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霊能夢想  作者: 四畳半
9/10

第9章「罪人の末路は死神の案内とともに」

「キミがボクを倒せるとでも? 面白い事を言う」

 福来が嗤う。

 さながら無理な強がりを言いだした子供をたしなめるように。

 僕はそれに答えない。

 答える必要なんてない。

 僕が考えるべきなのはこの男の排除。

 そして巳肇の救出のみ。

 相手の発言にいちいち答えられる程暇じゃない。

 ただ僕は黙って、黒い大剣となった天満月を構える。

 刃からこぼれた黒いスパーク状の影はのたうちながら室内を破壊する。

 爆発音と衝撃が響いた。

 僕の怒りと呼応するようにいたるところにクレーターが次々と発生する。

 まるで隕石が落下したかのよう。

 それでも福来は動じなかった。

 余裕からかそれとも動揺を押し殺しているのか。

 人の感情を読めない僕はそれがわからない。

 しかしわかるのはこの男は即刻倒すべき存在だということ。

 早く彼女を救わないといけないこと。

 それだけだ。

 だけど、それだけで十分だ。

 僕は姿勢を低くする。

 そして下半身に力を込める。

 突撃の準備はできた。

 僕は柄を両手で握り、福来に敵意と呪恨と嫌悪と拒否と殺気を向ける。

 彼もこちらに対する感情を一気に爆発させた。

 空間が爆ぜる。

 周囲の温度が一気にがくんと下がった。

 静電気じみた痛みが肌に刺さる。

 合図は必要ない。

「ぉおッ!」

「掛かって来なよォ!」

 僕と福来は同時に動き出した。

 風が頬を撫でる。

 地面を蹴り、大剣を構えた。

 ひたすらに彼のもとへ駆ける。

 どれだけの邪魔が来ようが叩き斬ってやる。

 そんな決意と彼に対する敵愾心だけを抱きながら僕は彼を殺しに掛かった。

 対する福来も攻撃を展開した。

 それは先ほどと同じサイコキネシスそのものを利用した腕による攻撃。

 空間が僅かに歪んだ。

 蜃気楼のようにゆらゆらと揺らめいている。

 今までと段違いの攻撃。

 おそらく彼が出しうる最大のものだろう。

 力の片鱗だけで僕は押し潰されそうだった。

 まるで台風によって吹き荒れる道路を歩いているような感覚。

 力を抜けば吹き飛ばされ、たちまちに潰される。

 僕は大剣に意思を流す。

 それは巨人の腕のイメージ。

 彼のものと匹敵するかそれ以上のものだ。

 簡単な話、相手が強力な攻撃を使ったのならこちらはそれ以上の攻撃を使えば良い。

 攻撃は最大の防御。

 僕の思念を読み取った天満月は影のコーティングを破る程の青白い光を迸らせる。

 そうして影の塊が大剣から生み出された。

 影は煙のように空気と混ざり合いながら意味のある形を作り上げる。

 影が互いを噛みあい、捩じりあい、食い潰しあう。

 それは僕のイメージと全く同じものだった。

 全長で10メートル近くはありそうな腕。

 その掌はどんなものでも押し潰せそうな程大きい。

 僕の左腕と完全に同調させたそれを動かすのは簡単だ。

 ただ左腕を突き出すだけ。

 それだけで空気を裂く一撃が繰り出される。

