品評会はじまりました
「みの太郎ぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
悲痛な叫びが、辺りに響き渡る。
畑に追肥をやり終え、弁当のおにぎりを食べようとしていたディアスは、突如聞こえて来たその声に、思わずおにぎりを取り落としそうになった。
「……何だ?」
と言っても、誰も答えてくれる筈も無く。
ディアスは聞こえて来た方向、家の方を見やる。今のは、シモヘイの声だった。
ちなみに、みの太郎は、まだゲームが始まって間も無い頃、シモヘイが初めて捕まえて来た水牛だ。労働家畜として、長い間共に開拓に携わっており、少しずつ土地を増やして来れた背景には、常に彼の力があった、と言っても過言では無い。
その分、色々思い入れもあるのだが、そのみの太郎に何かあったのだろうか?
「どうせまた、しょうも無いトラブルなんだろうが……」
だが、かと言って放って置く訳にも行かない。ディアスはおにぎりを頬張りつつ、家に向かって歩いていった。
じゅう…じゅう…じゅう……
「この鬼っ! 悪魔っ! よくも!」
「だから、落ち着きなさい! って言ってるでしょっ!」
肉や野菜を乗せられた金網が、火に掛けられモクモクと煙を上げている。
それを挟んで、シモヘイとジェーンが、互いに銃を向け、睨み合っていた。
なに? この光景……
どう反応して良いか判らず、ディアスは立ち尽くした。
M500ハンター・モデルと村田式散弾銃。どちらも対人では過剰と言える殺傷能力を有するが、PvPモードにはなっていない様なので、銃弾を喰らったところでノー・ダメージなのだが。
それでも銃を向けられるのは気分の良い物では無い。裏を返せば、ゲーム・システム的に意味が無い事を態々やっているのは、それだけ明確な敵意の表れである。と言える。
「誰か、説明、ぷりーず」
と言ってみるが、ディアスの声は風に溶けて消えるだけ。誰の耳にも届かない。
ついでに言うなら、その風に乗って、タレに漬け込まれた肉の焼ける、香ばしい匂いが届く。と言うか、そろそろ香ばしいを通り越して焦げ臭くなりそうだ。
2人共睨み合っている所為で、焼肉の方が疎かになって……
「おい、お前等、そのままじゃ肉が炭に……、まさか……」
焼肉、と言うよりはどちらかと言うとBBQなのだろうが、いや、それはこの際どっちでも関係無いし……、
などと、混乱のためか思考が逸れるディアス。……現実逃避、とも言う。
だが、この状況。今更ちょっと位現実から目を逸らしたところで、既に思い至ってしまった事を誤魔化せない。
銃を向け合う2人。BBQ。みの太郎……
恐らくは、成れの果て。
「みの太郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ドバァァァァァンッ!
ディアスの叫びが言葉通り引き金となり、2人は同時に発砲した。
……結論から言うなら、みの太郎は生きていた。
シモヘイとジェーンは、マナー違反と言う事でGMから怒られた。
ついでに、ディアスもパーティー・リーダーとして監督不行き届きと言う事で怒られた。
不幸中の幸い、銃器没収とまでは行かなかったが、危ういところであった。……いや、未だに2人の間には険悪な空気が流れているので、危うさ継続中である。
「お前等、いい加減仲直りしろよ……」
切っ掛けは些細な事だ。故にディアスもこれ位しか言えない。
「ジェーンが『みの太郎焼いて、みの焼き~♪』とかくだらねぇ冗談言うのが悪いんだ」
「シモヘイ君が普段から兔鍋とかで人の事からかってるのに、これ位の冗談で銃を向けるのが悪いのよ」
ディアスは頭を抱えた。どちらの言い分も解る。確かに、喧嘩の切っ掛けになる程度には気分を害する事だろう。が、銃を撃ち合うのはやり過ぎだ。
「……シモヘイ」
「大体、ジェーンは元々牛嫌いじゃねぇか。潰して肉にしちまう、ってのはありそうで洒落になってねぇよ。その上、『労働用の牛は、やっぱり肉が硬くて美味しくない』とか言いやがったんだぞ!」
「……そりゃ、酷い」
ディアスにもそれ以上の感想は出て来なかった。
銃好きが故に、銃使いとしてのマナーに気を使っているシモヘイが、思わず銃を抜いてしまうのも頷ける。
「……ジェーン」
「本当にみの太郎を焼いた訳じゃ無いじゃない。実際は『市場』から買って来た牛肉よ。何時もシモヘイ君達がやっている『兎美味しい兔鍋』や『瓜坊をふんだんに使った猪鍋』に比べたら可愛い冗談だわ!」
「……言われて、みれば」
『兔鍋』や『猪鍋』は、良くある様な鍋に小動物が収まったファンシーな物、では無い。実際に食う鍋だ。
そう考えれば、普段から同じ位の冗談でからかっているので、銃を向ける程怒るのは筋違い、と言うのも頷ける。
「だわ、とか……、何時もとキャラが違うんだが……」
