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ヒロシマ・シティ・ブルース(9)



「カネモト組長、ご無沙汰しとります」

「おう。……ワシを呼び出して、どがあなつもりじゃ」

 古代の武将が大規模な港として作ったミヤ・アイランドも、いまや観光スポットである。静かな島だ。秘密の話をするのならば、ここが一番だ。

 とある高級料亭の一室。古式ゆかしい畳部屋。黒檀のテーブル。ホロ・刺身にホロ・生牡蠣が乗った宝船。和風の間接照明で洒落た空間に仕立て上げられた薄暗い空間。

 アリサは、普段のピンク迷彩のジャケットではなく、ワインレッドのパンツスーツに同じネクタイを身につけ、会見に臨んでいた。傍らには、少し大きな丸箱──ダミーだ──を身に着けた地味なスーツの組員を連れて。相手は基町会会長、カネモト・ケイ。後ろには、彼女の部下のこれまたダミーマスクを身に着けた女。カネモトはホロ・日本酒をとっくりからお猪口に注ぐと、ブラウン管式テレビジョン・ディスプレイ型マスクに運び、ぐいとデータを取り込んだ。砂嵐の中から『美味』の二文字。

「──カオルが死んだ、言うのはもうご存知ですか」

「……聞いた。ま、仕方ないじゃろうの。シキシマを殺ったんじゃ。詮無いことよの。……アリサ、お前もシキシマの仇をとりたかったんと違うんか」

「へえ。カオルは、わしもよう面倒を見ましたけえ……それより、カネモト組長。毘沙門一家の事を考えてもらえんじゃろうか」

「どういうことじゃ」

 カネモトのお猪口に、アリサはすかさずとっくりでホロ・日本酒を注ぐ。目上の人間に対し酒をすばやく注ぐのは、ヤクザの常識だ。

「シキシマのオフクロが死んだ言うても、毘沙門一家は四、五百の組員を抱えとります。こういうのも変な話じゃが、オフクロが死んだことで安佐組の跡目はカネモト組長で間違いありませんわ」

「ほいじゃけ、ワシに顔を売っとこう言うわけかや。都合がええのう。わしゃ、シキシマのことはなあんでも知っとるで。スミキ興業の連中、ハイジローのオヤジさん──殺したのは毘沙門一家じゃ。アサ組長も草葉の陰で泣いとるで」

 笑う。カネモトは笑う。含ませた笑い。ディスプレイの中の砂嵐が荒れる。アリサはわざとらしく肩を落とすと、テーブルの上に小さなものを置いた。金色のバッジ。オイルで汚れたバッジ。

「こりゃなんじゃ」

「基町会の金バッジですわ。……カオルが持っとりました」

「……カオルはスミキ興業の組員じゃろう」

「ほうですのう。ほいじゃが、カオルは後生大事にこのバッジを持っとりました。ワシが事務所についた時には、カオルもオフクロも死んどりましたけえ、まあどがあな意味があるかわかりゃせんのですが──ほかの組員は、安佐組の幹部衆はどがあに思いますかのう」

 とっくりを机に叩きつけ、カネモトはそれを粉々に砕いた。ホロ・日本酒が漏れ出し、自動圧縮処理がかかりながら0と1に分解され消える。

「ワシを脅す気かや。調子に乗るのもええ加減にせえよ、三下ァ!」

「カオルはわしの馴染みじゃ、カネモト組長。やつがどがあにして命を賭けたんか、わしゃ知らんといかんのです。本当の事を言うてくれたら、わしゃあこの場でこのバッジを砕きます」

 アリサはそう言い切り、すっと立ち上がると、両膝をつき両掌で見事な三角形を形成、額を畳にこすりつけた。土下座。それはこの世の中ですっかり見なくなった、降伏の意味でのものではなく、最大限の礼を尽くした懇願であった。あまりの美しい土下座に、カネモトは気圧された。基町会会長カネモトは、筋の通った人間、仁義の切れるヤクザで『通っている』。部下もいる前で、そのイメージは崩せない。

「……顔を挙げえや、アヤノコウジ。天下の毘沙門一家若頭が、土下座なんぞしちゃならんで」

「組長」

「……今回のことはの、お前の読み通り、安佐組の跡目を決めるためにやったことじゃ。亡くなる直前のオフクロも、ハイジローのオヤジさんも、ワシとシキシマ、どっちを立てても組のためにならん。ほいじゃったら、スミキに預けとったままの、格は低うても、オフクロの血が流れとるカオルを跡目に迎えようと思うたらしい。……じゃが、ワシもシキシマも、そんなことは到底認められんかった」

「それで、オフクロと組んだと」

「……そういうことじゃ。ワシャ、安佐組の事務方なら何でも顔が利く。シキシマに情報さえ流しとれば、シキシマが殺る。邪魔者は全員の。……ほいじゃが、アヤノコウジ。お前がしくじった。無傷で連れてくりゃ、カオルを煮て喰おうが焼いて喰おうがなんとでもできたんじゃ。じゃが、実際にはカオルをたきつけただけじゃ。シキシマのアホも、スミキをすぐに殺してしもうた。計画は台無しよ」

