水田はじめてみます
「……ん。大体、こんな感じか?」
「いや、ちょっと広過ぎないか? 先ずは試しなんだからこん位で……」
「試しだってんなら、ある程度の広さが要るだろ。じゃないと十分なデータが取れん」
「そこにどれだけの労力を割けるか、って問題もあるだろ。他の作業に支障来たしてまでやる事じゃ無い」
ディアスとタゴサクは、卓袱台に広げた地図に何やら書き込みつつ、あーでも無い、こーでも無い、と言い合っていた。
ゲーム内ではもうすぐ4年目を迎えようとし、2日後に迫ったDIGの第4期生産分の販売までには間に合わせよう、と何か計画を練っているらしい。
「お~い。ディアス。頼まれてた鴨、5羽程生け捕りして来たぞ。とりあえずジェーンに預けておいたが……、お、タゴサク来てたのか」
そこへ狩りから帰って来たシモヘイが、その成果を報告しに来た。そしてタゴサクに気付くと、よう。と挨拶をする。
「おう。この件は俺が居ないと始まらないだろ」
「この件、って何やってんだ?」
「……お前、それも知らないで鴨獲って来たのかよ」
「……ああ。そう言や、シモヘイには言ってなかったな」
ディアスは『鴨を何羽か生け捕って来てくれ』と頼んだだけなので、シモヘイにはその意図が伝わっていないだろう。
「まぁ、とりあえずこれだ」
と、シモヘイにも地図を見せる。
色々な書き込みから察するに、新たな土地をディアスとタゴサクの共同で開拓しよう、と言う事らしかった。
場所は丁度2人の土地の間。彼等は隣同士だが、その間は結構離れている。
普通なら人が増えて来るに従って、そこに誰か入って来ても良さそうな物だが、十勝の1~2を争うトップ・プレイヤーの間に挟まれる、と言うのはプレッシャーが掛かるのか、未だ空いたままになっていた。
とは言え、次の新規プレイヤーが入って来れば、何時までも空いているとは限らないし、いずれ土地を増やす必要があるなら、この機会に開拓してしまおう。と目論んでいる様だ。
その広さはかなりの物になり、開拓・管理の手間を考えれば、どれだけ広さを開拓するのか悩みどころ。と言うのが何度も修正され、すっかり汚くなった地図から読み取れる。
「それでな、シモヘイの意見も聞いておきたいんだが……、俺達はここに『水田』を造ろう思う」
「意見、とか言われても。良いんじゃねぇか? 主食はやっぱ米が良いし」
シモヘイにも反対する理由は無い。
米は『市場』でNPCが売っているものの、その値段は高く、日頃から食べられる様な物では無い。正に『憧れの銀シャリ』である。
水源として丁度良く川も流れている事だし、場所的にも悪くは無い。リアル北海道の1/6サイズ、と言う事もあって、『TONDEN FARMER』では小さ目の河川は省略される事を考えれば、他の場所を探す方が面倒だろう。
つまりシモヘイとしては、ここに出来るだけ広い土地を確保しておいた方が良い、と思うのだが、今の土地ですら限界に近い。多少増やせなくは無いものの、余裕は無くなる。そこまでになると、最早ゲームでは無くただの作業だ。
「でも、どんだけの広さにするとか、稲作の面倒とかは俺じゃ解らんぞ」
「まぁ、そうだろうな。……その面倒を幾らか省くための鴨な訳なんだが」
「鴨が? ……ああ。ひょっとして『合鴨農法』か」
と、シモヘイは一応納得。ただ、水田の広さによっては獲って来た5羽では足りないだろう。獲って来たのは『合鴨』では無いので、それでも『合鴨農法』と呼ぶのかは判らないが。
「俺、今日の晩飯は『鴨鍋』だと思って、ちょっと期待してたんだが……」
「……仕方無いな。じゃあ、後で追加で獲って来るなら、1~2羽潰しても構わんよ。すぐに必要、って訳じゃ無いし」
「そうか。では、鴨を食おう」
期待を裏切られ残念そうなシモヘイに、ディアスは折れる事にした。
実際に水田に鴨を放すのはずっと先の事になる。また獲って来れば良いのだから、折角そこにある食材を、無理に我慢する事も無いだろう。
「『鴨鍋』って聞いて、自分も食べたくなっただけだろ」
タゴサクがツッコミを入れるが、ディアスは聞こえない振りをする。
「でも、何で『合鴨農法』?」
シモヘイの疑問も尤もだ。どちらかと言えば、ディアスは農薬を使った方が面倒が無い、と考えるタイプだった筈だ。
