表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TONDEN FARMER  作者: 800
第2章 東北戦国編
43/45

伝説がはじまる

「うぁ……」


 彼方此方(あちこち)から立ち上る黒煙を見、ディアスの口から何とも言い難い声が漏れた。


 こんな事もあろうかと、念のために用意して置いた『プレハブ転移室』の図面を基に建て、短時間で十勝(とかち)に舞い戻る事に成功したディアス達。

 十勝の各部に分かれて《転移》し、危機を伝えようとしたのだが、しかし、時既に遅し。被害が出てしまった様である。と言うよりは、全て事が終わった後の様に見える。


 ディアス達が受け持った場所は、当然の様に自分達の拠点周りである。

 煙の上がる場所を仔細に見れば、主に建物に火を放たれたと見える。いや、新冠(にいかっぷ)での遣り口を見れば、狙われたのは『転移室』の方だと判断すべきか。

 田畑には手を付けられていない様であったが、その田畑こそ十勝の価値の最たる物であるので、それを燃やしてしまっては本末転倒。攻め入るメリットも無くなってしまうからであろう。

 そして、既に火は消し止められている様だ。戦いの音も聞こえない。やるだけやって散々引っ掻き回した挙句、とっとと引き上げたと見える。


「完全に出遅れた、か……」


 敵の出方を読めなかった痛恨のミスに、ディアスの顔が歪む。他の皆も思いは同じであろう。苦虫を噛み潰したような顔をしている者も居れば、表情には出さぬものの、プルプルと震えていたり、拳を握り締めている者も多い。

 目的だけ果たして手早く撤退するのは、新冠での手口と一緒だが、そうだとすると、土地を奪う以外の目的が何かあった事になるが、そこまでは知れない。


「……とりあえず、被害状況の確認だ。敵の狙いによっては、波状攻撃もありえる。第2波が来る前に出来るだけ立て直す!」


 目的が判らないなら、最悪を想定する。ディアスはしばし考えた後、そう指示を出した。どうせ彼に出来るのは、物を作る事しかないのだから。


 そして、動き出そうとしたディアス達に、のそっと近付く大型獣が居た。


「ん? おお、神司熊(ゴッドシグマ)! 無事じゃったか!」


 その正体に気付き、ヤマカンが駆け寄り、


「……? 何を咥えて……ぬぉっ!?」


 咥えていた物の正体に気付き、思わず飛び退いた。

 それは、人の死体であった。すぐに気付かなかったのは、原形を留めていなかったからだ。

 ボロボロになった死体を咥えているエゾヒグマ。どう見てもアレな絵面だが、その死体をヤマカンの前に置き、オン。と一吼えする神司熊(ゴッドシグマ)は、獲物を仕留めてご主人様に褒めてもらいたい忠犬の様である。


「これは……、忍者か?」

「ディアスよ……、ゲームとは言え、良く死体の検分なんぞ出来るのぅ……」


 何かの情報があれば、と調べ始めるディアスに、ヤマカンは顔を顰める。

 その死体は、良く見れば確かに忍者っぽい。全体的に黒っぽいのは、血を吸った服が赤黒く染まっていただけではなく、元々黒装束だったためだ。

 しかし、見れば見るほど忍者である。忍者のテンプレをコンプリートしている。こんなあからさまな忍者はどうかと思う。黒装束なんぞ真昼間に着込んでは、余計目立つだろうに。皆の感想は大体こんな感じで共通していた。


「まぁ……、ゲームだしなぁ……」


 実用よりネタに走ったプレイは、ディアスも人の事は言えない。

 しかし、流石は腐っても忍者。手掛かりになる様な物は持っていなかった。ちゃんと情報管理はしていたのだろう。

 ただ、忍び込んだり裏工作のスキルをメインで鍛えていたらしく、エゾヒグマに後れを取る程度の戦闘力だったのは幸いした。でなければ、ここの『転移室』も潰され、ディアス達は帰って来られなかったかも知れない。

 尤も、熊の嗅覚は犬と比べても遜色ないし、ヤマカンがあれこれトレーニングさせてステータスUP(アップ)を計っている神司熊(ゴッドシグマ)は、かなり上級のプレイヤーでもないと突破は難しいのだが。


「……やっぱり、大した情報は得られないか。詳しい事は聞き込みをした方が早そうだ」


 ディアスはそう結論付けると、とりあえずお隣であるタゴサクの所にでも行ってみようかと、そちらの方に目を向ければ、そのタゴサクらしき人物が眼に映る。


「! ディアス。戻って来たか!」


 タゴサクの方もディアスの姿を見つけ、走り寄って来る。その手には桶を持っており、多分バケツ・リレーで火事を消していたんだろうな。と思わせる。桶などアイテム・バッグにでも入れて置けば良い物の、色々混乱しているのかも知れない。


「タゴサク、何があった?」


 と、問うディアス。敵が十勝攻めを狙っている。とは聞いたものの、具体的にどう言う作戦だったのか? までは分からず終いだ。


「忍者だ。忍者が攻めて来やがった!」

「それは知ってる」


 たった今、その死体を見たばかりである。


「ヤツ等、とにかく片っ端から荒らし回ったり、『転移室』を焼き払ったり!」

「それは何となく判る」


 今のところ、予想通りの情報しか出て来ない。


「ディアスの所もやられてたら拙い。と思って見に来たんだが、大丈夫だったのか?」


 ディアス達がこうして此処に居ると言う事は、『転移室』が無事だった事だけは判るが。と思いつつ、タゴサクは訊ねた。


「ウチは、まぁ……、破壊工作をしようとした忍者は、この通りだし」

「この……? うおっ! えげつな……」


 ディアスが指差したそれ、無残な姿の忍者の死体を見、タゴサクは思わず後退った。


「え…と……、まぁ、それはさて置き、この後中央の役場で対策会議しよう。って話になってるんだが、ディアス達も参加出来るか?」


 余りにもグロい死体に、タゴサクはそこから話題を逸らす。


「それは構わないが、防衛線の構築とかは良いのか? このままじゃ、次が来たらヤバイだろう」

「多分、大丈夫だ。信号弾が上がって、慌てて引き上げてったみたいだから。何かトラブルがあったんじゃないか?」

「憶測だろ。それ」


 楽観的なタゴサクの言い様に、ディアスは若干呆れ気味だ。

 ディアナから聞いた事が確かなら、新冠での奇襲とは比べ物にならない程の、本格的な侵攻が予定されていたと思われる。しかし、その割には被害が少ないので、まだ第2波、3波がある。とディアスは読んでいた。

