開拓はじめました
「おおぉ~……」
それ以外は言葉にならなかった。
広がる草原に、申し訳程度に草が刈られた広場。その先には大きな河が流れており、綺麗な水は未だ人の手が付けられていない自然のイメージその物。こんな物それこそ現実ではそうそうお目に掛かれない。テレビのドキュメンタリーで見る位だろう。
そんな大自然の中にぽつん、と建つ掘っ立て小屋の前に、時代劇に出て来る様な、昔の農民の格好をした男がぼけっと突っ立っていた。
ディアスは初めて体験する、FD型VRゲームに驚愕した。
正確には、FDは最早VRとは言えず、今では完全に別物扱いなのでFD型VRは死語であり、FDゲームと呼ぶのが一般的。だが、その方面に詳しくない人間にとってはFDもVRも同類でしかない。
そんな細かい事はさておき、端の方とは言え一応は東京在住のディアスであったが、それなりに近場にアミューズメント・スポットがあったにもかかわらず、何故か不思議と縁が無く、今までFDゲームを体験した事が無かったのだ。
彼が少々捻くれた性格のため、人気がある物程興味が失せた事もあるし、当時他のゲームに嵌っていた事もある。ちなみに『ディアス』の名はその頃から使っているアバター・ネームだ。なんか有名な探検家の名前らしいんで、冒険するタイプのゲームではこれを使う様にしていた。
その捻くれた性格故に、『FDゲーム業界に暗雲、需要を大幅に下方修正』等と言う記事を見て、
「よし、なら俺がいっちょ買ってやるぜ!」
と、その場のノリで宣言し、決して安くは無いFDシステム一式を貯金を叩いて買ったのだ。
DIG(Dive Interface Gearの略称。簡易型FDシステム一式の事。現時点ではFD用ヘッド・ギアを指す)だけで済むと思っていたが、パソコンとネット回線も最新の物に更新しないと対応出来なかったのは予想外の出費だ。
その上で、選んだソフトは中でも1番不人気タイトル、との前評判の『TONDEN FARMER』。タイトル通り、屯田兵モチーフの、北海道を舞台とした開拓ゲームである。不人気な物を選んだのも捻くれているから、と言う訳では無く、ニュース等で良く聞くFDゲームの問題点、ってのを懸念して、あまり派手な事をやらない物を選んだのだ。
このソフトが不人気と言われるのは、折角のFD型VRで、現実でも出来る野良仕事をやろう、と思う人間は殆ど居ない。と言うごく普通の理由だ。同時発売の他社のゲームは、戦略シミュレーションだったり、ロボット・アクションだったり、格闘ゲームだったり。と、それなりにゲームらしいラインナップだったりする事も関係している。
とにかく『金掛けただけの物であってくれよ』と願いつつダイブ・インしたディアスであったが、予想以上だった、と言う訳だ。
アミューズメント・スポット向けの大型筐体のFDシステムと違い、家庭用のヘッド・ギア型のダイブ・デバイスは、色々簡略化されていて再現率が低い、と言う話だったが、
「ゲーセンのは、これ以上だってのかよ……」
と、思わず零してしまう程だ。
しかし、ディアスが幾ら凄いと思っても、世間一般の不人気と言う評価は正しい物。
チュートリアルをスキップしてフィールドに出たが、ディアスは自分以外のプレイヤーを見かけない。辺りを見回しても、背後に『開拓案内所』と看板の出ている掘っ立て小屋があるのみ。チュートリアルをちゃんと受けていれば、この中で何か色々手続きしている最中、と言う事なのだろう。
その辺りはマニュアル読んだので良いとして、今日はサービス初日、スタート地点にはもう少し人が居ても良い筈なのに、とディアスは思う。複数あるスタート地点の1つと言ったって、正直言ってこれは無い。
DIGは、初回生産分が1万台で、それが8つのゲームに千づつ振り分けられ、残り2千がゲームの売れ行きに合わせて調整される。と言う事になっていた筈だ。つまり、『TONDEN FARMER』にも千人程プレイヤーが居る筈である。
個々のゲームに対し割り当てがあるため、不人気タイトルの方がDIGを入手し易かった、と言う理由もあって選んだのだが、予想以上の不人気っぷりに、失敗だったかとちょっと後悔するディアス。
ディアスは、あまりに人が居ないので、寂しいから案内所に戻ってNPCでも良いから話し相手に、とか一瞬考えてしまったが、
「これって、チャンス……か?」
何と言っても、これは『開拓』がメインのゲームなのだ。人が居ないという事は、広大な土地を独り占め出来るという事だ。
競う相手が居ないのに張り切るのは虚しい物があるが。