 衝撃に福来の身体と彼の後方の天使が僅かによろめいた。

 漆黒の拳と無色の拳。

 それがぶつかりあい、互いを呑み込み、咀嚼し、打ち消し合う。

 途轍も無い振動と風圧、爆音が僕達を叩く。

 僕は仰向けに倒れそうになる身体を踏ん張って留める。

 結果は相殺。

「アハハハハッ! 楽しくなってきたよオイ!」

 僕はそれに対して舌打ちすると一直線に彼に飛び掛かる。

 油断していた彼との溝を埋めるのは難しくなかった。

 次々に繰り出される攻撃を僕はたやすく潜り抜け、切り捨て、彼の懐に忍び込む。

 福来の顔に一瞬焦りが浮かんだ。

 僕は大剣を彼の足もとに振り下ろす。

 地震かと錯覚する程の激動。

 火花と粉塵が僕の視界を埋めた。

 瓦礫と砂利が巻き上げられ、彼の腹部を狙う。

 しかし福来の反応も迅速だった。

 彼が素早く右手を振るう。

 まるで合奏団を統率する指揮者のように。

 それと同じ動きで打ち上げられた瓦礫は向きを変え、僕の顔面目掛けて弾道を描く。

 それこそ弾丸じみた早さ。

 しかしそれすらも予想していた反撃。

 故に対応も容易い。

 僕は左手に影を纏わせその瓦礫を掴む。

 力はそこまで必要ではない。

 チェーンソーのようにギザギザの刃を展開している影の力をもってすればこんな瓦礫は簡単に砕ける。

 粉末状になったそれを僕は空気に溶かす。

 取り敢えず彼を気絶させてしまえば良い。

 僕は大剣の刃を潰し、彼の腹部を狙って横薙ぎに振るう。

 鈍い風を切る音がした。

 その剣は寸分の狂い無く軌道を描く。

「甘いんだよねェ!」

 狂笑。

 まるで葬式の途中で噴き出してしまったかのような、場違いというよりそもそもそれを犯す事事態がおかしいというそんな笑い。

 狂人が見せる不気味な笑い声。

 それがこの広々とした空間に木霊する。

 まるで何人もの人間が笑い声をあげているような錯覚を僕は覚える。

 刹那、福来の背後で黙っていた機械の天使の双眼が赤く冷たい光を発した。

 まるで全てを見通すかのような目。

 ただの人口の光なのに僕の背筋が凍える。

 いや、違う。

 あの機械の天使はきっと生きている。

 僕はその天使の傍らにある円筒形の水槽に目を向けた。

 その中に浮いているのは無数の脳味噌。

 ケーブルに繋がれた罪の無い人々の脳。

 彼らの思念がこの天使に命を与えている。

 その考えに行きあたって僕は戦慄した。

「わかっただろう、これが犠牲だよ」

 福来がニヤニヤとしながら語る。

「犠牲なくして発展は有り得ない。これは質量保存とか熱エネルギーの法則みたいなものだよ。能力者という石油があってこそボクという機械が動く。これが事実さ。なのにどうして君達は発展を享受するくせに犠牲があるって言うと怒るのかな。それはエゴだよ、単なる偽善じみたものでしかない。君達は毎日豚や魚や鶏を食べているじゃないか」

「……確かに」

 僕は彼の意見を認める。

「犠牲があるからこそこうして僕達は生きている。それは正しい」

 だけど。

「お前が、いやお前達科学者がやった事は能力者の命を使ったお遊びだ。それが発展だと? ふざけるなよ。単なる好奇心で弄んだだけだ。更に言えばお前の個人的な野望の為だけに生まれた犠牲だ……!」