そのため、農薬の研究でかなりノウハウがある。稲作は初めてとは言え、それで使う農薬に悩む様な事は無い。と言える。
「何で、って言われても、そう言う農法がある、って知ってるなら、とりあえずやってみたいだろ」
「……ディアスらしい、と言えばらしい、……のか?」
やった事が無い事に挑戦する。と言うのを矜持とするディアスだ。久々の大規模な開拓、しかも初の『水田』と言う事もあってかなり張り切っている。
タゴサクとの話し合いでも、目一杯の土地を確保しよう、と主張しているのがディアスの方だ。
「それに、何か農薬は飽きた」
「飽きた……って」
「ノウハウの蓄積も頭打ちになって来たし、他の事もやってみようかと」
「……農に関しちゃ、俺が口出し出来る様な事は無いが。……タゴサクの意見は?」
十勝の農の第一人者が居るのだ。そうそう失敗する様な事はあるまい。と思いつつ、シモヘイはそのタゴサクに話を振る。
「んな事言われてもな。俺だって稲作は初めてだ。ノウハウの蓄積が無きゃ、結局は素人と同じだぜ」
「……は?」
「だから、そのノウハウのためにも、やってみよう、って話をしてるんだ」
「いや、ちょっと待ってくれ」
シモヘイはディアス達との認識の食い違いにちょっと混乱。稲作って、そんなに特別で面倒な物だったか? と自問する。
「……そう言や、何で今まで稲作やってなかったんだ?」
冷静に思い出してみれば、ディアス達に限らず、誰も稲作をやっていない。主食である米なんて、それこそ真っ先に栽培してても良さそうな物だが。
『屯田兵』に支給される『弁当』がおにぎりだった事、高いとは言え『市場』で米が普通に売っている事、の影響で全く気にしていなかったが、プレイヤーが作った米は出回っていなかったのだ。
より正確に言うなら、シモヘイが知らないだけで、米作りを試したプレイヤーが居ない訳では無い。しかし、今のところ上手く行った例は無く、収穫があったとしても微々たる物であった。
シモヘイは今更ながら、それが米が高い理由なのだと気が付いた。
「……無理無いか。リアルじゃ、『米どころ北海道』だもんな」
「俺だって、ヤマカンに聞くまでは勘違いしてたもんな」
うんうん、と頷き合うディアスとタゴサク。
「ヤマカンが……って事は、リアル北海道の歴史で何かあったのか?」
「基本的に、北海道は稲作には向かんのじゃよ」
シモヘイの疑問に答えたのは、丁度部屋に入って来たヤマカンだった。
「水田用のポンプ、作り終えたぞい」
「ご苦労さん。ヤマカンはどれだけの水田を確保したら良いと思う?」
「とりあえず、土地だけは最大限に確保しといて、徐々に水田にすれば良かろう」
「まぁ、それが無難かなぁ……」
と、シモヘイをほっといて話を進める3人。何度目かの修正が地図に書き込まれる。
シモヘイが地図を覗き込むと、ディアスとタゴサクの土地を繋ぐ様に開拓を広げ、その真ん中辺り、川沿いにちょこんと『水田予定地』と書き込んでいるところだった。これでは大した収穫量は見込めない。
「……ほんとに試してみるだけ、って感じだな。そんなに向いてないのか?」
リアル北海道は、ディアスも言った通り日本一の米どころである。開拓時代には苦労はしたろうが、稲作に向いていない、と言うのは想像し難い。
「そりゃ、稲って元々、亜熱帯から温帯の植物じゃし」
ヤマカンの答えはシンプルだった。
「ケプロンなんぞ、『米が無ければ、パンを食べれば良いじゃない』とか言った位じゃ」
ケプロンって誰だっけ? と思ったシモヘイだが、話の流れからして多分明治のお雇い外国人の1人だろう。と当たりを付ける。
「じゃあ、明治頃には稲作やってなかったのか?」
「一応、試験水田でやっていたぞい。じゃが、あくまで『試験』じゃからな。殆ど失敗続き。厳しいモンじゃったそうな」
歴史の授業で習っただけの事を、まるで見て来たかの様にしみじみと語るヤマカン。その内、おのれ! ケプロン、アンチセル、クラークめ! とか徐々に話が逸れて行く。
「今の状況からは解らんじゃろうが、そもそも北海道が米どころとして認知され始めたのとて、21世紀になって『美味しいお米』が出て来てからじゃ」
要するに、日本人の米に対する執念を嘗めるな! と言う事である。
