「婚約を破棄する!」「殿下、"報連相"はしっかりしてくださいませ!」 〜婚約破棄された令嬢は報連相を大事にしてほしい〜
「オフィーリア・ディリル! 貴様との婚約を破棄する!」
夜会を楽しんでいた貴族たちは一斉に静まり返った。
まだ国王と王妃も入場しておらず、ゆるやかに歓談していた人々が、急に響いた声に驚いたのだ。
その声の主は、王太子である、アルノー=フィリオルだった。
アルノーが婚約者であるオフィーリア・ディリルに婚約破棄を叩きつけたのだとすぐさま人々は理解した。
隣に、いかにも低位貴族らしい女性がだらしなく彼にもたれかかっていたのをみて、人々は息を呑んだ。
「殿下」
ついに婚約破棄された本人であるオフィーリアが口を開き、観衆となった人々はごくりと再度息を呑む。
オフィーリア・ディリルは大層美しい公爵令嬢だ。社交界で王妃の次に注目を集める存在と言っても過言ではなく、王命により王太子妃となるよう、婚約を結び、これまで王太子を支えてきた令嬢だ。
その彼女は、何を言うのか。
観衆の視線をものとも感じていないような美しいがどこか困ったような笑みを浮かべてみせたオフィーリアは口を開いた。
「殿下、困りますわ! 報連相はしっかりなさってくださいませんと!」
「「「「……え?」」」」
観衆の心が一致した気がする。
王太子と、その横にいる女もぽかんとしている。
オフィーリアはそんな異空間の中で、おっとりと困ったような笑みを深めた。
「今夜、殿下は婚約破棄をなさるおつもりだったなんて。聞いておりませんわよ?」
いや、婚約破棄するやつは誰もそんなこと予告しねえだろうよ。
観衆の心がまたもや一致した気がした。
「いや、貴様は何を言って……?」
「ですから、報告、連絡、相談、つまり報連相はしっかりなさいませ、ということですわ」
「は……? ほうれん、そう?」
ぽかんとしておうむ返しにする王太子に、ええといい笑顔で頷くオフィーリア。
「日頃から申し上げていましたよね? たとえば、お忍びと称して、街へデートへ行かれるのなら、黙って行かれないでわたくしに公務を託してからお行きになってくださいと」
「っ、な!? お、俺はデートへ行ったのではない! 街の視察だと言っただろう!」
「補佐官の代わりに、女性を連れていくのが殿下の『視察』だったなんて。存じ上げませんでしたわ」
オフィーリアの一言に、むぐっと言葉に詰まる王太子。オフィーリアはにっこりと笑いながら、またもや口を開いた。
王太子に、さらに報連相の重要性を伝えるべく。
「あれは確か、わたくしの誕生日でしたわね。殿下が珍しくわたくしの誕生祝いのお茶会を開いてくださった時ですわ」
思い出しているかのように懐かしそうな目で語り始めるオフィーリア。
「わたくし、本当ならば邸で家族と祝う予定だったのですけれど、せっかく殿下がご準備してくださるのだからと思い、お茶会に出席することにいたしましたの」
周りの観衆は自ずと黙って聞いており、今度は王太子は何をやらかしたのかと耳をそばだてている。
「それでわたくし、ドレスなど諸々含めて準備を行ったのですけれど……お茶会だと知らされていた日の前日になっても、何時からか、場所はどこなのかを知らされなかったんですわ。殿下、覚えていらっしゃいますよね?」
オフィーリアが尋ねると、冷や汗をかき、真っ青になった王太子が叫ぶ。
「そ、そん、そんなことはしていないっ! き、き、貴様の虚偽だ!」
「まあ、わたくしが虚偽を申し上げたと? 困りましたわね、どなたか証言者がいらっしゃったら良かったのですけれど」
「私が証言者になりましょう」
唐突に涼やかな声が上がって、観衆と王太子、オフィーリアの視線がそちらに集まった。
そこにいたのは、しっとりとした黒髪に美しくどこまでも澄んだ青色の瞳を持った男性だった。
「皆さま、こんばんは。私は、隣国からやって参りました、ルード・ジリスティーと申します。二ヶ月間の留学で、こちらの王城の様子などを見学させていただいておりまして、明後日帰国する予定の者なのです」
ルードと名乗った男はにっこりと白い葉を見せながら笑うと、ついでのように付け加えた。
「一応隣国の王太子です」
「っ、ルード殿下…….! こ、この場は私とオフィーリアの間で発生する問題だ。か、関わらないでもらいたい!」
オフィーリアに余計な軍勢が増えては困る、と王太子は震える声で抗議した。もちろん、周りの観衆たちはもう王太子の内心を察しているだろう。
オフィーリアはルードが入ってきたことに驚きを隠さず固まったまま、王太子の抗議を見守った。