 僕は吐き捨てる。

 こんな勘違いのクソ野郎の為に何人もの人間が傷付けられて挙句の果てに死のうとしている。

 なのにこんな奴らが裁かれない。

 それはおかしい。

 救われない話だった。

「ならキミもボクの礎になってくれ。そうすれば嫌でも理解できる筈だよ」

 天使の羽が展開する。

 虹色の鱗粉が撒き散らされる。

 それはまるでオーロラのように色を変えていく。

 妖しい光。

 ネオンの街に灯るサイケデリックな色。

 そうして羽根はぼろぼろと剥がれていく。

 羽毛のごときパーツが散らばっていく。

 それは何百もある。

 何百もあるそれが落下せずに滞空している。

 それがなんなのか僕は察しがついた。

「ビットだよ。僕の意思を読み取って自在に動いてくれるんだ。10人くらいの死で完成できたよ」

 そのビットが同時に動き出す。

 それぞれが自在に、それでいて均整のとれた動きで僕を狙う。

 ひとつひとつが人間サイズ。

 そうして個々が僕を一撃で殺せる攻撃を持っている。

 これを片付けるのは容易ではない。

 しかし僕は怖気なかった。

 ただそれらを見据える。

 ビットの先端に付いた銃口。

 そこに光る粒子が集まる。

 まるでSF映画じみた光景。

 そこから起きるのは簡単に想像できる。

 あれしかない。

「吹き飛べェッ!」

 福来が叫ぶと同時、ビットが一斉にレーザーを発射した。

 それはほぼ光速で僕に飛んでくる。

 勿論こんなものを避けられる筈がない。

 僕は黙って影による巨大な壁を展開した。

 前方の攻撃が防がれる。

 しかしビットはその攻撃が通用しないと判断すると止まっていた場所から動き始めた。

 一箇所に固まっていたビットはそれぞれが別の場所に向かう。

 完全に仕留めるようだ。

 僕も全方位に壁を展開することもできるが、それでは移動できないし攻撃もできない。

 相手のエネルギー切れを期待するしかないのだがそれでは先に僕の体力が切れてしまうというリスクもあるので簡単には実行できない。

 ならばやるべき事はひとつだ。

 僕は目を瞑って感覚を研ぎ澄ませる。

 神経を極限にまで発展させたこの状態ならばある程度空間を把握できる。

 僕の周囲には均等に距離を保たれた計500のビット。

 おそらく次のレーザー発射まで残り5秒。

 僕は自分の周囲に先ほどまでやるべきではないと考えていた影の防壁を発生させる。

 しかしこの場合は用途が違う。

 つまり防御ではなく攻撃の為の布石。

 僕は真っ暗闇で何も見えないドームの中で今度は壁に対して意識を集中させる。

 あのビットを一気に片付ける方法はこれしかない。

 僕はドームが500等分になるように切れ目を入れ分解する。

 僕が行うのはビットの同時撃墜。

 ここまでやるのは初めてだ。

 しかしビットが動かないでくれるのは有難かった。

 これでこの作戦の難易度がさがってくれる。

 そうしてレーザーが発射された。

 僕は影を一気に発射させる。

 レーザーの延長戦を影の破片が飛んでいく。

 あらゆる物理攻撃から守ってくれるその影はレーザーなどでは貫けない。

 結果としてビットはいとも簡単にひしゃげて大破した。

 炎と黒煙を上げてビットは落下し、あっけなく爆散する。

「チィッ!」

 福来が苛立ちげに舌打ちをするとまだ生きていたビットが動き出す。

 500もあれば辛うじてまだ使えるものもあるだろう。

 数はかなり少なかったがそれでも驚異になる。

 ぼろぼろになったビットが今度はレーザーではなく光の刃を展開する。

 今度はビットを高速で動かして僕を輪切りにするつもりらしい。

「これはキミでも破壊できまい。行けッ!」

 福来が叫ぶと同時に凶器そのものになったビットは目にも止まらぬスピードで動き出した。

 一瞬で僕との距離を詰めるとそれぞれがあらゆる方向から襲いかかる。

 僕の対応は簡単。

 空中に向かって飛び上がり右手に握った大剣を大きく振るう。

 たったそれだけで大剣の届く範囲まで迫っていたビットが苦もなく破壊される。

 なんてことはなかった。

 僕は空中に影の足場を展開し、そこから更に飛び上がる。

 直接コントロールされているのに機械じみた動きをするビットは単純に僕の足元から迫ってきた。

 僕は体勢を変えてそのビットに向き直る。

 そうしてネット状に影を発生させ、飛んできたビットを絡め取る。

 銃口を潰し、展開していたレーザーの刃を掻き消した。

 しかしまだビットは執拗に僕に向かってくる。

 僕は機能しなくなったビットを掴むとそれを下のビット目掛けて投げつける。

