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TONDEN FARMER  作者: 800
第1章 北海道開拓編
10/45

新年度はじまりました

「第1回、年度末報告会~!」


 ディアスは卓袱台(ちゃぶだい)を囲んだシモヘイとヤマカンを前に宣言した。


「さて、もうすぐ5月も終わり。ゲームの中じゃ1年過ぎる事になる。と言う訳で、区切りも良い事だし、ここいらで今までの開拓成果を報告しよう」


 『報告会』などと仰々しく言っているが、要は自慢話大会である。


「俺は新しい銃も手に入ったし。猟師仲間で山へ熊狩りも行ったな。おかげで熊にやられて《死に戻り》するヤツが減った、って喜ばれたし、この調子で勧めてきゃ良いと思うぜ」

「そうじゃのぅ。ワシも蒸気機関が安定して動く様になって来たしのぅ。やっぱ、精度の高い旋盤が作れた事が決め手かのぅ。これで量産化も視野に入れられるぞい」


 シモヘイとヤマカンは緩やかながらも望む方向に進歩してきた事で、それなりに満足する成果を出したらしい。


「俺の方は、『転移室の図面』手に入れるために色々作って【大工】熟練したな。おかげでこの新しい家は『転移室』完備だ」


 当然、ディアスも自慢気に自分の成果を語る。

 【大工】熟練のために作ったのは、家具の類や新たに図面を手に入れた『船』だけでは無い。シモヘイが狩りをする時の拠点となる『山小屋』や、ヤマカンが鍛冶をしたり蒸気機関を組み立てるための『工房』も建てている。

 勿論『山小屋』と『工房』にも『転移室』を増設した。『山小屋』は本当に遠くにあるし、『工房』は家から近いものの、素材の運び込みの手間を減らすためだ。


 そのディアスの技術の集大成と言える『新居』は、カナダ辺りにありそうな外国風の外見と、土間や囲炉裏(いろり)等和風の内装を兼ね備えている。和洋折衷と言えば聞こえは良いが、そんな出鱈目な図面が普通に販売されている訳も無く、ディアス自ら【製図】スキルを駆使し、設計したオリジナルの建築だ。

 イメージ・ソースがスキー場のロッジなのでとにかくデカイ。木造3階建てで部屋も有り余っている。しかも『転移室』による利便性もあれば、シモヘイとヤマカンもそのままこの家に居付いてしまうのも無理は無い。


 元々引越しを手伝うだけだった筈のヤマカンが、何でここに居るのかと言うと、ちょっとした事情がある。

 あの時試射した銃は全くの無駄、では無く、怪しげな銃とは言え、一応は試射に成功した事でフラグが立ち、『鉄砲鍛冶』のNPCが『開拓案内所』に遣って来たのだ。

 これによりNPC売りの『火縄銃』がより高性能な物になっただけでなく、『銃の図面:村田銃』の販売が開始されたのだ。この時のシモヘイの喜び様は正に狂喜乱舞、と言ったところだった。

 しかも、ヤマカンがその図面を基に改造し、『村田式散弾銃』を作ってしまった。ここに来て銃が一気に進歩したのだった。


 余談だが『村田銃』と言うのはフランスのグラース銃を参考に村田さんが作った銃の事。ボルトアクション式の単発銃だが、後に連発銃も作られ、その際に旧式化した単発銃が散弾銃に改造され、猟銃として民間に払い下げられた物が『村田式散弾銃』と呼ばれる様になった。これが明治の中頃の話。


 そんな貢献も多々あった事により、ヤマカン晴れてパーティー・メンバー入り。『工房』はその『村田式散弾銃』製作の際に建てた物だ。勿論、パーティー割引とは言え、金は取ったが。


「こうして成果を並べ立ててみると、結構色々やってるなぁ……」

「1年目としては上出来じゃないか」

「まだ上が居るもんじゃよ。実際、他所では駅馬車走らせて物流事業まで興した、と言う話が出てたぞい」

「……そんな上を見てもしょうが無い。とりあえず、新規参入者に対してアドバンテージは確保出来た、と見て良いだろう。んじゃ、次の議題。新年度の計画発表~!」


 とディアスは言うが、シモヘイとヤマカンの反応は微妙。この2人はあんまり計画を立てておらず、より正確に言うと、目標のためにはアビリティを熟練し、それによってフラグが立つのを待つしか無い。

