戦争がはじまる……かもしれない
「今日も良い天気だなぁ」
ディアスはジャガイモに直射日光が当たって乾燥しない様、簾の影に並べながら、空を仰いだ。
ちなみに何をしているかと言えば、明るい所に芋を出し、発芽を促しているのである。平たく言うと、種芋の準備である。
ここ最近、春先は稲作にばかり力を入れて来たので、それが軌道に乗りつつある今、原点回帰、北海道にはやはりジャガイモ。と言う事で、少しばかりジャガイモの作付け面積を増やそうか。と目論んでいたりする。
その割を食うのはトウモロコシである。これは加工済みのコーンスターチが大量に余ってるため、少し減らそう。と皆の意見も一致している。
元々トウモロコシからコーン油を採る際、胚芽だけ使うんで、残った部分をコーンスターチに出来てお得。とか考えていたのだが、コーンスターチは意外と使い道が少なく、コーン油も大豆油に値段で負けているため、需要が減って来ている事も影響していた。
「豚丼の店もヨーゼフを巻き込んで順調に準備が進んでるし、ここいらでフライドポテトとか本格的に開発し、ファースト・フード的な店にしてみるのも良いかも知れん」
豚丼とフライドポテトが合うかどうかは微妙だが、豚肉をサンドしたバーガーを用意してみるのも……。とか考え出すディアス。丁度良くハンバーガーが得意な知り合いも居る事だし。
また、ポテトチップの開発を進めてみるのもアリだ。が、あれも美味しく作るのは結構難しい。リアルだと電子レンジの機能にお手軽に作れるモードがあったりするのだが、ゲーム内に電子レンジは無い。
と、そこまで考えて、それらも一緒にハンバーガーが得意な料理人、スザンナに教えを請うのが良いだろう。と結論付けるディアス。何せ彼女は料理を教える役目を担ったNPCであるからだ。しかも得意ジャンルはジャンク・フードなので、フライドポテトもポテトチップも出来るだろう。
ならば、ディアスが貢献出来る事は、
「フライヤーとか設計しておくかな?」
とか考えてみるも、それも意外と難しい物である。
構造自体は単純だ。しかし、油の温度管理がどうすれば良いやら。リアルの物は電子制御で火力調整しているので、参考にならない。電子制御が無い時代の方式で、どの程度の精度で管理出来るのか、慎重に考えなければならない。揚げ物の良し悪しは、油の温度管理が重要なのだから。……まぁ、このディアスの知識は、所詮料理漫画の受け売り程度の物だが。
「いや、フライヤーは良いんだけどさ……」
シモヘイは何故か不満気な表情をしていた。そして、本当に何故か、アサルト・ライフルを抱えていた。
「ゲーム間戦争が解禁されたろ! 何暢気に畑仕事してんだよ!」
先手必勝! 攻撃は最大の防御! とばかりに、戦おうとしているんだが、周りの誰もがそんなつもりは無く、シモヘイは1人で空回りしていた。
「アホか。屯田兵が畑仕事しないで何するんだよ?」
「バカか。屯田兵なら土地を脅かす敵に備えろよ!」
どちらの言い分も、微妙に正しいのが困り物である。
「……まぁ、多分大丈夫だろ」
ディアスの出した結論は、暢気な物だった。
「北海道に攻めて来るメリットって、意外と無いし」
「……マジか? 言い切れるのか?」
「理屈の上では、な」
えーと、な。と考えをまとめつつ、ディアスは言う。
「確か、もし占領したのなら、そのゲームのルールで運用されるんだよな」
「そうだが……、それがどうかしたのか?」
「例えば、だ。とりあえず手近な『戦国KARUMA』が占領したとしよう。……だが、そうすると農法も戦国時代レベルに逆戻り、収穫量は激減だ」
「まぁ、お雇い外国人とかのおかげで農業が進歩して、やっとこれだけの成果が出たんだしなぁ……」
その技術が全て使えないとなると、土地ばかり広くて管理が面倒なクセに、メリットが少ない。と言う事はシモヘイも何となく判る。
「そんな土地を無理して奪う位なら、もっと使い易い土地を狙うさ。……無理に北海道遠征して手薄になった所、とかな」
「そう言う意味でも北海道攻めはし難い訳か……」
「それに今は農繁期だしな。戦国時代の主戦力は農民でもあるから、この時期には戦争しない、ってのは暗黙の了解だったからな」
だから、『戦国KARUMA』が攻めて来る心配はしなくて良い。と締め括るディアス。
「関東の『Iron Site』に関しては、巨大ロボット戦をやる訳だから、広い土地が欲しい。って要求はあるみたいだが、それなら何も北海道でなくても良いだろう」
「鉱物資源的にはどうだ?」
「全く影響は無い、とは言い切れないが、あの手の物で日本で採れる鉱物資源のみ、って縛りがあったら、工業的に無理があるだろうから、あまり影響が無い様にしている筈だ」
