危機的状況つづいてます
ザザザザザァッ!
何時降るとも分からぬ矢を警戒しながら、2人は互いから目を離さぬ様に睨み合いつつ、普段は馬が走り回っている草原を横走りで駆けていた。
戦国の合戦なら、普通は名乗り上げからの一騎打ちで始まる物なのだろうが、今回、それは無い。尤も、奇襲して置きながら名乗りを上げるのもおかしいので、互いにそんな事は気にしていなかった。
ヒュッ!
「く……っ!」
また、ディアスの近くを矢が通る。思わず身が竦み、動きが鈍る。
弓兵はそれ程多くないためか、雨霰と降る訳ではない。が、代わりに必殺の威力がある。間違っても当たってはならなかった。
「余所見してる暇があるのか?」
しかし、ディアスと違い、女武将の方はそんな事などお構い無しだ。故に動きにずっと余裕があり、ただでさえ開きのあった腕の差が、挽回の方法も思い付かない程にどう仕様も無くなっていた。
だが、矢は女武将を避けて射られている訳では無かった。かなり長距離を飛来する矢は細かい狙いは付けられないらしく、精々がディアスが予測した通り、遠目でも目立つ朱塗りの鎧に当たらない様に注意する。位の事しか出来ていなかった。
つまり、相手もディアス達と同じ様に、自力で矢に対処していた。にも係わらず、結果は雲泥の差である。
「このっ! 潰れた右目の代わりに、背中に目が付いてるのかよ!?」
「そんな訳あるか! 私の事、どんな化け物だと思ってるんだ!?」
とは言え、実際に背後からの直撃コースの矢を、振り返りもせずアッサリと避けて見せれば、ディアスがそう思ってしまうのも無理は無い。
第六感とか、それっぽい超常のスキルでも使ってるのか? などと、荒唐無稽な事を考えてしまうディアスであったが、ひょっとしたら、無いとは言い切れないのかも知れない。
「実際、化け物じゃわい! この……っ! 何故当たらんのじゃっ!?」
そして、当たらないのは矢だけではない。何度も背後から仕掛けているヤマカンの強襲も、ただの1度たりとも、掠りさえしなかった。
そもそも、普通は挟まれない様、位置取りに気を使うものである。しかし、女武将はそんな事はしなかった。
その余裕が命取り。油断であり、慢心である。とディアス達は思っていたが、現実はこの有様だ。軽くあしらわれるどころか全く歯牙にも掛からないなど、想定外にも程がある。
ギシンッ!
何度目かの攻防。刃が嫌な音を立てる。傷みが激しくなっており、あと数合もすれば折れるだろう。
「やるな……! コイツは『鶴丸』なんだぞ。それが一方的に刃毀れするとは!」
「知るかっ! 『伊達政宗』のコスプレなら、刀も『正宗』にしとけっ!」
ただし、折れそうなのは女武将の刀の方だけ。ディアスのナイフは未だ健在である。この武器の性能差が、防戦に徹しているとは言え、辛うじてディアスが持ちこたえられている大きな要因であった。
「知らないのか!? 『鶴丸』だぞ? 『名物』なんだぞ?」
「そう言う話は、歴ヲタか刀ヲタ相手にやれ!」
端から見ればまだ余裕がある様にも見えるディアスだが、実際はかなりテンパっていた。
ナイフの扱いのため【剣術】アビリティを鍛えてはいたが、それだけではとっくの昔にやられていただろう。ブシドーから預かった『柳生武芸帳』を読んでいたおかげで、なんとか太刀筋を理解出来、反応出来ている。
ありがとう。ブシドー! と、心の中で感謝しているディアスであったが、ヤマカンの方はそうは行かない。
タダでさえ重たい『森林喰らい』を振り回し、しかもその背中には更に重たいボイラーを背負っている。当然、『持久力』の消費もディアス達よりキツい物であった。
結果、ヤマカンは【移動】アビリティの低さもあり、矢を気にしながらでは、ディアス達の戦いに追い縋れなくなって来ていた。
「ヤマカン! これ以上はいい! お前は他所の応援に行け!」
「じゃが……っ!?」
「2人掛りでも仕留められないなら、人手の無駄だっ! 足止めだけなら俺1人でもやれる!」
「……任せるっ!」
まだ何か言いたそうなヤマカンであったが、それを飲み込む様にして、その場を去る。
移動している内に戦いの中心から大分外れたのか、この辺りにはあまり矢は飛んで来ない。故に、運悪く矢に当たらない様祈りつつ、相手にだけ集中すれば、確かに足止め位は出来ない事でもないだろう。
「おぉ、おぉ~。カッコつけちゃって。それは所謂、『ここは俺に任せて先に行け!』ってヤツだろ。男なら1度は言ってみたい台詞だな」
「何とでも言え。お前に指揮を執る余裕は与えん!」
「ハッ!」
ディアスの覚悟を決めた台詞を、女武将は鼻で笑った。
「内の連中は優秀だからな。必要な命令は突入前に全て済ませているから、今更どうこう言う必要など無いんだよ」
「そりゃ、羨ましい事だな」
集団戦の専門家が居ないが故に、しょっちゅう作戦が滞りがちなディアス達とはエラい違いである。
思わず漏れた言葉通り、ディアスは本気で羨ましがっていた。普段は特に必要な事ではないが、必要な時にスムーズに連係が取れないと言うのは、思ったよりストレスになっていた。
「だが、だからと言って諦める訳にはいかん! 貴様らの様な不埒者から土地を護る事こそ、屯田兵の本懐だ!」
己を鼓舞する意味も含めて、力強く宣言するディアス。しかし、本気でそう思って武術系アビリティを鍛えていた訳ではないので、単なるハッタリでしかなかった。だが、自分をも騙すハッタリと言うのは、戦いの場において結構有用だったりする。
それに対して女武将は、
「御託は良いから、さっさと来い」
と挑発する。……と言うよりは、強敵と戦うのが楽しみで、待ち切れないだけなのだが。
「クソぅ、余裕こきやがって……!」
