6章・再来−1
突然上がった爆音、火柱、叫び声は離れていた衛兵達と襲撃者の手も止めた。
突然の事態にも戦闘から意識を切らさなかった者達が止まってしまった者を一気に倒し、形勢が一気に衛兵達の有利に傾いた。
戦局が大きく変わった一方、宗絃とクレイの対峙した構図はまだ拮抗したままだった。
一際高く上がった炎の渦が収まると、そこには先ほどと変わらない宗絃が佇み、セルディスも心配することなく余裕の表情を見せている。
表情こそ変わらないもののクレイは心中穏やかではなかった。
(今のを防いだ?召喚された勇者達ですら不可能だぞ?それをDランク冒険者が?何を隠している?)
そして声を上げたのはセルディスだった。
ゾゾの衛兵達が戦う場所まで届くほど大きな、朗々とした声が夜空に響く。
「今の攻撃、我々ゼルファード帝国への攻撃と受け取った。明確に敵対する意思があるとみなし、自己防衛のために応戦する。」
セルディスは先に手を出させた宗絃をこの場で褒めたくて仕方がなかった。
宗絃は元いた世界と同様に正当防衛を主張出来ると確信するまで手を出さなかっただけだがセルディスはそんな事を知る由もない。
それでも先に手を出された事実は変わりなく、こうも堂々と宣言されてはセルディスを狙わなかったと主張しても通らないだろう。
これで宗絃も堂々と戦えるとセルディスは思ったがクレイからは冷静な指摘が飛んだ。
「体裁は整ったが、そう簡単に逃げられるとは思わん事だ。」
確かに大きく戦局が動かない限り逃げられないだろう。
襲撃者達は既に敗戦濃厚でこちらに構う暇はなさそうだ。
それでも宗絃は堂々と言い放った。
「思いっきり走れ。」
「逃すと思うか?」
クレイからの問いにも宗絃の答えは変わらなかった。
「さっきので分かった。アンタの攻撃は防ぎ切れる。」
だが、その言葉は同時に宗絃がクレイを抑えている間に逃げるしかないということでもあった。
「防いだとて、この状況で逃げられると思っているのか、と聞いている。」
「状況は変わる。」
その言葉はクレイだけでなくセルディスも理解できなかった。
「悪いな、セルディス。間に合わなかった。最悪のパターンだ。」
「何?」
「走れ!」
セルディスはその言葉に従い、全力で背を向けて走り出した。
「舐めるのもいい加減にしろ!」
更に膨れ上がった炎が凝縮され、槍となり放たれた。
あまりの圧力に走り出したセルディスも振り返って恐怖に足を止めてしまう。
だが槍は透明な何かに突き刺さり、空中で放射状にヒビが広がった。
ヒビの中心で槍は静止すると炎に戻り、消えていった。
(これも、止めるのか?)
クレイは驚きをおくびにも出さず、続け様に火球での追撃を始めた。
二発で透明な氷の壁が割れ、クレイの猛攻が宗絃に襲いかかる。
だが、クレイ以上の速度で生成された水の球が射出されその全てを相殺していく。
火は水で消える。
それは魔法戦においては役に立たない常識である。
攻撃能力において火属性が圧倒的に優位である事は疑いようがなく、その差を覆すためには魔力、技量、用法、どれをとっても相当な差をつけなければならない。
文字通り圧倒的な火力を有するクレイの炎は、これまでどれほど名を馳せた魔法使いの防御も反撃も突き破り膝をつかせてきた。
複数人を相手にしようとも魔物の群れであろうともその強さは群を抜き国の内外でも名前を知られるほどになった。
その攻撃を受け切りながら、背後に風一つ通さないよう氷の壁を張っている事にクレイは気づいている。
まだ本気でないとはいえ、単独でクレイとこれほど渡り合える者がいる事が信じられなかった。
いや、渡り合うどころか単発では互角の威力を持っている分、生成速度で勝る宗絃の攻撃が徐々にクレイに迫っていた。
アルセリア王国が誇る兵力の主柱を自負するクレイにとって、これ以上時間をかける事は許されない。
クレイは前に手を出して掌を宗絃に向け、溜めていた力で一際大きな火球を作り出した。
直線上に第二王女を抱えたセルディスはいない。
先ほどの槍とは比べ物にならないほど圧縮したこの炎を一直線に射出すれば宗絃のみを貫くはずである。
魔力を感じる者ならばこの圧力だけで動けなくなってもおかしくない。
だが炎越しに見えた宗絃の表情は先程までと何一つ変わらず淡々としたまま、平手打ちをするように左手を振ったのみだった。
その意味が分からないまま魔法の発射をしようとしたクレイだったが次の瞬間、横方向からの衝撃で体ごと吹き飛ばされた。
決して軽くはない大人一人が軽々と宙を舞って転がる光景が衝撃の大きさを物語る。
クレイは立ち上がったものの、ダメージの大きさは隠しきれていなかった。
自分自身で身体強化をできた彼だから立ち上がれたが、それでも骨は数本折れている。それがなければ、今心臓が動いているかも疑わしい一撃だった。
(湖畔での戦闘で湖への警戒を怠るとは、なんたる無様。)
水属性は水の生成から行うため発動に時間がかかると言われるが、水さえあれあばそれを操ることで比較的容易に規模の大きな魔法を使うことができる。少量でも操りやすい水があることのアドバンテージは大きく、普段からら自分の魔力を通して使いやすくした水を持ち歩く魔法使いもいるほどでなのだ。
どれほど水があろうと短時間で大量に操るのことが容易ではなく、一瞬でこれほどの攻撃を仕掛けられたのは「仕込み」があったとはいえ宗絃の能力がいかに高いかを示している。
王国最強の魔法使いを圧倒したと言っても過言ではない戦果に気を緩めたセルディスだったが、
「早く行け。」
と宗絃の鋭い声が飛んだ。
彼本人はこの場を離れる様子を見せていない。
最大の障害がすぐには動けなくなった今、足止めをせずとも逃げ切れると考えていたセルディスには想定外の状況である。
だが、その直後、宗絃が予想し、セルディスの脳裏には浮かびもしなかった『戦局が変わる』要素の声が響いた。
「夜分に随分とお楽しみじゃのう、皆の衆。」
襲撃者達の制圧が目に見え始め、戦場の騒がしさが収まり始めた空間で愉しくて仕方がないという感情をを隠すつもりがない女の声を多くの者が聞いた。
それはある意味でクレイの放った魔法の爆音以上に人々の注意を引くものだ。
そして更にわざとらしい言葉が続く。
「おや?ソウシではないか。随分と久しぶりじゃのう!最後に剣を交えてからかな〜〜り長い間が開いてしまったのう。」
名指しされた宗絃は続く言葉の予想がついたために目が細くなっていく。百年ぐらいは一瞬だと思って前の戦いで満足していて欲しかったがそんな事は全くなかったらしい。
「我が魔力を隠すのを止めてもここにいたのじゃから、お主も同じ気持ちじゃったのだろう?嬉しいのう、思い人と心が通じあっておると言うのは。」
喋っていなくても目を引くほどの美人が続けた言葉は見た目とは裏腹な一言だった。
「さあ、今一度、心ゆくまで殺し合おうぞ!」
そうして放たれたのはクレイを上回り、感知する能力がなくても背筋が凍る程の魔力。
発した本人ですら人間相手に出すとは思っていなかった、魔人・クレアが真剣に戦う時のための魔力である。
「魂に刻め。我が名はクレア。強さを求める魔人の一人である。」




