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ヒロシマ・シティ・ブルース(8)


 正面から殴りかかってくる組員を、カオルが、アリサが同時に殴り飛ばす! 未だわらわらと殺到する組員達。遠くから鳴り響く県警のサイレン。逃げ場はなくなっている。だが背中にはアリサがいる。敵に回せば恐ろしいが、味方につけばこれほど頼もしい人もいない。だからこそカオルは言った。

「伯母貴、わしゃ、行きますけえ」

 アリサはスチームをアイロンマスクから小さく噴き出すと、頷いた。

「おう。……シキシマのオフクロは、そらまあぶち強いで。気を付けての。わしもヤクザじゃ、組の三下殴っても、オフクロは殴れんわ」

 カオルが事務所の中へ飛び込む。数人の組員がカオルを追うが、アリサがリムジンのボンネットを引きちぎり、入口に叩きつけた。分断!

 直後、炎にのまれたリムジンが爆発。逃げ遅れた組員が爆風で吹き飛ばされる。アリサは右腕を振りかぶりスチームを装填、リムジンの残骸に拳を打ち込み、事務所の正門まで吹き飛ばした! 即席バリケード。これ以上誰も入ってこれないし、誰も出ていけない。警察も、ヤクザも。

「アリサの姉貴! 見損ないましたで!」

「そうじゃ! わしらを裏切って、ただで済むと……」

 アリサは腕組みし、ひときわ大きくスチームを吐き出した。固く拳を握る。残っているのは二十人ほどの組員。毘沙門一家の構成人数は五百人を超える。常時事務所には百人前後詰めていることを考えれば、事務所の中の方が人数が多いはずだ。

「失敗したのう……やっぱりカオルについて行った方が、おもろいやんけ」

「構わんで、みんな……全員でぶち回したら相手も人間じゃ、死ぬわい!」

 組員が言う。己を奮い立たせるように。この場の誰もが知る、悪鬼を目の前にして。それにこたえるように、アリサはピンク迷彩のジャケットとドレスシャツを脱ぎ去った。胸はシールタイプの『さらし』できつく巻かれ、背中には悪辣に笑う地獄の鬼が彫られていた!

「ほいじゃあ、わしが死ぬまでせいぜい地獄に道連れさせてもらうけんのお!」




 後ろから怒声。前からは新たに組員。殴り飛ばしても蹴り飛ばしても、まるで新たに生まれてきているかの如くわらわらと組員どもは現れる。広々とした近代風の廊下をぬけると、大げさな障子戸。開くと、家の中なのにも関わらず日本庭園が広がっていた。人工松。広々とした池に浮島。石灯籠。明らかにいびつな空間に、カオルは舌打ちする。気味が悪い。

 直後、銃声。そばにあった石灯籠の後ろに隠れ、様子をうかがう。もう一度銃声!

「カオル! 出てこんかい! ぶち殺したるけえのう!」

 銃を構えたポリバケツマスクの女──ケイコが怒気を荒げながら、もう一発拳銃弾を放つ! 石灯籠の傘が一部砕け、ぱらぱらと庭園に堕ちた。

「出てこい言われて出ていくやつはおらんわ」

「出てこんなら、ドタマ眉間からぶち込んでカチ割っちゃるで、ボケェ!」

 銃声、銃声、銃声──石灯籠は想像以上に頼りない。どうやらすかすかの石で出来ているようであった。ケイコはなおも銃声を放ちながらどんどんこちらに近づいてくる。

「出てこいや! ……それとも、スミキんとこのガキみたいにしばきまわしちゃろうか、おお?」

 聞き捨てならぬ言葉であった。カオルは石灯籠に頼るのをやめ、池の浮島まで近づいてきていたケイコをにらみつけた。

「ミキのことかや」

「おお、そがあな名前じゃったかのう。お前、出かけるときは組のもんに行き先くらい言えや。一人でふらふらしとったところを拉致っての、殴ったらお前の居場所ゲロるか思うたんじゃがなあんも吐きゃあせん」

 ケイコは拳銃を構えたまま、ポリバケツの蓋を取り、中身を取り出し放り投げた。それは、カオルがよく見た馴染みの、狐面。ひしゃげ、血液置換オイルがべったりとついた、ミキの、マスクそのものだったのだ。

「あんガキ、しゃべらんようになるまでお前の名前を言うとったで。姉貴、姉貴言うてまあ、わしゃ可哀そうで可哀そうでのう」

 カオルは一歩を踏み出した。怒りを込めた一歩を。もう一歩踏み出す。恨みをこめた一歩を。彼女は歩き出す。無念の内に死んだ妹分のために。ケイコはへらへらと笑っていたが、その怒りを感じ取ったのか、銃弾を放った。トリガーを引く。肩を、足をえぐる。だが止まらぬ。橋を渡り、投げ捨てられたミキを拾い、振り上げた右腕を、ケイコのポリバケツに叩きこんだ! もんどりうって倒れる彼女に、カオルはベルトに挟んでいた拳銃を抜く。空っぽのマガジンを投げ捨て、カネモトから貰った十二発入りのマガジンを装填、銃口をケイコに寸分たがわず向けた!

