札幌撤退戦はじまってました
慌しく走り回り、矢継ぎ早に怒号に近い命令が飛ぶ。
僅かな手荷物だけで逃げる者が居れば、押っ取り刀で前線に向かう者も居る。
そして、その前線から死に戻ったのであろう、半透明な幽霊っぽい人影がかなり居る。
「どうなってるんだ……」
と思わず呟くディアスであったが、何が起こったかは明白である。
『戦国KARUMA』の連中は、渡島地域を落とした勢いのまま、休む間も無く石狩地域に攻め込み、札幌まで到達した。ただそれだけの事。
「もうここまで来たってのかよ。普通は占領したら、その地を平定するのにしばらく時間を掛けるモンじゃないのかよ?」
「多分、軍を分けたんだ。渡島の地盤を整えるのと、石狩に攻め込むのとに」
数的有利を最大限に活かしてるんだろ。と、ディアスはシモヘイの疑問に答える。
そしておそらく、石狩攻めは渡島の平定を邪魔させないため、と言う意図が込められているのだろう。と……
「俺等がすぐにでも反撃に出る、って読まれてたんだろうが……、そんな推測は後でも出来る。今はこの状況を何とかしないと……」
となれば、先ずは情報が要る。出来れば、対策の中心になっているであろう、トップ・プレイヤー達と連絡を取りたいところだが……
「《通信》は……、チッ。スチーブのヤツ、回線がパンクでもしたのか……?」
フレンド・リストを見てみれば、知り合いである石狩のトップ・プレイヤー、スチーブは、専用の緊急通信のみ受付ける接続制限を掛けている様だ。それは、制限しなければならない様な状況になった。とディアスは推測した。
「誰か話を聞けそうなヤツは……」
スチーブと連絡が取れない以上、他に知っていそうな人物を探すしかない。
そしてここは『役所』であり、情報の集まる中心部である。ならばそこら辺に居るのも、それなりに把握しているヤツ等だろう。と判断したディアスは、周りの様子からこの場を仕切っていると思われる人物に目を付け、声を掛ける。
「俺達は十勝からの援軍だ。情報が欲しい。出来れば、上の人間と話がしたいんだが」
援軍とは言っても、本当は函館に行くつもりで、札幌は通り道であった筈。だがディアスは、あたかも札幌を助けに来た。と思わせる様な態度で取次ぎを頼む。
「上……つっても、色々入り乱れてるが、避難指示出してるのはスチーブさんだ」
「連絡をとれるか?」
「とりあえず《通信》は入れとくが、十勝の……、えーと、誰だ?」
どうやら当たりだった様である。この男はスチーブへの《通信》の権限を持っている程度には、重要な役割を担っていた。
「ディアスだ。スチーブは知り合いなんで、それで判る筈」
「! あんたが、あの……」
「あの、って何だ?」
「いや、何でもない」
と、誤魔化す様に、慌ててスチーブに《通信》する。
その男はディアスの事を名前だけは知っていた様だが、誤魔化したところを見ると、良い意味で知っていた訳ではなさそうだ。
「すぐに来てくれ。ってさ。ここの5階の『第1会議室』だ。ただ、流石に全員で、って訳には行かないぞ」
「解ってる。邪魔になる様な真似はしないさ」
ディアスは頷くと、
「じゃあ、ちょっと話を聞いてくる。この場は……、ヨーゼフ。任せる」
本当は代表格のプレイヤー全員で話を聞きたかったが、この場にまとめ役を残さないのも問題である。
だから、話を聞きに行くのは、スチーブと面識のあるディアスと言う事に。ヨーゼフも物流関係で面識があるのだが、札幌との取引はまだ細々とした物なので、どちらかと言えばやはりディアスの方が良いだろう。
「後は、バロウズも来るか?」
銃撃戦を考えた場合、その筋の専門家も居た方が良いだろう。と誘ってみたが、
「俺は屋上に上がってみて、とりあえず厄介そうな敵を狙撃してみたいんだが……」
猟の時は臨時パーティーを指揮するとは言え、バロウズは基本的にソロ・プレイが性に合っている。故にここでもいきなり個人技に走ろうとしていた。それはそれで、頼りになるのだが。
「銃撃戦の事は、シモヘイの方が解ってるだろ。狙撃オンリーの俺より、多彩な銃を使うんだし」
何だかんだ言って、流石は猟師のまとめ役。バロウズの判断は的確である。
「もういっその事、ワシ等のパーティーで聞きに行かんかね?」
あまり待たせるのも……。とヤマカンが言う。複数の専門家が混じるディアス達のパーティーなら、様々な観点から判断を下し易いだろう。
「そうするか。とりあえず、エチゴヤも来い。函館の情報との擦り合わせも要るだろう。……5階の会議室……1番の……だったか?」
「ああ。頼んだぞ」
教えてくれたプレイヤーは、避難誘導に戻る。
ヨーゼフも早速指示を出し、一部のプレイヤーに避難誘導を手伝わせたり、怪我をしているプレイヤーの治療に当たらせたりしている。
猟師の面々は、バロウズは特に指示を出していないものの、半数は臨時の戦力として待機。その他はバロウズ同様、狙撃ポイントを探して各々散って行った。
そして、ディアス達はエレベータで5階まで上がると、『第1会議室』とプレートの掛かった部屋まで辿り着く。
《通信》で何処かと連絡を取り合っているのか、話し声が聞こえるので、間違いなくここであっている様だ。
「スチーブ! 来たぞ。状況はどうなっている?」
一応ノックはしたものの、返事を待たずに部屋に入り込むディアス。
