5章・諸国会議−1
「ふゎぁぁぁ〜。」
両手をあげて大きな欠伸をした男を半眼で睨みつけた男は明らかに彼よりも年上だったが、丁寧な口調で嗜めた。
「まだ会議中ですよ。」
「カタい事言うなよ。俺なんかいなくてもいいぐらいだろ。」
「不可欠です。」
「今、影武者って何してる?」
「会議の代理に使わないで下さい、ルギウス皇帝陛下。皆、役割があるのですから。」
ため息混じりのヴォルミンではあるが口角がわずかに上がり、嗜めながらも楽しんでいる様子が伺える。
先ほどまで真剣な表情だった会議の参加者もヴォルミン同様に表情が緩んだ。
いつもより長引いていた会議で全員の集中力が切れ始めた頃だったのだ。話し合うよりも報告が多い定例会ではいつも以上にそれが長続きしないというのは全員が感じていることだった。
「俺の役はしばらく何もしないで良さそうで有り難いなぁ〜。」
わざとらしい言い方に何人かは吹き出してしまった。
「ありますよ。諸国会議への招待状が届いています。」
ヴォルミンは真顔で返す。
「そうか。今年はゾゾか。厄介な。」
近隣諸国のトップクラスが顔を合わせるこの会合は当然多くの危険が付きまとう。
開催国も威信にかけて警備を行うのだが、参加国としては自衛の兵を用意したいところである。
そんな事情を考慮して、この時ばかりは他国の軍が自国の領土内に入る事に寛容になるのだが、ゾゾ教皇国は構わず他国の兵が入る人数を絞る。
「ええ。そろそろ準備を……。」
「今回は、セルディスを行かせようかと思う。」
ヴォルミンの言葉に被せて出された案に室内の空気が一気に張り詰めた。
ルギウスはこの状況を見越していたらしく、涼しい顔を崩さず続けた。
「あいつも自覚はあるだろう。そろそろ仕事もしてもらおうじゃないか。」
「それは、そうですが……。」
ルギウスの長子、セルディスは今年十七歳になる。
社交界にも既に顔を出しているが、皇族として外交の場に出るのは初めてとなる。
通常は帝国内で傘下に入った歴史が長い友好的な地域での会合から徐々に場慣れさせてから友好的な関係にある諸外国へと出て行くのが通例だが、ルギウスはそれらを全て飛ばして諸国会議へ送り出そうというのだ。
「諸国会議もほとんど社交界だ。大丈夫だよ。」
確かに内容は会議というより各国の近況報告に近い。一部、顕示欲の強い君主は夜のパーティーや代表団の装いでいかに目立つかばかりを考えているのではないかと疑うほどである。
「心配があるのは俺もだ。」
ルギウスだけでなく、この会議に参加している者のほとんどはヴォルミンが息子同様にセルディスを可愛がっていることを知っている。
父親や歴代皇帝同様にルールや規則に縛られない奔放さで学校の教師陣を困らせている気質は真面目なヴォルミンと真逆で嫌いそうなものだが、それが発想の柔軟さの発露であることを彼は理解しているのだ。
そして幼少期に勉学を教えていたが故に、その知能の高さに最も早く気づいた大人の一人であり、それ以来、他の皇位継承権を持つ者は誰も物足りないと感じてしまうほどである。
セルディス当人もヴォルミンを慕っているらしく関係は良好なのである。
「だが諸国会議ならゾゾも警備に必死になるだろう。山越えだけは厳しいが、そこさえ抜ければゾゾは隣だ。アルセリアの狸ジジイも簡単に手は出せない。」
最初こそ厳しい態度に見えたが、しっかりと安全性にも配慮している事に会議の参加者も気づき始めたが、誰もツッコむ事はなく皇帝の話に耳を傾けていた。
ヴォルミンも諦めたらしく、続きを促した。
「では代表団を組織しましょう。皇太子殿下と、ここにいる元老院から一名、外交官が一名、護衛は上限の五名でしょうな……。騎士団から最高の兵を選ばねば。」
「それだがな、騎士団から実力者五人は出せない。」
「何故です⁉︎」
驚いたのは全員だった。
皇太子を派遣するならばヴォルミンの案以外には有り得ない。
「アルセリアの動きが怪し過ぎる。」
「それはこれまでもでしょう?なぜ急に?」
「最近、王国内で国外の人間が異様に厳しく取り締まられてただろ?」
その話はヴォルミン達も耳にしていたが、直接帝国の脅威にもならないため聞き流していた。
「捕まった人間は特定の場所に集められていたらしい。周囲に町のない、新設された城みたいな刑務所だ。」
取り締まりは王国全土で厳しくなっていたはずだが、全員が同じ場所なのは確かに不思議だった。捕まった場所の最寄りで良かったはずだ。
「最近取り締まりが前と同じぐらいに戻ったらしくてな。ちょうどその頃から、その刑務所が騒がしくなったらしい。王国の騎士団が出入りするようになって、強力な魔法が使われてるみたいだ。空に上がった魔法を見た人間がいるだけだから何が起きてるのか分からないが、相当強力な魔法が使われていることは間違いない。狸ジジイが何かをしようとしてるなら、最悪の場合に備えておきたい。」
「どこからそのような情報を……。」
「酒場の商人だな。」
「また護衛も付けずにそのような場所へ……。」
慣れた表情で睨む視線を受け流し、ルギウスは続ける。
「要衝でもなく、見通しのいい場所に建てられてるせいで簡単に情報は得られないが、無視出来る情報じゃないと思う。」
平時、政の最高権限は元老院であり、皇帝は非常時に権限を委譲された場合にしか決定権を持たない。ルギウスが自身をお飾りと言うのはそのせいだ。
だが、会議中の発言で彼の発言を軽んじる者は元老院にはいない。
彼の統治能力を理解しているからだ。
今回も同様に、彼の意見に異を唱える者はいなかった。
「では情報収集を急ぎましょう。して、皇太子殿下の護衛の案もお持ちですかな?
