温泉……またはじめるのか?
「中々有意義な取引だったな」
ディアスは今回の遠征での、想像以上の成果にホクホクしていた。
ゲームが始まってそれなりに時間が経った事もあり、自分も相手先も相応の発展を遂げていたのがその理由だ。
その相手先は上川地域。ディアス達の地元である十勝地域の北側に隣接する地域だ。ここはリアルでは稲作が盛んな地域であり、そのためかディアス達より一歩進んだ稲作のノウハウがあった。
ちなみに、上川では稲作は3年目。初年度こそ間に合わなかったものの、それ以降は連続してやって来たらしい。
「おいおい。家に帰るまでが遠征だぜ。もう少し気を引き締めとけよ」
と、忠告するシモヘイ。今回の彼は護衛役として付いて来ていた。
冬になり、野生動物の動きも大人しくなって来ているが、どうやら一定確立で『冬眠し損ね、気の立った熊』が居るらしい。ディアスも戦闘系のスキルを持っていない訳では無いが、熊相手に立ち回れる程では無い。
「解ってるよ。そんな事より、今回の情報交換でノウハウの蓄積が大分進んだぞ。これで思ったより早く米が食える!」
お前ももっと喜べ。とディアスは言う。が、米を食べるだけなら、『市場』で売っているので、シモヘイのテンションはあまり上がらない。それに、
「ノウハウの蓄積、って言ったって、俺には『稲作は大変だ』って、当たり前の事が解っただけにしか見えなかったがな」
上川の農家達はリアルの歴史を踏襲し、順を追ってフラグを立てて行く事を選択した様で、開拓初期の頃行っていた、種籾を直接水田に蒔く『直播き』を実践していた。
そのやり方が功を奏したのか、少しずつノウハウが蓄積され、新しい農法のデータ開示がされ始めたとか。しかし、それでもまだ収穫量・品質とも満足の行くレベルには達していない様だった。そこで、ディアス達とのノウハウの交換に応じた訳だ。
言い変えれば、3年経ってもまだその程度、であり、メーカー・スタッフは本気で稲作する気が無いんじゃなかろうか、と言うシモヘイの危惧も尤もだ。
「まぁ、確かに他の農作物に比べて不遇だとは思うが……。程度の差はあれ、どれも最初からノウハウの全てが開示される訳じゃ無いし、それを何とかするために、こうやってあちこちと交流してるんだろ」
単純な比較なら、より進んでいる上川側にとって、劣っている十勝の稲作のノウハウは意味が無い事になる。しかし、ディアス達は馬鹿みたいに普通とは違うアプローチでやって来たので、そのデータは中々に貴重だ。
特に、『温室を使った苗代の育成』『太陽熱温水器による水田の保温』の技術は、今のところ他の何処にも無い、ディアス達しか持っていない特殊な物で、皆興味津々であった。
これを皮切りに、互いに有用と思えるデータを出し合った訳だ。つまり、今回の取引は、物品は絡まず、農業のノウハウを遣り取りしただけだ。尤も、『TONDEN FARMER』に置いては、そのノウハウこそが最重要であった。
「その内、空知にでも足伸ばして、ついでに『夕張メロン』とか仕入れてみるか?」
あそこもリアル稲作地帯だし。とか、今後の遠征計画、とまでは言えない程度の軽い思い付きを語るディアス。
それなりに付き合いが長くなって来たシモヘイには、ディアスの考え方は何となく解る。農のノウハウが手に入った事に大喜びする程、農業プレイに拘っている訳では無い。他所の地方に出張って行って、何らかの成果を得た事その物が嬉しいのだろう。要するに、『プチ冒険』と言ったところか。
「また、その内、な。……『夕張メロン』は無理だと思うけどな」
と、一応言っておくシモヘイ。ブランド物の作物は、基本的に存在しない。プレイヤーが勝手に『夕張メロン』を目指して品種改良するのはアリだろうが、物になるレベルまではまだまだだろう。
「もうすぐ温泉宿に着く。そしたら後は《転移》で一瞬だな」
ようやく終わりに近付いて来た。と、シモヘイはディアスに『気を引き締めろ』と言ったものの、自分も気が緩んでいるのに気付き、自嘲気味な笑みを浮かべた。
単に《転移》ですぐ帰りたいなら、旭川の『役所』で『転移室』を使えば良いだけだった。安全性だとか言い出すなら、その方が良いとも言える。が、今回も道産子に乗って来ているため、『転移室』の使用料を節約する事を選んだのであった。
大荷物を運ぶ場合、開拓地域間の《転移》がやたらと高額になるのは、機関車や船舶等の大型輸送手段を発展させるための設定らしい。……今のところその意図は上手く機能しているとは言い難く、ディアス達がこうして道産子に揺られているのはその所為だ。
「とりあえず、帰る前に温泉浸かって、旅の疲れを癒すか」
「それには賛成だ。疲れもあるけど、どっちかって言うと、冷えた体を温めたい……」
そのために建てたんだし。とディアスは思う。……最近では遠征の拠点として使われる事が多いが。十勝地域の外縁にある事や、宿泊設備等が整っているので、そうなってしまうのも無理は無い。
温泉による癒しの効果は、多分隠しパラメータがあるのだろうが、そんな無粋な理由より『気分が良いから』で十分だろう。
「……あ。いらっしゃい」
「いらっしゃい……て。ここはお前の家じゃ無いだろうが」
十勝岳の温泉宿に着いてみれば、すっかり常連客となっているアイヌ民族風の衣装を纏った少女、ウナルルが、ごろごろとのんびり寛いでいた。
「相変わらず、アイヌ民族プレイを忘れた堕落っぷりだな……」
大学の民俗学のレポートのため、と言う微妙な理由で『TONDEN FARMER』をやっているウナルルだが、温泉に嵌ってしまった所為で、本来の目的をそっちのけにしていた。