多分、外国からの輸入が普通にある筈だ。と推測を語るディアス。
となれば、元々やりたがってたゲームが故に、今でも情報を収集しているシモヘイは、ああ。と納得する。
「それに、どっちかと言うとリアル工業地帯の影響が大きいから、関東からなら太平洋ベルト沿いに西に攻め込んだ方が効率が良いだろ」
よって、『Iron Site』も気にしなくて良い。
「『Signal Blue』はレース・ゲームだから、北海道に世界的に有名なレースのコースでもあれば動機はありそうだが……」
と一旦首を捻って考え込むディアス。結局、詳しくはヤマカンに聞いてみないと分からないな。と考えを放棄。
「だが、レース・ゲームがどうやって攻めて来るんだよ。って話でもある」
これ以上遠くなると、攻めて来るための交通手段が難しくなって想定し難いが、と前置きして、
「『NANIWA AKINDOH』は北海道の特産品狙い、ってのは考えられるが、それなら物流の都合もあって、もっと手近な所から攻めて行くだろうし」
だからこれもすぐさま脅威になる事は無いだろう。
「『超人Athlete』はウインター・スポーツの会場が欲しい、ってのはあり得るが、格闘技がスポーツに入るかどうか、ってとこで『武林Online』と仲が悪いらしいから、迂闊に動くとそっちから攻撃を受けるし」
要するにそれどころじゃ無い筈。
「『GADGET MONSTER』は召喚獣が強力だが、逆に言えば召喚獣が使えない他のゲーム・サーバに攻め入る戦力が何も無いし」
よって放置しても問題無し。
「『武林Online』も当面の敵は『超人Athlete』なんで、こっちには手を出して来ないだろう」
と、全てのゲームに対し、気にしなくて良い理由を語り終えるディアス。
確かに、聞いてみれば筋は通っている。……だが、それでもシモヘイは不安から開放されたりはしなかった。
「……しかし、なぁ……」
「何だよ? 何か気になる事でもあるのか?」
「ディアスの自信満々の予測って、大概外れるし」
「おい、こら」
と否定しようとしたものの、今までの計画失敗の実績が、ディアスに上手く言葉を紡がせなかった。
「だが、まぁ、そう言う意見もある事は解ったろ。ならプレイヤー間の意思統一は難しい。って事だ」
「反対意見は無くならないだろう、ってのは、うん、そうだよな」
それに、それぞれのゲームには、統一意思決定機関がある訳では無い。つまり、プレイヤーの過半数が賛成したのだから、決定に従え。とか言う強制力は無いのだ。
「大体、どのゲームも基本的にプレイヤー同士で争う物だぞ。話を着けないまま動けば、十分な戦力を確保出来ないどころか、その隙を突かれる事になる」
のんびり開拓しているだけに見える『TONDEN FARMER』でさえ、土地の奪い合いが認可されているのだ。他の争い事がメインのゲームなら、隙を作ればどうなるか。当然、弱者は食い物にされるだろう。
ある程度は面白半分に、大規模イベントのノリで動く事も考えられるが、普通のゲーム・イベントと違って、デメリットが見え隠れするのである。
トップ・プレイヤーであれば、その辺のリスクを天秤に掛け、慎重な判断を下すだろう。
「まぁ、皆を有無を言わさず引っ張って行ける様な、カリスマ・プレイヤーでも居れば話は違って来るんだろうけどな」
「ディアス……、それってフラグじゃね?」
「フラグって、またまた。漫画じゃあるまいし」
ディアスは苦笑しつつ、パタパタと手を振って否定した。神経質になり過ぎだろ。と。
「ディアスなら防衛どころか、寧ろ『冒険する場所が増えるぜ。ヒャッハー!』とか言って、嬉々として攻め込むかと思ってたのに……」
折角の大規模イベントなのだ。何もしないでサラッと流す、と言うのはシモヘイには理解し難い。それにこのイベントに勝てばサーバ領域が増える。MAP追加である。結構盛り上がると思うのだが? と言うのがシモヘイの考えだ。
「お前の中で、俺はどんな危ないヤツになってるんだよ? 大体この不人気ゲーに、そんな戦力の余裕は無い」
……そのメリットは、他のサーバを落とせるだけの戦力が無い。となれば全く意味が無いのだから、『獲らぬ狸の皮算用』である。
「余裕があれば攻め込んだのか……。いや、そこは何時もの秘密道具で補えば」
「秘密道具って言うな。ドラ○もんじゃあるまいし」
キ○レツ呼ばわりの次はドラ○もんかよ。と顔を顰めるディアス。
「それに、そんなモン作ったって、『戦国KARUMA』のサーバには持ち込めないぞ」
「……そうだった。あそこは戦国時代レベルの技術制限があるから……」
