5章・諸国会議−5
周囲の術式が消えるとすぐに治癒魔法の使い手が走り寄り、手当てを始める。
アイラ達の所に戻ろうと振り返ると、そこにはルギウスが立っていた。
「想定以上だ。近衛兵に来いよ。最高待遇だぜ?」
「剣術や魔法の教官でもよろしいかと。」
後ろに控えていたセルヴァンが添えると、
「それもいいな。」
と同調した。
「ありがとうございます。けど、ご期待には添えません。」
宗絃の答えを聞いたヴォルミンから、
「期待通りの返答で良かったですな。」
と言われたルギウスは豪快に笑った。
「本当にそれで良いのか?というか、部下は気にならないのか?」
と聞きたげな宗絃の顔を見たヴォルミンは問いを待つ事なく答えた。
「良いのです。独立自尊の有り様は帝国として民に求めるところですから。それに、優秀な治癒魔法使いを用意していると申し上げたでしょう?」
そう言って向けた視線の先ではサリアの治療は終わったらしく、本人の呼吸が整うのを待つのみだった。
「あれぐらいで音を上げるなら騎士団は無理だ。素質はあるかもしれんが、そんなもんで乗り越えられるほど甘くないからな。」
声を上げて笑うルギウスにヴォルミンは呆れた声で、だが口元では笑いながら、
「入って欲しいならそういった情報は隠すべきですな。」
と言った。
こんなに厳しそうな組織には入るまいと誓った宗絃だったが、彼を鍛えたクロスや師匠の手法がどんなものであったかを棚上げしている事実には気づかなかった。
騎士団は厳しいが、彼らほど「身をもって教える」を地でいく育成は行っていない。
苦笑いを浮かべた宗絃に、
「んじゃ、報酬の話をするか。金が一番いいだろ?」
とルギウスは言った。
国からの依頼な上にこれほど特殊な事情となれば褒賞、もしくはかなりの上乗せが期待される。
その相談も含めてフィオルが同行していたのだが宗絃は意外にも金以外にも興味を示し、
「金以外もあるのか?」
とアイラに耳打ちした。
皇帝と元老院議員二人は想定外の反応に強い興味を示した。
特にヴォルミンは、
「ほう。欲しいものがおありですか?」
と最初に声を上げた。
冒険者ならば今後の活動に優位になる褒賞を望む可能性が高いが、これまでの経緯からその線はないと言い切ってもいい。
宗絃の希望は、
「図書館で普通は読めない本を読みたいとかは?」
という予想の遥か斜め上を行くものだった。
「本?」
アイラ以外の全員が同じ反応を示し、声を揃えた。
帝都に来てから図書館での資料漁りを日課としていること、一般には公開されていない本が多くあることに悩んでいることを知っていたアイラだけは『そんな手段があったか』と感心している。
「読みたい本があるのですか?」
「決まった本ではありません。調べたいことがあるんですが、図書館にある本では分からなかったんです。関係する数も少なくて、普通に読める範囲では手詰まりになりそうで。」
「ほう?確かに、そういう事なら冒険者の方が向いていますか。」
ヴォルミンとしては納得できる答えだったが、これを読める者などいないと言い切れるほど意外だった。
自ら世界を回りたいという好奇心から冒険者になることは珍しくないどころかメジャーな理由の一つだが、読みたい本があるというのは余りに知識に寄った理由に思えたのだ。
単純に本を読みたいなら学者の道の方が遥かに近いし確実だ。
冒険者としては一般開放されていない本を読むにはBランクが必要になるが、それには高い戦闘能力と多くの依頼をこなすことが求められるため非現実的が過ぎるのだ。
加えてソロでは不可能という他ない道だろう。
ヴォルミン自身、先ほどの戦いを見なければ荒唐無稽と鼻で笑ってしまう話である。
「閲覧したい本があるならば検討できますが、本自体を探したいのは難しいかもしれませんな。」
「見るのも駄目なんですか?」
「ええ。公開されていない図書はそれ自体が希少ですからね。調べ物ということは実際に読むのでしょう?許可を出すことはできますが、本を探すには当日に責任者の同行も必要になりますから、それだけで自由に閲覧はできません。」
「誰かに調べてもらう事も難しいですか?」
「自分で調べたいわけではないと?なるほど。ではソウシ殿の代わりにその情報を集める者を探しませんか?図書館の司書に命じれば見つかるやも知れません。」
(シショ?あぁ、司書か。今までちゃんとそう呼んでる人いなかったな。え?ダイシショサマって大司書様ってことか?今更気づくとは、俺の頭もロクなもんじゃねえ。)
自身の脳に呆れながら宗絃はヴォルミンの案に乗ることにした。
話の方向性が固まり全員が安心し冒険者協会組は帰ることにした時、宗絃の背後からどこか冷たい声が聞こえた。
「優しかったですね。可愛い女の子に。」
「え?」
振り返れば口元だけ笑顔のアイラだった。
「最後のは断るかと思ったから。彼女以外は負けを認めてたし。……女の子だったから?」
「いや、特に意味はなくて、やる気になったからで……。」
「女の子だったから?」
答えに窮して辺りを見回すと、誰とも目が合わない。
ルギウスはわざとらしく明後日の方向を見て、シャミはやや呆れた顔で横を向き、他三名はわざとらしく何も聞こえない顔をして横を向いている。
「いや、まだ何か隠し持ってそうだな、と思っただけだって。」
「……へぇ?」
「とりあえず、帰りませんか?」
困った宗絃を見ていたルギウスだったが最後に、
「帝城を出て四つ目の十字路を西に行くとすぐに美味いケーキを出す店があるぞ。」
と言った。
「そうなんですか。また寄ってみようかな。」
そう答えた宗絃を振り返ったシャミの鋭い視線が射抜いた。
「……アイラ、この後ケーキを食べに行かないか?」
その日、夜まで食べてから部屋に帰った宗絃の財布はかなり軽くなっていた。




