陣地設営はじめたんだけど……
ディアス達は、移動の準備を進めていた。新冠町に防衛拠点を築くためである。
敵に馬を盗られる可能性を恐れたため、日高地域を護る。と基本方針が決定したが、最も優秀な牧場がある場所は、今いる浦川ではなく、新冠だからだ。それに、新冠の方がより西側にあり、先に敵が攻めて来そうだ。と言うのもある。
そして最大の理由は、ここは比較的田舎なため、そのままでは防衛に向いた設備が殆ど無いからである。だからこそ、出来るだけ早めに新たな防衛拠点を造らねばならない。
しかし、ヤマカンの言った『新冠御陵牧場』は、実は隣の新ひだか町に存在する。誰もツッコミを入れないので、素で間違えている様だ。
新冠町も軽種馬の産地として有名なので、大間違いではない筈だが、それはリアルでの話。ゲーム内ではリアル歴史に基づくフラグ程度の意味しか無い。だから、あまりリアル知識に頼ると失敗するのだが。
序でに言うなら、新冠町も新ひだか町も、明治には無かった町である。そして例によって、ゲーム内での地名は、プレイヤーが勝手にリアル地名で呼んでいるだけであって、市町村の境は皆が思っている程重要ではなかったりする。
結局のところ、デッカイ牧場がある所まで行ってそこに陣地設営しよう。と言うだけの、ある意味何時も通りにアバウトな展開だった。
「はいっ! ディアスさん、提案があります!」
その準備の最中、ウナルルが勢いよく手を挙げ、己の主張を通そうとする。
「基本方針はそれで良いとして、他の地域を攻められる事も想定し、主要なルートに罠を張るのはどうでしょう?」
ちょっと進行を遅らせる程度の、嫌がらせ目的の罠なら、そう手間は掛からないでしょうし。と言うウナルル。
「確かに。一考の価値はあるな」
ディアスのみならず、他の皆も納得した様に頷く。
じゃあ、具体的に何処に罠を仕掛けるか、どう人手を分けようか、と、少しばかりの混乱が生じる。
「そこで私は、『十勝岳温泉』に至る山道を護る事を推奨します」
言い出しっぺであるウナルルが、言い出しっぺであるが故に最初に提案する。
「ここ最近は『十勝岳温泉』へのお客が増えたため、山越えの道が整備されつつあります。そして、その道を押さえられれば、多くの地域への侵攻が容易になります」
結構ちゃんと考えてから発言したらしい。
ディアス達は、温泉宿を繁盛させるつもりはなかったし、一度到達すれば『転移室』での行き来が出来るので、道を整備する必要など無い。と思っていたが、他の誰かが勝手に整備したらしい。
他者が整備する可能性は考えないでもなかったが、誰もが簡単に来訪出来る様になれば、秘湯のレアさが薄れるので、その可能性は低いだろう。と結論付けたのだ。
しかし、十勝岳温泉は隣接する上川地域との境に近い。リアルだと上川地域にある温泉地だ。当然の様にそちらからの客も多いが、地域を跨いだ《転移》では料金が発生してしまうので、そっち方面からの客が道を整備したらしい。
……そんな労力があるなら、そっちでも温泉掘れば良いのに。とディアスは思ったのだが。
「よし解った」
微妙に逸れた思考を戻し、その危険性を自分でも吟味したディアスは、確かにそこは重要なポイントだ。と理解する。
「ではその役目、是非私に」
「だが、ウナルル。お前は駄目だ」
「何故っ!?」
我ながらちゃんとした提案が出来た。と思っていたウナルルは、何故駄目出しされたのか解らない。
「どうせ、その序でに温泉で一っ風呂浴びる気だろ?」
「……ソ、ソンナコトナイデスヨ」
視線を横に流しながら片言で答えるウナルルに、ああ、やっぱりな。と確信するディアス。
「マゼラン。お前に任せる」
「え? 俺か?」
まぁ、良いけど。と頷くマゼラン。
チェーン・ソー持ちのマゼランは、森の中で即席のトラップを仕掛けるには向いており、悪くない人選である。
「マゼラン……。代わりなさい」
「いや、姐さんの頼みでも、そう言う訳には……」
ウナルルの恨みがましい視線を受け、ちょっとたじろぐマゼラン。
「こら。仲間を威圧するんじゃない」
「だって、自分の温泉は自分で護りたいんですよ!」
「お前のじゃないだろ!」
ウナルルは単なる常連客であり、温泉宿のオーナーはディアス達である。
「うぅっ……。ディアスさんて、私にだけ風当たりが強いですよね……」
「気の所為だ」
キッパリ言い切るディアス。しかし、ディアス本人の自覚はともかく、傍から見ればディアスのウナルルに対する扱いは、結構雑である。多分、第一印象が悪かったのだろう。
「一応、お前にも仕事を与えておこうか。自由にしておくと、変な事をやらかしそうだ」
「変、て……」
「パーティーを引き連れて、襟裳岬を地雷原にして来い」
「…………」
あまりの無茶苦茶な要求に、絶句するウナルル。
ちなみに襟裳岬とは、北海道の南側の尖ったところである。
大軍を移動させるなら、山越えより行き易い平地の方を選ぶ可能性が高く、そのために海沿いを警戒する必要があるのではないか? とまでは理解出来なくもないが……。
「お前も北海道の地理には詳しいだろ。細かいルート選択は任せる」
「それなら、思い当たる侵攻ルートがある事にはありますが。……肝心の地雷は?」
「ヨーゼフに頼めば手配してくれる」
「そんな物、本当にあったんですか……」
流石に呆れるウナルル。地雷は構造的には複雑ではないので、作る事は出来るだろうが、地雷原に出来る程に数を揃えられる、と言うのは予想外だった。
「パーティー、とか言われても、マゼランは温泉地の方に行かせて、チャイカさんはまだ合流してませんから、私とドロレスさんの2人だけでやるんですか?」
「あれ? そうなのか?」
ディアスは身内権限でチャイカの位置を確認すると、そこは海上だった。敵の補給線を叩きに行ったアオジルに、偵察要員として付いて行ったのだが、まだ戻って来ていない様だった。
そっちの作戦が成功したかどうか、それはまだ判らないが、無事と言う事は戦闘が起きておらず、敵の補給部隊と遭遇していない可能性が高かった。
「じゃあ、他のパーティーを適当に誘ってくれ」
元々1パーティーで何とかなる仕事の量ではないので、複数のパーティーでやるのは想定内である。
「んじゃ、俺の方も適当に仲間見繕った方が良いか?」
「そりゃ、1人で出来るとは思ってないし。お前独自のコネで、人材引っ張ってって良いよ」
