イチゴ狩りはじめました
「ようやくイチゴの収穫シーズン到来!」
ディアスは浮かれていた。
未だ【料理】スキルの熟練が低く、そもそも碌な食材が揃わないので、出来る料理自体が殆ど無い現段階では、そのまま美味しく食べられるフルーツの類は思った以上にありがたい。
そう言う意味では、ディアス以上にシモヘイとヤマカンの方が喜んでいる。
何故なら、『屯田兵』であるディアスと違って、『猟師』『鉱夫』である2人は『開拓案内所』での弁当の支給が無い。だから今まではジャガイモを蒸かしただけ、と言う喉の詰まりそうな物が主食だった。最近では『バター』が作れる様になったので、以前より食べ易くなったが。
余談だが、シモヘイ達が『いちいちクリーム分離したり、長時間攪拌するのは面倒くさい』とゴネたので、ディアスは手っ取り早くバターを大量に作るため、水車部屋に『遠心分離機』を新たに設置する事になった。バターは菓子作りにも必要なので、ディアスも文句は無かったが。
「にしても、良く出来たよなぁ……」
害獣・害虫被害も殆ど無く、見事に赤く熟れたイチゴが生っている様を見、シモヘイが感心した様に呟いた。
害獣に関してはシモヘイが頑張った結果でもあるが、害虫に関してはディアスが色々と苦労をしていた。
「苦労したからな。これ位は実ってもらわねば困る。まぁ、今回は新兵器もあったしな」
ディアスは自慢気に語る。
イチゴは皮を剥いて食べる物では無いので、あまり強力な農薬は使いたくない。何せ以前作った農薬のレシピは、薄めているとは言え『附子』とか猛毒が混じっていたのだ。
ついでに言うなら、蜂も寄って来なくなると、受粉が出来ずに困る、と言う事情もある。
そこで新たな農薬として目を付けたのが……
「還元澱粉糖化物~!」
ディアスは竹筒で作った霧吹き器を高々と掲げた。ちなみに、中身は『水飴』を薄めた物だ。
これを虫に吹きかけると、気門が詰まって窒息死するらしい。そう言うタイプの農薬がある、と知ったディアスが試しに使ってみたのだ。毒では無いので使用回数に制限が無く、収穫直前まで使えるのがメリット。
「まさか、菓子作りのために作った『水飴』が、こんなところで役に立つとは……」
とは言え、そんなに強力な物では無いので、小まめにチェックする必要があったのが面倒だった。そこは『スケジュール実行機能』でセットして、ダイブ・インしていない時にやらせておいて幾らか手間を省いたが。
「まだ? ねぇ、まだ食べちゃ駄目? もう1ヶ月も待たされてるんだよ!」
「1ヶ月……って言っても、ゲーム内での1ヶ月だろ? リアルじゃたった5日だろうが」
瑞々しく美味しそうなイチゴから目を離さぬまま、ジェーンは今にも勝手に摘み取って食べてしまいそうだ。
ジェーンはイチゴの収穫期は5月頃、と思っていたのだが、北海道の様な寒冷地では6月頃なのだ。そのため、彼女から見れば、1ヶ月余計に待った気がしているのだ。
不法侵入の罰で厩舎の掃除をやらされていたジェーンだが、ディアス達の『スイーツ作成計画』を知り、そのまま居ついてしまった。ある意味、予定通り『スイーツ』で女性キャラの獲得に成功した、と言えなくも無い。
ジェーンは馬や熊をモフれる環境も気に入っているし、ディアス達から見れば、『どうせ牧場に人手が必要だったし』と満場一致。問題だと思われていた牛嫌いも、実はホルスタインじゃなきゃそれ程嫌では無いとの事。
と言う訳で、ジェーンは牧場要員として畜産方面のアビリティを熟練する事に。まだまだ熟練度が低いので、然程役には立っていないが、好きな事をやっているため、やる気だけは十分だ。
「まだ駄目だ。今日はヤマカンが入ってないからな。初物を味わうのは皆揃った時、って決めたろ?」
「うぅ~」
「それにまだ収穫期に入ったばかりだ。あせって収穫しなくても時季逃したりしねぇよ」
ジェーンは未練がましくイチゴを眺めているものの、1度皆で決めた事を破るつもりは無い様で我慢している。
