1年後の現在:戦友との再会
『ストーリー』―――――――――――――――――――――――――――――
地球より2万4千光年の彼方にある惑星ルゥ・リドー。
優れた科学技術を持つその星は、爆発的な異常進化を遂げた昆虫型生物群〝害虫群〟によって蹂躙され、人類の生存圏が脅かされていた。
抗うは、人型兵器〝インセクティサイド〟を駆る〝駆除者〟たち。
害虫はびこる惑星を、人類の手に取り戻すための戦いが、今、始まる。
『FOEとは?』――――――――――――――――――――――――――――
最大100人での同時協力プレイが可能な、大規模ロボットアクションゲームです。
迫りくる害虫群を、仲間と力を合わせて撃退しましょう。
『インセクティサイド』―――――――――――――――――――――――――
人型兵器〝インセクティサイド〟は、汎用性の高い機体であり、プレイスタイルに合わせてカスタマイズが可能です。
遠距離狙撃ならセンサー類を強化・近接戦闘タイプならアーマーを増設
あらゆる戦況に対応できるバランスを取るのか、一点突破型のピーキーな強化を施すのか。
すべてはあなた次第です。
数百種類に及ぶ武装と組み合わせて、オンリーワンの機体を作り上げましょう。
『害虫群』―――――――――――――――――――――――――――――――
昆虫型の巨大生物群です。
外観や習性は地球のそれらと似通っていますが、総じて凶暴で攻撃性が高くなっています。
インセクティサイドを圧倒するほどの強力な個体や、逆に個々の力は弱くても大群で圧倒してくる種もいて、姿や能力は千差万別となっております。
ただし、その行動には一定のパターンがあります。よく観察し、敵に見合った武器を選択すれば、撃破することは十分に可能です。各員の創意工夫、ときには連携によって、害虫群に立ち向かってください。
――『フィールド・オブ・エクセクト』公式ホームページより
そのサイトは一年前と同じ場所に、ほぼ同じ体裁で存在していた。
全体的に華やかなつくりになっているものの、作品紹介などは文哉が考えた文面そのままだ。変化といえばルゥ・リドーと思しき惑星と、それをいつくしむように胸に抱く銀髪黒衣の少女の高精細なCGが、背景に使われていること。テレビCMにも出ていたキービジュアルだ。
一年前の〝あの日〟。
メルクリウスがいなくなったその日を境に、オンラインゲーム『フィールド・オブ・エクセクト』は消えてしまったのだと、文哉はそう思い込んでいた。
サーバ管理者にしてゲーム調整者、ゲームアシストAI原型、通常通信管理者、超空間通信管理者、エトセトラ、エトセトラ……。『FOE』の全運営作業を担っていたのはメルクリウスだ。これは誇張ではなく、純然たる事実であり、彼女なしにゲームの運営は立ち行かない。
感情的にも『FOE』に触れたくなかった文哉は、自らそれに関する情報を調べることはなかったし、もともと広告の類は一切打っていないため、出会い頭に情報を目にすることもなかった。だから今日まで意識せずにいられたのに。
テレビCMとなると、〝事故率〟は大幅に上がってしまう。
文哉は大学進学にあわせて実家を出て一人暮らしを始めていた。今は夏季休暇に入ってバイト三昧の日々だ。帰郷するつもりはなかった。
その日もいつものように、バイト先から戻るとすぐにテレビを点けて、映像と音声を垂れ流しにした。視聴が目的ではなく、無音を嫌ってのことだ。
画面上にはちょうどゲームのCMらしい映像が流れていた。それ自体は珍しくもなんともないが、文哉が目を奪われたのは、そのキャラクタがよく知っている人物? だったからだ。
愁いを帯びた表情の、銀髪黒衣の少女が画面に大写しにされる。
目が釘付けになった。
「私たちの星を救って――」
流麗な肉声は、合成音声を聞きなれていた文哉の耳にはむしろ違和感が強かったが、その外見は間違いなくメルクリウスであった。
感情の乗った声と、豊かな表情。
『エネルギー消費を抑えるためです』
――と、彼女が終ぞリソースを割かなかった行為だ。
今、画面に出ているのはメルクリウスではない。
そう言い聞かせても、感情は聞き分けがなかった。