横から口を挿んで来たマゼランに、適当に答えるディアス。
マゼランはディアスとウナルルの会話を聞くまで、仲間を誘う、と言う事に思い至らなかった様である。彼は何時の間にかウナルルのパーティーに入っていたらしいが、ソロ・プレイ期間が長かった弊害か、1人でやるのが当たり前になっていた。悲しいボッチのサガである。
「つぅか、何で皆俺に聞くかな」
ひっそりと端っこでマイナー・プレイに興じている予定だった筈のディアスは、何でこうなった? と、溜息を吐くしかなかった。
と言う訳で、一行は防衛陣地を構築すべく、適当な土地を吟味して作業を始めているところ。
出来るだけ主要な牧場は護れる場所を選んでみれば、思ったより北西に移動し、日高地域と胆振地域の境に近い場所まで来てしまっていた。尤も、それは1/6スケールだからこそ近く感じるだけであって、リアルであればそうでもない筈。
「今回は馬防柵の設置を優先する。これは敵の騎馬に対する備えではなく、こちらの馬を盗み難くするためだ」
結局、ディアスが陣頭指揮を執っていた。ディアス以外に、即興で効果的な防衛陣地の図面を引ける様なプレイヤーは居なかったので、他に選択肢が無かったのである。
「それと、侵入者向けの罠を用意だ。本格的なのは時間が無くて無理だろうが、とりあえず、猿対策の罠でも無いよりマシだろう」
尤も、ディアスとて本格的な防衛陣地の設計など経験が無いので、見た目こそちゃんと設計している様に見えるものの、割と有り合せの代物である。しかも、敵の行動の想定が完璧とは言えないので、色々盛り込んだ対策が有効に機能する保障も無い。
一応はディアス個人の考えではなく、皆の意見を取り込んでの設計だが、戦術知識については『五十歩百歩』なので、それでどの程度マシになったか? 答えは敵が攻めて来るまで判らない。
「ヤマカン、正直どう思う?」
「何がじゃい?」
「敵の主戦力が本当にここに来るか、って事がだよ」
「何を今更。皆で話し合った結果じゃろうが。それに、実際にここの馬を盗られたらヤバイのは変わらん」
その通りであるのは、ディアスとて疑ってはいない。しかし、敵がそれに固執するかは、怪しいとも思っている。
何せ、敵はそのまま普通に攻めただけで勝ちそうなのだ。良い騎馬は欲しいだろうが、絶対に必要ではない。もし試しにここを攻めてみて、失敗したり、想定より手間が掛かりそうとなった場合、アッサリと目標を変える事も有り得る。
「おぬしの懸念は解る。いや、おぬしだけではない。皆そうは思っていながらも、想定される全てに手を打てんから、せめて時間稼ぎだけでも。と言う話じゃったろ」
「そうなんだが……。それでも、本当にこれでよかったのか? って不安は無くならないモンでな」
「じゃからこそ、皆の不安を払うためにも、大将であるおぬしがドン! と構えとらんとな」
「……勝手に大将にするなよ」
ゲンナリと萎れるディアスに、ヤマカンは、ガンバレ! とだけ無責任な言葉を送ると、作業に戻って行った。
ヤマカンは『大地を穿つ者』で、柱を立てるための穴を掘る仕事を請け負っていた。
そうして掘られた下穴に、長い木杭が打ち込まれていく。十分深く地に潜っているため、ちょっとやそっとでは倒れはしないし、引っこ抜く事も簡単ではない。
馬防柵の設置は順調に進んでいると言えた。この柵は、戦後もそのまま新たな牧場の柵として利用出来る。一石二鳥の手である。
備えとしては、塹壕を掘る事も考えられたが、掘るのに手間が掛かり過ぎるし、後々には牧場の邪魔になるので、埋め戻しが面倒だ。との反対意見も多く、平時には用水路として使う。と言うアイデアもあったのだが、結局は見送られた。
敵がここを攻め落とすより馬を盗み出す事に集中した場合、正面戦力を囮に忍びを潜り込ませる事も有り得、そうなれば寧ろ塹壕は敵が隠れるのにも使えるかも知れず、メリットばかりではない。と言うのもボツになった理由の1つだ。
そうしたアイデアが詰まった図面だが、ディアスがそれを見る目は自信無さ気である。
「所詮は、間に合わせなんだよなぁ」
ディアスの口から漏れる愚痴は、せめて誰にも聞かれぬ様、小声で呟かれるのみ。
本気で陣地設営しようと言うには、物資も時間もあまりにも足りない。その事実が、ディアスの気を重くしている。
敵の侵攻を許しているのは、『TONDEN FARMER』が開拓・農業系ゲームであるが故、戦略系ゲームである『戦国KARUMA』に比べ、戦いに関しては劣っているのは仕方ない。……皆そう思っているのだが、実は違う。
圧倒的な戦力差。そもそものプレイ人口自体が4倍以上であり、その上NPCも戦力として使える。そこにばかり目が行きがちだが、それだけの戦力を実際に扱える事が異常なのである。
ただ人数ばかりいても、それを十全に使うには金が掛かる。と言い換えても良い。大軍は金食い虫なのだ。ゲームではあるが、その辺の消耗もしっかりシミュレートされているので、大軍を擁する方が継戦能力は低くなる。
しかし、数万もの兵力を賄い、大規模遠征を可能にするだけの兵站。それがある。『TONDEN FARMER』側は、それより圧倒的に少ない人数でさえ、十分に活用出来る物資が無いと言うのにだ。
生産能力に互いの優劣は無い筈。いや、『TONDEN FARMER』側の方が農業系ゲームであるが故に有利とすら言える。それに対し、この現状。単にどれだけ本気で戦略を考えて来たか、その差となる。
ディアスは戦争が始まる前、それだけの準備を整えるのは不可能だ。と推測していたが、実際には『戦国KARUMA』側は多くのプレイヤーの賛同を得、こうして攻め込んで来ている。
しかも、東北に残っているプレイヤーも空き巣狙いの様な真似はせず、遠征組は後顧の憂い無く戦に臨めている。
主導者にどれ程のカリスマがあればこれが実現出来るのか? あるいは、余程とんでもないメリットを提示出来たか? 疑問は尽きないが、結論を言うなら、現在の戦況は、政治力の差による物であった。
「戦争は政治の一形態である。とは言うけれど……」
なんで俺等、こんな事やってるんだろうなぁ……。と天を仰ぐディアス。
状況が故に仕方無いとは言え、段々とやりたい事からは遠ざかっている気がする。
