5章・諸国会議−2
シャミは呼び出しを受けて冒険者協会の事務部長室に入った。
「お疲れ様。忙しいところ悪いね。」
落ち着いた声にシャミはいつも癒されている。
「いえ。まだまだ余裕です。」
事実を述べただけだがフィオルは声を上げて笑った。
「アッハッハ。優秀で有難いね。お陰で楽ができてるよ。」
信頼を感じたシャミの頬が少し紅潮した。
「さあさあ、座って。」
部屋に置かれたティーセットで彼が自らお茶を淹れるのはいつも通りである。
最初は恐縮していたが、彼はお茶を淹れるのが好きらしくシャミが初めて黙ったままそれを待った時は心なしか少し嬉しそうに見えた。
無言のまま二人でお茶を飲み、一息ついてフィオルが話し始めた。
「実は頼みたい仕事があってね。厄介なんだな、コレが。」
経験も知識も豊富な彼には珍しかった。
「フィオルさんが『厄介』とは、どのような話なのでしょうか?」
「それがね、どれぐらい厄介か分からないから『厄介』なんだよね。僕にはこの仕事を君に振る事しか出来そうにないんだ。」
なんでもこなせるフィオルがこれほど弱気な言い回しをするのは初めて見た。
「上から来た仕事でね。護衛の依頼をしたいから、ある冒険者の実力を見たいと言うんだ。」
彼が言う『上』は協会の上司ではなく国という意味だろう。
そして冒険者というのも予想がついた。
「ソウシさんですか。」
「やっぱり分かる?」
冒険者協会長に来た依頼には『ゾゾへの護衛を頼みたいので戦闘における能力がBランク以上に匹敵すると思われるCランク以下の冒険者を紹介してくれ』という旨の文章が書かれていおり、フィオル以外誰も当てすらつけられなかったのだが、彼からすれば何故分からないのか聞きたいぐらいだった。
「彼、目立ったからねぇ。」
「名前が知られていないのは、一応うまく隠れられているという事なのでしょうね。」
「国には見つかってるけどね。」
また声を上げて笑ったフィオルは、
「僕も会ってみたいね。戦うところを見てみたい。」
と呟いた。
その言葉でシャミの表情も難しいものになる。
フィオルならば当然協会のデータを確認済みなのだろうとシャミは思う。
ソウシはゲインの時と同様に拠点を登録していないので、こちらから連絡する手段は無いのだ。
依頼主が依頼主なだけに早く伝えたいものの手段がなく、本人のこれまでの行動を見れば単純な呼び出しに応じるとも限らない。
だからフィオルもどれほど厄介なのか見込めなかったのだ。
出来た事は唯一、彼と接点のある部下を頼ることだけだ。
ここで手が途絶えてもおかしくないほど薄い望みだと思っていたが、シャミは思っていたよりも遥かに良い答えを返した。
「承知しました。拠点を知っていそうな者を当たってみます。」
「え?本当に?彼が来るのを待つしか無いと思ってたんだけど?一緒に来たウィル君かな?」
フィオルの中では次善策と思っていた名前を出したが、シャミはもっと身近な者を思い浮かべていた。
「いえ。協会内におりますので、頼んでみましょう。連れて来るのは難しくても、言伝は頼まれてくれるでしょう。」
「へえ。そんな子が。僕も気になるな。今呼べる?」
数分後、フィオルの部下から呼び出されたアイラは事務部長室でシャミの隣に座って事の次第を説明されていた。
「国の依頼……。」
「はい。指名依頼ではありませんが、流石に条件がピンポイント過ぎます。」
「国にもよく気づく人がいるもんだよね。協会のお偉方でも忘れてたのに。まああれだけぼかした二ヶ月前の報告書の細部を覚えてる国の人が凄いと思うけど。仕事でもないのにねぇ。」
しみじみと言いながら一口お茶を飲んだフィオルは再びアイラに視線を向けた。
「で、そもそもアイラさんは彼に連絡が取れるかな?」
シャミは確認しないまま話を進めていたことに赤面したが、隣のアイラは当然のように、肯定した。
「はい。それに、その依頼も受けてくれる気がします。」
言葉は控えめだったが、どこか確信しているような彼女の言葉にフィオルは興味を持った。
「ほう。その心は?」
「私個人の印象ですが、人目につかない事よりも人を助けることを優先しているからですね。ワイバーンの時もそうですが、本気で見つからないように魔法を使おうとすれば出来たはずです。被害が出るまで待てば混乱の中で魔法を使えたでしょうし、必死で走る必要もありませんでしたから。『助けて欲しい』と言えば断らないと思いますよ?」
そして自分は心配しながら帰りを待つのだろうかと思うとアイラは大きな溜息をつきたい気分だったが、上司の手前、それは飲み込んだ。
交わした言葉の少ないシャミも宗絃から受けた印象を思い出して納得し、首肯する。
その様子を見たフィオルは微笑みながら、
「なるほど。よく分かりました。けど、今回は話を伝えるだけでいいよ。国が相手であっても冒険者には断る自由があるし、我々はそれを守るのが仕事だからね。」
とアイラに告げた。
その夜、仕事から帰ったアイラは宗絃が借りている部屋のドアをノックした。
その日の予定は知らなかったが、宗絃は既に帰宅しておりアイラを部屋へと招き入れた。
アイラは部屋に入るといつもと同じ椅子に座り、宗絃はその向かいに座った。
「今日は協会からの通知があるの。」
「わざわざ?何かある時は窓口で言われるかと思ってたよ。」
「普通はね。今回のは事情が事情で……。」
本人を前にすると、アイラは迷い始めた。
「どうした?」
だが、促されてフィオルとシャミの話を宗絃に伝え、
「ごめんなさい。」
最後に謝った。
「何で?」
「こういう協会の話が来るのが嫌で拠点の登録しなかったんでしょ?」
個人的に知っているだけの情報を一方的な利益で利用してしまったのだと、宗絃の顔を見て気づいたのだ。
だが宗絃は笑うだけだった。
「気にしてねえから。それより知ってたせいで余計な仕事増やしてゴメン。」
その答えに安堵したアイラに宗絃は今回の依頼について聞いた。
「じゃあ明日にでも顔出すわ。」
「行くのは相手と日程調整してからでいいようにするから。」
「分かった。俺はいつでもいいから日が決まったら言ってくれ。そろそろ手詰まり感が出て来たし、気晴らしにはちょうどいいかな。」
国からの依頼でも様子の変わらない宗絃にアイラもいつもの調子を取り戻して笑った。
宗絃に別れを告げて部屋から出ると、アイラは向かいの部屋へと入った。
家賃は相場と変わらないこの部屋は入居時の手数料が少し高いせいで空いていたのだが
二ヶ月前、懐に余裕のあった二人は偶然、別で契約したのだった。




