味噌造りはじめました
「タゴサク。お前を十勝一の農家と見込んで頼みがある!」
ディアスはタゴサクに深々と頭を下げた。
「ちょ……、いきなり何してんの?」
何があったのか解らないが、高がゲームであまりにも真剣なディアスの態度に、タゴサクは面食らった。
「とりあえず、話してみ。ディアスには世話になってるし、出来る事なら手伝うから」
「うむ。端的に言うと、皆が味噌造りを手伝ってくれないんだ」
「……は?」
何故に『味噌』? とタゴサクは自分でも味噌を造っているのを棚に上げ、はて? と疑問を浮かべた。
「だから、『味噌』の良さをアピールするのを手伝ってくれ!」
「う…ん。大体解った」
僅かな説明だったが、ディアスの言わんとする事を咀嚼して解釈し、タゴサクは自分なりに理解した。
「まぁ……、気持ちは解らんでもない」
タゴサクの言葉は、実際に味噌を造ってみた者の感想だ。
折角NPCが『種麹』等、味噌造りに必要なセットを販売しているのだ。造ってみたい、と言うディアスの気持ちも解る。
『味噌』は普通にNPC売りで存在し、品質も悪く無いので態々自分で造る事も無い、と言うシモヘイ達の気持ちも解る。
「説得を手伝うとしても、これはプレイ・スタイルの問題になって来るからなぁ……。迂闊に他所のパーティーのヤツが口出しすると、拗れるかも……」
「う……、そりゃ、そうかも……」
「それに、NPC売りで品が充実している物は、造りたがるプレイヤーは中々居ない、ってのは今までのMMOでも同じだろ? 無理強いはお勧め出来ないんだが……」
「その例えで言うなら、初級品はNPC売りと大差無くても、スキル熟練すれば上級品が作れる様になる、とかあるだろ」
「まぁ、あるな」
生産職の苦労の下積み時代は、どのゲームでも変わらず、『TONDEN FARMER』に置いては更にコスト・パフォーマンスが悪くなっている位だ。
「だから、タゴサクに期待しているのは、いずれは造れるだろう高級味噌の素晴らしさを宣伝して、ヤツ等をやる気にさせて欲しいんだよ!」
「……期待しているとこ悪いが、その論法じゃ無理だ」
「……Why?」
「何で横文字? ……いや、それはどうでも良いとして、高級味噌、って言うか、より高品質の『味噌』は造れるが、食通でもなきゃ味の違いなんぞ分からんぞ。アイテムとしての効能も言わずもがなだ」
「……マジで?」
ディアスは絶望的な顔になって聞き返した。
「それに、【醗酵】スキルの熟練って意味でも、ディアス。お前は既に芋酒造ってるんだろ? んじゃ、そっちのメリットも無い」
酒と味噌の難易度は大差無い設定で、熟練効果も同程度だ、とタゴサクは言う。
「派生レシピで『味噌』や『醤油』の種類は増えるが、どっちにしろ、絶対に必要、ってモンでも無いしなぁ……。実際、町を発展させれば、『市場』のNPC売りでも種類が増えるのは間違い無いらしい」
「んじゃ、何で『種麹』が売ってんだよ?」
「そりゃ、『味噌』だけじゃなくて、『日本酒』にも使えるからだろ……。だが、味噌に関しちゃ、調味料の類まで自分で造んなきゃいけない、となると、【料理】アビリティやスキルの熟練が絶望的になって、そっち方面で苦情が出そうだしなぁ」
タゴサクの言う事は尤もである。『味噌』を造れる様になっているのは遊びの一種であり、それを実際に行うかどうかは、先に言った様にプレイ・スタイルの問題だ。
「……味噌料理、味噌を使った美味い飯で釣るのはどうだ? そして、それ用に仕込んだ専用味噌を造るとか……」
「だから、そんな微妙な違いは、食通じゃなきゃ分かんないって」
ディアスが頼った様に、タゴサクは十勝一の農家だ。故に、彼の言葉は、ディアスの希望に止めを刺したとも言える。
「それに酒造った事があるなら解ると思うが、醗酵管理は面倒だぜ。俺だって上質な『味噌』が造れる様になるまで、どれだけ『腐ったゴミ』を量産したか」
「知ってるよ。俺だって酒を駄目にした事あるし。……よりによって火落ちまで再現しなくても良いだろうに……」
「だから、何もかんも1人でやろうとしなくても良いだろ。自分の得意な事やって、周りと取引すりゃ良い。例えば、焼酎とかの蒸留酒でも造ったらどうだ? ディアスなら高性能な蒸留器が作れるだろ」