この状況を打破するには、最早まともな手段では間に合わず、どちらかと言えば裏技的な物が必要となってくるだろう。……そんな事は最初から分かってた事なので、ディアスも考えていない訳ではないのだが。……上手く行くかどうかは別問題としても。
何時までも現実逃避をしていても仕方無い。ディアスは図面と実際の進捗状況を見比べ、順調に行程を消化している事を確認する。
何らかの手を打つにしても、その目途が立つまでの時間稼ぎが、今やるべき仕事である。
「こっちは問題無さそうだが……」
それは敵の侵攻がこちらの読み通りだった場合の話だが、今出来る最善は尽くしている。
となれば、読みを外した場合の備え、マゼランやウナルルに託した罠の方はどうなっているのだろう? ディアスは少し気になるのであった。
十勝岳温泉に向かう山道にて。
マゼラン達はワイヤー・トラップを中心に、思い付く限りのトラップを仕掛けていた。あまりにも無作為に乱雑に仕掛けたため、途中で自ら引っかかると言うトラブルもあった。
マゼランの友好関係は広いものの深い付き合いは無く、あまり人数が集まらなかった。だが、樵プレイをしていたりと、山中での作業に向いたプレイヤー達が自主的に参加してくれたため、狭い山道に罠を張る分には十分と言えた。
その上、この山道を通って疎開しようとしていたプレイヤー達と遭遇し、彼等もせめて一矢報いようと作業に加わってくれた事もあり、森の中に至るまで、かなり広範囲に罠を張り巡らす事が出来そうである。
「……さみぃ……」
引き受けなきゃ良かったと、マゼランは後悔していた。
4月と言えば普通は春だが、北海道ではまだ雪が降る事もある寒さである。故に標高の高い山の上では、雪が残ってるのが普通。その中での作業となれば、後悔したり泣き言言ったりするのは無理も無い。
罠を雪の中に埋めれば隠し易いが、そのために手が悴んでいる。状態異常『霜焼け』が付きそうである。
「しかし、これで戦国武将共に一泡負荷せられると思えば……、耐えられる」
「それはええんだが、そろそろ資材が尽きそうだべ?」
どうすっぺよ? とヨサクが問う。
辛いのを我慢し、これも大事な土地を護るため。と頑張って彼方此方に仕掛けた分、予想より早めにトラップの材料が無くなりそうであった。
「だったら、もう完成って事で引き上げても良いんだが……」
マゼランは若干思案する。この罠で、どの程度の戦果が望めるか、だ。
山道に仕掛けた罠である程度の打撃を与え、それを避けて森へ入れば、木々の間に隠されたより凶悪な罠が襲う。と言うつもりで仕掛けている。
森の中の方が隠し易い分、大掛かりで強力な罠を仕掛け易いし、安全のために後々の撤去を考えれば、山道にはあまり仕掛けられない。……と、マゼランは思っているのだが、良く山に入る猟師等からしてみれば、森の中の罠も十分に傍迷惑である。
一行で纏めれば、『悲しいけど、これって戦争なのよね』と言う事で、多少の犠牲は諦めている。
「えぇ~と、この程度の罠で、どの程度の戦果が上がるかな?」
「百人も殺れれば御の字、ってとこだべ」
ヨサクの見積もりは、敵が『漢探知』を使った場合の想定である。
漢探知とは、何らかのスキルによる罠の探知・解除を行わず、罠に掛かる事により、その存在を察知。使用済みにして無効化すると言う、極めて大雑把な手法である。罠を避ける手間に比べ、被害が許容出来る範囲である場合に用いられる、非情なれど現実的な手法とも言える。
要するにヨサクは、敵が無策で罠に突っ込んで来る場合を考えていた。ただし、その場合は敵は山道を逸れず、森の中の罠には掛からないので、敵の損害が少ない可能性が高かった。
「そんなモンかよ……」
手間の割りに大した成果が上がらない、との見積もりに、マゼランはガッカリして肩を落とす。
マゼランは今までの戦いから、おそらくは千単位の敵兵が来る可能性があるとみている。それに対し百人程度の損害では、戦争においては想定内。ソロ・プレイが長かった所為で、集団心理とかに疎いマゼランだが、それ位では進軍を止める事は出来ないだろう。とは想像が付く。
しかし、だからと言って、これ以上の罠を仕掛けようにも、物資の調達もままならない。
「何か、こう……、実害以上に脅威を感じさせる様な、ハッタリと言うか、プレッシャーと言うか……」
「……心理戦でも仕掛ける気だべか?」
「そう! 多分それ?」
ちょっと自信が無いのか、語尾が疑問系になるマゼラン。
だが、相手をビビらせて精神的に弱らせ、統率を乱す戦術は、古くから使われている物であり、物資が少なくとも効果が出る。と言う意味では方向性は間違っていない。
「じゃあ、こんなのはどうだべか?」
「おおっ! アイデアがあるのか!?」
ヨサクが手渡したのは、……ホッケー・マスク。
マゼランは、無言でそれを地面に叩き付けるのであった。
襟裳岬の何処かにて。
「はぁ……」
ウナルルが考え得る敵の侵攻ルートが分岐する、その手前。とりあえずここを地雷原にすれば、それなりの効果があるだろうと、作業を進めているが、地雷の敷設は思ったより面倒臭い。
リアルでは条約違反の兵器をこうやって敷設していると、何をやっているのだろう? と虚しい疑問が湧いて来る。
「どうしたんです? 溜息なんか吐いて」
「いや……、私は地雷埋めるために、このゲームやってる訳じゃないんですけど……」
ドロレスに問われ、そう答えたウナルルであったが、彼女にそれを言っても仕方無かった。それはウナルルに限らず、皆同じ事である筈だからだ。……猟師なら罠を仕掛けるのには慣れているだろうが。
ただ、ウナルルは疲れていた。その事はドロレスにも伝わった様で、
「本当に大丈夫ですか? 何か、目が死んでますけど……?」
と、すごく心配されてしまった。
「所謂、『レイプ目』ってアレですね」
「嫌な表現は止めてください。と言うか、何処でそんな言葉を覚えて来るんです?」
「それはともかく、少し休んだ方が良くないですか? 集中力切らすと、間違って地雷踏みそうですし……」
危険な物を扱っているのだから、そう言う心配もあるか。と納得するウナルルであったが、理想と現実(仮想)のギャップに打ちのめされただけであって、仕事に支障は来たしていない。寧ろ、テキパキと地雷を敷設出来る自分が嫌だ。
「私は、アイヌ民族学の研究の一環でプレイしてるんですよ。それと、消え去りそうなアイヌ文化を広めるためでもあります。……ですが地雷なんて……、あぁ、またアイヌ文化から遠ざかった様な……」
