4章・そして、彼らが召喚された−1
宗絃達が帝都に着いた頃、王国の城内ではワイバーンの一件が報告されていた。
「三頭全てが倒された上に帝国での被害は無し、じゃと?」
不機嫌になって怒鳴り始める可能性もあるとも思われていた国王だが、今回の報告には驚きが勝ったらしい。
「はい。死体は回収され一頭は解体、残る二頭は首の切断以外はほぼ無傷であることから研究用にそのまま回収されたとのことです。」
国王は玉座に座ったまま頭を抱えた。
「二頭の首を切った魔法の正体も分からぬまま、か?」
「残念ながら……。」
三頭を見張っているのを察知されない距離から何が起きたのかを把握する事はできなかった。
傷ついた一頭が地上で冒険者に剣で倒されたのは見えたが、問題の二頭は無傷な上に空中にいたにもかかわらずほぼ同時に首が切られたと言うのだ。
偶然とはいえワイバーンに首都を襲われたとなれば帝国とて小さくないダメージになるはずだと喜んで話を聞いていたのだが、最後に届いたのは『帝国に強力な、しかも未知の魔法を使う者がいる』という恐ろしい報告だった。
大国といえば間違いなく名前の上がる二国だが、国土、人口ともに帝国が圧倒的である。
かの国が軍事力をもって活発に国土を拡大したのは先々代の皇帝が存命だった時であり数十年前の話だ。
その後は国内政策の充実に注力し、全てにおいて世界の中心とも言える力を誇っている。
同じ大国と呼ばれながらも比類のないその国力に怯えた国王は常に対抗できる手段を探し続け、この機に少しでも帝国の発展に陰りが見えないかと期待していたのだ。
他にも細々と、だが積極的な工作を仕掛けているもののことごとくが失敗に終わり、苛立ち、不条理に家臣を怒鳴るのが城内の日常となりつつあった。
止めるべきだ、国内の安定に注力すべきだ、現在の帝国が武力行使に出る可能性は低い、と正論を述べた臣下は尽くその立場を追われ、本当に国のことを考える者はいなくなってしまった。
大国故に余裕はまだあるが、国王にそう気付かせる者はもういない。自らで『脅威は実在の帝国ではなく自身の中にある恐怖心である』ことに気づかなければならないのだ。
そして当然気付けるはずもなく、ある決心を固める。
「もはや軍事力で帝国に届くのは不可能じゃ。かねてよりの計画を実行するしかあるまい。」
「しかし国王様……。」
「我等が帝国の影に怯えず生きるには試すみるしかない。」
国王の腹案を知る者でその決断に驚いたのは半分だった。
もう半分は国王の脳内で帝国への対抗策が軍事力一辺倒であることを察し、彼が最も高い戦力を得られると考えている案に手を出すだろうと予想していた。
「承知しました。準備自体は、ほぼ完了しております。」
「うむ。近々実行に移す。」
「承知しました。」
会議の終了後、あの場にいたとある二人が小さな別室で机を挟んで座っていた。
片方は難しい表情で腕を組んだまま黙っていたため、向かいの男が質問を投げかけた。
「あの、先程国王様がおっしゃっていた計画とはなんなんでしょう?ご存知ですか?」
「ん?あぁ。卿は知らぬのか。と言っても私も分からないことだらけだがな。恐らく勇者召喚の事だろう。名前の通り、勇者を召喚するそうだ。」
「勇者を、召喚?」
「訳が分からないだろう?私が勇者について知っているのは昔話だけだ。魔王の出現と共に現れて、あらゆる聖剣を使いこなし、魔人すらも凌駕する力を持つという話だな。」
「私はもっと知りませんでした。魔王を打ち倒す力持つという事しか。」
「普通はそうだ。私も最近調べて知ったからな。解せないのは勇者は比類なき強さを誇るが、その力を発揮するのは魔族に対してのみという事だ。それ以外が相手では『非常に強い人間』の域を出ないという。そのような者を喚び出して何になるというのか、私には皆目検討がつかない。」
話を聞いても謎が深まっただけだった男は相変わらず王の意思を図りかねて腕を組み、重くなった頭を傾けた。
二ヶ月後、王都から少し離れた城の地下で三百を超える人の叫び声が上がった。