その本来の目的であるところの『民俗学のレポート』は、辛うじて何とか提出出来るだけの体裁は保っているそうだが、ディアス達が見る限り、ここ最近彼女のアイヌ民族らしいところを見た事が無い。正直言って、民族の伝統と誇りを忘れ、文化が途絶えていく様をシミュレートしている様だ。
「一応やってますよ。アイヌの伝統工芸も色々再現出来る様になりましたし。お土産としても売れてるんですよ」
「なら、いい加減借金返したらどうだ?」
ウナルルはまだゲームを始めて間もない頃、ディアス達にチセ(アイヌ式の住居)を建てるのを手伝ってもらっていた。
当時貧乏だった彼女はその代金を払える訳も無く、借金と言うかローンと言うか、借りを作っている。とは言え、シンプルな住居だった事もあり、相場よりかなり安めだった筈なのだが、それは未だに殆ど支払われていない。
「あまり自由になるお金は無いんですよ。稼ぐ側からこうして温泉に使ってますから!」
何が誇らしいのか、胸を張って言うウナルル。……お客様だから、丁重に扱え、と言いたいのかも知れない。
「……セキュア設定で、こいつは出入り禁止にしようか」
「そんなっ!? 酷いっ! シモヘイさんも何とか言ってください!」
「俺に言うなよ……」
何故かシモヘイに懐いているウナルルは彼に助けを求めるが、シモヘイも借金返さずに道楽に注ぎ込むのはどうかと思うので、ディアスのやり方に反対するつもりは無い。
「それなら、この温泉で働いて返しますから!」
「益々アイヌ民族プレイから遠ざかるな……。と言うか、ここ、基本セルフ・サービスだし。そもそも客も来ないだろ」
とか、食い下がって来るウナルルをあしらいつつ、荷物を部屋に置いて温泉に入る準備をするディアス達。
「とにかく、借金の件は気長に待ってやるから。お前はアイヌ民族プレイやってろ。……温泉の所為でレポートが出来なかった、とか言われたら堪らん」
「流石に、人の所為にする程落ちぶれていませんよ……」
「それなら良いが……」
と、ディアスは立ち止まり、くるり、とウナルルの方に振り向く。
「何処まで付いて来る気だ?」
場所は既に脱衣室の前。
「!? す、すみませんっ!」
と、慌てて立ち去るウナルル。一応、露天風呂は混浴設定なので、ゲーム・システム的には問題無い。だが、それと個人の倫理観は別物である。
彼女はシモヘイと始めて露天風呂で会った時も、思わず桶を投げ付けた程だ。反射的にそう言う行動を執る程、男と一緒に風呂に入るのは恥ずかしい様だ。
「……俺は屋内風呂の方にしとく」
と、シモヘイに告げると、ディアスは露天風呂を止める事にした。屋内風呂は男女別設定になっているので、男湯にはシステム的にウナルルは入れない。
ゲームの倫理規定のため、風呂と言っても裸になれる訳でも無いし、そう考えればプールと同じ様な物である。1度冷静になれば、ウナルルが風呂に入って来る事も考えられ、水着程度の露出の美少女に迫られれば、ディアスも彼女の頼みを聞いてしまいかねない。
「んじゃ、俺もそうしとく……」
シモヘイもウナルルの頼みを断り切れなかった前例があるので、ディアス同様、屋内風呂にする事に。
と言う訳で、多少ドタバタしたものの、ようやく温泉にありついたディアス達。
檜の香る風呂場は、露天風呂とはまた違った癒しがある。どちらかと言うと露天風呂の方が好みなディアスは、あまりこちらには入らないが、作って良かった檜風呂。とか思っていた。
そうやってしばらく寛いでいると、玄関の方から「ようこそお出で下さいました」とか、ウナルルの声が聞こえて来る。どうやら客が来た様である。
「……アイツ、ここで働いている、って言う既成事実を作るつもりか?」
「……だからと言って、給料は払わんぞ」
シモヘイの推測に、ディアスはどうでも良さそうに答える。
それにしても、偶然来客のタイミングが重なった物である。……いや、ディアス達が知らないだけで、それなりに客数が増えているのかも知れない。
この温泉宿が建ってゲーム内で約2年。知る人ぞ知る秘湯だが、その『知る人』がディアス達の想定以上に増えて来た、と言うのはありえない話では無い。
ウナルルはこの温泉宿に入り浸っているため、その事を知っていたからこそ『ここで働く』とか言い出した、とも推測出来る。
その客は早速風呂に入るつもりなのか、とたぱたと足音がディアス達の方に近付いて来る。それと同時に露天風呂の方も騒がしくなりつつあるので、少なくとも2人以上の来客があった様だ。
「おおっ、すげぇ! まるで、本当の温泉宿みてぇだ!」
「おい、騒ぐなよ。他の人に迷惑だろ」
「……ん! と、すまねぇ」
入って来た2人の青年は、先客であるディアス達に気付くと、ぺこり、と頭を下げる。
「いや、かまわんよ。……あんた等はここは初めての様だな?」
「ああ。『山奥の秘湯』って噂を聞いてな。眉唾モンだと思ってたんで、まさか本当にあるとはな」
「眉唾物だと思ってたのかよ……。実際あったから良いものの、『面白そうだから確かめてみよう』とか言い出して連れ回したくせに」
ディアスは彼等を見た事が無い。つまり、彼等は十勝地域所属のプレイヤーでは無い。他所の地域から客が来る程、秘湯の噂はそれなりの範囲に広がっている事が伺える。……信憑性については、彼等が言った通り『眉唾物』程度らしいが。
「そう言うあんた達は良く来るのか?」
「まぁ、同じ十勝の範囲内だしな。転移料金も無料だし、割と来る方だと思うぞ」