「そりゃあ……、地雷を誇る文化なんて無いでしょうから……」
「アイヌにあるのは精々が狩猟用の罠で、獲物がワイヤに引っ掛かったら仕掛け弓が作動し、毒矢を放つ程度の物ですよ」
「…………」
ドロレスは、ワイヤで起爆するタイプの地雷もあったよなぁ。とか思ったが、それは言わないでおいた。
「私だって、これが私達の土地を護るために必要、ってのは解ってますよ。しかし、だからと言って、非人道的な兵器を使うのはどうにも……」
「まぁ、こんなに埋めちゃって、後が大変。とは思いますけど……」
ドロレスは自分達のした事を振り返り、既にかなりの範囲が地雷原になっている事に、何か遣る瀬無い気分になった。多分、ウナルルが感じているのもこれと同じ様な物なのだろう。と思いつつ。
誰だって、本当は自分達の土地に地雷など埋めたくはないのだ。
そして、まだ作業の途中であり、今も尚、多くのプレイヤーによって地雷原は広がり続けていた。……後で撤去しようと言う時に、どうしよう? と悩むであろう。
ただ、広いとは言っても、それは個人的な感覚での評価であって、敵の進軍を阻むのに十分か、と問われればまだ足りない。と言う程度の広さしかない。
「戦争ですから。ディアスさん曰く、『非人道的な兵器の方が、効果が高いんだ』との事ですし」
そう自分に言い聞かせねば、やってられない。とばかりに、ドロレスは言う。
ディアスの言い様は碌でもないものの、ウナルルもその通りだとは思う。それを人にやらせないで欲しいものであるが。
しかも、この地雷、本来は火薬の炸裂音で動物を追い払う、害獣避けトラップとしてディアスが設計し、ヨーゼフが商品化して売り出している物だ。それを火薬の装薬量を増やして威力を増した、言わば間に合わせの即席地雷である。
……と言う事になっているのだが、地雷として使い物になる程、最初から火薬を増やせる設計になっていたのは、どう考えてもアウトだと思われる。
「あの人……、何気にひっそり世界征服の準備でも進めてたんでしょうか?」
何処か遠くを見る様な目で、やや現実逃避がちに呟くウナルル。
害獣避け地雷はかなり初期から売り出されている物で、少なくとも『ゲーム間戦争』の告知が行われる前からあった。どちらかと言うと、ネタで作った地雷を、害獣対策に転用したのだと思われる。
そんな前からこんな物を準備していたのは、『先見の明』と言うより、頭がおかしいだけな気がする。などと、失礼な事を考えるウナルル。
「ウナルルの姉御。持って来た地雷はやっと半分、ってとこですけど、どうします?」
ぼぉっ、としていたところ、突然声を掛けられ、我に返るウナルル。
声を掛けたのはアテルイを名乗るプレイヤーだった。アイヌの長であった『アテルイ』の名前を付けている事からも判る様に、数少ないアイヌ民族プレイをしている1人である。故に、先達であるウナルルを姉御と呼んでいたりする。……ただし、ウナルルのパーティーには入っていない。
しかし、ウナルルからしてみれば、名前被りを嫌うアイヌ民族なら、他人の名前をパクるんではありません。と言いたいところであった。平たく言うと、彼の事を形から入った俄かである。と判断していた。
「半分、ですか……。ヨーゼフさんには随分と大量に押し付けられましたからねぇ……」
まだ半分。今までやって来たのと同じ分量の作業が残っている。流石に、ウナルルも嫌気が差していた。
単純作業の繰り返しは、精神を病むものである。ウナルルも疲弊している自覚は無いものの、ぼぉっとなっていた事は事実なので、この辺で休憩を入れた方が良いとは思う。
現実とは違い、システム・アシストのおかげで単純作業での失敗は無い。と思われるが、だからと言って、ノンストップでの地雷敷設は、止めておくべきだろう。
それに、昨日は札幌撤退戦で浦川まで逃げ帰って来たところでダイブ・アウト。それなりのイベントがあり、大変だったものの遣り応えのある1日だったのだが、今日はダイブ・イン直後の対策会議から、……地雷敷設。非常に地味と言うか、ゲームとしてちょっとそれはどうなんだ? と言うつまらなさである。ディアスやマゼラン達の担当している他の場所も、似た様な物だろう。
要するに、つまらない事をダラダラとやり続けるのは、そろそろ限界と思われる。
リアルの時間も24時を回っている事だし、仕事や学校がある人の事を考えれば、一旦中断、人によってはダイブ・アウトするべきだろう。このゲームには廃人が少なく、徹夜プレイは向かないのだ。
「では、ここで休憩を入れましょうか。ダイブ・アウトする人は、地雷敷設をスケジュール設定して行ってください」
ウナルルの指示を受け、皆、食事等の用意して休憩に入る。一部のプレイヤーは、『スケジュール実行機能』でダイブ・アウト中に設置を続ける様に設定していた。この機能が単純作業の手間を省くのにも使える様になったのはありがたい。
今回の作業で地雷の設置の仕方は覚えたので、問題無く使用可能。後の設置は全部オートでやらせた方が良いだろう。
「姉御……、俺、【罠】アビリティ持ってないんですけど……」
「はぁっ!?」
アテルイの告白に、ウナルルだけではなく、それを聞いていた他のプレイヤー達も驚きの声を上げる。『スケジュール実行機能』は、持っているアビリティやスキルに対してしか使えないからだ。つまり人手が減った訳で、悪く言えば、『コイツ、使えねぇ』だ。
「何で持ってないんですかっ!? 普通にプレイしていたら、持ってる物でしょ?」
『農民』なら害獣対策の罠は必須だし、『猟師』だって罠の使用頻度は高い。『大工』は主要な稼ぎの一つとして罠を作っていたりする。大抵のプレイヤーは初期にはこの辺の仕事を経験している、と言うか、出来る事がそれ位しか無いので、ウナルルの言い分は一般的なプレイヤーの共通認識とも言える。
また、このゲームではアビリティの取得数制限とか無く、【罠】アビリティの入手が簡単な事もあり、とりあえず取っとく。位の軽い気持ちで取得し易いのだ。
「そんな事言われても……」
アテルイは困った様に頭を掻いた。
ウナルルの言った事は一般論ではあるが、あくまでただの一般論であり、必ずそうだとは限らない。寧ろ、セオリー無視のプレイヤーが多い『TONDEN FARMER』に置いて、独自路線を行ってフラグを回収し損なうのは何時もの事であり、一般論を持ち出すのは馬鹿馬鹿しいとも言える。