「ああ。冒険者を使う。」
「良いのですか?対外的には当然ながら、兵の士気低下も招きますよ?」
「仕方がない。それに、そんな余裕がなくなるほど鍛えてやればいい。」
「ゾゾ側の問題もあります。ランクの高い冒険者は多過ぎる兵以上に入国を嫌うでしょう。」
「Aランクならな。Bでも難しいか。」
「それ未満では能力に不安が出ますよ?」
「単純に単騎の戦闘能力で選ぶ。直近の護衛は騎士団から出した一人にさせて、冒険者はその指示に従わせる。夜の社交会は会場外苑までしか入らせて貰えないだろうからな。」
「なるほど。ですが戦闘能力もほぼランクに合致して……いや、ランクアップ前の冒険者から見繕えばいいのか。最近噂になっているのは二人ですかな?エルフの者と、新しい魔剣持ちの。ですがゾゾは宗教国家。亜人と魔剣という性質は高ランク以上に拒まれる要素では?」
ルギウスは市井の噂まで把握しているヴォルミンの答えに満足しつつも余裕の笑顔を崩さなかった。
「セルヴァン、お前は詳しいだろう?」
突然呼ばれたセルヴァンは元老院の中では最も若く、皇帝に名指しされた事で恐縮したが受け答えはしっかりとしたものだった。
「はい。私見ですが、もう一人、Dランクに心当たりがあります。」
「D?」
セルヴァンの答えに動揺しなかったのはルギウスだけだった。
彼は示されたランクだけで望む答えが返ってくることを確信し、内心ほくそ笑んだ。
「二ヶ月ほど前にゲインから上って来た新人です。ゲインで開かれた協会の武闘大会では先程名前の上がった二人を倒して前衛部門優勝しております。」
「だが、何故その二人ほど名前が聞こえない?」
ヴォルミンからは当然の疑問が出たが、セルヴァンは首を振った。
「分かりません。」
懐疑的にならざるをえない答えだったが、セルヴァンは言葉を続けた。
「ですが、Dランク昇格試験での実戦試験を見た限り、腕は確かです。」
帝都では名の知れた剣士の一人であるセルヴァンが自らの目で見てそう評したのであれば間違いないだろう。
ヴォルミンは寧ろ、そこまで言わせる冒険者に興味が湧き始めた。
「それほどか。ではどのレベルと思われる?」
「私では推し量れませんでした。」
何故か嬉しそうに明言したセルヴァンの言葉にその場にいたほとんどが肩透かしを喰らったような顔になり、ルギウスだけは笑い声を上げた。一人の武人として強者を見つけた悦びを理解しているからだろう。
「実は俺も分からなかった。試験官を易々と倒してしまっていたからな。」
同調したルギウスにヴォルミンはまたもや少し呆れていたが、そんな表情を気にせずセルヴァンは嬉しそうに話を続けた。
「それだけではありません。聞くところによれば二ヶ月前のワイバーン討伐において二頭を屠ったのは彼の魔法との話も聞いています。」
この話はルギウスも初耳だったらしく真剣な顔になり、
「詳しく聞きたい。」
と言った。
首の切断のみで仕留められたワイバーンは元老院全員が研究所で目にしていたため全員が少し前のめりになった。
「はい。一頭を先程話題に上がったうちの一人、魔剣持ちのウィルという冒険者が倒した話は広まっておりましたが残る二頭を倒した者の名前は広まりませんでした。理由は単純で、どうやって倒されたかが分からなかったからです。大方の予想では協会に随伴していたエルフのミナが上がっていますが、協会の報告書では件のDランク冒険者の名前が記載されています。」
「どれほどの腕があればあれほど見事に首を落とせるのか、剣士でない私には想像がつかんな……。」
ヴォルミンの言葉をセルヴァンは否定した。
「いえ、あれは魔法によるものだそうです。本人が語らなかったために、どのような魔法かまでは分からなかったそうですが。」
「何?武闘大会の前衛部門と言わなかったか?」
「ええ。魔法も剣も、エルフのミナより上ということになります。名前が知られていないのは、ワイバーンの報告書の件から思うに、本人がそれを望んでいないからだと愚考します。」
「冒険者にも関わらず名前を売りたくないとは珍しい。だが、その力を見せてもらわねば殿下の護衛は任せられん……。」
悩み始めたヴォルミンにルギウスがはっきりと言う。
「魔法の件は俺も想定外だったからな。まずはどうにかして力を見せてもらうとするか。」
「冒険者にも色々おりますが、ここまで功名心を感じないタイプは初めてですな。」
「あぁ。面白い奴だ。隠れてるいるつもりらしいが、目立っておるわ。」
豪快に笑う皇帝を見て、面倒が増えたと思う元老院の面々からも笑みがこぼれた。