 まぁ、タゴサクの言う通り、何らかのトラブルで本隊が遅れている。位の可能性はありそうであったが。


「うむ。とりあえず、時間稼ぎ様にトラップを用意してから行くか。……気休めだが」


 結局は情報がなければ進展しない。と判断したディアスは、


「え~と、確か納屋に使えそうなのが……」


 と、納屋に入ってそれを持ち出して来た。見た目は、三脚の上に弁当箱がくっ付いている様な物だ。


「……ディアス、これって……」


 何かで似た様なの見た事あるなぁ……、と思いつつタゴサクが問うてみれば、


「指向性対人地雷」

「やっぱりかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 リアルでは条約で禁止されている、非人道的兵器である。少ないリソースで効果的な兵器、と考えれば、自ずとそう言う物に成りがちである。


「ボール・ベアリングを作った時に出た、規格外れの球が結構あってな。再利用のつもりで作ってみた」

「どんだけ失敗したんだよ……」


 地雷の数はパッと見、20は下らない。ベアリング球を高精度で安定して作れるだけの技術を確立するため色々やった結果、失敗作の数も相当出た様だ。


「と言う訳で、タゴサク。後は任せるぞ」

「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 事態の展開に付いて行けないタゴサクに、これがリモコンな。と押し付けて、ディアス達は『転移室』で中心街に向かうのであった。




 ぱっぱか、ぱっぱか、と。

 牧場から十分な距離を取ったため、逃げ出した時よりペースを落として騎馬隊が行く。

 盗み出した馬達は、まだ手に入れたばかりで癖も掴んでいないし、無茶はさせられない。と言う事情もある。


「ガハハハハッ! やりましたな。御館様!」


 ディアナの騎馬の側までやって来た髭面の武将は、大声で笑いながら、満足気にうんうん、と頷いた。


「あまり調子に乗るな。《死に戻り》した奴等も居るんだぞ」


 ディアナはそう戒めるも、一応藩主としての責務から言っているだけで、本気で気にしている訳でもない。

 確かに当初の想定より、被害は大きいし得た馬も少ない。その上、時間も掛かり過ぎである。厳しく評価すれば、ギリギリ及第点。と言ったところか。……厳しく評価しても及第点なので、十分成功なのだが。


「良いではありませんか。《死に戻り》したと言う事は、それだけの強敵と闘えたと言う事。羨ましい限りですぞ」


 ゲームである限りにおいては、その考え方は強ち間違いでもない。


「まぁ、折角手に入れた強弓の試射も、それなりに楽しい物ではありましたが……」


 この髭面武将、弓部隊を率いての支援攻撃を請け負っていたのだが、本人はチャンバラの方が好きなのである。ただ、キャラの育成はバランス良くやっていた事もあり、弓部隊を任せられる武将、と人材を探したところで、能力と地位を兼ね備えた武将は彼しか居なかったのだ。


 そしてこの弓、頑強な鋼のフレームと強靭な板バネで構成された、リアルではとても人間の引ける物ではない弓に仕上がっていた。

 おまけに、(つが)える矢は、安定して高精度・高品質の、工業製品的に大量生産された物である。

 これらの組み合わせが、射手を確認し難い程の長距離から、そこそこの精度での狙撃を可能としたカラクリである。

 どう見ても『TONDEN(トンデン) FARMER(ファーマー)』側の技術で作られた物だ。裏切り者の数は、どうやら深刻なレベルに達している様であった。


「楽しかったんなら、それで良いだろうが。……どうせ、過激世(かげきよ)の隊と合流して十勝に攻め込んだら、戦う機会なんて幾らでもあるんだし。接近戦やりたかったら、そっちでやれば良いだろ?」

「それもそうですな! では、合流を急ぎましょうぞ! 奴等に抜け駆けされ、獲物が狩り尽くされる前に!」

「慌てるなって。どうせあっちは歩兵の速度に合わせないとなんないからな。早くて……、十勝に入ったかどうか、ってとこじゃないか?」


 ディアナは当初の予定から推測を述べる。特に大きな障害が無ければ、そんな物だろうと。


「ぐぬぅぅぅ……、もうそんな所まで! 御館様、何をのんびりしていますか!? 急ぎますぞ! ハリアップ!」


 武将髭が急かすも、しかし、ディアナは聞いちゃいない。ディアナの興味は、すでに他の事に移っていた。

 そもそも、ディアナが十勝に攻め入ろうとしていたのは、敵の有力プレイヤー、ディアスに会うためであった。それがさっき会ってしまったので、動機を失いかけていた。

 尤も、そのディアスはまだ本領を発揮しているとは言い難く、今後に期待。と言うところなので、そう言う意味では、拠点となる十勝はあまり荒らさないでやった方が、対抗勢力を整え、ゲームを盛り上げてくれるかも知れない。

 それとも、適度に追い詰め、死に物狂いで抵抗させた方が面白いか? などと、勝つ事より如何に楽しむかを考えるディアナ。


 先日、一騎当千級のブシドーと言うプレイヤーを倒してしまっているのだ。彼も配置を間違えなければ十分な脅威となったであろう1人だが、諸々の事情が重なった所為で、殆ど捨て駒同然の殿(しんがり)を担っていた。

 場合によっては、中ボス戦として1つの節目、目標となったかも知れないのに。……台無し。そう思ったプレイヤーは少なくない。……実際に戦った雄謳歌(おおうか)は満足そうであったが。

 これは雄謳歌が抜け駆けした訳ではなく、撤退戦にて数百の兵を斬り捨てたブシドーには、一騎当千級を当てる必要があったためだ。そして、近場には雄謳歌しか動ける人材が居なかっただけの事。

 一騎当千に至る猛者は、『戦国KARUMA(カルマ)』でもまだ7人しか居ないのだ。単純なプレイ人口を考えれば、その比率から言って、これ程の戦闘力を持ったプレイヤーは、もう『TONDEN FARMER』には居ないかも知れない。