逆に問われ、ディアスは無難な答えを返す。……建てた本人の割には来ていない方、だとも言えるが。それは、より利用するウナルルと比較しての話である。
「やっぱり、地元じゃ有名なのか?」
「ん~、山奥に入る猟師の間じゃ、知れ渡ってる、ってとこかなぁ……」
と、シモヘイも当たり障りの無い事を言う。……猟師の間に広めたのは、シモヘイ本人だが。
「辺鄙な所にあるっちゃあるけど、『転移室』のおかげで交通の便は悪くねぇみてぇだな」
「だが、1度到達するまでが大変だぞ。……ここを建てたヤツはその辺を考えていないらしい。道が全く整備されていない」
本気で秘湯にするつもりで、一般客を入れる事を想定していないんじゃないか、と憶測を語る2人組み。
「なぁ、あんた等は何処のどいつがここに温泉掘ったか、知ってるか?」
「……え~」
この話の流れで、自分達がその一味です。とは言い出せず、目線を泳がせるシモヘイ。……熊の毛皮に隠れて見えないが。
「そりゃ、ヤマカン、って言う山師だよ」
と、しれっ、と答えるディアス。根掘り葉掘り聞かれるのが面倒なんで、自分が係わった事はおくびにも出さない。実際掘ったのはヤマカンだし、この場所を選んだのもヤマカンである。……嘘は言っていない。
「それより、露天風呂の方にも客が入っている様だが、あっちもあんた等のパーティーか?」
それ以上の追求をされる前に、話題を変えるディアス。
「ん? ああ。女将に混浴だって聞いてたんで楽しみにしてたんだが……」
ウナルルが勝手に女将を名乗ったのか、それとも彼等が勘違いしただけなのか。それはともかく、
「『私と一緒の風呂に入るなんて百年早い』って追い出されてな……」
「うむ……、『貴方達は屋内風呂の様子を見てきなさい』と……」
「ウチのパーティーは女共が強くてなぁ……」
話の方向が、『パーティー・メンバーが可愛い』とか『気が強いけれどそれも良い』とか、惚気が混じった方向に進み、話題の選択を間違えたか、とディアスはウンザリしていた。
「あの、お2人さん。ウチのディアスは女っ気が無い事を気にしてるんで、この話題はその辺で……」
「……悪かった」
「……そうか、すまない……」
「何? その反応! 余計傷塩だよ!」
と、何かグダグダな感じで話は締め括られた。
風呂から上がれば食事が用意されており、ウナルルが、
「アイヌでは山の神様が熊の姿を借りて、人に試練と糧を与えるのですよ」
とか言って、アイヌっぽさをアピールしつつ、『熊鍋』を振舞う事で女将としても印象付けていた。
この『熊鍋』が思いの外美味しく、かなり好評で、皆は温泉旅行を満喫していた。……おかげでディアス達は、ウナルルが女将では無い、と否定するタイミングを損ねてしまった訳だが。
明後日。
物のついでに中心街で『市場』やら『農教』、『猟遊会』等を見て回ったため、結局昨日は『役所』の宿泊設備でダイブ・アウトしたディアス達。
本日ダイブ・インして、出立前にまだ何か買い足す物が無いか、と荷物のチェックをしているディアスに、ヤマカンからの通信が入る。
彼等のパーティー間では、滅多な事では通信は使わない。一応パーティーではあるものの、殆どの場合、皆個人で勝手にプレイする事が多い上、そもそも通信しなければならない程の用事が無いし、大抵の用事は直接会って話をすれば済む。
珍しいな、と思いつつ、ディアスは通信を開いた。
「どうした、ヤマカン?」
《「うむ。ちょっと面倒な依頼が舞い込んだんじゃが……、話を聞くに、どうやらおぬし宛ての仕事らしいんじゃ。出来れば早く戻って来て話を聞いてくれんかね?」》
「面倒事かよ……」
ディアス宛、と言う事は、おそらく大工関係の依頼だろう。問答無用で断ってしまおうか、とも考えたディアスであったが、どうやら相手は態々ディアスを頼って訪ねて来たらしい。それを通信越しに断ってしまうのは、マナー的にちょっとどうかと、と言う物である。
「解った。準備が整い次第、《転移》する」
《「たのむぞい」》
準備と言っても、昨日売り買いした物をちょっと整理していただけである。追加で買った方が良い物があるなら、独自の判断で買っといてくれ。とシモヘイに任せ、ディアスは『転移室』へ。
窮屈そうにする道産子を押し込みつつ、『もう少し広くならん物か』などと思うのも何時もの事。ディアスは家に帰って来た。
「ただいま、っと」
「うむ。待っとったぞい。……客間に待たせてとる」
一応は話を聞きに戻って来たものの、本当に『面倒な依頼』なら、適当に断ってしまおう、とか思いつつディアスが客間に入ると、
「貴殿がこの一団の長、ディアス殿でござるか。拙者は石狩より参ったブシドーと申す者。以後見知り置きを」
4人いた客人の内、代表して武士っぽい男が居住まいを正して挨拶して来た。
「ああ。え~と、ディアスです。よろしく……」
その、あからさまに『武士』なプレイ・スタイルに戸惑いつつ、とりあえず、ディアスも自己紹介を返した。
「石狩? 石狩って言や、札幌のある所だよな?」
落ち着いて相手の自己紹介を思い出すと、ディアスは少し疑問が湧いて来た。
「あそこって、都市開発だとかで、商業や物流方向で発展してなかったっけ?」
確か、廃人やら効率厨やらが率先して、かなりギリギリのプレイをしていた筈である。効率的、と言えば聞こえは良いが、ゲーム的な余裕、遊びが足らず、仕事に追われて好きなプレイが出来ない。とか。
ハリマオなんかは、隣の地域だと言うのにその煽りを受け、嫌気が差して逃げ出して来た程である。……最近では、少しは改善されて来た、と掲示板には載っていたのだが、
「……武士プレイ、何て物が生き残る余地があるとは、思えないんだが?」