「『Iron Site』には持ち込めるかも知れないが、ちょっとやそっとの武器を持ち込んだところで、巨大ロボット相手じゃ勝負にならないし」
シモヘイは思わず、『ディアえも~ん。大きくて、強くて、カッコイイ、ロボット出してくれよぉ~!』と強請りそうになったが、幾らディアスでも流石にそれは無理だろ。と思って自重した。
「だがしかし、攻め込むのは無謀だとしても、護りを固める位は……」
「他の地域に任せれば?」
「ぬをぉぉぉぉ……、この危機感を共有出来るヤツは……、誰か居ないのか?」
ディアスを説得するのに、せめて仲間が居れば、とシモヘイは周りをキョロキョロと見回して、
「そう言や、ヤマカンとジェーンは今日は居ないのか?」
「ん~、ジェーンの方は特に聞いてないが、ヤマカンはどの単位取るか、授業要項とにらめっこでもしてる最中だろ」
「単位……、ああ。ヤマカンのヤツ、大学生になったんだっけ」
その話は聞いていた筈だったが、昨年度のヤマカンの様子はあまり受験生らしくなく、少なくともシモヘイの持つ受験生のイメージ、寝る間も惜しんで勉強している、との違いもあり、印象に残ってなかったり、実感がなかったりして忘れていたのだ。
「でも、ヤマカンなら適当な息抜き、と称してゲームに走りそうだけどな」
「確かに。その方がヤマカンっぽいな」
それはともかく、ディアスは話しながらも進めていた種芋の準備を一通り終えると、シモヘイの方に向き直り、
「まぁ、何だかんだ言っても不安が残る、ってのは解る。だから、こっちの農作業が早く終わって時間に余裕が出来たなら、新兵器の設計でもしてやるさ」
「新兵器……ってのは興味あるが、今から設計したところで間に合うのかよ?」
「さぁ? 俺としては、気休めに付き合ってやる。って位の気持ちだからな」
だから、銃持ってウロウロしてないで、農を手伝え。と言うディアス。
しかし、それに対しシモヘイは首を傾げ、
「いや、今日の作業は今終わったとこじゃね?」
「種芋の準備は、な。だが、農家に休日は無い。作物の成長は待っちゃくれないんだ。幾らでもする事はある」
と、リアル農家でもないクセに、一端の事を言うディアス。
「そうだな……、とりあえず、唐黍の活用法のアイデアを考えてくれ」
「え? 考えるならジャガイモの方じゃねぇの? トウモロコシは減らす事にしたんだろ?」
さっきまでディアスが、ジャガイモ料理についてブツブツ呟いてたのを聞いていたシモヘイは、あれ? と疑問を浮かべた。
「今年の作付け面積を減らした事は事実だが、それは俺達が唐黍を使いこなせていないだけかも知れないだろ」
自分等の未熟さを棚に上げ、勝手に唐黍を見限る事はせん。とか言い出すディアス。
「それに、唐黍の種蒔は5月中旬。そんなのすぐだ。俺はその時、気分良く種蒔をしたいんだ!」
「そりゃ、リアルで言ったら1週間ちょっと、ってとこだしなぁ」
確かに、ディアスの言う通り、もたもたしていたらすぐである。良いアイデアを出すには、少々吟味する時間が足りないかも知れない。
そして、使い道の無い作物をだらだら育てるなんて、面倒事以外の何物でもない。と言うのは大げさだが、コーン油とコーンスターチが売れていない現在、ヤル気が起きないのも事実である。
とにかく、農に一区切り付けなければ、戦争の件には手を貸さない。と言うのが本気だと感じ取ったシモヘイは、何とか頭を捻ってアイデアを搾り出す。
「マジレスするなら……、焼きトウモロコシ以外だと、ポップコーンとかコーンフレークとか……、後はコーンポタージュ、位か?」
コーンを主役としないなら、サラダの中にコーンの粒が入っているのも思い付いたが、それはちょっと違うと思って除外するシモヘイ。意外と出て来ないものである。
「そんなものか……」
思い付かないと言う事は、そのまま需要が無いのと同じであり、ディアスもう~ん。と悩む。
ちなみに、ポップコーンは一般的な食用の品種とは違う物を使うので、これは除外して考えなければならない。
「コーンフレークは、ちょっとはやってみても良いかも知れないが……」
そのやや顰めた表情からするに、あまり乗り気では無さそうなディアス。どうやら、個人的にコーンフレークが好きではなさそうである。
ディアスとしてはシリアルなどは、朝の忙しい時の間に合わせのイメージ、と言う偏見がある所為か、農のモチベーションを上げるためには豊かな食生活が必要、と言う信念に反している。とか思っていたりする。
特に、ゲームなんだしただ単に栄養補給して満腹度を上げれば良い。と言うスタイルが廃れ、食の多様化も遊びの内と認識されている現在では、コーンフレークを作ってもやはり売れないのではないか? と思ってしまう。