「いや、そう言うんじゃなくて、パーティー皆で味噌造って家庭の味、とかやってみたかっただけなんだが……」
「なんかもう、諦めろ、としか言い様が無いな。個人的に造りたい、って言うんなら止めないが、頑張ったところで俺の造る物に敵わない、って解ってるんだろ」
「所詮は高が遊び事、なのは解っているが……」
だからこそ、やって見たいのだ。農に関してはタゴサクに及ばない事など、言われなくても解ってる。
「自慢話をブッ込まなくても良いだろ」
「つい、な。俺も最近『エクストラ・ツール』を手に入れたんで」
「何? ……やっぱ、農関係……か?」
「ああ。《『生化学工場』》」
タゴサクのコマンド・ワードで呼び出されたウィンドウには、現在育てている農作物や、醸造中の酒・調味料・保存食等のデータが並ぶ。
「農には『スケジュール実行機能』があって、元々ある程度手間を省けたけど、こいつのおかげで、より簡単に、より細かい管理が可能になったぜ」
と言いつつ、タゴサクがデータの1つをポン、と叩くと、醸造工程の進行具合や成分分析等、詳細なデータが別ウィンドウで立ち上がる。
これだけ多数の醗酵物を同時に生産していると、菌が混じって失敗する事も有り得、現実なら種類毎に十分に隔離した醸造蔵が必要になって来るが、この『生化学工場』は、その辺の細菌の生存範囲までコントロール出来る代物だ。
「これを利用して、天然酵母使った美味いパンでも作ろうか、と思ってるんだが」
あまりの能力差。自身も『エクストラ・ツール』を持つディアスには、その凄さが身に沁みて実感出来た。
最早、農と食に関しては、タゴサクに追従する事も不可能だろう。
「くっ……! この、細菌チートが!」
「何おぅっ! この、図面チートが!」
睨み合い、やや険悪な空気が流れる。
「……すまん、言い過ぎた」
「いや、俺の方こそ……」
だが、あっさりと謝る2人。
『エクストラ・ツール』はその機能からチートっぽく思われるものの、所詮はただの道具。使い手の出来る事しか出来ない。『生化学工場』とて、タゴサクが自身でノウハウを持っている物しか造れない。
そして、持っているプレイヤーが殆ど居らず、その取得条件は未だ判明していない。攻略掲示板にも検証情報が出ていない、どころか、『エクストラ・ツール』の存在すら載った事が無い。
その事から考えると、かなり厳しい条件で、使いこなせそうなプレイヤーを取捨選択しているのでは無いか、とディアスは想像している。
つまり、タゴサクがそれを手にした、と言う事は、ディアス同様、異常な苦労をした、と言う事になる。
それを解っていながら、チート呼ばわりはいささか無神経だった、と言わざるを得ない。だから、すぐに謝った訳だが。
「まぁ、結局のところ、本気で醸造系の職を目指しているヤツ以外は、説得しても無理だと思うぜ。……何か交換条件出して手伝わせる、位しか思い付かないな」
「と言う訳で、お前等、手伝え」
ディアスはタゴサクのアイデアを採用する事にした。……本来は、あまり使いたい手ではなかったが。
「ぬぅ……、仕方あるまい。普段からディアスには世話になっとるしのぅ」
「あんまり機嫌損ねても、新しい銃作ってくれなくなりそうだしなぁ……」
「どうせ醗酵食造るなら、ゴーダチーズとかの、醗酵チーズが良いんだよ」
渋々ながらも、皆協力する事に。
ディアスは伊達に図面チート扱いされている訳では無い。その呼び名に相応しいだけの能力には、パーティー全員が無視出来ない程の恩恵を受けており、強権を発動されれば断る訳には行かなかった。
ただ、何故そこまでして、ディアスが『味噌』に拘るのか、シモヘイ達には理解し難かったが。
「どうせなら、ウナルルも呼ぶか? アイツにも貸しがあるだろ」
「シモヘイ、イチャつきたいからって、彼女を巻き込むのは感心しないな」
「彼女じゃねぇっ!」
「冗談はさておき、アイツは醗酵食に手を出せる程、スキル熟練してないだろ。それに、迂闊に巻き込むと、アイヌの伝統料理の再現を手伝ってくれ、とか言い出しそうだ」
「……確かに、ありそうな話だな」