「良くご存知で。おかげで拙者等は、肩身の狭い思いをしているのでござる……」
良く見てみれば、ブシドーに限らず、他の3人も農民やら職人やら商人やら。何か江戸時代っぽいキャラ作りである。
「無理して留まらず、どっか移住すれば?」
「何を仰る!」
前例もある事だし、ある意味尤もなディアスの意見に、憤慨するブシドー。そして何やら格好を付け、
「『士』のブシドー!」
「『農』のゴンベイ!」
「『工』のジンゴロ!」
「『商』のボチボチ!」
「4人合わせて『士農工商』! 人呼んで『身分制度四人衆』!」
「またの名を『札幌マイナー・プレイ同好会』!」
「我等が退かば、マイナー・プレイは和を乱す悪と断じられる!」
「多くの同胞のためにも、ここで退く訳にはいかんのだぁぁぁぁぁぁっ!」
「…………」
完全にネタ・プレイに走っている様である。……マイナー・プレイなのに多くの同胞が居るのか? とか言うツッコミは流石に自重したディアスであったが。
「そう言うモンなのか?」
「うむぅ……、効率厨の連中からして見れば、開拓にあまり寄与しないマイナー・プレイは、……そう見えるのかも知れんのぅ……」
ヤマカンの推測が正しいとすれば、これは意外と厄介な問題なのかもしれない。
「だとしたら、俺等に何か出来る様な話では無い、と思うんだが?」
一体こいつ等は、何を依頼しに来たんだろう? と首を傾げるディアス。ややこしい人間関係なんぞに、首を突っ込みたくない。と言う雰囲気が言葉にもにじみ出ている。
「単刀直入に申し上げるでござる。拙者等の温泉宿の改装に協力してくだされ!」
ブシドーは頭を床に擦り付けんばかりに、深く土下座した。
「確かに拙者等、近代化を目指す方針には馴染めぬでござる。が、しかしだからと言って、今まで手を拱いていた訳ではござらん。仕事に疲れた企業戦士を癒すための場を提供しているのでござる」
間接的とは言え、それなりに周りと調和したプレイをしているつもりらしい。ただ、それは周りから理解されているとは言い難い様だが。
「先日、貴殿等の建てた温泉宿を、拙者等の同胞が訪れ、その素晴らしさに感動したとか」
「! あいつ等か……」
一昨日、十勝岳の温泉宿で会ったプレイヤー達を思い出し、それでヤマカンを訪ねて来たのか、と、ディアスはヤマカンの名を出した失敗を後悔した。
「それにしたって、何で温泉宿を選んだんだか……」
「それはでござる……」
ブシドーはこほん、と1度咳払いをし、少し頭の中を整理する間を取ってから、
「廃人殿達のおかげで、早い内からそこが札幌だと判ったのでござる。となれば、温泉を掘るしか無いでござる!」
と熱く語りだす。何が、『となれば』なのか『しか無い』のか。理解出来ないディアスを放って置き、
「だが、優遇措置が経済・物流である事が判明してからは、観光方面に力を入れようとする廃人殿達は次第に数を減らし、そうこうしている内に登別に先を越されてしまったのでござる!」
「それは……無念じゃのぅ……」
ヤマカンはうんうん。と頷いている。流石リアル道民。彼は理解出来るらしい。
同情なのか何なのか。助けてやらんかのぅ? 的なニュアンスの篭った視線がディアスへと向けられる。
「で、ござろう! ようやく掘り当てる事に成功し、宿を建てたものの、疲労回復効果は目に見えて分かる物でも無し。廃人殿達はそんな事に時間を使う位なら、疲労回復は栄養ドリンクで十分と見向きもせず!」
その件で、実際に宿を建てたり、経営を行ったと思われるジンゴロとボチボチが涙ぐんでいる。
「そして、観光客からは登別の二番煎じ扱い!」
「そこは……、登別はネーム・バリューもあるしなぁ……」
「知名度なら定山渓とて負けておらん! これでは、これではっ! 現実の定山渓温泉の方々に申し訳が立たんでござるっ!」
定山渓は決して登別より格下という訳ではござらんっ! とか、拙者等の所為で定山渓温泉の風評が悪くなったら……切腹物でござる! とか、何をそんなに思い詰めているのか、悶えつつ喚き立てるブシドー。
色んな事情が絡んでか、そもそも温泉宿の経営が主題なのか、それで周りに認められたいのか、単に登別に対するライバル意識なのか、判らなくなって来た。
「あぁ~、札幌の温泉地って、定山渓の事だったんだ……」
確かに、名前は聞いた事あるなぁ、と納得するディアス。これでは、ネーム・バリューは言い訳には出来ない。
「でもそれって、どっちかって言うと経営だとか、営業・宣伝の問題だろ? そう言うのは専門外なんだが?」
専門外どころか、全くやった事が無いディアス。十勝岳温泉とて、建てただけでほったらかしであり、客寄せしてない、と言うよりは、むしろ客来ない方が良い位のつもりである。
「流石にそれを丸投げするつもりはござらん。……考えはあるのでござるが、実現するための技術力が不足なのでござる」
そして、その技術の壁を突破出来るだけの物を、十勝岳温泉で見つけ、希望を見出したのだとか。
「出来るだけの事は既にやったのでござる! しかし、観光地として名を馳せている登別に対抗するためには、それを上回らねばならぬのでござる! 現実の温泉宿等も参考にし、これなら勝てる! と言うだけの計画を練ったは良いものの……! 札幌の大工達は……机上の空論……、無理があると……!」
「……分かった」
これ以上聞いても、愚痴が続きそうなだけなので、ディアスはそこで話を打ち切った。
「とにかく、俺はマイナー・プレイヤー最後の砦を護れば良いんだろ」
「! それではっ!」