「それより、動物達の世話はどうなっている?」
「ちゃんとやってるよ。今朝搾った牛乳は家に運んでおいたし、厩舎の掃除と餌やりも終わったよ。今は牧場に放しているとこ……」
なんだか急にジェーンのテンションが低くなった。
ジェーンは動物好きが高じてか、知識は十分なため【動物学】の熟練は高いのだが、実はまだ【調教】スキルは低く、あまり動物と仲良くなれていない。そのため、ディアス達の許可が無いと、思う様にモフれないのだ。
次は【乗馬】スキルを手に入れ、道産子に乗ってみたい、と思っているジェーンだったが、その前段階にすら達していなかった。
ついでに言うなら、牧場に貢献すれば発言権が増し、自分の好きな動物を飼う事も出来るんじゃないか、と画策していたりする。が、それも上手くいっていない。
「はぁ~、モフ分が足りないよぉぉぉ~。せめて糖分を補給したいよ~」
ちらちら、とディアスとイチゴを交互に見やるジェーン。
モフ分と糖分には何の因果関係も無いが、ここ最近、ゲームらしい楽しみが味わえてない、と言う不満はありありと伝わって来る。
「我侭言うんじゃない。……仕方ない。【調教】の熟練を上げるコツを教えてやる」
「!? ほんとっ!?」
このままモチベーションが下がるのも問題だな、と判断したディアスが、溜息混じりに仕方なく提案すると、ジェーンは勢い良く食い付いて来た。
「これで『モフモフふれあい動物園』計画に1歩近づくよ! さぁ! 早く教えて!」
「いや……、『動物園』じゃ無くてちゃんと『牧場』やれよ。ウチに農業に関係無い動物を飼う余裕はありません……」
「頑張ってスキル熟練して、ちゃんと面倒見るから!」
「……何処の親子の会話だ……」
ディアス達の遣り取りに、シモヘイは呆れ顔だ。ただ、ジェーンがやる気になっているのは良い事だと思う。彼女のスキルの熟練が進まなければ、家畜を増やす事も難しい。
となれば、ここは1つ建設的な提案をしてやろう、とシモヘイはアイデアを出す。
「まぁまぁ。もう少し牧場の運営が安定して余裕が出て来たら、って条件になるが、そん時ゃ家畜の種類を増やしても良いんじゃないか?」
「……まぁ、駄目じゃ無い。して、そう言うからには何か案があるのか?」
「あるのか?」
ディアスの問いかけに、ジェーンも同じ様に続く。
その様子にシモヘイは苦笑しつつ、
「『羊』なんてどうだ? 確かこれも明治頃に入って来た筈だし、探せば見つかると思うぜ」
「羊! あのモフるために生まれた生き物ですねっ!」
「モフるために生まれて来た訳じゃ無いだろ……、いや、あながち間違いじゃ無いのか?」
多くの毛を刈るため、態々品種改良までしてあんなにモコモコにしてるんだしなぁ、とディアスは考え込む。
「んな訳無いだろ」
シモヘイが2人にツッコミを入れる。
「羊って言ったら、やっぱ『ジンギスカン』にして食うためだろ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん! ひどいよぉぉぉぉぉぉっ!」
ジェーンは泣き叫びながら、ぶんぶんと両腕を振り回しつつ抗議した。
ちなみに、シモヘイの言う事は本当なので尚更性質が悪い。リアルの日本で飼育されている羊は、羊毛より食用目的で飼われている数の方が多い。
「羊毛刈るだけで良いじゃない! 飼うなら絶対『メリノ』だからね! 『サフォーク』は駄目だからね! 私の可愛いモフモフ達を食べさせたりしないんだからっ!」
「……いや、何言ってるか解んねぇ……」
「多分、食肉向けの品種を飼うつもりは無い、って言いたいんだと思うが……」
ディアスの推測は当たっているが、メリノ種でもちゃんとジンギスカンにして食べられる。サフォーク種の方が美味いらしいが。
「って、おい。俺は何時か和牛を育てて、ステーキにして食うつもりなんだぞ!」
「あ、牛なら食べちゃって良いです」