シモヘイはウナルルを巻き込んで負担を減らそうとしたが、断念。
「それと、チーズに関しては今度作る予定だ。モッツァレラは勝手に造っといて、醗酵チーズは未だ手を出していないところを見ると、熟練足りてないんだろ?」
「う……うん」
「だったら、今回は醗酵を扱う練習として受け入れとけ」
「そう言われると、納得するしかないなぁ……」
ジェーンも畜産特化とは言え、農に携わる者。【料理】アビリティも覚えた事だし、【醗酵】スキルの熟練は彼女にとってもメリットは多い。
「ワシは【料理】アビリティはおろか、【醗酵】スキルも、【食材加工】スキルも持っとらん。足手纏いじゃないかのぅ?」
「【料理】スキルならそこそこあるだろ。それなら豆洗う位の多少の手伝いなら出来るだろ。それが嫌なら、味噌仕込むための樽でも作ってもらおうか」
「そうじゃのぅ。道具関係でのフォローの方が本職を逸脱せんで済むしのぅ。そうさせてもらおうか。……それで、どれだけ造るんじゃ?」
「1斗樽を4つで」
「試しで造ってみるだけ、にしては、随分と造るんじゃのぅ」
「実験がてら、ちょっとずつ造り方を変えるつもりだから」
ヤマカンもとりあえずは納得。今のところ、他に急ぎの予定も無し、その程度の負担で済むなら、との判断だ。
「んじゃ、とりあえず、これ」
とディアスは大豆の10kg袋を1つ、アイテム・バッグから取り出した。枝豆としてビールのつまみに大分食べてしまったので、完熟させて大豆として収穫した物は意外と少ない。他にも豆腐や納豆、きな粉として使う事を考えると、味噌に出来るのはこれが精一杯の量だ。
そこから1人頭2.5kgずつ取り出し、皆に分けると、
「先ずはこれを水洗いな。米を研ぐ様にして、4~5回洗えば良い」
「って、もう早速始めるの?」
未だ心の準備が、とか言い出すジェーン。
「今日のところは、この作業だけだから。チャッチャと終わらすぞ」
「まぁ、そんな訳だから、諦めろ」
俺はもう諦めた、とシモヘイは配られた桶と大豆をジェーンにも回す。
「冷たっ!」
井戸水は冬場でも比較的温かい筈だが、実際に桶に汲んで手を突っ込んでみれば、やっぱり冷たかった。
「こんな寒い冬場にやんないでも……」
「そうじゃのぅ。鍛冶場で熱いのは慣れとるが、冷たいのは堪えるのぅ」
「俺も寒いのは苦手なのに……、なんで態々冬に?」
「仕込みは寒い冬場にやる方が、雑菌の活動も弱まってるから、その悪影響を避けるには都合が良いんだと。……昔、何かの本で読んだ気が……」
「うろ覚えかよ……。言われれば、そんな気はしなくも無いが、NPCは何て言ってんだ?」
「仕込みの時期に関しては特に何も。まぁ、仕事の減る冬場なら丁度良いじゃないか」
予定通り5回も洗えば、水は濁らなくなってきた。
洗い終わった大豆を7.5Lの水に浸けてしばらく放置。
「え~と、これで3時間以上水を吸わせる……んで、合ってるよな?」
と、レシピを表示し、手順を確認するディアス。
リアルだと18時間だが、ゲーム内での時間の影響は6倍速で進むので、3時間で済むようだった。
「3時間か……」
その事を聞いたシモヘイが、ちょっとげんなりしていた。
醗酵物の仕込みは色々手間が掛かるので、特に興味が無ければ誰もやりたがらないのは当然と言えた。味噌の場合、醗酵に1年程掛かり、リアルの時間でも2ヶ月必要になる。
「何か、その辺を加速させる様なアイテムは無いのかよ?」
「無いな」
シモヘイの問いに対するディアスの返答はシンプルだ。あのタゴサクでさえ、そんな物は持っていないのだ。
強いて言うなら、醗酵期間なら、麹の活動に最適な温度に保温する事で、3ヶ月程に短縮出来るらしい。スーパーとかで売っている味噌は大体そんな物。
だが、そんなNPC売りの品と大差無い品質になる様な事を、ディアスが選択する筈も無い。
「今、リアルじゃ22時だぜ。こっから3時間て、明日も平日なんだが?」
「ふむ……、それもそうか。んじゃ、続きは明日で良いや」
と言う訳で、一旦解散。ダイブ・アウトするまでの少しの間、皆、それぞれのプレイに戻ったのであった。
「ってな事があったんだ」
「へぇ。おもしれぇ事やってるじゃねぇか」