 元々、ディアスが立てた農業に関しての年間計画を説明するための場だ。


「先ずは畑作関連。連作障害を避けるため、今まで牧場として使ってた所を耕して畑にし、畑だった所はクローバーを牧草として撒いてある。作物に関しては、先ずジャガをメインに、あとニンジンを作ろうと思ってる。それから、テンサイだな」

「テンサイ、って砂糖取れるヤツだっけ?」

「そうだ。それから、秋になったら今度は小麦を育てようと思う」

「そう言やこの家、水車式の製粉機と精米機があるのぅ」


 シモヘイは猟師に、ヤマカンは採掘から鍛冶、機械工方面に特化しているため、簡単な手伝い位ならともかく、農業に関しては殆ど手が出せず、ディアスに任せっきりだ。おかげでこの話も聞いているだけしか出来ない。


「それから、牧場に関してだが、シモヘイ。雌牛を何頭か捕まえて来れるか?」

「雌牛? ああ。牛乳のためか」


 そう言えば、リアルの十勝(とかち)平野では酪農も盛んだったな。とシモヘイは思い出していた。

 今までも牛や馬を牧場で飼っていたが、これらは労働家畜で、食べるために飼っていた訳では無い。


「それと、鶏も何とかならんか?」

「鶏? う~ん、野鳥の類は見た事あるが、鶏はちょっとなぁ……」

「そっか。とりあえず、探してみてくれ。こっちでも案内所に当たってみる」

「鳥肉なら俺が時々撃って来るから、態々育てんでも……」

「欲しいのは、肉じゃなくて『卵』の方だ。それなりの量を安定して入手したい」


 今までは『卵』と言うと、シモヘイが狩りのついでに時々鳥の巣からパクって来る程度だった。

 それを目玉焼きにして食べた事はあるものの、その感想は『ん~、まぁ普通?』だ。

 シモヘイにはディアスが態々欲しがる理由が解らない。


「何だ、今度は畜産方面に手を出すのか?」

「それもある。正直言うと、【料理】に手を出してみようと思う」

「……? 何でまた?」


 ゲーム・システム的には食事は大事だ。

 初期の頃は食べ物は『持久力の回復速度UP(アップ)』のための補助アイテムで、しかもその効果も大した事無い、としか認識されておらず、殆ど雰囲気作りと思われていた。

 だが、どうやら空腹度の様なパラメータが隠されているらしく、何も食べないでいると色々ペナルティが付く事が明らかになって来た。

 『屯田兵』には弁当が支給されるので、普通にそれを食べていれば気付く事も無かったが、転職して弁当の無料支給が無くなり、その所為で食事を無視する人々が増えた。その結果、トラブルが多発した事で、やっとその事実が明るみに出て来たのだ。


 そう言う事情もあって、今更ながら【料理】アビリティが注目されつつあるので、『料理人』を目指す人間が居てもおかしくは無い。だが、既にあれこれ手を出しているディアスがやるとなると、十分な熟練が出来るかどうか疑問が残る。


「何が目的か……端的に言うと『華が無い』と言う事だ」

「花……? ああ、なるほど」


 シモヘイはディアスの言わんとするところを察した。


「北海道と言ったら『ラベンダー畑』だよな」

「ち、がぁぁぁぁぁぁぁうっ!」


 ……察していなかった。


「女性キャラだよ。女性キャラ! 何が悲しくて男ばっかで集まって、泥だらけになりながら野良仕事せにゃならんのだ!」

「……そう言うゲームじゃろ?」

「いやぁ……、女キャラが居たとして、どうせネカマだろ?」


 ヤマカンはディアスの言いたい事を多少は理解しているものの、ディアスの様に熱くはなっていない。

 元々ロボゲーの代替として銃を撃ちたいだけのシモヘイは、そう言う華やかさを求めていないため、非常に冷めた意見だ。


「良いんだよ。見た目が華やかになれば! 大体、ウチのパーティー・メンバーは、熊皮かぶって顔が半分しか見えない怪しいまたぎとか、ドワーフをイメージしたっぽい筋骨隆々のジジイ山師とか! むさ苦しいにも程があるわっ!」