「こんな時まで、キャラ作りして居られないわよ!」
「左様で……」
とにかく、双方共に簡単に怒りを治められる状況じゃ無い。もう、ほっといて時間に解決させようか、とか思ってしまうディアスであった。……単に、面倒臭くなっただけ、とも言う。
「ディアスよ、ちょっと……」
部屋に入り辛いのか、扉の影からこそこそとヤマカンが呼ぶ。
この場を離れてシモヘイ達を2人きりにさせておくのは不安だが、ヤマカンもそれ相応の用があるから呼んでいるのだろう。と、ディアスは席を立つ。
「何だ?」
「2人の様子はどうなんじゃ?」
「どうもこうも、見ての通りだ。仲直りさせるなら、何か切っ掛けが欲しい。……下手な事したら、拗れそうで怖いが」
「あぁ……」
「それに、パーティー・リーダーの監督責任とか言われたって、俺は説教臭い事言うの苦手なんだよ。『出来る上司マニュアル ~部下の叱り方編~』ってのを読んでみたが、さっぱりだ」
ディアスはお手上げだ、とばかりに肩を竦め、溜息混じりに愚痴を零す。
「解決の糸口が見えない以上、下手に刺激しないで、落ち着くのを待った方が良いんだろうな」
そこでヤマカンはうぐっ、と反応。何か心当たりがあるのか、それじゃあ、と問うた。
「トラクターが実用化の目途が立ちそうなんじゃが……、しばらく中止しといた方が良いかのぅ?」
「……その方が賢明だろ。『狡兎死して、走狗煮らる』となりかねん」
「……なにやら難しい言葉を……」
トラクターが実用化されれば、用済みとなる労働家畜達がどう扱われるか。それこそ『潰して肉』が現実味を帯びて来る。今の状況には『火に油』だろう。
ただ、ヤマカンの言う『実用化の目途』は、蒸気機関の出力を犠牲にして小型・軽量化する、と言う大した捻りの無い物だ。そもそも、蒸気機関は大きく重い。と言うのは内燃機関に比しての事。だったら、出力が劣る事に目を瞑れば、サイズは小さく出来る。
……出力を落とせば家畜に対する優位性も少なくなるので、即、家畜無用とはならないと思われるが。頭に血が上っている2人がそんな理性的な判断を下せる保障は無い訳で、結局喧嘩が再燃する可能性は拭えない。
「じゃあ、やはりこの事はしばらく隠しておくかいのぅ……」
「用件はそれだけか?」
「いや、今のはついでの確認じゃ。本題は、客じゃ」
「そう言う事は先に言えよ」
ディアスは呆れた様に溜息を吐きつつ、ヤマカンの案内で客間に移動した。
「よう。久しぶりだな」
客間で待っていたのはエチゴヤだった。
「本当に久しぶりだな。……って、茶も出してないんかい」
「ウチにそんな贅沢品は無いんじゃよ」
「この間、唐黍茶を作ったじゃないか」
「あれは実験的にやってみただけじゃろうが。まだ客に出せる様な代物ではあるまい」
「……えぇと、お構いなく……」
放って置いたら変な物が出て来そうだったので、エチゴヤはとりあえずそう言って断っておいた。
「ジェーンは居ねぇのか?」
「ん? ジェーンに用があったのか? ……ちょっと間が悪かったな。トラブルの真っ最中だ」
「マジか……? まぁ、とりあえず、ディアスに話を通しておくか。……あ、これ土産な」
と、『越後屋名物 山吹色の菓子』とか書かれた包みを、そっ、と差し出す。
「…………」
「変な期待すンなよ。中身はタダの菓子だ。シャレで作ったら結構売れてな。今や定番商品だ」
胡乱な物を見るかの様な表情で受け取るディアスに、エチゴヤは怪しくねぇよ? と言う。
「ンでだ。この間のアップ・デートで『イベント申請機能』ってのが追加されたのは知ってるよな?」
「……ああ。イベント作るのが面倒臭いんで、プレイヤーに自ら企画させよう、ってあの手抜き機能だろ」
「ヒデェ解釈だが、それだ。折角なんで、それ使って『畜産品評会』やろう、って話になってな。こうして知り合いの畜産農家に声掛けてる、って訳だ」
面白いアイデアだ。とはディアスも思う。
この『イベント申請機能』、実装されたのがつい最近、と言う事もあって、まだ有効活用されているとは言い難い。一応は身内のみの小さなイベントは幾つか開催されたらしいが、碌に噂話も聞かず、掲示板での扱いも地方のマイナー・イベント並。……にすらなっていない物の方が多い位だ。
つまり、『畜産品評会』が成功を収めれば、初の大規模イベントとなる訳だ。
「それに、【交配】を駆使して品種改良が出来る、って事になってるが、何処も上手く行ってねぇ。それで、そこンとこの情報交換とかも兼ねてンだ」
「ああ。俺も何時かは『和牛ステーキ』とか思ってるが、どう品種改良したら良いか、サッパリだもんなぁ……」
イベントの目的も利点もハッキリしていれば、成功もし易かろう。それに、地方毎に微妙な品種の違いがある様なので、それらが一堂に会すれば、滞っていた品種改良に新風を吹き込む事が出来るだろう。
「……のぅ、今のあやつ等に、家畜を食う話をするのは気が進まんのじゃが……」
