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出会いと別れ

作者: Douke

 退屈だった。


 ただただ白いベッド。

 窓から見える風景はずっと変わらず、空の天気がたまに変わるだけ。

 気分転換に外に出ようと思っても、この足は言う事を聞いてくれない。

 はあ。

 昔の自分だったら、『ため息をつくごとに、幸せが逃げていく』なんて言葉を信じてため息なんてつかなかったけど、今はそんな事も気にせずにため息をついてしまう。

 一生、私の体このままなのかな……。

 ついそんな事を、考えてしまう。


 この両足が動かなくなってしまったのは、とても些細な事故からだった。

 家の階段を登っていたら誤って踏み外してしまい、なんと脊髄を損傷。大事には至らなかったが、その代わりに両足が動かなくなってしまった。

 医者の話によると、長い時間をかけてリハビリをすればゆっくり一人で歩くことぐらいは出来るようになると言われた。

 けれど、何もかも三日坊主の私は、それを続けられる自信がなかった。

 初めはお見舞いに来てくれた友達や親も、今は学校や仕事で忙しいのかあまり来なくなった。

 こうしてすることもなく、ただ何も変わらない日々を過ごしている私は、こうしてあまり変わることのない空を見続けることしかしていなかった。

 脊髄を損傷したことで動かなくなった足の感覚は、もうほとんどない。

 前みたいに意識して足を動かすことすら出来なくて、足の上にはシーツが置いてあるのにそれが上にあるという感覚すら分からない。指先を動かしているつもりでも、実際にはまったく動いてない。

 こんな状態でリハビリをしても、過去のようにあちこち歩いたり、走れることは出来ない。

 そう思っていた。

「……おねーちゃん、どうしたの?」

 そんな風にボーっと空を眺めていたら、突然声を掛けられた。

 振り返ってみると、そこには小さなお花を手にした、小さな男の子がいた。服装がこの病院で病人だけが着ている白い服ということは、この子もなんかしらの理由で入院をしているのだろう。

「おそとに、なにかみえるの?」

 男の子は私が見ていた方向を見てみたけれど、何もなくて不思議そうに首を傾げた。当然だろう。私も何かを見ていたわけじゃないんだから。

 けれど、この子は一体どこから来たんだろう? それにその手に持っている花は、どこにあったんだろうか。

 それを聞いてみると、男の子は明るい表情になって、子供らしいはきはきとした声で話してくれた。

「えっとね、ぼくはここのはしにあるへやでね、にゅーいんしてるの。それでね、さっきまでおそとであそんでたの」

 男の子の話は子供だからか少しだけ分かりにくかったけれど、それでも今の私から聞くと新鮮なことばかりだった。

 どうやら今は桜の花はすべて散って、そこから緑の葉がたくさん出てきたらしい。

 今日は看護師さんと外に行って、お花積みをしてきたこと。

 そろそろ暑くなってきたから、半袖に着替えるとか。

 入院する前は他愛もない話ばかりだったが、こうして入院している身からだと、全てがどれもニュースで新しく聞く情報のように聞こえた。

 しかもそれを話している間、男の子はずっと笑顔だったから、聞いているこっちもつい釣られて笑顔になっていた。

 男の子は今日あったことを全部話してくれると、そろそろおくすりのじかんだから、と言って帰って行った。また明日も来てくれる? と聞くと、分かった! と答えてくれた。


 その日から、毎日その子は私の病室に来てくれて、その日にあった事をいつも話してくれた。お花摘みは毎日しているみたいで、いつも小さな花を持ってきてくれて、私に花の香りを嗅がせてくれる

 それだけではなく、たまに絵本を持ってきてそれを私が読んであげたりした。まるで母親が、自分の子供に聞かせてあげるかのように。

 そうして過ごしていると、男の子が突然こんなことを言ってきた。

「ねえ、どうしておねーちゃんはあるけないの?」

 おそらく、子供だからそんな質問をしてきたんだろう。

 この時の私は少しだけ苦虫を噛みつぶしたような顔をしながら、子供でも分かりやすいように説明をしてあげた。

 すると、男の子はこう言ってきた。

「『リハビリ』っていうのをすれば、あるけるようになるってきいたよ!」

 そう言いながら私の手を取ると、ベッドから出るように腕を引っ張ってきた。

 男の子の力は思っていたよりも弱く、振り払う事は簡単だった。けれどどういう訳かそれに逆らうことが出来ず、私は素直に今まで動かすことのなかった両足をなんとか動かして、ベッドから立ち上がろうとした。

 けれどベッドから腰を浮かそうとすると両足はプルプルと震えてしまい、立ち上がれないという恐怖心から固まってしまった。

「だいじょうぶだよ! ぼくがささえるから!」

 それでも、男の子がそう言ってくれた。

 私はそれを信じてゆっくりと、確実に腰を浮かせていく。

 すると……男の子の手に支えられながらだったけれど、自分の両足で立つことが出来た!