「なら羊は見逃してやるか」
「……どう言う会話だ、おい」
何故かジェーンの中では、牛はモフに入らないらしい。
牛も結構可愛いと思うんだが、とシモヘイは首を傾げた。
「牛嫌い、ってのもあるけど、単に私も和牛ステーキ食べたいんだよ!」
「お前の方がよっぽど酷いよ……」
「まぁ、肉を全く食わない、って訳にはいかないだろうし」
可愛いから食べられない、とか言い出したら限が無い。何だかんだ言いつつ、ジェーンもその辺の折り合いは付けているのだろう。
その様子にシモヘイは何か納得したのか、うんうんと頷くと、
「昨日獲って来た兎の事もあるしなぁ……」
「兎!? ウサちゃん居るのっ!? もう、シモヘイ君ってば。そんなぷりちーな小動物が居るなら、出し惜しみしないでモフらせてよ。プリーズ!」
「いや、出し惜しみも何も……」
シモヘイはやや困惑した表情を浮かべると、すぅっ、とジェーンのお腹の辺りを指差した。
「へ?」
「昨日の飯。兔鍋」
「うん。あれは美味しゅうございました」
ディアスもその味を思い出しつつ、また食いたいな、捕って来いよ。とか言い出す。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん! ひどいよぉぉぉぉぉぉっ!」
「酷いとか言ったって、お前だって美味しい美味しいって、食ってたろうが」
「せめて食べる前にモフらせてよっ!」
「食べる前にモフる、とか……、それで良いのか?」
兔鍋とかジェーンは食べないだろうと思い、彼女の居ぬ間に食べてしまうつもりだったが、丁度煮込んでいる時にダイブ・インして来たジェーンがそのまま席に着いてしまったので、除け者にする訳にもいかず、一緒に食事する事になったのだった。
予想通りジェーンはショックを受けた様だが、ショックを受けたポイントはちょっとずれている。
「なぁ、シモヘイよ。お前が余計な事言うからだぞ。ここは何かフォローした方が良いんじゃないか?」
「フォロー、って何するよ?」
シモヘイは腕を組んで考え込んだ。と言っても、ジェーンと知り合ってまだ10日程しか経っていない。何をすれば機嫌が直るか、とか詳しく知っている訳では……
「モフモフ位しか思い付かないな……。おい、ジェーン。今度何か可愛い小動物捕って来てやるから。それで機嫌直せ」
「ほんとに? ……モフるだけじゃなくて、ペットとして飼って良い?」
ちらり、と家主であるディアスへと視線を送るジェーン。
「ペットか……。うむ、良いぞ。小動物は【調教】スキルの練習に丁度良いかもな。って、そう言や、それの熟練のコツを話そうとしていたんじゃないか」
随分と話が脱線したな、と思いつつ、ディアスはまた話が逸れない内に、結論だけさっさと言ってしまう事にした。
「簡単に言うと、名前を付けて可愛がれば良いんだ」
「そんな簡単な事で良いの?」
「裏技に近いがな。動物のAIも結構優秀なのが使われてるんで、名前を付ける事でコミュニケーションが取り易くなるっぽい」
動物との新密度の様なパラメータは表示されていないが、これは餌やったり世話したりすれば上がる、と言う様な単純な物では無く、個々のAIが判定している様なので、こう言う細かい事で差が付いたりする。
この事はまだ攻略掲示板にも載っていないのだが、新発見なのか、情報が隠蔽されているのかまでは判らない。
「とりあえず、あの雌牛2頭にはまだ名前付けてないから、お前が付けてやれ」
「うん。分かった。『1号』と『2号』で良いや」
「酷っ! お前、なんで牛にはそんなに愛が無い?」
「じゃあ、『シロ』と『クロ』」
「どっちも黒いよ!?」
「むぅ、文句ばっかり。じゃあ、皆はどんな名前付けたの?」
交互にケチを付けるディアスとシモヘイに、ジェーンは頬を膨らませながら逆に問う。
「お前……、今まで家畜の名前も知らないで世話してたのかよ……。【調教】のスキル上がらん訳だ」