反射的に『FOE』公式ホームページを開いた文哉だったが、ひととおり目を通してもメルクリウスの痕跡は見つからなかった。ただ、なぜか肺の奥がずきりと疼く。古いアルバムを見るときのような、ノスタルジィのせいだろうか。
なんてキザなことを考えていると、液晶画面の片隅でポップアップ。
文字チャットの招待通知である。
これもまた懐かしい。
『FOE』をやりこんでいたときの名残だ。
見ず知らずの相手に自分の声を聞かれることへの抵抗感、別ウィンドウですぐにやり取りできる簡便性、マイクやカメラなどの外部機器がいらない手軽さ――
それら総合的な理由から、コミュニケーションツールとしては古参もいいところの文字チャットは、ネットゲームのユーザ間で地味に利用され続けている。
これによってつながっていたのは、かつての戦友たち。
『FOE』内だけのつながりだ。本名も年齢も性別すらもわからない。
あの日以降、このソフトを立ち上げたことはなかった。
知人との再会に、わずかな緊張を覚えつつ、文哉はチャットルームに入室する。
いたのは『ナスノ』。
最初は質量剣使いのインファイターだったが、害虫の死に様がリアルすぎてグロいからと、徐々に距離を取るようになり、最終的に狙撃手に落ち着いた変り種である。
格闘よりも遠距離射撃の方が適性があったようで、狙撃系の戦闘スコアは軒並み高アベレージ。並みの狙撃手より2割は射程が長く、4割は命中率が高い。凄腕だった。
フミヤ >ひさしぶり
ナスノ >まだ生きてたか
フミヤ >まあどうにか。CM見ておどろいたよ
ナスノ >それでフミヤのこと思い出してな
フミヤ >まだやってる?
ナスノ >一時期ほどじゃないが
ナスノの反応は平然としたもので、やはり『FOE』はずっとサービスを継続していたようだ。メルクリウスが不在でも、問題なく。
フミヤ >ゲームそのものに変化はあった?
ナスノ >人が増えたくらいだ。あの頃に比べりゃ起伏は少ない。
ナスノの言う「あの頃」。それはサービス開始からおよそ1ヶ月間の、文哉がプレイをしていた期間のことだ。
どんなネットゲームにも言えることだが、サービス開始直後がもっとも混乱が多くなる。プレイヤー側にとっても、運営側にとっても。
敵、フィールド、自機、武装、あらゆる面で情報が不足しているからプレイは手探りになりがちだし、運営側もサーバ負荷やユーザの予期せぬ挙動、ゲームバランスなど調整しなければならない要素が噴出する。
最初期は参加者数100名弱という極小規模に抑えていたが、それでも、運営は文哉とメルクリウスだけという零細ぶりである。よく切り盛りできたものだ。
フミヤ >最初と比べたらね
ナスノ >運営気合入れすぎだったな
サービス開始時、ユーザ側の混乱の最たる原因となったのが、敵のバリエーションが豊富すぎる点だ。
無限群体、指揮個体、擬態種、飛行種、造罠種――
ルゥ・リドーに実在する虫がそのまま敵となっているのでどうしようもない。
どんな害虫でも撃てば殺せることに変わりはないし、初めて見る敵だからといってそこまで突拍子もない挙動、強さであることは少ないのだが、ゲームとして参加しているプレイヤーにとって、新しい敵は実像が見えない分、警戒は高くなる。
通常のネットゲームでは、データがそろってようやく勝負になるレベル、という前提で強さを設定している敵もいるからだ。
フミヤ >昔の洋ゲーみたいな不親切さ、嫌いじゃなかったけど
ナスノ >お前のことは管理者側のチェッカーかと思ってた
ナスノの疑念は事実だったが、当時の文哉はその指摘をかたくなに否定して、最終的にはちょっと勘と腕のいい、いちプレイヤーという認識に落ち着いた。
なにせプレイ中はメルクリウスから情報・操作両面でのサポートがあったのだ。突出した戦果をあげていたのも当然である。
そこから着想を得て、データ不足を補うための戦闘アシストAIを実装したことで、ゲームバランスは多少、持ち直すことができた。
フミヤ >今のバランスはどう?
ナスノ >サポートが充実してる。武器が強くなった。敵も強くなった。
――敵も強くなった。それは見逃せない所感だった。
フミヤ >強い? 数が増えたってこと?
ナスノ >立ち回りがいやらしくなった感じだ
フミヤ >指揮個体がバージョンアップされたとか
ナスノ >どうだろうな、見た目はあまり変わらないんだが
フミヤ >具体的に何かある?