スチーブはそれを一瞥すると、《通信》の方の話を纏め、終わらせてディアスの方に向き直る。
「良く来てくれました。救援に感謝します」
しかし、スチーブの表情は暗い。多少の救援では『焼け石に水』と解っているのだろう。
「他の地域からも幾らか救援が来ていますが、状況は芳しくありません……」
渡島地域でもここ石狩地域でも、常に後手に回ってしまっている。人手が少ない上に敵に主導権を握られては、実際は芳しくないどころの話ではないだろう。
「前線はまだ南の方ですが、かなりの部隊が札幌まで入り込んで、好き勝手に暴れている様で。散発的な戦闘もすでに始まっています」
「んな馬鹿な! 統率執って堅実な攻めをして来た、渡島でのヤリ口と全然違うじゃねぇかっ!」
スチーブの説明に、エチゴヤが、自分の持っている情報と違う! と悲鳴に近い驚きを漏らす。
「そもそも、指揮官が違うのかもな」
あれだけの大軍。複数の指揮官が居て普通だろうし、作戦毎に向いている指揮官に任せる事も考えられる。
「それでもまだ何とか持ち堪えられているのは、侵入した敵の大半がNPCである事、鉄砲隊は来ていない様なので、射程優勢が確保出来ている事。そもそも統率を取っていない事。これらのおかげですね」
「そこだけ見れば、本気で戦う気が無い。とすら言えそうだが……」
しかし、現実はそれだけでもピンチに陥っている。
「ええ。鉄砲隊が来ていないのは、連射の利かない火縄銃で、市街地戦は不利だからなんでしょうが……」
とスチーブは己の分析を語る。
「NPCや指揮に従わないはみ出し者を捨て駒にした、後方攪乱ではないか? と我々は睨んでいます」
「捨て駒、か……。贅沢な戦い方しやがって……」
「実際に前線は孤立気味で連携も執れず、敵本隊が突破して来るのも時間の問題だと思われます」
そして、対策を執るだけの時間も戦力も無い。そんな苦々しい思いが、スチーブの言葉からありありと感じられた。
「我々は札幌からの撤退を決めました。今は1人でも多くのプレイヤーを逃がすため、何とか時間稼ぎをしているところです」
「じゃあ、俺等もその手伝いをするべきか。……撤退支援が間に合ってない場所は?」
結局、当たり前の様に激戦区を選ぼうとするディアス。これだから頼りにされるのである。
「それは……全部で。ある程度は切り捨てるしかありません。何しろ全プレイヤーが今ダイブ・インしてる訳では無いので。……今居ない人達は……、諦めるしか……」
そいつ等が次にダイブ・インした時、既に札幌は占領下。そのまま捕虜決定。となるだろう。
スチーブは苦虫を噛み潰した様な顔で、その言葉を吐いた。
「その上で頼みたいのは、『札幌農学校』の事です」
「そこか……。確かに重要だな」
ディアスは自分も設立に係わっているだけに、複雑な表情だ。
何せ、4/1に開校したばかりである。それがもうこんな目に。ディアスが客寄せに用意した設計書のおかげもあり、順調に人が集まって来ていたのに。
しかし、農学校の名とは裏腹、ディアスの設計書の所為で、比較的技術系の学校っぽくなってしまっていた。ディアスとしては、それを基に農機でも開発して欲しかったところなのだが。
「重要な人材は真っ先に逃がしはしましたが……」
今のところ、ゲーム内で唯一の学校機関であり、故に教員も生徒も含めて、優秀な人材が集まって来ていた。
スチーブも彼等が後々の反攻作戦に必要で、敵の手に落ちるのは不味い。と判断したため、早急に対策を採ったらしい。
「しかし、そのために貴重な戦闘廃人を多数送り込んでいまして、無理して防衛線を支えてたため、彼等の一部が逃げ損なった様で。最終列車の出発を確認し、殿を努めながら後退していた筈なんですが、その後の連絡が取れなくなっています」
「そいつを助け出してくれ。って事か」
一緒に列車に乗って逃げられれば良かったのだが、安全に発車させるには、その場に残って防衛する必要があったのだろう。
札幌の廃人達は、基本的に商業系プレイヤーが多く、戦闘系廃人は希少である。出来れば、こんな所で消耗させたくない。
彼等が今も生き残っているなら、札幌に向かって逃げている最中だろう。と当たりを付け、ディアスは頭に思い描いた地図から、そのルートを推測する。
「助けられるモンなら助けるさ」
「……済みません。鉄道を動かせれば、『札幌農学校』まではすぐなんですが……、敵に利用される可能性を考え、避難が済んだ後……爆破しました」
「そこまでするか……?」
「必要な事です。今居るプレイヤーの避難が完了しましたら、残りの路線も爆破する予定です」
自分で苦労して敷設した線路だ。スチーブには苦渋の決断だったろう。
「にしても、こんな事になるって分かってたら、リアルと同じ様に札幌の北の方に創っとくんだったよ」
『札幌農学校』を創ろう。とディアス達が思い立った時点で、そっちの方の土地は既に開拓済みだったため、他の場所を選んだのだった。そして白羽の矢が立ったのは、豊羽鉱山や定山渓温泉に程近い、南の方の土地だ。
そして、敵が南から攻め上がって来ている以上、比較的早く危険に晒されているのであったが……。それは今更であるし、こうなる事など当時予想出来たとも思えない。即ち、単なる愚痴である。
「愚痴ったところでどうにもならんじゃろ」