それまでには品種改良とか土壌改良とか多大な苦労があったのだが、詳しい事までは知らん。と言うヤマカン。
彼とてリアル道民が故に郷土の歴史には他より詳しいが、農業の専門家では無いので、これ以上に詳しい事は語れない。
だが、ここまで説明されば流石にシモヘイにも理解は出来る。
北海道の稲作の成功が品種改良の成果だと言うなら、現在出回っている北海道産のブランド米のデータが使えない、品種改良の恩恵を受けられないゲーム内では、現実並みの収穫は期待出来ない、と言う事だ。
「と、まぁ、そう言う訳だ。だから、とりあえずやってみなけりゃ、先に進まないだろう。って事だ」
まだ1度もやった事が無い以上、ノウハウの蓄積も無ければ、ゲーム的なシステム・アシストも無い。
となれば、後は現実の稲作を参考にするしか無いのだが、現実の今の稲作とは事情が違って来るのが厄介な問題だった。
「大体解った」
シモヘイは納得が行き、大きく頷く。
「要するに、失敗前提って訳だ。なら、今回は心置き無く失敗出来るな」
「ちょっと待て。それじゃ、まるで何時も失敗している様に聞こえるじゃないか」
ディアスのその反論は、むしろ自覚がある証とも言える。
「本格的に計画立てる度に、肝心な所見落として、要らん失敗をして来たろ」
「俺は呉学人かっ!」
説明を聞いた限りでは、今回ばかりはディアスで無くとも普通に失敗しそうだ。
とは言え、出来る事なら成功させたい、と言うのも尤もであり、シモヘイは頭をポリポリと掻きつつ、ぽそり、と素人考えの思い付きを漏らす。
「寒いのが駄目だ、ってんなら、『温室』で育てりゃ良いんじゃねぇか?」
「それだっ!」
卓袱台を叩いて立ち上がり、異様な食い付きを見せるディアス。
「《通信:ハリマオ》くそっ! 圏外か! アイツ、まだ『転移室』建ててないのかよ!」
知り合いのガラス職人と連絡を取ろうとして、出来ない事に毒付くディアス。
通信接続のために呼び出したフレンド・リストを見てみれば、ハリマオは選択不可のグレー表示。その脇には圏外のアイコンが点滅していた。
「直接行って来る!」
「おい! こっちはどうすんだよ!?」
そのタゴサクの問いに答えたつもりなのか、ディアスは【製図】スキルで数枚の図面をプリント・アウトして卓袱台の上に放り出すと、そのまま出て行った。
「『鴨小屋』? 既存の『鶏小屋』を改修したのか。……改修する意味あるのか?」
「こっちは『用水ポンプ』の配管図に、そこに組み込まれる『太陽熱温水器』……か?」
「こっちなんぞ、畜力式の『田植え機』じゃぞ。……こんなモン、どっから資料を持って来たんじゃ?」
それ以前にも、『精米機』や『餅搗き機』等、米関連の道具をちょこちょこと作って来たディアスだ。時間を掛けて少しずつ用意して来たのだろう。
だからと言って、義務は果たした、こっちをほったらかして良い、と言う訳では無いのだが。
「……まぁ、苗を発芽させるのに温室を使う、と言う方法は寒冷地じゃ良くある事じゃし」
と、ヤマカンは『温室』の必要性を説いてディアスをフォローする。
「どっちにしろ、温室が要るってんなら、そっちはディアスに任せとくか。……んで、こっちはどうする?」
自分で『温室』の話を振ったため、シモヘイも文句を言い辛い。とりあえず、さっさと終わらせて戻って来る事を祈るだけだ。
「ふむ……、では少し開墾しとくか? 『品種改良』は無理でも、『土壌改良』位はしとかんと無駄に失敗するだけじゃぞ」
北海道が稲作に向いていないのは、何も寒冷な気候のためだけでは無い。火山灰土や泥炭地の影響も大きいのだ。とヤマカンはうろ覚えの知識を掘り起こしていた。
「『土壌改良』って、どうすんだよ?」
「理屈の上では簡単だよ。土が駄目なら、駄目じゃない土を持って来れば良い」
いわゆる『客土』と言うヤツだな。と簡単に説明するタゴサク。流石に『農民』としてノウハウを蓄積して来ただけあって、こう言う事は頼りになる。
「え~と、森辺りから『腐葉土』でも持って来て、田圃に放り込めば良いか?」
それって、凄く面倒臭そうなんだが。と愚痴るシモヘイ。
現実の農民も、そうやって長い時間を掛けて稲作を広めて行ったんじゃよ、と宥めるヤマカン。
「とにかく、1度稲作の歴史を調べておいた方が良いかもな」