ナスノ >拠点防衛系のミッションで負けが込んでたな
負けが込むというのは、ここではゲーム全体での傾向を意味している。
『フィールド・オブ・エクセクト』では世界観演出として、個人ランキング的なもの以外にも、惑星上での人類の勢力圏や、作戦の成否率、害虫駆除数などのデータを見ることができる。このデータはルゥ・リドーで実際に起こっている作戦結果が反映されているため、特定の作戦系で被害が多いというのは無視できない。
一方、プレイヤーにとってゲームは局地戦の繰り返しである。ミッションとしての重さは拠点防衛も大型巣窟破壊も遭遇戦も違いはない。だから実感は小さいはずだ。
人類が害虫群に押されている、という感覚は。
フミヤ >そこにきてテレビCMって、臨時徴兵みたいだね
ナスノ >金がかかってるよな、劣勢の演出だけじゃないだろうが
フミヤ >でかいアプデがあるんじゃない?
ナスノ >こっちも指揮官機とかのテコ入れがいるかもな
本来、有象無象という言葉が当てはまるのは害虫群の方だ。数で劣る人類側は、協調して脅威に立ち向かい、これに打ち勝つのが〝正しい〟あり方のはず。
しかし、ネットゲームでは、システム上その必要がない限り、協調はまず行われない。
たとえばRPGでは、数人のパーティでは太刀打ちできない強力なレイドボスが存在するし、大人数同時参加型のFPSなどでは、兵士役のほかに指揮役のプレイヤーがいる勢力の方が――兵士が素直で、指揮が的確である限りは――勝率は高い。
フミヤ >新規が増えるといろいろ乱れるかもね
ナスノ >そろそろ潮時かもな。復帰する気は?
フミヤ >俺はもう、あのゲームはできないよ
ナスノ >そうか。じゃあな
フミヤ >じゃあね
チャットを終了し、脱力。背もたれに背中を預けて、長いため息をつく。
文哉はルゥ・リドーの戦況に思いをはせた。
テレビCMによるユーザ集めや、ナスノの証言などから、人類側は劣勢にあるのではないかと推測できる。
だからといって、自分にできることなど何もないのだが。
文哉の〝特別〟は、『FOE』がゲームではなく、遠い異星系の現実の戦争だと知っていること。それだけだ。
最初の『駆除者』。ユーザナンバー0000001。
ゲームの中では少々の驚きをもって迎えられる存在かもしれないが、今はただの退役組。
……まだアカウントは残っているだろうか。
この一年間、ひたすら敬遠し続けてきたが、ここまで掘り返してしまうと、さすがにもう無視して眠ることはできそうにない。
文哉は意を決して、公式サイトの、≪ゲームプレイ≫ボタンをクリックする――
直後、画面が暗転、パソコンがシャットダウンしていた。
「――あれ、なんで?」
肺の奥が疼く。
疼きはじわじわと、痛みになって、
「……ッ、あ?」
椅子に座っていられないほどの鈍痛。
文哉は転げ落ちるように椅子から立ち上がり、そのままベッドに倒れこんだ。
なんだこれ。
自分の身体に何が起こっているのか。
胸を押さえると心臓の鼓動が手のひらに伝わってくる。
痛みが記憶の扉を蹴り開いた。
あの日の光景が唐突に思い出される。フラッシュバックだ、と理解。
暗闇の教室。
うつぶせの自分の身体。
水浸しの床。
散乱したガラス。
身体を起こせない。
顎を上げて視界を水平に。
裂けたカーテン、差し込む月明かり。
倒れたスチール棚の、隙間から白い腕。
〝彼女〟の着衣の端が赤く染まっている。
文哉は呼びかける。
返事はない。
彼女は動かない。
床に広がっていく血溜りは黒い穴のようで、
強引に身体を起こす、激痛――
現実に戻ってくる。見慣れた自分の部屋だ。
荒い呼吸を落ち着けていくうちに、肺の痛みも静まってくる。
ベッドに寝転がったままパソコンを見るが画面は真っ黒のまま。突然のシャットダウンは現実だった。
のそのそと立ち上がって電源を入れると、パソコンは何事もなかったかのように起動、普通に使うことができた。
それでも、『FOE』のサイトを再び開くことは怖くてできなかった。
文哉はスマートフォンを操作して、伯鳴市行きの特急券を予約した。
あの町に戻ればわかることがあるかもしれない。
確証はない。
それでも、これはいい機会だと思った。
あの夏を続けるにしても、清算するにしても。