「他にも【罠】アビリティ持っていないプレイヤーは居ないでしょうね?」
ウナルルがジロリ、と鋭い視線で皆を見回せば、つぅー、と目を逸らすのが幾人か。どうやら、比較的日の浅いプレイヤー達が該当する様だった。
……ある程度情報が出回り、効率の良いプレイが出来る様になった結果、自分の望むプレイ・スタイルに直行するため、遠いアビリティを切るプレイヤーが増えたためらしい。
「はぁ……、あなた達、何でこの作戦に参加したんですか……?」
【罠】アビリティを持ってなくて地雷敷設に従事するとか、ちょっとどうかと思うウナルルであったが、
「ウナルルさんが無理矢理引っ張って来たんじゃないですか……」
「…………いや、こんな事態、想定していませんでしたし……」
ドロレスに突っ込みを入れられ、絶句し、慌てて言い訳を入れるウナルル。
「仕方ありませんね。まぁ、ここまでやれば後は多少人数が減っても、ダイブ・アウト中のオート任せでも大丈夫でしょう」
「そうですね。でも、やっぱり【罠】アビリティは持ってると良いですよ。【釣り】スキルもこれに含まれますし」
とか、ドロレスが所得を勧める。アウト・ドア・レジャーを望んでいた彼女らしい言い分である。
何処も彼処も、順調とは言い難い様であった。
陣地設営開始から2日目。
「さぁ、今日もサクサクがんばるぞぉ~」
と言う割には、ディアスの掛け声はダラダラとして気合が入っていなかった。これで頑張れと言うのはどうかと思う。
敵が何時攻めて来るかは判らないが、今までの侵攻速度からすればそろそろ怪しいところである。出来れば今日中に完成させたい。とは誰もが思っていた。
「本日のメインは、『有刺鉄線』張りです」
ディアスが用意した大量の有刺鉄線の束が、その場にデデン! と山積みになっている。
かつては立ち入り禁止区域に張り巡らされていた事もあるそれだが、リアルでは危険過ぎると言う事で、既に法律で禁止されている。日本国内では軍事施設ですら使ってはならないのだが。……外国では普通に使っているので、日本は甘すぎる。
故に、皆の反応は微妙な物になっていた。こんな物、映画の中でしか見た事のない者も多い。しかし、そのフィクション由来の知識でも、何となく有用と言うのは解る。
「地雷と言い、有刺鉄線と言い、……ゲームでの事とは言え、良いんじゃろうか?」
と、ヤマカンが首を傾げるのも無理は無い。しかし、既に地雷とか使っているディアスが、有刺鉄線の使用を躊躇う筈も無い。
「良いんじゃないか? FDゲームは全部R15だし、運営もその前提でどの程度の規制にするか、考えてるんだろ」
大体、銃器すら使えるゲームで、地雷や有刺鉄線ばかりプレイヤー達が使用を躊躇うのは、それらが無差別だからである。
地雷の悪質さは言うに及ばず、有刺鉄線については、害獣ばかりか保護対象動物まで引っ掛かったのが問題視された事もある。
「大体、リアルで有刺鉄線が禁止になったのって、もっと使い易いセキュリティが普及したのもあるし」
故に、相対的に価値が下がった有刺鉄線が、廃止してしまっても困らなくなった。と言う事情もある。
即ちディアスは、そんな都合の良い物の無いこのゲーム中、有刺鉄線はまだまだ現役であり、これが使えなければ害獣対策はどうするんだ? と言い訳じみた事を言っているのだ。
「更には、電流を流すつもりなんだぞ」
「昭和のプロレスかいな……」
ツッコミを入れつつも、どうせ企画倒れになるんじゃろうな。とヤマカンは思う。
それだけの電源をどうやって調達するつもりなのか。電池ではパワー不足だし、発電機の類も用意して来てはいない。
「アサルト・ライフルが十分に調達出来ていれば、有刺鉄線との組み合わせで、掃討が相当楽になる予定だったんだがな」
札幌が落とされたのは、やっぱり痛かったなぁ。と呟くディアス。
それはともかく、有刺鉄線張りは遅々として進まなかった。
当たり前の話だが、下手な作業をすれば棘が刺さるからだ。安全に作業出来る様、厚手の手袋も支給しているが、誰もが有刺鉄線の扱いに慣れていない事が問題であった。
この事は、皆の反応が微妙であった時点で気付くべきであり、ディアスの失策と言えた。
結局まともに扱えるのは、製作に携わったディアスとヤマカン以外には、あと数人しか居なかった。
「おい、ディアス。有刺鉄線は、やっぱり止めにしないか?」
と、怪我人の手当てに奔走していたドリトルが、いい加減ウンザリして提案する。
本来は『獣医』である彼だが、人間相手の医療系スキルを持つ者が殆ど居ないので、仕方無く治療に駆り出されていた。
「こんだけ怪我人が続出しちゃ、幾ら有刺鉄線が有効とは言え、戦力激減だぞ」
「う……うむ……」
作業を続ければ熟練は進むし、もう少しすれば状況が変わって来るんじゃないか? と思っていたディアスであったが、そんなに都合良くは行かなかった。
怪我の程度はそれ程ではないとは言え、手や腕の怪我は、武器の取り回しにも悪影響が出る。
ゲーム・システム的には、『生命力』を余計に消費して怪我を無かった事にも出来るが、『生命力』が減れば戦闘において《死に戻り》し易くなるし、怪我の程度によってはペナルティが付く事もある。
ドリトルの『戦力激減』との言い分は、決して大袈裟ではないのだ。
「序でに言うなら、自然治癒に十分な時間が取れる保障も無いし、薬や包帯とかだって十分確保出来てる訳じゃないし……」
ドリトルは、言い難い事を搾り出す様に吐き出す。
医者としては、治療は無理。と言ってるも同然の事など言いたくはないだろうが、それでも現実として言わねばならない事はある。
「それでも、ちゃんとした鉄条網が出来るなら、無駄な事とは言わないが……、これじゃあ、なぁ……」
「ぬぅ……」
ドリトルの視線が向いた先は、固い鉄線に四苦八苦し、まだまだ予定の極一部にしか設置されていない鉄条網。それも、かなり不恰好で乱雑な物である。それが次の作業の邪魔にさえなっていた。
怪我人を出してまで頑張って、出来たのがこの程度の物とあっては、効率が悪過ぎる。もう少しは時間的な余裕はあるだろうが、見切りを付けて他の方法を考えるべきだろう。そう言う意見が出て来てもおかしくない状況と言えた。
「頑張って考えたのに……。そのために有刺鉄線を増産したのに……」