実際は、そこまで余裕がある筈がない。ディアス達はここに人員を集中させていたし、相手は奇襲のために寡兵である。最大の問題点であった人数差が、この場に限って言えば、寧ろ逆転している位だ。
「何時までも好き勝手はさせん! お前達がここを攻めて来るのは読めていたからな」
「……は?」
ディアスが半ば自分に言い聞かせる意味も兼ね、自信満々で宣言すると、女武将は、何を言ってるんだ? とでも言いたげな、不思議そうな表情を浮かべる。
「機動力の向上のため、馬を欲したんだろうが、そうはいかん。残念だったな。幾ら奇襲だろうと、分かってれば戦力を集中出来る! この程度ではここは落とせんよ!」
実際はディアスが言う程に余裕で対処出来ている訳ではなかったが、敵側も余裕の無い奇襲を仕掛けているので、そこそこ効果的に騙せそうだ。が、しかし……
「ああ。そう言う勘違いか」
女武将の口から漏れたのは、不穏な言葉だった。何処か小馬鹿にした様な笑みと共に。
「そいつは、ただの偶然だ」
「……何を強がりを……!」
ディアスは反論するものの、自分の方が強がりを言っている自覚はあった。
「手広くやってるからなぁ。そのどれか1つ位には当たるだろ」
その可能性はディアス達も考えなくは無かったが、それは数の差を最大限に活かされた、最早手の打ち様の無い事なので、除外して考えざるを得なかったのだが。
「ここを攻めたのは偶々だ。……行き掛けの駄賃、と言っても良い」
「行き掛け……?」
つまりは、本命の序で。ディアス達は、その本命を読めていなかったと言うのだ。
「内の虚重牢が、『馬を増やしたい』って言ってたんでな。まぁ、盗れるモンなら盗っとこう。ってな」
だから、まぁ。強ち間違った読みでもないけどな。と言う女武将。
「けどそれは、序でにお使いを頼まれた様な物だ。私自身の狙いは……十勝だ」
「何……?」
その言葉に動揺するディアス。
十勝の名を出されたのもさる事ながら、相手が態々目的をペラペラと喋る意味が分からない。寧ろ、ミス・リードを狙った偽情報の可能性すらある。
「それに、それは私達だけの話だ。他の藩はそれぞれの事情で、それぞれ好き勝手に彼方此方に攻め入ってる頃合だろうよ」
だから、十勝以外にも、上川、空知、留萌の地域には、侵略の手が伸びていた。……ここの様に、細かな序での侵略も加えれば、どれ程の土地が脅威に晒されているのか。それを想像したディアスは目眩に襲われた。どう考えても、手が足りない。
「まさか……、指揮系統を全く統一していないのか?」
「いや。一応、藩毎には纏まってるぞ。……多分」
殆どの藩の賛同を得、こうして遠征が実現したものの、何にメリットを見出したのかはそれぞれの事情が異なるため、無理に足並みを揃えようとすれば、逆に効率が落ちるだろう。
そう言う意味では、互いの足を引っ張らない事にだけ注意しつつ、好き勝手にやるのは理に適っていた。
「リアルなら、『だから降伏しろ』とか言うところなんだろうが、精々足掻いて楽しませて…ッ!?」
その台詞の途中で、ディアスは不意打ち気味に仕掛けた。
そもそも指揮官クラスの大物の足止め、時間稼ぎのつもりだったので、適当な話題を振って無駄話をしたりもしたのだ。だが、十勝も危険に晒されていると言うなら、そうもしていられない。速攻で状況終了させる。ディアスはそう決意した。
使われた攻撃手段は手裏剣。伊賀忍者が使う様な十字手裏剣である。……チャイカに頼まれて作った物の、余りである。
幾ら不意打ちとは言え、背後からの矢すらかわす相手に、そんな物が通じる筈など……
パキン!
相手の目前で、4つに割れる十字手裏剣。そして、それぞれが圧縮空気を吹き出し、ランダムに飛び回る。しかもそれらがワイヤで繋がっているのだから、
「くぅ……っ!」
女武将は珍しく焦りを顔に浮かべ、ワイヤに絡み取られない様、大きく飛び退いてかわすしかなかった。しかし、立て続けに3つ4つと投げられた手裏剣に完全に対処するのは無理があったのか、幾つかは絡まって、僅かばかり動きが鈍る。
しかし、絡まったとは言っても、雁字搦めとなった訳でもない。やはり思った通り、大した効果は望めないな。と、ディアスの表情は曇る。
本来であれば屋内で使用し、ワイヤを張り巡らす事で敵の足止めを想定した物なのだ。正しい使い方をしなければ、道具はその真価を発揮しない。当たり前の話であった。ただ絡め取りたいだけなら、ボーラでも投げた方が良かっただろう。
だが、その効果の程はさておき、見知らぬアイテムには対処が遅れる事にディアスは気付いた。相手の異様な回避能力のカラクリはまだ見切っていないが、予知能力的に最初から分かっていたかの様に、どんな攻撃でも余裕でかわす。と言う程都合の良い物ではない様である。
ならば、意表を突けるアイテムを、使えるだけ使って押し切るのみ。……尤も、そんなネタ・アイテムを常備している訳でもないので、今現在、ディアスが持っているアイテムだけで、女武将を詰みまで追い込めるかどうか? 些か分の悪い賭けである。
とりあえず、ディアスは銃を隠した左袖をさり気無く向けてみるものの、やはり先程使ったところを見られていたらしく、警戒して射線に入ってくれない。
だが、牽制に位はなりそうなので、その隙にアイテム・バッグから十手を取り出し装備。長さが1m程もある、本気で刀剣類と打ち合う事を想定した、実戦用の物である。
「電磁十手~!」
「何が電磁十手、だ! まさか、スタン・スティックの類でもあるまいし!?」
と言ったところで、女武将はその十手の柄から電源ケーブルらしき物が伸びているのに気が付いた。だとすれば、迂闊に触れる事も出来ない。しかし、
ガチッ!