コーンフレークもそれを食材として工夫して用いれば、結構色んな料理に応用を利かせる事も出来る筈なのだが、買う人に任せっぱなしでは、『コーンスターチって、何に使うの?』と問われ、結局売れなかった時からの進歩がないだろう。
「なら、ほら、あれだ! パッケージに簡単レシピなんか書いてるのが良くあるだろ?」
リアルで料理経験があるかどうかも怪しい男子高校生にしては、意外とまともな事を言うシモヘイ。
レシピ付きで売り上げを伸ばす、と言うのは正統派の手法である。
「悪くは無いが……、俺達がその手のレシピを開発して、ばら撒くって事だよな?」
「まぁ……、そうだな……」
ディアスに確認され、シモヘイはその面倒臭さに気付く。しかも、売り上げを伸ばすためには複数のレシピが必要だろう。ばら撒ける程お手軽なレシピが簡単に見つかるなら、需要が無いとか悩む事態にはなっていない。
「それはレシピの安売りにもなる訳だから、料理人プレイヤーに非難されるかもな」
「そりゃ……、拙いな……」
レシピの安売りは、ゲーム的にも良くない。簡単な物とは言えおまけ扱いでばら撒いてしまえば、クレクレ厨を招く事にもなりかねない。
そんな事にならない様に、この辺りではヨーゼフとその仲間達が気を使って、適正価格を守る様に調整して来ているのである。そんな彼等の努力を無駄にしてしまいかねない。
「じゃ……じゃぁ……、そうだっ! インスタントだ! 【料理】アビリティを熟練してないヤツでも、お手軽に1品増やせるインスタント料理。これなら売れるっ!」
何やら会心のアイデアを思い付いたらしい。シモヘイは拳を握り締め、力説する。
「ほら、コーンポタージュって、粉末をお湯に溶くだけで出来るのがあるだろ。あれって、トウモロコシ成分の粉末、って事は、コーンスターチを加工して出来ないか?」
「ふむ……」
意外と悪くないアイデアかも知れない。と、ディアスは顎に手を当てて考え込む。
実際に出来るかどうかは知らない。だが、以前にコーンスターチの用途を簡単に調べた際、料理にとろみを付けるのに使われる。と言うのを見た事があったので、とろみのあるスープ、ポタージュを作るのに使えない事はないだろう。とディアスは結論付ける。
尤も、更に多少の加工は必要かもしれないが。その辺はより詳しく調べるしかない。
「……実際に試作してみて……、味や食感を確かめて……、うん、もし上手く行くなら、不良在庫になりつつあるコーンスターチの消費に役立つかも」
と、少なくとも試す気にはなっているディアス。
「よし! じゃあ、早速試作してみるか」
「おおっ! 新兵器をか!?」
「……いや、コーンポタージュに決まってるじゃないか」
「何でっ!? アイデア出したんだから、約束通り新兵器創ってくれよぉぉぉ~」
と、シモヘイに縋り付かれ、困り顔のディアス。まるで、の○太くんの我儘に付き合うドラ○もんの如き表情になっている。
「お前ね……、俺に頼めば、ポンポンと便利な道具が出て来る、とでも思ってやしないか?」
「思ってる」
「そんな訳無いだろ! 幾ら『高機能製図台』の支援があるとは言え、そう簡単に出来てたまるか! 1つ作るのに、どんだけ調べ物したり、何枚ものボツ設計図描いたり、何度試作を繰り返したりしてるか、解ってるのか!?」
「って言うか、そもそも新兵器とか言い出したのはお前の方だろ? それが時間掛かるなら、アサルト・ライフルの量産体制だけでもっ!」
「気軽に言うなっ! 未来デパートに発注するのとは訳が違うんだぞ!」
シモヘイは何とかしなきゃ、と焦るばかりで、具体案も無く人に頼るだけなのは問題だが、ディアスの方も、もう少し相談に乗ってやっても良さそうな物である。
「……作るって言ったクセに……」
「だから、暇になったら作ってやる。……それに、1度設計したアイテムの量産の事なら、ヤマカンの領分だろ」
急ぎならそっちに頼め。とだけ言うと、ディアスはコーンポタージュの試作のため、納屋にコーンスターチの在庫を取りに向かうのであった。
「ってな事があったんだよ……」
翌日。シモヘイはヤマカンに愚痴ると、
「と言う訳で、アサルト・ライフルの量産を頼めないか?」
「ワシもどちらかと言うと、ディアスの方が正しいと思うが」
と、ヤマカンはディアスを擁護する。……決して、アサルト・ライフルの量産が面倒臭くてやりたくないので、適当な言い訳をしているのではない。
「そもそもディアス1人で何とか出来る訳無かろうが。本気で防衛を考えとるなら、もっと多くの人に話を通さんと」
「……だから、十勝のプレイヤーを一気に動かしたいなら、ディアスを説得するのが1番の近道だろ」
