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7/21

βテスト開始

〝禁じ手〟は成功を見た。

 投稿したゲームプレイ動画の再生数は面白いように伸びて、ランキングを3段飛ばしで駆け上がっていった。

 貼り付けておいたゲームのホームページにもアクセスが集中、カウンタがきりきり回って桁を増やしていき、そうした目に見える動きは文哉の承認欲求を大いに満たしたが、同時にむなしさもあった。


〝禁じ手〟はイカサマあるいは倫理的に問題のある手段であり、求めていたものを手に入れた代わりに、大切な何かを失ってしまった。それでも、これは惑星ルゥ・リドーの平和のためだと、文哉は自分を偽った。

 ゲームファイルのダウンロードも多数あったようだ。最終目的であるゲームへの参加の、一歩手前にまでこぎつけていた。


『成果が出たのならそれで良いじゃないですか』

 メルクリウスは、倫理とかプライド、純粋性といったものに興味がないようだった。

『わたしのセンサーは、目的の妨げになる倫理やプライドという言い訳こそ不純物と認識しますが』


 文哉はあれこれ悩んだが、実際のところ〝禁じ手〟を提案したのは葉月で、実行したのはメルクリウスなので、彼自身が手を汚したわけではない。文哉の懊悩は数日できれいに消えていった。

 葉月の方は多少引きずっていたが、それもやがて折り合いをつけたようだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 文哉はメルクリウス・サーバの様子を見るために学校を訪れていた。

 夏季休暇中だが、昼間は部活動や受験勉強の生徒のために解放されており、制服さえ着ていれば自由に出入りが可能だ。


 一応、誰にも見られていないことを確認して生物室に入る。

 水を利用したメルクリウス・サーバは、普段は表面を擬態して空っぽに見せている。それらが文哉の来室を察知して擬態を解除した。


 水で満たされた水槽たちが現れる。


 水槽の中に、ピンポン球大の薄い光の球体がいくつも浮遊している。浮かんでいるというよりもすし詰め状態に近い。

 光球の一つ一つが、現在接続している(アクティブ)プレイヤーを表している。

 メルクリウスには必要のない表示。

 これも〝人間向けのサイン〟の一環だろう。


 ようやく多人数による部隊編成が可能となり、今はこのサーバで処理可能な最大同時接続数である128人がオンライン中だった。プレイヤーは時間によって入れ替わるものの、ほぼ常時、上限数が接続している状態だ。


『盛況――と言えるのでしょうか』

「今は上限が低いからな。時間帯にもよるが、普通のネットゲームじゃ万単位の常接が当たり前だし、それに、夏休みっていうのは接続時間が長くなりやすい時期でもある」

『なるほど』

「この光球の一つ一つがどこの誰とも知れない人間の記号で、時間も忘れてゲームの世界に没頭していんだと思うと、なんか支配者になったような気分になるな」

『フミヤは愚かな妄想に支配されているようですね』

「言い過ぎじゃね?」

『了解。単語の選択を穏当修正ソフトにします』

「あー、いや、いいよ、今のままで」

『それは、罵られることに愉悦を感じる性向ということでしょうか』

「罵ってる自覚はあったんだなこの野郎」


 メルクリウスの横顔は涼しげだ。

 文哉はため息をついて、水槽へと向き直る。


 この水槽が――厳密には水中に散布されたナノチップ同士の連絡が、サーバの役目を果たしている。

 文哉は説明を聞いてもさっぱりだったし、現物を目の当たりにしても原理がまるでわからない。ナノチップとやらも当然ながら目視できないサイズなので、ただの水にしか見えなかった。


「これ、どういう仕組みなんだ?」

『ナノチップは多面体構造をしています。その面と面、頂点と頂点、あるいは面と頂点を情報的に連結してネットワークを構築し、データのやり取りを行っているのです。ネットワークの構成は生物の神経細胞を参考に、また、ナノチップ自体を量子ビットと見なして演算を行う仕組みは量子コンピュータと同様の発想です。

 結晶体に固定するのではなく、水中散布型であることにも理由があります。n×nの平面ではなく、3次元的な構造とすることでネットワークの自由度を高め、記憶領域の超大容量化、演算速度の超高速化を実現しているのです。

 ナノチップ同士の連携には複雑なアルゴリズムと高いスペックが必要になりますが、それによる性能の飛躍的な向上は、複雑化の負担を補って余りあるものです』


 二次元より三次元の方が容量が多い、というのはシンプルな理由だし、神経細胞のネットワークというのも、文哉は科学番組か何かのCGで見たことがある。

 それに、量子コンピュータと同様、という話でメルクリウスの異様な演算速度マシンパワーの出処がわかった。現行のネットワークセキュリティで用いられている暗号化技術は、量子コンピュータが実現すれば力ずくで解かれてしまうという。ネットを通じて好き勝手できるのも納得である。