「……あ」
丁度、食う食わないで問題が起きたばかりである。『畜産』と言っても食べる事ばかりに限らないが、やはりその多くは食肉用であるのだろう。
「ん? なんだ。さっき言ってたトラブル、ってヤツか?」
「まぁ……、そうではあるんだが……」
身内の恥を晒す様で言い難いが、ここまで足を運んだエチゴヤに対する礼節として、一応簡単に説明をするディアス。
エチゴヤは一通りの事情を聞き、少しばかり思案すると、
「だったら、むしろ積極的に参加すべきじゃねぇか? 要するに、食うための家畜と労働のための家畜を明確に分化した方が、トラブル防止には良いと思うぜ」
と自分なりの解釈を述べる。一応は彼も畜産の専門家であるので、そう的外れではあるまい。
「確かに。ついでに、シモヘイに畜産の苦労を解らせる機会でもあるか……」
それで全て解決、とは行かないだろうが……。とは思うものの、とりあえずの手としては悪くない。とディアスも納得。
とは言え、現時点ではそれは可能性に過ぎない。もう一捻り小細工が欲しいところだ。
「んじゃ、『参加チケット』発行しとくぜ」
エチゴヤはウィンドウ上で何やら操作すると、チケット・サイズの小ウィンドウが4つ、ディアスの方に送られる。
「場所はやっぱ函館か」
「ああ。そのチケットで、《転移》料金が1/10になるぜ」
家畜を連れての《転移》は高額になりがちなので、それはありがたい。と言うか、それ位安くならないと、『畜産品評会』なんて参加人数を集められないだろう。
……だが、『転移室』のサイズはさほど広くなく、大型家畜を運ぶには向いていない。入らない訳では無いが、精々1頭のみ。その上、ちゃんと【調教】されていないと、狭い所に入れられるのを嫌がったりするので、中々厄介だ。
「ふ~ん。食用だけ、って訳じゃ無いんだ」
ディアスがチケットをクリックしてみると、大きなウィンドウに変化し、より詳細な情報が表示される。
食用以外にも、羊等の毛並みの品評とか、ばんえい競馬とか、闘牛とか、etc。これなら、ディアス達にも参加出来そうなのが幾つかある。
「……ん。大体解った。ジェーン達とも話してどれに参加するか決めておく。……それで、期日までにこのチケットを通じて申請出せば良いんだな?」
「おう。んじゃ、俺は他にも回らなきゃならねぇンでな。会場で会おうゼ」
と、エチゴヤは席を立つ。流石に自称函館のトップ・プレイヤーだけあって、彼も中々忙しい男である。
「……と言う訳で、我々は『畜産品評会』に来ています」
「……誰に向かって説明しとるんじゃ?」
と、会場に到着するや否や語りだしたディアスに、ヤマカンがツッコミを入れる。
シモヘイとジェーンは、物珍しげに辺りを見回している。畜産特化のジェーンは勿論の事、狩猟特化のシモヘイにも十分興味のある事が数多くあった。
『畜産品評会』と言う名目だが、労働家畜に関しても色々やっている。そのため、猟犬の競技会何かもあったりするのだ。
とりあえず、この2人には、
「今のお前等に何時も通りの仕事は期待出来ないだろう。要するに、ちょっとした息抜きを兼ねてるんだ。楽しめるだけ楽しんどけ」
と言って連れ出したのであった。
一応、ディアスが黒王号でばんえい競馬に、シモヘイがアギトでアジリティー競技に、ジェーンがおきしとしんで乳牛の品評会に参加登録してある。その他にも、飛び入りで参加出来る種目が幾つかある様なので、興味があるなら覗いてみるつもりだ。
「先ずはどうする? 参加予定の種目までには、まだ時間の余裕があるし……」
と、ディアスは会場マップを広げつつ、何処か見たいとこはあるか? と、皆に問う。
「とりあえず、物産展辺りで良いんじゃないか? 各農家自慢の畜産品が色々出て居るんじゃろ?」
各々の店舗は、大きめのテント程度の広さのパーティションに区切られており、屋台が建ち並んでいる様な物だ。売り物が持ち帰れる物ならともかく、その場で食べる物の場合、席数を多く用意出来ないため、人気のある店だと並ばねば食べられないかもしれない。
ちなみに、ディアス達もチーズやバターを委託販売している。この辺りは自分で店を出す事も、NPCや他のプレイヤーに任せる事も出来る様になっていた。
「俺も異存は無いぜ。知り合いの店が幾つかあるみたいだし、挨拶がてら回ってみるのも良いだろ」
シモヘイはパンフレットの出店一覧を見て、知り合いの名前を見つけていた。
「モフモフ的なイベントは……あまり無い。じゃあ、私もそれで良いよ」
ジェーンはイベント一覧を見、ちょっとがっかり。全く無い訳では無いが、『乗馬体験』とか、態々ここまで来てやる程の事では無い。ジェーンが好きそうな小動物系のイベントは、ドッグ・レースの類が幾つかある様だが、それ位。
「そっか。んじゃ、最初はエチゴヤのとこに挨拶に行くか? ついでにジンギスカンでも食うか」