「ふん。これだけ立て続けに奇襲されては、愚痴の1つも言いたくはなる」
とりあえず愚痴言ったおかげで少しはスッキリしたディアス。
「確かに、腹に溜め込むよりは、適度に吐き出した方が良いか……」
と、ヤマカンも納得。だが、ヤマカン自身は愚痴った位ではスッキリしない。何せ『札幌農学校』はヤマカンが言い出した事だし、ディアス以上に思い入れがあるからだ。
だからこそ、聞く事も聞いたし、大暴れして『戦国KARUMA』の連中に一泡吹かせてやろうと、
「では、行くぞい!」
「あ、ヤマカン。お前は駄目だ」
「何でじゃよ!?」
折角意気込んだと言うのに、ディアスに駄目出しされて涙目になるヤマカン。
「だって、鉄道が使えないんだろ? しかも、何処を逃げ回っているか判らないヤツ等を探さなきゃならないんだ」
「あ~、なるほど。ヤマカンは【移動】アビリティの熟練が低いから……」
「ヤマカン君の遅さに合わせてられない、って事だね」
「うぐ……」
反論しようの無い指摘を受け、言葉に詰まるヤマカン。
基本的に『工房』に篭って道具を作っているヤマカンは、他の皆に比べて【移動】アビリティの熟練が足りない。
ディアスは『冒険家』を名乗っている程、地図作製を兼ねて彼方此方行ってるし、シモヘイは狩猟のため野山を歩き回っている。ジェーンもモフモフ達と一緒に駆け回るのは日課と言って良い位だ。
「と、言う訳で、ヤマカンには拠点防衛を任せる!」
ディアスはヤマカンの肩を力強く叩くと、重要任務だ。と言わんばかりに言い聞かせた。
「避難が完了するまで、『転移室』のあるここや、『駅』を落とさせる訳には行かん」
身一つで逃げれば良いなら『転移室』で十分なのだが、何れ再起を図るなら出来るだけ物資の持ち出しも必要で、そのためには大量の物資を1度に運べる『鉄道』が不可欠だ。……元々、交通手段の発展を促すため、『転移室』の制限が厳しくなっているのだ。
「それに、そう言うのに向いた兵器も持って来てるだろ? 俺達が戻るまで退路を確保しておいてくれ」
「ふ……っ。そこまで言われては仕方あるまい」
納得したか諦めたか。ヤマカンは一息吐いて気持ちを切り替えると、
「確かに、こんな事もあろうかと『死を撒く霧の魔界』を持って来ておる」
ちなみに、『死を撒く霧の魔界』とは、『マメバルカン』に『死を撒く霧』用の大型ボイラーを接続し、殺傷能力を持たせたモードである。発射するのも当然豆ではなく、豆粒大に加工した鉛球である。
「あれかぁ……」
節分イベントの時『マメバルカン』を使っていたシモヘイは、その威力を思い出して苦笑する。
それより更に威力が上がっている『死を撒く霧の魔界』。それを向けられる敵に対する哀れみがちょっと。射程にはやや難があるが、今のところ敵の鉄砲隊は入り込んで来てない様なので、十分な戦力だろう。
「それと、スチーブは俺達も緊急連絡リストに入れといてくれ。一応そこそこの戦力は連れて来たから、『札幌農学校』以外にも応援が必要なら、お前の判断で指示を出してくれ」
「解りました。頼りにさせてもらいます」
とにかく、後の事はスチーブや、残して来たヤマカンやヨーゼフに任せ、『札幌農学校』を目指すディアス達。しかし、辿り着くには、先ずはこの乱戦の札幌を抜けなければならない。
『転移室』は使えなかった。そのエリアは既に敵の支配下に落ちているのかも知れない。
そんな訳で、スピード重視で市街地を駆け抜けようとしていたんだが、
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ディアス達は早速敵の雑兵NPC3人組に遭遇した。思っていたより多くの敵が市街地に到達しているようだ。
パァァァァァンッ! ザジュッ! ボグゥッ!
シモヘイが38式歩兵銃で額を撃ち抜き、ディアスがワイヤーで動きを止めてからサバイバル・ナイフで喉を切り裂き、ジェーンが寸剄で鎧ごと押し潰す。
雑兵NPCは戦闘系アビリティをかじった程度のプレイヤー並みの戦闘力らしいが、戦闘系アビリティをそこそこ熟練していれば、この様にそれ程苦労する事もなく倒せる程度の物である。
「戦闘は避けろ、って言ったろ!」
「出会い頭に遭遇したんだから、避け様が無いだろ」
「チェックもせずにズカズカと突き進むからだろうがっ!」
ディアスの危惧も尤もである。
簡単に倒せるだけの戦闘力を持っているとは言え、それはシモヘイなら弾薬、ディアスならトラップ用の資材など、物資に担保された強さだからだ。要するに、戦えば戦うだけ確実に消耗し、戦えなくなって行く。
ジェーンだけは【格闘】アビリティで戦っているので、そう言う消耗は無いのだが、具足を身に付けた相手を素手で殴っていれば拳が痛み、やはり連戦は辛い物がある。
「本格的な戦闘は、救出と撤退戦の時だけにしたいんだが……」
そうも行かないか。と顔が引き攣るディアス。
気配を消すつもりも無いどころか、辺りを警戒しているかも怪しい、大雑把で勢い任せに、無遠慮に荒らして回る物音が、壁向こうからでもハッキリと聞こえて来る。
「隠れていれば、やり過ごせるかも知れないが……」
救出は時間との勝負。慎重が過ぎて救出対象が全滅してしまえば、元も子もない。
「発見され易い、視界の開けた大通りを避けて、裏路地を進んでいると言うのに……」
