表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不二幸助の排他的日常  作者: 改革開花
不二幸助の排他的日常
1/21

オムライスはグリーンピース抜きで

 普段は一人素晴らしくオムライスを食べるのが常の昼休みだが、今日は二人煩わしく肉うどんである。

 何故こうなった。僕は目の前で肉うどんをすする少女に目をやる。この非常にして異常事態は、四限終了のチャイムが鳴ると同時に少女が僕を食事に誘った事に発端を為している。ポニーテイル少女にして、クラスメイト延いては隣の席の同級生――田崎美衣。彼女は今もにこやかな笑みを浮かべている。


 もっともこの状況は僕が望んだモノじゃない。その場で僕は確かに彼女の誘いを断った、更に突き詰めてしまえば突っ撥ねたと言える程明確に拒否の意思を示した筈だ。が、諦めを知らないらしい田崎さんは僕の後を追いに追って食堂まで着いて来たのだった。

 しかも、僕がオムライスの食券を買おうとしている折に勝手に肉うどんの食券二枚に変えてしまうという唯我独尊っぷりには、もう舌を巻く位にしか言う言葉が見つからない(ちなみにオムライス六〇〇円、肉うどん三〇〇円。丁度半分の値段だった)。いや、言わないけれども。

 とにかく、僕のルーチンやら平和な日常ともお気に入りの食事の一時でも、何にせよその類の僕の時間が確実に侵されている事に違いなかった。はてさて、どうしたものか。眼前にてうどんをすする田崎さんは、汁が制服に飛ばないように気を付けながら、それでいて女子にしては豪快に食している。食べ方は些か好感の持てるそれだったが、初期印象が最悪過ぎてどうしようもない。

 ……まあ、何はともあれ事情聴取からだ。止むに止まれぬ、聞くに堪えぬ、涙せずにいられないエピソードでもあるかもしれない。

 

「……で、田崎さん。僕の意思は無きが如くに振る舞ってご相伴と相成った訳だが、一体全体どういったご了見なんだい?」

「え、え? べ、別に特に意味は無いよ? 強いて言うなら『不幸君』なる君に興味が湧いたから、かな?」


 なるほど、つまりは興味本位か。確かに僕こと不二幸助は同級界隈で地味に噂となっているらしい。らしいと言うのは僕がその手の集団に全くと言っていい程属していないのと、純粋に噂の本人には皆憚られて伝わらないようにしているからだ。

 しかし、「不幸君」なる呼び名は初めて聞いた。中々にパンチの効いた名前だ。僕には相応しいのだろう。しかしながら、その名前は認める所ではあるけれど、そんな名前が出回っている事は正直気持ち悪さに似た何かを感じざるを得ない。そもそも噂、特に自分の噂となれば得も知れぬ奇妙な不快感は付き纏う物だ。殊更、「不幸君」は中々群を抜いていた。


「『不幸君』ねぇ。認めるのも吝かでは無い、いや、認めざるを得ないけれど、それって何でそんな名前になっているのかな」

「うーんと、私も詳しくは。まあ、略称じゃない? 不二幸助。上と下の頭文字で『不』と『幸』。略して『不幸』」


 なるほど、略称か。それなら確かに納得する所だ。

 僕が一人納得していると、田崎さんは最後のうどんをすすり終えると共に、先程の返答に個人的見解に基づく補足を加え始めた。


「まあ、普段の行いも一つの原因じゃないかな。なんか投げやりって言うかさ。いや、それは違うかな。他人事、そう他人事って言うかさ。自分の事も自分には関係ありませーんみたいな顔して、喜怒哀楽の全て外に出さないでさ。天井のシミ数えながら学校終える感じなんか特に。人の評価も気にしてないっていうよりかは、気にする気が無いって感じで。そら、皆良く分からないけれど可哀想な子、不幸な子って言うよ」


 ずけずけと物を言う子だった。確かに彼女の言う事も一理どころか全て正しいのだろう。自分の事が他人事。言い得て妙だった。僕の価値観を形容するに当たってこれ以上に正鵠を射る言葉は無い。

 だからこそ、僕はこう思わざるを得なかった。

 

「なんか……僕の事を良く見てるんだね」


 自意識過剰、ナルシズムに満ちた発言かもしれないが、やはりそう言わざるを得ない。僕は確かに僕の事を理解していないけれど、それにしても彼女は僕の事を良く理解している。僕以上に、そして誰よりも僕を見ているに違いなかった。

