一
私の中に恋を見て、あなたの中に愛を見る
いつもはオムライスと肉うどんだが、今日は久しぶりに二人とも肉うどんだ。人でごった返す中、僕は先に席取りしていた田崎さんの方へ、二人分の量を持って近づく。
「へへー、ごめんね。今日、財布忘れちゃって。怒ってる?」
「全然、許さないけれどね」
「意地悪だー。性悪だ―」
益体無い応酬の内にも麺は伸びる。うどんはそこまで急がなくても良い部類だろうけれど、食い時を逃す事には間違いあるまい。僕達は割り箸を手にうどんを啜り始める。
「もうすぐ中間試験だね。どうする? また勉強会する?」
「そうだね。篠崎さんや山口さんなんかも呼ぼうか」
僕の言葉に対面のうどんを啜る音が止まった。見ると頬を目一杯膨らまして僕を睨んでいた。可愛い。可愛いから、からかいたくなる。
「他に呼んだ方が良い人いるかな?」
「むー」
頬が限界を超えて膨らむ。爪楊枝なんかで刺したら破裂しそうだ。僕はおどけるように両手を広げて、田崎さんを宥める。
「ごめんごめん。僕と田崎さん、二人だけで良いかな?」
「……むー」
あれ? 頬の膨らみは少しだけ小さくなったが、まだ膨らんだままだ。田崎さんの目もまだ厳しいままだ。困った、本当に思い当たる節が無い。
僕の狼狽ぶりに田崎さんは溜息を吐いて、食堂の人の声に消えるかどうか位の声でぼそりと呟いた。幸いにもその声は聞こえたが、その内容が中々辛い。田崎さんは頬の膨らみを抑えて、それでも尚僕を見続ける。その目は期待を含む目だ。
僕は自分の身体が熱くなるのを感じつつ、熱に浮かされた浮遊感の中で、彼女の求めるキーワードを言う。
「み」
「み?」
「美衣」
「うん」
田崎さんが僕に微笑みを返す。僕がそれに照れ隠しを多分に含んだ、乾いた笑いを浮かべようとした、次の瞬間。
「惚気やがって、爆ぜやがれ!」
僕の後ろから猛烈な衝撃が迸る。後頭部を叩かれたのだと認識するよりも早く、僕は勢いそのままに顔面を前へと吹き飛ばされ、肉うどんの器の中に激しくダイブした。顔中が熱々の汁で攻撃される!
「~~っ!」
顔をおしぼりで拭き殴る。熱さに反応して声にもならない呻き声と、気を紛らわせようと足をばたつかせてしまうが、恥や外聞なんか気にする余裕なんてない。マジもんの火傷じゃねえか。
僕は粗方被害の収束を確認すると共に、僕の背後で顔を青ざめさせている篠崎さんを睨む。下手な口笛を披露するな。視線を泳がすな。こっそり遠ざかろうとするな!
「怒ってる?」
「怒ってます。許しません」
「――ごめんってー。ほんの出来心だったんだって! ねえってばあ!」
……彼氏に振られて傷心なのは分かるが、それを僕にぶつけないで欲しい。僕はとりあえず傷害賠償金として、肉うどん2杯分の料金を請求しておいた。
そんなやりとりの最中、山口さんが合流する。その手には二人分の分量のお盆。珍しく役割が逆らしい。
「歩美、いい加減不二君に当たるのやめなよ」
「だってさー。こいつら急にらぶらぶになりやがってさー。こっちは振られてるのにさー」
惨めなぼやきが食堂に響く。山口さんはまるでそれを相手にせず、自分だけ席に着くと一人、ご飯を食べ始めた。篠崎さんが慌てて追従する。流石に慣れているな。
「でも確かにね。もうお熱いのなんのって。周りの事も考えなさい」
山口さんの言葉に縮こまる僕と田崎さん。これで今月六度目の注意だ。
「全く。でも、良い事なんでしょうけどね」
そう言って山口さんは締めくくる。
僕はそれに心の中で頷いた。
僕が誇れる事なんて殆どない。間違いだらけの人生だし、僕はこれから先も間違えるだろう。過去の過ちは消せない。過ちは消せないからこその過ちだからだ。僕は一生かけても返せない負債を、色々な人から背負っている。
例えば僕の両親。
例えば僕の妹。
例えば――赤追生。
その他にも色々な人から借りを溜め込んでいる。僕が自認出来ている人以外にも一杯いるだろう。僕が自分の迷惑さを自覚しているからこそ、僕の過ちは最悪の部類でタチが悪い。
そんな僕が誇れる事なんて、本来なら全く無い筈だ。
それでも、僕はこれだけは誇ってみせる。それは間違いではないからだと、確信を持って言えるからだ。
そして何より、僕が言いたい。
――僕は田崎美衣の彼氏である。二学期の今も交際関係にあり、僕は彼女を愛している。




