無農薬栽培……やめました
ディアスは牛に犂を引かせて畑を耕していた。
張り切って開拓した土地は既に十分な広さになっており、最早これ以上開拓しても管理しきれない程だ。農業の機械化が進めば状況は変わってくるのだろうが、と、そこまで考えたところで、他所の地域でのチェーン・ソー実用化の話が思い出される。
「くそぅ。ヤツ等、楽しやがって。俺が苦労して切り開いたのと同じ位の土地をあっさりと……、屯田兵モチーフと宣伝している位なら、技術レベルも明治時代位にしておけば良いものを……」
「そりゃ、今更言ったって、仕方ないって。ま、こっちはスロー・ライフを楽しもうぜ」
ディアスのぼやきに答えたのは、頭付きの熊の毛皮をすっぽり被り、その上にテガロン・ハットを被ると言う、どう言うコンセプトなのか解り辛い格好をした男だった。本人曰く、またぎ(猟師の一種)プレイのつもりらしい。
名をシモヘイ。某スナイパーからとった名では無く、本名を捩ったと言う。
土地が広くなり過ぎて管理の手が回らず、害獣被害が馬鹿にならなくなった頃、ディアスとシモヘイは出会った。何度か害獣駆除を手伝ってもらったりしている内にそれなりに仲良くなり、専属契約するに至ったのだ。暇な時はこうして農作業も手伝ってくれる。
一応はディアスの方が雇い主、と言う事になるのだが、要はMMOでは当たり前の役割分担だ。一種のパーティーと言えなくも無い。
「いや、スロー・ライフは良いんだが、そうすると何時までも『火縄銃』のまんまだぞ」
「うぐぅ……」
シモヘイは自分の目的を思い出し、言葉に詰まる。
彼は元々戦闘系のゲームをやるつもりで、関東を舞台とした『Iron Site』と言うロボゲーを買おうとしたが、例のFDゲームの悪影響を懸念した親に止められてしまったのだ。
そこで、他に銃を撃ちまくれるゲームが無いか探したところ、『TONDEN FARMER』では猟銃なら最新の物まで開発可能、らしい。と言う記事を見つけ、選んだのだった。
しかし、今のところ銃器の開発が進んでおらず、未だ『火縄銃』のままだ。噂によると、他所では新しい銃が幾らか開発されつつあるらしい。と言っても、精々フリントロック式になった程度の様だが。
『TONDEN FARMER』はプレイ人口が少ない事もあり、まだ碌に検証が進んでいないが、マニュアルに載っていた『スタート地点ごとの特色』は少しずつ分かって来た。
ディアス達の地域は、『人が少なく広大な土地を得られる代わりに発展が遅い』んじゃないか、と言われている。そのためか、他所では開発出来ている物も、ここではその兆しすら見えない。
「とにかく、農業をもう少し楽にしないと、幾ら土地があっても手が回らんぞ。……トラクター欲しい、とまでは言わんが、せめて農薬位欲しい」
「リアルじゃ、無農薬が流行ってるのになぁ……」
「あんなもん、農家の苦労を解ってないヤツ等の戯言だ」
「オマエ……、リアル農家か?」
「違う。……リアルの詮索はマナー違反だぞ」
ディアスは辺りを見回し、やっと予定の2/3程耕した畑に溜息を吐く。
「やっぱ、トラクターも欲しい……、チェーン・ソーが開発出来た、って事は、エンジンも作れた、って事だよな。んじゃ、将来的にはトラクターも夢じゃない?」
「いや、手回し式だったりして……」
「何の意味があるんだよ? それ」
「ん~、ネタ? じゃなきゃスキル上げのための練習?」
確かに、生産系スキル熟練のため、使いもしない物を延々と作り続けるのは珍しくも無い。
それに冷静に考えれば、エンジンだけ作っても、日本で石油は殆ど採れない。そして現在、『外国からの輸入』と言うシステムは存在しない。
「あれ? そう考えると、エンジン作るのって、かなり無謀?」
「だろ。製油プラントなんかも必要だし、そもそも原油が入手出来る保障がねぇ」
「トラクターは当分無理そう、どころか諦めろって事かよ」
「良いじゃないか、ウチには牛が居る分、他よりずっとマシなんだぞ」
確かに、畑を耕している、と言っても、実際に働いているのは犂を引く牛達だ。
ディアス達は2頭立てで引く犂に重しとして乗って、後は牛達が真っ直ぐ進む様、手綱を握っているだけだ。後で鍬を振るい、土をより細かく耕さねばならないとは言え、随分楽をしている。
攻略掲示板なんかの情報だと、デメリットばかり目立つ地域だが、実際には農業方面では優遇されている。彼らが手に入れた牛の様に、家畜として使える動物が野良でうろうろしていたりするのはこの辺り位だ。他所の地域でも手に入れられない事も無いが、難易度は跳ね上がる。