「エチゴヤ君は主催者側なんでしょ。だったら、お店の方には居ないんじゃないかなぁ?」
居るとしたら、『運営本部』って書いてあるここだと思うけど、とジェーンは地図の一点を指差す。
「言われてみれば、そうだな。ここから物産展に行くには丁度そこ通るし、ちょっと覗いて行くか」
と、方針も決まったところで、地図を見ながら大体会場の真ん中辺りを目指して歩いて行く。
家畜を連れ歩くのが前提のため、道幅はかなり広くなっており、その所為で閑散としている様に見えるが、『TONDEN FARMER』のプレイ人口から考えれば、かなりの人が集まっていると言える。
今居る辺りは、『体験コーナー』となっていて、一般プレイヤーに対して畜産関係の宣伝的なイベントが行われていた。
例えば、すぐ横の牧場では『乗馬体験』が出来る様になっており、訓練次第ではこの場で【乗馬】スキルが習得出来る。と言うのを売りにしていた。
他にも『牛乳搾り』とか『羊毛刈り』のコーナーもあり、これから畜産を始めよう、と言うプレイヤーにとっては貴重なアドバイスをもらえたりと、色々と意義のある物で割と盛況の様だ。
そんな風に、周りをキョロキョロと見回しながら歩いていたため、距離の割には時間が掛かったが、『運営本部』に辿り着く。
「お~い。エチゴヤ、居るか~?」
「お? 来たか。オメェら」
エチゴヤは各部から回って来た状況報告を表示させていたウィンドウから顔を上げると、一旦事務処理を中断して、まぁ、座れや。と椅子を勧める。
「盛況な様で何より。イベント成功おめでとう。と、言うべきか?」
「気が早ぇよ。まだ明日もあるんだぜ? 最後まで気は抜けねぇよ」
「意外と真面目だな。……まぁ、そうでもなきゃ、イベント主催なんて勤まらないか?」
今のところ大きなトラブルは起きていない様だが、それでも細かな報告は数多く上がって来ており、スタッフの多くは『運営本部』に釘付けになるか、対策のための会場中を奔走するかのどちらかだ。
「思ったより、参加者も客も集まったのは確かだがな。……つっても、元々のプレイ人口が少ないんで、まるで学際みてぇだがよ」
「言われてみれば……、農大の学際がこんな感じか?」
実際には農大の学際など行った事無いディアスだったが、少なくともその類の漫画や小説から受けるイメージには良く似ていると思う。
農産品の販売や、家畜とのふれあいコーナーがあれば、何となくそれっぽい、と言う印象を受けるのは無理も無い。
「そんな事より、態々どうしたよ?」
「昼飯はお前のとこの出店でジンギスカンにしようと思ってな。そのついでに挨拶に寄っただけだ」
「いや、確かにウチでもジンギスカン出してるけどよ。それって羊毛用のメリノの余りを潰したヤツだぜ」
エチゴヤの所では、【種付け】スキルで羊を増やしている。そのため毎年新しい羊が生まれるのだが、牧場の管理限界もあるので、年老いた羊や子羊の一部は、潰して肉にされるのだ。
要するに、食肉用に育てている訳では無いので、他にも美味い肉が集まっている今、態々選ぶ事も無いだろう。と言う事だ。それでも、癖の無い子羊の肉はそれなりに美味であるのだが。
「ジンギスカン食うなら、サフォーク出してるとこが幾つかあるぜ。折角ならそっちにしたらどうだ?」
と、自分の所の利益も無視して、美味い店を案内してくれるエチゴヤ。それだけイベント全体の成功を考えている様だ。
「何か聞いた話じゃ、焼尻のが美味いらしいぜ」
「何じゃとっ!?」
目を、くわっ! と見開き、ヤマカンがエチゴヤに詰め寄った。
「焼尻のサフォークがあると言うのかっ!?」
「え? ん、ああ。パンフレットにも載ってンだろ」
「くぅぅぅ……、抜かったわ! そんな物を見落としていようとは!」
「……お~い。どうした、ヤマカン?」
どうせまたリアル北海道絡みの何かなんだろうなぁ、とか思いつつ、ディアスは声を掛けた。
「焼尻島は小さな離島が故に、羊の天敵となる生き物が居らず、のびのびと育てられた羊は最高の肉質になるんじゃ!」
「……はぁ」
説明を聞いたものの、それ位なら他の場所でも何とかなるんじゃね? とか思ってしまった一同であった。
「その上、潮風を受けて育った牧草はミネラルたっぷり。当然、それを食す羊達もその恩恵を受け、栄養が隅々まで行き渡った健康的なその肉は、一度食せば得も言われぬ芳醇な味わいが口いっぱいに広がり、五臓六腑に染み渡る栄養価で心身共に満たされる。そしてそれは更なる食欲をそそると言う」
その他、様々な条件と、農家の努力の結晶で、世界最高峰の羊肉なんじゃ! と語るヤマカン。
「……だが、あまりにも凄いが故に、殆どが高級レストラン御用達。海外からの買い付けもある位で、碌に市場に出回らん。『幻の羊肉』と言われる所以じゃ」