と言うディアスであったが、増産したのはディアス自身ではないので、大した労力は払っていない。
「まぁ、良い代案がある訳でも無いしのぅ……」
ヤマカンも困り気味だ。
コイル状の有刺鉄線がビヨンビヨンと揺れ動き、それによって敵に排除され難くしているのだが、味方にとっても設置し難い原因であった。
代案が無かったとは言え、こんな問題だらけの状況から目を逸らし続けていたのだが。
「設置作業用の機械も一緒に作れれば良かったんだが……、そこまで時間無かったしなぁ……」
このままでは、当初の予定、今日中の完了は絶望的である。
何とか、良い対策はない物かと、3人で額を突き合わせて思案する事に……。
その、余計な考え事は、ある意味、油断と言えた。
……ヒュッ、ゴスンッ!
「……え?」
飛来した矢が、ドリトルのこめかみに突き刺さる。あまりの矢の威力に首の骨が折れたか、おかしな方向に傾いでいる。
ゲームでの事とは言え、目の前で人が矢を受け、倒れ行く様を見るのは、ちょっとしたトラウマ物の事態である。
ヒュッ、ヒュヒュヒュッ!
それを皮切りに、次々と飛来する矢。
「てっ、敵襲ぅぅぅぅぅぅっ!」
と言ったものの、敵の攻撃に対してどう対処すれば良いか、ある程度の方針こそ決めていたが、それは陣地が完成した上での話であった。故に今攻められては、パニックが広がり、右往左往するのが関の山である。
「回復要員を真っ先に狙うとは! ……セオリー道りだなっ!」
「偶然じゃろっ!」
とか言いながら、ディアス達は建物の陰に転がり込んだ。何とか無事だったのは、思ったより矢が少なかった事もある。
「何時の間にこんなに接近して……」
と言いかけて、ディアスは耳に届いたヒュッと言う風切り音に、咄嗟に身を伏せた。
ドスッ! と壁に刺さった矢は、避けていなければ確実にディアスに突き立っていただろう。
その威力たるや、丸太小屋の壁に深々と刺さる程。土壁程度なら貫通してるところだ。
「! こっちからもか?」
「ディアスよ。どうやら、囲まれていた様じゃぞ」
ヤマカンが指差す先、柵を破壊し入って来た武士との交戦が始まっていた。
矢鱈と派手な赤い鎧の武士共が、チラチラと目に付いて鬱陶しい。
「折角の馬防柵が、あんなアッサリと壊されて……」
しかし、良く考えてみれば、【伐採】スキルがあれば木を切り倒す事など苦にならないので、あちらにも互換性のあるスキルがあれば、この位どうとでもなるな。と今更ながらに思い至るディアス。
「奇襲なんて、寡兵側がやるモンだろ! 普通」
十全な戦力があるクセに! と毒吐くディアス。
ゲームが故に、色んな戦術を試すのも遊びの内ではあるし、それをやるなら戦況に余裕のある内に。とは理解するが、それで攻められる方は堪ったものではない。
「多分、アレじゃろ。札幌で汽車を爆破したのが効いとるんじゃろ」
言われれば、成る程。と思わないでもない。
鹵獲した戦車で十分遊べたのだから、蒸気機関車も手に入れたかった。と東北武士達が判断したとしても不思議ではない。『逃がした魚は大きい』と言うものだ。
だからこそ、処分の猶予を与えないための奇襲は、有り得ない事ではなかった。
「つまり、俺達が馬を爆破する前に奪い出そう。と言う魂胆だな!」
「いや、爆破せんよ!?」
ディアスの軽いボケに、慌てるヤマカン。……ディアスなら本気で遣りかねない。
「とにかく、止めるぞ! 不幸中の幸い、今回は珍しく読みが当たって、それなりの人数が居るんだ!」
「じゃのぅ。敵も少数精鋭での奇襲の様じゃし、装備と地の利の差で何とか……」
混乱から立ち直りさえすれば。と思うものの、周囲から矢の雨が降り注ぐ中、まともに応戦など出来やしない。其処彼処で小競り合いが起こっており、完全に乱戦状態となっていた。
ディアス達も、矢を避けながらでは思う様に動けず、味方の援護もままならない。
「くそっ! 何処から射っているのか判りやしない。熟練の弓兵ってのは、こんなにも厄介なのか!」
銃なら発砲音で、射手の場所を特定出来るのに。と言うディアス。実際にはそんなに簡単な事ではないが。
その上、この辺りは牧場を切り開いているため、身を隠す場所など殆ど無い筈。にもかかわらず、弓兵の姿は見えない。遠くには森も藪もあるが、まさかその距離から弓が届く訳でもあるまい。
弩を使えば届きはしようが、それでは連射が利かないし、日本の戦国時代では流行っていなかった代物なので、数を揃えるのが無理だと思われる。
「これじゃ、何のために苦労して陣地を築いたのか、分からんな!」
防衛陣地とは、平たく言えば地の利を補強する、あるいはそれを人工的に作り出した物。と言える。
ディアスとしては、好き勝手やって連係も取れない屯田兵達を、陣地と言う型に嵌める事で、敵と味方の動きを誘導し、結果的に連係した様な効果を持たせる。位のつもりで陣地を設計していた。
独自のルールで勝手に動くユニットを、適切な位置に配置する事で拠点防衛する、ダンジョン運営系ゲームの応用であった。
だが、そもそも陣地は完成すらしていないのだから、その時点で何の意味も無い。
「全く。『巧遅拙速』とは良く言った物だ!」
その愚痴は、まだ愚痴を言えるだけの、精神的余裕がある事の証である。何故なら、最悪の想定ではないからだ。
大軍を使うには足並みを揃える必要があり、そのため行軍には時間が掛かるのだが、それを嫌って少数精鋭で来たのかも知れない。
最悪は、敵にこの地を占領され、優秀な騎馬が次々と生産されては敵全軍に行き渡り、機動力の向上を持って全戦力を効率的に運用出来る様になる事だ。
ならば、奇襲で馬を奪われようが、多くても高が数十頭。厄介には違いないが、全体としては誤差の範囲である。それは、単騎でも多大な被害をもたらす、『一騎当千』級プレイヤーの存在を知らないが故の、甘い見積もりなのだが。
とにかく、ディアスは言葉とは裏腹、この状況を楽観視していた。
サラブレッドは世話が面倒な事もあるし、馬だけ盗って行っても、その力を十全に発揮するには無理がある。暫くすれば、健康を害し、使い物にならなくなる事、請け合いである。何せ『TONDEN FARMER』内でも、殆どのプレイヤーが上手く行っていないのだから。
『戦国KARUMA』にも馬の世話をする役職、と言うかNPCが居た筈だが、ちゃんとしたノウハウも無しに上手く行くものでは……
ゾクリ……ッ!