「じゃあ、『中山久蔵』を調べてみい。寒冷地での米作りの第一人者じゃ。後は、ゲーム的に米作りのフラグが立ちそうなのは、渡島か石狩かのぅ」
「まぁ、適当に調べとく。んで、寒冷地対策はディアスに任せ、泥炭地対策は俺達でやる、って事で良いか」
とタゴサクが話を纏める。
「んじゃ、とりあえず、候補地に【縄張り】張っとくか」
そして、ディアスは……
「ハリマオ居るか?」
と、ガラス工房の戸を開けるなり、そう呼びかける。
「あ、ディアスさん。いらっしゃい。親方なら奥で作業してますが、もう少しで終わる頃かと」
ハリマオの姿は見えず、応えたのは弟子のアサツユだ。
中々需要の無いガラス細工をやっているハリマオはあまり人に理解されず、しばらく1人でやっていたが、マイナーなプレイをする人は何処にでも居るもので、今や2人の弟子が居る。
その内の1人は今は居ない様だが。
単なる芸術品には興味は無いディアスだが、ガラスの食器やらランプ・シェード位なら買うので、この工房のお得意様であり、当然弟子達とも顔見知りだ。
そのアサツユは、作業のためか野暮ったい耐熱服を着ており、洒落っ気こそ無いものの、芸術家を志そうと言う意思がアバターの造形にも反映され、かなりの美少女だ。
それこそガラス細工をイメージしているのか、色素が薄く、透明感がある。ほんのり緑がかった長い銀の髪の非現実感と合わせ、まるで妖精かの様だ。
正直言って、ハリマオが羨ましい。ついでに言うなら、センスが無くてプリセット・パターンのアバターを使っているディアスは、アサツユのデザイン・センスも羨ましい。
「じゃ、待たせてもらうか」
流石にディアスも、繊細な作業をしているであろうところに押し掛ける様な真似はしない。
待つ事、約10分。
「お? ディアスか。久しぶり。何か買い付けか?」
と、ハリマオが工房の奥から出て来た。
「ああ。それより、お前も『転移室』位建てとけよ。《通信》出来なくて不便だぞ」
「ウチじゃ、《転移》を使う必要があまり無いからな。《通信》のためだけに建てる、ってのもどうかと……」
本人が要らない、と言う物を無理強いする訳にも行かず、この話はここまで。
と、言う訳で、ディアスは本題に移る。
「今回の目的は、『温室』造るための『強化ガラス』だ」
「マジか? まだ『強化ガラス』は安く作れないんで、この前見送ったばかりじゃねぇか」
「事情が変わった。とりあえず、幾ら用意出来る?」
「確か、練習で作ったのを、結構仕舞い込んでたと思うが……」
正確な枚数まではなぁ……、と頭を掻きつつ、ハリマオは立ち上がる。
ちなみに、ガラス細工の様な贅沢品はなかなか売れないので、結局は建材の『板ガラス』が売れ筋となるのだが、『強化ガラス』の方は、それ程の強度は必要無い、と言う人が多く、値段が高い事もあって不良在庫になっていた。
「とりあえず、付いて来てくれ」
と、倉庫の方へ。
残念ながら、『TONDEN FARMER』にはアイテム・バッグの様に見た目より大量に入る倉庫、と言う物は無い。精々、収納物を検索する機能が付いている位だ。
「おぉ。あった、あった。60×60cmで61枚だ」
「……足りないな」
「足りないのかよっ!?」
思いの外いっぱい作ってたなぁ、と思っていたハリマオだったが、これで足りないとなると、テラスをガラスで囲った程度の、家庭菜園規模の温室ではあるまい。
「どんだけデカイ温室造る気だよ?」
「1俵の収穫は欲しいから、そのためには1aは要る訳で……」
と、ディアスは大雑把に計算するが、この収穫量の想定はリアルのデータによる物。つまり、改良された品種、最新の農法による物なので、上手くいったとしてもそこまでは穫れない筈だ。
「俵……って、田圃でもガラスで覆う気かよ?」
「そうだが?」
「ちょっと待て! マジで1aとかの温室造ったら、このサイズのガラスだと数百枚、下手したら千枚単位で必要になるぞ!」
「……そうなるな」
「んで、このガラス、1枚2万円だぞ。無理だろ! 流石にそこまでの蓄えは無いだろ!?」
あまり金儲けを考えていないディアスなので、その懐具合は高が知れている。特にハリマオの工房で良く買い物をしているので、彼には筒抜けと言って良い。