「そりゃ、敵だって銃を持ってるこっちに対し、射線の通り易い大通りを避けて裏路地に入るだろ」
シモヘイの言う通り、バッタリ遭遇戦の起き易い状況であった。
「余裕を持って物資も持って来たつもりだったが、この遭遇率だとギリギリ足りないかも知れないな」
だが、ここは多少の無茶をする場面だろう。とディアスは決断した。
とにかく急ぐ3人。さっさと市街地を抜けてしまえば、遭遇率も下がるだろう。と、今は無理矢理にでも気持ちを切り替える。
また敵兵を発見。走り易さと、路地裏バッタリ遭遇戦よりはマシだろうと、表通りに出ようとした矢先の事である。
2人組だ。二人一組のつもりなのか、単に2人組なだけなのか判らないが、問題は手抜きデザインのアバターではないと言う事。即ち、プレイヤーである。
しかし、まだ慌てる様な距離ではない。今の内に遠回りに回避すれば、こちらを追うより街の中心部へ向かうだろう。と推測したディアスであったが、相手はその距離にも係わらず、その場で武器を構え……
「うをぉっ!?」
それを見たディアス達は、慌てて建物の影に飛び込んだ。
直後、バチバチとレンガ造りの壁を叩く音がする。
「鉄砲隊は来てない、って話じゃなかったのかよ!?」
「会議室じゃ分からん事もあるんだろ!」
幾ら混乱しているとは言え、重要な情報は確実に集めとけよ。と愚痴るディアス達。
「火縄銃じゃない!? 散弾銃使ってるのか!」
今もディアス達が隠れた壁をバチバチ叩いているのは散弾である。間違いなく、函館で普及していた物を鹵獲して使っているのだろう。
「ヤツ等……、散弾銃なんて使えたのかよっ!?」
「そりゃ、火縄銃よりは簡単だろ!」
「そうじゃなくて、【銃器】アビリティの制限は!?」
「だから、向こうの『鉄砲足軽』とかの資格が、こっちの【銃器】アビリティ相当って事で互換されてるんだろ!」
「チッ! そんなルールもあったな!」
思ったより、これは不味い。敵が鹵獲兵器を使えるなら、時が経つにつれ、支配域が広がるにつれ、技術的有利が減って行く事になる。
最悪、折角創った『札幌農学校』を爆破する事も、視野に入れなければならない。スチーブも線路を爆破したのだ。それ位はする必要がある。とディアスは覚悟を決めた。……とは言え、既に敵の支配下にあるであろう『札幌農学校』まで侵入するのは、かなり難しそうだが。
「にしても、ヤツ等面白半分に撃って来やがって……!」
シモヘイが未だ止まぬ散弾の嵐に、忌々しげに愚痴る。顔を出して様子を見る事も出来やしない。
相手はそうやって牽制しながら、徐々に近付いて来ている様だ。段々と銃声が近くなっている。
「パンパン、パンパン。うるせぇ。遊んでんのか?」
「ゲームなんだから、遊ぶのは当たり前だろ」
ディアスは投げ遣りに答えた。渡島では統率を取った行軍をして来た様なので、その反動なのかも知れない。と。
「……函館を取ったから、安心して暴れる余裕が出来た。って事だろうな」
「函館を……? あ、なる程。そこに拠点が出来りゃ、《死に戻り》で東北まで戻させれずに済むもんな」
《死に戻り》のリスクが全然違って来る。とシモヘイも納得。スコア的には変わらないだろうが、東北まで戻されてしまえば、再度の侵攻が大変である。
「そんな事より、今はこの場を切り抜ける事の方が重要でしょ?」
ジェーンの言う事は尤もである。
相手は適当に乱射している分、すぐに弾薬が尽きるだろうが、それは尽きても構わない。と思っているのだろう。何せ、今度の相手はプレイヤーである。その強さはNPCとは比べ物にならない。
相手は2人、こっちは3人だが、それは気休めにもならない。ディアス達はそこそこ戦える程度。年がら年中戦って来たプレイヤーと比べれば、素人に毛が生えた様なものである。
「ビルの中に入って撒くぞ」
狭い路地裏で射線が通れば、避けるスペースも無い。
ディアスは手近な窓ガラスを躊躇無く叩き割ると、その中に飛び込んだ。シモヘイとジェーンも後に続く。
「このまま追って来るか、それとも他の獲物を探しに行くか……」
特に理由が無ければ、手間の掛かりそうな面倒な相手は後回しにするんじゃないか。との楽観的推測は裏切られた。
ドンッ!
「……正面玄関のドアが破られたみたい……」
「流石マスター・キー……」
軍用ショット・ガンはドアを破るのにも使われる。と言う薀蓄を披露するシモヘイ。
「ズカズカと入って来て。待ち伏せされてる、とか考えないのか?」
「考えてないんじゃない? トラップを仕掛ける時間は無いし、奇襲位なら何とか出来る自信があるとか?」
「で、どうするディアス?」
「とりあえず、また適当な窓を破って脱出するか」
ディアスは少しだけ考えると、そう言った。
2人居たので、片方が正面玄関から派手に侵入したのを囮に、もう片方がディアス達の入って来た窓から追って来る。と言う事も考えられる。
シモヘイもジェーンも特に異存は無かった様で、3人はコソコソと移動を始めたのだが、
「……あ」
「……う」
アッサリ見つかった。
意外だったのは敵も同じ様で、反応が遅れている。出会い頭に撃たれなかったのは、ディアス達にとっては幸いだった。
とにかく、その隙に適当な部屋に飛び込む事に成功するディアス達。
バァァァァァァンッ!