ディアスは攻め入るにも意思統一が面倒だ、と言う様な事を言っていたが、それは防衛側も同じ事だ。
防衛線を張るなら、地の利はこちらにあるだろうが、統制が取れていない適当な戦い方では、アッサリ食い破られるだろう。
だから意思統一のためには中心となるカリスマが居れば楽なのだが、『TONDEN FARMER』には北海道全土に号令を掛けられる程のプレイヤーは居ない。
そこでとりあえず十勝だけでも、と考えた場合、トップ3である、ディアス、タゴサク、ヨーゼフの名が挙がる。ならば、先ずは手っ取り早くディアスに頼もう。と言うシモヘイの考えはおかしくはない。……そのディアスに無下に断られるとは思ってなかったが。
「結果論からならそう見えるじゃろうが……」
ヤマカンは顎鬚を撫でつつ困った様な顔をすると、
「どちらかと言えば、皆が何とかして欲しい案件を持ち込んだ結果、ディアスを中心に動いとる様に見えるだけで、ディアスが自ら状況を動かした事なんぞ、殆ど無いぞい」
「でも、ディアスの人望なら……」
「まぁ、やろうと思えば出来るじゃろうな」
ヤマカンはアッサリ肯定する。ただ単に動かすだけなら何とかなるだろう。と。
しかし、ヤマカンの見立てでは、ディアスは起きた事件に対処する能力こそ高いものの、機先を制するのは苦手であると見ている。
それは、今までディアスの立てた計画が、尽く何処かミスがあった事からも伺える。
だから、他の人物が対策の中心にならないといかん。とヤマカンは思っている。
「とにかく、十勝全体での話し合いの場を設けるのは、農閑期に入ってからになるじゃろうよ。新兵器の実用化や何やらの話は、対策方針が決まってからじゃろ?」
「う……うん」
とりあえず頷いたものの、シモヘイの感覚としては、理屈は解るものの微妙に納得はしていない。
シモヘイは皆今回のイベントの対策を当たり前にやっていると思っていたので、そのためパーティー単位で何かやっとけば良い。とか考えていたのだ。まさかこの期に及んで、どのパーティーも普通に農業しているとは想像外だったのである。
「それにアサルト・ライフルの量産と言ったって、それをバラ撒く訳にも行くまい。対価の問題もあるんで、作ったところで買い手が居る保障も無いし、だからと言って、タダと言う訳にもいかんしのぅ」
「え~、要するにそれって、真面目に戦争しよう、ってヤツが殆ど居ない……、って事になるのか?」
「そうじゃのぅ」
結局、そこが問題なのであった。
攻略掲示板なんかのノリでは、意外とそうでもない。他所に攻め入る戦力こそ無いものの、防衛準備位は進めている。との話が幾らか見受けられた。特に本州に近い渡島地域はその傾向が強い。
しかし、十勝のプレイヤーの反応が今一なのである。元々、全てのプレイヤーが無条件で賛同するとはシモヘイも思ってないし、そう言う意味ではスロー・ライフ系のプレイヤーが集まって来ている十勝では、このイベントに消極的な風潮なのも仕方ないのかも知れない。
「だからって、可能性がある以上、備えは必要だろ?」
「当然じゃな。まぁ、心配は要らんじゃろ。ディアスは『新兵器』とか言っとったんじゃろ? なら、ある程度の構想は既に固まっとるんじゃろ」
だから、何も完全に放置している訳ではなかろう。と言うヤマカン。
「そんなモンかねぇ……」
「強いて言うなら、『まだ慌てる様な時じゃない』と言う事じゃろ。それに今、農業を疎かにして収穫が減る方が、色々悪影響が出るしのぅ」
とは言え、ヤマカンもシモヘイの危惧を理解出来ない訳では無い。可能性は低いとは言え、農繁期に仕掛けて来れば、奇襲にもなる。
「ふむ……、ならば、先ずは『猟遊会』で議題に上げたらどうじゃ? 田畑を荒らす輩の駆除は、おぬし等の仕事じゃろ。どの道今の時期は、農民連中は戦力とならんしのぅ」
よく考えれば、ヤマカンの言い様は酷い。人も害獣も同列に扱っている。
「……分かった。確かに、戦力になりそうなのは俺等『猟師』だけだもんな」
ようやくシモヘイも納得。プレイヤー人口の少ない『TONDEN FARMER』が勝つには、銃器等の武器によるアドバンテージを最大限に活かすしかない。そして、【銃器】アビリティを熟練しているのは、『猟師』位のものである。
ちょっと前までは【銃器】アビリティが無くても、NPCから買う事が出来ないだけで使う事は出来たのだが、ディアスが色々やらかしたおかげで、製造にも所有にもこれが必要になってしまっていた。
「んじゃ、行って来るぜ!」
ヤマカンはその背中を見送ると、何やら腑に落ちない事に気付き、首を傾げた。