「なっ!?」
刀が勝手に十手に引き寄せられ、くっ付いた。
「って、電磁石かっ!」
「今更気付いても遅い!」
これで好き勝手に動けない筈。と、ディアスは今度こそとばかりに再度左腕を向けると、女武将はそれが完了する前に自ら間合いを詰め、脇差を抜刀。
「くっ!」
ディアスは発砲を諦め、後退しようとするも、電磁石が逆に己の枷となって十分に避けきれない。
結果、胴を薙ぎ払われる事は免れたものの、電源ケーブルは切断され、電磁十手はただの十手になってしまう。
しかも後先考えずに後ろに跳び退ったので、体勢が悪い。ここで追撃されては拙い。と、ディアスは次のギミックを作動。肩越しと脇の下から飛び出す4本のアーム。その先端には、幾つもの反しのある槍が備わっていた。
それを見た瞬間、女武将は今までのパターンから察したのだろう。即座に横っ飛びに正面から逃れる。
バシュッ!
一瞬の後だった。その槍が射出されたのは。
槍は本体とワイヤで繋がっており、獲物に打ち込んではワイヤで手繰り寄せる、狩猟用の道具に近いイメージがある。
このアイテムの名は『アンカー・ハーネス(仮)』。
冒険中の高所からの落下を想定し、アンカーを適当な所に打ち込んで落下を免れる。と言う代物。アンカーが4つもあるのは、成功率を高めるためと、1本辺りの負担を減らすためである。
しかし、射出装置の威力不足で、アンカーがちゃんと刺さる保証の無い未完成品である。だから、その名も(仮)が付いている。
威力不足は、邪魔にならない様に小型化した弊害なのだが、その小型化のため、何も装備していない様に見えていきなり飛び出す槍は、どう考えても隠し武器としての用途を想定しているだろ。と仲間内からのツッコミを受けた物である。
だが、外れて地面に刺さってしまっては、自身の動きを妨げるだけの物になってしまう。それ程深く刺さった訳ではないので、巻取り機構で引っこ抜く事も可能だろうが、相手がそれを見過ごしてくれる。などと楽観的な事は、ディアスは考えていない。
ディアスは即座にアームをパージ。次の手を、と思ったところで、早くも手詰まりとなってしまった。
まだ、アイテムはある。出し惜しみをするつもりも無い。しかし、ここは牧場なのだ。牧草地帯なのだ。故に濃縮農薬は拙いし、金属片をバラ撒く榴弾の類も、家畜が誤って食べてしまう問題があるので、出来れば使いたくない。
農民としての意識が、ディアスの選択肢を狭めさせていた。
一方、女武将の方は、ディアスが止まったのを機に攻めに転じる訳でもなく、絡まったワイヤの処理を優先した。
両手の刀を擦り合わせ、鋏の様にワイヤを剪断する。いともアッサリやってのけるが、かなりの力量を要する技である。
女武将は、ディアスに隙が出来た。などとは考えていない。一見そう見えようが、得体の知れない奇抜なギミックのアイテムと、それらを使いこなす理解と練度があれば、常人には不可能な状況からの反撃すらあり得る。
真っ当な開拓に必要とも思えないその出鱈目さは、どれだけ正規のプレイ・スタイルから外れていれば到達するのか? 想像すら難しい。
「そうか……」
そんな異常なプレイヤーは、当然の様に目立ち、女武将もその噂に心当たりがあった。
「お前が『ディアス』かっ!」
女武将は狂喜した。噂で聞いていた通り、ディアスは闘いについては大した事はない。俄仕込みの技で何とか頑張っているものの、所詮素人に毛が生えた程度でしかない。しかし、それが故に、出鱈目な方法でその差を埋めようと、普通じゃない手段がゴロゴロ出て来る。
戦略シミュレーションをプレイする者にとって、新戦法・新戦術は、喉から手が出る程欲しいご褒美である。当然、新兵器も同様だ。特に新兵器に関しては、『戦国KARUMA』の技術制限の設定上、滅多にお目にかかれない。それが目の前で次々に披露されたのだ。
「お前が相手ならば、私も名乗らない訳には行くまい。私の名は、『ディアナ』だ。仙台藩の頭を張っている」
だからこそ、ディアナはディアスに対し、最大限の警戒と敬意を持って当たる。
「名前が横文字!? 何で!?」
「それは私が傾き者だからだ!」
だから、名前も傾いて横になったと。……どうでもいい洒落である。
まぁ、『ディアナ』と言うのは月の女神の名でもあるからして、三日月の前立てがトレード・マークの伊達政宗のコスプレには意外と似合っているのかも知れないが。とか、ディアスは妙に納得してしまった。
「噂に違わぬイカレたヤツだな。ASURAを使いこなしている様にも見えないが、それでもこれ程の物か……」
「は? アスラ? って何だよ……?」
ディアスの疑問に、そこまで説明してやる義理は無い。とばかりに、ディアナは二刀を構え、ジリジリと間合いを詰める。
「何か、厨二っぽい用語言われても……、って、そんな場合じゃないな」
先程ワイヤを剪断した技からも解る様に、ディアナは二刀同時に扱うのも手馴れているのは間違いない。格好付けで二刀流をやっているヤツ等とは一線を画する、堂に入った構えである。その完成度からすれば、こちらの方が本来の戦闘スタイルの様だった。
即ち、今までは手加減されていたのだと改めて思い知り、ディアスに緊張が走る。最早、後の事など考えている余裕は無い。
「二刀使う位でビビると思うなよ。六刀なら怖かったけどな! 版権的に!」
などとよく解らん強がりを言いつつ、ディアスも多少の損害は許容する方向で覚悟を決め、次のアイテムを用意する。
ディアスが選択したのは、強風でも消えない、アウト・ドア用の特殊燃料。と称した、実際にはナパーム弾の中身に使われていてもおかしくない、ヤバイ物である。
これなら最悪の場合、辺り一面焼け野原にする覚悟さえあれば、力量に関係無く何とか相打ち、共に焼死体になる。位には持ち込めるだろう。……周りの皆には、滅茶苦茶怒られるだろうが。
互いに必殺の間合いを探り、ジリジリと近付いたり遠ざかったりしていたが、それが実行に移される事は無かった。
パン! パン! パン!
