一
あなたが嫌うあなたに恋しています。
こんな私を、あなたはどう思いますか?
「で? どうなんだよ、田崎ちゃんとはさぁ!」
「どうも何も……。何も無いよ」
「うそつけー!」
「彼氏さんは照れてるけど……美衣ちゃんはどう?」
「えっ、あ、う、うへへ……」
「きゃー可愛い! 私持って帰る! 今日の労働の対価だぁ!」
「駄目だよ歩美。田崎さんは不二君の物なんだから」
「そっかー!」
……まず大前提として、僕はうるさいのが嫌いだ。騒がしいのも嫌いだ。煩わしいのも嫌いだし、群れるのも嫌いだ。
それらは全て僕の内側をかき乱し、勝手気ままにぶち壊すからだ。
僕なる僕を消し去るからだ。
だから今、クラスメイト総勢三十三名による、体育祭打ち上げと称された、ファミレスを半分ほど占領してのどんちゃん騒ぎも僕の望む所では無い。僕は天を仰いで呟いた。
「どうしてこうなった」
――本日、六月十一日は我が高校の体育祭だった。天気は程良い曇り。雨と熱中症の心配をしなくても良い、全くもって素晴らしい天気だ。
僕個人としては、借り物競走に出場していた田崎さんが、何と書かれていたのかも明かさずに僕とゴールし周りから囃し立てられたり、綱引きの時に、周りからどう考えても応援では無い声が飛んで来たりと。まあ、色々あったけれど、体育祭自体は滞りなく進み、我がクラスの所属する赤組は他の三組を抑え、晴れて優勝と相成った。
そしてそれに伴い、僕達のクラスは今日という日の健闘を称え、打ち上げを開催する事にしたのだ。もっとも、高校生の財力で、尚且つ大勢が詰め掛けても良い場所となれば限られてくる。そして短い議論の末、学校から適度に遠いこのファミレスが選ばれた。
だだ、最初に述べた通り、僕はこの打ち上げへの参加を望んでいなかった。栄光を誇るも称えるも勝手だし、別にいい。ただ、それに僕を巻き込まないで欲しかった。
僕には僕の世界があって、僕には僕の時間があって、僕には僕の生き方がある。
それを他人に押し付ける気も、強制する気も無い。その代わりに、僕にも無理強いして欲しくなかった。
だからこそ、僕は短期決戦の思考で、早々に家に帰るべく、最も汎用性の高く、最も安定性に優れた言葉、「家庭の事情」を使って早々に帰ろうとした。
その言葉は一度空間に響けば有無を言わさぬ説得力を獲得する。各々が勝手に事情を想像し、そして陰鬱に、悲劇的に想像を補う事で僕に対する要請は出来なくなっていくのだ。そもそも僕は元来、そして今日この日も、コミュ障ぼっち非リア充だ。そんな奴を呼んだ所で、盛り下がる事はあっても盛り上がる事は決してない。
よって僕の言葉はクラスメイトに無言の内に認められ、帰り支度をする僕を止める存在など誰もいなかった。――たった一人を除いて。
誰とは言わずもがなだろう。僕の隣の席の住人、体育祭において愛らしいポニーテイルをいつも以上に揺らしていた少女、田崎美衣その人である。
彼女は何も言わず、しかし雄弁に語った。そう、彼女は僕の「家庭の事情」に対し、およそこの状況において最も打点の高い攻撃、「乙女の涙」を用いて来たのだ。
正直、隣で幾ら大声で泣かれようとも、僕は一向に堪えない。涙は自分の内で完結する悲哀の感情が外に漏れ出た物と考える僕には、他人に感情に対する責任の所在を求めるのは間違いだと考えている僕には、涙に対する負い目などある訳がないからだ。
ただ、世間一般論は異なり、おおよそ女を泣かす男はそれだけで悪とされる。僕の言葉が制圧した空間は瞬く間に田崎さんに侵食され、僕に向けられていた視線は途端に鋭く、厳しい物になった。
男の涙は見苦しく、女の涙は崇高だ。
こうして、なし崩しに。僕は打ち上げに参加する義務を課せられた。
――そして今に至る。
ファミレス店内は僕のクラスメイトが殆どで、他の客はそこまで居ない。これが余計に彼、彼女らの歯止めを効かなくしており、騒がしさは留まる所を知らない。
そしてその騒ぎの中心から少し離れたテーブル席に僕はいる。同じテーブル席にいるのは僕を除いて三人。僕の隣に田崎さん。対面に篠崎歩美、山口穂花。男子一、女子三の異常に偏った割合だ。
こうなれば必然とも言うべき流れで、このテーブルの話題は「恋バナ」一色に染まった。彼此三十分は経ったか、僕はその間、ずっと彼女達からの問いかけを流し続けている。
「デートはしたよね?」」
「日付をする? 何の事だい?」
「え、へへへ」
「キスはしたでしょ!」
「キス――スズキ目スズキ亜目キス科に所属する魚類の総称がどうかしたのかい?」
「は、はふぇ」
