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霊能夢想  作者: 四畳半
8/10

第7章「その怒りの理由は救われない者の為に」

 御船千鶴。

 彼女は焔魂夜行と別れた後、ある扉の前で悪戦苦闘していた。

 福来と壮絶な殺し合いを繰り広げた通路。

 その深奥にある大きな扉。

 高さは4メートル、横も同じくらいだろうか。

 厚みもあるようで、中の状態はよくわからない。

 余程セキュリティを堅くしているのか傍らに設置された電子錠は彼女の能力をもってしても中々扉を開いてくれなかった。

 始めてから1時間は経過している。

 その事実が彼女の焦りを加速させていた。

 焼けるような感覚。

 それが思考を浸食していく。

 それによって更に彼女の仕事は長くなる。

 悪循環だった。

「……っ」

 早くしなければと思う。

 それが一層彼女の手を遅くさせる。

 自覚はある。

 しかし落ち付いていられなかった。

 早く彼女のもとへ急がなければ。

 もう手遅れなのかもしれない。

 もう計画は始まっている。

 この男の計画。

 彼女は壁に背中を預けている死体に目を向ける。

 その死体は口から血と舌をだらりと覗かせたままピクリとも動かない。

 しかしその顔はどこか笑っているようにも見えた。

 まるで今にでも動き出しそうだと思う。

 しかし福来の肉体は完全に死んでいた。

 瞳孔は完全に開き、呼吸は絶え、脈は無い。

 誰がどう見てもその男は死んでいた。

 ただし肉体だけに限るならば。

 彼女はあの男を知っている。

 全容は把握していないが、それでも片鱗程度には理解している。

 あの男が何なのか。

 何が目的なのか。

 なまじ、それを半端にでも知っているからこそ焦っている。

 あの男は今でも生きている。

 チャンスを狙って。

 千鶴は静かに目を瞑る。

 巳肇を助けなければならない。

 彼女はこの先に居る。

 彼女の思惑はわからないが、それは誰も幸福にならない。

 だからそれを止める。

(これで届いて……)