「家畜の名も聞けぬ半端者が……」
「まだ初心者なんだから、仕方無いじゃないっ!」
ジェーンの言う事も尤もだ。ゲームを始めて約10日では、ディアス達もまだ狭い畑を必死で守るのに精一杯だった頃だ。
「からかうのはこれ位にして、道産子達には『赤兎馬』『黒王号』『風雲再起』と付けた」
ディアスは『赤っぽいの』『黒っぽいの』『白っぽいの』をそれぞれ指差しながら言う。
「全部パクリ!?」
良くもそれで人のネーミング・センスに文句を付けられた物である。
「ディアスにはセンス無いからな。何処かで聞いた様な名前になるのは勘弁してやれ」
シモヘイは、俺のセンスは一味違うぜ、と、
「先ずは俺の狩りのパートナーである、エゾオオカミの『アギト』」
偉そうに言う割には普通。と言うのがジェーンの感想だ。
「それから、畑仕事や木材の運搬等に大活躍の水牛達、『みの太郎』と『星牛魔』」
「ほんとに同一人物が付けたっ!?」
狼と牛とでセンスが違い過ぎる。
名前を付ける事でコミュニケーションが、とか言っていたが、AIが賢いなら、酷い名前だとグレそうだ。
「私、こんなセンスの人達に駄目出しされてたの?」
「まぁ、結果論で言えば、人に言われるまで名前を付けよう、って発想に至らなかった時点でかなり駄目?」
「だな。触れ合い、じゃ無くて、一方的に触れてるだけだから、動物と心が通じんのだ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
ジェーンは泣きながら家に向かって走っていった。
「絶対、君達より良い名前付けてやるんだからぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
……翌日。
「それで、ジェーンはまだ来とらんのかい」
事の顛末を聞いたヤマカンは、何やっとるんじゃ、と呆れ顔。
「流石にちょっとからかい過ぎたか」
「お前はからかってるつもりだったのか。俺は煽って奮起させようとしたのだが」
「あっ、ずりーぞ! ディアス!」
「止めんか! 見苦しい……」
ヤマカンは一喝して2人を黙らせると、
「して、謝る気はあるんじゃろうな?」
「一応、詫びの品として、『煉乳』と氷室で冷やした『牛乳』を用意した。これで、イチゴミルクでも、と……」
「俺は約束していた小動物を。ジェーンが好きそうなのを見つけ出すのに苦労したぜ」
「なら良いが……、それにしても、当のジェーンは遅いのぅ」
「だよなぁ。あんなにイチゴ楽しみにしてたから、先に入って待ってる位でも良さそうなモンなのに……」
「やっぱ、良い名前、ってのを必死になって考えてるんじゃないか?」
「そりゃ、おぬし等のセンスで駄目出しされれば、誰でもムキになるじゃろうて」
「……エゾヒグマに『神司熊』とか付ける厨二センスに言われたくねぇ」
「カッコイイじゃろが! 『神司熊』!」
アイヌじゃ熊は神格化されたりするんじゃぞ、とヤマカンは聞かれてもいないのに名の由来を語りだす。
そこからしばらく、互いのセンスを貶す醜い罵り合いが続く事、約30分。
「……何やってるの、君達?」
何時の間に来ていたのか、ジェーンに軽蔑の眼差しで見つめられるまで終わらなかった。
「いや、何と言うか……、いわゆる『若気の至り』というヤツじゃ」
「お前、ジジイだろうが。やっぱ、中の人は若いんだろうが、キャラは貫いとけよ……」
「そんなどうでも良い事は置いといてっ!」
ジェーンが一同ちゅーもーく、と声高に言う。
「牛達の名前考えて来ました!」
ばっ、と手にしていた紙を広げると、
命名 『ぷろらくちん』 『おきしとしん』
と書かれていた。
「……なんじゃ、そりゃ」
「どう言うセンスなのかも解らん」
「……1晩悩んで、それかよ……」
ディアスだけはその名の意味が解った様だ。
「どう言う事じゃ?」