シモヘイの話を聞きつつ、彼から仕入れた熊肉を捌きながら、ヤナギバは興味深そうに笑みを浮かべた。
ヤナギバは『料理人』であるため、食に関した事は興味を持たずには居られない。
「どうせなら、味噌ラーメン用に仕込んだ味噌、とか造ってくれれば、ウチで買い取るが?」
「そこまで期待するなよ。まだ『白味噌』と『赤味噌』のレシピを手に入れて試そうってとこだぜ。そんなオリジナル調合を出来る程、スキル熟練してねぇよ」
「そうか。そりゃ残念」
それが叶えば、店の品数を増やせたかも、と本当に残念がるヤナギバ。
最近、ようやく店を開くのに十分なレシピと熟練度を手にした。と言うヤナギバは、開店準備のため、知り合いに食材提供の話を持ちかけていたのだった。
だが、【料理】熟練のために『料理学校』に篭ってばかりだったので、知り合い、と言っても殆ど居ない。シモヘイはその数少ない1人だ、と言う訳だ。
実際にはもっと早くに十分な熟練度に達していたが、リアルでも料理人であったヤナギバはその程度では満足出来なかったらしい。
「にしても、結局ここを店にするんかい……」
「そうなんですよ……」
と、開店準備を手伝っていたスザンナが、涙目になりながら答える。
土地を買えるだけの金を持っていないヤナギバが、どうやって店を構えるのかと言えば、『料理教室』をそのまま店舗にしてしまったのだ。
本来、公共施設の筈なのだが、ずっとヤナギバしか利用者が居なかった事、【料理】アビリティを広めるには、実際に料理を提供する他無い事、等を理由に、GMから許可が出たのであった。
つまり、今のヤナギバは、希望者に【料理】アビリティを教える義務を背負うのを対価に、公共施設の所有権を得ている訳だ。公務員になった、と言えなくも無い。
「おかげで、私はヤナギバさんの助手扱い……。そりゃあ、『一緒に食文化を盛り立てて行こう』とは言いましたけど、……何で私の方が助手?」
スザンナこそが本来【料理】アビリティを教授するNPCである。だが、今の状況はその役目を降ろされた、と言っても過言では無い。涙目にもなる筈である。
「俺としちゃ、料理も出来る優秀な看板娘が出来てありがたいがね」
「うぅ……、もっと頑張んなきゃ。頑張って存在価値を認めさせなきゃ……」
そのためには、石狩地域の住人に料理の素晴らしさを伝えなきゃ。と、ぶつぶつ呟くスザンナ。
「……まぁ、あれはほっとくとして、十勝は流石に農業が充実してるらしいな。もっと色んな物を持って来れねぇか?」
「無茶言うなよ。『転移室』の使用料、どんだけ高いか知らないのか? アイテム類は1g辺り1円の追加料金が掛かるんだぞ。今回は開店祝い。ご祝儀で特別に持って来てやったんだ」
つまりは10kgで1万円の輸送料が掛かる。例えば、米や小麦、牛乳や牛肉、そう言った農産物の値段を見れば、『転移室』での運搬は割に合わない事が良く解るだろう。
「ここは鉄道が通ってるだろ? 他所からの食材も安く入って来るんじゃないのか?」
「設備投資の回収、とか言ってまだ使用料が高い。それに、ここじゃ食の需要が低過ぎて、他所で作った出来合いのコンビニ飯みたいなのが入って来るだけだ」
「……良くそんなんで済ませられるな」
「ゲームに噛り付くために、現実の飯もサプリメントで済ませる様な奴等が多いからな。そんな奴等が、ゲーム内の飯を真面目に考える訳無いだろ。空腹度が設定されていなけりゃ、何も食べないで済ますんじゃないか? そんなんだから、ここはNPC売りの食材もしょぼいんだ」
「……店、上手く行くのかね?」
「逆に、意外と上手く行くと思うぜ。ここいらの住人に取っちゃ、食事は言っちまえば『余計な作業』だ。その面倒な作業を、美味い飯で少しはやり易く出来りゃ、状況は変わって来るんじゃねぇか?」
どうせ食うなら美味い飯。と言うのは『料理人』の矜持だ。それが無ければ、『料理人』などやっていられない。
「成る程、ねぇ……」
十勝では食に恵まれ過ぎて気付けなかったが、持って行くとこに持って行けば、予想以上に需要が有るのかも知れない。
「とりあえずは、ファースト・フードみてぇなのが主体となりそうだけどな」