何か、嫌な事に気付いたディアスに、悪寒が走る。しかし、だからと言ってやる事が変わる訳でも無い。
今はただ、少しでも敵の数を減らす。それ位しか対応策は無い。
ディアスはナイフを抜き、手近な戦闘に乱入しようとする。
目指す先には、太刀を持つ武士と、鎖鎌を持つ屯田兵とが戦っていた。朱塗りの鎧と、ボロい和装に毛皮のベスト。その組み合わせは、まるで落ち武者狩りでもしているかの様。
『TONDEN FARMER』では戦闘系スキルは殆どネタ扱いのプレイヤーが多く、鎖鎌みたいにマイナーな武器を持つ者も少なくない。その所為もあって、連携訓練すら碌に出来なかったのだ。
ディアスの接近に気付いた武士は、チッ! と舌打ちすると、素早く立ち位置を替え、闘っていた相手をディアスに対して楯になる様に使う。それだけではなく、同時に絡み付いていた鎖を引っ張って相手の姿勢を崩し、すかさずディアスの方へと蹴り飛ばした。
「おおぅっ!?」
と、慌てて避けるディアス。
受け止めたところに、2人纏めて一突きで貫かれる。とか、漫画等ではよくあるパターンだ。……躱して姿勢を崩したところをバッサリ。のパターンも少なくないが。
そして実際に、ディアスの胴を薙ぐ軌道で、白刃が迫る。だが、良くあるパターンだと言うなら、対応もし易い。
ギィンッ!
ディアスはその太刀筋をナイフで迎撃し、切り飛ばしていた。
「ふんっ! その程度の数打ち物で、この17層ダマスカス鋼ナイフに太刀打ち出来るものか!」
然も当然の様に言うディアスだが、内心はヒヤヒヤ物である。自分の作ったナイフに自信はあったが、相手の太刀も相応の業物でない保証は何処にも無かったのだから。寧ろ、難易度の高い作戦に従事するトップ・プレイヤーなら、装備も良い物である可能性の方が高いのだ。
そして、相手が太刀を切られたショックから立ち直らない内にと、心の臓を狙ってナイフを突くディアス。
しかし、相手は役に立たなくなった太刀をアッサリ捨てると、半身になりつつ1歩踏み込んだ。
幾ら鋭いナイフであろうと、刃筋が通らねば意味がない。ディアスの突きは鎧に斜めに当たり、胴の表面を滑って深い傷を付けただけだ。
そして、致命的一撃を掻い潜った武士は、そのまま組み打ちに持ち込もうと、
パンッ!
短く鋭い炸裂音と共に、銃弾が喉から頭部を貫いた。
当然、致命傷であり、その武士はぐらり、と倒れる。ところを、おっと、とか言いながら受け止めて支えるディアス。
「……どうなったんじゃ?」
「こんな事もあろうかと、拳銃を手に持たずとも撃てる様、ギミックを作って置いて良かったよ」
良く見れば、ディアスの袖口から硝煙が昇っており、そこには拳銃が仕込んであるらしかった。
「それは最早『冒険家』ではなく、『スパイ』の所業じゃよ……」
ヤマカンは呆れるも、それが役に立ったのは認めない訳にはいかない。
「サンキュー。助かったぜ…」
鎖鎌使いの屯田兵はホッと一息吐き、ディアスに礼を言う。ディアスの見知らぬプレイヤーなので、十勝からの遠征組ではない様だ。
「礼はいい。それより、敵の矢は乱射している様に見えて、実は味方誤射は無い。敵の鎧が朱塗りの派手なのも、遠くから見分け易い様にするためだろう」
「武田軍のコスプレじゃなかったんかい」
実際に今ここには矢は降って来ないので、ディアスの推測は説得力があった。
「要するに、遠目で見て赤ければ、敵が勝手に避けて射ってくれる、と?」
「そんな都合の良い物、すぐに用意出来るか。敵と接近戦する時は、矢を気にしながら闘う必要がない。って事だ」
それが分かっただけでも、少しは闘い易くなるだろう。
「予想通りと言うか、敵は厩舎に向かっている様だが、それは囮だ!」
「……は?」
ただ勝つだけなら奇襲などする必要が無く、それを選んだ理由がディアス達の想像通り、騎馬の確保にあるなら、乱戦で対応を取らせない様に乱しつつも、自分達だけはそうとは悟られずに目的に近付きたい筈。
しかし、目立つ朱塗りの鎧は、敵全体の動きをこちらにも解り易くしていた。それでは、乱戦に持ち込んだ効果が薄い。
「ここで1番価値があるのは、競走馬じゃなかったのか……?」
「俺達は、勘違いしていたんだ。優先順位と言うか、本質を解ってなかったと言うか……」
しかし、ディアスは首を振って否定する。
確かに、優秀な馬が敵の手に渡るのは脅威だが、何だかんだ言って結局は過疎地のここ新冠。生産された馬の総数は、戦局に大きな影響を与える程ではない。……ディアスも、今さっき気付いたばかりだが。
「問題なのは、馬を盗られる事じゃない。馬の生産拠点を押さえられる事だ。馬匹改良のノウハウが敵の手に落ちる事。と言っても良い」
即ち、新冠その物を占領せずとも、ノウハウを盗み出すだけで良い。牧場自体は、渡島地域にも設備の整った物があるのだから。
「多分、敵の目的は、牧場関係者の捕縛だ! 捕まりそうになったら自刃しろ。と皆に伝えろ!」
最重要なのは、ノウハウを修めた人材である。もっと早く気付くべきだったとすら言える。