 まぁ、そもそもが戦闘メインのゲームではないので、そう言った方面では最初から期待していないが。と、ディアナは思う。

 想定されたパターンとしては、敵は開拓能力を活かした陣地設営などして待ち構え、攻城戦イベントが多発する。そう言う展開になると思われていた。

 だから、あまり拠点を潰し過ぎては、このまま侵攻の勢いは衰えず、一気に北海道全土を制圧出来てしまうかも知れない。

 手応えなくあっさりクリア出来てしまうゲームは、クソゲーである。


 色々悩んだ挙句、とりあえずそう言う難しい事は、十勝を落としてから考えよう。との結論に至るディアナ。


「……! 御館様! 狼煙が!」


 部下に促され、その指差す方向を見たディアナ。そこには、不自然にプツプツと切れた煙が立ち上っていた。


「『緊急事態』!? 全軍停止!」

「全軍停止!」


 ディアナの命令は復唱され、全軍とは言っても、さして多くもない部隊はその場に立ち止まる。

 そして、行軍が止まったのを確認してから、ディアナの騎馬の前に、シュタッ! と忍びが現れる。……相変わらず、忍者のスキルは良く解らない。


「拙いぜ、ボス。作戦止めて、とっとと引き返し、いや、逃げた方が良い」

「なに?」


 あまりにも意外な忍びの物言いに、ディアナは眉を顰める。それ程に切羽詰った事態は、北海道に侵攻を始めてから、1度たりとも無かった。


「先行している部隊は既に半壊。全滅も時間の問題だ」

「なっ!?」


 ディアナとて、全戦全勝とは考えていない。しかし、先行している部隊の兵力は5千。何があっても普通に勝つ筈であった。それがこの短時間で全滅必至となるまで追い込まれるとは……!


「何があった?」


 と聞かざるを得ない。それは、決して無視出来ない情報だ。

 札幌で発見した様な戦車が量産され、道いっぱいに並べ立てられれば、そう言う事もありえるかも知れないが。と思うディアナであったが、返って来た答えは、ある意味、それ以上に洒落になっていなかった。


「それが……」




 ――時間は少し遡る。


 何故、こうなった……?


 大将は目の前の光景に、酷く後悔していた。


「くそっ! 何なんだ!? 全然止まんねぇぞ!」

「もう何人やられた? へ? ぎゃあぁぁぁっ!」

「ゲ! こっち来んな!」


 味方の間を流れる様にすり抜け、風に舞う木の葉の如く身を翻したアイヌ風の少女。

 目にも留まらぬ程速い訳ではない。しかし、その動きは捕らえどころがなく、気が付けば何時の間にか通り抜けている。そして、1テンポ遅れて噴き上がる血飛沫。

 その刃は的確に鎧の隙間を貫き、その蹴りは容易く首を圧し折り、体格差を物ともせず投げ飛ばす。

 投げ飛ばされた者は、味方の構えた槍に刺さって息絶え、それにより動きを封じられた槍足軽達は纏めて薙ぎ払われる。

 まるで勝負になっていなかった。間合いに入ったら最期、命を刈り取られるだけである。しかし、遠く離れていても全く安心は出来なかった。


 ドスドスドスッ!


 投擲された刃が急所を穿つ。牽制程度に留まらない、スキル【手裏剣】による高威力の投擲である。しかも、切り落とした槍の穂先等、投げられる物は幾らでもあるのだ。


「お、落ち着け! 相手はたった1人だ! とにかく囲んでボコれ!」


 と言うも、その大将自身が一番落ち着いていない。

 普通は1人を大勢で倒すための戦術、などと言う物は無い。戦術が無くとも普通に倒せてしまうからだ。だから、本当に囲んでボコる。位しか言い様がない。

 しかし、軍勢を圧倒する様な人間が居た場合、一体どうすれば良いのか? そんな物は想定外である。

 一応、投網で動きを封じてからボコる。程度の策ならあった。ちゃんと投網も用意してあった。強力なプレイヤーは、倒すより捕縛を優先する様、お達しがあったからだ。

 ゲームであるが故に、倒してしまえば《死に戻り》して何度も闘う破目になる。それを考えれば、多少面倒でも生け捕りにして戦力を削るべきだろう。と、上は判断したらしい。

 実際にやってみたところ、投網もアッサリ切り裂かれて、まるで用を成さなかったが。


「ヒィッ!」


 ゴウッ! と轟音と共に投擲された何かを、大将は悲鳴を上げながら身を縮めてかわす。

 部下に情けないところを見せれば『忠誠心』が下がり、侮られて命令が通じ難くなる。と言うシステムがあるのだが、そんな事を気にしていられる余裕はない。

 今、飛んで来たのは、人間の生首だった。それが、回転によって首の断面から血を撒き散らしつつ、自分の顔面目掛けて飛んで来たのである。死ぬ間際の恐怖を浮かべた形相で。ハッキリ言ってトラウマ物だ。絶対悪夢に見る。


「これ、ほのぼの開拓系ゲームじゃなかったのかよ……? 何で……あんな化け物が居るんだ?」


 大将は最早、弱音が零れるのも止められない。


 一騎打ちで始まったその戦闘は、一瞬にて決着した。宙に舞う武将の首をもって。

 問題なのはその後だ。誰もが呆気に取られ、思わず高々と舞ったその首を目で追ってしまった。その隙に、敵は本隊まで到達したのだ。

 慌てて槍衾(やりぶすま)を形作る槍足軽達。慌てているとは言え、訓練された兵の構えたそれは、『無間の槍衾』と呼ぶに相応しい見事な物であったのだが……。

 相手はそれをまるでただの衾を開けるかの如く掻き分けると、隊列の中に自然に入り込んだ。……その時には、既に数名が犠牲となっていた。

 そこからはもう、乱戦の始まりである。


 どれ程の兵が死体に変えられただろうか。

 死屍累々。屍は折り重なって山となり、流れ出した血は地面に染み込むのも間に合わず、川となって流れ出している。

 正に、『屍山血河』。文字通りの光景である。

 しかし、誰1人として、その言葉に納得してくれる者は居ないだろう。そんな、客観的事実だけを述べた様な言葉では、この光景は言い表せない。


 『地獄絵図』


 そうとしか、呼べない物だった。

 たかがVR(ヴァーチャル)で大袈裟な。と、思うかも知れないが、これも無駄にリアルが故の弊害なのだろう。

 既に雑兵達は、こんな所に居たくない。とばかりに及び腰になっている。寧ろ、逃げ出さないだけ良く訓練されている。とすら言えた。

 目の前で、味方が次々にと『赤い噴水』へと変えられるのを見せられては、『士気』を保て。と言う方が無理と言うもの。

 大体、『戦国KARUMA』ではリアルな死の描写は控えられているのだ。血飛沫は無いし、死体だって残らない。倒せばエフェクトと共に消えるだけだ。つまり、誰もがこの様な無残な光景に慣れてなどいないのである。

 歩行を妨げる程に死体がゴロゴロと転がり、地面は血で泥濘んでいる。辺りは鉄錆の様な血の匂いと、切り裂かれた臓物から撒き散らされた糞尿の匂いで、(おぞ)ましい臭気が満ちている。

