5章・諸国会議−7
帝城でわずかな人数に見送られたのは二週間前。
宗絃はセルディスと共にゾゾ教皇国の首都ゾゾで串焼きを頬張っている。
「うん。コレもおいしい。」
「帝都にもある店だぞ?行ってないのはもったいないな。」
「そうなのか?」
「帝国の商会がやってる店だからな。好きに出られない箱入りの悲哀ってやつか。」
「ああ。自由がなくてな。毎日涙を堪えてるよ。」
わざとらしく目元を拭う仕草をするセルディスに宗絃は冷たく、
「泣いてるのは周りのお目付役だろ。」
と言い放ったが、当人は声を上げて笑うだけだった。
極秘の旅程と言われたものの実際は気ままな二人旅だった。
こっそりと帝城から馬車で出発し、国境を越えたあたりから徒歩でここまで歩いてきた。
馬車に乗る選択肢もあったが帝国製のものと違い、大きく揺れるし椅子も固い。
整備された道でもこれではやっていられないとセルディスが早々に馬車移動を拒否したのだ。
「サスペンションだがバネだかが開発されてから帝国製の馬車の乗り心地は他国と一線を画すとは聞いていたがこれほど違うとは思わなかったぞ……。」
初めて国外製馬車を降りたあの日、本気で何かを恨むように言ったセルディスの言葉に宗絃も大きく頷いた。
日程にはかなりの余裕があった上に馬車と徒歩で大した速度の差は生まれない。
宗絃にとって最もありがたかったのはセルディスが精神的にも体力的にもタフだったことだ。
日中歩き通しでも余裕の表情で旅路を楽しんでいるほどで宗絃のイメージを覆した。歩き通しでも音を上げず、多少質の悪い宿でも文句一つ言わなかった。
セルディス曰く、
「護衛が全滅しても自力で帝城まで帰れねば皇族の資格はない。」
とのことだった。
それを考えれば潤沢な資金で買い食いしながら街道を歩くだけなど容易いことだと彼自身が証明して見せたのだ。
身分を隠すため友人同様に接しろという条件にも即座に順応し、軽口を叩き合い買い食いをする二人は既に普通の友人関係にしか見えない。
宿を確保し、ゾゾの政府である教皇庁に到着の通知を届けて観光に洒落込んでいるところを見れば本当にただの旅行気分と言われても仕方がないが、セルディスとしては世界を自分の目で自由に見て回れる最後のチャンスかも知れず、逃すわけにはいかなかった。
半数以上の人間が同じ土地で生まれ育ち一生を終える中でこれほど余裕の旅を楽しめる喜びを噛み締めるセルディスは日程の余裕を全て費やした価値を感じており、どんな悪口を言われようとも笑えてしまう。
ようやく笑いがおさまり始めた時、隣で宗絃が何かを眺めていることに気づいた。
「どうした?」
視線の先には開放された教会の扉。奥にはドラゴンの絵が飾られている。
「アレか。そういえば、ドラゴンの居場所が知りたいと言っていたな。」
セルディスは宗絃が希望した報酬の話を思い出した。
「見に行こう。何か話が聞けるかもしれん。」
「いいのか?」
「構わん。そもそも私は見たい何かがあるわけではないからな。」
迷うことなく協会に入っていくセルディスに宗絃も続くと、中に人はほとんどいなかった。
周囲を見回していると死角から声をかけられた。
「観光の方ですかな?」
二人が振り返ると六十歳前後と思われる白髪の男性が立っている。
「ええ。拝見しても大丈夫ですか?」
答えたのはセルディスだった。
「勿論です。ですが、運営にお力添えをいただけますと幸いです。」
神官は丁寧な口調で言いながら入り口付近の募金箱を示した。
「では微力ながらお役に立てればと存じます。」
セルディスは笑顔で募金箱に硬貨を入れ、神官に問いかけた。
「すいません。このドラゴンの絵について教えていただきたいのですが、よろしいですか?」
「絵についてですか?」
「ええ。元になった伝承などがあれば教えていただきたいのです。」
「なるほど。ドラゴンに興味をお持ちとは珍しい。残念ながら、こちらの絵についても多分に漏れずほとんどのことが分かっておりません。作者、作成時期共に不明です。ただ、伝承という点で言えば、他のもののように冒険譚の一部分ではなく実在の目撃情報を元にしたのではないかと言われております。確か、アルセリア王国南東で今でも話が残っているとか。」
具体的な場所まで含めた情報に二人の表情が変わった。
神官の顔には純粋な疑問よりも興味が強く浮かび、二人に問いかけた。