『ご理解いただけましたか?』

「ぼんやりしたイメージだけは」

『それで十分です。詳細な理解のためには、現代物理学の知識が必要になってきますから』

「うん、そういうのはまあ、いずれ、またの機会に」

『そうですか』

「あと、超空間通信」

『ご興味が?』

「理論とかは別にいいんだけど、データを飛ばすときに、ゲートとかワームホール的なものがあるんだろ? 見れないか?」

『残念ながら』

 メルクリウスは首を振る。

『データはまず衛星軌道上、静止軌道にある中継機へと送られ、それを経由して地球と太陽のラグランジュ点L2に設置した超空間通信機データテレポータへ転送しています。本格的にデータが空間を超越する感じになるのはそこからです』


 ざっくりした説明であった。

 文哉は多少、居心地の悪さを感じる。

 自分の理解力の程度を見抜かれているように感じたからだ。


「そうか、まあ仕方ないな。

 んじゃ帰って害虫退治でもするか」


 文哉はきびすを返す。

 その背中に、メルクリウスが声をかける。


『戦場に赴く勇者に手向けの言葉を送りましょうか?』

「あのゲームはそういうノリじゃなくてだな……」

『というと』

「もっとドライな、突き放す感じで、世界観に合わせるように」

『わかりました。勉強しておきます』




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『謎のネットゲーム『FOE』がクオリティ高杉な件について』


0001:飛んで火に入る名無し

 地球ではないどこかの惑星で、ロボットに乗って害虫と戦う3Dアクション。

 協力プレイはできるが対戦はなし。

 現在βテスト中。ファイルは自由にダウンロードできる。

 


0002:飛んで火に入る名無し

 アニメの原作とかじゃなくて完全オリジナル?


0003:飛んで火に入る名無し

 そう


0004:飛んで火に入る名無し

 チャレンジャーだな


0005:飛んで火に入る名無し

 爆死でしょ


0006:飛んで火に入る名無し

 メーカーどこ


0007:飛んで火に入る名無し

 メルクリウスってとこ。ほかの作品はないからデビュー作っぽい


0008:飛んで火に入る名無し

 ググったけどそんなゲーム会社ないぞ

 既存の別業種がゲームに参入したとかもない


0009:飛んで火に入る名無し

 同人じゃね


0010:飛んで火に入る名無し

 その割にクオリティ高いぞ

 みんなダウンロードしてみろって


0011:飛んで火に入る名無し

 宣伝乙


0012:飛んで火に入る名無し

 宣伝乙


0013:飛んで火に入る名無し

 宣伝乙


0014:飛んで火に入る名無し

 ≫11~13おまえら……w


0015:飛んで火に入る名無し

 プレイしてみたんだが

 結構すごいぞこれ


0016:飛んで火に入る名無し

 感想はよ


0017:飛んで火に入る名無し

 ≫1が言ってるとおりクオリティは相当高い

 グラもいいし操作感も良好

 装備によって機体の挙動が変わったりして細かいとこまで作り込んでる印象

 昆虫をモチーフにしてるせいか、敵が大量に湧いてくる。千とか二千とか。

 そういう絶望感が好みなら特にオススメ

 アニメなら『キックをくらえ』とか洋画なら『ボトルシップスリーパーズ』とか


0018:飛んで火に入る名無し

 ちょっと興味出てきた


0019:飛んで火に入る名無し

 ≫17ほめ過ぎは却って怪しい


0020:飛んで火に入る名無し

 ≫19難点

 1.つながりにくい。

  テスト中プラス同人ってことでサーバが貧弱なのか知らんが、数十分待ちとかザラ。

  つながりさえすればスムーズなんだが

 2.グロ注意。

  グラはいいが敵がリアルすぎ。

  絵的にもそうだけど動作もかなり本物っぽいから虫が苦手な人はやめといた方がいいかも

 3.こだわりすぎ。

  接近戦用のビーム剣にまでエネルギー消費設定アリ。

  ブースターも一定時間で回復とかしない。切れたら終わり


0021:飛んで火に入る名無し

 萌えはないんですか!?


0022:飛んで火に入る名無し

 ≫21メルクリウスたんprpr


0023:飛んで火に入る名無し

 それ会社名/グループ名じゃ


0024:飛んで火に入る名無し

 ゲーム進行役AIの名前がメルクリウス。

 一応女性型。顔はきれいだがプレイヤーを虫ケラと認識しているに違いないレベルで表情を変えない。

 βテストの仕様なのか、そういう設定なのかは不明


0025:飛んで火に入る名無し

 俺は好みだけどな、ああいうまったくなびかない感じの

 ハードな世界観に合ってる



0026:メルクリウス@βテスト実施中

 無機物に欲情している暇があったら操縦の腕を磨いてください



0027:飛んで火に入る名無し

 !?


0028:飛んで火に入る名無し

 話を合わせてきたか


0029:飛んで火に入る名無し

 ≫28違うぞ、IDがおかしい


0030:飛んで火に入る名無し

 本人降臨キター!?