と、空から響く炸裂音。
その異変に、2人共大きく間合いを外しては空を見上げる。
赤、赤、青。そこには、3つの煙が浮かんでいた。
信号弾。それを見たディアスの顔が引き攣る。その信号の意味を察したから、ではない。
ディアス達が準備していた信号弾は、発光型である。発煙型の信号弾は、ここで使う予定はなかった。
「まぁ、中々面白かったよ。……また何処かの戦場で会おう」
『戦国KARUMA』側の信号弾だったのだ。
ディアナは緊張を解かぬまま、しかしその構えから攻めの意思が消える。明らかに撤収する姿勢だ。
「まさか……、もう終わってしまった、のか……?」
ディアスが思わず漏らした台詞に、ディアナはニヤリ、と笑う。少なくとも、彼女等の想定していた目標は果たされたらしかった。
「主力プレイヤーの足止め、は、お互い様だったって事さ」
それを肯定する様に、騎馬武者が1騎、ディアナを迎えに来たのか、この場に走り寄って来ていた。
ディアナは騎馬武者に引き上げられつつ馬に飛び乗ると、最後にディアスにチラリと一瞥をくれ、そのまま走り去っていった。
完全な敗北である。それなりに色々用意していたにも拘らず、だ。
あまりの事に、呆けて立ち尽くすディアス。しかし、何時までもそうもしていられない。
ディアスは慌てて通信機能を立ち上げる。ディアナの言った通りなら、同時多発的に各地が襲われていてもおかしくない。
だが、そんな焦るディアスを嘲笑うかのごとく、
《圏外》
「何でだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
《通信》は一切、何処にも繋がらなかった。
思わず疑問の言葉が口を突いて出たが、ディアスは何となく察した。《通信》が不通になる原因など、そう多くはない。
「ディアス。大変じゃぁぁぁぁぁぁっ!」
大方の敵は撤退した様で、向こうも一段落着いたのか、ヤマカンが慌てて走り寄って来る。何処か別の場所で戦っていたらしいシモヘイも一緒だ。どうやら、2人共《死に戻り》は免れたらしい。
そして、何が『大変』なのか。おそらくは、ディアスも今し方確認した、通信機能が使えない件であろうとは想像に難くない。
「ヤツ等、『転移室』を破壊して行きよった!」
「やっぱり、か……」
『TONDEN FARMER』では『転移室』が《通信》の中継基地を担っているので、『転移室』の無い場所では通信機能は使えない。
そしてそれは、連絡が取れないどころか、素早く他の地域に移動出来なくなったと言う、数の少なさを補う移動能力が損なわれた事に他ならず、かなり致命的な状況であった。
「ヤマカン! 資材を掻き集めさせろ! 『転移室』を再建して、十勝まで撤退する!」
ディアスは方針を伝える。急いで再建すれば、十勝攻めを担っている部隊より、先に帰り着けるだろう。
ここからどう反撃するにも、拠点に帰らねば碌な事が出来やしない。
「他も無事だと良いんだが……」
しかし、今のディアス達には、それを気にするだけで精一杯。手を差し伸べられる余裕は無かった。
その頃、マゼラン達は……
「くそっ! んなモンまで用意しやがって!」
マゼランは毒吐きながら、無駄と知りつつもショット・ガンを連射していた。
バキャァァァァァンッ!