「待て、待てや、わりゃ……」

「ミキもそう言うたじゃろうが」

「言うた……言うたが、待てや、の? わしなんぞ殺しても──」

「ほうじゃろうのう……じゃが、わしゃ極道じゃけえ。いまさらイモ引くなんちゅうたら、女がすたるで──死ねや、三下」

 銃声。銃声。銃声。心臓を、ポリバケツを、右腕を、銃弾がえぐりとる。血液置換オイルが飛び散る。ケイコは動かなくなった。ヤクザは死に際で詫びを入れるようではしまいだ。拾い上げたミキのマスクは酷いものだった。怖かったろう。辛かったことだろう。あの時、無理やりにでもミキを連れて行けば、このようなことにはならなかったかもしれぬ。

 カオルは持っていたハンカチを池に入れて濡らし、オイルを拭いた。傷だらけのマスクを、カオルは自らのマスクのこめかみあたりにひっかけるように着けた。家族はもういない。すべて奪われた。ならば、復讐あるのみ。カオルは進む。庭園を抜け、なおも近づいてくる雑魚どもを蹴散らし、二階へと上がる。

 そうして彼女は、たどり着いた。ドスをもって突き刺しにかかってきた組員の手首をハイキックでけり、胸倉をつかんで扉に叩きつけ、爪切り型のマスクの女を殴り飛ばした! 勢いで木製扉が押し開けられた!

「おう。お前がカオルかや。……じいっと見たんは、初めてかもしらんのう」

 シキシマは横柄に机に脚をかけ座っていたが、組みなおしながら地に足を付けた。電熱トースター式のマスクが作動し、トースト型モジュールが立ち上がる。仁義の二文字が威圧的にシキシマの頭上に輝く!

「シキシマ……やっと会えたの。命ァ殺らしてもらうで」

 カオルは拳銃を構え、シキシマにぴたりと照星を合わせた。容赦なくトリガーを引く。──弾が出ない。十分に弾は残されているはずなのに。

「ボケェ……いい女の条件を知らんのんか?」

 シキシマが不敵に笑い声を漏らしながら言う。カオルはそこで、ようやく拳銃の異変に気付く。排莢口に、拳銃弾が詰ま(ジャム)っている!

「そりゃあのう、運がええことよ!」

 シキシマの右拳がうなりをあげ、カオルの手に握られていた拳銃を叩き落した! 拳銃が転がり、その衝撃で詰まっていた拳銃弾が飛び出しころころと転がったが、時すでに遅し!

 今度はシキシマが左義手の爪を広げ、カオルに襲い掛かった! 鋼鉄ピンヒールで足を抑えるも、右拳がカオルのマスクをとらえ、吹き飛ばす!

「弱いのお~。これじゃあいけんわ。とてもとても安佐組なんて継げやせんで」

 シキシマがタイガーストライプ柄のスーツの上着、同じ柄のシャツを脱ぎ去ると、ニップレスで保護した豊満な胸があらわになった。その背中には、吠え猛る虎の刺青!

「もう一つ、上に立つ女の条件を教えちゃるで。それはのう、腕っぷしが強いことじゃ!」

 革靴でマスクを踏み抜こうと、足を上げた瞬間、カオルはごろりと横に転がりそれを回避。そのまま手を付き跳ね起きる。ヒールに手を触れながら立ち上がり、ファイティング・ポーズ。

「まだやるんか」

「やる」

「ええ度胸じゃ。……スミキも残念な事をしたのう。おのれみたいなタマぁ持っとるヤクザを飼っとんなら、天下なんちゅうもんいくらでもとれたのにのう」

「わしゃ、安佐組なんぞどうでもええんじゃ。……ヤクザはすぐ死ぬ生きもんじゃ。天下とってもしゃあないわ。じゃけえ、筋通して仁義切れたら、それでええ」

「仁義のう。……そんなもん、こん業界になんかありゃせんわ。わしも、カネモトの伯母貴も、アサ組長にものう」

 外で爆発音がした。再びリムジンが爆発したのだろう。アリサはまだ生きているだろうか。──カオルはすぐに思考の海から戻り、まっすぐにシキシマを見つめた。シキシマもゆっくりと拳を握り、義手を握った。ファイティング・ポーズ。同時にもう一つのトースト・モジュールが立ち上がり『暴力』の二文字が燦然と輝く!

「なら、筋通さしてもらってのう、タマぁ殺らしてもらうで!」

 カオルの右こぶしが、シキシマの左義手が唸る! 同時に、左義腕がスチームを噴き出し、伸びた! リーチがカオルのそれをはるかに上回り、カオルのマスクを撃ち抜き彼女の体を吹き飛ばす!

「ボケが! 身の程をわきまえんかい!」

 再びごろりと床に転がったカオルに向かって近づいていくシキシマ。今度同じ攻撃を喰らえば、いかにカオルとて耐えられない。その時であった! カオルは転がったまま、シキシマの心臓めがけ、右足で蹴りを繰り出した! 柔らかな胸に阻まれ、鋼鉄ピンヒールでも破れなかった!

「蹴りが甘いんじゃ、ボケェ」

「甘いかどうか、最後まで喰ろうてからモノ言えや」

 炸裂。ピンヒール側面から、空薬莢が排出される。直後、ピンヒール内部からさらに細い鉄杭が射出され、シキシマのニップレスを、胸を──そして、心臓を貫いた!

 ピンヒールを伝って、血液置換オイルが流れ出す。振り上げた左義手を、だらりと落とす。力が抜けていく。そんなシキシマの体を左足で蹴り飛ばした。鉄杭が途中で折れ、シキシマの体が地面に転がった。彼女の体はそれきり動かなくなった。すべてが終わったのだ。

「仁義は切らしてもろうたで、シキシマのオフクロ……」

 そうだ。仁義は切った。だが真の意味での復讐は終わっていない。カオルは地面に転がったままの拳銃を拾い上げる。詰まった弾をピンヒールのパイルバンカーに使ったので、残りは八発。

 この八発を使い切らねば、復讐は終わらないのだ。そしてこの弾を撃ち込むべき相手は、もう分かっている。

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