「結局碌な名前が思い付かなくて、とりあえず学術的な名を付けて知性をアピール、ってとこだろ」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
「……図星か」
「だから、どう言う事だよ?」
「……乳を出すためのホルモンの名前だよ。乳牛には御誂え向き、とか思ったんだろ」
「なんでディアス君が説明しちゃうのよ!」
折角一生懸命考えたのにぃぃぃぃぃっ! と、ジェーンは頭を抱えた。
「まぁまぁ。結局、俺達皆残念なセンスだった、って事で良いじゃないか。誰か1人だけセンスが良くても、やっかみの元になるだけだ。俺もお前のセンスが残念で安心したよ」
「…………」
ディアスはジェーンの肩を叩きつつ、強引に話を纏めた。
何気なく自分のセンスに自信のあるシモヘイとヤマカンは、やや不満げな表情をしているが、ここで文句を言っても話を蒸し返すだけだ、と思い、我慢している。
「……うん。でも、牛達の名前はこれで決定だからね」
「ああ。かまわない。んじゃ、お待ちかねのイチゴ狩りと行くか」
「そうだった。今日こそ食べて良いんだよね? 待たされた分、たくさん食べるからね!」
「おう。食え食え」
ディアスは竹細工で作った笊を人数分用意すると、
「出荷する訳じゃ無いから、自分が食べる分だけ摘むんだぞ」
「は~い!」
ジェーンは元気良く返事すると、1番乗り~、と笊を頭上に掲げつつ飛び出して行った。
ディアス達は後からのんびりとイチゴ畑にやって来ると、ジェーンは鼻歌を歌いながらプチプチと、それだけ1人で食うつもりか、と言う程の量を既に摘み取っていた。
「ん~。おいしそ~。ちょっとつまみ食い。いただきまぁぁぁす。……ん!? すっぱぁぁぁぁぁっ! 美味しいけど、思ったよりすっぱいよ!?」
「そりゃ、そうだろうなぁ。俺達がリアルで食べているイチゴは、長年かけて品種改良された物だが、こいつは殆ど原種のままの『オランダイチゴ』だからな」
「言われてみりゃ、ブランド物のイチゴなんて、特許があるから勝手にデータ使えないもんなぁ……」
「こんな事もあろうかと、『煉乳』を用意してあるんだ。イチゴミルクにして食うと良かろう」
「イチゴミルク! 名前だけは聞いた事あるよ!」
ジェーンはたのしみ~とか言いながら、早く食べようよ、と急かす。
他の皆はジェーン程大量に食べるつもりは無いので、すぐに摘み終わる。
家に戻ると、ディアスは木で出来た器を並べると、『煉乳』と冷やしておいた『牛乳』の甕をアイテム・バッグから取り出して卓袱台の真ん中に置いた。
ジェーンは早速、皿に盛ったイチゴに甘露杓子で煉乳をどばどばとかけ、更に冷たい牛乳をかけてイチゴミルクにしていた。
「ほぅ。確かに酸っぱめじゃが、煉乳を付ければいけるのぅ」
「だな。結構量があるみたいだから、幾らか出荷してみるか?」
「そうだな。被害が無かった分、予想より多めに収穫出来たからなぁ……」
ディアス達は感想を述べつつ、イチゴを食べている。
今のところプレイヤー同士の取引は細々としか行われておらず、出荷と言えば『開拓案内所』か『農教』(『農協』で無いのは現実の組織名を使いたくないためと思われる)のNPCに買い取ってもらう事を言う。
この辺りは皆が定番の作物ばかり作る事と、それ以外の作物は試しで少量しか作っていないためである。まだゲーム内では1年しか経っておらず、殆どの作物が1回ずつしか収穫されていないので、市場の形成は当分先になるのは当然とも言える。
「ん~! おいし~!」
ジェーンは竹製のフォークに刺したイチゴを口に運ぶと、ほっぺた落ちそう、と言わんばかりに頬に手をあてつつ、にへら、と笑みを浮かべる。もし彼女に尻尾があれば、犬の様にぱたぱたと振っていただろう程に上機嫌だ。
「そう言や、何でイチゴミルクが、『名前だけ聞いた事がある』なんだ?」
「ん~と、それはね……」
ジェーンはフォークでイチゴを潰しつつ、
「こうやってイチゴを潰すのが下品だから駄目、だって」