ワシも話に聞くだけで、食った事無いんじゃよぉ~。と、だからせめてゲーム内でも良いから是非食いたい。と話を締めくくるヤマカン。
「まぁ、落ち着け、ヤマカン。今の話を纏めるに、それはリアルでの事だろ? 場所が同じなだけで、ゲーム内でもそんだけ美味い、とは限らないんじゃないか?」
「浅はかなり、ディアス。態々離島に羊連れてって牧畜する様な、しち面倒なプレイしとる輩じゃぞ。そこんとこ解ってないヤツな訳があるまい!」
そして、品評会に出てきた以上、相応の成果を出したに違いあるまい。と、鼻息を荒くしながら期待するヤマカン。
「ディアス君、ここはあれこれ言わず、とりあえず食べて判断すれば良いんじゃないかな?」
ジェーンは説明を聞いただけで食べたくなった様で、とにかく食べに行こう! とディアスの袖を引っ張る。
「サフォーク飼うのにあれだけ反対してたお前が言うな。って感じだが、確かに俺も食ってみたい」
と、シモヘイも賛成する。
「……まぁ、それもそうだな」
ディアスとて食べたくない訳では無い。ただ、ハードル上げ過ぎるのはどうかと思うが。
「んじゃ、俺達はこれで」
「おう。一応『品評会』だかンな。出店の品には評価付けられンの忘れンなよ」
と、エチゴヤに見送られ、ディアス達はその場を後にした。
流石『幻の羊肉』。その味を文章化するのは不可能だった。言葉で言い表せない程美味。とは良く言った物である。ただ単にディアスに文才が無いだけ。とも言う。
料理漫画やグルメ番組等で味を語る場面は良く見かけるが、実際には見る者には全然伝わっていないのだろう。と思ってしまう。
それ程に、聞くと食うとでは大違いだ。ヤマカンの語りはそれなりの宣伝にはなっていたが、とりあえず食った感想としては、美味い! を連発すればそれで良い。
「あぁ~。美味かったなぁ~。……不満があるとすれば、数量制限があった事位か……」
それは『品評会』が故に、多くの人に味わってもらう事を目的としているので、仕方の無い事ではあるのだが。
「そうじゃのぅ~。未だ満たされぬこの腹を、他の物で満たさねばならんと言うのものぅ」
「なに。これだけ色んな店が出てるんだ。同じ位美味いとこだってあるさ」
と、シモヘイがヤマカンを宥める。
確かにシモヘイの言う通り、如何にトップ・プレイヤーの生産品と言えど、これだけが圧倒的に美味い、と言う事は無いだろう。
ちなみに、あれだけ美味かったラム肉だが、生産者からすればまだ最高の出来では無い。との事。
「それより、私はあれを育てた本人に会えなかった事の方が不満です」
ジェーンは畜産特化らしい事を言う。
どうやら1人でやっているらしく、牧場を離れられないと言う事で、NPCへ委託販売をしていたのだ。
もし本人に会えたら、色々教えてもらいたかったのに、と残念がるジェーン。最初の頃、サフォークは絶対に飼わない。と、問答無用で食べちゃ駄目と言っていた頃に比べれば格段の進歩だ。
「聞いたところで、秘伝の技術を教えてくれるとは思わないが。そこは自分で工夫すべきだろ」
と、ディアスは、そう言うゲームなんだから、と諭す。
「まぁ、サフォーク飼う気になってるなら、買ってくか? 家畜のオークションもやるみたいだし……」
「そんな事言っても、予算が……」
「実は、和牛が出てたら買おうと思って、結構用意して来てる」
「そんな事考えてたのかよ」
「ああ。そもそも『和牛ステーキ』はかなり初期からの目標の1つだが……、まぁ、羊でも良いだろ」
ディアスの感覚としては、今回食べたジンギスカンは、A5ランクの和牛ステーキと比しても、勝るとも劣らない物だ。だったら、牛買うために貯めて置いた予算を、羊に使っても惜しくは無い。……基本的に、牛肉と羊肉では目指すところが違うので、安易な比較は出来ないが。
「んじゃ、次は何処行く? もう少し何か食うか?」
「そうだな。まだ腹も膨れてないし、適当に美味いもん探すかね」
と、パンフレットを眺めつつ、次は何食いたい? とか言いつつ、出店が建ち並ぶ通りをウロウロするディアス達。
「お……、シモヘイじゃねぇか。来てたんなら、ウチに寄ってけよ」
と、そこへ脇から声が掛かる。
シモヘイがそちらを振り向くと、艶やかな黒髪と切れ長の鋭い目が特徴的な、何処か姉御肌な雰囲気を滲ませる日本美人。相変わらず和服の上からフリル付きのエプロンを着た、和風喫茶に居そうな格好をしている。
「あ? ヤナギバの店、ここだったか」
「そうだよ。俺とおめぇの仲じゃねぇか。素通りはねぇよな?」
そのヤナギバと呼ばれた女性は、お前の格好は奇抜だから見つけ易いな。とシモヘイに笑い掛けながら言う。
「そっちの3人は、おめぇんとこの仲間か? じゃあ、4名様、御案内!」
「ちょ、ちょっと待て」
ヤナギバはシモヘイの手を引き、自分の店の方へとずるずると引き込む。随分と強引な客引きである。
残る3人も、シモヘイ1人を置いて行く訳にも行かず、仕方無しに一緒に付いて行く。