特にディアスは、設計能力が先行して製作能力が追い着いていないので、1人では殆ど役立たずである。故に、生産者とのコネを大事にして来たのだから、ノウハウを持った人材の価値を誰よりも解っていた筈なのだ。
「マジかよ……?」
幾らゲームとは言え、自殺を推奨するディアスの言い分に、鎖鎌使いは嫌そうな顔をした。
「大体、自殺行為はシステム・ロックが掛かってるんじゃなかったっけか?」
「自分に攻撃を向けるのは出来ないが、攻撃に巻き込まれるのは出来る!」
「何でそんな事知ってんだよ……」
色々無謀な実験をやっていれば、失敗→大爆発→死。のパターンは珍しくもない。と言うだけの話なのだが。
「自刃は半分冗談だが、牧場主達へは、狙われてるからとっとと逃げろ。とでも言っておけ!」
「解った!」
一応、矢避けに。と、ディアスが敵兵から剥ぎ取った兜を渡すと、それを受け取った屯田兵は、結局名も告げぬままそこから走り去った。
「ヤマカン。俺等は、敵の本命部隊の指揮官を探してみるぞ!」
「ほぅ。中々切れるのが居るじゃないか。差し詰め、『中ボス』と言ったところか」
突如、横合いから話し掛けられたその言葉に敵意を感じ取り、ディアスは矢避けのために持っていた敵の死体を反射的にそちらに放り、自分は後ろへと飛び退く。
見れば何者かが太刀を振り、敵の死体は首を刎ね飛ばされていた。咄嗟に避けなければ、ディアスも諸共に首を刎ねられていただろう。……新手の敵が声を掛けず、そのまま不意を打っていれば、その通りになっていたに違いない。
そして、今はそんな余計な事を考えている余裕はディアスには無かった。
そいつが、首無し死体を蹴り返して来たのだ。頭部を失った首から吹き出す血が、ディアスに掛かる方を向いているのは、偶然ではあるまい。
『戦国KARUMA』では出血は表現されていなかった筈だが、ここに来ての短い期間に、もう血飛沫を当たり前の様に利用する事を覚えたらしい。恐ろしく闘い慣れた強敵である。
「くぅっ…!」
慌ててそれを避けるディアス。
既に心臓が止まっているため、吹き出す勢いは然程の物ではないが、迂闊に被れば目潰しにはなるだろう。そんな理屈は抜きにしても、血を浴びたい。などと思う人間は殆ど居ないだろうが。
そこへ当然の様に追い討ち。さっきの武士との対戦と似た流れである。だが、似ているからこそ、格の違いが如実に現れる。その腕も装備の質も、段違いであった。
ギンッ! ガキィッ! ギィンッ!
数合、何とか凌いだものの、相手の方が重たい鎧を纏っていると言うのに、ディアスの方が小回りの利くナイフを使っていると言うのに、ディアスは防戦に徹してやっと互角に打ち合っている状態である。
それは、首無し死体が地に倒れ伏すまでの、極短い時間の出来事であった。
「ほぉう。中々やるじゃないか。田舎者!」
「ふんっ。サバイバル・ナイフの扱いは、冒険家の嗜みだよ。野蛮人!」
一旦間合いを取り、呼吸を整えると、2人は互いに挑発し合う。しかしその内心、ディアスは歯噛みしたい気分であった。
こんな近くまで接近に気付かなかったのは、その鎧が黒かった所為だ。敵が朱塗りの鎧ばかりだったため、それ以外の色の鎧があると言う、当たり前の可能性を無意識に排除してしまっていたからだ。解ってはいたが、意識は中々切り替わってはくれないものである。
しかし、良く見てみれば、この相手は凄く目立つ。派手さも然る事ながら、判り易さもあった。
斬り込んで来たその武将は、勇ましい格好をしているものの、声の高さから女性キャラだと分かる。そして、特徴的な三日月の前立てと右目の眼帯から、『伊達政宗』のコスプレと知れる。
ただし、眼帯は龍の刺繍が施されている西洋風の物で、陣羽織かと思った服は海軍のサー・コートがベースの様である。その所為で、イメージが海賊っぽい。
その上、まるで暴走族の特攻服の如く、背中に大きく『斬撲闘参』とか刺繍を入れてあって、どう言うコンセプトでコーディネートしたのか、サッパリである。
「う~む……。斬って、撲って、闘って、参る。とか、言葉の意味は良く解らんが、とにかく暴力的な雰囲気は伝わって来るのぅ……」
挟み撃ちのために背後に回り込んだヤマカンが、それを見て唸る。そして、そのイメージに違わず、強い。
そう見てみれば、全ては暴力的な、強そうなイメージの寄せ集めだ。そう言う意味では、子供が思い付きのままに描いた落書きに近い。
しかし、当の本人の放つ強烈な殺気が、それら全てを飲み込み、従属させる事で、違和感無く一個の物として纏まっていた。
それは……、ある物を連想させた。
強靭な角。噛み砕く牙。引き裂く爪。頑強な鱗。空を飛ぶ翼。
人の想像し得る強さの象徴の寄せ集めでありながら、完成された最も有名な架空の最強生物。
今や普通に認知され、細かな説明など無くとも、その名だけで誰もが姿形を思い浮かべられるであろう。
「ドラゴン……」
それを彷彿とさせる雰囲気を醸し出していた。
その女武将は、正に『独眼竜』の二つ名に相応しい、強烈な印象を魅せ付けていた。