「どんなアイデア考えたかは知らないが、後は現地に行ってみてからだな」
ディアスは引き受ける事にした。彼等は本気で、全力でマイナー・プレイをやっている様である。
これがただ単に珍しい技術を欲しがっているだけ、の輩だったら断っていたが、既に人事を尽くし、それでも後一歩及ばず、藁にも縋る思いで訪ねて来たのだ。
他の誰もが無理と言っても、出来ると信じて、前人未踏の道なき道を突っ走る。それはディアスの想うところの『冒険』である。これに手を貸さねば、『冒険家』の名が廃る、と言う物だ。
などと格好付けてみたディアスであったが、その本音は、面白そうだから自分も混ざりたくなった。だけである。
「とりあえず、俺とヤマカンは行く必要があるとして……シモヘイとジェーンはどうするかな?」
「折角の温泉旅行、置いて行ったら2人共拗ねると思うぞい」
「遊びに行く訳じゃ無いんだし……、いや、ゲームなんだから、何やっても遊びか」
ディアスの判断では必要は無い、とは思うが、ヤマカンの言う通り、面白そうな事に参加出来なければ文句の1つも出そうである。
「まぁ、話だけはして、付いて来るかどうかは個々の判断に任せるか」
「なら、それはワシに任せて、ディアスは先に旅支度を整えると良かろう」
と、実は自分は既に引き受けるつもりで、先に支度を済ませていたヤマカンがそう言う。
「ワシ等はまだ札幌は行った事無いんじゃし。『転移室』で行けんとなれば、長旅になるじゃろ」
「……おまえ、何故か密かに乗り気だな」
「あの辺には、『石狩炭田』もある事じゃし、『豊羽鉱山』のレア・メタルも魅力的じゃ!」
と、相変わらずリアル道民にしか理解出来ないネタを言う。この豊羽鉱山は、とっくの昔に閉山されており、知らないのが普通だ。と言うか、鉱物資源は殆ど外国便りの日本で、国内の鉱山に詳しいのは、社会の試験に必要だから覚えただけか、鉱山マニア位の者である。
「……そう言や、自称『山師』だったか」
何か変な機械ばかり作っている印象があるので、ディアスの頭の中で『山師』と『鉱山採掘』が中々イコールで結び付かなかった。
「ワシ、ちゃんと『山師』やっとるよ!? 今まで作った道具とかに使われとる『鉄鉱石』とか、誰が掘って来たと思っとるんじゃ!」
「わかった、わかった。……とにかく、札幌にコネが出来たり、転移パス通して置くのはメリットがデカイ、って事で良いんだろ?」
そのレア・メタルが具体的に何の役に立つのか、は置いといて、ヤマカンがヤル気になっているのに水を差さないで置こう、と思うディアス。
「んじゃ、俺は準備して来るから。後は任せた!」
とディアスは、とりあえず、タゴサクも欲しがってた石釜なんかは要るかなぁ、とか思いつつ、改装に必要そうな資材をリスト・アップするのだった。
そして、
「お待たせ」
念のため、と思いつつ準備した物資はかなりの物になり、アイテム・バッグの制限のため、吟味して絞り込むのに思いの外時間を取られたディアスであった。……本当に待たせ過ぎである。
「遅いぞい……」
「全くだ。……先に行こうかと思っちまったぞ」
「ディアス君は念入りに準備した時程トラブルを起こすから……、不吉だよ」
「今回はあくまで定山渓の方々のお手伝いなんですから。……暴走しないでくださいね?」
と、皆に口々に文句を言われる。
「うぐぅ……、すまぬ……て、ウナルル。おまえ、何パーティー・メンバーみたいな顔して紛れ込んでるんだ!?」
何処から話が流れたのか。ウナルルもしっかり準備して待ち構えていた。
「だって、定山渓、ですよ? あそこの温泉は、定山渓の名が付く前からアイヌに親しまれて来たんです。私が行かなくてどうするんですか」
「ワシが呼んどいた。ある意味、このゲーム内で1番温泉通なんじゃなかろうか、と思ってのぅ」
アイヌの誇りに掛けて盛り立てて見せます。と言うウナルルと、そう言うヤツの意見は馬鹿に出来んじゃろ? と言うヤマカン。
「? こちらの方は、温泉宿の女将だと聞いていたのでござるが?」
あの時の客達の勘違いがそのまま伝わった所為か、ブシドーはウナルルが居る事を当然の様に受け止めていた。
「全く違う! こいつはただの温泉マニアの不良大学生だ!」
「まぁ、温泉マニア、と言うのは否定出来ませんが」
ディアスが、こいつ無関係。連れてかない。と言うも、ウナルルは余裕の表情を崩さず、
「皆、私を女将と勘違いして、誰一人として疑いを持たなかった程のサービスを提供出来ますよ?」
「……よろしくお願いするでござる」
「…………」
ブシドーはがしっ、とウナルルの手を握り、頭を下げた。
依頼人であるブシドー達が、ウナルルにも直接頼んだ以上、もう、ディアスには何も言う事は出来ない。
「では、出立でござる。《転移》が使えぬ故、長旅になるでござるが、ご容赦を」
……本当に長かった。と言う程の手間は掛かっていない。『スケジュール実行機能』のおかげで、ダイブ・インしていない間も移動させ続けられたからだ。
翌日再びダイブ・インすれば、そこは既に札幌。初期の頃はこう言う事には『スケジュール実行機能』を使えなかったので、あの頃は苦労したなぁ、と思い出に浸るディアスだった。
それはともかく、札幌の『役所』で転移パスを取ると、改めて定山渓に向けて出発する。定山渓は札幌の南区。そこまではすぐだ。
「……うわぁ」
定山渓に着いてみれば、そこには古き良き温泉宿。……田舎の温泉宿、と言った様な意味では無い。それはまるで老舗の高級旅館だ。
ゲーム内でまだ4年も経っていないのに、この風格は何なんだろう? と疑問に思いつつも、ディアスの口からは感嘆の溜息しか出てこない。