 アリサの脳裏に、倒れたままのシキシマの姿が浮かぶ。確かに横暴な人間であった。だがアリサにとっては親だ。たった一人の親族なのだ。それを悪く言われて良く思わないわけが無かった。

「……ほいじゃけ、わしゃあカオルを泳がして、シキシマに『責任』を取ってもらうことにした。カオルにハジキのタマ渡して、適当に追い詰めてのう。ヤクザなんぞ喧嘩したがりじゃ。共食いしてもらやあ、こんな楽なことはないで。結果、わしは一人勝ちじゃ。回り道はしたが、万々歳いうわけじゃの」

 アリサは押し黙ったまま、金バッジを握りしめた。高圧スチームが音を上げ、金属が砕ける音が響いた。

「じゃ、そうじゃ。どう思う? 『カオル』」

 カオル。カネモトは混乱した。なぜそこでその名前が出てくる。そしてアリサの後ろで正座したままの女がすっと立ち上がった。異変を察し、カネモトの部下も立ち上がりながら銃を抜くが、遅かった。銃声。銃声。立ち上がる前に、頭に一発、腹に一発打ち込まれ、ごろりと転がりうめく。ミヤ・アイランドに花火が上がる。青。黄色。そして赤。障子戸には、べったりと血液置換オイルが張り付いている。ダミーマスクを脱ぎ去った女。スリットの入った鉄仮面。ひっかけられた狐の面。深淵を覗くように暗い銃口。

挿絵(By みてみん)

「お前……死んだんと違うんか!」

 カネモトがわめく。ゴーストを見た子供のように。初夜を迎える生娘のように。残念ながら彼女はそのどちらでもなかった。絶望を上塗りするように、彼女の懺悔が響く。

『……ほいじゃけ、わしゃあカオルを泳がして、シキシマに『責任』を取ってもらうことにした。カオルにハジキのタマ渡して、適当に追い詰めてのう。ヤクザなんぞ喧嘩したがりじゃ。共食いしてもらやあ、こんな楽なことはないで。結果、わしは一人勝ちじゃ。回り道はしたが、万々歳いうわけじゃの』

「いや、助かりますわ、カネモト組長。ああは言うたが、わしゃ組のモンにどうナシをつけたらいいか困っとったとこなんじゃ」

 アリサの手の中には、旧式のボイスレコーダー。ジャミングや加工品でないことを示すための、あえての旧式。例え極道と言えども、親殺しに跡目をとるための工作をバラされれば、同門からどういう目にあうか、火を見るより明らかだ。

「これなら、親の仇討つための芝居じゃったと言えば済むのう」

「だましたんか、ワレ!」

「だましたんは、どっちじゃ?」

 カオルは銃口をテレビジョン・ディスプレイに押し付けた。砂嵐が激しくなる。動揺──懇願──哀願──画面の中で漢字二文字がピンボールのごとく跳ねまわる。カネモトは手を上げた。降伏。謝罪。

「分かった。ワシが……ワシが悪かった!」

「悪かったいうけえ、なんじゃ言うんじゃ」

 今度はカネモトが土下座をする番であった。彼女はディスプレイを畳に押し付け、必死に、無様に許しを請うた。そこに基町会会長は存在しなかった。彼女は権力欲に塗れ、仁義を欠いたただの売女であった。

「ゆ、許してくれ……天神会幹部会には、強力にお前を安佐組二代目に……いや、基町会のシマもそっくりくれてやるけえ、それで」

 カオルはスーツの中から愛用のホロ・電子タバコを取り出すと、咥えた。同時にアリサもタバコを咥え、火を点けた。薄暗い中で灯る明かり。彼女はカオルにその火を近づけた。シガレット・キス。大願成就の光。

「……もっと欲しいもんがあるんじゃが、ええかの?」

「なんじゃ、なんじゃ? 何でもくれてやる。金か? 男か? ワシャ、海外のブランドにも顔が利くけえ、服でも、なんでも──」

「欲しいんはの……おどれの命じゃ! ボケェ!」

 マズルフラッシュ。血液置換オイル。銃声。絶叫。炸裂する間接照明。カネモトが身に着けていた高級ブレスレッド。ミヤ・アイランドの花火。花火。赤い花火──。




 その日、たくさんの花火がミヤ・アイランドの空に上がった。カオルはまるでその空に消えていく花火のように、ヒロシマ・シティから姿を消した。ヒロシマ・パシフィコ・カープスが負けた次の日に、大量にゴミ捨て場へ捨てられるメガホンに自動圧縮処理がかけられたように。

 だが、彼女の記憶は消えない。

 仁義なき世界で仁義を切り、筋を通した極道の事を、誰かが覚えている。他ならぬアリサが覚えている。

 ホンドオリ・ディストリクトで、路上ライブ。ゲリラ的に始まる、そのバンドの曲は憂鬱そのものだ。ホンドオリ・ディストリクトに、ヒロシマ・シティに、ブルースが鳴り響く。アリサはリムジンの運転手へ路肩に停めるように言い、憂鬱なその曲を聞いた。

 ヒロシマ・シティ・ブルース。二度と会うことも無い姉妹に、アリサは思いを馳せる。ずっと覚えている。アリサは、ずっとカオルの事を覚えている。




ヒロシマ・シティ・ブルース 終

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