 ゲームなどとは違う、リアルな戦場の空気が、そこにはあった。ゲームでの大規模戦の経験など、物の役に立ちはしない。

 ……これもゲームだろ。とか、リアルじゃなくて、仮想現実だし。とかのツッコミは、誰も言わない。それだけ、皆この場に呑まれていた。

 しかもそれを成すのはたった1人である。周りの状況と相まって、地獄の悪鬼羅刹と呼ぶに相応しい化け物である。

 この大将とて、敵にも強者が居る事位は想定していたが、それは所詮、アバターの基本構造が共通であるが故の、ステータス的な性能がこっちのトップ・プレイヤーと同程度、位にしか考えていなかった。大規模対人戦闘の練度において『戦国KARUMA』側が劣る筈がない。と慢心していたのだ。

 それが、こんな化け物が、よりにもよって自分の部隊に当たらなくても……。と愚痴る大将。


「まさか……、戦闘要素がオマケだからって、ゲーム・バランスが取られてないんじゃ……」


 ほんの思い付きだったが、口に出してしまえば、それが当たりな気がする。


 既に味方の大半は殺戮され、どれ程の血が流れたか、視界の内で赤が占める面積がかなり増えていた。

 それは、流れた血の量も然る事ながら、殺戮の中心が近付いて来ているためでもあるのだと。大将はその事に気付くのが遅れた。その遅れは、文字通り『致命的』であった。


「……あ?」


 ザシュッ!




 漸く大将首1つッ!


 ウナルルは、おそらく大将だと思われる、指示を出していたっぽい輩を倒した事を確認し、しかしそれで油断する事なく次々にと周囲の敵を屠り続けた。

 大将首とは言っても、所詮は1部隊の大将である。周りの敵がある程度減って状況が分かる様になって来たが、本隊はこの部隊を切り離し、ウナルルの戦いっぷりを観察している様であった。

 ウナルルとしては、乱戦の中で削れるだけ削るつもりであったのだが、その当てが外れた形になる。


 圧倒的な力で敵を蹂躙しているかの様に見えるが、ウナルルにもそれ程余裕がある訳ではない。

 数々のスキルを駆使し、ギリギリまで戦闘力を底上げ。その上、スキル【神着】でトランス状態に成り、『持久力』消耗のペナルティを先送り。

 更にASURA(アスラ)の設定を普段使いには向かない、極限戦闘向けのピーキーなチューニングに振ってある。

 極度の集中を強いる代わりに、人間の神経伝達を無視した反応速度と、針の穴を通す様な精度を両立した、アバター・システムの制御限界を追求した馬鹿設定である。

 こんな物、ハッキリ言ってスペック偏重主義が生み出したゲテモノ。綱渡りもいいとこで、並の人間ではまともに立つ事すら叶わぬ。だが、もし使いこなせれば……。その結果は、ウナルルの生み出した惨状が物語っている。

 しかし、それは集中力が現在進行形でガンガン削られて行っている事を意味する。ゲームのパラメータ的な物ではなく、リアルのそれが、だ。


 ちなみに、ASURAとはFD(フル・ダイブ)用のインタフェースであるDIG(ディグ)のOSである。これを個人向け、状況別に設定する事で、最高のパフォーマンスを発揮出来る様になるのだ。

 しかし、普通は脳のスキャニングによる自動設定で事足りる物であり、故に自分で弄る者は殆ど居ない。ASURAの名称も知らず、OSの設定メニューすら開いた事が無い。と言うのも珍しくはない。

 寧ろ、自動設定はブレイン・マップ技術を駆使した結果であるので、手動設定でそれを超えられる。と考える方が稀有である。

 ゲーム機のOSがどんな物が入っているか、知らなくても問題無く使えるため、問われても答えられる人間は少ないのに似ている。

 そんな中ウナルルは、かなり古い人間である教授の影響で、パソコン等を初期設定では使わないタイプだった。


 ウナルルが何でそんな物を使いこなしてまで力を手にしたのかと言えば、アイヌの伝承を実践してみた結果である。

 そう言うと、アイヌ文化を何だと思っているんだ!? とツッコミが入りそうだが、神話とかの作り話を真に受けてやってみれば、それを再現出来るだけの手段を模索し、実力を身に着けていけば、こうも成るかもしれない。

 神話が作り話だとしても、実際に起こった災害等が元となっている事が多い。それを実践してみる事で、埋もれた歴史を掘り返せないか? と言う、結構真面目な試みだった筈なのだが……。

 何処かで隠しシナリオにでも入ったのか、カンナカムイが出て来たりして、あ~、やっぱりこれ、ゲームなんですねぇ……。とか思ったりしたウナルルであったが、それはまた別の話。


 大将首が打ち取られ、指揮する者が居なくなった途端、武士達は更に混乱。特にNPCの戦力低下は著しかった。

 もうすぐ、ウナルルは先行の部隊を殲滅し終える。リアルの戦争なら、戦力の20%の損耗は、撤退を考慮すべきラインである。大体それ位削ったのに……徹底してくれない。と、ウナルルは内心愚痴る。少なからずそれを期待していたところがあったのだが。

 リアルであれば損耗した戦力はすぐに回復したりはせず、後々の戦略に大きな影響が出るが、所詮はゲーム。本当に死ぬ訳でもあるまいし。精々、スコア的なペナルティがある程度の事。

 故にある程度の戦力を犠牲にする策も採り易い。本体は安全な位置から観察する事で、パニックが伝わらず、冷静に対策を練れる。そう言うつもりなのだろう。尤も、高が1人に大部隊全員で当たるのは、効率が悪過ぎる。と考えていた可能性もあるが。

 しかし、そうは問屋が卸さない。冷静に対処されれば圧倒的に不利になる。とは、ウナルルも自覚しているのだ。だったらその対策も、一応仕込んである。


「相手はたった1人。無視して突っ切れ!」


 状況が動いた。総大将らしき武将が指示を飛ばす。


 面倒な……。とウナルルは思う。彼女の目的は敵の足止めなので、無視されるのは不味い。

 今までは敵が自ら向かって来てくれていたからこそ、手近な敵を倒し続けるだけで、1人でも大軍を足止め出来ていたのだ。しかし、これからはそうは行かなくなると言う事だ。

 それでも何とかしようと走り回るウナルルだが、案の定、『持久力』の消費が激しい。どう遣り繰りしても、このペースでは持たないだろう。元々大軍全てを相手にするのは無謀とは言え、撤退させるか、もう少し士気を削る位までは頑張らねばならない。

 そんな敵の掃討と消費を抑えた動きのバランスの中、どうしても取りこぼしが出て来る。

 何とかウナルルの間合いから逃れ、全力で駆け抜ける武士達。

 だが、この先には、 


 ドバァァァァァァンッ!