鋭い音を立て、散弾が鋼鉄の楯に弾かれる。スラッグ弾ならまだ足止めの効果を期待出来たのだが、それは既に撃ち尽くしていた。
それでも散弾なら、何処か楯の隙間からまぐれ当たりがあるかも知れない。と期待して撃ち続けているのだった。
状況は最悪に近い。
トラップは殆ど役に立ってはくれなかった。全くの無駄ではない。確かに、ある程度の効果はあった。だが、それが故か、敵は冷静に罠の解除を行い、仕留めたのは精々20に満たない程度である。
用意していた罠が精々ワイヤ・トラップ程度の単純な物なので、忍者の持つ【罠】アビリティで対応されてしまったのだ。戦国時代には無い、何か複雑な仕掛けのトラップなら、そう簡単には行かなかったのだろうが、そんな物を大量に仕掛けるのは現実的ではない。
そして、更に問題なのが、今目の当たりにしている、銃弾すら受け付けぬ強固な楯である。
リアルでは楯はとっくの昔に廃れたしまった物である。何故なら、武器の威力が上がるにつれ、それを防げる楯を作ると、人間が運用するには無理のある重量になってしまったからだ。
しかし、このゲーム内ではその辺の事情と言うか、前提条件が違う。アバターはリアルの人間より力があるのだ。かなり分厚い圧延鋼板の楯を、軽々と持ち運べる程度には。
そして、当たり前の話だが、戦国時代に『圧延鋼板』などと言う物は無い。即ち、それが大量に用意出来ていると言う事は、『TONDEN FARMER』の生産職プレイヤーが、少なからず『戦国KARUMA』側に協力している。と言う事に他ならない。
「畜生! やってらんねぇなっ!」
だからこそ、マゼランは相当追い詰められていた。現在の状況はともかく、それ以上に明るい展望が見えてこない事に、だ。
「ヨサク! 何か良い手は思いつかねぇか!?」
「そんなんあったら、最初っからやってるだよ!」
もう、何の手も残っていない。そして、悪足掻きにしかなっていない銃撃も、残弾残り僅か。
「こんな事なら、何が何でも対物ライフル手に入れておくべきだった!」
そう愚痴るマゼランだったが、それだけで何とかなる程甘くはない。しかし、対物ライフルならあの厄介な楯をも貫ける。その事実だけで、今よりは余裕のある状況になっただろう。
銃撃が全く効かないからこそ、敵はあれだけ歩調も乱さず進軍出来ているのだ。だが楯で防げぬ銃撃には、敵も警戒せざるを得ないし、冷静さを保つのも難しくなるだろう。誰しも、無意味に矢面に立ちたい訳ではない。そうなれば、上手く敵を罠に追い込む戦法も、あるいは可能だったのかも知れない。
「マゼラン! もう諦めて逃げるだよ!」
「御託はいいから、お前も攻撃しろ!」
「オラは銃なんて持ってねぇだよ。トマホークも全部投げてまって残ってねぇだよ!」
オラの斧コレクションが台無しだべ! とか喚くヨサクだが、その大事なコレクションを使ってしまってまで、多少は足止めに貢献していた。
「使えん……っ!」
だが、対するマゼランの反応は冷たい。これには、ヨサクも反論せざるを得ない。
「そだな事言われたって、樵に戦闘力を期待されても困るだよ!」
ヨサクの言い訳も尤もである。そして、ヨサク以外の樵は既に逃げている。戦力にならないのなら、足手纏いにならない様に逃げるのは、正しい判断である。
この状況は、戦地になるかも知れない場所に赴くのに、戦闘職のプレイヤーを集められなかった、マゼランの人望の無さ、友好関係の狭さを表した結果とも言えた。
敵の数と罠が碌に通用しなかった事を考えれば、多少の戦力を揃えたところで、どの道、大差は無かっただろうが。
ガチンッ!
弾切れ。撃鉄が空打ちする音だけが響く。
マゼランはアイテム・バッグから予備の弾薬を取り出すと、手早くリロードする。
先程から何度か、こうして弾切れになっているが、敵軍はリロードの隙を突いて襲い掛かる様なマネはしない。一定のペースで、ジリジリと進むだけだ。チャンスに焦り隊列を乱すより、何時か確実に訪れる、予備弾すら無くなる時を待っている様だった。……そんな地味な戦い方の何処が面白いのか、マゼランには解らなかったが。
尤も、武士達からしてみれば、これは単なる道中の障害であり、敵の規模から言っても前哨戦とすら思っていない。ここで無茶をして《死に戻り》し、本番の戦に参加出来ないなど、本末転倒でしかないのだ。だからこそ、事故らない様に慎重になるのは、何もおかしな事ではなかった。
「……くっ!」
マゼランの表情が、更に険しくなる。
今のリロードが、最後である。もう、弾は無い。現在銃に装填されている6発。これを撃ち尽くせば、いよいよ自作のチェーン・ソー、『不滅の刃』を振り回しつつ接近戦をするしかなくなる。
「まぁ、下手したら、その方が効果的かも知れんが」
マゼランは『不滅の刃』を振り回している自分の姿を想像し、思わず苦笑する。これでは、ホッケー・マスクを差し出したヨサクの事を言えやしない。
だが、その『不滅の刃』とて、何時までも使える物ではない。銃に弾切れがある様に、これの場合は動力源であるバッテリー切れがある。何を選択するにせよ、どの道無理しかない。
「……!」
マゼランはトリガーを引けなかった。
残りたった6発。その事実が、これをどう効果的に使おうか? と迷い、使い切ってしまった場合の不安と相俟って、結局何も出来ない。と言う事態に陥らせていた。
武に置いてやってはならない事の1つ、強力な武器や技に固執・依存し、選択肢を狭めてしまう、『居着き』と呼ばれる状態である。
「しまっ!?」
その迷いが、牽制しながら後退するのを忘れさせ、敵に間合いを詰める事を許してしまう。と言っても、何時もより少しばかり近くなっただけの事。落ち着いて対処すれば、何ら問題は無かったのだが……。
バァァァァァァンッ!
慌てて発砲してしまうマゼラン。追い詰められながら冷静さを維持出来る人間など、そうそう居るものではない。
更に悪い事に、マゼランの焦りは、無駄弾を撃ってしまっただけに留まらなかった。
バキャァァァンッ!
「あぐっ!?」
当然の様に楯に弾かれた跳弾の1つが、マゼランの右の二の腕にめり込んだ。
銃を取り落としこそしなかったが、戦闘を続けるのには大きな支障となる。弾切れの後は近接戦をしなければならない事も考えれば、尚更である。
更に選択肢が狭まった事で、マゼランはもう冷静な判断を出来なくなっていた。ダメージと相俟って、完全にパニック状態である。
そして、敵が少しずつ近付いて来ているのに、逃げる事すら上手く出来ないでいた。
「オラァァァァァッ! ボォっとしてんじゃねぇぞ!」
ドゴンッ!