「もしかして……もう『やっちゃってる』とかっ!」
「「やってない」」
「歩美、ストップ」
どれが誰の言葉かは語らずとも分かるだろう。特に返答している側は明白だ。
ドリンクバーのメロンソーダを喉に流し込みながら、僕は恨めしい二人を見る。
篠崎歩美。僕のクラスメイトにして陸上部の女の子。その健脚ぶりは大いに我が組の勝利に貢献した。彼女は運動部にありがちな活発女子であり、言動もそれに伴いかなり激しい。特に彼女は人の関係の有耶無耶感が気に入らないのか、しつこく僕達に質問を浴びせてくる。自分は彼氏とべったりだから余計に違和感があるのかもしれない。リア獣。
山口穂花。同じく僕のクラスメイトで、図書委員に所属している。長い黒髪、おっとりとした目、白い肌。山口さんは美人ではあるが儚げであり、それが一線を画した妖しい美麗を纏っている。一言で言えば高嶺の花。その証拠に、彼氏はいないとの事だ(交峰さん調べ)。
高嶺の花とされる山口さんと、リア獣の篠崎さんとの繋がりが何ともミスマッチだが、彼女ら曰く「腐れ縁」との事。いつからの付き合いかは知らない。
次に二人から視線を外し、隣を見る。
田崎美衣。僕の友達(?)であり、周りからは交際関係に見られている存在だ。今日もいつも通りのポニーテイル。体育祭はポニーテイル増殖カーニバルになる傾向が強いが、流石は日々の積み重ねか、多数のポニーテイルの中でも田崎さんのポニーテイルは輝いていた。貫禄すらあったね、あれは。
そんな彼女は現在茹でダコ状態。顔を真っ赤にしてウーロン茶をがぶ飲みしている。既に五杯目だったように思えた。ドリンクバーとは言え飲み過ぎではなかろうか。きっと彼女はウーロン茶に冷却効果を期待しているのだろうが、それはあまりにも過大評価であり、彼女の顔を見れば効果は微塵も発揮されていない事が分かる。背中に氷でも入れてやろうかと、小さな悪戯心が湧き上がるのを感じた。
彼女はあうあう言いながらも対面二人の質問の嵐に対応している。その姿は健気であり、哀れでもあった。
何せ如何に答えても二人の期待には応えられず、如何に答えてもそれは田崎さん本人の望む答えでは無い。僕が彼女の好意を受け取らない事には、彼女は自分で自分の心を痛めつけるだけだ。
如何に今は照れていても。如何に空気に酔い痴れ幸せを謳おうとも。それは空虚な囀りでしかない。僕が彼女を不幸に追い込んでいるから。
つまりは、そろそろ限界だと言う事だ。
僕は彼女を友達として扱い、彼女は僕を恋人のように接してきた。
それは二人の言葉に、あの時の言葉に矛盾しないであろう行為だ。しかし、その依り代の言葉は何よりも矛盾を孕んでいる。故に端から矛盾を抱えている以上、僕達はこれ以上なく矛盾していた。
捩じれて、千切れて、散り散りになりそうだった。
それは僕の望む所では無い。僕がそうなるのは良い、寧ろ望む所だ。だが、田崎さんがそうなるのはあまりにも――あまりにも不幸過ぎる。
彼女は良い子だ。それはこの二カ月弱で十分に感じた。
優しくて、有難くて、人の機敏に鋭く、人の領域に踏み込まず、人の心を貶さず、人の痛みに共感できる。
それは誰よりも素晴らしい物だと、僕はそう断言する事が出来る。僕には彼女が眩しい。眩し過ぎる。
眩し過ぎて――逆に憎らしい。
僕はもう一度彼女を見た。
田崎さんは篠崎さんと山口さんからの熾烈な攻撃を受け、今にも陥落寸前だ。にやにやと笑い、えへへと照れている。でも時折、誰も気が付かないような、意識して見ても気のせいと言ってしまいそうな刹那に、彼女は悲しげな顔になる。
その顔をして欲しくない。
その顔はして欲しくない。
僕はそう感じながら、しかしそれを防ぐ手立てを使わない。
彼女の悲しみを失くすのは非常に簡単だ。僕が彼女の好意を受ければ良い。それだけで彼女は幸せになるだろう。
だが、駄目だ。
彼女には僕のような相手は相応しくないし、僕は幸せになるべきではない。
彼女の好意を少なからず心地よいと感じているからこそ、僕は彼女の好意を受け止める訳にはいかない。
僕には彼女を、不幸にする事しか出来ない。
「ええー、じゃあ最後に一言! 美衣ちゃん、彼氏に愛の言葉を!」
篠崎さんが田崎さんに問いかけた。
僕はその言葉をどこか遠くの出来事のような、テレビ番組でも見るかのような気持ちで聞いていた。
田崎さんははにかんで答える。嬉しそうに、誇らしそうに、でも少し寂しそうに。
「私は不二君が大好きです。何よりも、誰よりも、大好きです」
それは叶わぬ告白だと。
僕達二人だけが感じていた。