 鉄の塊をぶつけられたビットは爆散し、次々と落下していく。

 結果として大きくなった爆発は残っていたビットを全て破壊した。

 僕は軽く地面に着地する。

「くっ……」

 すべての武器を失った福来はじりじりと後退る。

 ゆらりと自分に向かってくる僕の姿を見て顔を歪める。

 能力も、後方の天使によるビットも、全てを封殺された彼に対抗する手段はない。

 もうチェックメイトだ。

 僕は彼の目前までやってきて大剣を持ち上げる。

 刃は潰してあるので死にはしない。

 それは巳肇の為だ。

 だけどこの男の精神は絶対に滅ぼす。

「まだボクには最終手段が残っているよォ……!」

 福来は憎らしげに歪めた顔に突如獰猛な笑みを浮かべた。

 僕は思わず止まった。

 何か得体の知れない事が起きようとしている。

 そんな危機感を抱いたからだ。

 まるであと一歩踏み出したら地雷の餌食になりそうな、そんな予測。

「今までボクが使っていたのはモルモット達の能力だ。あくまでこの娘のメインの能力は使っていないよォ」

 僕は思わず後退る。

 何かが起きる。

 僕は何かに気づいたがもう遅かったのかもしれない。

「消し飛べ……!」

 その瞬間、光が僕の視界を飲み込んだ。

 破壊という言葉より、消滅という言葉がしっくりくる。

 五感はあらゆるものを感じ取っていた。

 塗りつぶす白も灼きつける熱も吹き飛ばす衝撃も叩きつける爆風も頭に響く爆音も焦げる臭いも鉄の味も。

 何が起きているのか。

 いや、起きたのか。

 僕は目をゆっくりと開ける。

 身体は壁にもたれかかっていた。

 どうやらかなりの距離を吹き飛ばされたようだった。

 傍らには床に突き刺さった大剣があった。

 粉塵の舞う荒れ果てた地下施設をゆっくりと立ち上がる。

 灰色のカーテンが風によって開かれた。

 僕は息を飲む。

「なんだ、これ……」

 現場は凄惨だった。

 長く、深い溝が刻まれ、それが壁を貫いてどこまでも続いている。

 その溝はかなりの熱量をもっているのかドロドロに溶解し、赤く光っていた。

 あまりの熱さに顔を庇う。

 まるで大地震が発生したかのような有様だった。

「これが彼女の、いやボクの能力だよ」

 福来が笑みを浮かべて言う。

「10年前に『異能真理研究所』で実験中に起きた事故。それは彼女が起こしたんだよ。暴走してね、甚大な被害を食らった。何人も死んだし莫大な負債を持つことになったんだ」

 福来は続ける。

「そんなときにアメリカの能力研究所が目を付けた。吸収合併を持ちかけたんだ。負債を払ってやるからそちらの研究成果をよこせとね。勿論僕は抵抗した。だってこれ程の作品を作り上げたんだ、それを渡すなんてとんでもないだろう? それで僕は最近になって金を集めてこの街に進出したのさ。でもまぁこうなるとはとても考えていなかったけどね」

 福来は自嘲気味に笑い、僕に向き直る。

「質量をそのままエネルギーに変える能力。1gの質量だけで原爆レベルのエネルギーが発生するのさ。流石にそこまでのエネルギーだとボク諸共吹き飛ぶから0.0001%くらいには落としたけど」

 僕は再びその惨状を見渡した。

 最早この施設の原型はほとんど留めていない。

 崩壊していないのが不思議なくらいだった。

「ふ」

 福来は顔を醜く歪め、

「アハハハハハハハハハハハハ! キミはどうするのさ、影かなんか知らないけどそんなものでこれを防げるのかい!?」

 僕は答えない。

 ちゃんと彼の言葉は理解していた。

 だけど答えないのは恐怖ではない。

 ただの疑問だった。

 呆れだった。

 どうして彼はこんなにも余裕ぶっているんだという、そんな不審。

 なぜならば彼の能力は質量が無ければ意味がない。

 簡単に言えばエネルギーとなる物質さえ使わせなければあの攻撃は来ない。

 僕は影を伸ばし、彼の四肢を縛り付けた。

 それでも彼の顔からは余裕が消えない。

「ボクにはアポーツがあるよォ! 直接持ってきた物体に触れてしまえば問題ない!」

 しかしそれすらも予想済み。

 僕は彼の全身を影で包み込む。

 触れる場所を作らない。

 それだけで封殺は完璧だった。

「クソ……!」

 福来の声が耳に届く。

 負け犬の声だった。

 しかしそれは徐々に自信をもった声に変わった。

「いや、考えてみろよォ! どうやってボクを倒すって言うんだ!? キミは気絶させればどうにかなるとでも思っているようだが無理だよ! もう主人格はボクのものになっている! 気絶させて目覚めさせようがこの身体はボクのものなんだよォ! それでどうやって倒すんだァ!? やってみろよォ!!」