「お二人はこの絵を見てどう思われたのですか?」
それは神官の好奇心だった。
この絵を見れば大抵はよくある伝承を絵に描いたものだと思うはずだ。
わざわざ教会内にまで入って来た者を彼は知らない。
セルディスは連れられて来ただけのため、何も言わずに宗絃の方を見た。
神官も宗絃の方を見ると、当人も考えがまとまらず、
「いや、赤いな、と思って……。」
と咄嗟に答えた。
正直な感想だが、それ以上言葉が続かなかったのは本当にそれだけの理由しかなかったからだ。
それだけでも神官は十分な答えとして受け取り、
「なるほど。赤以外のイメージをお持ちでしたか?何色の?」
と更に質問を続けた。
「あ、はい。黒のイメージでした。」
ムーンを思い出しながら答える。
「ほう、珍しい。貴方もですか?」
「いえ。私が見た挿絵はどれも色が違いましたから、どれも作者が好きに色をつけているものと思っていました。」
セルディスの言葉で宗絃は初めてこの世界のドラゴンに対するイメージを知った。
「今や探すどころか信じている人間すら少ないでしょう。伝承すら薄れ、残る図書も古びて閲覧が限られていくこのような時代では正確な情報すら手に入らないでしょうからね。大抵はおっしゃる通り、作者の好みで色をつけているはずです。」
「これは違うんですか?」
宗絃の問いで神官には少し難しそうな表情が浮かんだ。
「断定的なことは言えません。私個人の感想として聞いていただきたいのですが、この絵にはどこか迷いが感じられるのです。想像したものを描けばそれはありえない。答えは頭の中にありますからね。迷いが感じられるのは、記憶を頼りに描いたからではないか、と私は思っています。」
予想外の展開にセルディスも興味を持った。
「ほう。つまり、この絵の作者は伝承どころか実物を見た事があり、その記憶を頼りに描いたのではないか、と?」
「年寄りの妄言ですがね。歴史書を読み漁るうちに自分でもこういった情報から遠い過去に思いを馳せるのが趣味のようになりましてね。」
「神官と歴史ですか。珍しい組み合わせですね。」
「そうなのか?」
「ああ。多くの歴史家は勇者に否定的だ。」
宗絃の脳内では繋がらない単語だった。
「勇者?」
「一部の話にならない歴史家の、それこそ妄言だと思うがな。勇者と魔族の争いで多くの史跡や書物が失われたと言うんだ。勇者と魔王は対をなす。どちらが先に生まれるのかは分からんが、その争いのせいで失われたと敵視する者が多いと言う話だ。」
「よくご存知ですね。ですが、妄言とも言い切れないどころか、根拠もあるとされているのが厄介なところなのです。」
神官の言葉にセルディスも驚いた表情を浮かべた。
一瞬固まった彼をよそに、宗絃は純粋な疑問を投げかけた。
「そうなんですか?」
「はい。出現は勇者が先という説もあります。今では存在すら不確かな図書ばかりで私も原本まで辿り着けませんでしたが、勇者が先に現れたとする記録が複数残っていたようです。勇者が我々の味方であったから情報の伝播が早かったという反論もありますが、こちらは否定するための一説に過ぎません。魔王が先とする説は、いえ、勇者が先ではないとする説と言った方が正確ですが、こちらは教会の教義に基づいた推測のみなのです。」
堂々と立場と真逆の説を推すような発言を聞き、二人は脳内で同時に、
(いいのか、それで?)
とツッコミを入れた。
「こんな話をすると不信心だとよく怒られましてね。アッハッハ。」
同じ指摘は受けているらしいが全く懲りた様子のない神官に二人もつられ、ひとしきり笑った後に教会を出たのだった。
二人を見送り戻った神官が振り返ると、一人の見習い神官が何か言いたそうな視線を向けている。
「悪かったね。つい楽しくなってしまった。」
「はい。場所だけは選んで下さい。それさえなければもっと上のお立場に。」
「買い被りだよ。それに、迷える人々を救う為の教会なら、彼ら、いや、彼にも等しく救いがあるべきではないかな?」
「それは、そうかもしれませんが……。」
「こんな詭弁に惑わされてはいかんな。私は自分の話を聞いてもらえたのが嬉しいだけだよ。」
また声を上げて笑う神官だったが、本心は間違いなく誰かの役に立てるならば自身の立場など瑣末な問題だと考えている事を、この教会ではどんな新人も知っている。