「おや、そうかな? しかし、いくら次期王太子妃だとしても、王太子妃の仕事と王太子の仕事半分を一人でこなしていたのは流石に黙ってみていられないだろう?」
ルードがしれっと言った内容を咀嚼すると、周りの貴族たちは驚きに満ちた顔で囁き始めた。
「今のはどういうことだ? オフィーリア嬢が王太子妃の仕事と王太子の仕事をになっていただと?」
「アルノー殿下は一体なにをしていたんだ?」
「アルノー殿下が押しつけたのではなくて?」
「確かに、オフィーリア様はいつもお忙しそうでしたわ。たまに、クマを作って学院にいらっしゃることも……」
次々と寄せられるオフィーリアが自身の仕事に加え、アルノーの仕事を手伝っていたのではないかという疑惑に、アルノーが焦り始める。
ルードは厳しい表情でアルノーを見遣った。
「ち、ちが、違うんだ!」
「何が違うというのです? オフィーリア嬢に自分の仕事を半分もやらせていたことは事実でしょう?」
ルードの問い詰めに、オフィーリアは慌てて口を挟む。
「あの! いいのです!」
観衆とルード、アルノーの瞳がオフィーリアを向く。
観衆は訝しげに、ルードは傷ましげに、アルノーは期待しているような瞳で。
「わたくし、アルノー殿下を責めたいわけではないので。ただ……報連相はきちんと行なってくださらないと、周りの者が困ります。そこだけは、念頭に入れていただきたく存じますわ」
オフィーリアの言葉に、アルノーはホッとした様子で頷いた。
「ああ。これからは改める。では、オフィーリア。これからも……」
「本当ですか!? お約束いただけますね? では、わたくしがアルノー殿下にお願いしたいのはこれだけです。それでは殿下、今までありがとう存じました。どうぞ、お元気で」
「……は?」
「わたくし、オフィーリア・ディリルはアルノー=フィリオル殿下との婚約破棄を謹んで承ります」
にっこりと可憐な笑みを最後に残して。
オフィーリアとアルノーの七年間続いた婚約生活は幕を閉じたのだった。
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「んん〜! 風が気持ちいいですね!」
大きく、どこまでも美しく澄んだ青が広がっている。
オフィーリアは海に浮かんだ船の上で、ぐぐーっと大きく伸びをしていた。
「風は気持ちいいでしょうが、日差しが強いのもここら辺の特徴です。暑くありませんか?」
そんな彼女に声をかけたのは、あの夜会の日、オフィーリアの味方をしてくれたルード・ジリスティー王太子だ。
あの後、正式にオフィーリアとアルノーの婚約は破棄され、オフィーリアは自由の身となった。今までは、学院から邸へ直帰することすらままならず、王太子妃と王太子の公務を行い、夜も更けた頃に、帰宅してそこから学院の宿題を行うという生活をしていた。
さすがに途中でそのことに気づいてくれた学院の教授たちがオフィーリアのみ課題を免除してくれるようになったが、それでも辛かった。
しかし、本来ならば支え合うべき相手であるアルノーは日々相手を変えてデートするばかり。
せめてその日は報告をしてください、連絡をお願いしますと頼んでいるのにそれすらもおこなってくれず、参ってしまっていた。
そんな中、行われたあの夜会。そこで全てが解決し、オフィーリアは全てから解放された。
そして、解放された時思った。
これからどうしよう、と。
今までは、王太子妃教育や公務などに一生懸命で自分のやりたいことなどやれなかった。しかし、それらから解放された今、オフィーリアは思った。
旅に出たい。
そのことをお礼を伝えに行ったルードに話すと、それなら我が国はどうかと受け入れてくれることになったのだ。
両親にも話を通すと、涙を流して喜んでくれた。オフィーリアの今までの生活に心を痛めてくれていたのだそうだ。
そして、無事に旅へ向かうことになったオフィーリアは超特急で支度をし、帰国するルードについていく形で出国した。
そして今は、隣国へ向かうための船に乗っている途中だ。隣国とはいっても、海を跨いでいるためだ。
海の波を眺めながら、わくわくしていると、隣に立ったルードが唐突に口を開いた。
「オフィーリア嬢」
なびく髪を押さえながら、ルードの方に顔を向ける。
「はい?」
「実は……あれから一度、アルノー殿下と話したのです」
ルードは遠くまで続いている海原を眩しそうに見つめたまま、オフィーリアに向かって静かに話しかけてくる。