 爆音と共に彼等は微塵となった。振り切った。と安堵した次の瞬間の事であった。

 勿論、ウナルル達が埋めていた地雷原の所為である。しかし、それだけで足止めに有効だと言える程、この地雷原は確かな物ではない。当初の予定より敷設出来なかったからであり、予想より武士達が多かったためでもある。

 ならば、ウナルルはこの隙に何か、対策を打ち出さねばならない。


 遠距離攻撃はスキル【手裏剣】があるが、そればかりに頼っては殲滅速度が追い付かない。だったら……、


「近距離攻撃の間合いが長くなれば、良いんですよね」


 武士達が地雷原に戸惑い、立ち止まってしまったのは仕方の無い事だった。

 地雷は国際条約により既に絶滅している兵器である。故に、彼等は理解が追い付かない。その対処方法もまた、知る者は今や殆ど居ない。一応、過去の非人道的な兵器として、歴史の授業で習った事はある筈なのだが。

 無策でこのまま進むのは致命的だとは言え、ここで立ち止まるのもまた、致命的であった。


 ヒュイィィンッ!


 ウナルルが懐から取り出した、分銅付きの極細ワイヤが宙に踊る。

 それが風を切る音が、高らかに鳴り響く。……切ったのは風だけに留まらなかったが。

 ブシュッ! と血を吹き出しつつ、何人かの首が落ちる。恐るべき切れ味である。

 勿論、そのワイヤの間合いの外に居た武士達も無事ではない。彼等は手裏剣が首に刺さり、絶命していた。


「鋼糸かよ……! ネタ武器じゃねぇーか!」


 誰かがそう言った。少なくとも、リアルではワイヤを振り回して人を斬断出来るなど、誰が想定するものか。


 このワイヤ、先端の分銅が笛になっており、超音波を奏で、その音による振動で高周波カッターとして機能する。その名も『ソニック・ワイヤ(笑)』と言う、ディアス謹製の変態アイテムである。

 ただし、振り回す勢いによる音の変化や、ワイヤの振動モード等、色々と条件が厳しく、想定通りの効果を発揮させるのは難しい。と言うか、殆ど無理な代物になってしまった。

 リアルに考えれば、そんなに簡単に高周波カッターが作れる筈はないので、当然と言えば当然。作ったディアス自身も、真面目に考えず、ネタのつもりで作ったのは、名前に(笑)が付いている事からも察せられるだろう。

 結局、作った本人ですら使いこなせず、失敗作の烙印を押された物だったのだが……、忍者道具っぽいから欲しい。と強請ったチャイカの手に渡り、やっぱり使いこなせず、使いこなすためのスキルに心当たりがあったウナルルへ。と言う経緯で持ち主を変えて行ったのである。

 スキル【鋼糸】。本来は【罠】アビリティに属する、ワイヤ・トラップを仕掛けるためのスキルで、特に珍しい物でもない。

 だが、勘違いしたウナルルは修練の末、【剣術】アビリティ内にもこのスキルを持っていた。普通ではそうはならない筈なので、隠しスキルの類であろう。

 結局のところ、高周波カッターとしての性能より、ウナルルの腕で斬っている。と言えた。


 とにかく、そんな意外性のある武器は、良い具合に武士達の混乱を煽る事となった。圧倒的殺傷力を以って戦場を駆け抜ける、目視も難しい極細ワイヤを操るウナルルを相手に、対策を見出せなくなっていた。

 障害を突破出来たと思ったら、その先は地雷原。しかも、立ち止まった隙に、鋼糸と手裏剣によって殲滅。


 未だ、たった1人による防衛線を、突破出来ない。


 唸りを上げるワイヤが、次々にと人を切り裂いて行く。此処まで来ると、最早別ジャンルのゲームの様であった。何と言うか、化け物から逃げ回る、パニック・ホラー系の。

 そうした恐怖を武士達が感じている事は、ウナルルにも伝わって来た。恐怖は判断力も動きも鈍らせる。状況はウナルルに有利に推移していった。要するに、ウナルルは調子に乗っていた。とも言える。


 ピチィンッ!


「あ……」


 武士達が殆ど絶望に包まれた中、それは起きた。

 負荷に耐えかねたワイヤが、切れたのである。

 やってしまった。とは思うウナルルであったが、そこで思考を停止させはしない。使えない物は使えない。戦場で素早い切り替えは必須である。


 高周波カッターは、言わば高速で何度も切りつけている様な物である。故に、刃の損耗も激しい。切る対象に合わせて最適な周波数を選択出来るなら話は変わってくるが、流石にそこまで出来る技術があろう筈もない。

 若しくは、刃物として使えるだけの細さと十分な強度を両立したワイヤを鍛えるだけの技術が、まだ確立していない。と言うべきか。

 ウナルルも、そこまで負担を掛けた使い方をしたのはこれが初めてなので、どの段階で壊れるか? 限度が解っていなかったのだ。大体、壊していたら、今ここに無い。


「チャンスだ! やっちまえ!」


 そして、武士達はウナルルに殺到し始めた。無視しろ。との命令を無視して。

 実際はチャンスでも何でもない。そのワイヤを使い始める前でさえ、一方的に蹂躙されていたのだ。

 そもそも、逃げ回り離れた間合いにいる敵を倒すために持ち出されたワイヤである。敵が自ら寄って来てくれるなら、無くとも被害に大差はないのだ。

 ならば何故そんな判断をしたのか? と問われれば、それは、ある種の防衛本能の表れであった。敵を避け、それでも追い縋られて背後から討たれるよりは、正面から立ち向かった方がまだマシである。即ち、決死の覚悟である。

 しかし、そんな悲壮な覚悟なんて、指揮官からしてみれば迷惑以外の何物でもないんですよねぇ。と、ウナルルはほくそ笑む。これは最初からジワジワと仕込み続けた、恐怖が効いて来たのだ。

 命令を聞かない軍隊など、暴徒とどれだけ違うと言うのか。

 この敵は絶対にここで倒しておかねば! と言う、強迫観念に囚われ、それが正しいと思い込んでいるのだ。それだけ、彼等の中で、ウナルルという脅威は肥大化していた。いや、ウナルル自身がそうさせていたのだ。


 そして、何の策も無くただひたすらに敵に殺到すれば、結果は日を見るより明らかであった。まるでただ殺されるためだけに吸い寄せられている様にすら見える。それは、人をミキサーに放り込んでいる。との比喩が、比喩とならない程だ。

 だが武士達はそれでもなお、恐怖に立ち向かう程度の気概は持ち合わせていた。つまりは、まだ心の支えとなる何かがあるのだろう。

 それを折るまでもう一踏ん張りしますか。と、残り少ない『持久力』が尽きる前にそれが成せる事を祈りつつ、何時その時が来ても良い様に、より神経を研ぎ澄ますウナルルであった。




 たった1人の少女を相手に、手も足も出ないなどと……!