そう言った、お手軽で食べ易い物から普及させ、やがて胃袋をガッチリ掴んでやる! と意気込むヤナギバ。
もしそれが上手く行くなら、ヤナギバが行っていた様な『料理に合わせて調合した味噌』を作ってみるのも良いかも知れない。そうシモヘイは思い直した。
「ディアスにも困った物じゃ。色んな事に興味を持つのは良いが、あれこれ手を出しては器用貧乏になるだけじゃと言うのに……」
「……まぁ、あんだけの腕なら、『大工』一本に絞った方が良い、とは俺も思うけどな」
ヤマカンの愚痴を聞かされ、チャックはしみじみと同意した。
自身も『船大工』であるチャックは、卓越した『大工』技術を持ちながら、未だ『屯田兵』であるディアスに対しては、敬意を払いつつも、何処か腑に落ちない感情がある。
「人のプレイ・スタイルにケチを付けるワケにはいかねーが……」
チャックはそう前置きして、状況を頭の中で整理しつつ、
「『屯田兵』でありながら、管理・維持能力の限界で、新しい土地を開拓出来ない、って今の状況が、ディアスを迷走させる原因なんじゃねーか、と思うんだが……」
「……ありそうな話じゃのぅ」
その推測に、ヤマカンは思い当たる節があり、溜息を付く。
そもそもディアスは自称『冒険家』である。そのため新しい発見を求める傾向があり、のんびり英気を養っては暴走する。と言うサイクルを繰り返している。その結果、近場に適当なネタが無くなって来たのは確かだ。
とは言え、何故か味噌。冒険とは何の関係も無かろうに。と思うヤマカンであった。
「……NPCの『味噌』に何の不満があるんだか」
「贅沢言わなきゃ、NPC売りの調味料でも十分だ、とは思ってたが、プレイヤー・メイドでもそんなモンなのか?」
「タゴサク、十勝の農のトップ曰く、そう言う事らしいんじゃ」
「ふ~ん。道理で物流に調味料が乗らない訳だぜ」
釧路では、最近ようやく蒸気船が値下がりし数が増えた事で、海路を使った物流拠点としての機能が本格化してきた。例の試作4番艦が派手に目立ったため、他所からの期待と問い合わせが殺到した事も原因の1つである。
漁業に置いても、今までは大量に獲っても消費し切れないため、漁獲量が制限されていたが、これを他所へ持って行く事が容易になったため、益々の発展を遂げている。
その他の物流はついでに過ぎないのだが、今のところ他に大量輸送の手段が殆ど無いため、釧路で北海道全域の需要・供給のデータが解る様になっていた。
「つまり、今なら調味料の物流は誰もやってない訳だ。こりゃ、ビジネス・チャンスか?」
「アホか。需要が無いから、誰もやらんのじゃろうが」
「その需要、作り出せる、としたら?」
「……なぬ?」
チャック本人は直接的に物流に携わっている訳では無いが、船を使った海運なら釧路一の『船大工』である彼に情報が流れ込まない訳も無い。
「聞いた限りじゃ、プレイヤー・メイドの調味料の需要が無い理由は2つ。必要な種類はNPCが売ってる。プレイヤーの方が高品質な物を造れるが、その高品質を実感出来ない」
チャックは指を1つずつ立て、問題点をカウントする。
「言い方を変えりゃ、この前提条件を崩せりゃ、そこに市場が発生する」
「何やろうとしとるんじゃ、おぬし?」
「こっからはちょっとお浚いだ。NPCの取り扱い商品が増えるのは、地域の発展がトリガになっている。そこは良いよな?」
「それこそ、何を今更、と言った感じじゃのぅ」
「じゃあ、どんな商品が増えるか、その方向性は?」
「地域の発展の方向性と同じ。平たく言えば、需要がある物じゃ」
そう言った事は既に検証されており、攻略掲示板等で周知の事実である。
この事から、NPC売りの調味料の種類が少ない地域は、需要自体が無いからであり、そこに無い調味料を持って行っても売れない、と言う事になる。
「……じゃあ、そのための予算は何処から出る?」
「……は?」
ゲームなんじゃから、そんな細かい事は気にせんでも、と言いかけ、ヤマカンはふと考え込んだ。『TONDEN FARMER』はその辺の設定が無駄に作り込んでいる場合がある事は、今までの経験から有り得る。
だが、ゲーム攻略とは関係ない裏設定、と思われているのか、検証情報は見かけない。