「むぅ……、備蓄の作物や加工品を売ったとしても……500万が精一杯か?」
かなり甘く見つもってもその程度。しかも、もし本当に備蓄を使い潰して『温室』建てたりしたら、他のパーティー・メンバーに怒られる。
「悪い事言わないから、止めとけ。どうしても、って言うなら、1俵なんて高望みしないで、もっと少なくすれば良いだろ。例えば5kg位にしておくとか」
ハリマオはスーパーで売っている米袋をイメージし、ディアスに提案する。
ディアスは不服ながらも、無い袖は振れない。『温室を使った稲作』のノウハウが手に入るなら、ギリギリ目的は果たせると言え、そこで妥協する事にする。
「仕方無い。それじゃぁ……、3×4m位で建てるか」
「強化ガラス、って言っても、積雪に耐えられる様なモンじゃ無いから、屋根はかなり斜めにしておかないと潰れるぞ」
「ついでに言うなら、北側から陽は差さないから、そっち側はガラス張りにしないで節約しとこう」
と、ディアスは『高機能製図台』を起動し、その場の思い付きを次から次へと図面に反映させる。
「……とりあえず、予備も含めて120枚程、ってところか」
「やっぱ、どっちにしろ足りないのか……」
ハリマオは少し思案した後、
「お~い、アサツユ。『板ガラス』100枚程作っとけ。強化処理は俺がやる」
「良いんですか? 私の腕だと、売り物になるのはまだ半分位の物ですよ?」
「だから、練習させてやる、って言ってるんだ。納期は明日まで。やれるか?」
「はい。解りました。それじゃ、早速作製に入りま~す」
『板ガラス』作りの何がそんなに嬉しいのか。アサツユは喜び勇んで工房の奥へと入って行った。
専門外であるディアスには解らない事だったが、【ガラス工芸】アビリティの熟練の関係で、何かフラグが立つのだろう。と推測する。
「ってな訳で、練習のついでだ。120枚で200万に負けとくよ」
「そりゃ、どうも。……とは言え、流石に200万は一括じゃ払えんが、分割で良いか?」
「だったら、200万円分、ウチの工房をリフォームしてくれないか? 元々1人でやってたモンだから、弟子が出来た今、ちょっと手狭でな」
ハリマオの工房は、NPC売りの『家の図面』に何の手も加えず、そのまま建てた標準的な中規模の家に、ガラス細工の設備を持ち込んだだけ。である。流石にこれでは使い勝手が悪かろう。
今まで騙し騙し何とかやって来たが、これまでに出た問題点は少なくない。
熟練の大工なら注文を聞いてアレンジしてくれるだろうが、その分値段は高くなり、さほど儲けているとは言えないハリマオにはキツイ。
だから、今回の件はハリマオにとっても渡りに船である。
しかも、注文を受けるのが十勝に置いて大工の最高峰であるディアス。気が向かなきゃ依頼を受けない彼だが、1度受ければ事細かな注文に応じ、痒い所に手が届く理想の仕上がりになる。
……この評価は、ディアスが滅多に大工仕事をしない所為で、尾鰭が大量に付きまくっているのだが。
だとしても、下手な現金収入より選ぶ価値があるのは事実だった。
「解った。んじゃ、それで。希望を纏めて出してくれれば、それに添った図面を起こすから」
と、2人は簡単に約束を交わし、んじゃ、また明日。と別れた。
翌日。
『試験水田予定地』と書かれた立て札が、【縄張り】された土地に立てられている。
本来、立て札にはゲーム・システム的に何の意味も無いのだが、そこは様式美とか気分の問題である。
その土地で、シモヘイ達は全体的な開拓は後回しにし、とりあえず『水田』にする部分だけを開拓していた。
この場に来ているのはシモヘイ、ヤマカン、ジェーン、タゴサクの4人。
本来はタゴサクのとこのパーティー・メンバーももう少し来る筈だったが、ディアス達より広い畑を持つタゴサク達は、そっちの準備がまだ終わってないので今回はパス。
ディアスも、温室用のガラスの対価に、ハリマオの工房の改装をしに行ってるので、ここには来ていない。
ちなみに、温室の件に関してシモヘイも調べてみたが、田植え用の苗を育成するのに、温室、と言うかビニール・ハウスを使うのは本当の事の様である。
ゲーム内ではビニールが手に入らないので、ガラス製の温室にするしか無く、その分値段が高くなるのが難点だが、何にせよ自分が言い出した事なので、的外れでなかった事にほっとするシモヘイであった。