 十勝攻略部隊の総大将を任されていた過激世は、滅多に見る事の出来ない、一騎当千級が実際に千人以上を圧倒する有様を前に、言葉を失う他なかった。


 立ちはだかるアイヌ民族衣装を纏う少女、ウナルルだが、過激世はその名を知らなかった。その特徴的な装いと、類稀な戦闘力からすれば、名が聞こえて来てもおかしくなさそうな物だが。

 一部の戦闘狂プレイヤー達は、事前の情報収集は攻略本片手にゲームする様な物だから面白味に欠ける。とか言って態と調べたりしなかったのだが、過激世は寧ろ綿密な情報収集で戦略を組み立てる事を楽しむタイプのプレイヤーである。しかし、それでも、有力プレイヤーとして挙げられたリストの中に、ウナルルの名は無かった。

 ならば今からでも情報を得るべきだろう。と、過激世はパニックが伝染しない様、前線の部隊を切り離し、少し離れた場所で彼女を観察する事にしたのだが……。

 過激世の判断は甘かったのか、情報収集と言いながらも、対策の糸口も見えぬままここまでの被害を出し、更には焦りからほぼ無策で突っ込ませると言う失態を演じてしまった。

 普通、たった1人で足止めなどする筈がない。ならば罠を仕掛ける位はしているだろう。とは、過激世も予測出来ていた。その事が頭から飛んでしまう程、ウナルルの強さは衝撃的だったのだ。

 結果、地雷原と化け物に挟まれる事になった部隊の末路は、悲惨の一言に尽きる。


「……あ」


 誰かが呟いた。


悪路王(あくろおう)……」


 と。それは静かに、しかし、確かに伝播して行く。


 悪路王。嘗て東北で暴れていた、蝦夷の首魁の事である。

 伝承によっては鬼とも語られるそれは、アイヌ民族衣装を纏うこの化け物を表すのに、相応しく思えた。

 アイヌは文字文化を持たないため、記録に残っているのは倭人側の物になるが、敵から見ても鬼と称された程の猛者。間違っても小者などではあるまい。


 ここは魔境、蝦夷地。生半可な力では、立ち入る事は許されない。

 この地を統べるのは、アイヌの守護鬼神、『悪路王』。

 その御前に立てるのは、選ばれし強者だけである。

 身の程を弁えぬ愚か者は、この世の地獄を見るであろう。


 ……彼等の中では、こんなストーリーが出来上がっていた。

 ウナルルの扱いは、完全にレイド・ボスである。いや、これだけの大軍を相手に拮抗するどころか、押し返しかねない彼女は、それ以上だとも言えるが。


 マズイ傾向だ。と、過激世は舌打ちする。

 相手が単なる強敵ではなく、伝説的な化け物。と言う認識に摩り替わりつつある。修行すれば辿り着ける可能性のある一騎当千級とは、また一線を隔する存在である。と。


「過激世のダンナよ。これ以上はちっとマズイんじゃないか? 十勝攻めに支障が出るぜ」

「『士気』の低下も危うい。既にNPC共はおろか、プレイヤー達までが言う事を聞かなくなっておろうが」

「お前等、か……」


 掛けられた声に、過激世は己が少し安堵しているのを感じた。

 何せこの2人、喰貝(くうかい)岩塵(がんじん)は、一騎当千級の4位と5位である。相手も一騎当千級とは言え、こちらは2人。これなら勝てる。……と思った過激世だが、彼等はライバル関係にあり、協力して事に当たるか? と問われれば、……ちょっと微妙。


「と言う訳で、ここは俺等が出るしかねぇだろ」


 気楽な調子で喰貝は言うが、彼もそれなりには緊張してはいた。このクラスの敵を相手取る事など、滅多にありはしない。


「俺等……、やはり2人掛りでやる気か?」


 そうしてくれれば、過激世としてもありがたいのだが……。


「つーか、岩塵よ。十勝でのスコアで勝負しよう。って言ってた件だがよ。代わりにアレを倒した方の勝ち。って事にしね?」

「……良かろう。あれ程の猛者、街1つ落とす武勲に匹敵しよう」

「だな。アレの後じゃ、田舎町1つ潰す位、大して面白くもなさそうだしな」

「…………」


 真面目にやってくれ。と言いたい過激世であったが、下手な事を言ってヤル気に水を差せば、かえって悪い結果になるかも? と思い、結局何も言わない事にした。

 そして、人ごみの中に紛れていく2人。良くもあの混乱の中を、スイスイと動けるものである。

 その様子を見、態度こそ軽いもののちゃんと真面目にやっているのだな。と感心する過激世。

 喰貝と岩塵は、それぞれに人の流れをコントロールしていた。より有利なチャンスを求めて。その程度出来なければ、チュートリアル・モードで千人倒すなど夢のまた夢なのだ。


 その少し後だった。状況に変化が訪れたのは。

 ウナルルがそれまで調子良く、リズミカルとさえ言える様に斬り捨てて来た人波が、一瞬途切れた。

 それは意図的に仕組まれた物であった。だからこそ、ウナルルの想定との誤差が、リズムの僅かな崩れとなって表れた。

 その瞬間を衝いて槍が飛び出して来る。十字槍が、しかも2つ。片方は左斜め前。もう片方は右斜め後ろから。対応し難い、武器を持たぬ側と視界の外側。

 放つは一騎当千級の喰貝と岩塵。それだけで、普通なら詰んでいる。


 ……ウナルルは普通ではなかったが。


 前からの槍は踏み付けられ、背後からの槍は後ろも見ぬまま短刀で受け流される。

 流石にそれだけで決まるとは思ってはいなかった2人だが、余りにもアッサリと対処された事に驚きを隠せない。だが、細かい理屈はともかく、凌がれた事には違いない。そして、多少の失敗に動揺し立ち止まる様では、一騎当千には至れない。

