辺野古沖転覆事故を徹底的に擁護してみる
先日、2026年3月16日に起きた抗議船の転覆でですね、どうも死亡事故のウヨクの政治利用が止まらないという事で、何かしら書いておこうと思った次第です。
まず、被害者遺族の方お悔やみ申し上げます。
転覆事故という事で、私が真っ先に思い浮かべるのがKAZU1号でした。
2022年4月23日、北海道斜里郡斜里町の知床半島西で起きた知床半島遊覧船沈没事故は死者・行方不明者を26名出した、今回の事故と同様の痛ましい事故です。
知床半島遊覧船沈没事故は、さらに遡る事8年、死者299名、そして二次被害8名の死者を出した韓国のセウォル号沈没事故を、他山の石として行政が活用出来なかった例でした。
1995年の船舶の規制緩和の功罪から、セウォル号沈没事故という衝撃的な事件があっても脱却出来なかったせいで、必然的に26名もの犠牲者を出す事になったのが、正に知床半島遊覧船沈没事故なのです。
そして、知床半島遊覧船沈没事故をきっかけに、ようやく規制が進みまして、今回の事故が起きてしまいました。
辺野古沖転覆事故は、ボランティアを隠れ蓑にした脱法、一部報道では、金銭を得ていたという事で完全に違法操業です。
このような、ボランティアを迂回した操業までは、国の規制が届きませんでした。
今後、脱法状態の遊覧行為が厳しく取り締まられるよう、そして、二度と同じ事が起きないようにお祈り申し上げます。
で、ですね本題です。
この事故の大半は、もうこれで終わりなんです。
ここら辺を一切やらないで、いきなりサヨクガーは、なんですかと。
KAZU1誰か言った?
サヨクガーとか、死者の政治利用と反論されたら報道できないでしょ、こんなん。
企業倫理的に。
じゃあね、ぼくちんたちの金儲けのためにSNSで政治利用しまーすwwとかオールドメディアじゃ政治利用出来ねぇだろwwとかね、醜悪過ぎてね、もうね。
だもんで、反作用的な記事を残します。
本事故で、ウヨクの連中が金儲けのためにサヨクガーと言い出しまして、私が真っ先に思い出したのが、2011年のフィンランド、ウトヤ島銃乱射事件です。
北欧のウヨクくんが、政治思想として敵対する労働党の将来の幹部を殺しちまえば全部解決するという思想の下で、労働党青年部の集会を襲撃し、政治労働党の青年69名を射殺した事件がこれでした。
同事件の犯人は、捕まって判決を受けた後、刑務所で最新のゲームを寄越さないのは人権侵害だから、PS2をPS3に変えろと主張した事でも有名ですから、知っている人もいるてしょう。
本質的な原因や防止策はどうでも良い。死んだから金儲け出来てラッキー。
将来の左翼が死んだだけだからってか?おい
って、どうもあのウヨクくんたちの死者の政治利用を見てしまうと、思うんですよね。
ウトヤ島銃乱射事件の犯人の思想と一緒じゃないかと。
今後の事故の防止に思想って、なんか関係あります?