「それは、酷い言われ様じゃのぅ……」

「お前にアバター・デザインで言われたくねぇぞ。お前なんて、『農民男性』AかB辺りのプリセット・パターンそのまんまだろうが!」


 話が本題から逸れ、しばらく無駄な言い合いが続く。


「……まぁ、良いや。それで、美味い飯でナンパする気か?」

「うむ。近い!」

「近いのかよ……」


 適当に言った事を肯定され、シモヘイはやや呆れ気味。


「女子を惹きつけるには、やっぱ『スイーツ』だろ!」


 ガッ! っと拳を握りこみつつ、ディアスは力強く言い切った。


 そのまま何の反応も無いシモヘイ達の視線に晒され、ちょっと恥ずかしくなったのか、ディアスはアイテム・バッグから(かめ)を取り出すと、何事も無かったかの様に話を続けた。


「とりあえず、これを見てくれ」

「なんだ、これ?」

「ジャガから取ったデンプンを糖化させた、『水飴』だ」

「『水飴』って、こんな物作ってたのか」

「のぅ、おぬし。まさかこれで『スイーツ』のつもり、とか言わんだろうな?」

「それこそ、まさか、だ。こっから更に加工して『飴』を作ったり、菓子の材料に使えないか、と用意したんだ。まぁ、今のところ役に立ってないが」


 そう言いつつ、ディアスは割り箸サイズの木の棒に『水飴』を絡ませ、2人に渡した。


「ふむ。一応甘いが、あまり旨くは無いな」

「じゃのぅ。……現時点では貴重な甘味料には違い無い、とは思うが」

「一応、料理素材としては十分だと思うんだが……、菓子を作れそうな他の材料が無い」

「ああ。なるほど」


 それで『小麦』『牛乳』『卵』か。とシモヘイは納得した。

 これに『水飴』と『テンサイ』から取れる『砂糖』が加われば、結構作れる菓子がある筈だ。……レシピさえ手に入れれば、だが。

 シモヘイがパッと思い付くだけでも、『クッキー』とか『プリン』辺りが作れそうだ。

 また、牛乳を加工して『ヨーグルト』『チーズ』『生クリーム』を作れれば、更に幅は広がる。とりあえず『ケーキ』なんか行けそうだ。『イチゴ』も栽培している事だし。


「でも、相当【料理】熟練しないと、美味そうな菓子なんて作れないんじゃないか?」

「そこは逆転の発想だ。材料だけ揃えて、菓子作りに興味ある女子を引き込む!」

「なるほどのぅ。菓子作りに興味があるなら、中の人もリアル女子の可能性が高そうじゃのぅ」


 意外と考えられている辺り、ディアスが本気で女性キャラのパーティー・メンバー入りを欲していると悟り、ヤマカンはやや呆れつつも『ひょっとして上手く行くんじゃないか』と密かに期待した。