 喰貝は踏み付けられた槍を手放し、腰の刀で居合いを試みる。

 岩塵は受け流される勢いに逆らわず間合いを詰め、寸鉄を握りこんだ拳で後頭部を狙う。

 しかし、それはやや無理のある切り替えだ。そもそも、必殺を旨とする技はそれ相応の力を割くため、失敗した時の隙も大きくなる物。一見何とか対応した様に見えるが、その所為で余裕は全く無くなった。と言って良い。

 2人はここで逃げるべきだったのだ。必殺技を苦も無く捌かれた時点で、破れかぶれに繰り出した程度の技では通じないと悟らねばならなかった。

 何せ、ウナルルはこの2人より、余程余裕のある状態だったのだから。


 ウナルルは身を捻りながら、喰貝の刀の柄頭を軽く蹴り、居合いのタイミングを外す。と同時に、岩塵の槍を捻り、彼の踏み込みの邪魔になる位置に持って行く。

 ただ、それだけだ。それだけで、2人は最早何も出来なくされてしまった。

 無理をして繰り出した技は、言わば捨て身技である。それが通じなければ、死に体となるのみ。止めを刺されるのを待つだけの身だ。武術に置ける『一本』を取られた状態。と言えば解り易いか。

 ウナルルはそのままの勢いで宙で1回転。2人の首が、同時に掻き斬られた。


「…………」


 一騎当千級2人を瞬殺。その光景に誰もが言葉を失う中、ウナルルはふわり、と優雅に舞い降りる。

 その背後では、首から血を吹き出しつつ、2人の死体が倒れ伏すところであった。その血飛沫が、ウナルルの背に緋色の翼が羽ばたいているかの様に見えた。

 それは(さなが)ら、死を撒く破壊の天使。……要するに、格好付けの演出である。


「余裕振りおって……」


 過激世は忌々し気に呟いた。演出を入れる余裕がある程、簡単に撃破されて仕舞ったのだ。現状で出し得る最高の戦力が、だ。

 だが、そこら辺の雑兵達にとっては、忌々しいと思うどころではなかった。一騎当千級が当たる事で、辛うじてパニックが抑えられ、持ち堪えていたのだ。

 その彼等がアッサリと返り討ちにあった。実際には一瞬の内にも攻防があったのだが、遠目に見れば不用意に突っ込んでは殺られただけ。にしか見えないのである。

 と、なれば……、


「う……、わぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 悲鳴を上げて、逃げ出す者が遂に出た。


「コラッ! 落ち着かんかっ!」


 と言って落ち着く様なら、最初からパニックになりはしない。

 過激世は、これもあの役立たず共の所為だ。と思いつつ、何とか立て直そうとする。あの2人がもう少し慎重に戦ってくれれば、こんな苦労は要らなかったのだ。

 一見、2人で協力して挟撃した様にも見えるが、事実は我先にと功を焦った結果、同時に仕掛ける事になっただけだった。

 真剣に相手を倒す事を考えたなら、他に幾らでも遣り様はあった筈である。少なくとも、相手にチャンスを与えない戦い方も出来ただろう。

 早い話が、過激世の悪い予感が当たった訳だ。あの挟撃を同時に捌ける腕前は想定し辛いとは言え、あの2人は互いの競争に気を取られ、敵に向ける注意が疎かになっていたのだ。……同格の者と闘う機会の少ない事による弊害、とも言えた。


「くぅ……。撤退だ! 各部隊は配下を取り纏め、速やかに撤退させろ!」


 過激世には最早、パニックを抑える方法は、彼等の望み通り逃げ出す以外に思い付かなかった。

 しかし、それは悪手であった。……結果論だが。

 逃げれば、無防備な背中を晒す。しかも、重い具足を身に付けた武士達は、ウナルルから逃げ切れる様な速さで走れない。

 次々にと討たれる武士達。その所為で、撤退もままならない。


「くそぅ……! 何故こうまで一方的に!」


 過激世は悪態を吐く。確かに、相手は恐ろしく強い。しかし、一騎当千級との戦闘経験は、無い訳ではないのだ。これほどまでパニックになるのは、どう考えても不自然である。

 ふと、過激世の脳裏に、先程のウナルルの演出が、恐怖と共に再生される。自分もそれ程の恐怖を、何時の間にか刷り込まれていた事を察し……、愕然とした。


「まさか……、最初からそのつもりで……!」


 ウナルルが一体何をやっていたのか。過激世は気付いた。


「視線誘導と、思考誘導かっ!」


 人間は怪我の箇所を素早く発見するため、赤い物に注意が向き易い。それが正に血の色なら尚更だ。

 彼方此方で血飛沫が上がる度、思わず注目してしまう。

 それによって視線が揺らされ、その都度、味方の死によってビクッ! となるのである。しかもそれが一定のリズムで。まるで、揺れる振り子の如く。

 その結果がどうなるのか? 即ち、


 催眠術のリアル・スキル。


 勿論、その内容は恐怖の増大だ。

 そう考えれば、喰貝と岩塵も、普通に戦ったのでは通用しない。と思い込まされ、ドサクサ紛れの不意打ちを選んだのが、しくじった原因とも考えられる。

 ドサクサに紛れるのに労力を支払ったため、不意打ちが通用しなければ、全力の籠らないぬるい技でしかなかったのだ。


「そんな物持ち出しおって! リアル・チートがっ!」


 とは言え、心理戦は戦術としてアリなので、文句を言う筋合いでもない。

 相手は想定以上の化け物。それなりの戦力が殿を務めなければ、撤退しようにも、このままでは殲滅される恐れすらある。


「儂等で足止めする他ない、か……」


 過激世の周りには、過激世と良く似た装いの武将達が3人。覚悟を決めた面持ちで控えていた。

 彼等は一騎当千とまでは行かなくとも、5百は行ける猛者達である。彼等が綿密な作戦で連係を取れれば、一騎当千と言えども討ち取れない事も無い。

 そもそも、相手が強いからと言って何時も一方的にやられていては、ゲームとして成り立たない。戦略シミュレーションなのだから、策略で勝てるのが普通なのだ。


 『戦国KARUMA』の常識で言えば、一騎当千を成すには、正面戦闘での強さより経戦能力、『持久力』や武器類の損耗等のマネジメントの方が重要である。強さ自体はある程度以上は大差なかったりするのだが……。

 ウナルルについてはそんな常識が期待出来ない。ゲームが違う、ルールが違う事を差し引いても、規格外、と言う他ない。彼等が練習して来た自慢のフォーメーションを以ってしても、倒せる自信が湧いて来ない。