「いきなり品物がポン、と出て来る訳は無い。やっぱ、先立つモンが要るだろ」
「……リアルに考えるなら、公共施設の発展には……税金?」
現実なら都市が発展すれば税金収入が増え、それで設備を充実出来る。だが……
「このゲームには、税金、何て無い。つまり、『役所』は何らかの手段で金儲けをする必要がある」
「って事は、有料の公共施設の利用……かのぅ?」
「正解!」
より正確に言うなら、プレイヤーが支払う金だけでなく、『市場』等に何かを売る事も『役所』の利益になる。
NPCは色んな品を安く買い叩くが、買った品を何処かで売っている、と言う設定はある。この差額が儲けになるのだから、プレイヤーが余剰品をNPCに売るだけでも『役所』の利益になる訳だ。
実際に、十勝でも発展が進んだのは、生産量が増大し、プレイヤー同士の物々交換でも捌き切れず、大量に抱えた在庫を止むを得ずNPCに売り払う様になってからだ。
ある意味、それだけの余剰生産がある、と言う事が、自給自足が出来ている目安とも言える。
「場合に依っちゃ、予算が足んなくて調味料は後回し、欲しいけど種類が無い、って事も考えられる」
「潜在的な需要は有る、と」
「それに、品質にしたって、十分だ、と思ってるのは俺達だけかも知れないぜ」
十勝の大規模農業、釧路の水産業。共に食文化の発展には多大な影響を与える産業が充実している。
NPCの商品が需要に影響されるなら、この辺りは他所より高品質な物が出回っている可能性が高い、と言う事になる。
「味の違いなど、食通でもなけりゃ分からん、と聞いとったが……」
チャックの話を聞き、普段から良い物を食べていた所為で、自然と食通になっていたのか、と納得するヤマカン。
「しかしそれだと、他所のプレイヤーはやはり味の違いは分からん、と言う事にならんか?」
「ヤマカンよ。これはゲームなんだぜ?」
チャックはニヤリ、と笑みを浮かべて悪巧みを披露する。
「パラメータが足んねーんなら、鍛えりゃ良いじゃねーか」
アビリティやスキルによる補正で、『視覚』や『聴覚』が向上するなら、『味覚』だって向上させられる。
つまり、食品の生産性の低い地域に美味い飯を持ち込み、無理矢理舌を肥えさせれば、大規模市場の出来上がり。と言う事だ。
「何ちゅう酷い事を考えるんじゃ。おぬしは」
非難する様な台詞だが、そのヤマカンの表情もニヤけていた。
「はぁ~。癒されるよ~」
ジェーンは小動物をモフり、明日への英気を養っていた。
「程々にしとけよ、オメェは」
エチゴヤはやや諦めつつ忠告した。
「そこの動物達は、ふれあい動物園やるために飼ってンじゃねぇんだ。毛皮を採るために飼ってンだ」
「えぇっ!? 殺しちゃうのっ!? 可哀想だよっ!」
抗議するジェーンの肩の上で、エゾオコジョのかむぞうもぷるぷる震えていたりする。
「……オメェ、俺を何だと思ってンだ。函館の服飾業界最大手のエチゴヤさんだぜ? 毛皮の取扱い位するってぇの」
「この間来た時は、未だシルクとウールだけで、毛皮は手掛けてなかったのに」
「事業拡大したんだよ。つーかオメェ、一体何しに来やがったんだ?」
まさか、マジでモフりに来ただけじゃあるめぇな? と言外に臭わすエチゴヤ。
「モフりに来たんだよ」
「マジでか!」
「ディアス君が面倒な事言い出したんで。こうして英気を養っているんですよ」
もふ~。と狐をだっこするジェーン。
ついでに、愚痴りがてら簡単に事情を説明する。
「味噌ねぇ。面倒事とか言うから、何やり出したかと思えば、そんな事か」
「私だって、趣味の味噌造り、程度の規模だったら、好きにすれば? って言うところなんだけど……」
実際にディアスは今までにも『水飴』や『砂糖』、『コーン油』等、NPC売りの物で事足りる様な物を幾つか作っている。これらは小規模で、殆どディアスが個人的にやっていた事だし、微妙な需要があった物でもある。
だが、『味噌』は今回、試験的に造ってみるだけだが、いずれは醸造蔵を建てる予定だとか。と、パーティーを巻き込んだ大規模な物になる。ならば、パーティー・メンバーが失敗しそうな計画に反対するのは当然と言えた。
