1章・放り出されてー5
上がり切った息を整えながら万策尽きたと天を仰いだ時、あれほど叩きのめされ続けたのに火が傾く様子がないことに宗絃は気づいた。
この世界では時間が進まないということだろうか。
傷を治し続ける限り、寿命でも命を落とす可能性はないらしい。
だが、クロスを倒さない限りここから出ることも叶わない。
(先に心が折れる可能性の方が高いだろ、これ。一息入れされてくれないかな。)
こちらから攻めなければ少しぐらいは休めるだろうかと思いながら水から出ると、クロスは宗絃が落とした刀を拾い、まじまじと観察しているところだった。
「興味あるのか?」
宗絃が問いかけるとクロスは普通に答えを返した。
「得物が悪いと思ってな。」
「得物?まぁ、ソレは俺が魔法で作ったからちゃんとした職人が打った刀とは違うかな。」
「カタナ?そうか。お前が作ったのか。変わった武器だ。ただの曲剣ではないな。装飾が全く無いのに、武器よりも芸術品に近い印象を受ける。初めて見た時から美しいと思っていたが、実用性も素晴らしい。振り回せばいい武器ではないが、お前は高いレベルで使えているようだ。」
唐突に褒められた宗絃は気恥ずかしさから少し目を逸らした。
「だが、合っていない。」
をして続く、唐突な否定に視線をクロスに戻した。
「え?」
「武器の割に体が小さい。それに、お前もその武器を前提にした動き方ではないように見える。」
「だから、『得物が悪い』?」
確かに宗絃が作った刀は一般的なサイズの日本刀であり、百四十センチにも満たない宗絃の身体には長かったと言われて初めて思い当たった。
「そうだ。カタナを振る時にはそれに適した動きをしているが、全体で見た時には使う前提の動きではない。打撃で戦うような踏み込みで刀を振っているんだ。最初は撹乱するためかと思ったが、俺の動きに対応するセンスを見るとそうは見えなくてな。いつもと違う武器を使っているのか、動きの参考にしている誰かが違う得物だったのかと思ったんだ。」
クロスはそう言いながら剣先を持ち、柄を眼前に差し出した。
柄を握る宗絃には彼の言葉に心当たりがあった。
動きの参考にしているのは宗絃の師匠。中学の頃に武術を教わった白髪の老人で、年齢不詳の綺麗な姿勢をしていた。
彼の家には道場があり、そこで武術を教えていたらしいのだが既に看板を下ろして久しかった。
偶然知り合った宗絃をその道場に招き武術を教えてくれたのだ。
名の知れた武術家だったらしく、宗絃が通うのを見て道場を再開すると勘違いした入門希望者も見たことがあるが、当然のように全員断っていた。
彼と出会った当時の宗絃は地元では少し喧嘩が強いと名前の知れた少年だった。
喧嘩を好む性格ではないため自ら売ったことはなく、売られても逃げることがほとんどだったが、格闘技を経験した不良相手であっても無敗を誇ったことが有名にしていた。
その日、宗絃は逃げたのだが複数人に囲まれたために仕方なく応戦していたところだった。
金属バットを振り回した不良の前にスーパーの買い物袋を下げた老人が不意に現れたのだ。
現れた当人は多勢に無勢を咎めるつもりであり、その一撃も十分に対処可能と判断していたが、そんな事とは知らない宗絃は彼を庇って受けたのだ。
痛みに耐えながらも瞬く間に全員を殴り飛ばすと、一人目が逃げ出したのを皮切りに全員が一気に走り去った。
師匠は宗絃を家に連れ帰り手当てをすると夕食を振る舞い話を聞いてくれた。
両親が遠方への長期出張で一人暮らしをしていること、初めて喧嘩をして以来よく巻き込まれるようになったこと。もっと上手く逃げたいこと。
その結果、師匠はいっそのこと圧倒的に強くなれと言い放ち、宗絃の道場通いが始まったのだ。
一般的な木刀よりも遥かに本物に近い形状の木刀を持たされた宗絃に対して、圧倒的に狭い間合いだが武器同士が触れた瞬間に相手の動き全てを制圧するあの動きが理想として脳裏に焼きついているのだ。
「分かった。確かにこの武器じゃない。」
聞き取れはするが、呟くような小さな声。
自分と会話するためではなく自分の考えをまとめるための言葉であることをクロスは理解し、答えは返さなかった。
宗絃は目を閉じて物質の形状を操る土属性の魔力を込め、刀の形を変え始める。
最初は刀身を圧縮し、小さくて真っ直ぐな棒身と呼ばれる鉄の棒を作り上げる。
そして棒身と柄との間に直角な鉤を生やせば、またしてもクロスが知らない武器『十手』が完成した。
目を開け、握った十手を見つめる宗絃だったが、完成したにも関わらず動こうとしなかった。
クロスには武器を見つめる宗絃が何をしているのか想像出来た。
それを使い、どのようにして自分を倒すのかまで考えているのだ。
果たしてその予想は当たっていた。
これまでの戦闘経験と知識を用いて、宗絃は脳内でクロスとの戦闘を夢想していた。
そうして一言、
「違う。」
と呟いた。
宗絃の脳裏で作り上げた動きに対し、十手は刀よりも噛み合っていたことは確かだが上があるのではないかと思わせたのだ。
一度は完成した十手が再び姿を変え始め、刀と十手が組み合わさった形に変化して動きを止めた。
「よし。いくぜ、クロス。」
先程まで少し投げやりな感情を含んでいた瞳が闘志一色に染まりクロスを見つめる。
(カタナよりも短くなったな。だがあの刃では切断能力が無い。打撃武器?確かに無手のような攻撃も織り交ぜていた。先ほどよりは噛み合うかもしれん。)
クロスが形状から想定した戦型通り、踏み込みは以前と同様に無手の僅かに外。