 彼女は一縷の望みに掛け、セキュリティ解除の命令文を流し込む。

 意味をもった電流は電子の鍵穴を駆け巡る。

 彼女は祈る。

 これで無理ならばもう希望はない。

 この扉を破壊する程の力を持たないからこそこうしているのだ。

 彼女は唇を噛んで扉が開くのを待つ。

 しかし中々開かない。

 駄目か、と彼女が諦めかけた時だった。

 電子錠の液晶画面。

 そこに認証の文字が表示される。

 そうして高い、電子音が響くと扉がゆっくりと開かれた。

 彼女は思わず面を食らう。

 扉が開いたからではない。

 その中の惨状を見たからだ。

 言葉が出なかった。

 それだけその空間は異常だった。

 背筋が震える。

 これが現実。

 これが真実。

 あの男はここまで狂っていたのか。

 最早恐怖だった。

 吐き気を堪えて彼女は一歩そこに足を踏み入れる。

 そうして歯を食いしばりながらその空間の中央へ向かった。

 まるで『あの時』と同じ。

 ここは『あの場所』と違うのに。

 まるで全く同じ。

 眩暈がした。

 千鶴は踏ん張り、よろめく身体を留める。

 彼女は顔を持ち上げた。

 そこに居たのは天使だった。

 息が詰まる。

 あまりにも巨大だった。

 10メートル近くはあるだろうか。

 予想よりも広い空間だった。

 得体のしれない技術でも使ったのかそれとも誰かの能力か。

 天使には二対の白い翼が生えている。

 外見からわかるのは女性的なことぐらい。

 しかしそれは本物ではない。

 機械によって造られた疑似的なもの。

 その天使の下半身は数多ものコードやケーブルによって埋め尽くされており、どうなっているのかわからない。

 そして血管のようなそれは1人の少女に繋がっていた。

 顔を見なくても誰かわかった。

 自分が探していたものだった。

 だけど手遅れだったのかもしれない。

 千鶴は歯噛みする。

 今にも折れてしまいそうな膝を必死に立たせる。

 しかし震えは抑えられなかった。

 千鶴は広大な空間で変わり果てた彼女と対峙する。

「巳肇……」

 千鶴は彼女の名前を呼ぶ。

 まだ間に合うと僅かな希望を持って。

「一緒に帰ろう、まだ大丈夫だから」

 千鶴は優しく、泣いた子供をなだめるような声音で巳肇に話し掛ける。

 そうして一歩ずつ巳肇の元に近付く。

 巳肇は無表情で千鶴の目を見詰める。

 千鶴は目を背けない。

 その目には覚悟があった。

 逃げ出す訳にはいかない。

 だから彼もここから出させたのだ。

 自分が彼を倒す筈だったのに、あのザマだ。

 死んでも償いきれない。

 だからこれだけは自身の力でそうにかしてみせる。

 そうして千鶴が巳肇の目前まで近付いた。

 そして彼女に手を差し伸べる。

 しかし彼女の顔に浮かんだのは泣き顔でも喜びでもなかった。

 不気味に歪んだ笑み。

 千鶴は思わず一歩下がった。

「……千鶴?」

「違うよォ、わかってるよね?」

 背筋が凍った。

 声も姿も巳肇本人だ。

 しかし中身が。

 彼女の人格が違う。

 いや、乗っ取られたと言うべきか。

 あの男に。

 全身が震えた。

「怖い? 当り前だよねェ。だって死んだ筈の人間が君の大切な人の身体を奪っているんだからさァ」

 巳肇――否、福来が君の悪い笑みをニタニタと浮かべながらそんな事を言い放つ。

 千鶴の視界が真暗になる。

「でも、どうして……?」

「うん? ボクがこの娘の身体を奪っている仕組み?」

 福来は目を細めた。

 まるで良い質問だ、と感心する教師のように。

「簡単な話だよ。能力を使っただけ」

「一体何を言って……」

「訳がわからないって顔をしているけど正真正銘そうなのだから仕方が無い。僕は死ぬ直前に自分の記憶と人格――いわば魂をこの娘の身体に入れたのさ。これが僕の能力のメイン」

「何の為にそんな事を?」

「プロジェクトの為だよ。こっちは能力の完成を目指しているんだ。その為に収容していた『モルモット』も全員使いきったしね」

 福来は後ろを指差す。

 千鶴もそこに目を向けた。

 そして目に飛びこんできたのは、

「人間の……脳?」

 それは円筒の水槽に入った脳の集まりだった。

「そ。ざっと30人くらいかな? 殆どが10代前半のフレッシュな少年少女。加工は手間取らなくて助かったよ」

 千鶴は何かが折れた音を聞いた。

 それは自分の中からだった。

「僕は真理を追究したいんだよォ。この手でさ。あの世とか人間の能力とか。あるっていう事実だけじゃあ満足できない。その先に何があるのか知りたいんだよォ。だから僕はこうして何人も生贄に捧げて人間を神に近付けたんだ」

「貴様はそれだけの理由で……」

「そうだよそうそう。だけど作るだけじゃ満足できない。僕は神様に近付きたいんだよ。そして彼らを超えたいんだ。だからこうしてプロジェクトの要であるこの娘の身体を乗っ取ったのさ。人間はどこまで進化出来るか。それを僕は実現したんだよ。素晴らしいだろう?」

 千鶴は彼の話を少しも理解できない。

 片鱗すらわからない。

 まるで自分の知らない言葉でまくし立てられたような気分だった。

 しかし何よりも引っ掛かったのは巳肇が何故この男に協力しているのかについてだ。

「この娘はね、騙されたんだよ。僕に」

「騙された……?」

「ちょっと前ね。この街に僕の研究班がやって来た時さ。僕が外をブラブラしてたらこの娘に襲われてね、まぁ何ともなかった訳だけれど。で、頑張って大逆転を納めた僕は抵抗できない彼女に囁いたのさ。『君1人の犠牲で多くの人間が救われるけどどうする?』ってね」

「……」


「本当、面白いよね。こうして僕に身体を差し出したのに結局他の人間が犠牲になっているんだよォ! 犬死にじゃないかなァ!」

 