「ディアスの言う新兵器とやら……、ワシの方に話が回って来とらんのじゃが……、ホントにただの気休めかも知れん……」
『猟遊会』にて。
「バロウズ。居るか?」
シモヘイは真っ先にバロウズを訪ねる事に。こう言う事は、トップに話を通すのが手っ取り早い。そして、『猟遊会』のトップ、まとめ役はバロウズである。
この男、基本的にソロ・プレイヤーであるが故、人をまとめるのは苦手で、いい加減にやってるヤツなのだが、それでもバロウズが基本方針として通達すれば、皆従う程度には組織の長として認められている。
「ん? どうした、シモヘイ?」
と、バロウズは流し読みしていた書類から顔を上げ、シモヘイの方を向いた。
「悪ぃ。仕事中だったか」
「構わんよ。念のための確認だけだったからな」
バロウズはその作業を一時中断し、邪魔にならない様、書類を脇に退けた。
「それで、何用だ?」
「ゲーム間戦争の迎撃準備を整えたい」
「唐突だな。……言わんとする事は分からなくも無いが……」
ゲーム間戦争、あるいはサーバ争奪戦と呼ばれるイベントの通達は、バロウズも確認している。それを『TONDEN FARMER』のルールに準じて行うなら、『領地戦モード』が適用されるだろう。
そして、その戦いで先頭に立つのは、銃器を多数所持し、普段から使用している『猟遊会』となるだろう。
他にも強力な武器・装備類を持っているプレイヤーは居るが、その殆どは個人的な趣味による一発ネタで、数も少なければ、安定運用出来るだけの整備体制も整っていない。
「流石だな。話が早くて助かる。……で、お前はどうする気なんだ?」
「万が一には備える。だからこうして弾薬の備蓄を確認してたんだ」
バロウズはさっきまで見ていた書類を1枚取り出すと、ヒラヒラと振って見せた。
「そうか。それで、どの程度の戦力を見込める?」
「難しいな。登録されている猟師全員に38式持たせて、敵に撃ちまくったとしても……、千人も倒せれば御の字だろ」
猟師の人数と錬度、38式の射程・命中精度、弾薬の備蓄、これらを加味して考えた場合、大体千人程倒したところで、敵の進攻がこちらに届き、乱戦に突入するだろう。
しかもそれは、敵が猪武者の如くただ無策に突進して来た場合での話しである。実際にはそんなに上手く行く筈も無いので、千人倒せる、と言うのはこちらに都合の良い最大戦果の想定である。本当に数十人の猟師で敵を千人倒せれば、上出来の部類であるが。
「じゃあ……、装備をアサルト・ライフルにしたら?」
ぴくっ、とその言葉に反応するバロウズ。
ディアス達がアサルト・ライフルを開発した。との話は知られているが、大っぴらに猟に使う物でもないため、バロウズもシモヘイが自慢気に見せ披かしていたのを、1度目にした事があるだけである。
「無理だな。大して変わんないだろ」
詳細なスペックは知らないが、弾薬を撃ち尽くすのが早まるだけだろ。と試算するバロウズ。つまりは、弾薬がそんなに無いのだ。
元々猟師は銃を連射するものではない。だから、1人辺り何百発もの弾薬を使える程のストックなど、ある訳が無かった。
例外的に、シモヘイはアサルト・ライフルのために、200発以上のストックを持っているのだが。
「数に勝る相手には近代兵器チートでも欲しいところだが……、肝心の弾が足りないんじゃなぁ……」
NPCは金さえ出せば無尽蔵に弾を売ってくれる訳では無い。その生産能力にも限界があるのだ。そもそも資源自体が有限設定のゲームで、無尽蔵な訳が無い。
ちなみに、この『猟遊会』が入っている建物こそが、『役所』から独立した『猟師』の専用設備であり、銃器や弾薬を販売するNPCもここに配備されている。バロウズがチェックしていた在庫リストも、このNPCの物である。
「後は、個人的なストックも報告させちゃいるが、持ってても1人精々数十発ってとこなんだよなぁ……」
割とお手軽に買いに来れるので、そもそもストックしてない。と言う者も居た位だ。
しかも、ここまでは銃器をメインに話して来たが、ロール・プレイの関係で、弓矢に拘っている猟師も居るので、全員が銃を使える訳でも無い。
その上、銃にしても『火縄銃』『村田銃』『有坂銃』と、大まかに分けて3種類。その改造・派生系まで含めると更にややこしい。弾薬を共有出来ない。と言う問題が、だ。
「それに、少ない弾薬を活かすための戦術、ってヤツがサッパリだ。銃も知らない原始人を相手にする訳じゃ無いからな。当然対策を採って来る筈だし……」
そうなるとこちらも更なる対策が必要になるのだが、バロウズには狩猟の技術はあっても、対人戦の策など無いのだった。
「手っ取り早く何とかするには、弾薬が山程あれば良い。って事になるのか?」