「ディアス君は出来る限り自給自足したい様なんだけど、その域超えちゃってるんだよね。他所から大豆買い取ってまで造りそうな勢いなんだよ」
「そりゃ、また何で?」
「解んない。けど多分、ウチのパーティーって寄せ集め、って言うか、行き当たりばったりで共通の目的が無い、って言うか。……だから、他所のパーティーが一丸になって何か事業やってるのが、ちょっと羨ましいんじゃないかな?」
例えばここの牧場みたいに。と、ジェーンは推測を語る。
「そんなんだったら、手伝ってやりゃ良いじゃねぇか。一応、アイツがリーダーなんだろ? 俺も似たような立場だから、パーティーで協力して何かやりてぇ、ってのは理解出るんだけどよ」
それに、NPCの品より安く出来りゃ、大コケする様な商売でもあるめぇ。とエチゴヤは言う。
対してジェーンは首を左右に振り、
「試算はしたんだけど、NPCの『味噌』の約2倍、頑張っても1.5倍位のお値段になっちゃうよ」
「NPC販売は割高なのに、それ以上になるのかよ……」
醗酵管理は面倒で、現時点での【醗酵】スキルの熟練では十分な品質の物が出来る可能性が低い事。『スケジュール実行機能』で手間を省いた場合、更に成功率が下がり廃棄処分が増える事。等が価格高騰の原因となる。
しかも、捻くれ者のディアスは、メジャーな作物は少ししか育てないので、供給過多で作物を余らせる様な事は無いが、その事が大豆の在庫を少なくし、味噌を大量に造るとなると大豆を買い集めなければならない。
更に最悪なのが、より高品質で安く造れるタゴサクがすぐ隣に居る事だ。
「パーティーの方向性を決めるのは大事だと思うけど、味噌は違うと思うなぁ」
どうせなら、乳製品を造れば良いのに、とジェーンは愚痴る。
今回の『味噌』は、以前の『スイーツ』の失敗の轍を踏むだろう。
「となると、ディアスのヤローもリスク解った上でやってるワケだ。……これは、あれじゃねぇか? 十勝の地域特性は大規模農業だろ? だったら、それを活かすための大量需要、ってのを造る事で、地域発展のフラグが立つ……ってヤツ?」
エチゴヤは少しばかり考え込む。
「……確か、大豆は北海道が1番穫れて、風土も合ってるのか、面積辺りの収穫量も1番、じゃなかったっけか?」
「……詳しいね」
「社会の授業で習わなかったか?」
ジェーンはすぅ~、と目を逸らし、聞こえない振りをした。
「とにかく、行き詰ってるなら、手としちゃアリだと思うな。……推測が当たってるなら、大規模農業を後押しする様な、……そうだな、例えばトラクターが解禁になる、とか?」
「……トラクター、確かに、ディアス君欲しがってたけど……」
ディアス達は50ha程の土地を持っているとは言え、20haは森のまま。残り30haを『牧場』『畑作』『休耕地』に分けているので、実際に作物を育てているのは10haに過ぎない。
これ以上の耕地面積を求めるなら、確かにトラクター等、機械に頼るか、若しくは人海戦術に頼らざるを得ない。
尤も、今まで蒸気機関で怪しげな物を散々作って来たディアス達が、何でトラクターを作らないのか、……それはジェーンにはさっぱり解らなかった。
「とりあえず、リーダーに従っちゃどうだ? こんなにお気軽に『転移室』を使える程度の儲けを出して来たんだろ? 信じてみても良いだろ」
「確証は無いけどね。……何かおかしな事になりそうだったら、殴ってでも止めるよ」
とは言ったものの、もし本当に大規模農業を促進する何かのフラグが立つのなら、それは更なる土地の確保と、家畜用飼料の生産量増大にも繋がり、ジェーンの『牧場』にもプラスとなる。そして、余裕が出来れば、『もふもふ動物園』も夢じゃない。
もし失敗したとしても、それをネタに『チーズ』や『ヨーグルト』等の醗酵乳製品の大規模生産へとシフトさせる事も出来るだろう。と密かに期待するジェーンであった。
……翌日。
「今日の作業は、豆を茹でて、潰して、麹を混ぜて、樽に仕込むだけだ」
後は1年寝かせりゃ、出来上がり。……と言いたいところだが、何処か手違いがあれば、雑菌が繁殖して醗酵じゃ無く腐敗する。
そもそも、味噌造りのノウハウの蓄積が無いので、適切な保管環境とか、攪拌を行う時期等がちょっと微妙。