 福来は我慢がこらえなくなったのか噴き出し大声で爆笑を始めた。

 千鶴は遂に膝から地面にへたり込む。

 もう何も見えなかった。

 これでは全て無駄ではないか。

 これ以上不幸な者を増やさない為に奔走していたのに、巳肇は自分が犠牲になると信じて身を差し出したのにそれさえ彼の思惑に利用されて結局無駄になって。

 これでは何もかも意味がなかったじゃないか。

「さて、これで満足かなァ? 悪いけど君も更なる発展の為に犠牲になってもらうけど良いよね」

 千鶴は何も言わない。

 福来はその反応に唇を尖らせるが、すぐに気を取り直して指をパチンと鳴らす。

 すると彼女の背後に佇んでいる天使の羽が展開し、そこからビットが飛び出た。

 人間1人くらいの大きさのそれはどんな技術なのか重力に囚われずに飛行している。

 そのうちの1基が項垂れる千鶴の横につく。

 そのビットは割れて、中から小型のカッターとアームが取り出される。

 どうやら彼女の頭を開いてあのおぞましい水槽の中に放り込む気らしい。

 すぐに理解したが彼女は抵抗しなかった。

 もう意味はない。

 これ以上自分が生きてどうなる。

 守るべき者、助けるべき者は失われた。

 ならばもう生きる意味がない。

 ここで死んだ方がマシだ。

 それが一番楽だ。

「じゃ、僕の研究の礎になってくれ。感謝するよ」

 そうとだけ言うと福来はビットに命令を与える。

 行動開始のコマンド。

 それは速やかに実行される。

 次の瞬間に千鶴の脳は綺麗に取り出され、水槽の中に放り込まれる。

 その筈だった。

 しかし次の瞬間。

 堅牢な筈の天井に亀裂が走り、爆音と衝撃を以って破壊された。

 瓦礫が千鶴のこめかみ付近を浮いていたビットに命中し、ビットはあっけなく破壊される。

 福来は千鶴から視線を外し、崩壊した天井の穴に目を凝らした。

 想定外の事態が生じた。

 自分の計画を揺るがしかねない事態が。

 余裕の笑みが消える。

「一体誰だい……?」


「焔魂夜行だよ。覚えとけ」


 千鶴は顔を持ち上げ、彼の顔を見る。

 粉塵の中から現れたのは馴染みのある顔だった。

 さっき帰らせた筈の人物だった。

 どうしてここに居るんだ、と思う。

 何のためにここにやってきたんだ、と思う。

 こんな狂った世界に戻ってきてどうするのだ、と思う。

 しかし彼は構わずに足を踏み入れる。

 そうして長い黒のパーカーの裾をはためかせて着地した。

 その瞳は赤く輝いている。

 怒りに燃えるように。

 諸悪の根源に立ち向かう勇者のように。

 

   ×


「焔魂夜行だよ。覚えとけ」

 僕は一言そう言い放った。

 たったそれだけ。

 しかしその言葉にはあらゆる怒りの感情が含まれている。

 全て聞いていた。

 巳肇と千鶴の苦悩も福来の野望も。

 突然現れた僕に福来は口をポカンと開けている。

 たった1%の予想が的中してしまったかのような顔。

「……キミは何のつもりかなァ、ボクに刃向かうとしているのならやめておいた方が良いよ。なんせあと一歩で神に近付くのだからねェ」

 声音は低く、静か。

 そこには莫大な殺気と苛立ちが内包されている。

 少しでもつついたら大爆発を起こす爆弾のように。

 で。

「だからどうした」

 僕は獲物を見付けた猛獣のように目を細める福来を睨み付ける。

 神がなんだとか最高の能力だとか、それがなんだと言うんだ。

「くだらなさ過ぎて笑えるよ」

「そうかい。なら死んでくれ。もう足枷としての利用価値は無いのだからね」

 福来が壮絶な笑みを浮かべる。

 僕を完全に排除すべき敵だと認識した。

「どうして貴方はここに……?」

 信じられない様に千鶴がこちらを見る。

 その顔には安堵と憂慮が混ざっていた。

「理由なんて良いだろう。まずはあの男を倒すのが先だ」

「でも、私は何もできない……」

 千鶴が項垂れる。

 いつもと違う弱々しい姿。

 弱音を吐くところなんて見た事がなかったので戸惑いそうになった。

「でも、やれる事がある。いや、君にしかできない事がある」

 僕は諭すように告げる。

 千鶴が僅かに顔を持ち上げた。

「それは何だと言うの……?」

「巳肇を救出するんだ」

「無理よ……そんな事できない」

「初めから決めつけるのか?」

「確かに私は『PSI』寄りの能力者よ。だけど、他人の深層心理に侵入して人格を救い出すなんてやった事無いわ」

「なら今してみろよ。待っていたんだろ、この時を」

「……ええ」

「それは僕にはできない事だ。だけど君はそれをできる。失敗なんて怖がらずに挑戦してくれよ」

 彼女は小さく、頷く。

 僕は笑う。

 それで十分だった。

 千鶴は目を閉じる。

 巳肇の人格サルベージを開始したようだ。

「で、友達とのお別れは済んだかな?」

 福来が頭を掻きながら尋ねる。

 対する僕は黙ったまま右手に握った天満月の切っ先を彼の顔に向ける。

 福来は薄く笑みを引き延ばしてそれに応じた。

 それだけで戦闘開始の合図は十分。

 僕は刀を低く構え、行動を開始した。

 一直線に飛び出し、彼に襲い掛かる。

 福来は少しも動かない。

 坊行の構えすらとらない。

 その必要すらない、とでも言う様に。

「神というのは大それている。そう思わないか?」

 僕は止まらない。

 一瞬、と呼べる時間で彼の懐に入る。

「彼等は僕達の前に姿を表すようになったとはいえ、一神教のとこは相変わらずプライドが高い。信仰が無ければ無力なクセして威張り散らしている。それがボクは気に入らなくてね、だからこうして彼らを超えてみたいと思ったのさ」