「……」

 僕はただ黙って頭だけ出ている彼の元に近付く。

 そうして彼の額に人差し指を触れる。

「何を……」

「僕には思念を伝える能力がある。これを使えば良いだけだ」

 一紗との戦闘時、異空間に居た皆を呼びだしたのはこの能力の為だ。

「待て、お前も思念を伝えてなんの意味がある!?」

「伝えるのは僕のものじゃない……貴様が犠牲にした人達の痛みだ……!」

 僕は彼の後方に佇む天使を見上げる。

 その目には深い悲しみと憤りがあった。

 それだけで十分だった。

 僕は彼らの意思と感情を汲み取り、そのままに福来に流す。

 抵抗は少しも無かった。

 そうして福来の精神は粉々に崩壊した。

 あっけなく。

 福来伴拮は完全に『死んだ』。


   ×


 千鶴は真っ暗な世界をひたすら走っていた。 

 光はどこにも見えない。

 ここが巳肇の精神世界だった。

 彼女の感情が痛いほどわかる。

 自分と同じだった。

 だけど自分よりも彼女はもっと傷付いている。

 だからその分自分が彼女の力にならなければいけない。

 彼だって無関係なのに頑張っているのだから。

 ひたすら右も左もわからない世界を彼女が走っているとだんだんと小さな光が見えた。

 千鶴は導かれるようにそこへ向かう。

 だんだんと闇が薄まっていく。

 そうしてそこに居た人物がわかった。

 誰なのか最初からわかっていた。

 千鶴は安堵に僅かに顔を緩ませた。

「巳肇……」

 千鶴は少女の名前を呼ぶ。

 彼女にとってその少女は家族同然だった。

 だから一緒に帰らなければならない。

 千鶴が少女を探していた理由はそれだった。

「……私は駄目だよ、もう」

 弱々しい声だった。

 膝を抱えて顔を俯けている少女がどんな顔をしているのかは見えない。

 しかし彼女は理解していた。

 少女の感情が自分の心に流れ込んでくる。

 それは悲しみだった。

「どうして?」

 自分の声が震える。

 少女と自身の感情が混ざり合ってどちらが自分のものなのか判別がつかない。

「私は誰も護れなかったんだよ? 自分が身代わりになろうとしたらそれすらも利用されてて、そうして千鶴や夜行君まで傷付けて……」

 巳肇の嗚咽が耳に届く。

 彼女の悲痛な声は千鶴の胸に深く突き刺さる。

「私は『あの人』にどんな顔をすれば良いの……?」

 あの人。

 清原靖平。

 千鶴と巳肇を助けてくれた、現在の父親。

 巳肇は彼に負い目があった。

 自分があそこで何もできなかったせいで彼はあの男によって両足を失う事になった。

 彼がそんな自分を責める訳ではなく、逆に罪悪感を持っている事が寧ろ辛かった。

 彼の事は大好きだ。

 本当の父親のように慕っている。

 だけどそれと同じくらいに彼に申し訳なさを感じている。

 だから自分が『異能真理研究所』がこの街に進出した事を知った時、この苦しみから逃げ出そうと行動したのだ。

 誰かを救う為に消えてしまえば良いと思ったのだ。

 だけどそれすら中途半端になって挙句の果てにはこのザマだ。

 最高の能力者だとかそんなのは関係ない。

 数字で勝手に決め付けられた評価なんていらなかった。

 ただ家族が欲しかった。

 でも結局自分からその息苦しさから逃げた。

 なのに今更帰るだなんて虫が良すぎる。

 自分の受けた傷。

 知られたくなかった傷を彼にも知られた。

 それを見た彼は自分をどうするのか。

 それが怖かった。

 彼は自分の持っている役に立たない力を知って興奮に目を輝かせていた。

 羨ましいと言ったのだ。

 自分にはその気持ちがわからなかった。

 だけど不思議と嫌だとは思わなかった。