 それがとても信じられなくて、男の子と一緒に喜びながら、あまりの嬉しさに涙を流しながら二人でその喜びを分け合っていた。


 自分の足で立つことが出来るのが分かってから、私は男の子が来ない間はずっとリハビリをするようにしていた。

 今度は男の子からではなく、自分から男の子の病室に行けるようにするために。

 その一心でリハビリを続けていると、自分でも驚くほどに徐々に歩けるようになっていった。

 けれど入院してからリハビリをしていなかった期間が長かったため、足だけではなく体全体がなまっていた。それをほぐしながらなので時間がかなりかかってしまう。

 それでも、松葉杖を使い始めて、自力で歩けるようにはなった。

 男の子がいる病室までは少し距離があったけれども、それでもたどり着けないほどではないだろう。そう思った私は朝早くに、その男の子がいるといっていた病室まで行くことにしてみた。

 まだ慣れていない松葉杖を使いながら、一歩ずつ、一歩ずつと、確実に進んでいく。

 入院する前の私だったら、たったこれだけの距離なら鼻歌を歌いながらでも、目を瞑りながらでもすぐにたどり着く距離だった。けれど、それが簡単にすることが出来ない。

 松葉杖に体重を預けながら、少しずつ前へと進んでいく。たったそれだけの行動を繰り返しただけで息はだんだんと切れていき、額からは汗も出てきた。入院してからすぐにリハビリをしていれば、こんなに苦しいとは感じないはずなのに、と後悔しながら。それでも、あと少しであの男の子の病室にたどり着けるんだと思いながら。

 たっぷりと時間をかけて、ようやく病室にたどり着くとそこにはたくさんの看護師さんと医者と、男の子の両親らしき人が集まっていた。

 いったい、どうしたんだろうか? そう思って近づいてみると、一人の看護師さんが気づいてくれて、私のために道を開けてくれた。

 

 ……そこには、静かに息を引き取った男の子の姿があった。


 どうして? 昨日まではあんなに元気だったのに。

 いつものように笑顔で、私に話しかけてくれていたのに。

 あまりにも突拍子もない出来事にここに来るまでの疲労とショックで、私はその場にペタンと座り込んでしまった。

 後から聞いた話だけれど、男の子は生まれつき重たい病を患わっていて、少しでも長生きできるようにと薬を飲んでこの病院で入院をしていたらしい。

 自分の命が他の人よりはるかに短いという事が分かっていながら、男の子は笑顔を絶やすことなく毎日を過ごしていた。それは、私と出会ってから急に笑顔を見せるようになったんだと、男の子の両親は泣きながらそう言って、私を励ましてくれた。

 本当に辛いのは、自分の子供を失ったこの人たちなのに……。

 それなのに必死に私を励まそうとしてくれるこの人たちを見て、余計に涙が出てしまった。


 男の子が死んでしまってから、私は今でもリハビリを続けている。

 普段移動をするときは車椅子を使うようにしたけれど、なるべく短い距離を移動するときは松葉杖を使う事にした。それだけでも充分にリハビリになるし、体力をつけるという意味でもその方が良さそうだったからだ。

 医師からは、この調子なら数か月で退院することは可能だと言われた。けれど、定期的に病院に来て診察を受けてリハビリをしないといけないけれど。

 もし退院することが出来たのなら、自分の足で両手いっぱいの大きな花束を持って、自分の足で墓参りに行こうと思っている。


 私に勇気と励ましをくれた、あの男の子の墓に――。 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文に「私」の人柄がでている気がして、静かに、すっと読み進めることができました。すなおな気持ちの変化が、すてきでした* 僕のつたない表現ではありますけれど、男の子が亡くなってしまったのを知っ…
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