 福来は歌う様に言う。

「神話級の災厄。それを起こせるとしたら面白いと思わないか?」

 福来を中心として何かが炸裂した。

 それは圧倒的な重圧だった。

 彼の後方に佇む巨大な天使。

 その羽に異様な力が集まっていた。

 詳しいメカニズムはわからない。

 だけど一見してそれが危険だとわかるもの。

 千鶴は精神だけで巳肇を探している。

 戦えるのは僕だけだ。

 気圧されそうになる。

 だけどここで止まる訳にはいかない。

 僕は刀を更に低くする。

 そうして峰の部分を彼の鳩尾目掛けて横薙ぎに振るった。

 1メートルにも満たない至近距離。

 刃は腹部を捉えた。

 しかしその直後。

 僕は見えない力によって後方に吹き飛ばされた。

 まるで重力落下をしている感覚。

 それ程の強い力だった。

 僕は何百メートルも音速に近い早さで吹っ飛ばされた後、壁に叩きつけられた。

 トラックに撥ねられたような衝撃が僕の身体を貫いた。

 肺の中にある空気が一気に吐きだされた。

 呼吸が止まる。

「がッ……はぁ……!」

 通常時だったら即死だった。

 骨折もしていないのは奇跡だといえる。

 僕はチカチカと明滅する視界で彼の顔を睨み付ける。

 彼は巳肇の顔でおぞましい笑みを浮かべていた。

「楽しいねェ。弱者をいたぶるのはこれだからやめられない」

 僕は何も言わず、口端から流れる血を拭う。

 そうして床に落ちている刀を手早く拾い、彼目掛けて勢い良く駆けだす。

 彼はまたしても動かない。

 両腕は弛緩したようにだらりと下げられている。

 一見何もしていないようだ。

 しかしそこから見えない攻撃が次々と繰り出される。

 地面に散らばっている瓦礫。

 見えない力によって操られたそれがカタカタと震えるとゆっくりと浮上を始める。

 重力を無視したそれは一直線に僕に向かって飛来した。

 小さいものでもレンガ程の大きさがある塊。

 大きいものなら小型車くらいだろうか。

 それが発射された大砲の弾のように飛んでくる。

「!」

 僕はその弾の軌道線上に影の壁を展開した。

 これで攻撃は防がれる筈。

 しかし予想は裏切られた。

 塊は急遽軌道を変える。

 横に迂回したのだ。

 これには反応できなかった。

 僕はそこから跳ね飛び、その攻撃を回避する。

 だが、それでもコンクリートの塊は僕を追い続けた。

「埒が明かない……!」

 僕は防御と回避をやめる。

 攻撃に切り替えれば良いだけだ。

 僕は向き直り、天満月を振るう。

 銀色に煌めく軌跡はコンクリートの塊を一瞬で切り刻んだ。

 が、最早砂利と呼べるであろう大きさになったコンクリートの瓦礫が至近距離で破裂する。

 僕は両腕で顔を庇う。

 無数の小石が僕の全身を均等に叩いた。

 血を引きながら僕は床に倒れ込む。

「まだまだ休んじゃ駄目だよォ。楽しいのはここからだ」

 耳障りな声が聞こえた。

 重い身体を僕は無理矢理起き上がらせる。

 激痛に意識が朦朧としていた。

 ぼんやりと僕は彼の顔を見る。

「痛いけどくれぐれもトばないでねェ」

 彼がそう言い放った途端だった。

 僕の身に想像を絶する痛みが襲い掛かった。

 それはまるで全身を捩じられているような感覚。

 内蔵が絞られているようだった。

 見れば四肢の関節が逆向きに曲げられている。

 首を絞められた僕は声にならない絶叫をあげ、見えない『腕』を影によって生み出した刃で切断する。

 その瞬間に痛みは消えた。

 片膝をついて呼吸を荒げる。

 少しも近付けない。

 冷徹な事実を突き付けられ、僕の中の焦りが大きくなる。 

 千鶴は巳肇を救い出す作業に集中する為に異空間に居るので心配はない。

 しかしそれは僕に味方が居ない、という意味でもある。

 こんな化物じみた狂人を1人で倒す。

 それは難題だ。

 防御も回避もかいくぐられては意味がない。