「これは、また。……リアルとは違った趣に仕上げたのぅ……」
「でも、私は良いと思いますよ」
リアル定山渓温泉を知っているのか、ヤマカンとウナルルが口々に感想を述べる。
これで流行ってないとか、理解出来ない代物である。この外見からするに、十分な手間が掛けられている筈だ。
噂や掲示板からの情報では、登別とてそう大きな差が付く程、特別な事はやっていない様だ。言い方を変えれば、何が原因で負けているのか良く解らず、多少の改装で何とかなるのか? と疑問が湧く。
「それにしても、これに手を加えろ、と言うのはプレッシャーなんだが……」
ディアスの見たところ、少なくとも日本家屋に対する技術は、ディアスより格上、廃人級のプレイヤーが建てたと思われる。【大工】アビリティの熟練や、【木材加工】とか、瓦を焼くための【陶芸】なんかのスキルは、どれだけ先を行っているのか、見当も付かないレベルだ。
十勝の『大工』のトップ、とか煽てられてはいても、所詮、発展の遅れている田舎のトップなんだなぁ、とか自嘲気味な事を思い浮かべるディアス。
それでも、家屋としての住み心地は、ディアスの建てたログ・ハウスも負けている訳では無い。だからこそ、ディアスの所に依頼が舞い込んだ訳だが。
「ここはのんびりとした癒しを求め、落ち着いて寛げる雰囲気を目指したのでござるが……」
皆を中に案内しながら、ブシドーが解説を始める。
「ゲーム内に置いて、本当に疲れが取れる訳でも無い架空の温泉に入ろう、と思う者は殆ど居なかったのでござった」
要するに、客を集めるには刺激が必要なのでござるよ。と、ブシドーは語る。
「……こう言うのが良い、って客も居ないとは思えないが?」
「そう言う顧客は、態々遠く出かけてまで、温泉を選択しないでござるよ……」
そもそも、まだ殆ど開拓の進んでいない北海道。都会の喧騒の方が珍しく、のんびり落ち着いた癒しなど何処にでもある。それに、のんびりするために、手間隙掛けて遠くまで出かける、と言うのはある種の矛盾である。
湯治の効果により『持久力』等の回復速度が高まるものの、所詮はゲームのパラメータの話。廃人達が『栄養ドリンクで十分』と言ったのは極端な話ではあるが、他で代替出来ると言うのは、多かれ少なかれ、誰もが思っている事でもある。
「記録を見てみれば、再来が殆ど無いでござる。おそらく、定山渓の名と物珍しさで、1度は足を運んでみる、だけなのでござろう」
ゲームが故に、現実の温泉と同じ物を求める事は出来ない。温泉、と言うだけでは、リピータを獲得する程の魅力が無いのだった。
「……滅茶苦茶厳しい話だな。俺だって、そこまで考えて温泉宿建ててないぞ?」
「その辺は、ある意味偶然が重なったのでござろう」
1.ディアス達の十勝岳温泉は『秘湯』である。
故に、偶々知って利用している、と言う事が優越感に繋がっている。そして、利用客の少なさは、殆ど貸し切りに近く、独占欲を満たす事にもなっていた。
2.山頂付近の高所から見渡す景色が良い。
しかもただの景色では無く、未だ開拓途中の十勝平野を見下ろせる形になっているのが良い。開拓の進展につれ、徐々に変わる景色を楽しむ事も出来る。
3.他所ではお目に掛かれない設備の良さ。
特に台所周りの設備は、【料理】アビリティ持ちには憧れの物。冷蔵庫にも食材が用意され、自由に使う事も出来る。と言うか、冷蔵庫なんてここで初めて見た、と言う人が殆ど。
4.謎の美人女将が振舞う絶品手料理。
しかも彼女はNPCでは無いので、常に居る訳では無く、運が良くないとこのサービスにはありつけない。このギャンブル性が客を引き付ける要因となっていた。
大体こんなところでござろうか。とブシドーが分析の結果を述べる。
それが当たっているかどうかの確証は無いが、聞いた感じ説得力はあるっぽい。ブシドー達は、自分達の温泉宿に何が足りないのか、考察を繰り返しており、それをディアス達の温泉宿にも当て嵌めて考えてみたのだろう。
「って事は、この成功例を踏襲しようって訳か。……出来そうなのは、設備の充実と美味い飯、か」
「設備はともかく、美味い飯は無理でござる。現在札幌には、いや、石狩全体でも『料理人』は1人しか居らんのでござる」
その『料理人』ことヤナギバは、【料理】アビリティがあまり評価されない札幌において、マイナー・プレイヤーの代表格でもある。
空腹状態を回避するためにも食事は必要なのだが、ゲーム・システム的には腹さえ膨れれば良い。そこで殆どのプレイヤーが適当な食事しかしていなかったのだが、良く考えれば、美味い飯と不味い飯、同じ量腹に詰め込むならどっちが食べ易いか、言うまでも無い。
おかげでヤナギバの店は大繁盛。料理の価値も徐々に見直され、最初の内は時間を惜しんで素早く食べられるメニューばかり選んでいた客も、偶の贅沢にのんびり食事をする事も出て来たとか。
要するに、効率ばかりを重視した状況も少しは改善されつつあり、マイナー・プレイヤーに対する風当たりも弱くなって来たのは、ヤナギバのおかげであると言えた。
と、その様な事を語るブシドーには、尊敬、と言うか、崇拝に近い感情が伺える。
一応、将来的に『料理人』が増え、雇える様になる事を考えて調理場は準備しているが、今現在においては、彼女を雇うなんて恐れ多いし、独占すれば周りから顰蹙を買うでござる。と、ぶんぶんと首を横に振るブシドー。
実力で存在を認めさせたヤナギバは、言わばカリスマであり、同じマイナー・プレイヤーからは希望の星、的な扱いになっており、高嶺の花、あるいは女神様の如く扱っているプレイヤーも居ると言う。