「……シモヘイよ。お前、女性キャラの知り合い、多くないか?」
席に着いたところで、ディアスがシモヘイを睨み付けつつ言う。何が言いたいかと言うと、ただ単にシモヘイが羨ましいだけである。
「別に多くねぇよ。ただの知り合いで良いなら、ディアスだって同じ位居るだろうが」
「俺とお前の仲、とか言うヤツが、ただの知り合いなのかよ?」
「ディアスよ。シモヘイ弄るのは後にして、とりあえず注文せんかね?」
「と言うより、ここ何のお店なんですかね? あまり流行ってないみたいなんだけど……」
ジェーンが周りを見回すと、今のところ席に着いているのはディアス達だけだ。勿論、並んでいる客も居ない。
「ウチのメインはハンバーガーだよ」
と、ヤナギバが答える。
「は? 何でハンバーガー? つぅか、お前は畜産関係無いだろ。何でここに居るんだ?」
出店一覧で名前を見つけた時は驚いたぞ。とシモヘイは疑問を口にする。
「ああ。畜産農家とのコネを作りたくてな。……ハンバーガーやってるのは、スザンナとのじゃんけんに負けたからだ……」
俺は焼き鳥がやりたかったんだが……、とぼやくヤナギバ。
「もう。ヤナギバさん。過ぎた事を愚痴らない」
と、そのスザンナも調理場から出てくる。……それだけ暇なのは、間違い無く問題である。
「スパイシーな味付けで、素材の味を分からなくしちまったジャンク・フードに、『畜産品評会』での需要があると思うのか?」
「う……、一応、素材の味が活きる様に、味付けは工夫してるんですよ」
「だからと言って、先入観、って奴は簡単には変えらんねぇ、って事だろ」
「……なぁ、そもそも何でジャンク・フード?」
と、2人の話に割り込むディアス。
『畜産品評会』、即ち素材その物を評価する催し物と、過度の味付けをしたジャンク・フードとのコンセプトは合わない。彼女等もその事は解っていた様だが、それでも何故ジャンク・フードを選んだのか? 疑問が残る。
「それは……、私の得意ジャンルが『ジャンク・フード』だからです……」
「『料理学校』の教師NPCが、ジャンク・フードが得意……って」
活躍の場が欲しかったんです……、と俯きながらぽそぽそと語るスザンナに、どう言う設定だ……、とつっこむシモヘイ。
「まぁ、そんな訳で、やっちまった物は仕方無ぇ。だが、このままじゃ、コネどころの話じゃ無ぇんだ。だから……、頼む! 口コミで宣伝してくれっ!」
「そうなんですっ! ハンバーガーもフライド・チキンも自信作なんですっ! 食べてもらえば、解ってくれる筈なんですっ!」
あまりにも必死過ぎ、本当に大丈夫かこいつ等? とか思ってしまったディアス達。
その間にもジェーンはウィンドウ表示させたパンフレットをぽちぽちと弄ると、
「あ、本当だ。食べた人は少ないけど、全員評価5を付けてる」
と、評価ランキングの結果を確認した。ちなみに、5で最大である。
「それなら、味は確かな様だな」
「とりあえず、『ハンバーガー・セット』を食べてみてくださいっ!」
「……じゃあ、それで」
おすすめですっ! とのスザンナの勢いに気圧され、代表してディアスがそれを4人分、と注文する。
「へいっ! お待ち!」
「はやっ!? つーか、待ってねぇぞ!?」
「そりゃ、ファースト・フードだからな」
お客様を待たせはしねぇ。とヤナギバは同時に4つ運んで来たトレイをテーブルに並べる。
セット内容は、ハンバーガーにフライド・ポテトに、フライド・チキン。飲み物は林檎か蜜柑のジュースを選択で。
「……ここは普通、フライド・チキンじゃ無くて、チキン・ナゲットだと思うんだよ……」
「マ○クとケ○タの折衷案?」
「コーラが無いんじゃのぅ……。まだ作れんのかいな」
「……とにかく、食おう」
と、ディアスが率先して口を付ける。皆もそれに続き、いただきます。とハンバーガーに噛り付く。
「おぉっ!? 美味っ! これなら、海原○山も納得の出来だ!」
「きちんと下拵えされた肉と、トマトにレタス、チーズやピクルスの味が、ソースによって見事に調和している!」
「しかも、その味をしっかりと受け止めるパンも見事じゃ!」
「フライド・チキンも、ブレンドされたスパイスが食欲を増し、それでいて余計な味が残らず食べ易いです!」
と、大絶賛。……料理を。
「あぁ……、誰も素材の良し悪しを語ってねぇ……」
「ふむぅ……、確かに、一般的な食材を料理人の腕で美味しく調理しても、こんな感じになりそうです」
がっくりと落ち込むヤナギバに、ジェーンが止めを刺す。密かに皆思っていたが、その場の空気でちょっと言い出し辛かった事を、容赦なく言ってしまう。
「どうしましょう……、ジャンク・フードが駄目だと、私の存在意義が……。ついでにお店の信用が……」
「店の信用の方がついでかよ。……まぁ、委託した方から見れば、折角の食材が評判にならないとなぁ……」
