1章・放り出されてー4
教えられた通り、ペンダントの示す方角へ進みながら聞いた妖精さんのお願いとは、「ダンジョン攻略」らしい。
ダンジョン自体は宗絃の知るゲームなどに出てくるものと一致していた。
この世界では魔力が溜まるとそこに形成されるらしく、内部ではモンスターが生まれるのだという。
それでもダンジョンが形成されるような場所には魔力が集まり続けるわけで、内部には魔力が蓄積されていく。
そうして稀にダンジョンの魔力がオーバーフローしてしまった場合には内部に溜め込んだモンスターを一気に吐き出すのだ。
ダンジョン内部のモンスターは絶命すると肉体を形成していた魔力はダンジョンに還り核となっていた魔石を落とすため、人間の生活圏内で発見された場合には多くの者が金儲けのために入り込む。
そうして魔石という形でダンジョン外に魔力が持ち出されているとオーバーフローは中々起きないのだ。
だが、この森のように人が立ち入らない場所にできたダンジョンではその魔力の持ち出しが行われず、一方的に魔力を溜め込んでしまうためオーバーフローを起こしやすい。
「ソウシが戦ったモンスターは偶然ダンジョンから出てしまった『はぐれ』です。あの時の熊はモンスターの魔力に感化されて体内の魔力が暴走し、自身もモンスター化してしまったのです。この森の生物は軒並み魔力が高いのでそうなってしまいやすいのです。」
と妖精さんは説明した。
「オーバーフローすれば森には一気にモンスターが溢れるでしょうし、暴走する生物による被害も一気に増えるでしょう。そうなれば森の自然は壊滅的です。それでも本来は妖精が世界に干渉するべきではありませんが、今回のは異常事態です。可能なら原因を探りたいのです。」
妖精さんは自然の原理を知るだけで、あらゆる情報を持つわけではないらしい。
彼女と話していて感じたことだ。個別の事象については何らかの形で情報を集めなければ妖精さんであっても知ることはできないのだ。
ちょうど話が終わる頃、異質な一本の大木に辿り着いた。
中央部が裂けたように開き、木の内側が真っ黒になった木だ。
光が届かなくて見えないのではない。そこが開いているのがわかるのに、黒い幕を下ろしたようにそこから先が見えないのだ。
「到着したようですね。中に入ると、どこまで私の声が届くか分かりません。内部はダンジョンによって千差万別です。入ればまずは出口を探してください。」
「出口も千差万別?」
「だ、そうです。それに今回は特殊ですし……。」
「なるほど、了解。」
一応、周囲で果実を集め、動きが鈍らない程度に腹にも入れる。
「よし、準備できた。行ってくる。」
「はい。お願いします。」
躊躇いもなく入り口に踏み込むと、一瞬だけ気持ちの悪い浮遊感に襲われたが、次の瞬間には少し高めの階段を降りた程度の衝撃とともに地に足が付いた。
木の中に入ったはずだが、眼前には再び森林が現れた。
「変わってない?いや……。」
先程までの光景を森林と呼ぶなら、こちらは雑木林に近い。木々も細身なら密度も低いのだ。
そして聞こえる水の流れ落ちる音はあまり遠くに感じない。
「他にアテもないし、行ってみるか。」
そう言いながらネックレスに目をやるともう光もせず、妖精さんの声も聞こえなかった。
一人で林を歩く事数分、前を行く人影を発見した。
いや、人影というには大きくて猫背なそれは、以前森で見かけたモンスターと同一だった。
幸いにもこちらに気付かない、というよりも周囲に気を張ることなくどこかを目的を持って進んでいるようだ。
気取られないよう一定の間隔を保ったまま前を行くモンスターを追いかけると、水の音がどんどん大きくなっていく。
ほどなくして雑木林を抜けると、そこには川が流れていた。
流れ落ちる水の音源はもう少し上流らしい。
とりあえず、と歩き始めた宗絃とは逆に、やはりモンスターは目的を持っていたらしく、とある一点を見つめていた。
そこには明らかな人工物、キャンプ用のテントとハンモックが揺れている。
ハンモックでは一人の男が気持ちよさそうに揺れているが、モンスターに気づいたらしく体を起こして立ち上がった。
さして慌てた様子もなく悠然としている。
無言でハンモックの横に立ててあった剣を掴んだとほぼ同時にモンスターが叫び声を上げる。
すると雑木林の少し離れたところからも続々と同種のモンスターが姿を現した。
宗絃の知識にあるゴブリンも群れをなし、数の暴力に頼る性質がある。以前の個体が例外なのだ。妖精さんが言う、ダンジョンから溢れ出すモンスターが一体だけ出てしまったのだろう。
対する男は一人。
自分が味方をしても二人。
だが、今更ゴブリンに遅れをとるような鍛え方はしなかったはずだ。
視認できる数は六。
魔法の発動準備をしながら、後をつけていた個体に狙いを定める。
(まずは、目の前のゴブリンの首を切る。その後近いやつから魔法攻撃。出来れば初戦は正面から一対一が良かったけど、そう上手くは行かないか。)
走り出し、出てしまうのはいつもの口癖。
「ロクなもんじゃねぇ。」
一面が石に覆われた河原では足音は消せなかった。
さらに大きな音を立てた跳躍音に巨体が振り返ったが遅すぎる。
逆手に持った刀を一閃すれば、その顔の上半分は宙を舞った。
着地の時点、モンスターの注目を集めた頃には大玉の火球四つを生成しそれぞれ顔面に向けて射出する。