シモヘイは、ヤナギバの中の人が70近いジジイだと知っているが、まさかそれを言う訳にも行かず、顔を引き攣らせるのみ。目深に被った熊の毛皮のため口元しか見えないので、それを気付かれはしなかったが。
「拙者等が考えているのは、娯楽施設の設営。やはり温泉宿にはレトロ・ゲーでござろう!」
「おいこら」
いきなりおかしな方向に跳んだ話に、ディアスは待ったを掛ける。
「レトロ・ゲー、って何だ。そんな事が出来ると思ってるのか? 大体、ゲーム内でゲームやるとか……」
「ゲーム本編そっちのけでミニ・ゲームに嵌る事など、別に珍しくも無いでござろう?」
「そりゃそうだが……、いや、そう言う事言ってるんじゃ無くて」
「とりあえず、『遊技場』を見て下され。と言っても、今あるのは温泉の定番、『卓球』位の物でござるが」
と、遊技場に案内されるディアス。他の皆も、それぞれ別々の場所に案内されていた。
ヤマカンは全体的な道具類の改良案を話し合い。
ウナルルは調理場で、料理のし易さを確かめて意見を出し。
ジェーンはモフ分増量、送迎馬車を作るんだよ。とか我侭なのか的確なのか解らん事を言い。
シモヘイは『猟師』のコネで食材の仕入れの話をしている際、口を滑らせてヤナギバの知り合いとバレ、尋問されていた。
と言う訳で、本当に出来るかどうかも分らない物を設計する役目は、ディアスにお鉢が回って来る事に。
その遊技場は、そこそこの広さを取ってあるものの、本当に卓球台位しかない。
ディアスが道具を手に取って見ると、ピンポン球はちゃんとセルロイド製。ただ、ラケットの表面に貼ってあるラバーは、色々改良された現代の物は再現出来なかった様で、天然ゴムを採用しているらしい。……最新の素材と感触が違う、とか言われたら困るだろうが。
それと、卓球台は資料映像位でしか見た事の無い、黒板みたいな色である。この色は時々変更されるのだが、態々昔の色を採用したのは、レトロな雰囲気を出したかったためだろうか。
ディアスは、他にも『ビリヤード』とか『ダーツ』とか『ボーリング』とか、再現出来そうな物が色々あるだろう。と思ったものの、簡単に再現出来ると言う事は、集客能力も見込めない、と言う事に気付き、ブシドーに説明の続きを促した。
「それで、具体的にはどんな『レトロ・ゲー』を考えているんだ?」
「拙者とて、インベーダとかのコンピュータ・ゲームが出来るとは思ってござらん。出来る事ならやりたいでござるが。……それは置いといて、『ピンボール』の様なアナログ・ゲームなら出来るのではござらんか?」
「……どうなんだろ」
と、ディアスは考え込む。が、
「……無理だろ?」
と端的に答えた。
プランジャーでボールをプレイ・フィールドに送り出し、フリッパーを使ってボールを落とさない様に打ち返す。と言う基本位なら簡単に作れそうだが。
「最初期のシンプルなヤツならともかく、『ピンボール』と聞いてイメージする様な近代版、って言ってもそれも昔だが、そんなのどうやって作るんだよ……」
電飾やら効果音やらスコア計算等の機能は……、現時点では無理っぽい。そう言った機能の無い、地味な物を誰が好んでやりたがるのか、甚だ疑問である。……特にスコア機能が無いと競技性が無くなり、熱中出来る要素が皆無となると思われる。
ディアスとて『ピンボール』に詳しい訳では無い。知っているのはコンピュータ上でシミュレートされたゲーム・ソフト位の物である。それも、パソコンに元々おまけで入っていた程度の安物である。
実物は博物館かコレクターの所持品位の物で、アーケードで稼動している筐体など実在するかどうかも分らない。ディアスも勿論本物など見た事は無く、どう言う構造になっているのかさっぱりだ。
「こう言うのがあっても、何とかならんでござるか?」
と、ブシドーが勿体つけて懐から1冊の本を取り出す。
『真空管の基礎知識』
「ナヌッ!?」
ディアスは驚きに目を見開いた。この本の装丁は、1haボーナスのノウハウ本の物だ。
「これは拙者が手に入れた物でござるが、正直持て余していたでござるよ」
だが、ディアス殿が噂通りの御仁なら、使いこなせるのでは? と、このノウハウも報酬の一環でござる。と言うブシドー。
「これによると、真空管は、エジソンが白熱電球の実験中に発見した、フィラメントから電子が放出される現象を利用しているとか」
そのため、電球の作り方も解るでござる。との事。
「いや、ちょっと待て」
真空管が大昔の計算機に使われていた、と言う半端な知識だけで、何とかなるのではないか、と随分と甘い見積もりをしている様だ。とは言え、それ位やらないと話題性に欠ける、と言うのはディアスにも解らなくも無い。
「大体、電源をどうするんだよ?」
一応は、電化に関しては研究しているプレイヤーは結構居る。十分な利用先が無いためか、現時点では図面の開放に至ってないが、構造自体は単純なため、リアルを参考に作製に成功した、と言う例は割と聞く。
電源に関しては、電池は電解液に電極突っ込めば良いだけだし、発電機は磁石とコイルがあれば何とかなる。ただし、それらの性能はまだ低い。特に発電機は、磁石が天然物便りで磁力も弱く、そのため効率が悪いとか。
「ご冗談を。貴殿等は冷蔵庫を使っていたではござらんか」
「…………」
冷蔵庫は家電。と言うイメージの所為で勘違いされがちだが、別に電気を使わなくても冷やす事は出来る。最近では、家庭用冷蔵庫は熱電素子で冷却するのが普通なので、それが勘違いに拍車を掛けているとも言える。