「しかしのぅ……、こうして男共が集まって女子(おなご)の獲得について語り合う様は、過疎地の農村が嫁の確保に躍起になっているのを彷彿とさせるのぅ……」

「……言うな、薄々そんな気はしてたんだ……」


 微妙に落ち込む3人。しばし無言のまますごした後、具体的な牧場運営の話を……しようとしたのだが、


「なぁ……、牛や鶏捕まえて来るのは良いとして、誰が世話するんだ?」


 とシモヘイが疑問を口にする。ただでさえ人手不足ぎみなのに、これ以上仕事を増やすのは確かに無理がある。その上、


「ディアスの【動物学】はまだ熟練度低いだろ? ちゃんと世話出来ないんじゃないか?」


 その指摘にうぐっ、と言葉を詰まらせるディアス。

 実際にディアスはまだ牛の種類の区別が付かない。馬は『道産子(どさんこ)』だとすぐ分かる様になったが。馬と牛に対する愛着の違いが如実に現れた、と言えよう。

 そんな調子じゃ、シモヘイの危惧も尤もだと言える。


 家畜を扱うには、【調教】と【動物学】が車軸の両輪だと言われている。どちらか片方が欠けても上手く行かなくなる。

 【調教】が低ければ言う事を聞かせられないし、【動物学】が低ければ正しい世話の仕方が解らない。


「最初の内は俺が面倒見てやるよ。今のところ、そんなに頻繁に狩りに行く予定も無いし。でも、畜産やるなら、小まめに世話しないとなんないから、その筋の専門家が要るぞ」


 シモヘイは【狩猟】の関係で、【動物学】の熟練は高い。狩りのためには動物の生態・特性を知る必要があるからだ。実際に今まで馬や牛、狼を捕まえて来たのはシモヘイだ。


「んじゃ、ヤマカンは? 熊捕まえられたんなら……」

「ワシゃ、無理じゃ。熊はあまり学が無くとも、倒しさえすりゃ下僕に出来る」


 結局は1番動物に詳しいシモヘイの意見が通る、と言う事になった。


「んじゃ、明日皆で牛狩りに行くか。とりあえず2頭で良いな。それ以上は面倒見切れん」




 翌日、5月31日。晩飯の後、21時のダイブ・インなので、ゲーム内では既に新年度の4月1日。


 ……だったのだが、牛の捕獲に思いの外梃子摺(てこず)り、日を跨いでしまった。

 シモヘイが折角だからと、ディアスとヤマカンにスキル熟練のため捕獲を任せた所為である。

 おかげで2人は泥だらけになったため、近くの川で水浴びしたり、と余計な手間を掛けた事もある。


「牛の突進を正面から受け止めるなんて……、なんで大山倍達(おおやまますたつ)みたいな真似をせにゃならんのだ……」

「沼地に足を取られて除けられなかったからじゃよ……」


 もうすぐ夜が明けそうになる中、3人はノロノロと歩いて行く。捕獲した牛に合わせて歩いているため、言葉どおり『牛歩』である。


「この調子じゃ、家に着くのに後2時間は掛かるぞ」

「我慢せい。【調教】した獣は『拠点』に連れ帰って登録しないと、逃げられる仕様じゃからのぅ」

「いや、これも農業の一環だから、『スケジュール実行機能』が使えるだろ?」

「あ、それだめ。それやりたかったら、【遊牧】スキルが要る」


 システムの不便さに文句を言いつつ、ゲームだと言うのに何のイベントも起こらない暇を、適当な話題で紛らわす。


「そう言や、シモヘイよ。この牛、本当に乳牛か?」

「何を今更。雌だからちゃんと乳は出るよ」

「いや、何て言うか、乳牛って、白黒の斑模様なのを想像してた」

「そりゃ、ホルスタインだろ。まぁ、日本の酪農じゃ、殆どホルスタインだからそう思うのも無理無いけどな」

「んじゃ、これは?」

「『水牛』だよ。以前捕まえてたのも、水牛の雄。ちなみに、水牛の乳は栄養濃い目で、加工用には向いてるよ。量はホルスタインに劣るけど」

「へ~。まぁ、そりゃ良いけど、そのホルスタインは手に入んないのか?」

「分からん。が、見た事は無い。リアル歴史だと、ホルスタインとかジャージーは明治に入って来た筈だが。このゲームの考証がどうなってるか、だな」

「時代考証は結構アバウトっぽいしな。その内出て来るだろ。まぁ、水牛で不満がある訳じゃ無いが……、そう言や、水牛自体は日本に自生していたのかよ?」

「知らん。……あ、日が出て来た」


 などと話している間に、地平線の向こうから太陽が昇り始めた。


「……流石6倍速。見る見る内に日が昇る……」

「そう言や、もう日付変わってるんだよな? ひょっとしたら、深夜販売でDIG(ディグ)を手に入れたプレイヤーが入って来ててもおかしくないかな?」

「ちょっと微妙な時間だな。0時に買って、家帰って、DIGの初期設定して、ゲームをインストールして、説明書読まずにチュートリアルもスキップすれば……、今頃フィールドに出てるかもな」