「そうとも言えるが、物資の調達は戦略の話だ。本来長期で考える物で、今からじゃどうにもならん」
バロウズは文字通りお手上げ、とばかりにバンザイした。
「諦めるのか? 北海道の平和を守れるのは、俺達だけなんだぞ!」
「いや、そんな大げさな」
バロウズは苦笑し、
「正直、俺もどっかのゲームが攻めて来る、ってのは難しいと思ってるよ。折角のイベントだし、全く動かない、ってのは無いだろうけど、本格的な侵攻にはならない。ってな」
もしくは、攻める方も準備に手間取るだろうから、そんなにすぐの話では無いだろう。と言うバロウズ。
「どっかのお巡りさんの台詞を借りれば、『その万が一に備えるのが、俺達の仕事だろうがっ!』って事でやってみたが……」
現状、有効な対策は難しい。と言う事が判っただけである。
「もういっその事、ディアスに頼んで、一発逆転出来る超兵器でも出してもらえないか?」
「そんな都合の良いモンが……」
シモヘイも呆れ顔になる。自分も似た様な事を言ったのは棚に上げて。
ディアスは新兵器を約束してくれてはいるが、具体的にどんな物かは、シモヘイも聞いていないので、本当にそれが頼りになるかどうかまでは判らず、気軽には応えられない。ディアス自身も、気休めとか言っていたし。
ならば、今までに作った実績のある物では……
「88mm高射砲か……?」
「ぶはぁっ!?」
予想外の物が出て来て、流石にバロウズも吹いた。
ディアス達は『札幌農学校』の開校記念イベントで、宣伝がてら、例の戦車の砲塔部分だけは公開実習で作製したのであった。……農学校の宣伝で戦車砲を作るのはどうかと思うが。
「ああ、でも、あれも弾薬の問題がなぁ……」
当然だがそんな物の弾は売っていない。つまり弾も手作りになるので、数を揃えるのは更に難しい。そして、如何に威力が大きかろうが、数発撃ってお仕舞いなら、どの程度の役に立つと言うのか。
「そうか……」
ちょっと残念そうなバロウズ。
そもそも猟師プレイヤーの殆どは、銃や兵器が大好きな連中なので、かの有名な88mm高射砲なら興味津々にもなろうと言うものである。
「いや、しかし、現状を何とか打破したいなら、ディアスに頼るのが近道だ。とは確認出来た」
「おい、おい……」
幾らなんでも、無茶振りが過ぎると言うものである。
シモヘイもディアスに頼んだとは言え、どちらかと言うと陣頭指揮を執ってもらったり、新兵器で味方の士気を上げたり、などを期待しての事だ。
「幾らディアスでも、戦局を覆す超兵器なんて作れないだろ」
もし本当に作れたとしたら、ゲーム・バランスも何もあった物じゃない。
「何だかんだ言って、アイツなら出来そうな気がするんだよな。ほら、SFとかに出て来る、何故か1人で世界に反旗を翻す、悪の科学者みたいに」
酷いイメージである。普段のディアスの行動は、日曜大工が趣味な農家のあんちゃん、と言った感じなのに。
「と言う訳でシモヘイ。お前、ディアスのご機嫌取りして超兵器を調達して来い!」
「……俺もアサルト・ライフルの時そんな事やったから、あまり人の事言えんが……」
超兵器の対価になるご機嫌取り、ってどんなだよ? と内心頭を抱えるシモヘイ。急かす様な真似をすれば、寧ろ機嫌を損ねそうである。
「残弾気にしなくて良い様に、レーザー砲とか作ってくれないかな?」
「そこまで行くとマジでSFだろ!?」
ディアスは牛に犂を引かせて畑を耕していた。もうすぐジャガイモを植える時期である。6倍速で時間が過ぎるのは本当に慌しい。
こう言う時は、手っ取り早く作業を進めるため、農業を機械化したいところだが、未だに耕運機は実用化の目途が立たず、牛が現役である。
耕運機はある程度、大きくて、パワフルで、一気に作業が出来なければ、畜力に対するアドバンテージが得られないし、しかし、それだけ大型化すると重くなり過ぎて、耕した傍から踏み固めるだけである。簡単に言えば、小型・高出力の動力源が欲しいのだ。
「ぬぅ……、軽量化のために新素材はまだ目途が立ってないし、それとも蒸気機関に見切りをつけて、アルコール・エンジンの開発でも……、いや、これもノウハウの蓄積が……」
「そんな事より新兵器の開発が先だろっ!」
「おぉぅっ!?」
考え事を纏めるのに、ブツブツと声に出していたディアスは、予期せぬツッコミを入れられ取り乱した。
そのツッコミの主を見てみれば、何時の間に来ていたのかシモヘイが居た。考え事をしていると回りが見えなくなるのは、ディアスの何時もの事であるが。
「新兵器、か……。うん、せめてジャガを植え終わるまで待て」
「マジかっ!? じゃあ植えよう。今すぐ植えよう!」