業務用の大型冷蔵庫では、気化熱を利用した方が効率が良く、まだ使われているため、知っている人は知っているのだが。
そんな細かい事はともかく、身近な便利な道具の作動原理、何て意外と皆知らない物である。
「基本的に、冷媒を循環させるポンプがあれば良いんで、それを蒸気機関で動かしているんだが……」
「……マジで?」
ブシドーは自らの武士プレイも忘れ、素で問い返した。
より正確には、ディアス達が採用したのはスターリング型と言う物で、通常の冷蔵庫程度の温度で良いなら、気化圧縮型や気化吸収型みたいに、フロンとかアンモニアの様な特殊な冷媒は必要では無く、空気で十分と言うのが採用の理由だ。
ついでに言うなら、それを稼動させる蒸気機関も、熱源は『温泉』と言うか『火山』である。要するに地熱発電所を参考に作った物で、特に燃料を供給しなくても勝手に動き続ける訳だ。
「それなら、その蒸気機関で発電機を回せば良いのではござらんか!?」
「う~ん……、必要な発電量を見込むと……、結構うるさくなりそうなんだが……」
あまりにも喧しいと、折角の温泉宿の落ち着いた雰囲気が台無しである。
おー・まい・がっ! とブシドーは頭を抱えて叫んだ。キャラがブレブレである。
「せめて、明かりを電球にする位は出来んでござるかっ!?」
未だに明かりは、菜種油なんかを燃やした物が主流だ。これを電球に出来れば、より明るくなり、夜間でのプレイが楽になる。暗さの所為による行動制限が緩和されるなら、効率厨達に対する有力なアピールになりそうではあるのだが。
電球はポンプで真空にしたガラス球の中に丈夫なフィラメントを入れれば良い。
ガラス球はハリマオに依頼すれば良いし、ランプ・シェードと一緒に注文すれば、多分断られないだろう。丈夫なフィラメントも、エジソンが竹の繊維を炭にして使った、と言うのは有名な話なので、それを真似れば良い。
それに『真空管の基礎知識』にも電球の事は載っているので、
「まぁ、それ位なら何とか」
と答えるディアス。
「そうでござるか! 予定とは少々違うでござるが、辛うじて最低限の目標は果たせそうでござる!」
ブシドー達は焦っていた事もあり、勘違いしたまま計画を進めてしまったため、ややこしい事になったが、電化製品の導入さえ上手く行けば、意外と理に適った計画の様だ。
ディアスが聞いた話をまとめてみると、
1.電化製品の物珍しさと、電灯による夜間作業のし易さで、廃人達にもアピール。
2.これにより、電気関連の開発が進む。
3.豊羽鉱山で産出される銀・鉛・亜鉛等、電気的に有用な素材の需要が高まる。
4.これにより、豊羽鉱山の開発が進む。
5.鉱山近くの拠点として、定山渓温泉も活性化する。
まるで、『風が吹けば桶屋が儲かる』みたいな話だが、
「鉱山のおかげで定山渓の開発が進んだのは、現実でも同じでござるよ」
「いや、だからと言って、鉱山自体の価値を高めてしまおう、ってのは、中々やってくれる」
となると折角なんで、電化製品が電球だけ、と言うのは心許無い。ディアスは本気でピンボールが何とか出来ないか、考えてみる事にした。
先ずは、それで消費電力が増える事による不足分は、鉱物資源のノウハウのあるヤマカンに強力な磁石を作らせて、発電機の効率を少しでも上げさせて補う。
とりあえず、電飾は電球使えば良い。スコア表示部は、数字が書かれたドラムが回転するだけじゃ味気が無いんで、ニキシー管を使ってみたり。
スコアの計算は、真空管を使った計算機は……コストが掛かり過ぎるし、まだ真空管の品質・性能自体が安定しないだろうから……、と、ここで考えが止まる。
電子回路の恩恵は偉大な物で、それに頼れないとなるとかなり苦労しそうだ。それ以前の計算機として、歯車式計算機とかあるのだが、詳しい機構までは知らないし、ピンボールに応用出来るかどうかも分からない。
確か『ピンボール博物館』的な物があった筈なんで、1度実物がどんな物か見に行ってみるか? とかディアスが考えていると、
ぬぼ~……、と。ヤマカンがいきなりその場の現れた。
「ぬおぅっ!? どうした、ヤマカン!?」
「え? それが、ワシにもさっぱり……」
《ヤマカンの生命力が0になりました。拠点へ転送します》
「!? 《死に戻り》かっ!」
ここが宿屋設定になっていたので、自動的に2次拠点に設定されていた様である。……何で死んだのかまでは分らないが。
ずどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……ん…………
遠くから聞こえて来る、爆音と地響き。西の方からだ。
「……なぁ、あっちにあるのって……」
「豊羽鉱山の方向でござるな……」
ディアスとブシドー。2人の視線はヤマカンの方へ。
「おおうっ! そうじゃ。色々と道具改良に必要、と言う名目で鉱山掘りに行ったんじゃが……、調子良く掘っていたら固い岩盤に当たってのぅ。【発破】を使おうと思ったら、いきなり爆薬が暴発したんじゃ!」
何時の間に掘りに行ったのかはともかく、つまりあの音は、『落盤事故』の物である。
「何してくれてんのぉぉぉぉぉぉぉっ!」
温泉開発のため、豊羽鉱山をも利用しようと考えていたブシドーにとって、この事故は痛手でした。
おかげでヤマカンはタダ働きに。ディアスもパーティー・リーダーとして連帯責任で、頑張ってピンボールを実現させる事に。
ちなみに、リアルの豊羽鉱山が閉山した理由は、深く掘り進んだ結果、高くなった地熱で爆薬が自然発火する様になり、それ以上掘り進むのが困難になったからだそうです。