他に脱法遊覧ごっこしてる連中がいるかが問題だろうに、サヨクガーを始めたら、もうサヨクじゃなければセーフって感じに見えてしまうんですよね。
事故とか正直どうでも良いんだって本音が煩くて煩くて、私なんかは、これが今の日本人かと思ってしまうのです。
で、ですね、彼らに賛同する人の根本部分には、みんなこれがあると思うんですよ。
『日本国内で市民運動なんぞするな』
だから死人が出るんだ。
皮肉にも、未成年に市民運動を教えていいのかというテーマで私が認識を崩したのが、このウトヤ島銃乱射事件です。
未成年に政治活動なんぞ教えるなと日本がしている所を、北欧では積極的に教えている事をきっかけに起きた事件なんですね。
やっぱりね、政治と死は切ってはきり離せない存在なのかもしれません。
対して、この未成年への市民運動は、個人的には議論の余地が多いに残っている部分だと感じていまして、好例がバブル崩壊です。
日本は学生運動を機に、徹底的に未成年の政治参画を忌避してきました。
アレルギーといって良いほどです。
その裏には、若者が政治参画出来なくなる代わりに、若者が苦境に陥ったら、政治代表である60代の老人が若者を必ず助ける。
その暗黙の了解があったハズです。
皆さん、バブル崩壊で若者が見捨てられた理由を知っているでしょうか。
1970年代のオイルショックでリストラの中心になったのは中年だったので、若者が苦しんでも対応策がわからなかったからそうです。
私は思うんです、健全な学生運動が残っていれば日本は変わっていた余地があるのではないかと。
そしてバブル崩壊では、実の所、老人が若者を助けなかったんじゃない。
現実には老人が若者叩きに夢中になりました。
まだSNSの無かった時代です。
若者に発信力は存在しなかった。
抵抗しない者には、何をしても良いというのは一つの真理です。
だって抵抗せず、周りに言いもしないのだから、彼らの苦境を誰一人として認識出来ないのだから。
9条改憲を叫び、防衛力の強化を謳うウヨクが、同じ抵抗の力である市民運動はするな、抵抗するなというのは、典型的な権威主義者だけが言えるダブルスタンダードですよね。
バブル崩壊時、抵抗しないんだから若者には何をしても良いんだとなった、老人がたくさんいました。
今ウヨクくんたちがオールドメディアと叩く出版業界の一部は、若者叩きで得られる小銭稼ぎに夢中になりました。
死者を政治利用して小銭稼ぎに夢中になるウヨクくんたちと、若者叩きの小銭稼ぎで夢中になったオールドメディアの一部、彼らはいったい何が違うんでしょうか?
そして、若者叩きによる小銭稼ぎが忘れられずに起きたのが『ゆとり叩き』でした。
なんでも良いから叩ければ良いや。
小銭稼ぎのために始めたハズのゆとり叩きは、SNSの登場により、箍を失ってコントロール不能になります。
奇しくも若者に発信力を持たせる事になるSNSの登場は、日本においては最初、若者叩きを暴走させたのです。
そして、ゆとり叩きは、醜悪なシルバー民主主義として、日本の歴史的な転換点の象徴となりました。
もし、あの時、バブル崩壊の時、日本の若者に北欧のように政治参画する能力があったのならば。
30年にも続く日本の苦境は長引かなかったのかもしれない。
その反省は私個人の中に、いつ何時でもあるのです。
反面、今、かつての老人に死ぬほど苦しめられた氷河期世代が『日本国内で市民運動なんぞするな』と。
無抵抗で好き勝手された俺たちと同じ道のりを辿れと言っています。
私は世代論において、氷河期世代は経済政策でボロボロにされた世代だからこそ、経済政策で大失策を犯すと予測しています。
氷河期世代が、市民運動に対しても全く同様のアレルギーを持っているとして、市民運動に通じるサヨクガーに命を燃やすのは、論理としては当然と言えます。
俺たちもそうだったんだ。
お前たちもそうなれ。
私は反論を残します。
市民運動という抵抗の選択肢は、実の所、問題のある行為に対しては実に有効であり、議論の余地が大きくある。
仮に市民運動に何らかの死が付き纏おうとも。
本質的に本当の抵抗だからこそ、犠牲が付き纏うのだ。
※今回の事故は、違法操業による市民運動とはきり離せるただの事故ですが。
抵抗のやり方を知らない人間、抵抗の手段を持たない人間に対しては、何をしてもいい事は、世界の一つの真理であるのだから。
それを正に証明したのが氷河期世代の若者叩き、ゆとり叩きだったのだから。
氷河期世代は抵抗のやり方を教えられていない人間だったので、当時の老人にやりたい放題された。
彼らは老人になりつつある今、自分たちのような被害者を増やしたくてたまらないから、市民運動と聞くと発狂するのだと。
だから、自身が醜悪な金儲けに乗っていると知りながらも、事故と政治思想を、ごった煮に混ぜずには居られないのだと。