何か、もう、どう仕様も無い感じだ。……とりあえず、ジャンク・フードは止めるべきだろう。
「そんなに素材の味を活かしたいなら、生肉でも齧れば良いんだよ」
「生肉……、牛刺しかっ!」
「!? 牛刺しバーガーを作れば良いのねっ!」
「……あれ?」
半ば冗談で言ったジェーンだったが、やたらと乗り気で試作に取り掛かるヤナギバ達に、ちょっと困惑気味。
……結局、
「他にも色々食べ歩きするつもりだったのに……」
ディアス達は、大量に渡された『牛刺しバーガー』に何とも言えぬ微妙な表情を浮かべる。
大量、と言っても1人3個程度だし、確かに美味しいので普段ならありがたい事なのだが。……今回は『品評会』の性格上、あちこちの牧場の品を試してみたかったので、これだけで腹一杯にしてしまうのはどうかと。
そう言う意味では、腹一杯食いたかった、と言う感想が出た『幻の羊肉』のジンギスカンにやや劣る、と言える。
などと口では文句を言うものの、食べる手は全然止まらない。恐るべし! ジャンク・フード!
やはりハンバーガーは珍しい様で、すれ違う人達がちらちらとディアス達の手元を見る。ヤナギバ達の意図した通り、宣伝効果は抜群の様である。
実際はこのハンバーガーが美味いのも、料理人の手柄な気がするが、『牛刺し』は素材が良くないといけない。と言うイメージがあるので、食材を提供した牧場のイメージ・アップにはなるだろう。
……フライド・チキンの方はまるで解決してないが、ディアス達にはそこまで面倒見る義理は無い。
《間も無く、『ばんえい競馬』第3レースが始まります。出走予定の参加者は、お急ぎください》
「……っと、そろそろ時間の様だな」
ディアスは参加者に送られたシステム・メッセージを確認すると、んじゃ、行って来る。とパーティーを離脱。
「そっか、もうそんな時間か。じゃあ、こっちも予定が遅れてなけりゃ、もうすぐだよな」
と、シモヘイもアジリティー競技のスケジュールを確認する。
基本的に『畜産品評会』であるので、こう言った労働家畜向けの競技は、比較的おまけ扱いだ。そのためスペースも時間もあまり多く取られておらず、もう少し余裕があれば被らない時間帯を選べたのに……、と愚痴るシモヘイ。
と言う訳で、シモヘイもここで離脱。
ジェーンが参加予定の乳牛の品評会は、もう少し後。2人共、自分の出る競技を終えてからでも、ジェーンの応援には間に合う予定だ。
「……私達はどうしようか? どっちかの応援に行く?」
「どっちかの、て……。片方だけ応援したら、角が立つじゃろ。かと言って、二手に分かれるのも微妙じゃし……」
もういっその事、どっちもほっといて、適当な催し物見てた方が良いじゃろ。と、そのつもりでパンフレットを眺めるヤマカン。
「うぬ? これなんか良くないか? ほんの余興じゃが、猿がミニSL運転するイベントがやっとるぞい」
「ほんと!? それ見に行こう! ひょっとして、SLも乗れるの?」
「乗れるみたいじゃぞ」
ヤマカンが『ほんの余興』と言った様に、品評会の趣旨からは若干外れるものの、こう言うのもアリ、との一例を示すために、特別枠で参加している見世物の1つだ。おかげで、パンフレット上でも扱いが微妙で、最初に確認した時には見落としていたらしい。
さる~! SL~! と、2人の趣味をくっつけた様なイベントに、本気でディアス達の事はほっといて、会場に駆けつけるジェーン達。
その会場に着いてみれば、それなりに人が並んでいた。だが、並んでいる、とは言っても精々30人も居ない程度。ミニSLには6人乗れるのと、1周の距離も長くなく、時間もそれ程掛からない事もあって、さほど待たされずに乗れそうだ。
「うわぁ……。本当に猿が運転してるよ」
「凄いのぅ……」
ジェーンは目を輝かせつつ、その様子を食い入る様に見る。猿は基本的に害獣設定で、捕獲・調教が非常に難しく、ここまで仕込まれた猿は珍しい。要するに猿をモフれる数少ないチャンスである。
運転、と言っても、マスコンを捻るだけの様で、それこそ猿でも出来る。ヤマカンは、マスコン1つで運転出来る様に簡略化された、操作機構の方に興味がある様だが。
2人共、一見同じ事に感動している様に見えるが、実際には別々のところに注目していた。
芸をしている猿はミニSLの運転だけでは無く、他にも色々やっている。現実では既に廃れた『猿回し』と言う伝統芸能の再現を試みているとか。
「ねぇ、このお猿さん、モフって良い?」
「ああ。良いぜ。お嬢ちゃん」
ジェーンは係員の許可を得て、猿をナデナデモフモフと堪能していた。
「だが、気を付けろよ。そいつ等は飼い主以外には悪戯する事も……」
と、忠告するも間に合わず。
ジェーンに抱きかかえられていた猿は、ぺたぺたとジェーンの胸を触ると、ふぅ、と言った感じで肩を竦めた。
ぷちっ……!