「……のぅ、今思ったんじゃが……」


 しばらく黙っていたヤマカンだったが、何か考え事が纏まったのか、話し掛ける。


「ここいらの土地適当に開拓して、『転移室』建ててしまった方が早い気がするんじゃが……」

「……あ」


 確かに、今のディアスの【大工】の熟練なら、『転移室』を建てるのに30分程で済む。それに土地の開拓と木材等の建築資材の確保を含めても、1時間で何とかなるだろう。

 後2時間、家までだらだらと歩き続けるのとどちらが良いか、考えるまでも無い。

 ついでに言うなら、他の地域への《転移》にはかなり高い料金が掛かるが、同じ『開拓案内所』の管轄地域内で、自分が所有者(オーナー)である『転移室』への《転移》なら、料金は只となっている。なんか、家族間の通話ならタダ、と謳っている電話料金を髣髴(ほうふつ)とさせる設定だ。

 ちなみに、他のプレイヤー所有の『転移室』へ《転移》する場合は、使用制限設定やプレイヤー間の取り決めによって料金が変わって来る。


「良し! そうと決まれば、シモヘイ。土地の確保を頼む! ヤマカン。俺と一緒に木を切りに行くぞ!」

「おう。3×3m位で良いな」

「ふっふっふ。『森林喰らい・新改フォレスト・イーター・エヴォリューション』が唸るわい!」

「んじゃ、行くぜ! 野郎共!」


 ……30分後。


 予想より早く『転移室』が完成した。元々の予想はディアスが1人で建てた場合の物だ。ディアス程では無いにしろ、シモヘイとヤマカンも【大工】は出来る。自分で家を建てるのは、誰もが1度は通る道だ。