「悪路王め……!」


 過激世は、未だ名も知らぬその敵を、誰かが呟いた字名を仮初の物として呼ぶ。


「ASURAのセッティングは、空間把握を安定処理限界まで振っておけ」


 無茶な設定でアバターを制御すれば、無駄に集中力が要る事になるが、そこまでしなければ、そもそも戦いにもならない危惧さえあるのだ。


「さぁ、者共。鬼退治だ。気合を入れて行くぞ!」




 ウナルルは逃げる敵に追い縋り、殲滅戦に移行していた。

 逃げる敵を背後から討つのは、少ないリスクで敵を減らせるチャンスである。……それはリアルの話で、《死に戻り》するだけのゲームでは、結果的には減らない。しかし、スコアを稼げる事には違いないので、最終的な判定によっては、奪われた土地を取り戻す足しになるかも知れない。

 まぁ、罠に誘い込まれる可能性が無い訳でもないが、そんな事を気にする位なら、ウナルルも最初から1人で残ったりはしなかった。

 が、思わず足を止めるウナルル。迂闊に踏み込めば、それこそ罠のある気配が。

 その予感の正体は、わずか4人の武将だった。彼等はよく似ていた。お揃いのコーディネートだ。


「我は泰羅(たいら)過激世!」

「泰羅真坂怒(まさかど)!」

「泰羅毀誉銛(きよもり)!」

派等(はら)泰羅!」

「我等、泰羅四兄弟! お相手仕る!」


 何か1人、変なのが混じってた。


「汝も一角(ひとかど)の武人と見る! 名をお聞かせ願おう!」


 過激世は一応、武士としての礼を通している様に装ってはいるが、本音は適当な会話での時間稼ぎがしたいだけである。……内心は、問答無用で斬り掛かられるかも? とビクビクしていたりする。

 しかし、そんな恐れとは裏腹、ウナルルは割りと普通のゲーマーである。ちゃんとゲームのマナーは解しているので、


「アイヌのウナルル」


 敵の最中で立ち止まって会話などしていては不利になる、と解っていながらも、律儀に返答を返し、4人と対峙した。


「ウナルル……、やはり聞かぬ名だ。これ程の猛者が無名とは……。素破(すっぱ)共は何をやっていたのやら……」


 過激世は愚痴を零すが、それはこの惨状の責任が、自分ではなく素破の所為だ。と、責任転換をしているのに等しい。まぁ、これだけの被害を出してしまえば、そう思いたい気持ちも解らなくはないが。


「ともあれ、このままむざむざと殺られはせん!」


 何とか気持ちを切り替えた過激世の言葉を合図に、3人は、サッ、と散開してウナルルを取り囲んだ。

 ウナルルの方はそれを防ぐ事も出来たろうが、いい加減、一々雑兵を屠るのにも厭きて来ていたのだ。集中力が切れかけている、とも言う。トップ・プレイヤーらしき強者を倒し、ある程度の目標を達してしまった所為もある。

 故に、このままでは、遠からず致命的なミスをしそうな予感があったのだ。だからこそ、緊張感のある相手との戦いは、気を引き締めるのにも丁度良いだろう。と。


「行くぞ! 『フォーメーション・Z』!」


 ディアナの影響なのか、無駄に横文字の作戦名である。……大昔のシューティング・ゲームは何の関係も無い。念のため。

 その合図と共に槍を構え、ウナルルの四方を囲んだ過激世達は、少しずつ位置を入れ替えながら襲い掛かる。

 似た様な姿格好の武将、しかも微妙に特技が違う者達による連携技。どれが誰だかを勘違いし、対処を誤れば、アッサリ仕留められる事もあり得る。そう言う技らしい。


「ありがちな技ではありますが……、厄介な……」


 ありがちなのは有効的であるが故、似た様な物が彼方此方で見られるからなのであり、その馬鹿っぽい作戦名とは裏腹、地味に厄介である。しかも、元より油断するつもりも無かったウナルルの想定より、更に上回る程に。

 どれ程の鍛錬を積み重ねたのか。過激世達は互いの動きを完全に予測・把握出来ており、連係の理想形と呼んでも差し支えないレベルの完成度である。

 『一騎当千』の称号を持つ者が、多数を一人で相手取るためにプレイヤー・スキルを極めた者である。と言うのなら、格上を数人掛りで封じるためにプレイヤー・スキルを鍛えて来たのが彼等であった。真逆の方向性ではあるが、どちらもゲームの遊び方としては間違ってはいない。


「くっ……!」


 流石に防戦一方になるウナルル。四方を囲まれただけではこうはならない。その程度の腕であれば、乱戦時にやられていた筈である。

 ただ、先程までの乱戦においては、ウナルルが自ら積極的に動いて周囲の動きを誘導していたのだが、この武将達は陣形を維持する事に注力していた。その上で、死角からチクチクと攻撃する事も忘れてはいない。

 この状況から抜け出そうと動き回るウナルルに対し、常に彼女を中心に置く様、素早く移動する。しかも、武将達の得物は間合いの長い槍であるため、この陣形を維持される限り、ウナルルは後手に回らざるを得ない。


「これでも仕留められんかっ!」


 焦るのは、武将達も同じであった。

 あれだけ跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)していた相手を封じる事に成功した。と言えば聞こえは良いが、本来なら四方からの攻撃により相手を確実に仕留める。そう言う連係技なのだ。伊達に対一騎当千級を想定して鍛錬して来た訳ではない。

 だが、この状況が続くなら、『持久力』を大幅に消費しているウナルルの方が不利。そう思い、焦りを押さえ込み、1つのミスもしない様、彼等は集中する。

 そして、見てしまった。今尚、笑みを浮かべるウナルルを。余裕など無い筈だが、もしかしたら? と、不安を掻き立てる笑みであった。


「このままでは、埒が明きません。……奥の手を使わせて頂きます」


 本当に奥の手があるなら、宣言する意味など無い。故に、ハッタリの類である。との判断が、彼等の対応を遅らせた。それが実在した場合、もう打つ手が残っていないが故の、現実逃避、あるいは希望的憶測とも言えた。

 だが、ハッタリをする余裕すらも無い過激世達と比べれば、その差は、紙一重とは言え無視出来ない物である。


「! 気を付けろ! ハッタリじゃなさそうだ!」


 しかし、過激世が発したその忠告は、意味を成さなかった。気を付けたところでどうにかなる物ではなかったのだ。

 ただでさえ強者。それが態々奥の手にする様な物など、正に『鬼に金棒』である。


 ウナルルは、その名を呼んだ。


「《『名刀虎杖丸(クトゥネシリカ)』》」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