敵が我に返ってディアス達の後を追い、室内に向かって発砲した時には、丁度ディアスが応接間にあったテーブルを楯にしたところだった。
中々上質な木材を使った、重厚なテーブルだったおかげで、散弾位では貫通されない。スラッグ弾に切り替えられたらどうか判らないが、そんな隙を与えるつもりはディアス達にも無い。
「敵を追い詰めたのか?」
「ああ。だが、ちょっと攻めあぐねてる」
「両側から回り込んで、挟み撃ちにするか?」
だが、もう1人の敵も駆けつけて来たので、状況はディアス達に不利になった。
「このままじゃ不味いか。出来ればこんなに早く使いたくはなかったが……、止むを得ん」
ディアスが取り出したのは取って置きの1つ。缶ジュース位のサイズの金属筒。
それを相手の足元に目掛け、出来るだけ目経たぬ様、こっそりと転がした。
「……3、2、1、0!」
ブシュゥゥゥゥーーーッ!
ディアスのカウントと同時に、それは白煙を吹き上げる。
「何だぁっ!?」
「うをぉっ! 冷たっ!?」
「まさか、液体窒素ってヤツか!?」
白煙、と言っても、ガスに白い色が着いている訳では無く、冷やされた大気中の水蒸気が凍り付き、白く見えるだけである。
その、周囲が凍り付いて行く様に、武士達は驚きの声を上げる。驚くのも無理は無い。それ程の冷気に晒されれば、悴んで体も動かなくなり、最早逃げる事もままならない。
「残念。液体水素だ」
「!?」
武士達は見た。自分達が取り乱している隙に、窓から逃げようとしているディアス達の姿を。そして……、ディアスの手にはオイル・ライター。
「ま、待て!」
ロケット燃料などにも使われている事から、水素が良く燃える事は知られている。それこそ、爆発的に燃えると言う事が。
「アディオス!」
窓から飛び出すとほぼ同時。ディアスはライターに火を着け、放り込んだ。
何故スペイン語? と言う微妙なのが武士達の最後の言葉となった。ただし、
ゴガァァァッ!
爆音に掻き消され、誰の耳にも届かなかったが。
「この爆発で敵が集まって来るかも知れん。……今の内にさっさと市街地を抜けるぞ」
「あんな物があるなら、さっさと使えよ!」
「馬鹿言うな! あんなモン、ポンポン作れるかっ! ネタで作ってたのが1つあっただけだ! 大体、あれ1つ作るのに、一体幾ら掛かると思ってるんだ!」
何をするにしても、予算の問題は付いて回る。
冷気による足止めと爆発による攻撃の、1粒で2度美味しいアイテムだったが、無い物はどう仕様もない。
考えてもみれば、シモヘイには、どうやってそれだけの水素を集めたのか? それすら想像が付かないのだ。そして、それを液体化する程冷やすのは、凄く大変だと言う事は想像出来る。
「それに、ネタ・アイテムは所詮ネタ・アイテムだ。使い物になる保障なんて無いんだぞ!」
とは言うディアスであったが、それなりの自信があったから使ったのだろうが。
そんな貴重なアイテムと時間を消費した戦闘であったが、全くの無駄ではなかった。
先ずは銃器を所持したプレイヤーが居ると言う情報を入手出来た事。これはスチーブに《通信》で連絡済。警戒する様には伝えておいたが、どう対応が取れるかはスチーブの指揮次第だろう。
そして、プレイヤーが相手でも、アイテムを駆使すれば何とか戦える。と解ったのも大きい。エチゴヤは戦闘廃人ばかりだと脅していたが、実際に万人単位で廃人プレイヤーが居る訳が無いのだ。あれは、戦闘廃人の大半が参加している。と言う意味だったのだろう。先程のプレイヤーが戦闘廃人だった場合、あんなヌルい攻め方はしていないだろう。と言うのがディアスの推測だ。
スチーブの推測も、捨て駒を使った攪乱戦。と言う事だったし、トップ・クラスの戦力は送り込まれて来ていないのだろう。
「ゴチャゴチャ言ってる暇があったら走れ! 本当にそろそろ敵が集まって来てもおかしくないぞ!」
森の中、木々の合間に転がる死体、死体、死体。数えればキリが無い。
どれだけ戦い続けたのか、どれだけ斬り続けたのか。最早、刃毀れと血糊で刀は鈍器と大差無く。疲労の溜まった体は自分の物ではないかの様だ。
所詮はアバター。自分の体でないのは当たり前でござるか。とどうでも良い事を思うブシドー。
それでもまだ多くの敵が残っているものの、大分斬ったためか、警戒して暫しの間、敵の攻撃の手が止まっていた。余計な事を考えていられるのもそのためだ。
この状態がもう少し続けば、緊張感が切れ、集中力も切れ、少し不味い事になるかもしれない。と何とか集中をもたそうと、ブシドーは遠巻きに囲む敵兵を見回した。
「ゴンベエ。おぬしも先に逃げて良かったのでござるよ」
「馬鹿言うでねぇ」
隣に立つゴンベエは、人の肉を耕し、血塗れになった鍬を構えながらキッパリとブシドーの言葉を否定した。
「百姓が自分の畑さ捨てて逃げただ。これ以上の恥は掻けねぇだよ」
士農工商の上から2番目の自負もあるだ。と言うゴンベエ。
「それに、幾らブシドーでも、1人では足止めにはなんねぇだよ」
「拙者のお守りでござるか……」
ブシドーは『TONDEN FARMER』でも5本の指に入る戦闘廃人であるが、それでもここまで持ち堪えられたのは、ゴンベエのフォローがあってこそ。