 完全な防御はできるが、それではこちらの移動と攻撃が阻害されてしまう。

 こちらの手段は攻撃の一点のみ。

 形勢は不利だった。

 唇を噛む僕に福来は笑いをこらえていた。

「あーおかしい、キミはどうしてこんな小娘の為に頑張れるのかねェ? むさ苦しいのは嫌いだよ」

「自分でもらしくないと思っているよ……だけど僕は自分に正直なんだよ、そして正直な心に従うと僕はお前が心底憎くてたまらない」

「で、どうするつもりだい? 僕を殺せばこの娘も死ぬよ」

「千鶴がやってくれる。僕がやっているのは時間稼ぎだ」

「上手くいくのかい? 自信は無いようだけれどねェ? キミにも彼女にも」

 そうして彼は何かアイディアを思いついたように「あ」と言った。

「これはどうだろう、キミのやる気が上がるよ」

 僕が疑問を抱くよりも早く彼はそれを実行する。

 彼は自身の着用している服、つまり巳肇の服に手を掛けた。

 僕が反応するよりも早く彼はその裾を上げる。

 巳肇の肌が露わになった。

 僕の声が詰まる。

 彼女の白い肌には無数の切り傷が引かれていた。

 目を覆わんばかりの惨状に僕は何も言えなかった。

「僕が与えた傷だよ。何か月も、何年もこの娘を苦しめる為、追い詰める為だけに意味無く切り開いた跡さ」

 血の気が引いた。

 周囲の温度が一気に下がった気がした。

 まるで暖房の効いた部屋から雪の吹き荒ぶ外に放り込まれたような錯覚に陥った。

 まともじゃない。

「憂さ晴らしも散々したよ。嬲り尽くすと瞳から光が消えるんだよねェ、最高に気持ち良かったよ。やっぱり同人誌って侮れないね」

 彼はまともな人間じゃない。

 醜悪で汚らわしくて愚劣で唾棄すべきで腐敗していて鵺的で俗悪で悪趣味でグロテスクで猟奇的で陰惨で虫唾が走って戦慄すべき存在だ。

 惨悽の極みだ。

 僕は今までに無い程の殺意を剥き出しにし、彼の目を射抜く。

 そうして僕は今度こそ完全に停止した。

 巳肇の目から涙が流れていた。

 彼は笑っていた。

 笑いながら彼女は泣いていた。

 それを見た僕の中で何かがトンだ。

「――お前は……」

 僕は心の底から怨嗟の声を出す。

 それでも福来は気だるげだった。

 ただ怠慢に右手を振るう。

 それだけで僕を押し潰す重圧が襲い掛かった。

 内蔵が、骨が、筋肉が悲鳴をあげる。

 僕はそれでも構わずに自分の身体を持ち上げた。

 福来がたじろぐ。

 僕は彼の顔を睨み付け、立ち上がる。

 これがなんだ。

 彼女の傷と比べれば何てことはない。

 こんな程度の攻撃に僕は屈しない。

 絶対に奴は倒す。

 地獄の底に引き摺りこむ。

 僕の背中から影が伸びる。

 それはいとも容易く『サイコキネシス』の腕を切断した。

 僕はゆっくりと立ち上がる。

 握っている天満月を影の奔流が呑み込んだ。

 僕はそれを引き抜く。

 空気が震えた。

 台地が揺れた。

 福来が僅かに後ずさる。

 影の潮流から生まれたのは断罪の大剣。

 顔を不機嫌に歪めた福来の対応はシンプルだった。

 作業のようにただ念動力の見えない腕を放つ。

 重圧でわかる。

 今までと桁違いの一撃だ。

 空気を裂き、全てを蹂躙するその力の塊が僕に襲い掛かる。

 僕は何も言わない。

 ただこちらも握った大剣を横薙ぎに振るうだけだった。

 刹那、サイコキネシスの塊は無残に消滅する。

 全てを押し潰す筈の絶対的な力。

 神の裁きともいえるそれが簡単に引き裂かれて霧散した。

 起こり得ない現象に福来は目を丸くした。

「一体どんな手品だい?」

 顔に汗を浮かべながら彼はそう尋ねた。

 僕は何も言わず怒りと理性に身を任せる。

「――福来伴拮」

 巳肇と千鶴、そして多くの人間を傷付けた罪。

 その裁きを与える。

「お前に地獄を見させてやる」

 

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