何が起きるのか分かっていたはずの術者達ですら震えるほどの阿鼻叫喚が繰り広げられる。
贄となった人間達は暴れ回ったが手脚にかけられた強固な枷は自由を許さず、もがけばもがくほど嵌められた場所が擦れて血が流れ、それらはすぐに床を染め上げた。
著者不明の古文書に記された儀式ではこれほどの人数を犠牲にしながら召喚できる勇者は五十人に満たないという。
勇者を喚ぶにはあまりに非人道的で、誰からも信じられることがなかったこの儀式は王国史上類を見ない規模で実行され、この日、奇跡的に結実した。
同じ頃、兵士たちの修練用という名目で、このためだけに作られた城の一階に描かれた陣が輝きを放ち始めると、そこには三十人を超える人影が現れた。
命じた本人にも関わらず、眼前の光景を信じられなかった国王が立ちすくんでいるとすぐにざわつき始めた。
「うぉっ!すげぇ!これが転生ってやつ?」
「ホントだ!壁とかもレンガ?」
「キャッーちょっと押さないでよ!」
誰かが声を上げてから一気に騒がしくなった室内を再び静かにしたのは近衛兵長の声が響いたからだった。
「皆様、此度は突然の召喚にも関わらず応じていただきありがとうございます!」
近衛兵長が膝をつくと、同様に周囲の近衛兵も膝をついた。
国王はそれに続けて、挨拶だけすると細かい話は翌朝にすると伝え、メイド達に彼らを個室に案内するよう伝えて部屋を出た。
そして早足に上階で勇者達の対応を近衛兵長に任せた国王は地下へと続く階段のある部屋へとやってきた。
暗闇の底から、まだ呻き声の聞こえるその部屋で儀式を実行した術者達が彼を待っていた。
「早く埋めよ。」
命令一つで控えていた土属性の魔法使いが術式を使用して地下室を埋め、静寂が訪れた。
「ご苦労じゃった。お主らの働きは国の大きな助けとなった。これで王国に安息が訪れるであろう。全ての国民に代わって感謝する。」
地下での惨状に怯えた者もいた術者達の顔が誇らしいものに変わったのを見て、国王は部屋を出た。
翌朝から城内は騒がしくなった。
召喚された勇者達は想像以上に幼く、昨夜も王と名乗ったにも関わらず立ったままであるなど一般的な教養があるように見えず王達全員を心配させた。
年齢はほぼ全員が十六もしくは十七才だが一人だけ二十台の女性がいるらしかった。
この世界について、この国について、勇者に世の平穏を脅かす帝国を打ち倒して欲しいという話をした時も、子供達が騒ぐ度にその女性が嗜めては静まり返ることを繰り返していた。
近衛兵長のガルドはまず、勇者達の統率に重要な役割を果たしてくれるであろう彼女に声をかけた。
勇者達を集めた大広間から彼女のみを呼び出すと、勇者達にその場での待機を命じ、勇者達もその言葉に従い、彼の予想が正しい事を裏付けた。
別室に案内された彼女は世話役の者達からの報告通り腰の低い人間だった。
「騒がしい子達で申し訳ありません。私は担任の大畠由里です。」
不快感は覚えない彼女の応対に、どうやらマナーが違うだけだとガルドは思った。
「いえいえ、皆様、突然の転移に関わらずお元気そうで安心しております。我々も初めての事で不手際があるかもしれませんが何かございましたら何なりとお申し付け下さい。」
「ガルドさんでしたよね?帝国と戦うのは分かりましたが、私達はそういった争いと無縁の生活を送っていた学生と教師でしたので、役立つ技術や知識は持ち合わせていないんです。」
彼女の言葉でガルドは由里が統率を取っていたことに納得し、準備が役立ちそうなことに安堵した。
「なるほど。ご安心下さい。勇者といえど誰もが最初から戦える者でない事は伝承通りです。皆様にはこれから訓練を受けていただきます。しばらくはこの城で訓練の日々が続くかと思います。ご不便な思いをされるかもしれませんが帝国に皆様の存在を悟られるわけにもいきませんので、ご容赦下さい。ある程度こちらの世界に溶け込めると判断できれば近場の町にも出かけられるようにしますので。」
「ありがとうございます。もう学校ではないので、生徒達がいつまで私の言う事を聞いてくれるかも分かりませんが協力しますので、よろしくお願いします。」