武器が短い宗絃の方が小回りが効いて有利な間合いに入り込む。
こうなる前に反撃するために剣のリーチを活かすのがセオリーだが宗絃の速さはこれまでクロスにそれを許していなかった。
(やはり速い。)
そして、それだけではない事にもクロスは気づいていた。
油断しているつもりはないのに、どういうわけか自分の動きが僅かに遅れる、そういうタイミングを狙って突かれている。
頭で考えて出来ることではない。
これが宗絃が師から学んだ動き。
これだけでも彼が師と仰いだ男の優秀さが伺える。
そして鳴り響く一合目。
それは頭で理解できない動きだった。
クロスの剣筋が逸れて抑えつけられ、懐に侵入した宗絃からはね上げられた肘が顎を貫いたのだ。
手応えでクリーンヒットを確信した宗絃はクロスの胸ぐらを掴み、一本背負い。
体の回転を止めないまま、空中のクロスに向けて回し蹴りを叩き込んだ。
手痛いダメージを負いながらも身を翻して着地したクロスは追撃に走る宗絃を迎え撃った。
(追撃の余地ありと見たか?だが……。)
「甘いっ!」
今度はリーチが短い側となったクロスが武器が使いづらくなるほどまでに間合いを詰める。
急激に、フルスロットルまで魔力を使って身体を強化しながらだ。
間合いを潰された宗絃の判断は早く、一撃目は武器を使わない掌底を放った。
それを肘で受け止めたクロスとほぼ密着状態での殴り合いが始まる。
三秒に満たない攻防の末、ボディブローの直撃を受けた宗絃が吹き飛ばされて再び水浸しとなる結末を迎えた。
だがこれまでと違いクロスも水溜まりへと入ってきた。
「初めてだ。」
独り言のような言葉に顔をあげたものの、ゼェゼェという息しか口から出ない宗絃を見ながらクロスは言葉を続けた。
「身体強化を全力で使ったのは。名前は?」
聞かれてようやく、名乗っていない事に気づいた。
「宗絃だ。神田宗絃。」
「ソウシか。魔人相手でもここまでしたことはなかったな。」
「嘘つけ。」
「本心だぞ?何故そう思う?」
「口元が笑ってる。」
本当に自覚がなかったらしく、クロスは揺れる水面に顔を映した。
そこには確かに、これまで彼が見てきた笑顔と呼ばれる表情が浮かんでいる。
「そうか。これが俺の『笑み』か。きっとこれが、愉しいということ……。」
宗絃は何かを噛み締めるように独り言を漏らすクロスに少し危ない人を見る目を向けていたがそれには気づかないらしい。
「ソウシ。」
突然呼ばれた宗絃はビクリと反応した。
「ありがとう。面白いよ、お前。不思議だったんだ。何も残さず消えるものだと思っていた俺みたいな奴がどうしてダンジョンの核にってな。」
何も分からないまま話を聞くだけの宗絃だったが、クロスは何か満足したらしい。
「ソウシ、その武器なんて言うんだ?」
「これ?これは兜割だ。」
「カブトワリか。確かに、お前にぴったりのいい武器だ。」
兜割を見つめながら褒めるクロスの言葉を今度はすんなりと受け取ることができた。
彼に釣られて少し笑みを浮かべながら宗絃は気になっていたことを聞いてみた。
「あんた、絶対魔人の中でも強い方だろ。」
自分が勝てないからそうだとは言いづらかったのだ。
「俺か?まあ半分よりは上だ。強いとかいうより、器用って言われたな。」
「器用?」
「魔族ってのは魔力が多いからな。力任せに魔力を放出する奴ばっかりなんだ。だから工夫して魔法を使う人間やエルフに負けることが多い。」
「クロスはそうじゃなかったと。」
「ああ。四属性使えるし、人間やエルフの魔法もよく真似たし、魔法を使える魔物も参考にしたからな。それでもお前の魔法は見たことがない使い方だったがな。前の世界で学んだか?」
「いや、魔法なんてなかったからな。魔法を使う時に参考にした前の世界のものとかはあるけど。」
「魔法がない世界か。想像もつかないな。」
「俺も魔法が使える世界で人間がどんな生活してるかなんて想像できないよ。」
「そうか。この世界の人間とは会った事もないって言ってたな。とりあえず、人間なら四属性使えるってだけで大騒ぎになるな。」
「え?そうなのか?」
「やっぱり知らなかったか。ま、単一属性でも強いやつはいるみたいだし、複数使えるってだけじゃ意味はないけど、珍しいからな。特に三つ以上は。騒がれたくないなら見せびらかさない方がいいな。」
人間世界の情報を聞くなら妖精さんよりも詳しいらしい。
情報を聞くなら今のうちだと宗絃は判断した。
「じゃあ、」
「十分休んだだろ。ほら、次だ。」
だが、クロスはそれ以上の会話を打ち切った。
戦闘狂を目覚めさせてしまったのかも知れないと宗絃は思った。
「倒してダンジョン消えちまったら話聞けないだろ。」
「上手く加減するんだな。」
あっさりと流された宗絃の言葉だが、勝算がないわけではなかった。
事実、次の立合いでクロスは初めて血を流した。
頬から流れる自らの血にすらも嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ほう。不可視の刃か。風の魔法だな。飛ばす魔法使いはよくいるが、武器に纏うとはな。やはり発想力が違う。」
一太刀で見切られてしまうのは想定外だった。
さらに、クロスは器用だと言われるだけあって真似るのも早い。
兜割を作り、一度肉薄したと感じたことが勘違いだったと思い知らされる。
再び、いや、これまで以上に圧倒的な実力差を見せつけてクロスと宗絃の立合いは続くのだった。