 僕なんかを、よく見ているに違いなかった。


「え、あ、ああ、うん。隣の席だからね、当たり前だよ」


 コップの冷や水をごくっと飲み干してから彼女はそう答えた。

どうやらこの程度の対人理解は現代に生きる女子高生には当然のスキルらしい。小中高と人の輪に入らなかった僕なんかには、クラスメイトの名前を一月かけて覚えた僕なんかでは、考えも及ばぬ世界らしかった。

 しかし、こうなってくると新たな、必然とも言うべき問題が浮上する。確かに興味が湧いた、つまり怖い物みたさのような好奇心に駆られて僕に話しかけることもあるだろう。だが、彼女は先の通り僕についてよくご存じであられる。それが彼女の当たり前だとしても、情報の保有量が多い事には違いない。ならばこそ、どうして彼女は僕なんかに話しかけ、あまつさえ食事を共にするなどと言った愚行に走ったのだろう。

好奇心は猫をも殺す。華の女子高生も例外ではあるまい。

 ましてや、僕の対外評価は彼女の言からして推して知るべしだ。「不幸君」と一緒に食事。偏見かもしれないが、女子高生の対人関係、有り体に言えば彼女の属するグループとの円満な交流においては汚点にすらなるのではないだろうか。

 そこまで考えて僕は思考を止める。確かに僕と行動を共にするデメリットは測り知れないだろうけれど、それを認識しているかはさておき、選択しているのは田崎さんなのだ。僕にそれを口に出す権利は無いし、そこを責めるのは偽善だろう。

 偽善は嫌いだ。自分の醜さを思い出すから。




「そ、それで本題なんだけど……」


 空のガラスコップを掴み、中に数滴程しか残って無いのを見取った、または思い出した田崎さんは、結局元の場所にそいつを戻した後に神妙に切り出した。


「後一週とちょっとで中間テストじゃない? 出来れば勉強教えて欲しいかなぁ……なんて」


 なるほど。長々とだらだらと続いた冗長な前置きはここに繋がる訳だ。いや、前置きが長いのは僕の方か。とにかく彼女、田崎さんが食堂まで着いて来た理由は分かった。――いやいや。可笑しいだろう。筋が通っていない。どこからどう見ても、何をどう考えても理由に破綻が紛れ込んでいる。

 

 僕達、つまりは不二幸助と田崎美衣は高校一年生だ。突き詰めて言うなら高校一年生、一学期だ。要するに僕の同級は皆が皆、高校の定期テスト未経験者であり、それは即ち公に大っぴらに生徒総勢四百何十名かの学力の、比較足り得る値が無い事に他ならない。

 そして僕は自分を客観視した時に、生き方としては愚鈍で愚者である事に反論の余地無しと思っているが、ただの定期テストなどで用いる学力だけを見た際には、良くも無く悪くも無く、可も不可も無い位だと思っている。

 仮に田崎さんの学力がよろしくないとしよう。それならば確かに、僕に教えを仰ぐ事も、賢いとは到底言えないけれど、あり得るのかもしれない。それでももっと効率の良い、それこそグループ内の賢者ポジションの子に教えを仰げばいいとは思う。

 でも、それは前提として僕の学力が知られている場合だ。判断基準なしに彼女は何故、僕を臨時教師として見込んだのか。中々どうして疑問である。

 

「で、差し当たっては今日の放課後にでも勉強会なんて如何でしょうか」


 急に畏まった田崎さんの敬語に違和感を覚えながらも、僕は疑問への思考を止める事無く、真っ白なスケジュール表の確認に勤しむ。真っ白なんだから確認も何もあった物ではなかった。


「そうだね、空いているよ」

「え、ほんと! やったぁ!」


 本当はこの後に続いて「でもなんで僕なのかな」なんて聞く気だったけれど、目の前でポニーテイルをぶんぶん振り回して喜ぶ田崎さんを見ていると、そんな事を聞く気にはなれなかった。何、どうにも腐っている僕だけれど、腐敗が進行し過ぎて土に還る一歩前の僕だけれど、たまには人助けも悪くないだろう。かなり偽善的ではある。だけれど、人助けなんかは所詮そんな物だから。

 ここはそうだな、こう言い換えよう――偽善活動改め慈善活動、と。

 目の前の少女が笑顔になるなら、こんな言い分も許されるだろうから。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