そこは後程人が増える事を期待して、今の内にスタート・ダッシュを決めるべきだろう。
ディアスはアイテム・バッグから地図を取り出すと、開拓地へ向けて歩き出した。
地図は空中にウィンドウ表示させる事も出来るが、折角なので雰囲気作りに紙の地図を使ってみた。
『開拓案内所』の前を流れる河は、大体北西から南東に向けて流れている様だ。これに沿って行った先で土地を確保すれば、農業用水にも事欠かないだろう。とディアスは考えていた。後は上流と下流どちらを目指すかだが、南の方が暖かいだろう、と大雑把な推測で下流側を選択していた。
そんなこんなでしばらく歩き続け、
「……遠いんですけど……」
早くも嫌気が差してきた。『リアルの面倒臭さも完全再現』と揶揄されていたのを早速実感。
地球環境シミュレータを間借りしたと言うFDゲームは、日本を8つの地域に分け、それぞれで別のゲームが稼動しているのだが、『TONDEN FARMER』は北海道のデータを使っている。
だが、リアルに北海道のサイズを再現するとデカ過ぎるので、1/6スケールになっている、とマニュアルに書かれていたのだが、
「1/6でもまだでけぇよ」
と愚痴る。
設定上、さっきの案内所を中心とした半径500mの範囲は、公共の土地と言う事になっており、更に1.5km圏まで都市計画が出来ている。開拓して自分の土地に出来るのはその外だ。
しかも、ディアスは広大な土地の確保のため、そんなギリギリの場所では無く、更に遠くを目指していた。直線距離にして約3km。獣道程度の道しか無い所を3kmも歩くのは結構骨だ。時速3kmで歩いて1時間。
「ゲームで、移動するだけで1時間て、ありえねぇ……」
しかもゲーム内では1日4時間なので、1日の1/4が過ぎる事になり、日が暮れてもおかしくない。
それなのに、ゲームでありがちな転移とか高速移動等は無い。より正確には、あるにはあるのだが、今は使えない。
《転移》は開拓を進めて専用の施設を作らないと使えないし、高速移動系のスキルはまだ持っていないし、あったとしても今のステータスでは『持久力』があっと言う間に枯渇する。
でも逆に考えれば、ただ走るだけでも体が鍛えられ、レベル・アップする筈だ。マニュアルにも『トレーニングや、職業に応じた行動で経験値が入る』と書かれていた……筈だ。余談だが、デフォルトの職業はもちろん『屯田兵』だ。
そんな訳で、ディアスはとりあえずジョギングのつもりで走ってみた。開拓地に着く頃には疲れ果て、一休みが必要かもしれないが、どの道ある程度『持久力』を鍛えておかないと開拓もままならない。
このゲームは、レベルが上がると潜在能力が向上、それが保有アビリティの熟練に応じて、『筋力』『体力』『頭脳』『精神』『俊敏』『器用』の個々のステータスに自動振り分け、と言う具合になっている。
また、職業はそれに要するアビリティが伸びやすく補正され、『屯田兵』以外の職に転職する場合は、その職に必要なアビリティを揃える必要がある。……技能・資格を持っていないと碌に転職も出来ないとは、ここも嫌な感じでリアルだ。
しばらく走ると、やはり疲れてきた。パラメータ上でも『持久力』が大分減ってきている。【移動】アビリティを熟練すれば、『持久力』の消費を抑えられる筈だ。どの程度熟練すれば良いのか、まではまだ判らないが。
ふと、ディアスは思い付く。江戸時代では、飛脚とかは右手右足を同時に出し、体を捻らない事で疲れず長時間走れる『ナンバ走り』を行っていたと言う。
で、実際にやってみた。
「お、確かに、ちょっと、楽な気が」
良く知りもしない物をやってみた、だけでは利点を正しく実践出来ているとは思えない。そこは流石にゲーム的なシステム補正が入っているのだろう。その証拠に、
《スキル【ナンバ走り】を習得しました》
と、システム・メッセージが……
「って、んなに簡単に覚えられんなら、マニュアルに書いとけよっ!」
思わずツッコミを入れる。
ちなみに、『屯田兵』のアビリティの熟練の仕方、初級スキルの習得方法までは、『序盤の進め方』としてマニュアルに載っていた。【ナンバ走り】は当然【移動】アビリティに属する物だが、これに関しては一言も記述は無かった。……と思う。
この様に、アビリティは内部にいろんなスキルが組み込まれていて、対応する行動を取る事によって開放される仕組みになっている。つまり、アビリティを持っていないと、幾らがんばってもスキルを覚えられない事になる。