ゴンベエは戦闘技能こそブシドー程ではないものの、野良仕事で鍛えたステータスは、雑魚を力任せに薙ぎ払う位なら出来たのだ。
だがそれも限界に近い。呼吸を整え、疲労を悟らせない様にしつつ、僅かでも回復に努めていたブシドーだったが、次に一斉に襲い掛かられたら、もう駄目だろう。と思っていた。
殿を務めた戦闘職プレイヤー達も、追っ手を撒くために方々に逃げたが、他の皆も同じ様に追い詰められてなければ良いが……。と他人の事を気にするブシドー。
そして、状況が動く。敵は襲い掛かる訳では無く、ブシドーの正面から退く様に左右に分かれた。
「お~、お~。派手にやってくれてんじゃネェか」
雑兵達が左右に分かれ道を譲る中、その男はニヤニヤしながらブシドーの前に現れた。
ちゃんとした人間の姿。間違いなくプレイヤーである。しかし、その身に纏う具足の程度からするに、あまり格の高い指揮官クラスではない筈。精々足軽に毛が生えた程度にしか見えない。唯一、槍だけはかなりの業物の様だが。
それにしては雑兵の服従っぷりが、まるで大物を相手にする様だが? とブシドーは警戒を強める。何にせよこの状況で出て来るヤツが、弱いヤツの訳が無い。
「テメェ1人で、雑兵NPCを300前後、下っ端プレイヤーが50弱、ってとこか」
ウチでも十分戦闘廃人としてやってけるぜ。とその男は一応褒め言葉を送る。
その内の何人かはゴンベエの戦果なのだが、細かい事は気にしていない様だ。と言うか、本格的な戦闘職でないプレイヤーは、端から眼中に無いだけである。
「そこで態々出て来た、と言う事は、おぬしも腕に覚えがあるのでござろう?」
そう言うおぬしこそ、戦闘廃人でござるな? と確信するブシドー。おそらくは、部下への指揮能力すら切り捨てて、個人技能のみを追及した、何処か本筋とはズレた遊びに走ったプレイヤーだと。
「当然。テメェみてーな美味しい獲物、NPCにくれてやるには勿体ネェ。……本当は万全な状態で遣り合ってみたかったがな」
「……だったら疲れる前に早く出て来るでござる……」
ブシドーは疲労を隠していた事も忘れ、力なく突っ込んだ。
大して強くもない下っ端が相手とは言え、何百もの数を相手にしていれば消耗も当然であろう。おかげで今やスキルの使用も難しい。
ひょっとしてこいつ、こっちが疲弊するのを待っていたんじゃなかろうか? と疑うブシドー。そんなせこいヤツには負けん。と勝手に想像しては対抗意識を燃やす。
「俺は『雄謳歌 愛知禅』。テメェは?」
「……ブシドー。この開拓地では、最早邪道となった道を行く者にござる」
「そりゃ、開拓ゲームで戦闘廃人なんてやってりゃ、邪道の謗りを受けるか……。だが、イイネェ……!」
雄謳歌は、一見まともに見えるブシドーの中に宿る狂気を見、狂喜した。戦闘廃人の仮想敵は、戦闘廃人である。
「ヌルいゲームかと思ってりゃ、結構楽しいじゃネェか! マジで参加して良かったぜ!」
「戦闘狂が……!」
「こっちじゃ生き物ぶった斬りゃ、派手に血を吹いてグロい死体を晒すんだ。向こうじゃ考えらんネェぞ!」
辺りに散らばる死体に、咽返る様な血の匂いに。雄謳歌は歓喜の声を上げる。
「これでハイになんネェ訳がネェ! テメェだって、そうなんだろ?」
ブシドー程の熟練に至るまで、どれ程の返り血を浴びつつ人を斬れば良いのか? そこを雄謳歌は指摘する。
「……『TONDEN FARMER』では、生き物を殺して食らう、その重さを意識させるため、あえて死を実感し易くなっているでござる。決して、おぬしの様な輩の嗜虐癖を満足させるためではござらん」
ハッ! と雄謳歌はブシドーの言い分を鼻で笑う。
「農の業かよ。このゲームの方が、よっぽど『KARUMA』の名を冠するべきだぜ。それに……」
雄謳歌は槍をブシドーに向けつつ、
「テメェはその死の匂いの中で人を斬って来たんだろ? そんなの俺と変わんネェ。いや、俺以上にイカレてやがる!」
人として大事な何かを捨てた、正に廃人なのだと。
「どっちがよりイカレてるか。白黒付けようじゃネェかっ!」
「拙者はイカレてはござらんっ!」
今正に、廃人同士、どちらが格上かを賭けて戦いが始まろうとしたその瞬間、
「シモヘイ、機銃掃射!」
「了解!」
無数に飛来するライフル弾が、周囲の雑兵を襲う。しかし、木々に阻まれ、それ程多くの雑兵が倒れた訳では無い。シモヘイも味方誤射を気にして、思い切って撃てなかったのもある。
「ディアス達だべか!?」
「ブシドー、ゴンベエ。助けに来たぞ!」
「あまり助けられそうにないでござるが……」
シモヘイが撃ち続けているものの、雑兵に囲まれつつあるディアス達。
掃射を掻い潜って接近して来た敵は、ジェーンが殴り飛ばして倒しているからまだ何とか持ち堪えているが、どう見ても人助けの余裕がある様には見えない。
「何だアリャ?」
雄謳歌は勝負に水を差され、ちょっと不機嫌そう。
「ディアス殿。拙者等は既に覚悟を決めているでござる! おぬし等まで巻き込まれる必要はござらんっ!」
「勝手に覚悟を決めるなっ! お前だって、反撃に必要な人材だっ! 他のヤツ等の退路は大体確保した! 後はお前等だけだっ!」