「……こんな物か」
ぐるり、と辺りを見回したシモヘイは、作業が一段落付いたのを確認し、疲れた身体を解す様、伸びをする。
今日のところは『田起こし』で、水田予定地を耕したところまで。雑草は取り除かず、そのまま一緒に耕している。その後、『代掻き』で水を入れて更に細かく耕し、『田植え』に備えるのだが、北海道の田植えの時期は結構遅く、慌てる必要は無い。
なので、シモヘイはちょっと張り切り過ぎたかな? とか思っていた。要は第4期のプレイヤーが入って来るまでに、土地を確保すれば良いだけ、だった筈である。
「結構早く終わったね」
ジェーンもこの成果に満足気だ。
とりあえず試しで少しだけ、と言ったものの、1haはある土地を、これだけの短時間で開拓出来たのは、水牛達の働きが大きい。
そして、それだけの畜力を投入出来たのは、家畜担当のジェーンの手柄である。とも言える。
元々湿地帯を生息地とする水牛は、水田での農作業に向いているので、『代掻き』の時も活躍してくれる事だろう。
「あれ? ヤマカンは何処行ったんだ?」
タゴサクも水牛を引っ張りつつシモヘイ達の側まで来ると、耕し始めるまでは農具を水牛に取り付けたりと、いそいそ働いていた筈のヤマカンが居ない事に気が付いた。
「……ああ。そう言や、さっき田植え前に『田植え機』のテストをしたい、とか言ってた様な……」
【調教】スキルの低いヤマカンは、家畜を使った農耕にはあまり役に立たず、そのため半ばほっとかれていたので、自分の出来る仕事を探しに行ったんだろう。……と、適当に解釈してシモヘイはあまり気にしていなかった。
「そうか。確かに、ぶっつけ本番で使われても困るしな」
タゴサクも納得。ディアスの図面もヤマカンの生産能力も信頼出来るとは言え、初めて作る機械ならテストするに越した事は無い。
「田植え機って、人が乗って田圃の中をキャタピラで進みながら植えて行く、ってあれ?」
「んな搭乗式の近代的な田植え機なんて、作れる訳無いだろ。畜力式でな、牛とかで引っ張ると側面のタイヤが回るんで、そこから動力を取ってからくり仕掛けで植えるモンだ」
と、シモヘイは昨日見た『田植え機』の図面を、簡単に纏めてジェーンに解説してやる。
「ふ~ん。……でも、何かそんなのが来るよ?」
「ナヌ!?」
ジェーンが指差す方向。そちらを見てみれば、本当に何かデカイ機械が、モクモクと煙突から煙を吐きつつ、キャタピラをギシギシ言わせながらこっちに遣って来ていた。
その様子に、何か言おうとして、結局何の台詞も出て来ず、大口を開けた間抜け面のまま固まったシモヘイとタゴサクであった。『開いた口が塞がらない』とはこの事か。
「ふっふっふ。驚いとる様じゃのぅ」
それに乗ったヤマカンが、驚愕の表情を浮かべる皆を見回し、会心の笑みを浮かべる。
「ヤマカン! 何なんだっ! それはっ!」
本当は何なのかは分かってる。でも、言わずには居られない。
「無論、『田植え機』じゃっ!」
「基の図面はどうしたっ!?」
「畜力式の田植え機なぞ、ワシに対する挑戦と見た! と言う訳で、蒸気機関式にしてみたのじゃよ!」
おぉ~。とジェーンだけが関心を示すが、シモヘイとタゴサクは『余計な事をしやがって!』としか思っていない。
ヤマカンも今まで独自に蒸気機関の研究をして来ただけあって、ディアス程で無いにしろ、【図面】アビリティの熟練は高い。この位の改造はお手の物だろう。
以前から蒸気機関式の車を作ろう、とちょくちょく何かやっていた様なので、その車体を流用したに違いない。
「では、早速テストじゃっ!」
「あっ!? ちょっと待て!」
と、止める暇こそあれ。
ヤマカンはそのまま自称『田植え機』を耕地へ進ませると、
ずぶずぶ……
「ぬをぉぅっ!?」
折角柔らかく耕された土に沈み込み、ガチガチに踏み固めた。
「だから、言ったのに!」
「ぬうぅ……、接地圧を減らす様、キャタピラを採用したのじゃが……」
「キャタピラがどうこう言う問題じゃねぇっ! 一体何tあるんだ!?」
「……5t位?」
「重過ぎだっ! 大体、蒸気機関は重くなり過ぎるんだよっ! 以前、トラクターの図面も駄目出しされたろうがっ!」