「レシピじゃ茹でる事になってるが、蒸すって書いてある本もあったんで、半分は試しに蒸してみようと思う」
「そりゃ別に良いが、『赤味噌』と『白味噌』の仕込みの違いは?」
「基本的に酵素の作用で熟成が進むと茶色っぽくなるらしいな。だから、同じ仕込で熟成期間が違うだけ、って事もあるんだが……」
リアルの味噌だと、地域毎に細かく造り方が違ったりして、単純に赤白で分類出来る物では無い。では、ゲーム・システム的にはどうかと言うと、
「熟成期間以外は、麹や塩の歩合が違う、って位だな。白の方が麹が多くて塩が少ない。細かい事は後で指示するよ」
「鍋と蒸し器の準備は出来とるぞい。して、時間は?」
「え~、40分だな」
と再度レシピを確認するディアス。
この時間は実際には4時間だが、ゲーム内では時間の影響は6倍速なので40分となる。ただし、料理を6倍速で行ったりすると手順が慌し過ぎるので、そこは現実のまんま。この区切りが微妙であり、最早現実の時間は気にせず、レシピに書いてある事を忠実に守った方が良い。
テキパキと作業は進められ、2つの大鍋と2つの蒸し器に、水を吸って膨れ上がった大豆が放り込まれる。
「これで、親指と小指で挟んで潰せる位の柔らかさ、になれば良いんだが……、表現が抽象的な……」
何だかな~、とぼやくディアス。
その後にも、『耳たぶ位の柔らかさになるまで捏ねる』とかレシピに書いてある。職人の感覚便りの昔ならともかく、今なら明確に数値化も出来るだろう。コンピュータでシミュレートされているゲーム上のデータなら、実際にはその辺の加減も間違いなく数値化されている筈だ。
だが、それを言っても仕方の無い事だ。
「にしても、お前等、微妙に昨日よりヤル気になってないか?」
愚痴の多かった昨日に比べ、自発的に作業を進めるわ、手順を確認するわで協力的な3人に疑問を持つディアス。
「……特に深い意味は無いんじゃよ。気持ちの整理が付いたと言うか、何もせずに文句だけ言うのは筋違いと言うか、まぁ、そんな感じじゃ」
そうそう、とシモヘイとジェーンもヤマカンの台詞に同意する。
三者三様、独自の視点で適当な解釈をし、メリットを見出して美味い汁を吸おう、などと考えている事はおくびにも出さない。
「まぁ、良いか。……んで、茹で上がった大豆は、跡形がなくなるまで潰すんだが、これが結構手間だ。リアルだとそのための専用の機械があったりするんだが、今回は水車式の杵と臼を使おう」
「……ああ、餅を大量生産しよう、とか言って未だ使ってないヤツか」
「ほっとけ。まだ米造りしてないんだから、しょうがないじゃないか」
「そりゃ、使えるんなら、何でも構わないが。……その後は、麹と塩と混ぜて、樽にブチ込みゃ良いんだっけ?」
「大雑把だが、大体合ってる」
とディアスは答えつつ、アイテム・バッグから『種麹』と『塩』を取り出す。
そして、レシピをウィンドウに表示させて、
「え~と、レシピによると、『米麹』と『塩』を混ぜるんだが、『白味噌』の方が『米麹』を多くするんだ。『米麹』ってのは、言っちまえば甘酒の素だから、これが『白味噌』の甘さに……え?」
レシピを読みつつ、分量の説明をしようとしたディアスだったが、ふと、何かに気付き、前に戻って読み直し、今しがたアイテム・バッグから取り出した素材を確認。
必要な物『米麹』。
用意した物『種麹』。
「……あれ?」
「……おい、どうしたディアス?」
「いや、ちょい待って!」
ディアスは慌てて『種麹』のアイテム説明文を表示。
《種麹:麹菌を繁殖させるための胞子》
平たく言うと、事前にこれを蒸米に塗し、10~14日程掛けて『米麹』を造っておく必要があったのでした。
「……しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
慌ててタゴサクの所に行って、頭を下げて『米麹』を分けてもらいましたとさ。
「酒造った時は、直接『種麹』ブチ込んで良かったんだよ……」
と、ディアスは言い訳してました。
レシピやアイテムの説明は、きちんと読みましょう。
……『味噌』がちゃんと出来たかどうかは、1年後の話。