轟音と共に、鋼の嵐が吹き荒れる。敵兵が楯諸共、襤褸切れの様に吹き飛ばされていた。
その轟音は銃声。いや、威力から言うなら、砲声とすら言ってよい。
そして、木々の合間から、2m程の巨漢がぬぅっと現れた。彼を巨漢たらしめているのは、背の高さではなく、筋肉達磨と言った風体の、太さである。それこそ、その手に持つ大砲と見紛うばかりの散弾銃を扱うに相応しい、パワーと重量を感じさせる体格だ。
「!? ジャック!」
「全く。ここまで持ち堪えたんだから、もう少し頑張らんかね?」
更にもう1人。吹き飛ばされ、乱れた敵の隊列に、何者かが飛び込んでは、拳銃を乱射しつつ日本刀で幾人かの首を刎ね飛ばす。そして無理はせず、即座に離脱する。
「マスターまで! 何故ここに?」
「何故も何も、救援に来たんだろうが」
「『転移パス』が無いから地道に歩いて来たんで、時間が掛かってしまったがね」
マゼランの側に並び立つ2人。オホーツク地域で会ったプレイヤー、ならず者プレイをしていたジャックと、酒場のマスターをしていたマスターである。
ここに至って、久しぶりに敵の進攻が止まった。罠解除のため、1度止まって以来であった。
思い掛けない増援に警戒したのだろう。主に、楯ごと吹き飛ばす様な強力な火砲が効いた様である。
しかも、それの専用弾と思われる物の弾帯を、ジャックは襷掛けにしていた。十分な弾数を保持している事を見せ付けているのだ。本人がそこまで考えていたかどうかは分からないが。……多分、映画か何かの真似をしただけだろう。
敵が本来であれば人間が使えぬ分厚い重量級の楯で銃弾すら防ぐと言うなら、こちらも本来であれば人間には扱えぬ大火力の火器でそれすら打ち破る。当然の道理であった。
「半ば迷惑行為覚悟で、《通信》でSOS発信し続けた甲斐があっただよ」
と、ヨサクが言う。もう打つ手が残ってなかった筈なのにこの場に残り続けたのは、呼んだ助っ人をここまで誘導するためであったらしい。全然逃げようとしないマゼランを1人、置いて行く訳にも行かなかったので、苦肉の策であろうが。
そんなヨサクを、鬱陶しいと思っていた事を心の中で詫び、マゼランは自嘲気味な笑みを浮かべる。
「ふ。何だよ、その馬鹿デカイ散弾銃は。ならず者プレイにはオーバー・スペックだろうが」
「うるせぇ。大砲は男のロマンだよ」
「マスターも。拳銃に日本刀って。ゲームや漫画じゃ見かけるが、実際やるのは馬鹿っぽいぞ」
「……ゲームなんだから、問題無かろうよ」
マゼランは軽口を叩ける程度の、幾許かの余裕を取り戻していた。
仲間が側に居る。と言うのは、心強い物である。
「じゃあ……、行くか!」
「行くな。馬鹿野郎!」
敵に突っ込もうとしたマゼランは、ジャックに首根っこを掴まれ、引き止められた。
「たった2人の増援で、あの大軍と戦える気になってんじゃねぇよ!」
……冷静な判断力までは、取り戻せていなかった様である。
実際に、敵を楯ごと吹き飛ばせる威力があるとは言え、そもそもが貫通力の低い散弾銃である。楯こそベコベコになったものの、それで致命傷を負った者は、意外と少ない。
マゼランが思っている程、情況が好転した訳ではなかった。
「そうそう。俺達ゃ、ヨサクから『マゼランが撤退に応じてくれなくて困ってる』ってSOS受けたんでな」
そう言うと、マスターもマゼランの腕を取り、拘束する。
「おい! ちょっと!?」
「撤収!」
「俺はこの場を死守する責任が!」
とか喚き、マゼランはこの期に及んで抵抗していた。
「えぇい! 面倒臭ぇ! ヨサク! もういいからやっちまえ!」
《「起爆!」》
ヨサクが《通信》で合図を送れば、
……ドドドドドドドドドド!