5tと言う数字ですら、ちょっと軽めにサバ読んでいる。
動力源が他に無いとは言え、何でもかんでも蒸気機関で動かしゃ良い、ってモンでも無い。……その内、軽量・高剛性の新素材を使ってリベンジ! とか言い出しそうだが。
しゅん……、と項垂れつつ田植え機をバックさせるヤマカンを見送りつつ、
「ったく。今回はディアスが暴走しない、と思ったら」
と毒付くシモヘイ。
「ウチのパーティはこんなのばっかだよ」
「お前も含めてな」
「そうだよ。シモヘイ君だって、この前、銃の事で暴走したばっかりじゃない」
「う……」
そう言われると、返す言葉の無いシモヘイ。『お前が言うな』と言うヤツである。
だが、結局はパーティー・リーダーであるディアスが、『暴走上等!』と言う方針なところがある。
ディアス曰く、
「リアルじゃ出来ない突拍子も無い事やって、失敗してみるのがシミュレータの本懐じゃね?」
と開き直っている。
要するに今回の件も、ツッコミ入れられて、からかわれて、お仕舞い。と言ったところか。
「……とにかく、後始末位はしておくか。……やっぱ面倒臭いや」
と、話題を変えようとするも、クッキリと残るキャタピラの跡を見、微妙にヤル気を無くすシモヘイ。
「確か、田植えって6月の中旬から下旬頃だろ。土地さえ確保しときゃ、慌てる事は無いだろ」
「一応言っとくが、そのスケジュールは本州の場合だ。北海道だと5月下旬だぞ」
「……マジで? 寒い北海道じゃ、温かくなってから植えるんじゃ無いのかよ?」
シモヘイは、割とアバウトな調べ方をしたらしく、勘違いして覚えていた様だ。
「それだと、収穫時期も遅くなって駄目だ。早く植えて早く刈るのが寒冷地の稲作だ。その前にも『代掻き』したり、日光で水温が上がるのを待つとか色々あるが……、それでもまだ余裕がある事は確かだな」
それを修正する様に、タゴサクが稲作について、事前にネットで調べておいた事を語る。ただし、6月の中~下旬の田植えは九州の話で、本州では無い。ノウハウの蓄積によるシステム・アシストが無ければ、彼もこの程度である。
普通ならNPCの農民が教えてくれる様な事なのだが、稲作がまだ確立していない、と言う設定のためか、ハッキリとした事は分からない。
「まぁ、俺たちの開拓実績からすれば、この位の広さの土地でも、十分長期間確保しておける。今日はこの辺で、ってのは俺も賛成だ」
タゴサクの場合、他のパーティー・メンバーに任せておいた家の畑が気になる、と言う事情もあるのだろう。早々に切り上げて帰りたい様だ。若しくは、嫁さんとイチャイチャしたいのか。
「……良し。それじゃ、今日は解散! また明日!」
シモヘイがそう宣言すると、んじゃ、お疲れ。と皆帰路に着いた。
「にしても、今期は新人の獲得とか、何処も騒いどらんのぅ……」
10月1日となり、新規プレイヤーと見られる初期装備の人々が『役所』付近でウロウロしているらしい。と、その様子が掲示板でちょっとだけ話題になっていたが、それだけ。
開拓が進み人手が欲しいとこは幾らでもある筈じゃが……、とヤマカンは首を傾げていた。前期、8月の頃までは、新人の勧誘はまるで学校の部活勧誘の如く。とは言い過ぎだが、それに比べて今期が静かなのは事実である。
「ソフトの売り上げからして、結構新入りが増えそうだ、とは聞いていたんだけどなぁ……」
と、ヤマカンと共に温室を組み立てながら、ディアスも頷く。
掲示板等に上げられる、店舗やネット・ショップの販売状況が確かなら、『TONDEN FARMER』のプレイ人口は5千人に上る筈である。1/6スケール、面積にして1/36とは言え、この広大な北海道に5千人。土地は余りまくっている。
人手を確保し、土地を増やそう。と言う発想が今までの主流だったが、やり過ぎて逆に遊ぶ余裕が無くなり、止むを得ず土地を手放したパーティーも少なくなかった。要するに、今静かなのはその反動なのだろう。
「帯広の『役所』には、15人の新人が登録されたらしい。今のところ、じゃが」
「相変わらず、少ないな。ここは」
組み上がった枠にガラスを嵌めながら、ディアスは苦笑する。
今期、プレイヤーは千人以上増えた筈だ。それが初日に全員ダイブ・インする訳では無いとは言え、あまりにも少ない。
……それはともかく、