「全く。もっと早く思い付けば良かった」

「と言うか、こんななんも無い所にいきなりポツンと『転移室』がある光景」


 『転移室』と言ってもその本質は内装なので、外から見ればただの小屋だ。ちゃんと『転移室』だと分かる様、『どこでも部屋』と書かれた看板を取り付けたが。

 折角なんで、誰でも自由に使える様、『使用制限無し』に設定しておいた。


「……この調子じゃと、何処か遠出をする度に、野良『転移室』が増えそうじゃのぅ……」

「言い出したヤツが何を言う。んじゃ、帰るか」


 『転移室』は牛1頭が対角線を使ってギリギリ入る広さだ。転移酔いを防ぐため、すべて同じ内装にしなければならないので、勝手にサイズを変えられない。

 そのため、《転移》は2度に分けて行われたが、大した問題では無い。


 ディアスが『転移室』から家の土間に出て来ると、先に戻っていたシモヘイがやや怪訝な表情で話し掛けた。


「なぁ、なんかアギトが変なの捕まえてるんだが……」

「? ……新種の害獣か何かか?」


 『アギト』と言うのは、シモヘイが飼っているエゾオオカミに付けた名だ。普段は猟犬として使っているが、今回の様に番犬として留守を任せる事もある。


「そう言うんじゃ無い……、ヤマカンに見張ってもらっているが、とにかく来てくれ」


 ディアスはシモヘイに案内され、牧場へ。


「うひゃうぅぅっ! ちょっ!? ワンちゃん、咬まないで! あやぁっ! よだれがぁぁぁぁっ!」

「……のぅ、これ、どうしたら良いと思う?」


 ヤマカンが指差したそれは、オオカミに首根っこ押さえられ、じたばたともがく12~13歳位の女の子であった。

 番犬やってたアギトが捕まえている辺り、おそらく不法侵入者なのだろう。


「いや、何で俺に聞く?」

「ここ、おぬしの土地じゃろうが」

「……分かった、とりあえず放してやれ」

「アギト、放してやれ」


 シモヘイが命じると、アギトは少女を放す。開放された少女は、ごろごろ転がるようにして離れると、


「もう、びっくりだよ! ワンちゃんモフるのは良いけど、こんなハードなスキンシップは、おねーさんちょっと受け入れられないよ!」


 と、大騒ぎ。……した後、本当にどうしようかと悩んでいるディアス達に向き直ると、


「あ、君達、ここの牧場の人かな? はじめまして! 私ジェーンと言います! 馬見かけてモフりたくてついつい勝手に入っちゃいましたっ!」

「…………」

「でも、その前にワンちゃんに捕まっちゃったのでまだモフっていません! モフりたいです! モフって良い?」

「……程々にな」

「やったぁぁぁぁぁぁっ!」


 モフモフと騒がしいジェーンの勢いに押され、ディアスが承諾するとジェーンは道産子に飛びついた。

 『馬は繊細な生き物だから、側で騒いだりしてはいけない』と良く聞くが、道産子達は良く訓練されているのか、子供が騒ぎながら飛びついた位では動じない。大人しいのは、道産子がそういう種類の馬なのか、それともゲームだからむやみに暴れない様に設定されているのか。

 

 ジェーンは道産子を撫で回したり、頬をすりすりしたり、背に乗ろうとして届かなかったり。


「……落ち着いたか?」

「はふぅ~。堪能しました~」


 顔を上気させながらぽやぁ~とした笑顔で、栗色のポニーテールを揺らす様は、可愛いと言えば可愛いのかもしれないが、せめてあと+5歳あれば。とか思ってしまったディアスであった。


「しかし、この辺りじゃ見掛けんヤツだな。どっかから移住して来たのか?」

「いえ、新規プレイヤーです。今日が初ログインです!」


 ジェーンはハイッと手を上げながらそう言った。

 その様子は見た目より更に子供っぽいが、実際にはFD(フル・ダイブ)ゲームは15禁なので、そこまで子供では無い筈だ。

 ちなみにFDゲームの場合は、ログインでは無くダイブ・インと呼ぶ筈だが、まだFDゲームが世間に出回って間もないため、ジェーンの様に間違う人間も結構いる。元々単なるイメージ戦略で呼び方を変えただけ、らしいのでどうでも良い話である。


「動物モフりたくて『TONDEN(トンデン) FARMER(ファーマー)』始めました。色んな動物追いかけてウロウロしてたらここに辿り着きました!」

「……他に動物と触れ合えるゲームって無かったっけ?」

「う~ん、『GADGET(ガジェット) MONSTER(モンスター)』はモンスターだからモフって感じじゃ無いし、『武林(ぶりん)Online(オンライン)』は、虎や熊と……戦える?」


 ディアスとシモヘイがどうでも良い事で話が逸れていると、ジェーンはヤマカンに許可もらって今度は熊をモフっていた。


「他には? 他にもっとモフモフは居ないんですか?」

「後は牛位じゃのぅ」

「え~、牛嫌いです」


 ぷちっ。何故かディアス達は切れた。苦労して水牛を捕まえて来た直後だったから。かも知れない。


「ハリケーン・○キサー!」

「ぎゃふん!」


 ディアスが(けしか)けた水牛がジェーンを()ち上げ、


「グレート・○ーン!」

「ぺぎゃっ!」


 落ちて来た所を、シモヘイの合図でもう1頭の水牛が跳ね飛ばす。


「なに牛ディスってんだ! だからお前はそんなに小さいのだ!」

「そうだ、そうだ! 牛乳に相談しやがれ!」

「違うもん! 可愛いのが好きだから、小さいアバター使ってるだけだもん! 本当の私はちゃんと大きくて、ぐらまーでせくしーだもん!」

「うそつけっ! お前には牛の素晴らしさが解るまで、厩舎の掃除でもさせてやる!」

「そりゃ良い。不法侵入の罰としちゃ丁度だ!」

「いや~! ホルスタインはいや~! 私はもっと可愛い動物をモフりたいのぉぉぉぉぉっ! 馬とか鹿とか栗鼠とか兎とかが良いのぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「何やっとるんじゃ、おぬし等……」


 ドナドナ言いながらジェーンを厩舎へ引き摺って行く2人を見送りつつ、ヤマカンは罰とは言え、ちょっとやり過ぎなんじゃ無かろうか、と思っていた。


 ゲーム内2年目。新しい仲間が増えました?

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