「まあ! そうだったのですか?」
「はい。一応、今までお世話になっていた国の王太子殿下にはご挨拶せねばならないと言うことで」
それもそうか、とオフィーリアは静かに頷いた。ルードの滞在中、アルノーがどのような態度をとっていたのかは分からない。だが、ルードにとってアルノーの印象は悪いものになってしまったようだ。
オフィーリアは、元王太子妃候補として、そこは自分の失態ねと冷静に考えた。
とはいえ、今までアルノーに報告、連絡、相談の重要性を何度も伝えてきたオフィーリアですら、もう諦めを悟ってしまったのだから、他に手に負える人はいなかったのかもしれない。
国王と王妃も、夜会に入場してきたときには呆れた顔で自身の息子を見ていた。すでに実の両親にすら、見放されていると言っても過言ではないのだ。
「……そこで、話してきたのです」
「———話してきた?」
何を話してきたのか気になり、オフィーリアはルードの端正な横顔を見つめた。
「ええ。今まで、オフィーリア嬢にどのような感情をもたれてきたのかを、聞いてみたのです」
「———っ! ……なぜ、そのような、ことを」
まさかそのような類いの話とは思わず、言葉に詰まる。ルードの美しい顔から視線をそらし、海面にきらきらと光る反射光に目を向けた。
「———彼は、羨ましかったそうです」
「……え?」
ぽつりと呟くように言った彼の言葉が信じられず、絶句する。予期せぬ言葉に、理解が追いつかなかった。
「羨ましかった……?」
「はい。貴女のことが。ずっと、眩しかったのだと、そういってました」
「……っ、でもそれなら何で……!」
「当てつけでしょうね。女性関係を淫らにし、オフィーリア嬢が自分のことを振り向いて、見つめてくれるのを待ち望むしか無かったんでしょう」
ルードの声音は冷ややかだ。
オフィーリアはルードの言葉に納得したとともに、彼がなぜそのような声音なのか気になり、そっと彼の方を見てみた。
どこまでも凪いだ表情をしていた。
今、オフィーリアたちが浮かんでいる海にそっくりな青色の瞳は、優しげで、何もかもを包んでくれそうで……。オフィーリアに安心感を与えてくれる。
不意に、オフィーリアはルードに抱きついていた。
「っ……!? どうしたんですか? オフィーリア嬢」
驚き、息をのむ音が聞こえたが、それでもとめられなかった。
細身だが、筋肉がしっかりとついていると分かる体つき。微かに漂ってくる、薔薇のような香りに、オフィーリアの身体に痺れが走った。
「っ、もうしわけ、ありませ……」
「泣いて良いんですよ」
はっ、と吐息が零れた。ぎゅっと目を強く瞑る。
ずっと、傷ついてきた。
「っ、う」
彼の言動に、心をかき乱れてきた。
「っふぅ」
それでも、オフィーリアには。
「っう、うっ、ぅっぅぅうううう!」
泣ける場所など、なかった。
「ぅっぅうう! ふうっ、ごめ、っ、んな……っ、さい!」
泣いてしまってごめんなさい。困らせてしまってごめんなさい。服を濡らしてしまってごめんなさい。
謝りたいのに、言葉で伝えたいのに、嗚咽で上手く言葉が発せられない。ルードを困らせているのは分かっていても、涙をとめることは出来なかった。今までずっと、一人で堪えてきた分が、溢れ出してきてやまない。
「どうして謝るんですか? 貴女に瑕疵はありません。どうか、気が済むまで泣いてください。———貴女の気持ちに、完璧には寄り添えませんが」
「っ、うっ、っ?」
背中に優しく、包み込むように手が添えられる。
「泣いた後の貴女と笑い合いたいので」
オフィーリアの全てが掬い上げられた気持ちがして、この日、オフィーリアは全てを出し切るように泣いて泣いて泣いた。
心地よい風が、二人を包み込むように吹いていた。
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ジリスティー王国には、ある言い伝えがある。
『王族は報連相の重要性を理解している妃を迎えよ。さすれば、国が豊かになるだろう』
王族男児は、この言葉を幼き頃から言い聞かされて育つ。それは何代か前の国王夫妻が由来だと言う。
賢王ルードと、彼とともに国を豊かにした妃オフィーリア。
二人は珍しく恋愛結婚で、結婚したときは、熱愛だと国中がお祭り騒ぎだったと記録には記されている。
国王と妃の間には、確かな信頼があり、それを作り上げたのが何かは言うまでもないだろう。
ちなみに妃の口癖は、『報連相を念頭に入れて動きなさい』だったそうな。
お読みいただき、ありがとうございました。