「……そう言うもんなのか?」
「人様の家庭の事情は知らん」
「『VRの恥はかき捨て』って言うし、多少お下品でも良いよね」
「いや、それはネットの匿名性を笠に着たヤツ等を皮肉った格言だから。真似するなよ」
ともかく、ジェーンはイチゴを食べて満足気。昨日から弄り倒した事による不機嫌さは直った模様。
「ご馳走様。美味しかったよ」
「そりゃ良かった。こっちも煉乳用意した甲斐があったよ。折角のイチゴが酸っぱいだけだったら残念だもんな」
「態々用意してくれたんだ」
「まぁな。『牛乳』と『水飴』混ぜて煮込むだけ、って思ってたんだが、思い通りの『煉乳』が出来るまでは結構手間が掛かったな。ま、昨日からかった詫びの代わりだ」
「そう。ありがと」
「ぬ?」
ディアスがさりげなく詫びを入れ、ジェーンの好感度UP。と、その様子を見ていたシモヘイは思ってしまった。
いや、俺ロリコンじゃないから、好感度とかどうでも良いし、と思い直すシモヘイだったが、自分だけが昨日事を謝ってない形になってしまったのは不味い。
ここで詫びの話が出たついで。シモヘイもその流れに乗っかろうと、いそいそとアイテム・バッグから籠を取り出す。
「お~い。ジェーンよ。昨日約束したモフだぞ~。可愛いぞ~。俺の【狩猟】アビリティ駆使して選りすぐったんだぞ~」
「……シモヘイよ、キャラが何時もと違うぞい」
キャラの崩れたシモヘイに、ヤマカンが気味の悪いモノを見たかの様な視線を向ける。が、ジェーンはそんなシモヘイの事より籠の中身のモフの方が気になる様。
「うわぁ……。何この子! 可愛い! ねぇ、シモヘイ君。この子、なんて動物?」
ジェーンが籠を開けると、そこには茶色い毛の、ちょっと細長い体躯の小動物が。良く見るとお腹の部分だけ毛が白く、比較的足が短いため胴が長く見える。顔はやや丸っこく、愛嬌がある。
「『エゾオコジョ』だよ。『蝦夷鼬』とも言う」
「へ~、この子がオコジョかぁ~。ほら、おいで~。こわくないよ~」
ジェーンが手を差し伸べると、エゾオコジョは籠から出て来たものの、警戒しているのかジェーンの手の周りを一定の距離を保ってうろうろする。
「う~ん……、そうだ。イチゴ食べるかな?」
「確かヤマブドウとかも食べる筈だから、食えない事も無いと思うが、って、おい」
基本的にエゾオコジョは肉食だが、木の実の類も食べる。その事を説明していたシモヘイだったが、ジェーンがアイテム・バッグからイチゴを取り出したのを見、
「食べる分だけ、って言われたろうが。余分に取って来たのかよ……」
「ほんの5粒程度だから、見逃して。ほら、イチゴだよ。甘酸っぱくておいしいよ~」
ジェーンはイチゴを掌に載せると、エゾオコジョの前に差し出す。
エゾオコジョは興味を示したのか、少しずつ近づき、くんくんと匂いを嗅ぐと、
ぱくっ
「いたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ジェーンの指に噛み付いた。
「……動物に見向きもされない様じゃ、出荷の件は考え直した方が良いかな?」
「イチゴより、ジェーンの指の方が美味しそうだったんだろ」
「……そのセリフ、ちょっと変態っぽいんじゃよ」
「暢気に話してないでたすけてぇぇぇぇぇぇぇっ!」
ジェーンの悲鳴を他所に、ディアスはエゾオコジョがイチゴに食いつかなかった事に落ち込んでしまった。害獣被害に遭わなかったのは、単に不味かったからなんじゃなかろうかと。
「無視しないでぇぇぇぇぇぇぇっ!」
この様子だと、モフれるのは当分先の事になりそうだ。
ジェーンには、ナウ○カの様に咬まれても優しく宥めて手懐けるのは無理でした。
基本的にオコジョは気性が荒く、自分より大きな動物を襲う事もあるので、初心者向きじゃありません。
ついでに、あくまで攻撃のために咬んだのであって、ジェーンの指が美味しそうだった訳では無いのです。