山頂付近で雪が弾け飛ぶ。その光景から一呼吸遅れ、響いて来る連続した爆発音。
「!」
それを見た武士達は、慌てて逃げ惑う。今度はこちら側がパニックになる番であった。
「何だ? ありゃあっ!?」
それを知らされていなかったマゼランもパニックになる。
雪崩である。
「こんな事もあろうかと、先に避難してた樵達に仕掛けさせといただよ! だから、『さっさと逃げよう』って言っただよ!」
なのにマゼランが無駄に粘るから、使うに使えなかったのだ。
「そんなモンがあるなら、そう言えよ!」
「敵の目の前で、作戦ペラペラ語る馬鹿は居ねぇだよ!」
一般的に見て、ヨサクの方が正論であろう。……多分。
「ゴチャゴチャ言ってねぇで、とっとと逃げるぞ!」
雪崩がここまで到達するには少々の時間があるとは言え、無駄話が出来る程ではない。
ジャックとマスターは、マゼランを引き摺りつつ駆け出した。目指すはこの近くにある、嘗てディアスが無計画に濫造した『転移室』の1つである。
一方、ウナルル達の方は……
アッサリ撤退していた。
撤退準備がどうこうと言う話ですらない。敵が遠くに見えただけで、とにかく撤退。すぐ撤退。不要な物は捨てて行きなさい。と、ウナルルは迷わず決定を下したのであった。
この決定に、皆ホッとしたものである。勝てない戦いを玉砕覚悟でやれ。などと言われても困るだけだ。こう言う時、素直に逃げよう。と言ってくれる指揮官はありがたい。
リアルであるなら、敵が2倍以上の戦力ならば、指揮官は闘い方より撤退の仕方を考えるのが普通だが、ゲームであるが故に、その辺の事情をリアルと同じに考える訳には行かない。それを言い出したら、この戦い、元より2倍以上どころの騒ぎではないのだ。
「逃げちゃって良かったのかねぇ……。今更だけど」
のんびりと山道を行きながら、アテルイが言う。それは、ここに居る誰もが思っていた。
敵の数は、もの凄く多かった。だからこそ、何もしないのは拙いと思うし、残っても結局は何も出来ないだろうとも思う。
それに、後始末もしないで逃げてしまったので、ちょっと注意して見れば、地雷原作ってました。とバレてしまう痕跡が残ったままなのだ。
それだけ見れば、ウナルルが酷く手抜きした、後の事を考えていない決定を下した。とも言える。そもそもやりたくない仕事を押し付けられた様な物なので、本当に手抜きしたんじゃないか? との憶測すらある。
「まぁ、ここには『猟師』も居ますから、銃撃戦とか多少の抵抗は出来たかも知れませんが……、もう逃げちゃったんだから、仕方無いじゃないですか。本当に今更、ですよ」
それを蒸し返しても、皆の士気を下げるだけである。とドロレスがアテルイを嗜める。
「それに、ウナルルさんが早めに撤退を決めてくれたから、こうして余裕を持って、安全に逃げられてるんじゃないですか」
「そりゃ、姐さんの即断即決は必要だったと思うが……」
アテルイは言葉を濁す。判断が早過ぎて、何が何だか良く解らず、この先の展開が予測出来ない。あまりにもさっさと逃げたので、敵の情報もただ『大軍』とだけしか分かっていないのだ。
「極論を言えば、何人か《死に戻り》覚悟で一当てする。ってぇ手もあったんじゃないか?」
「そう思うなら、自分でやりなさい」
「う……」
情報を得るため、とりあえずぶつかってみるのは戦術として無くはないが、ちゃんと《死に戻り》出来る保障も無い。生きたまま捕縛される可能性もあるからだ。
だから、ドロレスに指摘されたアテルイは、無責任な発言だったかなぁ。と、ちょっと反省していた。
「自分でも出来ない事を、気楽に人にやらせようとするんじゃありません。ウナルルさんに言って、本当に貴方にだけ殿をやらせますよ」
「ちょっ!?」
「ウナルルさぁ~ん! アテルイさんが、殿を買って出てくれるそうですよ~!」
「タンマ! マジ止めて! 姐さんが本気にしたらどうすんの!?」
2人の掛け合いは、見方によってはイチャイチャしている様にも見える。全く緊張感の無い、暢気な光景だが、それは彼等2人だけの事ではない。周りの皆も、適当にだらけて雑談に興じていたりする。
その雰囲気からは、敵に追われている。と言う事実は感じられない。早めに余裕を持って逃げられているし、それに、この辺の開拓の進んでいない土地は、戦国時代程にも道が整備されておらず、大軍の進行には支障があり、海岸線を大回りする必要がある。のんびり逃げても、追いつかれる心配は殆ど無かった。
故に、寧ろ彼等には、敵の脅威が迫っている事実よりも、地雷設置と言う面倒事から解放された安堵の方が大きかった。
無事帰還するまでが撤退戦です。とのセオリーは、誰も気にしていない。しかし、だからこそ、それを戒めるのがパーティー・リーダーであるウナルルの勤めである。……のだが、
「あれ……?」
何時もならそろそろウナルルが何か言って来る頃合だが、それが無い事にドロレスは違和感を覚えた。
辺りを見回してみれば、ウナルルが見つからない。
ウナルルのアイヌ民族衣装は、かなり珍しく、目立つ物である。居ればすぐ見つかるし、急に居なくなってもすぐに気付けるのだ。……何時ならば。
しかし、今ここに来ているプレイヤー達は、ウナルルが声を掛けて集まった者達。即ち、ウナルルの同好の士が大半であった。故に、アイヌ民族衣装を纏う者が其処彼処。その所為で、その何処かにウナルルが居ると思い込んでいたのだ。
「ウナルルさん?」
ドロレスの呼びかけに答える者は、居なかった。
「この辺りに居た敵の大半は、既に逃げ出した様です。追いますか?」
「そう急く事はあるまいよ。此処まで来れば、今更進撃ルートが知られたところで問題あるまい」
偵察に出ていた忍びの報告に、この軍を預かる大将は余裕を持って答えた。
そもそも5千にも上る大軍である。コソコソするのは不可能だし、敵が対策を採ったところで、正面から撃破する。そのつもりで編成されているのだ。
「……ん? 大半と言ったか?」
「はい。間も無く視界に入ると思いますが……、殿のつもりなのか、1人……」
1人では、大軍の前には何の役にも立たない。故に、忍びは自信無さそうに言う。どう言うつもりなのか知れないが、とにかくただ1人、待ち構えている事だけは確かであった。