0031:メルクリウス@βテスト実施中

 『FOE』β版のテストプレイに参加いただきありがとうございます。

 わたしはメルクリウス。ゲームの案内役を務めております。

 今日はみなさんの生の声――HPの掲示板に寄せられる、ある程度分別のあるご意見だけではなく、雑談から出てくる本当の意味での生の声を収集すべく、ネットの海を巡回しています。

 ゲームに関するご意見、ご要望は可能な範囲で作品に反映させるよう努めてまいります。


0032:飛んで火に入る名無し

 運営サービスいいな


0033:飛んで火に入る名無し

 宣伝乙


0034:飛んで火に入る名無し

 チャットボットか?


0035:メルクリウス@βテスト実施中

 ≫32~34すべて部分的に該当。

 この活動は知名度アップとユーザ満足度アップのための、宣伝・広報活動であり、メルクリウスの機能の一部を使用しています。

 ご意見、ご要望をどうぞ。


0036:飛んで火に入る名無し

 そういうのいらないから


0037:飛んで火に入る名無し

 ≫36おもしろいじゃん、マジになるなって

 機体のカラー増やせない?


0038:メルクリウス@βテスト実施中

 β版では単一カラーのみです。

 正式サービスではプレイヤーが自由にカラーリング可能となる予定です。

 ただし、どの害虫がどの色に強い反応を示すのか、相関関係は解明されていません。

 カラーリングの変更によって害虫から狙われる頻度が増えるなどした場合でも、当方では責任を負いません。あらかじめご了承ください。


0039:飛んで火に入る名無し

 お、おう……


0040:飛んで火に入る名無し

 敵が強すぎというか多すぎ

 難易度の変更はできない?


0041:メルクリウス@βテスト実施中

 害虫側の発生数や挙動をこちらでコントロールすることはできません。管理が不可能な敵性生物であるからこそ〝駆除者エクセクト〟などという荒事師が求められているのですから。


 武装の強化や、操作のアシスト機能の充実は随時、進めていきます。

 また、ご要望の多い〝害虫リアル過ぎ問題〟については、画像処理系からの対策を検討しています。

 具体的には、害虫の像だけを瞬時に識別して解像度を下げるようにします。

 モザイクというほどではありませんが、細部の表示をぼかすように、調整を進めています。

 もう少々、お待ちください。


0042:飛んで火に入る名無し

 お、おう……


0043:飛んで火に入る名無し

 待ち時間長すぎ


0044:メルクリウス@βテスト実施中

 サーバ強化には鋭意取り組んでいます。

 段階的に増設を行い、8月末までには最大同時接続数16384機を実現できる予定です。

 なお、単一部隊の最大編成数・128機はこれまでと同様です


0045:飛んで火に入る名無し

 彼氏はいますか


0046:メルクリウス@βテスト実施中

 質問の意図を図りかねます。複数返答。


 つがいという意味でしたら、わたしは生命体ではありませんので生殖によって子孫を残す必要も機能もありません。


 装飾品という意味でしたら、わたしはアクセサリによる富の誇示、デザイン性の拡張、魅力のアピールを必要としていません。


 わたしを成長させてくれる存在、という意味でしたら、各種センサで感知する情報すべてが、わたしの記憶領域を満たしてくれます。また、どのような些細なやり取りであっても、人とのコミュニケーションはわたしのダイアログ性能を高める糧であり、よき教師であり、窓から吹き込む風のような新鮮さをもたらしてくれるものです。


 偶像アイドル崇拝文化の観点からの模範解答

 メルクリウスは皆さんの共有財ですので、特定の方とお付き合いするということはありません。

 強いて言うならば、皆さんがメルクリウスの彼氏です。もちろん、皆さんが不快でなければ、ですが。


 ほかにご質問がなければ、これで失礼させていただきます。

 公式ホームページでもご質問を受け付けております。そちらもご利用ください。

 本日は突然の割り込みを受け入れていただき、ありがとうございました。


0047:飛んで火に入る名無し

 お、おう……


0048:飛んで火に入る名無し

 徹底してんな


0049:飛んで火に入る名無し

 こちらこそありがとうメルクリウスたん


0050:飛んで火に入る名無し

 うおおおおおおメルたんうおおおおおおおお


0051:飛んで火に入る名無し

 メルたん! メルたん!


0052:飛んで火に入る名無し

 増殖してんな


――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 メルクリウスのネット掲示板への巡回に対する、ユーザの反応はさまざまであった。

 演出として面白がる者。

 企業や大学によるチャットボット(対話用AI)の実験を疑う者。

 キャラクタとして愛でる者。


〝目撃情報〟のまとめサイトを立ち上げるなどの動きがあった。

 ファンではない者にとっても、要望の多くがすばやくゲームに反映されるか、無理なものはその場で無理という判断がされるため、キャラクタ以前にゲーム運営の姿勢として肯定的に受け止められていた。


 特に、リアルタイムでメルクリウスに遭遇した名無しの多くが『FOE』に興味を持った広告効果が大きく、ゲーム自体の出来と合わせて、ユーザ数は段階的に増加していった。


 ソフト面が充実してプレイヤーが増えると、今度はハード面――主にサーバ容量が不足してくる。文哉は自腹で水槽をいくつか買い足すことを考えていたが、彼が動くよりも早く、メルクリウスは対策を立て、実行していた。


 それは文哉にとって、いささかプライドを傷つけられる手法だった。


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