「はい、完成!」
と、温室が完成する。
ガラス張りの小屋の北側には、いざと言う時のために温室を暖める『ボイラー室』を併設してある。これにより、温水をパイプに流す事で、効率良く暖められる様になっている。
「ここで苗代育てて、田植えして、一部はここを田圃にしてそのままここで育てて……」
とディアスは大雑把に予定を建てる。
「苗代への種蒔、って何時だっけ?」
「4月の終わり、若しくは5月の初め、と言ったところかのぅ?」
リアルの北海道の稲作なら、水田を目にする事で大体の時期は分かるヤマカンだったが、昔の稲の品種となると、その辺は少し違って来るかも知れないので、ちょっと自信なさ気に答える。
「それと、苗代を使わず、水田に直播きする、と言う方法もあった筈じゃ」
「……じゃあ、半分はそうしてみるか? 細かい調整はタゴサクに任せるか」
「ついでに更に半分に分け、それぞれに『白髭』と『赤毛』を植えるかのぅ」
ちなみに『白髭』『赤毛』とは、当時の北海道でも何とか生き残った稲の品種である。NPC売りの稲の種子も当然この2種のみ。
種の買い付けはタゴサクに任せてある。『農民』である彼には『助成金』が支給されるからだ。だが、まだ買って来てはいない筈。
「《通信:タゴサク》おお。丁度家に居たか。稲の件なんだが……」
ディアスはタゴサクに連絡を取ると、2種とも買っといて欲しい、と伝える。
「これで、出来る事は大体やった筈だが……」
後は、田植えまでに思い付く限りの土壌改良をする位か。
「まだ『太陽熱温水器』が必要数出来とらんが?」
「『代掻き』までには間に合うだろ? それに、絶対必要って程の物じゃないし」
冷たい水を直接水田に入れない様、わざと用水路を迂回させ、時間を掛けて温めながら入れていた。と言う話を聞いたので、その代用に思い付いただけの事だ。とディアスは言う。
「『太陽熱温水器』のある光景……。昭和だなぁ……」
「? 明治じゃ無いんかい?」
かつて、屋根の上の太陽エネルギの有効活用、と言えば、太陽電池じゃ無くてこれだったんだよなぁ。と、しみじみ語るディアス。
「……おぬしこそ、年幾つなんじゃ?」
「とにかく、殆どネタで描いた様な図面だ。後回しで構わん」
「ふむ……、ならば、ワシは蒸気機関式田植え機の改良でも」
「それは止めとけ」
とディアスは即座に止める。
「昨日の失敗の話は聞いたぞ。蒸気機関は出力重量比が悪くなるんだから諦めろ」
「ぬぅ……、はっ! ワシ良い事思いついた! 重くなるのが駄目なら、ボイラーを外に置いといて、蒸気パイプだけ繋げば良いんじゃっ!」
「……どれだけ長くて丈夫な蒸気パイプが要るんだよ」
「駄目かのぅ?」
「駄目、って言うか、無理があるだろ」
とか、適当な話をグダグダしていると、
《タゴサクから通信が入りました。接続しますか?》
と、通信が入ったので、それに応じるディアス。
「どうした?」
《「大変だっ! 種籾は……種籾は、販売フラグ立てるのにクエストが必要なんだっ!」》
「な、なにぃぃぃぃぃっ!」
と、ディアスは驚愕するも、
「と、落ち着け、俺。こんな事もあろうかと、事前に余裕をもって準備してるんじゃないか」
まだ1ヶ月程の余裕がある筈だ。と自分に言い聞かせる。
冷静に考えれば、北海道では稲作禁止令すら出ていた明治時代。特殊なフラグを立てなきゃ、種籾を売ってもらえない、と言うのはありそうな話ではある。
「危うく、また変なオチが付くとこだった。そんな訳だから、とりあえずそのクエストとやらを……」
「1ヶ月、と言っても、リアルじゃ今日を含めて4日程しか余裕が無いと思うんじゃが……、どんなクエストかは知らんが、時間の掛かる連鎖クエストだったりすると……」
「急げぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
《「了解ァァァァァァァァッ!」》
クエスト系に手を出していなかったら、こんなところで弊害が出ました。
製作者が苦心して作ったクエストです。折角なので楽しんであげましょう。
「クエストやらなくても、問題無いんじゃなかったのかよ!?」
「これは稲作不要、と言う事かっ!? はっ! 若しやケプロン等の回し者が運営に!?」
そんな訳はありません。