「だったら、そいつは俺に任せてくれねぇか?」
近くを歩いていた部下の1人が、そう進言する。
「態々1人で待ち構えてる、ってこったぁ、腕に自信があるんだろうよ。折角だから、一騎打ちさせてくれよ」
「ふむ……、大軍で押し潰す方が確実だが、それは大人気無い、か」
確かに、部下の進言通り、折角なんで一騎打ち位しておいた方が、ゲーム・イベントっぽくて盛り上がるだろう。……勝っても、負けても、だ。
「良かろう。任せる」
「やりぃ! 一番槍もらったぜ!」
実際の武士も一番槍を誉れとしたらしいので、彼の行動はある意味、戦国武将らしいロール・プレイだと言えた。
そして誰もが、本格的な侵攻前の、ちょっとしたイベントをそれなりに楽しみにしつつ、歩みを進めて行った。
聞いた話では、十勝は農業が発展しているものの、それ以外は微妙。牧歌的な開拓ライフを楽しむスタイルで、明らかに戦闘に向いていない土地柄だと言う。
その情報がどの程度正確かは知らないが、比較的人数の少ない土地、登録者が全員ダイブ・インしたとしても、精々300人程度だと言うのは確かなので、対する自軍の5千人と言う人数は、あまりにも強大過ぎた。相手の戦力を考えれば、最早真っ当な戦闘は期待出来ず、単なる蹂躙と言う作業に過ぎない。
要するに、戦術的には確実を期するのが正しいとは言え、やり過ぎた今回の侵攻は、皆乗り気とは言い難かった。
そこに降って湧いたイベント戦である。誰もが深く考えず、ただ1人残ったと言う相手の気概を称えたり、どちらが勝つか賭けを始めたり。各々に楽しんでいたのである。
リアルなら、緊張感が無い。と叱責を受けるところであろうが、所詮ゲームだし。
そして、暫くしてその相手が視界に入る様になって来ると、ざわざわと武士達の間に驚きが伝播して行く。
1人で大軍を待ち受ける様な、猛者だと聞いていた。しかし、そこに待ち構えていたのは、どう見ても少女である。
アバターなので中身がどうかまでは判らないが、女性型アバターは男性型に比べ筋力等で若干劣り、戦闘において不利がある。アバターの基本構造は全FDゲーム共通なので、彼等のその認識は、そのまま『TONDEN FARMER』でも通用する筈であった。
アイヌの民族衣装を身に纏い、静かに佇むその立ち姿は、凛とした美しさはあったが、到底戦闘目的で育てられたキャラには見えない。
その上、武器らしい武器は、だらりと垂れ下げている右手にある短刀のみ。防具すら身に着けていないのでは、武士達の認識は間違っているとは言い難い。
正直言って、どう言う思惑があって立ち塞がっているのか、皆目見当が付かない。足止めとか時間稼ぎとか、無理であろう。
だが、目的が情報収集なら頷ける。適当に探りを入れた後、捕まる前にその短刀で自決すれば、《死に戻り》で逃げられる。
意図的な《死に戻り》を利用した《転移》はマナー違反の類ではあるが、明確に禁止されてはいないので、いざと言う時にはアリだろう。……それは、『TONDEN FARMER』と違って、『戦国KARUMA』では自決が認可されているが故の勘違いなのだが。
「……成る程。コイツぁ、確かに『猛者』だな」
ただし、幾人かは、か弱き少女に見えるその相手を、見縊る事はしなかった。一騎打ちを申し出た武将も、その1人である。
強さは、勝敗は、キャラのスペックで決まる物ではない。どちらかと言えば、精神面だとか、プレイヤー・スキルによるところの方が大きい。
そして、大軍を前にして動揺も見せずに待ち構える、その覚悟は猛者でなければ出来ない事だと。解る者には解ったのだ。例え死にはしないゲームだとしても、負けると判っている戦いに臨む胆力は、誰もが持ち得る物ではない。
「じゃあ、ちょっと1戦ヤって来るぜ」
ウナルルはその場に1人、殿を務めるべく残っていた。ただ1人では、足止めはおろか、時間稼ぎすら無理だろうと思われるが、敷設した地雷原を上手く活用出来れば、あるいは……。
「やれやれ。思ったより多いですねぇ……」
眼前にゾロゾロと並ぶ、見渡す限りの大軍。これは、本気出すしかなさそうです。と、ウナルルはやりたくなさそうに少しばかり悩んだ後、そう結論した。
しかしどう考えたところで、彼女が対峙する人の群は、『本気』でどうこうなる様な物ではない。……普通ならば。
軽く目を瞑り、意識を切り替える様、瞑想に入るウナルル。しかし、切り替わったのは、『意識』などと言う抽象的な物ではなかった。
Advanced Synapse Usable Reference Architecture
Operating System Ver.1.31
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ウナルルが目を開けてみれば、特に何かが変わっている訳でもない。その変化は、眼に映る様な物ではないからだ。
大軍からは1人、そこそこ上位の武将っぽい青年が前に出て、
「やぁ、やぁ、我こそは……」
とか、適当に時代劇か何かを参考にしたと思われる、それっぽくも正しいのかどうかよく判らない名乗りを上げていた。
どうでもいいので聞き流していたウナルルは、故にその青年の名すら覚えていない。ただ、一騎打ちが面倒だと思っただけだ。
ウナルルにとっては、乱戦の方が多くの戦果を上げられるので望ましい。だが一騎打ちになってしまうと、その戦いから力量を悟られ、対策を採られてしまう可能性がある。その位の対応は、年中闘っている『戦国KARUMA』のプレイヤーなら、当然の様にするだろう。と想定していた。
それはともかく、相手が名乗りを上げているのだ。それなりに気の利いた返答をするのが、ゲーマーとしてのマナーだろう。
そう思ったウナルルは、それ相応の戦う意思を、敵意を載せ、その言葉を吐いた。
「人の土地を荒らす倭人共め! 大自然のお仕置きを与えてやります!」
ちなみに、『大自然のお仕置き』は絶対に外せない。とか教授に言われたので使っているが、それにどんな意味があるのか? ウナルルはよく解っていなかった。
そして、戦いが始まった。