 寧ろ、初めてこの力を少し誇りに思えたのだ。

 だけど彼は自分の傷を見てしまった。

 あのおぞましい傷痕を。

 あれを見た彼はどう思ったのか。

 決まっている、恐怖だ。

 それが彼女は怖かった。

 彼が。

 毎日嘘で固められた仮面を付けて過ごしている自分が、初めて素顔でぶつかる事ができた人から嫌われたくない。

「夜行君に嫌われたくないよぉ……」

 それが一番怖くて。

 耐えられなくなった彼女は涙をこぼす。

 千鶴も一緒に泣いていた。

「もう良いの……」

 千鶴はただ小柄な巳肇の身体を引き寄せ抱きしめる。

「私も一緒に背負っていくから……だからふたりで帰ろう?」

 その言葉で巳肇は気付く。

 初めから家族は居た。

 いつも一緒に居たのだ。

 思えば自分があの施設で実験という名の暴力に晒されていた時も、自分を保っていられたのは彼女がいたからだ。

 どこかで彼女は希望を見失っていなかった。

 どれだけの痛みがあろうと追い詰められようと彼女が戦えたのは千鶴がいたから。

 なのに自分はそれに気づかないで、迷惑を掛けた。

 バカだ。

 私はバカだ。

「ごめん……」

 巳肇は謝った。

 迷惑を掛けた。

 逃げてしまった。

 自分で悩み続けたからこんな事になってしまった。

 千鶴は何も言わなくて良い、と首を横に振り、更に強く抱きしめた。

 巳肇はゆっくりと目を瞑る。

 彼女の心にはもう闇は必要なかった。

 自分を隠す必要なんて無いのだ。

 今まで感じていた重圧が融けて消えていく。

 もう恐れる必要なんて無い。

 千鶴は泣きながら笑った。

 そうしてふたりの繋がった心は現実に帰る為に離れていく。

 だけどそれを恐れる必要はない。

 もう逃げ出したりはしないから。

 

   ×


 千鶴がゆっくりと目を開ける。

 目の前にはあの少年が居た。

 彼の目に浮かんでいるのは恐怖でも奇異の目でもない。

 心配と安堵だった。

 その目は申し訳なさもあった。

 どうしてだろう、と彼女はぼやける頭で疑問に思う。

 どうして彼は泣きそうなんだろう。

「……ごめんな。遅くなって」

 そうして巳肇は思い出す。

 その姿がかつて自分を助け出してくれた父親と重なった。

 あの時、千鶴しか拠り所の無かった自分の居場所を作ってくれた人。

 何にも無かった自分に色んな事を教えて、与えてくれた人。

 そうして巳肇はまた目を閉じる。

 

   ×


 『スターゲイト・カンパニー』という企業がある。

 本社はアメリカに存在し、現在では世界に計10社の支部を作った巨大企業だ。

 ベビーカーから軍事兵器まで、というのが彼らの謳い文句であり、実際その通りその企業は多くの分野に手を出していながらシェアNO.1を誇っている。

 しかし彼等が手を出しているもので唯一トップではなかったのが能力開発だった。

 しかも一番納得がいかなかったのはライバルが小さな島国の黄色人種だったという事だ。

 自分たちが一番早く能力研究に手を出していたのにも関わらず奴らは自分たちを追いこして世界で一番の能力開発法を発見した。

 しかし数年前に逆転のチャンスが訪れた。

 目の敵にしている企業『異能真理研究所』が大規模な事故を起こしたのだ。

 この好機を逃す訳もなく、多額の負債を負った『異能真理研究所』に多額の金を差し出すかわりに彼らの施設と研究成果を渡すように言った。

 彼らはそれでも首を縦に振らなかったのだが日本時間の深夜に彼等の最後の抵抗であった朧想街支部が崩壊し、何者かによって現在所長になった福来伴拮が死亡したと彼等の研究所に企業スパイとして忍び込んでいる構成員が報告した。