また、彼等は道産子も3頭ほど捕まえており、おかげで【乗馬】スキルを早い内に覚えられていた。更にはシモヘイは猟犬としてエゾオオカミを1頭。現時点では、むしろ贅沢な程と言える。
ただし、特別な変化が無く、『チェーン・ソー開発』みたいなインパクトには欠けるが。
「まぁ、確かに無い物ねだりしてもしょうが無い。んじゃ、やっぱ農薬だ。この間収穫したジャガだって、結局1/3は駄目になったからな」
「虫や病気の所為だけじゃ無いけどな。でも、農薬ってどう手に入れんだ?」
「知らん。とりあえず案内所に何か新情報が無いか聞きに行くか」
「いっそ、自分で作った方が早いと思うぜ」
「作れる可能性も考えなくは無いが、どの道レシピが要るだろ。その情報を仕入れないと……」
「ん~、何とかなんじゃね? またぎの知識には【虫除け】とかあるし」
「そ、それを先に言えぇぇぇぇぇっ!」
シモヘイは『またぎの知識』とか言ってるが、実際には【虫除け】は【隠密】アビリティに属するスキルだ。
そりゃ、リアルなら藪に入る時【虫除け】は要るだろう。ゲームじゃそこまで再現されていないんで、気が付かないのも無理は無い。
だが、知識だけなら用意されていたらしい。虫が除けられるなら、簡易的に農薬の代わりになるかもしれない。いや、むしろ、原始的な農薬と言っても良い。
「そこんとこ詳しく!」
「要は毒草を使うんだよ。元々毒草の毒は、虫や動物に食われない様にする為の物だろ」
「くっ……、とんだ盲点だ。農薬って、何か科学的に合成して作るモンだと思い込んでた……」
「有名所だと、『除虫菊』だな。蚊取り線香の材料になった、ってヤツ」
「んじゃ、それ探しに行こう!」
「待て! 畑ほったらかして行こうとすんじゃない!」
シモヘイは、畑仕事を中断してまで探しに行こうとする、ディアスの首根っこを掴んで止めた。
「それに、俺ゲーム内で除虫菊見た事ねぇよ。リアルじゃ明治の中ごろに渡来した、って話だから、手に入らない可能性が……」
「んじゃ、言うなよ!」
「落ち着け。それに、またぎの知識にあるのはあくまで【虫除け】だ。農薬じゃねぇんだ」
シモヘイの正論に、ディアスはう~む、と唸って考え込んだ。
確かに、毒草の毒を使うと言っても、この毒は何も虫にだけ効く、と言う訳では無い。繁殖に邪魔な他の植物を駆逐するための毒もあるのだ。
つまり、間違ってジャガイモの育成にも害となる毒を撒いてしまう可能性もある。ここは慎重に吟味しなければならない。
「むぅ……、それなりに強力で、ジャガの育成を妨げない様な毒は……」
「ジャガイモで毒って言ったら、新芽に毒があるよな」
「新芽にしか無いから育った後には無くなるけどな。それに、毒が大量に取れるほどジャガの新芽を集めるのが無理だ」
「つーか、来年のジャガイモの話より、今から作る作物の話しようぜ。そもそも、何作るか決まったのかよ?」
ジャガイモの収穫が終わった後、ここまで畑を耕しておきながら、実はまだ次に育てる作物を決めかねていた。
現実ではまだ4月だが、ゲーム内カレンダーはもう9月になっている。そして、寒さの厳しい北海道で、9月に種蒔を出来る作物は限られてくる。故に簡単に決まりそうな物だが。
「いや、最初は大根植えるつもりだったんだけど、ちょっと時期外したっぽいし……」
ディアスには『大根は冬の野菜』と言うイメージがあった。軒下に紐で縛られた大根が吊るしてあるのが、冬の田舎の風物詩と言うイメージ。そのため、秋に種蒔しても大丈夫、と思い込んでいたのだ。
収穫した大根で沢庵を作ろう、と考えていたのも、他の選択肢を無意識の内に除外してしまった一因だ。これは案内所でもらえる弁当に沢庵が付いていた事の影響とも言える。
だが、ジャガイモの収穫を終え、種を貰いに行って見れば、寒冷地での大根の種蒔は8月半ばまでとの事。この時既に8月は終わろうとしていた。ここから更に畑を耕していては到底遅すぎる。
案内所のNPCには、
「少し位時期が遅くても、全く育たない、と言う訳じゃ無いけれど……、お勧めは出来ないねぇ……」
とか言葉を濁されてしまった。
変わりに『秋蒔きの小麦』を勧められたが、ディアスは今回は年越す前に収穫出来る作物を植えようと思っていたので、1年掛りになる小麦はとりあえず断っておいた。なんか、NPCは穀物を勧めたがる傾向がある様だった。