高速で飛来した魔法を避けられた個体はなく、四体の顔が爆炎に包まれて倒れた。
仲間が倒されたことを認識したらしい最後の一体は標的を宗絃に変更して襲いかかろうとしたが、突如、その上半身だけが袈裟斬りに斬られてズルリと落ちた。
宗絃にとってその光景は想定外だった。
視界の端でしか捉えていなかったとはいえ、斬られた瞬間が見えなかったのだ。
剣を振り抜いた男の姿があったから、その惨状の原因を理解できただけである。
宗絃の頭が理解に至った時、男が声をかけてきた。
「強いな、少年。」
「ど、どうも。いらないことしたみたいで。」
「そんなことないさ。俺の求める強さの奴らじゃなかった。」
「お邪魔じゃないなら、よかった。」
「次は、俺とやろうか」
「え?」
宗絃の答えは不要とばかりに、男は一瞬で間合いを詰めてきた。
反射的にカウンターで刀を振ってしまったほどだ。
だが、そのカウンターに対応して刃を回避し、逆袈裟が放たれた。
(斬られた。)
そう思った瞬間胸倉を掴まれ、背負い投げの要領で空中に放り投げられた。
全身に力が入らず、受け身も取れないまま落下したのは水たまりだった。大穴を作って水を溜めた簡易的な温泉のようなものである。
水飛沫を上げてそれに放り込まれると、口内に水が流れ込み抵抗する間もなく飲み込んでしまった。
呼吸が出来ず慌ててガボガボと音を立てながら暴れるとすぐに底に手が付いた。
本当に風呂程度の水深しかなかったらしく、慌てて手足をばたつかせた事が恥ずかしかったほど何事もなかったかのように立ち上がることができた。
「え?」
そうして気づく身体の異変。
「斬られてない?」
そこには傷一つなかった。
だが、服確かに斬られている。
「そこの水に浸かれば傷は癒える。服は自分で直せ。出来るか?」
傷が治ったことが信じられず言葉が出ないままだったが、男からの言葉に従って服を直す。
修復を終えて一息ついた宗絃に男は無情な言葉を投げかけた。
「よし。まだやれるな。次だ。」
「え?」
「俺を倒しに来たんだろ?」
当然のように言われたが、宗絃は首を振った。
「いやいや、このダンジョンをどうにかしに来ただけで、あんたを倒すとかは全然だけど?」
そう言いながら、眼前の男に勝てる算段が立たなかったというのもある。
「そうか。それなら教えてやる。俺がこのダンジョンの核だ。俺を何とかしないと、ここから出られもしないぞ。」
「え?出口もない?」
「ない。」
「これも使えない?外の人と会話できるやつなんだけど。」
「何だ?ネックレス?それは、ほう、凄いものを持ってるな。ますます興味深い。」
「分かるのか?」
「妖精にまつわるものだというのは分かる。精霊の加護持ちよりも希少だぞ。どうやって手に入れた?」
「本人に貰ったけど。それより精霊?」
「妖精を知るのに精霊を知らんだと?お前人間だろう?いや待て、妖精本人から?訳がわからなくなってきたぞ?」
男は呆れ顔で剣を下ろした。
不意をつかれても対応できる余裕の表れである。
「色々あって人間と関わりはないんだよ。」
「人間と?親ともか?」
あまりの実力差に投げやりになった宗絃は水溜まりを出て魔法で服を乾かしながらこれまでの経緯について話した。
「なるほど。ずいぶん変わった出自だな。それに、問題はこの場所か。通りで核目当ての者が入って来んわけだ。」
「オッサン、場所も知らずにこんなもん作ったのかよ。」
「作ったわけではない。俺は世界からの退場を願ったんだがな。どういうわけか、最後の仕事に今の役割を与えられたらしいのだ。それから、俺の名前はクロスだ。」
ちなみにクロスは雰囲気こそ落ち着いているが、見た目は明らかに二十代である。
「二百年ほどしか生きていない。同族ではクソガキ扱いだ。」
人間ではないことが確定した瞬間だった。
「同族?エルフか何か?」
「エルフは知っているのか?残念だが俺はちがう。魔人だ。」
「魔人は知らない。魔族?」
「魔族、あぁ、そうだな。魔族だ。ちなみに魔人は魔族の中で最強の種族だ。並の戦士でも人間の中では上澄みの方と戦って遅れをとらない。」
「嘘だろ。魔王いらないじゃねえかよ。あんた魔人の中でどれぐらいなんだ?」
種族の話になると口数が増えたクロスに、やはり最強としての誇りがあるのだろうかと思いながら宗絃は問いかけたが、クロスは冷たく返した。
「どれほどのもんかは自分で確かめるんだな。今のままじゃ、誰かと比べる前にここで死んじまうぞ。」
無慈悲な宣告だった。
クロスの言ったことは妖精さんから事前に聞いた情報と合致している。
ダンジョンを消滅させるには、その核を無効化しなければならない。
「ロクなもんじゃねぇ。」
再度の口癖と突撃。
宗絃の方針はひたすらの猛攻だった。
この三年間、妖精さんとの訓練で鍛え上げた戦闘能力の全てを駆使してクロスに立ち向かう。
まずは剣戟から。
火、水、風、土とあらゆる属性の魔法を織り交ぜる。地面を凍らせる、突然棘を出す、不可視の風で切りつける、火を出して目眩し。
当然、刀での攻撃を止めることもなく、遠距離でも近接でもひたすらに攻め続けた。
そして、凌がれた。
いや、凌がれただけではなく、策の全てを真っ向から対処されたのだ。
近距離、死角から魔法を仕掛けてもクロスは避けるなり剣や魔法で撃ち落とすなりで防ぎ切って打撃、当身、投げ技魔法と宗絃以上に多彩な攻撃で彼を傷の治る水溜まりへと沈めていった。




