終章「導き出した答えがたとえ悲劇でも」
巳肇が完全に目覚めた後、僕たちは機械天使の処理を始めた。
いや、犠牲者の供養とも言うべきか。
巳肇が最初にそれを言いだした。
「もう彼等は助からない」
彼女はそれだけ言って天使の顔を見上げた。
その赤い双眼は今にも消えてしまいそうな程弱々しく明滅している。
しかし彼等はそれでも必死で生きていた。
「……ごめんなさい」
天使は巳肇の言葉に小さく頷く。
自分の死を受け入れたかのように。
巳肇は黙って天使の装甲に触れる。
そうして目を瞑って何かを言った。
小さな声で僕には聞き取れない。
するとだらりと下がっていた天使の腕がゆっくりと動く。
巳肇はその差し出された手を優しく包み込んだ。
そうして天使が何かを言った。
直接聞こえている訳ではない。
声ではなく、ただの空気の震え。
しかし何となく彼等の思いを理解した。
巳肇は小さく頷く。
その目には涙が光っていた。
そうして天使の目から光が消える。
それと同時に腕からも力が抜けた。
全てを伝えて満足に逝ったような、そんな印象だった。
そうして巳肇は優しく天使の装甲を撫でた。
それだけで天使の身体は崩れ落ちる。
次々に装甲やモーターやケーブルが落下していく。
そうしてできたのは鉄の塊だった。
分解され尽くしたそれをもう再現する事はできない。
千鶴と巳肇は次にカプセルに近付いた。
その中を浮く無数の脳。
そのカプセルにある赤いスイッチを押した。
すると電子音が響き、カプセルは活動を停止する。
これで彼らも完全に逝ってしまった。
「私にできるのはこれだけなの……」
巳肇がボソリと言う。
千鶴も僕も何も言えなかった。
ただ僕達3人はその場を後にした。
×
それから数日経ってから僕は計200人もの、行政や司法など重要な役職に関わっている上層部の人間が同時に辞職したというニュースを知った。
あちこちで号外が配られ、どのチャンネルも何度も同じ内容を繰り返している。
全員、後継者を指名しているらしいので混乱は早いうちに収まるという話だが、これを訝しんだ警察が辞職した彼らに共通している要素、能力研究について調べたところ、多くの違法な証拠が発見された。今までそれが判明しなかったのは、その警察も上の命令で捜査する事ができなかったからだという。
このスキャンダルについて評論家が熱く組織の腐敗がーみたいな事を語っていた。
因みに辞職された後検挙された彼らは全員、『巫女が』とか『獣耳の2人組が』とかなんとか泣きながら語っているが証拠は発見されず、逮捕のショックで全員集団幻覚に陥っているのだろうという事で処理された。
まさかね……
そうして学校の帰り。
僕は珍しく4人で西風苑にやってきた。
今日も客は多くも少なくもない。
「いらっしゃいませ」
やはり最初に出てきたのは千鶴だった。
しかしいつもと違って無愛想な顔は若干柔和になっている。
僕は彼女に席を案内してもらった。
4人掛けのテーブルはいつもと違って広々としている。
メニュー表と睨めっこしている獣耳コンビとそれを横目で眺める祀。
僕が注文するものは既に決まっている。
勿論あれしかない。
そうして呼び鈴を鳴らして出てきたのは千鶴ではなかった。
「巳肇じゃないか」
「ども! 似合ってるかな?」
「ええ、とても」
祀がはにかむ巳肇に答える。
どうやら彼女もここで働くようにしたようだ。
いや、復帰したというべきか。
「で、注文はどうする?」
「本日限定ので」
「んーじゃあ私もそれにするわん」
「じゃ、私も」
「私もそれでお願いします」
なんだか全員同じものになってしまった。
でもまぁおそらく前回のような失敗作は来ないだろう。
今度の料理は素晴らしいものになる筈だ。
で、結果運ばれてきたものは。
「どうして前回と同じ料理なんだ……?」
僕は頭を抱える。
本日限定じゃないのかよ。
「ハッハ、いやぁ割とそれ人気でさ、限定メニューじゃなくて普通に販売しようかとも考えているんだなぁ」
豪快な笑い声が聞こえたのでそちらを見ると清原が居た。
「これ、本当に人気なんですか?」
僕は疑いの目を彼に向ける。
「本当だよ、ほらお嬢ちゃん達を見てみな」
僕は3人に目を向ける。
「……意外にイケますねコレ」
「ゴキブリ旨いにゃー」
「幼虫もクセになるわん」
普通に美味しそうに食べていた。
これって僕だけがおかしいのだろうか。
何かの目玉っぽいものを口に運ぶ。
ぶにゅぶにゅしていた。
呼吸しないで噛まずに呑み込む。
吐きそうになった。
「僕にはまだ早いですねぇ……」
「なんだよ自信作なんだがなぁ……」
彼はしょんぼりと肩を下げる。
そうして清原は僕の料理を摘んだ。
「旨いじゃねえか……」
項垂れながら彼は杖をついて厨房へ戻る。
もしかしたら僕の味覚がおかしいのだろうか。
いや、そんな事はないと思うがやはり口に運べなかった。
「夜行、それ貰っていいかわん?」
「吽形、独り占めする気かにゃん!?」
「大丈夫、半分にするわん」
「ありがとうにゃん! 祀はいるかにゃー?」
「私は結構ですよ」
なんか勝手に話が進んでいる。
まぁいらないから良いのだが。
なんだかなぁ、と思いながら僕はなんとなくカウンターを見た。
そこでは2人が笑顔で会話している。
平和だ、と思いながら僕は目を瞑った。
痛みはある。
傷だって残っている。
悲しみも感じている。
失った過去を戻す事はできなくて、現実は息苦しい。
だけど未来はどうにでもなる。
傷も痛みも悲しみも背負ったままでも良い。
いつか笑える日が来るのなら支え合って生きていこう。
お久しぶりでございます!
作者の四畳半です。
今回のテーマは超能力と現実逃避でした。
取り敢えず前作の静謐で出てこなかった2人の話を書きたいと思ってこのような作品となりましたが、如何だったでしょうか。
マッドサイエンティストという扱いにくいキャラクターを登場させて、強力なラスボスかと思いきや死ぬのはあっさりとしていた思いますが、あれほどの悪役の場合、寧ろその方が魅力的かな、と思ってあのような結末となりました。
キャラクター設定について。
今回登場キャラは少ないです。というか前回が異常に多かったのですが……
まずヒロインその1・御船千鶴。
クールビューティーを意識したキャラです。電撃をメインに使っていますが、どちらかというとESP寄りの能力者ですね。モデルは不幸な透視能力者として有名な御船千鶴子です。
ヒロインその2・長納巳肇。
仮面を被っているとして一見小悪魔キャラっぽくしました。しかし実際はかなり繊細なキャラです。今回のメインヒロインは彼女だと思って書いたのですが出番は明らかに千鶴の方が多いですね……一番の能力者という設定なので今後、それをどう使うかは悩みの種です。モデルは空中から神水を取り出したとして有名な霊能者、長南年恵です。
残りの2人は御愛嬌。
そんな訳で、ここまで読んで下さった読者の皆様、そしてツイッターで宣伝してくださったフォロワーの皆様ありがとうございました!四畳半が活動できるのは皆様のおかげです。それではまた!
……このあとがきを書いたのは投稿してから2日後です