ガルドと共に生徒達の待つ広間に戻ると予想外に静まり返っていた。
周囲に控えるメイド達もどこか不安げな表情で、由里達が話している間に何かがあったようだった。
「皆、どうかした?」
答えたのは鈴木海斗だった。騒がしい生徒で最初に口を開くのはいつも通りだったが、口調は真逆だった。
「先生、いない奴がいる。白石と、高見沢と、東雲。」
「え……?」
慌てて見回すと確かにいない。
「い、いつから?」
「さっき気づいた。神様のところでも見た奴いないって。」
由里自身も状況を飲み込むのに精一杯で全員を気にしている余裕は無かったため、指摘されるまで気が付かなかった。クラスの中では大人しいグループの三人で手もかからなかったため、意識が向いていなかったのもあるだろう。
由里は言われてから慌てて見渡し、生徒の不在を確認した。
そして、もう一人足りないことに気づく。
「神田君……。誰か神田君を見た人は?」
生徒達が周囲を見渡し、ざわつき始める。
「見た?」
「見た気がするけど……、いないね。」
そんな会話が由里にも聞こえる。
他の女子三人ほど気にした様子がないのは数ではなく、出会って一ヶ月ほど、しかも話した者もほとんどいない生徒だからだろう。
会話が止まったのを見てガルドが由里に話しかけた。
「いない方がいらっしゃいますか?」
「はい。生徒が四人いないんです。」
由里の焦りは引率者として当然だったが、部外者のガルドは冷静だった。
「そもそも勇者様ではないのでは?」
彼らが召喚したのは勇者である。
そうでない者が混ざっている方が困ると言っても過言ではない。
ガルドの言葉は生徒達全員にも聞こえたらしく、再び静まり返った。
思い返せばクラスのほぼ全員が揃っていただけで、全員で転生すると言われた覚えもない。
一瞬の違和感はガルドの言葉で押し流された。
「では皆様、我々の窮状はご理解頂けたかと思います。次は今後についてお話しさせて下さい。」
大きくないが、どこか腹の底に響くガルドの声は無意識に人を従わせる力があった。
一週間後、国王が受けた報告は驚くべきものだった。
召喚した者全員が高い魔法適性を持ち、戦闘能力では騎士団の精鋭を上回る者も出てきているという。
「魔法においては『爆炎』殿に見ていただく必要があるやもしれんな。」
それは王国貴族の一人、帝国でも名の知れた炎の魔法使い、クレイ・ストラウドの二つ名である。
国内最高戦力として必ず名前の上がる、誰もが認める天才に指導を頼めば更なる向上は間違いたいだろう、と国王は考えていた。
「はい。それも良いかもしれませんが報告の中には芳しくない情報も……。」
報告を上げにきた男は国王の機嫌を損ねるのを嫌い言いづらそうにしたが、
「申せ。」
と言われ言葉を続けた。
「どうにも戦闘に向かない気質の方も多いそうです。基本の訓練には参加し、その能力を開花させつつありますが、模擬戦になると及び腰になると。」
流石に世界を救ってくれと言われて逃げた勇者の前例は聞いたことがない。
力尽くで戦わせようとしても徒党を組んで対抗されては並の兵達では歯が立たないだろう。徐々にでもやる気にさせるしかない。
想像以上の速度で力をつけた事で余計な心配事も増えていた。
「最後に一つ。勇者様は我々の知らない知識を多くお待ちのようです。召喚前の世界での知識だそうですが、特に一名、魔法のセンスも突出おられる方がいらっしゃいます。他の方への助言も惜しまず、その影響で著しい成長を見せた方も複数おられます。」
「ほう。」
国王の表情が一気に明るくなる。
「土の魔法を用いて道具を作る事に秀でておいでのようです。」
「素晴らしい!」
技術の発展、産業の振興に寄与する可能性があることは喜ばしい。
戦闘に参加する以上に国力の増強に繋がるのだ。
「このまま、彼等への協力を続けよ。可能なものから実戦を経験させ、国外にもその力を示したい。帝国にすり寄る近隣諸国の目も変わるだろう。」
国王は沸々と笑いながら次なる策を頭の中で固め始めた。