ディアスが敵の手に落ちた方が損害が大きいでござる! との言葉は何とか飲み込んだブシドー。敵にディアスの価値を知られる訳には行かない。
ディアスの事だから、最期に逃げるだけの取って置きはあるのだろうから、体力を使い果たした足手纏いが居なければ、逃げ果せるだろう。とブシドーは判断した。
「相手は只者ではござらん。皆で逃げるのは無理でござる!」
だがここまで来た以上、ディアスもただでは帰れないだろう。とはブシドーにも理解出来る。
「ディアス殿、せめてゴンベエだけでも」
「おらも一矢報いるまで逃げる気ねぇだよ」
「あ……、そう……」
ブシドーはちょっと考えた後、何事も無かったかの様にやり直し。
「ディアス殿、せめてこれを」
ブシドーが投げ渡すのは、1本の巻物。ディアスの見た事の無いアイテムである。
「この時のために買って置いた、武術系1haボーナス、『柳生武芸帳』でござる」
それは、戦闘系プレイヤーなら、喉から手が出る程欲しいレア物。
「拙者とてここで朽ちるつもりはござらん。が、万が一の時には後継者に託し、一矢報いてくだされ」
「……しかと受け取った」
しかし、ディアスにはそれを活かせそうな程の、【剣術】アビリティを熟練しているプレイヤーに心当たりは無かった。だが、それをここで言ってもブシドーのモチベーションを下げるだけなので、ただ任せろと請け負うのみ。
「ンで、もう良いか?」
と切りの良いところで雄謳歌は口を挟む。
「……まさか、話が終わるまで大人しく待っていてくれるとは」
「ハッ! 俺はイベント・ムービーはスキップしないで、ちゃんと見るタイプなんだよ!」
「そこは、『ヒーローの名乗り上げの時は攻撃しないタイプ』と言った方が良いのではござらんか?」
雄謳歌は、古き良き時代のお約束を守る、マイ・ルールでも課しているのであろう。と推測するブシドー。ゲームを楽しむには、自分なりの拘りが必要である。
「だが、逃げるのまで待ってやる義理はネェ。……包囲はさせてもらったぜ」
その包囲網には、少ないとは言えプレイヤーも混じっている。NPCだけなら強行突破も出来たろうが……
「ブシドー達も逃がしたかったが、そのつもりは無いと……。なら、俺達のやるべき事も、もう無いな」
ディアスのその台詞に、その裏にある意味を察したシモヘイとジェーンに緊張が走る。
つまり、ここが最期の正念場。出し惜しみ無し。と言う事だ。……何を持って来たのか、シモヘイ達にもようとして知れない、何かが出て来るのだ。
そして、取り出されたのは、あの液体水素が入っていた容器に似た物。と言うより、そのまま同じ物である。ただし、ディアスが言った様に、液体水素はあれだけの筈なので、中身が違うのだろう。
……何にせよ、大きな声では言えないネタ・アイテムだろう。と、シモヘイ達は半ば確信していた。
雄謳歌も珍しい攻撃手段に興味があるのか、律儀に待っていた。それも戦闘廃人の性なのかも知れない。
ディアスの手からそれは投げ放たれた。
ポテ、コロコロ……
と、地面に落ちて転がるも、
「何だ? 爆発するワケじゃネェのか?」
転がっただけ。
多くの者が雄謳歌と同じ様に思っていたのだろう。不発弾か? と僅かに緊張が緩んだ瞬間、
バシュゥゥゥゥゥゥッ!
その容器は勢い良くガスを噴出し、その反動でグルグル回りつつ辺りに撒き散らしていた。
「!? 下がれっ! 毒ガスだっ!」
近くに居た雑兵がバタバタと倒れ、慌てて後退を指示する雄謳歌。
どの程度の致死性の毒ガスかは判らないが、さほど大きくもない容器に、広範囲に影響を及ぼす程、大量に入っていたとは思えない。だが、『毒ガス』と言う非日常的な代物だけで、パニックに陥れるには十分なのだ。
『戦国KARUMA』では毒ガスを武器として使う事こそ出来ないものの、火山地帯等で天然に吹き出ている所もあるので、その怖さを知らない訳では無い。
ましてや、ここに居るのは戦闘狂のプレイヤーばかり。そんなヤツ等が、毒ガスなどと言う物に対し、苦手意識を持っているのも仕方の無い事である。何せ、ガスを相手に刀を振り回しても意味など無いし。
とにかく皆1人残らず、影響範囲から逃れようと全力で野山を駆け抜ける。逃げるだけで精一杯で、最早指揮系統がどうとか、そんな事を気にする余裕も無い。逃げる間に、部隊がバラバラになってしまったところも少なくない。
「ハァ、ハァ、ハァ……、ここまで来れば……大丈夫か?」
「た、多分……」
どれ位走っただろうか。もう、あの毒ガスの匂いはしない。
周りに居る人間と、口々に安全を確認しあう。……何を持って安全か、言い切れないので、所詮は気休めに過ぎない。
「これ、開拓ゲームじゃなかったのかよ? 何で毒ガスがフツーに出て来るんだ?」
「毒ガスは……農薬の研究に転用された物もあるでござるよ。ならば、ディアス殿なら作れて当然でござる」
「マジかっ……! 頭おかしいだろ? そいつ……」
「全くでござる。『頭の螺子が外れてる』とは良く言うでござるが、ディアス殿の頭は、きっと螺子の代わりに爆発ボルトでござるよ」
ハハハハハ……。と力無く笑いあう2人。は……
「……!?」
ハッ、となり顔を見合す。や否や、ババッ! と間合いを取り、武器を構える。