「落ち着け。今耕してるところだろうが」
しかし、そう言ったところで落ち着きそうにもないシモヘイ。
焦って雑な仕事でもされれば、寧ろ邪魔になりかねない。と思ったディアスは、適当な用事を押し付けて、他所に行ってもらおう。とか考えた。
「する事が無いなら、ジェーンの牧場でも手伝ってやったらどうだ?」
ディアスが指差す先、そこではジェーンがのんびりと道産子を散歩させていた。
他にも水牛や羊も居るが、水牛はそこら辺で草を食べてるだけだし、羊はエゾオオカミのアギトが牧羊犬代わりに見張っている。……あまり手伝いが要る様には見えない。
「うぅ~、分かった。とにかくあっちを手伝ってるから、新兵器の件、忘れるなよ!」
「心配するな。ほら、行った行った」
とディアスはシモヘイをジェーンの方に押しやる。
ここで無理に催促しようとすれば、機嫌を損ねて新兵器の件も無かった事にされかねない。
と言う訳で、シモヘイは渋々牧場の方へと歩いて行った。
「お~い、ジェーン。何か手伝う事無いか?」
「あれ? シモヘイ君が手伝いなんて珍しい。猟師の仕事は?」
「新兵器を手に入れるため、ディアスのご機嫌取りしろ。ってシフトから外された」
「あらら。例の戦争イベントの話?」
「そう言う事」
とシモヘイは肩を竦める。ご機嫌取りなんて何をやったら良いか判らないが、とりあえず農作業を手伝おうとしたら断られてしまったし。
「まぁ、ディアスに牧場の方手伝え、って言われた事だし、遠慮なく頼ってくれて良いぞ」
「うん。シモヘイ君も【調教】スキル持ってるから、助かるかな」
そもそもジェーンが来るまでは、道産子や水牛の世話は主にシモヘイがやっていたのだ。
「そうだ。シモヘイ君、また今度で良いからさ、牧羊犬を1匹欲しいんだけど」
「牧羊犬? アギトだけじゃ駄目なのか?」
シモヘイの見たところ、アギトは見事に牧羊犬の仕事を果たしている様に見えるが。
流石、俺が訓練しただけの事はある。とシモヘイは自画自賛。
「アギトは元々シモヘイ君の猟犬でしょ? 牧羊犬として使えるのは、シモヘイ君が猟に行ってない時だけじゃない」
「それも、そうか……」
シモヘイは自分が猟に行っている間、アギトを牧羊犬として使えない時のジェーンの苦労を見た事がない。だからすぐには思い至らなかったのだ。
「しばらくは余裕が無いと思うが、今度またエゾオオカミを捕まえてくるよ」
「どうせなら、犬が良いな。私、樺太犬が欲しいな」
だめ? と可愛くおねだりしてみるジェーン。確かにアバターには子供らしい可愛さがあるが、シモヘイはリアル妹が腐っている事もあり、年下属性は無いので効果は無かった。
「え~、樺太は遠過ぎるから面倒だな」
「一応、北海道にも渡って来ている筈だけど?」
リアルでは既に絶滅している犬種が故、詳しい情報はジェーンも知らないが、だからこそモフってみたいと言うものである。
「……じゃあ、攻略掲示板とかで調べてみるけど、あまり期待するなよ?」
「うん。期待してるよ」
「するな、っつってるだろ……」
とにかく、シモヘイは動物達に適度な運動をさせたり、何処か調子が悪そうな動物が居ないかチェックしたり。やってみると地味に忙しい。
シモヘイは、昔はそれ程でもなかった筈、と思いつつも、飼育する数が増えたのでこんな物かも知れない。とも思う。
「あ、シモヘイ君。見て見て。あそこに羊の群が居るよ。遊牧民プレイかな? 珍しい」
「あん?」
シモヘイがそちらを向けば、牧羊犬に誘導されながら、こちらに近付いて来る羊の群。かなりの数だが、それを見事に誘導する牧羊犬の働きは、羊を買うなら牧羊犬も絶対に欲しい。と思わせるだけのものがある。
しかし腑に落ちないのは、ジェーンも言った通り、この辺りではそんな大規模な遊牧民プレイをしているヤツを、シモヘイは知らない。規模からするなら、それなりに知られたプレイヤーだと思われるが……
その群の中に居た数人のプレイヤー、その内の1人が、何処かで見覚えのある、背広にオール・バックの髪型に、丸眼鏡。
「って、エチゴヤじゃねぇか!」
エチゴヤ自身は、取引のために彼方此方飛び回る事が多いが、羊の群を引き連れて、と言うのは何かおかしい。
「よぉ……」
シモヘイ達の側まで遣って来たエチゴヤは挨拶をするものの、妙に覇気が無い。あからさまに何かありました。と言わんばかりである。
「どうしたよ? まさか、服飾業から遊牧民に転職した訳でも無いだろ?」
「いや、そうじゃねぇんだが……」
エチゴヤは決まり悪そうに言い淀んだ。が、言わぬままには出来ないと意を決し、その台詞を吐いた。
「函館が……落ちた」
…………
「え?」