 これで邪魔は消えた。

 『スターゲイト・カンパニー』社長である初老の男・アルハード・ステイブルラインは満足気にプライベートジェットでフライトを楽しんでいた。

 我慢できずにアメリカから日本へ向かっているのだ。

 この目で彼等の最後を見届けたい。

 福来という指導者を失った今の彼らに戦う力は無い。

 早いうちに彼等の財産は我らのものだ。

 アルハードは年代物の赤ワインを部下に注がせた。

 ルビーに輝くそれは僅かに褐色がかっているがそれはこのワインが熟成している事を証明している。

 グラスを揺らさず、鼻を近付けて匂いを嗅ぐ。

 そしてグラスを小さく、円を描くように回してその匂いを楽しむ。

 ブーケは花のような匂い。

 やはり上等のものは安物と違う、とアルハードは思う。

 そうしてグラスに口を付けた。

 上等なフレーバーが口に広がる。

 甘さ、酸味、コク。

 どれをとっても最高だった。

 おそらくそれは現在の心境も要因だろう。

 至福の時だった。

 そうして日本・朧想街に到着し、彼は小さな飛行場に着陸する。

 山ばかりで鬱蒼と木々が茂っていた。

 日本の夏が暑い事は有名だったがまさかここまでのものだとは思わなかった。

 彼は汗を拭きながらプライベートジェットを降りる。

 しかしその時だった。

 自分の傍らに立っていた部下が突然うつ伏せに倒れた。

「!?」

 思わずアルハードは後ずさる。

 見るとコックピットに座っているパイロットにも意識が無かった。

 一体何が起きた、と彼は戦慄する。

 これが偶然な訳がない。

 見えない襲撃。

 何よりもそれが恐ろしい。

 彼は巨大企業の社長という立場からあらゆる事態に備えている。

 今の部下2人も彼がもっとも信頼している者であり、戦闘能力も高い。

 更に言えば自らの能力理論によって生み出した能力者でもある。

 しかし何かが彼の入っている安全な部屋の僅かな隙間から忍び込んでいる。

 彼の計画。

 『スターゲイト・プロジェクト』

 軍事作戦に遠隔透視能力者を大量に運用し、戦闘における優位性を確立するという計画だ。

 陸軍からの依頼であり、この計画は彼の命運を握っていると言っても過言ではなかった。

 その計画の為に彼は何人もの人間を破滅させた。

 それによって計画は順調に進んでいた筈だった。

 だが、今その計画が頓挫しようとしている。

 彼の全身から脂汗が噴き出す。

 彼自身に特別な力はない。

 あるのは地位と金と人脈のみだ。

 だが、この状況でそれが何になる。

 この計画が失敗すればこちらも危ない。

 今まで築き上げてきた栄光はあっけなく崩落してしまう。

 それを見過ごすわけにはいかない。

 取り敢えずここから早く逃れよう。

 彼も一応プライベートジェットの運転免許は持っている。

 アルハードは震えを隠しながらコックピットの扉を開け、中に座っていたパイロットを引き摺りだすとエンジンを掛ける。

 2人を乗せている暇はない。

 戻った後にでも部下に回収させれば良い。

 今やるべきなのは保身だ。

 スティックを握ったアルハードは前に目を向ける。

「ひっ……」

 そうして情けない声を出した。

 死神の足音が聞こえる。

 そこに居たのは紅白の装束を着た少女。

 確かこの国の巫女の服装だ。

 明らかに場違い。

 故に彼は混乱する。

「……能力者に手を出すのはもうやめて貰いたいのですが」

 少女の声が聞こえた。

「ひっ……うわぁああああああ!」

 彼はジェット機の前方に搭載された機銃の照準を巫女に向けて弾を発射する。

 しかしいつまで経っても弾は一発も出ない。

 アルハードはトリガーを何度も引きながら絶叫する。

 何時の間にか少女はコックピットに入ってきていた。

 冷たい目がアルハードを射抜く。

 アルハードは叫ぶのをやめると笑った。

 もう笑うしかなかった。

 

   ×


『祀ーこちらは終わったにゃー』

『こっちも手間取ったけど無事終了したわん』

「2人とも御苦労様です。助かりました」

『当然の事をしたまでだにゃん。じゃ、吽形と一緒に帰るにゃ』

『気をつけるわん』

 阿形と吽形からの通話が切られる。

 祀は携帯電話を巫女装束のポケットにしまった。

 取り敢えずこれで一段落だ。

 世界中に存在する能力研究所。

 その中でも非道な実験を繰り返している研究所を短時間で潰してきた。

 祀は周囲で伸びている人間に目を向ける。

 全員生きている。

 彼女がやったのは符による精神攻撃。

 彼らが日本の術に疎いようで助かった。

 そして阿形と吽形には彼らを匿う国家権力の組織の上層部を平和的に潰して貰った。

 これによって能力者の人権は今後護られるだろう。

 祀はふと空を見上げてあの少年を思う。

 やはり今までと同じように彼は戦ったのだろう。

 何度も同じように。

 ならば結果も同じだ。

 祀は3人を縛り上げ、木に縛り付けた。

 通報もしてある。

 彼等が目覚めた頃には留置場の中だろう。

 そうして祀はその場をあとにした。

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