今までのMMOゲームとアビリティとかスキルの意味合いが若干違ってくるが、ゲームの事を良く分かっていない国の監修が入ったためか、微妙に解り難い仕様になってしまっていた。
とにかく、偶然とは言え折角新しいスキルを覚えたのだ。なら、使ってみよう、と言う事で【ナンバ走り】で移動を続ける。
「ぜぇ……、ぜぇ……、ぜぇ……」
ディアスは息が切れていた。
本当に持久力消費が軽減されているのかよ、と思う。ゲーム・バランスとしては、Lv.1程度の体力で3kmも走ればこんな物だろう。とも思うが。
辺りには背の高い藪が拡がり、その先には大きな森がある。
とりあえず、開拓地には着いた。……一休みしないと労働する体力は残ってないが。
「持久力回復は……、初期アイテムに『弁当』があった筈……」
その呟きに答え、アイテム・バッグから『弁当』が転送される。
これまたレトロな、笹の皮に包まれたおにぎり3つ。沢庵付き。
「あ~、うま~」
そこら辺の岩に腰掛けつつ、おにぎりを頬張る。開拓する時には単なる邪魔者である岩も、今は丁度いい椅子だ。
竹製の水筒に入ったお茶で喉を潤すと、『持久力』が回復するまでちょっと一休み。
弁当を食べただけで持久力が回復する訳では無い。回復速度が上がるだけだ。どちらかと言うと実用性より雰囲気作りのアイテムだ。
このゲームは、基本的にはあまりパラメータとかそう言った数値が重視されていない。折角感覚的かつ自由に行動出来るFDゲームなのだからと、数値に縛られる様なシステムにはしたくなかったらしい。
そのため、アビリティやスキルの熟練度なんかまでマスク・データになっているのだが、それが面倒臭さを助長している事に開発者達は気付いていない様だった。
ぼぉ、っと辺りを眺めてみると、流石に人の手の入っていない土地だけあって、酷く雑多な森だ。しかしだからと言って、開拓するにしても森を全部切り開いて畑にしてしまう訳にもいかない。
開拓地の設定には、計画的に森林を残す様な記述は無い。むしろ、木を切り過ぎる事によるトラブルを起こし、自然の大切さを学ぼう、的な意図があるのだろう。
つまり、その辺は個々のプレイヤーの裁量次第と言う事だろう。
ディアスは、どの程度手を入れれば開拓したと見なされるか、マニュアルを細かく見直そう、と思った。
そんな事を考えている内に、『持久力』は満タンまで回復していた。
んじゃ、そろそろ始めるか、とディアスは立ち上がる。
「先ずは、家と畑の土地を確保、だな」
屯田兵セットの中から鉈を取り出し、邪魔な藪をバッサバッサと切り払う。
適当なスペースを確保した所で、斧で木を切る。切り倒した木は、鉈で小枝を払って丸太にし、建物用の建材として確保。
残った切り株は鍬を使って掘り起こす。
結構な重労働だ。リアルの手順と同じかどうかは微妙だが、ゲーム向けに多少は簡略化されているだろうし、少なくともマニュアルではこの様に解説されていた。
「しかし、やっぱゲームだよな。サクサク木が切れるし」
一抱えもある木が、スコンスコンと斧を10回も打ち付ければ切り倒せる。
最初の内はもう少し掛かっていたが、【伐採】の熟練が上がったのだろう。パワー・アップしたと言うより、斧の使い方が上手くなっている気がする。とディアスは感じていた。ゲーム的に言うなら、クリティカル率が上がったっぽい。
元々、木がリアルより脆い感じがする。映画のセットみたいに、見た目がリアルなのに簡単に壊れる、みたいな感じだ。
「この調子でサクサクいくぞ!」
確か、1ha開拓すれば、ボーナスが出た筈だ。
とりあえず、用地を確保して、畑作って、その前に『ログ・ハウス』でも建てるか。その為に木材いるからせっせと木を切って、【大工】上げて、あ~、畑に蒔く種も確保しなきゃな。
等と考えつつ、ディアスはとりあえず【伐採】上げに精を出した。【伐採】ばかりでも飽きるので、たまに道具を持ち替えつつ、少しずつ開拓を進めて行く。
《【開拓】に成功しました。【開拓】した土地の占有権を得ました》
とのシステム・メッセージと共にマップが《開拓モード》とやらで自動展開。マップ上に、自分の土地である事を示す、青でマーキングされた範囲が増えていく。
「わははははっ! 次のプレイヤーが来るまでに、この辺りは全部俺の土地にしてやるぜ!」
調子に乗りつつも、開拓とスキル上げは順調に進んでいた。
数日後。
「チェーン・ソーはねぇだろ。チェーン・ソーは……」
独占目指して1人でやっていたため、近代化の波に乗り遅れました。
やっぱ、MMOは人と協力しなきゃ。