ディアスもいずれは米や小麦等も育てるつもりだが、今のところスキル上げとノウハウの蓄積を重視しているため、いろんな物を少しずつ育てている。そのため、ジャガイモと一緒にきゅうりとカブも育てていた。カブは年に2回採れ、9月でも種蒔は間に合うので引き続き育てるつもりだ。
「とりあえず、もう1度案内所に行って、種見ながら考えるか」
「もう適当で良いんじゃね? どうせ連作障害起こさないローテーションとか考えるの無理だろ」
自分は農業を切り捨てたシモヘイが、投げやりに提案する。だが、ある意味正論だ。考えても分からない事はとりあえずやってみるに限る。
そんな話をしている内に、畑を耕し終える。
まだ日暮れまで時間はある。道産子に乗って走れば、案内所まで十分往復出来るし、遅くなる様なら案内所の方でダイブ・アウトしても良い。
「んじゃ、今から案内所で種貰って来る。……ついでに農薬の情報があるか見とくか」
「俺も行く。弾薬の補充しときたいし」
と言う訳で、2人は牛を厩舎に戻すと、代わりに道産子を引き出し、鞍に跨った。
道産子は競走馬では無いので、馬と言われてイメージする程速くは走れない。本来なら荷物を運ばせたりする労働家畜として飼うものだ。しかし、今回は特に荷物は無く、乗っているのは人だけだ。それなら時速20~30km位なら問題無い。
かつては徒歩で1時間も掛かっていた道のりが、今は道産子に乗っている事と、道が多少整備された事により10分も掛からない。
案内所に着き、シモヘイが火薬と鉛を購入している間、ディアスは種のコーナーに来ていた。
そこはまるでホーム・センターの園芸コーナーの様だった。作物の写真の載ったパッケージが棚に並べてある。……様に見える、アイコンの一覧だ。
「絞込み、9月種蒔、整列、簡単な順」
その声に従って数が減り、くるくると並べ替えられる。流石にこの辺はゲームらしく簡単になっている。何でもかんでも無駄にリアル準拠になっている訳では無い。
そうやって並べられた種の一覧を見、……少し悩んだ後、2種類選択した。
「決まった様だな」
と、自分の用は既に済ませたシモヘイが、後ろから声を掛ける。
「ああ。ホウレン草とイチゴにした」
「あれ? イチゴって、今の時期だっけ?」
「秋に種蒔で、冬越して、来年の春に収穫、ってとこかな」
「……冬までに収穫できる物を選ぶ、って言ってなかったか?」
「……いや、なんとなくイチゴ食べたかったし……」
「……まぁ、野菜ばっかより良いか。それより、農薬の情報は?」
NPCの農民に聞いてみた所、今までは何も無かったのに、何か色々教えてくれた。多分、毒草の話がフラグになっていたのだろう。と推測。
「民間療法みたいなもんだから、確実、とは言えないけどな」
とか、言われたが。
「んじゃ、早速作ってみよう!」
「早速、って、とりあえず、夜が明けてからにしろよ。毒草集めの方は手伝ってやるから」
「ぬぅ……、このゲーム、夜間移動のリスク高過ぎだぞ」
と言う訳で、一旦ダイブ・アウトして、飯食ったり、風呂入ったりして2時間ほど時間を潰してから再びダイブ・イン。
自分達の拠点に戻って、ディアスは畑を耕し種を蒔き、シモヘイは野山に入って農薬の原料となる毒草を集めた。
「と言う訳で、試作型農薬1号が完成しました」
「何が、と言う訳で、だ。端折り過ぎだ」
「仕方無いだろ。詳しく書くと真似する奴が出てくるからな。農薬はちゃんと専門店で買って、用法用量を守って使おう!」
「誰に向かって言ってるんだ? まぁ、確かに附子を精製する方法とか詳しく書いたら薬物描写で18禁になりそうだな」
「何でも良いだろ。とにかく撒こう!」
「いや、農薬撒くのって、芽が出てからじゃね? って、マジでもう撒いてんのかよ!?」
《スキル【農薬】を習得しました》
「ひゃははははっ! お~きくなれよ~!」
「なんかテンションがおかしいっ!? 農薬でラリったか? 幻覚系の毒草なんて入って無かったよな!?」
シモヘイの心配を他所に、ディアスは桶と柄杓を手に、畑の中でくるくると回転しながら、農薬をばら撒いていた。
そして、収穫時期。
「なんでだぁぁぁぁぁっ!?」
虫にこそやられなかったものの、発育不良で微妙なホウレン草が出来ました。
後で蓄積されたホウレン草のノウハウを見たら、『ホウレン草は酸性土壌を嫌うので、灰を蒔いて酸を中和しましょう』とか書かれてた。
農薬にばっかり気を取られて、肥料の事を忘れてました。
ついでに、ジャガイモとホウレン草は、要する土壌の質が違うので、同じ土地で育てない方が良いらしい。