「……このふざけたセクハラ芸、仕込んだのは、誰かな?」
にこやかな笑顔で、しかし、こめかみに青筋を浮かべつつ、ジェーンは猿の頭を鷲掴みにして係員の方に突き出す。
頭をミシミシと締め上げられた猿は、ほんの数秒、じたばたと暴れるも、すぐにダラーンと力を失い、口から泡を吹いている。
「ああー! エテ吉ぃぃぃぃぃぃぃっ!」
「あれはっ! 【格闘】アビリティの【掌握】スキル!」
「なんて握力だ! どれだけ熟練すればそこまでに……!」
「ふっ……。動物と語り合うには、腕力は欠かせないんだよ」
「格好付けとる場合じゃなかろうがっ!」
「……ってなトラブルを起こしてのぅ。結局SL乗れなかったんじゃよ」
乗りたかったのぅ……。と愚痴るヤマカン。
品評会の会場では、既に『牛肉部門』『牛革部門』が終わり、『牛乳部門』の真っ最中。
ディアス達は観客席に陣取り、ジェーンの出番を待っている。だが、無関係な話をしている事からも判る通り、あまり真面目に観ているとは言い難い。
「ひょっとしたらジェーンのヤツ、……聞いとるのか、おぬし等?」
ディアスもシモヘイも、俯いたり、パイプ椅子に力なく凭れ掛かったり。何か魂抜けているっぽい覇気の無さである。
「……何食ったら、あんな重戦車みたいな馬に育つんだ……。まさか、このゲーム、ドーピングがあるんじゃなかろうな……?」
「あの毛並み……、あの技のキレ……、ヤツ等はガチだ。本気でトップ・プレイヤーじゃ無くて、トップ・ブリーダーを目指してやがる……」
どうやら、競技でボロ負けしたのが原因の様である。
「……そろそろジェーンの出番じゃぞ。少しは気合入れて応援せんか」
「応援で評価が変わるとしたら、それは『品評会』としてどうかと……」
「いや……、そう言う事言ってるんじゃ無くてじゃな……」
とか言っている間に、いよいよジェーンの出番である。
「続きましては、エントリー・ナンバー9番、『モフモフふれあい牧場』の『おきしとしん』です!」
あいつ、勝手に変な牧場名で登録を! と、この時3人は心の中で同じ様にツッコミを入れた。
「毛並みが良いね。愛情を掛けて育てている証拠だね」
「肌の張りも良い。体調管理もしっかりしている様だ」
「さて、肝心の牛乳の方は……」
とか、審査員達は何かもっともらしい事を言っている。
……審査員達も一般のプレイヤー。ちゃんと解っている専門家と言う訳では無いので、本当に『もっともらしい』だけである。要するに、それっぽい演出をしているだけだ。
だから、台詞のバリエーションも少なく、さっきから割りと似たような事ばっかり言っているが、真面目に聞いていなかったディアス達は気付いていない。
そして、これと言った特別な事は何も起きず、そのまま順調に進行し、無事『牛乳部門』も終了。結果は……
おきしとしん、15頭中14位。……惨敗。
「納得いかないんだよ。……そりゃ、日本人には飲みなれているホルスタインの牛乳の方が、美味しいと感じるのは無理無いんだよ……」
と、ジェーンは審査員がボンクラなんだよ。と文句を言う。実際、おきしとしんの牛乳は、加工品向けに調整されているので、ジェーンの言い分も強ち出鱈目でも無い。……だが、水牛は何頭か居たので、その中でも下位と言う結果は無視出来ない。
「別にジェーンの『牛嫌い』が、結果にも反映された。ってだけの事だろ」
と、シモヘイが要らん事を言う。
「へぇ……、じゃあ、レースでボロ負けしたシモヘイ君も、愛犬への愛情はその程度だった。って事だね」
売り言葉に買い言葉。2人が睨み合ったのはほんの一瞬。
「わぁぁぁぁぁぁっ! お前等、こんな所で銃抜くなよぉぉぉぉぉっ!」
「やはり、まだ燻っとったか! 道理で微妙にキレ易いと思ったぞい!」
ディアスとヤマカンが頑張って止めたので、辛うじて銃撃戦は免れました。
ほんと、人間関係は拗れると面倒です。
MMOゲームは、マナーを守ってプレイしましょう。
「楽しげなイベントで有耶無耶にしようと思ってたのに!」
「その程度にしか考えとらんかったんかい!?」
……後日、PvPモードで気の済むまで殴り合わせました。