゃあ僕が悪者みたいじゃないか。


「いやいや、君達が怒っているのは分かるけれど、何故怒られているのかは皆目見当がつかないんだ。僕はこれでも人畜無害の男の子だからね」


 そこまで僕が言い終えるのと同時か、寧ろ早い位のタイミングで、僕を殴った男は座り込む僕を踏みつけるようにして蹴って来た。これで彼は僕を殴った男から僕を殴ったり蹴ったりした男になった訳だ。長いな。


「ふざけるなって言ってんだろ! てめえが、てめえが!」


 尚も吠えながら彼は僕を蹴り続ける。僕はそれを殆ど無防備に受け入れる。後の事を考えると怪我が多い程良かった(・・・・・・・・・・)。だから血が出て、赤く腫れるのは大歓迎。僕は笑って受け入れる。

 

「何笑ってやがる! ふざけ――」

「そこ! 何してる!」


 遠くから教師の声が聞こえる。見るに、数名の生徒に連れ立たれてやって来たようだった。思っていたよりお早い到着だ。これで形勢逆転とは言わないまでも、ハンディキャップは公平になったと言えよう。

 僕は周囲の人間には気付かれぬよう、内心一人ほくそ笑む。


「お前ら、何してる! 不二、大丈夫か?」

「え、ええ。すみません、かなり、痛くて、喋るのも辛いんですよ……」


 大げさに痛がってみる。何も無い時にしたならただの安っぽい演技だろうが、血まみれの今なら真実味を帯びると言う物だ。案の定この教師も引っ掛かった。


「そうか……。じゃあ不二、お前はとりあえず保健室に行け。おい赤石、お前は職員室だ」


 僕を殴ったり蹴ったりした男――赤石は教師に腕を掴まれて職員室に連行されていく。僕は彼に向けて、教師には決して見えぬように小さく、それでいて彼にはしっかりと見えるように手を振った。

 その意味は再開と別れ。

 さようなら。しばらくしたらまた会おう。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