「……迂闊。思わず、敵と一緒に逃げて来てしまったでござる」
「まぁ、あの状況なら仕方ないだろ?」
咄嗟の事とは言え、別々の方向に逃げれば楽に逃げられた筈なのに。と悔いるブシドーだったが、これは彼がドジだったとは一概には言えない。
人がパニックの中逃げ出す時、皆と同じ方へとある程度固まって逃げるのは、一種の本能である。群を成す動物の習性、とも言える。
「ブシドー……、敵と何を暢気に喋ってるだよ……」
彼等より体力の残ってなかったゴンベエが、ハァハァと息を切らせならが、やっと今追い付いて来た。
その遅さでもガスから逃れらたのだから、やはり大した量ではなく、殆どハッタリだったのだろう。
「そうだな。そんな暇があったら、逃げれば良かったんじゃネェか? 雑兵共も散り散りになっちまってるしヨォ」
「ふん。おぬしに逃がす気が無い以上、それは無駄でござろう」
「まぁ、な」
2人の構えは、より積極的に攻撃のタイミングを計る物へと、移り変わって行った。
戦術的には、2人に戦う理由は殆ど無い。彼等の目的なら、既に果たされたか失敗してしまっているか。
だが、結局は戦闘廃人同士。目的など、戦いを盛り上げるためのシチュエーションに過ぎない。ならば、既にやる気になってしまっているなら、後はもう戦うだけだ。
「ブシドー。やるなら勝つだよ」
もし勝ったとしても、体力を使い尽くしたブシドー達は、雑兵にも狩られるだろう。とは解っていても、ゴンベエにはそう言う他なかった。
「ああ」
と短い答えを返すのみのブシドー。
斯くして戦いは始まった。
雄謳歌が突く槍をブシドーが紙一重でかわし、間合いを詰めて切り込もうとするが、雄謳歌の槍の引き戻しがブシドーの想定より速く、中々隙が無い。
上手いが地味な戦い。ブシドーは体力が殆ど無いため、最小限の動きで対応しようとしており、ゲーム的な大技を出せないのだ。
そのため、両者の戦いは始終ブシドーが押され気味だが、それでも押されている。と言う程度で済んでいた。
疲労しながらも持ち堪えられているブシドーの力量に対し、雄謳歌が警戒して無理な攻めをしていない事も、勝負が一気に決まらない原因だ。
これらの事から見るに、両者の力量はほぼ互角。互いに得手不得手もあるが、自分に有利な状況に運ぼうとする駆け引きも互角。
ならば、このまま何事も無ければ、疲労のハンデがあるブシドーの負けが決まる。
「この消耗でこれだけやれるのかよっ!」
「褒めても何も出んでござるよっ!」
と言うブシドーであったが、実は後1回、必殺技を出すだけの余力は残している。それをどのタイミングで仕掛けるか。
限界ギリギリで戦えば、人は己の得意なパターンに絞られて来る。ブシドーが見る限り、互角の攻防が続いた場合、雄謳歌が採るのは3パターン。
小技で崩しに来るか。
間合いを離して仕切り直すか。
力技で強引に押し込むか。
読み違えれば、隙を晒す事になるが、ヤマを張るしかブシドーに勝機は無い。
そして、ブシドーにとって最も都合の良いパターンは、力技に対しカウンターを取る。これに尽きる。ただし、その力技も数パターンあるのが難点だが。
だが、ある程度状況を整える事で、相手の出方をコントロール出来る。とブシドーは考えていた。適度な隙を作れば、力技を誘発出来るだろうし、その隙を極力少なくすれば、出の早い突きが最有力候補となるだろう。
その前提で、ブシドーは態と隙を作っていた。気付けるかどうか微妙なところな、切り返しの際の本の少しの貯め。少ない体力が故、どうしても生じてしまう。と見せかける程度の。
そして……、掛かった。ブシドーが想定したタイミングでの突き。
雄謳歌の突きに対し、刀を振り下ろして軌道を逸らし、すり足で僅かに前に出るブシドー。
次の瞬間、前足に乗った体重を蹴り戻し、その反動と体幹の捻り、素早い手首の返しにより、振り下ろした筈の刀が一瞬で翻る。即ち、スキル【燕返し】(注:この燕返しの説明は、ゲーム的解釈が入ってます)。
『柳生武芸帳』の名を聞かせたのさえ、このための伏線。取って置きは『柳生神陰流』ではなく、『巌流』の技であった。……尤も、相手が『柳生神陰流』の技を知らなければ、引っ掛けにならないのだが。
雄謳歌の喉元に吸い込まれる斬撃に、勝利を確信するブシドー。
しかし、ブシドーは気付いていなかった。雄謳歌の体重の配分、槍を握る位置、突き出すタイミング、それらが僅かに違う事を。雄謳歌が、最初から2種類の突きを使い分けていた事を。それが、僅かな間合いの読み違いを起こしていた事を。
ガキンッ!
「なぁっ!?」
必殺の一撃を外され、判断の遅れが生じるブシドー。
確かに、間合いのズレはあった。しかしそれは、空振りする程の物ではない。
ただ、雄謳歌に対応させるだけの猶予を与えていたのだ。そして、雄謳歌の放った突きは、最初から変化する事が前提の、『後の先』を意識した物だった。それだけの事。
それは、読み合いで有利に立とうとしたブシドーと、初見の相手でも倒さねばならない戦場を生きて来た雄謳歌との、戦いに対する考え方の違いだったのかも知れない。
「ブシドォォォォォォォォッ!」
ゴンベエの絶叫と、雄謳歌の哄笑が響く中、
どさ…ぁ…っ……
ブシドーは地に伏すのであった。




